G3-04 高等学校公民高等学校公民科 現代社会 における 幸福, 正義, 公正 などの観点から現代社会を捉えさせる授業構成の工夫 - 振り返りを重視した体験的な学習による思考力 判断力 表現力等の育成 - 岡山県立岡山芳泉高等学校教諭黒田和義研究の概要高等学校公民科 現代社会 において, 思考力 判断力 表現力等を育成する方法を探った その結果, シミュレーションなどの体験的な学習に着目し, 幸福, 正義, 公正 などの観点から現代社会の基本的な問題を捉え, 考察を深めさせる授業構成を工夫することにより, 思考力 判断力 表現力等の育成を図ることができた キーワード高等学校公民科 現代社会, 思考力 判断力 表現力等の育成, 振り返りを重視した体験的な学習, 幸福, 正義, 公正 など Ⅰ 主題設定の理由 幼稚園 小学校 中学校 高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について( 答申 ) ( 平成 20 年, 中央教育審議会 ) では,PISA 調査など各種の調査から基礎的 基本的な知識 技能を活用する力に課題が見られることを踏まえ, 学習指導要領の改善の方向性の一つとして思考力 判断力 表現力等の育成が示された 社会科, 地理歴史科, 公民科においては, 社会的事象に関心をもって多面的 多角的に考察し 公正に判断する能力と態度を養い 社会的な見方や考え方を成長させることを一層重視する方向 1) で学習指導要領の改訂がなされた そして, 高等学校公民科 現代社会 では, 現代社会の在り方を考察する基本的な枠組みとして 幸福, 正義, 公正 などが示された 幸福, 正義, 公正 の関係は図 1のように捉えることができる つまり, 自己の目的を実現することを求める個々の 幸福 の追求は, 時として他者や社会全体の 幸福 と対立することがある このような対立を調整して, よりよい社会の在り方を考えることが図 1 幸福, 正義, 公正 の関係 正義 であり, その調整や解決の過程や, 結果の内容において, 人々が適切な配慮を受けていることが 公正 とされている 従前の学習指導要領においても社会的な見方や考え方の育成を図ることが求められていた しかし, 新たに 幸福, 正義, 公正 などの枠組みとして示され, それらを活用させる学習を展開していくことが内容として明確に位置付けられたことは大きな変化である よって, このような枠組みを活用させるよう工夫し, 思考力 判断力 表現力等の育成を図る必要があると考えた また, そのような学習を効果的に展開していくためには, 生徒の主体的な学習活動が重要であると考え, シミュレーションなどの体験的な学習に着目した 以上のことを踏まえ, 本研究では, 体験的な学習に着目し, 幸福, 正義, 公正 などの観点から現代社会の基本的な問題を捉え, 考察を深めさせる授業構成を工夫することにより, 思考力 判断力 表現力等の育成を図ることができるのではないかと考え, 本主題を設定した
Ⅱ 研究の目的 高等学校公民科 現代社会 において, 体験的な学習に着目し, 幸福, 正義, 公正 などの観点から現代社会の基本的な問題を捉え, 考察を深めさせる授業構成を工夫することにより, 思考力 判断力 表現力等の育成を図ることができるかどうか, 実践を通して検証する Ⅲ 研究の内容 1 本研究における思考力 判断力 表現力等 評価規準の作成, 評価方法等の工夫改善のための参考資料 高等学校公民 ( 平成 24 年, 国立教育政策研究所 ) では, 公民科 現代社会 における評価の観点 思考 判断 表現 の趣旨について, 現代社会の基本的問題と人間に関わる事柄から課題を見いだし, 社会的事象の本質や人間としての在り方生き方について広い視野に立って多面的 多角的に考察し, 社会の変化や様々な立場, 考え方を踏まえ公正に判断して, その過程や結果を様々な方法で適切に表現している 2) と述べている このことを踏まえて, 本研究では, 思考力 判断力 表現力等を 現代社会の基本的な問題について, 基礎的 基本的な知識や概念を活用しながら, 多面的 多角的に考察し, 公正に判断して, その過程や結果を適切に表現する力 として捉え, その育成を図る 2 授業構成の工夫 (1) 振り返りを重視した体験的な学習本研究では, 思考力 判断力 表現力等を育成する手だてとして, シミュレーションなどの体験的な学習に着目する なぜなら, 単に興味 関心を高めるだけでなく, 体験を通して, 生徒が自ら問題を発見したり, その解決法を探究したりするなど主体的な学習を促すことが期待できるからである 体験的な学習を単なる体験で終わらせず, 思考力 判断力 表現力等の育成へとつなげるためには, 体験の振り返りが重要である このことは多くの先行研究で指摘されているが, 体験の振り返りについて, その構成や位置付けを具体的に提案したものはあまり見られない そこで, 本研究では, 体験の振り返りについて, 図 2のような過程として構成した つまり, 体験の中での気付きに基づく見方や考え方を, 客観的, 論理的な見方や考え方へと発展させる過程として構成し, 体験的な学習の中核とした そして, そのような過程においては, 基礎的 基本的な知識や概念の理解 と 互いに考えを伝え合う言語活動 が重要であると考えた ア基礎的 基本的な知識や概念の理解体験の中での気付きと結び付けながら, 現代社会の基本的な問題に関わる基礎的 基本的な知識や概念を示し, その理解を深めさせる このようにして習得した知識や概念を体験の中での気付きに基づく見方や考え方に新たに組み入れさせながら自分の考えを吟味 検討させる イ互いに考えを伝え合う言語活動見方や考え方を深めさせるため, 互いに考えを伝え合わせる場面を充実させる その際, 根拠や前提条件に違いがあるために様々な見方や考え方があることに気付かせるとともに, それらを整理することを通じて, 多様な立場から自分の考えを図 2 体験の振り返りの構成吟味 検討させる
(2) 単元の構成についての工夫振り返りを重視した体験的な学習を効果的に展開するためには, どのような点から問題を捉えさせるかという明確な観点を設定する必要がある なぜなら, 観点が曖昧なままでは, 生徒は問題のどこに着目して考察すればよいか分からず, 考えを深めることができないからである そこで, 本研究では, 幸福, 正義, 公正 などの枠組みを, 現代社会の基本的な問題を捉えて考察する観点として設定し, 表 1 のような単元の構成を構想した ア単元の導入現代社会の基本的な問題について, 図 1 のように単純化 構造化して捉える その上で, 幸福 の対立に着目し, 個々の 幸福 の追求が, 他者や社会全体の 幸福 と対立するということを社会的ジレンマとして体験させるように活動を設定する なお, 授業実践 Ⅰ Ⅱ では, 資金の増額を競うシミュレーション ゲームとして設定し, 対立する二つの立場のどちらか一方を選択する意思決定を複数回行わせた イ単元の展開現代社会の基本的な問題について, 幸福 の対立を調整するために, 正義 公正 がどのように実現されようとしているのかを考察させる その際, このような状況のとき, ゲームではどのように考えたのか などと問い, 体験の中での気付きと結び付けさせる また, 多面的 多角的な考察を促すため, 1 体験の中での気付きに基づく見方や考え方から現代社会の基本的な問題を捉えさせる事例の考察 2 体験の中での気付きに基づく見方や考え方とは異なる立場から現代社会の基本的な問題を捉えさせる事例の考察 という段階をとり生徒の考えを揺さぶる その際, ゲームの条件がこのように変化したら, どう行動するか などと問い, 体験の中での気付きと比較させながら, 考えを深めさせる ウ単元の終末現代社会の基本的な問題について, 習得した知識や概念を活用させながら, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察させ, その過程や結果を様々な方法で適切に表現させる 時体験的な学習 表 1 振り返りを重視した体験的な学習を中心とする単元の構成 単元の構成 1 体験 単元の 導入 現代社会の基本的な問題を図 1 のように捉えて設定した活動を通して, 社会的 ジレンマを体験させ, 問題の概要に気付かせる 現代社会の基本的な問題について, 幸福 の対立に着目しながら, 問題構造 を捉えさせる その中で, 幸福 の対立をどのように調整や解決しようとして 2 体験の 振り返り 単元の 展開 いるのかについて, 次のような段階をとり, 具体的な事例を考察させる 1 体験の中での気付きに基づく見方や考え方から現代社会の基本的な問題を捉えさせる事例の考察 ( 事例 1) 2 体験の中での気付きに基づく見方や考え方とは異なる立場から現代社会の基 本的な問題を捉えさせる事例の考察 ( 事例 2) まとめ 単元の 終末 現代社会の基本的な問題について, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察 させ, その過程や結果を表現させる 3 授業実践 Ⅰ 対象 : 岡山県立岡山芳泉高等学校 1 年次 361 名, 実施期間 : 平成 26 年 6 月 16 日 ~20 日大項目 (1) 私たちの生きる社会 において, 地球環境問題を題材とし, 現代社会における環境の問題について, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察し, 社会の様々な変化や立場, 考え方を踏まえ公正に判断して, その過程や結果を様々な方法で適切に表現できる という目標を立て, 表 1のに表 2のような具体的なキーワードを当てはめて単元を構成した
表 2 授業実践 Ⅰ のキーワード 表 1 のあ授業実践 Ⅰ のキーワード 現代社会の基本的な問題 地球環境問題 幸福 の対立 経済発展を重視する立場 と 環境保護を重視する立場 の対立 事例 1 京都議定書 ( 温室効果ガス削減に効果的ではないと批判されている ) 事例 2 モントリオール議定書 ( オゾン層保護に効果的であると評価されている ) (1) 単元の導入地球環境問題を図 3のように捉えて設定したシミュレーション ゲームⅠ( 図 4) では, ほとんどのグループが資金を増やすことを優先し, 経済発展を重視する立場 ばかりを選択して行動していた そのため, みんなが大きな不利益を被る結果となっていた また, 現実において, ゲームで体験したことと同じようなことが起こるのはどんな場面か と問い, 記述させた その記述例が表 3( 記述 Ⅰ[ 前 ]) であり, その内容を分類したものが図 5である 体験した社会的ジレンマと似た事例を示しつつも, どのような点で似ていたかという根拠を具体的に示すことができていない生徒が大部分であった (2) 単元の展開図 3 地球環境問題の構造事例 1の考察では, ゲームでは, 環境保護に努めたが, 他がそれ以上に環境を悪化させたので意味がなかった だから, アメリカが脱退したのも分かる などの意見が出た ゲームでの自身の立場と結び付けて地球環境問題をめぐる各国の立場を理解していた 一方で, 事例 2の考察では, 地球環境の重大な危機に直面したことがモントリオール議定書の成立を促したと思う ゲームでも, みんなが重大な危機だと認識すれば, 協力できたのだろうか などの意見が出た ゲームでの自身の立場との違いを捉え, その背景にある見方や考え方の違いに気付くことで, 多面的 多角的な考察が促されていた (3) 単元の終末地球環境問題について, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察させ, その過程や結果を記述させた その記述例が表 3( 記述 Ⅰ[ 後 ]) であり, その内容を分類したものが図 6である 大部分の生徒が, 習得した知識や概念を活用して根拠を示しながら, 自分の考えを説明できていた さらに, 表 3 単元の展開の前 後の記述例その中には, 経済発展と環境保護を両立する方法として記述 Ⅰ[ 前 ]( 事例のみ ) エコ ビジネスの重要性を主張するなど, 望ましい解決大型ショッピングモールの建設策を主体的に考察しようとする生徒もいた 記述 Ⅰ[ 後 ]( 具体的な根拠を示した記述 ) (4) 授業実践 Ⅰを踏まえた授業実践 Ⅱの工夫各国の幸福は, 歴史や状態によって大きな差があ授業実践 Ⅰについて, 図 5と図 6を比較した結果, 単るため, 公正を期すことが難しくなっている 仮元の展開を通して, 思考力 判断力 表現力等の育成をに正義を導くことができたとしても, それが全て図ることができたと考える 特に, 事例 1 2を提示しの国にとって良いとは限らないと感じさせられたて, 多面的 多角的な考察を促したことは考えを深めさのは 京都議定書 だった これ以前に 共通だせるのに効果的であった 一方で, 知識や概念を教えるが差異ある責任 の原則という考え方が合意され時間がやや多くなり, じっくりと考えさせる時間的な余成功した例もあるが, まずは国際社会全体で取り裕がなかったことが課題である 組んでいける体制づくりからするべきだと思う
よって, 授業実践 Ⅱ では, 多面的 多角的な考察を促す場面をより充実させるため, 習得させる知識や概念を精選することにした そして, 多様な立場から考えを吟味 検討させるため, 資料を読み取り解釈する学習活動を取り入れ, 様々な見方や考え方に気付かせようと考えた 図 4 ゲーム Ⅰ の様子 図 5 記述 Ⅰ[ 前 ] の内容の分類 図 6 記述 Ⅰ[ 後 ] の内容の分類 4 授業実践 Ⅱ 対象 : 岡山県立岡山芳泉高等学校 1 年次 321 名, 実施期間 : 平成 26 年 10 月 18 日 ~24 日大項目 (2) 現代社会と人間としての在り方生き方 の中項目 エ現代の経済社会と経済活動の在り方 において, 労働問題を題材とし, 個人や企業は社会を構成する一員として経済活動において役割を担い, 法的責任のみならず社会的責任を担っていることについて, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察し, 個人や企業の経済活動の在り方について社会の変化や様々な立場, 考え方を踏まえ公正に判断して, その過程や結果を様々な方法で適切に表現できる という目標を立て, 表 1のに表 4のような具体的なキーワードを当てはめて単元を構成した 表 4 授業実践 Ⅱ のキーワード 表 1 のあ授業実践 Ⅱ のキーワード 現代社会の基本的な問題 労働問題 幸福 の対立 事例 1 経営者の立場 と 労働者の立場 の対立 内部留保の活用について, 経営者の立場 を優先した場合 事例 2 内部留保の活用について, 労働者の立場 を優先した場合 (1) 単元の導入労働問題を図 7のように捉えて設定したシミュレーション ゲームⅡ( 図 8) を実施した シミュレーション ゲームⅠの経験を踏まえ, 経営者の立場 だけでなく, 労働者の立場 にも配慮をしながら行動を選択していた (2) 単元の展開事例 1 2の考察の場面 ( 図 9) において, 経営者の立場 と 労働者の立場 から資料を読み取り解釈する学習活動を取り入れた その際, なぜ, この状況は, 利益または不利益をもたらすと言えるのか などと問い, 根拠や前提条件の違いにより, 様々な見方や考え方があることに気付かせようとした その結果, 日本企業が不景気のときに内部留保を増やしたい気持ちは分かる しかし, 内部留保が増えても設備投資が増えない状況は, 労働者の立場からすれば, 賃金が増える期待がもてず不満だろう など図 7 労働問題の構造
の意見が出た 資料の解釈を通して, 労働問題を多様な立場から捉えながら, 考えを深めることができていた (3) 単元の終末労働問題について, 幸福, 正義, 公正 などの観点から考察させ, その過程や結果を記述させた その記述例が表 5( 記述 Ⅱ[ 後 ]) であり, その内容を分類したものが図 10 である 図 10 を図 6 と比較すると, 望ましい解決策を主体的に考察しようとする生徒の割合が増していた さらに, その記述内容を比較してみると, 大きな変化が見られた 記述 Ⅰ[ 後 ] では, 経済発展を重視する立場 と 環境保護を重視する立場 という二つの立場のみを念頭に置いた考察が大部分であった 一方, 記述 Ⅱ[ 後 ] では, 表 5 にあるように 経営者の立場 と 労働者の立場 の対立を調整するために 政府や法の役割 に言及するなど, 習得した知識や概念を活用して, 授業で直接は提示されていない立場に気付き, 考えを深めている生徒が多く見られた 図 8 ゲーム Ⅱ の様子 図 9 事例 1 2 の考察を整理している様子 表 5 単元の展開の後の記述例記述 Ⅱ[ 後 ]( 具体的な根拠を示した記述 ) 企業の幸福と労働者の幸福の共通点は, お金が必要ということ だから, お金の確保という点で, 投資つまり企業の幸福が優先すると思う その上で賃金を上げていく また, 内部留保を増やし過ぎず, 設備投資をしたり, 労働者の賃金に配分したり, 労働者へのサービスにまわすことが, 長期的には企業の利益につながる 記述 Ⅱ[ 後 ]( 主体的に考察し, 具体的な根拠を示した記述 ) 企業と労働者の関係がうまくいくためには, 公正 でなければならない 利益を調整することで, どちらも納得するような状態をつくることが必要である しかし, この状態をつくるのは難しい だから, 政治の介入が必要だと思う 企業の立場がどうしても強くなるので, 法律によって労働者の立場を守る必要がある 図 10 記述 Ⅱ[ 後 ] の内容の分類 Ⅳ 成果と課題 振り返りを重視した体験的な学習に着目し, 幸福, 正義, 公正 などの観点から現代社会の基本的な問題を捉え, 考察を深めさせる授業構成を工夫することにより, 思考力 判断力 表現力等の育成を図ることができた また, そのような学習の中に, 生徒の考えを揺さぶり, 多面的 多角的な考察を促す工夫を取り入れることが効果的であることも分かった 今後は, このような授業を, 実施内容や時期などを含めて年間指導計画の中に効果的かつ系統的に位置付けることができるように, さらに研究を深めていきたい 引用文献 1) 中央教育審議会 (2008) 幼稚園 小学校 中学校 高等学校及び特別支援学校の学習指導要領等の改善について( 答申 ) p.79 2) 国立教育政策研究所 (2012) 評価規準の作成, 評価方法等の工夫改善のための参考資料 高等学校公民 p.25 参考文献 福田正弘 (2003) シミュレーション ゲームにもとづく社会科授業, 社会認識教育学会編 社会科教育のニュー パースペクティブ, 明治図書出版,pp.236-245 文部科学省 (2009) 高等学校学習指導要領解説公民編 文部科学省 (2011) 言語活動の充実に関する指導事例集 高等学校版 桑原敏典 (2012) 社会科における見方考え方とその育成の方法, 岡山大学大学院教育学研究科研究集録 第 151 号,pp.59-68