Microsoft Word - 研究報告書14_公民_黒田

Similar documents
平成29年度 小学校教育課程講習会 総合的な学習の時間

Microsoft Word - 学習指導案(公民的分野 ②).doc

<4D F736F F D AAE90AC94C5817A E7793B188C481698D5D E7397A791E58A A778D5A814094F68FE3816A2E646F63>

資料3 道徳科における「主体的・対話的で深い学び」を実現する学習・指導改善について

中学校第 3 学年社会科 ( 公民的分野 ) 単元名 よりよい社会をめざして 1 本単元で人権教育を進めるにあたって 本単元は 持続可能な社会を形成するという観点から 私たちがよりよい社会を築いていくために解決すべき課題を設けて探究し 自分の考えをまとめさせ これらの課題を考え続けていく態度を育てる

Microsoft PowerPoint - H29小学校理科

課題研究の進め方 これは,10 年経験者研修講座の各教科の課題研究の研修で使っている資料をまとめたものです 課題研究の進め方 と 課題研究報告書の書き方 について, 教科を限定せずに一般的に紹介してありますので, 校内研修などにご活用ください

7 本時の指導構想 (1) 本時のねらい本時は, 前時までの活動を受けて, 単元テーマ なぜ働くのだろう について, さらに考えを深めるための自己課題を設定させる () 論理の意識化を図る学習活動 に関わって 考えがいのある課題設定 学習課題を 職業調べの自己課題を設定する と設定する ( 学習課題

Microsoft Word - 社会科

ICTを軸にした小中連携

Microsoft PowerPoint - 中学校学習評価.pptx

スライド 1

Microsoft Word - 全国調査分析(H30算数)

Ⅰ 評価の基本的な考え方 1 学力のとらえ方 学力については 知識や技能だけでなく 自ら学ぶ意欲や思考力 判断力 表現力などの資質や能力などを含めて基礎 基本ととらえ その基礎 基本の確実な定着を前提に 自ら学び 自ら考える力などの 生きる力 がはぐくまれているかどうかを含めて学力ととらえる必要があ

「主体的・対話的で深い学び」の実現に向けて

各教科 道徳科 外国語活動 総合的な学習の時間並びに特別活動によって編成するものとする 各教科 道徳科 総合的な学習の時間並びに特別活動によって編成するものとする

単元構造図の簡素化とその活用 ~ 九州体育 保健体育ネットワーク研究会 2016 ファイナル in 福岡 ~ 佐賀県伊万里市立伊万里中学校教頭福井宏和 1 はじめに伊万里市立伊万里中学校は, 平成 20 年度から平成 22 年度までの3 年間, 文部科学省 国立教育政策研究所 学力の把握に関する研究

以上, 歴史的事象の知識 理解 の段階を基礎とした (1)~(3) の力を踏まえて, 本研究では, 授業ワークシートの工夫や効果的な資料の提示, 個 から グループ を意識した話し合い活動の工夫を通して, 生徒の 歴史的思考力 の育成を目指す世界史授業のあり方について考えた 図 1. 歴史的思考力


考え 主体的な学び 対話的な学び 問題意識を持つ 多面的 多角的思考 自分自身との関わりで考える 協働 対話 自らを振り返る 学級経営の充実 議論する 主体的に自分との関わりで考え 自分の感じ方 考え方を 明確にする 多様な感じ方 考え方と出会い 交流し 自分の感じ方 考え方を より明確にする 教師

第 2 問問題のねらい青年期と自己の形成の課題について, アイデンティティや防衛機制に関する概念や理論等を活用して, 進路決定や日常生活の葛藤について考察する力を問うとともに, 日本及び世界の宗教や文化をとらえる上で大切な知識や考え方についての理解を問う ( 夏休みの課題として複数のテーマについて調

2、協同的探究学習について

Microsoft Word - 高等学校公民科(大島).doc

【学習指導要領改訂】 高等学校の新教科・科目構成(案)|旺文社教育情報センター

ている それらを取り入れたルーブリックを生徒に提示することにより 前回の反省点を改善し より具体的な目標を持って今回のパフォーマンスに取り組むことができると考える 同に そのような流れを繰り返すことにより 次回のパフォーマンス評価へとつながっていくものと考えている () 本単元で重点的に育成をめざす

基礎を育てることを主なねらいとしている 現在 地方自治体を取り巻く状況は 少子高齢化 情報化 グローバル化 経済の変動などによ り急速に変化している また 地方分権を推進する法律がつくられ 各地方自治体は 財政の健全 化や組織の改編 市町村合併等の新しい枠組みづくりに取り組んでいる さらに 子育て支

中学校における授業実践事例 1 第 3 学年社会科 消費生活と経済 1 学校名 職氏名萩市立田万川中学校教諭室谷雄二 2 生徒 3 学年 15 人 3 学習指導案 (1) 題材名消費生活と経済 (2) 題材の目標経済活動の意義について消費生活を中心に理解させるとともに 価格の働きに着目させて市場経済

国語科学習指導案

第 1 章総則第 1 教育課程編成の一般方針 1( 前略 ) 学校の教育活動を進めるに当たっては 各学校において 児童に生きる力をはぐくむことを目指し 創意工夫を生かした特色ある教育活動を展開する中で 基礎的 基本的な知識及び技能を確実に習得させ これらを活用して課題を解決するために必要な思考力 判

H30全国HP

Microsoft PowerPoint - syogaku [互換モード]

政経 311 政治・経済

(1) 体育・保健体育の授業を改善するために

Microsoft Word - aglo00003.学力の三要素

エコポリスセンターとの打合せ内容 2007

し, 定期的に評価することで 自己の考え を自覚する場面を意図的に設定している 本教材の学習においては, 様々な情報の中から必要な情報を取り出し, 整理 分析し, それに基づいた自分の考えを表現する活動を通して, 自己の考えの深まりや広がり を実感させることによって, 課題改善につなげたいと考えてい

消費者教育のヒント集&事例集

第 2 学年 理科学習指導案 平成 29 年 1 月 1 7 日 ( 火 ) 場所理科室 1 単元名電流とその利用 イ電流と磁界 ( イ ) 磁界中の電流が受ける力 2 単元について ( 1 ) 生徒観略 ( 2 ) 単元観生徒は 小学校第 3 学年で 磁石の性質 第 4 学年で 電気の働き 第 5

工業教育資料347号

「標準的な研修プログラム《

(3) 指導観公民的分野は地理的分野と歴史的分野の学びの積み重ねによるところが大きい 用語や概念も高度化し 生徒の感想にも 難しい と感じるものが多くなっている そこで その難しいと感じる公民の用語などは積極的に用語集を活用し 難しい言葉に対する抵抗感を少しでも和らげるよう授業でも活用している また

03-猿田.ec7

平成23年度全国学力・学習状況調査問題を活用した結果の分析   資料

人権教育の推進のためのイメージ図

第 5 学年 社会科学習指導案 1 単元名自動車をつくる工業 2 目標 我が国の自動車工業の様子に関心を持って意欲的に調べ, 働く人々の工夫や努力によって国民生活を支える我が国の工業生産の役割や発展について考えようとしている ( 社会的事象への関心 意欲 態度 ) 我が国の自動車工業について調べた事

彩の国埼玉県 埼玉県のマスコット コバトン 科学的な見方や考え方を養う理科の授業 小学校理科の観察 実験で大切なことは? 県立総合教育センターでの 学校間の接続に関する調査研究 の意識調査では 埼玉県内の児童生徒の多くは 理科が好きな理由として 観察 実験などの活動があること を一番にあげています

社会科学習指導案

p.1~2◇◇Ⅰ調査の概要、Ⅱ公表について、Ⅲ_1教科に対する調査の結果_0821_2改訂

り込んで獲得するものではなく 探究の過程を通して 自分自身で取捨 選択し 整理し 既にもっている知識や体験と結び付けながら 構造化され 身に付けていくものである そして こうした過程を経て獲得された知識は 実社会 実生活における様々な課題の解決に活用可能な生きて働く知識 すなわち概念として形成されて

file:///D:/Dreamweaber/学状Web/H24_WebReport/sho_san/index.htm

解禁日時新聞平成 30 年 8 月 1 日朝刊テレビ ラジオ インターネット平成 30 年 7 月 31 日午後 5 時以降 報道資料 年月日 平成 30 年 7 月 31 日 ( 火 ) 担当課 学校教育課 担当者 義務教育係 垣内 宏志 富倉 勇 TEL 直通 内線 5

商業科 ( 情報類型 ) で学習する商業科目 学年 単位 科目名 ( 単位数 ) 1 11 ビジネス基礎 (2) 簿記(3) 情報処理(3) ビジネス情報(2) 長商デパート(1) 財務会計 Ⅰ(2) 原価計算(2) ビジネス情報(2) マーケティング(2) 9 2 長商デパート (1) 3 プログ


しかし 社会科については 嫌い どちらかといえば嫌い と答えている生徒の方が多く また 地理分野よりも歴史分野のほうに興味関心が高い傾向がある 資料の活用に関しては 地図や資料集を用いながら授業を進めている ほとんどの生徒は資料を読み取ることができるものの 読み取ったことを比較したり 関連付けたりす

1. 研究主題 学び方を身につけ, 見通しをもって意欲的に学ぶ子どもの育成 ~ 複式学級における算数科授業づくりを通して ~ 2. 主題設定の理由 本校では, 平成 22 年度から平成 24 年度までの3 年間, 生き生きと学ぶ子どもの育成 ~ 複式学級における授業づくり通して~ を研究主題に意欲的

123

副教材「私たちが拓く日本の未来」活用のための指導資料(P6~P15)

JICA 事業評価ガイドライン ( 第 2 版 ) 独立行政法人国際協力機構 評価部 2014 年 5 月 1

主語と述語に気を付けながら場面に合ったことばを使おう 学年 小学校 2 年生 教科 ( 授業内容 ) 国語 ( 主語と述語 ) 情報提供者 品川区立台場小学校 学習活動の分類 B. 学習指導要領に例示されてはいないが 学習指導要領に示される各教科 等の内容を指導する中で実施するもの 教材タイプ ビジ

< F2D318BB388E789DB92F682CC8AC7979D F >

h30groupA

(2) 授業者が学びの見通しを持つ ( 学習目標の明確化 ) 問題解決的な学習に取り組む際, どのような場面で, どのようにして, どのような力を子どもたちに付けるのか, 単元や授業における目標を明確にして学びを見通しておくことが大切です 目標が不明確であると, 作業や体験などの活動そのものに, 子

平成 30 年 1 月平成 29 年度全国学力 学習状況調査の結果と改善の方向 青森市立大野小学校 1 調査実施日平成 29 年 4 月 18 日 ( 火 ) 2 実施児童数第 6 学年 92 人 3 平均正答率 (%) 調 査 教 科 本 校 本 県 全 国 全国との差 国語 A( 主として知識

教職研究科紀要_第9号_06実践報告_田中先生ほか04.indd

Taro-数学科web原稿

情報活用能力とは 情報社会を生き抜くための情報活用能力の育成が不可欠となっています 情報活用能 力は 情報活用の実践力 情報の科学的な理解 情報社会に参画する態度 の三 つの観点に整理されています A 情報活用の実践力 B 情報の科学的な理解 C 情報社会に参画する態度 情報の科学的な理解 情報社会

(2) 国語 B 算数数学 B 知識 技能等を実生活の様々な場面に活用する力や 様々な課題解決のための構想を立て実践し 評価 改善する力などに関わる主として 活用 に関する問題です (3) 児童生徒質問紙児童生徒の生活習慣や意識等に関する調査です 3 平成 20 年度全国学力 学習状況調査の結果 (

社会系(地理歴史)カリキュラム デザイン論発表

成績評価を「学習のための評価」に

H27 国語

H26関ブロ美術プレ大会学習指導案(完成版)

山梨大学教職大学院専攻長 堀哲夫教授提出資料

28(宣)中社小中パンフ表1-small

平成29年度 中学校英語科教育 理論研究

指導案

愛媛県学力向上5か年計画

Microsoft Word - 201hyouka-tangen-1.doc

Taro-小学校第5学年国語科「ゆる

授業単元名 中学校 3 年公民科 : 市場経済 ( 金融 )/ 消費生活 目標 震災復興プランの策定では 政府 企業 銀行 の各立場やその役割から どのようにして震災からの復興を支援していくことができるのかを検討してきた 今回は 賢い消費者として自分自身の生活設計を検討する際の 人生全体を通したお金

untitled

けて考察し, 自分の考えを表現している 3 電磁石の極の変化と電流の向きとを関係付けて考え, 自分の考えを表現している 指導計画 ( 全 10 時間 ) 第 1 次 電磁石のはたらき (2 時間 ) 知 1, 思 1 第 2 次 電磁石の強さが変わる条件 (4 時間 ) 思 2, 技 1, 知 2

③専門B.indd

教育研究グループ報告書

< F2D EE888F8288FA48BC E6A7464>

Microsoft Word - 02研究紀要全体論(提出用).docx

Taro-H29結果概要(5月25日最終)

学年第 3 学年 2 単元名 ( 科目 ) いろいろな関数の導関数 ( 数学 Ⅲ) 3 単元の目標 三角関数 対数関数 指数関数の導関数を求めることができる 第 次導関数の意味を理解し 求めることができる 放物線 楕円 双曲線などの曲線の方程式を微分することができる 4 単元の学習計画 三角関数 対

高等学校学習指導要領解説 地理歴史編

(Microsoft Word - 201\214\366\212J\216\366\213\3061\224N\211\271.docx)

公民

平成 30 年 6 月 8 日 ( 金 ) 第 5 校時 尾道市立日比崎小学校第 4 学年 2 組外国語活動 指導者 HRT 東森 千晶 JTE 片山 奈弥津 単元名 好きな曜日は何かな? ~I like Mondays.~ 本単元で育成する資質 能力 コミュニケーション能力 主体性 本時のポイント

ホームページ掲載資料 平成 30 年度 全国学力 学習状況調査結果 ( 上尾市立小 中学校概要 ) 平成 30 年 4 月 17 日実施 上尾市教育委員会

必要性 学習指導要領の改訂により総則において情報モラルを身に付けるよう指導することを明示 背 景 ひぼう インターネット上での誹謗中傷やいじめ, 犯罪や違法 有害情報などの問題が発生している現状 情報社会に積極的に参画する態度を育てることは今後ますます重要 目 情報モラル教育とは 標 情報手段をいか

< F2D87408E7793B188C C993A190E690B6816A2E6A7464>

<4D F736F F D E937893FC8A778E8E8CB196E291E8>

平成 29 年度全国学力 学習状況調査の結果の概要 ( 和歌山県海草地方 ) 1 調査の概要 (1) 調査日平成 29 年 4 月 18 日 ( 火 ) (2) 調査の目的義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から 全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握 分析し 教育施策の成果と課題を検証し

数学科学習指導案 1 次方程式 ( 中学校第 1 学年 ) 神奈川県立総合教育センター < 中学校 高等学校 > 数学 理科授業づくりガイドブック 平成 22 年 3 月 問題つくりを題材として取り上げ 身近な生活の中にある数量関係を見いだし それを基に文章題を作らせる指導によって 自ら具体的な事象

平成 30 年度全国学力 学習状況調査 北見市の結果等の概要 Ⅰ 調査の概要 1 調査の目的義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から 全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握 分析するとともに教育施策の成果と課題を検証し その改善を図り 学校における児童生徒への教育指導の充実や学習状況の改善等

PowerPoint プレゼンテーション

神奈川県立総合教育センター長期研修員研究報告5:***~***

Transcription:

G3-04 高等学校公民高等学校公民科 現代社会 における 幸福, 正義, 公正 などの観点から現代社会を捉えさせる授業構成の工夫 - 振り返りを重視した体験的な学習による思考力 判断力 表現力等の育成 - 岡山県立岡山芳泉高等学校教諭黒田和義研究の概要高等学校公民科 現代社会 において, 思考力 判断力 表現力等を育成する方法を探った その結果, シミュレーションなどの体験的な学習に着目し, 幸福, 正義, 公正 などの観点から現代社会の基本的な問題を捉え, 考察を深めさせる授業構成を工夫することにより, 思考力 判断力 表現力等の育成を図ることができた キーワード高等学校公民科 現代社会, 思考力 判断力 表現力等の育成, 振り返りを重視した体験的な学習, 幸福, 正義, 公正 など Ⅰ 主題設定の理由 幼稚園 小学校 中学校 高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について( 答申 ) ( 平成 20 年, 中央教育審議会 ) では,PISA 調査など各種の調査から基礎的 基本的な知識 技能を活用する力に課題が見られることを踏まえ, 学習指導要領の改善の方向性の一つとして思考力 判断力 表現力等の育成が示された 社会科, 地理歴史科, 公民科においては, 社会的事象に関心をもって多面的 多角的に考察し 公正に判断する能力と態度を養い 社会的な見方や考え方を成長させることを一層重視する方向 1) で学習指導要領の改訂がなされた そして, 高等学校公民科 現代社会 では, 現代社会の在り方を考察する基本的な枠組みとして 幸福, 正義, 公正 などが示された 幸福, 正義, 公正 の関係は図 1のように捉えることができる つまり, 自己の目的を実現することを求める個々の 幸福 の追求は, 時として他者や社会全体の 幸福 と対立することがある このような対立を調整して, よりよい社会の在り方を考えることが図 1 幸福, 正義, 公正 の関係 正義 であり, その調整や解決の過程や, 結果の内容において, 人々が適切な配慮を受けていることが 公正 とされている 従前の学習指導要領においても社会的な見方や考え方の育成を図ることが求められていた しかし, 新たに 幸福, 正義, 公正 などの枠組みとして示され, それらを活用させる学習を展開していくことが内容として明確に位置付けられたことは大きな変化である よって, このような枠組みを活用させるよう工夫し, 思考力 判断力 表現力等の育成を図る必要があると考えた また, そのような学習を効果的に展開していくためには, 生徒の主体的な学習活動が重要であると考え, シミュレーションなどの体験的な学習に着目した 以上のことを踏まえ, 本研究では, 体験的な学習に着目し, 幸福, 正義, 公正 などの観点から現代社会の基本的な問題を捉え, 考察を深めさせる授業構成を工夫することにより, 思考力 判断力 表現力等の育成を図ることができるのではないかと考え, 本主題を設定した

Ⅱ 研究の目的 高等学校公民科 現代社会 において, 体験的な学習に着目し, 幸福, 正義, 公正 などの観点から現代社会の基本的な問題を捉え, 考察を深めさせる授業構成を工夫することにより, 思考力 判断力 表現力等の育成を図ることができるかどうか, 実践を通して検証する Ⅲ 研究の内容 1 本研究における思考力 判断力 表現力等 評価規準の作成, 評価方法等の工夫改善のための参考資料 高等学校公民 ( 平成 24 年, 国立教育政策研究所 ) では, 公民科 現代社会 における評価の観点 思考 判断 表現 の趣旨について, 現代社会の基本的問題と人間に関わる事柄から課題を見いだし, 社会的事象の本質や人間としての在り方生き方について広い視野に立って多面的 多角的に考察し, 社会の変化や様々な立場, 考え方を踏まえ公正に判断して, その過程や結果を様々な方法で適切に表現している 2) と述べている このことを踏まえて, 本研究では, 思考力 判断力 表現力等を 現代社会の基本的な問題について, 基礎的 基本的な知識や概念を活用しながら, 多面的 多角的に考察し, 公正に判断して, その過程や結果を適切に表現する力 として捉え, その育成を図る 2 授業構成の工夫 (1) 振り返りを重視した体験的な学習本研究では, 思考力 判断力 表現力等を育成する手だてとして, シミュレーションなどの体験的な学習に着目する なぜなら, 単に興味 関心を高めるだけでなく, 体験を通して, 生徒が自ら問題を発見したり, その解決法を探究したりするなど主体的な学習を促すことが期待できるからである 体験的な学習を単なる体験で終わらせず, 思考力 判断力 表現力等の育成へとつなげるためには, 体験の振り返りが重要である このことは多くの先行研究で指摘されているが, 体験の振り返りについて, その構成や位置付けを具体的に提案したものはあまり見られない そこで, 本研究では, 体験の振り返りについて, 図 2のような過程として構成した つまり, 体験の中での気付きに基づく見方や考え方を, 客観的, 論理的な見方や考え方へと発展させる過程として構成し, 体験的な学習の中核とした そして, そのような過程においては, 基礎的 基本的な知識や概念の理解 と 互いに考えを伝え合う言語活動 が重要であると考えた ア基礎的 基本的な知識や概念の理解体験の中での気付きと結び付けながら, 現代社会の基本的な問題に関わる基礎的 基本的な知識や概念を示し, その理解を深めさせる このようにして習得した知識や概念を体験の中での気付きに基づく見方や考え方に新たに組み入れさせながら自分の考えを吟味 検討させる イ互いに考えを伝え合う言語活動見方や考え方を深めさせるため, 互いに考えを伝え合わせる場面を充実させる その際, 根拠や前提条件に違いがあるために様々な見方や考え方があることに気付かせるとともに, それらを整理することを通じて, 多様な立場から自分の考えを図 2 体験の振り返りの構成吟味 検討させる

(2) 単元の構成についての工夫振り返りを重視した体験的な学習を効果的に展開するためには, どのような点から問題を捉えさせるかという明確な観点を設定する必要がある なぜなら, 観点が曖昧なままでは, 生徒は問題のどこに着目して考察すればよいか分からず, 考えを深めることができないからである そこで, 本研究では, 幸福, 正義, 公正 などの枠組みを, 現代社会の基本的な問題を捉えて考察する観点として設定し, 表 1 のような単元の構成を構想した ア単元の導入現代社会の基本的な問題について, 図 1 のように単純化 構造化して捉える その上で, 幸福 の対立に着目し, 個々の 幸福 の追求が, 他者や社会全体の 幸福 と対立するということを社会的ジレンマとして体験させるように活動を設定する なお, 授業実践 Ⅰ Ⅱ では, 資金の増額を競うシミュレーション ゲームとして設定し, 対立する二つの立場のどちらか一方を選択する意思決定を複数回行わせた イ単元の展開現代社会の基本的な問題について, 幸福 の対立を調整するために, 正義 公正 がどのように実現されようとしているのかを考察させる その際, このような状況のとき, ゲームではどのように考えたのか などと問い, 体験の中での気付きと結び付けさせる また, 多面的 多角的な考察を促すため, 1 体験の中での気付きに基づく見方や考え方から現代社会の基本的な問題を捉えさせる事例の考察 2 体験の中での気付きに基づく見方や考え方とは異なる立場から現代社会の基本的な問題を捉えさせる事例の考察 という段階をとり生徒の考えを揺さぶる その際, ゲームの条件がこのように変化したら, どう行動するか などと問い, 体験の中での気付きと比較させながら, 考えを深めさせる ウ単元の終末現代社会の基本的な問題について, 習得した知識や概念を活用させながら, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察させ, その過程や結果を様々な方法で適切に表現させる 時体験的な学習 表 1 振り返りを重視した体験的な学習を中心とする単元の構成 単元の構成 1 体験 単元の 導入 現代社会の基本的な問題を図 1 のように捉えて設定した活動を通して, 社会的 ジレンマを体験させ, 問題の概要に気付かせる 現代社会の基本的な問題について, 幸福 の対立に着目しながら, 問題構造 を捉えさせる その中で, 幸福 の対立をどのように調整や解決しようとして 2 体験の 振り返り 単元の 展開 いるのかについて, 次のような段階をとり, 具体的な事例を考察させる 1 体験の中での気付きに基づく見方や考え方から現代社会の基本的な問題を捉えさせる事例の考察 ( 事例 1) 2 体験の中での気付きに基づく見方や考え方とは異なる立場から現代社会の基 本的な問題を捉えさせる事例の考察 ( 事例 2) まとめ 単元の 終末 現代社会の基本的な問題について, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察 させ, その過程や結果を表現させる 3 授業実践 Ⅰ 対象 : 岡山県立岡山芳泉高等学校 1 年次 361 名, 実施期間 : 平成 26 年 6 月 16 日 ~20 日大項目 (1) 私たちの生きる社会 において, 地球環境問題を題材とし, 現代社会における環境の問題について, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察し, 社会の様々な変化や立場, 考え方を踏まえ公正に判断して, その過程や結果を様々な方法で適切に表現できる という目標を立て, 表 1のに表 2のような具体的なキーワードを当てはめて単元を構成した

表 2 授業実践 Ⅰ のキーワード 表 1 のあ授業実践 Ⅰ のキーワード 現代社会の基本的な問題 地球環境問題 幸福 の対立 経済発展を重視する立場 と 環境保護を重視する立場 の対立 事例 1 京都議定書 ( 温室効果ガス削減に効果的ではないと批判されている ) 事例 2 モントリオール議定書 ( オゾン層保護に効果的であると評価されている ) (1) 単元の導入地球環境問題を図 3のように捉えて設定したシミュレーション ゲームⅠ( 図 4) では, ほとんどのグループが資金を増やすことを優先し, 経済発展を重視する立場 ばかりを選択して行動していた そのため, みんなが大きな不利益を被る結果となっていた また, 現実において, ゲームで体験したことと同じようなことが起こるのはどんな場面か と問い, 記述させた その記述例が表 3( 記述 Ⅰ[ 前 ]) であり, その内容を分類したものが図 5である 体験した社会的ジレンマと似た事例を示しつつも, どのような点で似ていたかという根拠を具体的に示すことができていない生徒が大部分であった (2) 単元の展開図 3 地球環境問題の構造事例 1の考察では, ゲームでは, 環境保護に努めたが, 他がそれ以上に環境を悪化させたので意味がなかった だから, アメリカが脱退したのも分かる などの意見が出た ゲームでの自身の立場と結び付けて地球環境問題をめぐる各国の立場を理解していた 一方で, 事例 2の考察では, 地球環境の重大な危機に直面したことがモントリオール議定書の成立を促したと思う ゲームでも, みんなが重大な危機だと認識すれば, 協力できたのだろうか などの意見が出た ゲームでの自身の立場との違いを捉え, その背景にある見方や考え方の違いに気付くことで, 多面的 多角的な考察が促されていた (3) 単元の終末地球環境問題について, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察させ, その過程や結果を記述させた その記述例が表 3( 記述 Ⅰ[ 後 ]) であり, その内容を分類したものが図 6である 大部分の生徒が, 習得した知識や概念を活用して根拠を示しながら, 自分の考えを説明できていた さらに, 表 3 単元の展開の前 後の記述例その中には, 経済発展と環境保護を両立する方法として記述 Ⅰ[ 前 ]( 事例のみ ) エコ ビジネスの重要性を主張するなど, 望ましい解決大型ショッピングモールの建設策を主体的に考察しようとする生徒もいた 記述 Ⅰ[ 後 ]( 具体的な根拠を示した記述 ) (4) 授業実践 Ⅰを踏まえた授業実践 Ⅱの工夫各国の幸福は, 歴史や状態によって大きな差があ授業実践 Ⅰについて, 図 5と図 6を比較した結果, 単るため, 公正を期すことが難しくなっている 仮元の展開を通して, 思考力 判断力 表現力等の育成をに正義を導くことができたとしても, それが全て図ることができたと考える 特に, 事例 1 2を提示しの国にとって良いとは限らないと感じさせられたて, 多面的 多角的な考察を促したことは考えを深めさのは 京都議定書 だった これ以前に 共通だせるのに効果的であった 一方で, 知識や概念を教えるが差異ある責任 の原則という考え方が合意され時間がやや多くなり, じっくりと考えさせる時間的な余成功した例もあるが, まずは国際社会全体で取り裕がなかったことが課題である 組んでいける体制づくりからするべきだと思う

よって, 授業実践 Ⅱ では, 多面的 多角的な考察を促す場面をより充実させるため, 習得させる知識や概念を精選することにした そして, 多様な立場から考えを吟味 検討させるため, 資料を読み取り解釈する学習活動を取り入れ, 様々な見方や考え方に気付かせようと考えた 図 4 ゲーム Ⅰ の様子 図 5 記述 Ⅰ[ 前 ] の内容の分類 図 6 記述 Ⅰ[ 後 ] の内容の分類 4 授業実践 Ⅱ 対象 : 岡山県立岡山芳泉高等学校 1 年次 321 名, 実施期間 : 平成 26 年 10 月 18 日 ~24 日大項目 (2) 現代社会と人間としての在り方生き方 の中項目 エ現代の経済社会と経済活動の在り方 において, 労働問題を題材とし, 個人や企業は社会を構成する一員として経済活動において役割を担い, 法的責任のみならず社会的責任を担っていることについて, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察し, 個人や企業の経済活動の在り方について社会の変化や様々な立場, 考え方を踏まえ公正に判断して, その過程や結果を様々な方法で適切に表現できる という目標を立て, 表 1のに表 4のような具体的なキーワードを当てはめて単元を構成した 表 4 授業実践 Ⅱ のキーワード 表 1 のあ授業実践 Ⅱ のキーワード 現代社会の基本的な問題 労働問題 幸福 の対立 事例 1 経営者の立場 と 労働者の立場 の対立 内部留保の活用について, 経営者の立場 を優先した場合 事例 2 内部留保の活用について, 労働者の立場 を優先した場合 (1) 単元の導入労働問題を図 7のように捉えて設定したシミュレーション ゲームⅡ( 図 8) を実施した シミュレーション ゲームⅠの経験を踏まえ, 経営者の立場 だけでなく, 労働者の立場 にも配慮をしながら行動を選択していた (2) 単元の展開事例 1 2の考察の場面 ( 図 9) において, 経営者の立場 と 労働者の立場 から資料を読み取り解釈する学習活動を取り入れた その際, なぜ, この状況は, 利益または不利益をもたらすと言えるのか などと問い, 根拠や前提条件の違いにより, 様々な見方や考え方があることに気付かせようとした その結果, 日本企業が不景気のときに内部留保を増やしたい気持ちは分かる しかし, 内部留保が増えても設備投資が増えない状況は, 労働者の立場からすれば, 賃金が増える期待がもてず不満だろう など図 7 労働問題の構造

の意見が出た 資料の解釈を通して, 労働問題を多様な立場から捉えながら, 考えを深めることができていた (3) 単元の終末労働問題について, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察させ, その過程や結果を記述させた その記述例が表 5( 記述 Ⅱ[ 後 ]) であり, その内容を分類したものが図 10 である 図 10 を図 6 と比較すると, 望ましい解決策を主体的に考察しようとする生徒の割合が増していた さらに, その記述内容を比較してみると, 大きな変化が見られた 記述 Ⅰ[ 後 ] では, 経済発展を重視する立場 と 環境保護を重視する立場 という二つの立場のみを念頭に置いた考察が大部分であった 一方, 記述 Ⅱ[ 後 ] では, 表 5 にあるように 経営者の立場 と 労働者の立場 の対立を調整するために 政府や法の役割 に言及するなど, 習得した知識や概念を活用して, 授業で直接は提示されていない立場に気付き, 考えを深めている生徒が多く見られた 図 8 ゲーム Ⅱ の様子 図 9 事例 1 2 の考察を整理している様子 表 5 単元の展開の後の記述例記述 Ⅱ[ 後 ]( 具体的な根拠を示した記述 ) 企業の幸福と労働者の幸福の共通点は, お金が必要ということ だから, お金の確保という点で, 投資つまり企業の幸福が優先すると思う その上で賃金を上げていく また, 内部留保を増やし過ぎず, 設備投資をしたり, 労働者の賃金に配分したり, 労働者へのサービスにまわすことが, 長期的には企業の利益につながる 記述 Ⅱ[ 後 ]( 主体的に考察し, 具体的な根拠を示した記述 ) 企業と労働者の関係がうまくいくためには, 公正 でなければならない 利益を調整することで, どちらも納得するような状態をつくることが必要である しかし, この状態をつくるのは難しい だから, 政治の介入が必要だと思う 企業の立場がどうしても強くなるので, 法律によって労働者の立場を守る必要がある 図 10 記述 Ⅱ[ 後 ] の内容の分類 Ⅳ 成果と課題 振り返りを重視した体験的な学習に着目し, 幸福, 正義, 公正 などの観点から現代社会の基本的な問題を捉え, 考察を深めさせる授業構成を工夫することにより, 思考力 判断力 表現力等の育成を図ることができた また, そのような学習の中に, 生徒の考えを揺さぶり, 多面的 多角的な考察を促す工夫を取り入れることが効果的であることも分かった 今後は, このような授業を, 実施内容や時期などを含めて年間指導計画の中に効果的かつ系統的に位置付けることができるように, さらに研究を深めていきたい 引用文献 1) 中央教育審議会 (2008) 幼稚園 小学校 中学校 高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について( 答申 ) p.79 2) 国立教育政策研究所 (2012) 評価規準の作成, 評価方法等の工夫改善のための参考資料 高等学校公民 p.25 参考文献 福田正弘 (2003) シミュレーション ゲームにもとづく社会科授業, 社会認識教育学会編 社会科教育のニュー パースペクティブ, 明治図書出版,pp.236-245 文部科学省 (2009) 高等学校学習指導要領解説公民編 文部科学省 (2011) 言語活動の充実に関する指導事例集 高等学校版 桑原敏典 (2012) 社会科における見方考え方とその育成の方法, 岡山大学大学院教育学研究科研究集録 第 151 号,pp.59-68