巨大ブラックホールがどうやってできたかはこれまでまったくわかっていませんでしたが 今回の新理論構築で中質量ブラックホールを経て形成されるらしいことが明らかになってきました この中質量ブラックホールは 1999 年 共同研究チームの松本浩典研究員 ( マサチューセッツ工科大学 / 大阪大学 元 理研基

Similar documents
1. 内容と成果研究チームは 天の川銀河の中心を含む数度の領域について 一酸化炭素分子が放つ波長 0.87mm の電波を観測しました 観測に使用した望遠鏡は 南米チリのアタカマ砂漠 ( 標高 4800m) に設置された直径 10m のアステ望遠鏡です 観測は 2005 年から 2010 年までの長期

ブラックホールを コンピュータ上で 創る 柴田大 ( 京都大学基礎物理学研究所 )

銀河風の定常解


Microsoft Word _鹿児島用(正式版).docx

PRESS RELEASE 2019 年 4 月 3 日理化学研究所金沢大学国立天文台 ガンマ線バーストのスペクトルと明るさの相関関係の起源 - 宇宙最大の爆発現象の理論的解明へ前進 - 理化学研究所 ( 理研 ) 開拓研究本部長瀧天体ビッグバン研究室の伊藤裕貴研究員 長瀧重博主任研究員 数理創造プ

大宇宙

天文学会記者発表資料

新たな宇宙基本計画における宇宙科学・宇宙探査の位置付け及び主な関連事業の概要

ニュースリリース 平成 27 年 5 月 1 日 国立大学法人千葉大学 自然科学研究機構国立天文台 スーパーコンピュータによる 宇宙初期から現在に いたる世界最大規模のダークマターシミュレーション 概要 千葉大学 東京経済大学 愛媛大学 東京大学 文教大学による研究グループは 理化学研究所計算科学研

宇宙における爆発的リチウム生成の初観測に成功-新星爆発は宇宙のリチウム合成工場だった-

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

2011 年度第 41 回天文 天体物理若手夏の学校 2011/8/1( 月 )-4( 木 ) 星間現象 18b 初代星形成における水素分子冷却モデルの影響 平野信吾 ( 東京大学 M2) 1. Introduction 初代星と水素分子冷却ファーストスター ( 初代星, PopIII) は重元素を

Microsoft Word - プレス原稿_0528【最終版】

報道発表資料 2008 年 11 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 メタン酸化反応で生成する分子の散乱状態を可視化 複数の反応経路を観測 - メタンと酸素原子の反応は 挿入 引き抜き のどっち? に結論 - ポイント 成層圏における酸素原子とメタンの化学反応を実験室で再現 メタン酸化反応で生成

H20マナビスト自主企画講座「市民のための科学せミナー」

1. これまでの交流を通じて得られた成果 当該研究交流課題を実施したことによる国際学術交流拠点の形成 成果の学術的価値 若手人材育成への貢献等につき どの程度成果があったかへの 十分成果があった 概ね成果があった ある程度成果があった ほとんど成果が見られなかった コメント 国際学術交流拠点の形成

Microsoft PowerPoint - komaba ppt

week1_all

スライド 1

_Livingston

第?回基礎ゼミ

高詳細な遠赤外線全天画像データを公開赤外線天文衛星 あかり の新しい観測データを研究者が利用可能に 1. 発表者 : 土井靖生 ( 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻助教 ) 田中昌宏 ( 筑波大学計算科学研究センター研究員 ) 服部誠 ( 東北大学大学院理学研究科天文学専攻准教授 ) 2.

スライド 1

スライド 1

X33/表1-表4 [更新済み]

れており 世界的にも重要課題とされています それらの中で 非常に高い完全長 cdna のカバー率を誇るマウスエンサイクロペディア計画は極めて重要です ゲノム科学総合研究センター (GSC) 遺伝子構造 機能研究グループでは これまでマウス完全長 cdna100 万クローン以上の末端塩基配列データを

スライド 1

WFMOS で期待されるサイエンス ( ダークエネルギー編 ) 2008 年度光学赤外線天文連絡会シンポジウム 地上大型望遠鏡計画 :2020 年のための決心 2008 年 8 月 22 国立天文台 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻須藤靖 1

スライド タイトルなし

具合が大きくなり 一般相対性理論 3 に基づく重力の記述が破綻するためである この問題を解決する新しいアプローチとして 1997 年米国プリンストン大のマルダセナ教授は ブラックホールの中心を含めて正しく重力を記述する理論を提唱した この理論によれば ちょうどホログラムが立体図形の情報を平面上に記録

自然界に思いをはせる ( エーテル = 第 5 元素 ) 地と天は異なる組成 古代ギリシャの四元素説空気 火 木 地も天も同じ組成 古代中国の五行説 火 土土水 ( いずもりよう : 須藤靖 ものの大きさ 図 1.1 より ) 金 水 2

報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

sougou070507

eLISAによる重力波コスモグラフィーとHubbleパラメータ問題

1. 背景重い星は その生涯を終える際 超新星と呼ばれる大爆発を起こして最期の輝きを放ちます その時の強烈な爆風は 星間空間に衝撃波を作り 1 万年以上にわたって爆発の痕跡を残します これを超新星残骸といいます ふたご座の中にあるクラゲ星雲 ( 図 1 別名 :IC443) は 太陽より 10 倍以

Microsoft Word - t30_西_修正__ doc

観測的宇宙論

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

高軌道傾斜角を持つメインベルト 小惑星の可視光分光観測

ます この零エネルギーの輻射が量子もつれを共有できることから ブラックホールが極めて高温な防火壁で覆われているという仮説が論理的必然でないことを明らかにしました 本研究の成果は 米国物理学会誌 Physical Review Letters に 2018 年 5 月 4 日 ( 米国東部時間 ) オ

報道発表資料 2002 年 8 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 局所刺激による細胞内シグナルの伝播メカニズムを解明 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 細胞の局所刺激で生じたシグナルが 刺激部位に留まるのか 細胞全体に伝播するのか という生物学における基本問題に対して 明確な解答を与えま

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

Neo-Knowledge,Ltd.

Microsoft Word - 1.scj21期 (天文学宇宙物理学分科会).doc

Microsoft PowerPoint - komaba ppt [互換モード]

PowerPoint プレゼンテーション

球状星団における変光星について

2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3

Microsoft Word - koubo-H26.doc

報道発表資料 2004 年 9 月 6 日 独立行政法人理化学研究所 記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功 - クラゲの蛍光蛋白で神経細胞のつなぎ目を色づけ - 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) マサチューセッツ工科大学 (Charles M. Vest 総長 ) は記憶形

第2回 星の一生 星は生まれてから死ぬまでに元素を造りばらまく

ゼロからはじめる「科学力」養成講座2(2009年度)

Microsoft PowerPoint - nsu_01hubble_d_p

資料 29 7 科学技術 学術審議会研究計画 評価分科会宇宙開発利用部会 ( 第 29 回 H ) X 線天文衛星 ASTRO H ひとみ の 後継機の検討について 2016 年 7 月 14 日国立研究開発法人宇宙航空研究開発機構宇宙科学研究所長理事常田佐久 1

Microsoft PowerPoint - komaba ppt [互換モード]

Wish list for US participation by SDR

Microsoft PowerPoint _HiZ-GUNDAM答申文書案説明および議論_v02.pptx

PowerPoint Presentation

光赤外将来計画検討書: 改訂の進捗

超新星残骸Cassiopeia a と 非球対称爆発

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文

, 0707

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

JPS-Niigata pptx

本件リリース先 広島大学関係報道機関 NEWS 報道機関各位 RELEASE 広島大学広報グループ 東広島市鏡山 TEL: FAX: 平成 31

研究機関とサイエンスコミュニケーション①(森田)

<91BA8E5290C428938C8B9E91E58A778D918DDB8D CA48B868F8A909495A898418C CA48B868B408D5C208B408D5C92B CD967B939682C982D082C682C282C882CC82A C2082B182CC92988ED282C995B782AF207C208CBB91E C8

自然科学研究機構シンポジウム メールマガジン第 035 号

ポリトロープ、対流と輻射、時間尺度

スライド 1

NRO談話会 key

Microsoft PowerPoint - komaba ppt [互換モード]

スライド 1

Microsoft Word - 04repo-2shibata.doc

ハッブル図の作成と ハッブル定数 宇宙年齢の導出 明星大学理工学部総合理工学科物理学系天文学研究室 学籍番号 :13S1-012 大越遥奈 1

三裂星雲M20に付随する分子雲:分子雲衝突による大質量星形成

を確認しました 本装置を用いて 血栓形成には血液中のどのような成分 ( 白血球 赤血球 血小板など ) が関与しているかを調べ 血液の凝固を引き起こす トリガー が何であるかをレオロジー ( 流れと変形に関わるサイエンス ) 的および生化学的に明らかにすることとしました 2. 研究手法と成果 1)

Microsoft PowerPoint - komaba ppt [互換モード]

Lecture140504

Microsoft PowerPoint - 科学ワインバー#2

Microsoft PowerPoint - komaba ppt [互換モード]

Microsoft PowerPoint - komaba ppt

測光 分光同時モニター観測によるアウトフローの電離状態変動シナリオの検証 信州大学大学院総合工学系研究科 D1 堀内貴史

プラズマ バブルの到達高度に関する研究 西岡未知 齊藤昭則 ( 京都大学理学研究科 ) 概要 TIMED 衛星搭載の GUVI によって観測された赤道異常のピーク位置と 地上 GPS 受信機網によって観測されたプラズマ バブルの出現率や到達率の関係を調べた 高太陽活動時と低太陽活動時について アジア

胞運命が背側に運命変換することを見いだしました ( 図 1-1) この成果は IP3-Ca 2+ シグナルが腹側のシグナルとして働くことを示すもので 研究チームの粂昭苑研究員によって米国の科学雑誌 サイエンス に発表されました (Kume et al., 1997) この結果によって 初期胚には背腹

スケッチの場合は スケッチ用紙をスキャンしてデジタルデータ化し 画像と同じアドレスにお送りください メールのタイトルは 部分日食スケッチ AH-XXXX とするようお願いします デジタル化できない場合は 以下の宛先まで郵送ください 郵送にかかる費用は参加グループの負担となります なお 返信を希望され

DVIOUT-SS_Ma

報道発表資料 2000 年 2 月 17 日 独立行政法人理化学研究所 北海道大学 新しい結晶成長プロセスによる 低欠陥 高品質の GaN 結晶薄膜基板作製に成功 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 北海道大学との共同研究により 従来よりも低欠陥 高品質の窒化ガリウム (GaN) 結晶薄膜基板

宇宙のダークエネルギーとは何か

テンプレート

太陽系以外に惑星があることが初めて確認されたのは1995年のことでした

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

PowerPoint Presentation

Microsoft PowerPoint - antarcticInfraredAstronomy pptx

GoogleMoon

Transcription:

報道発表資料 2001 年 10 月 3 日 独立行政法人理化学研究所 巨大ブラックホール誕生の謎解明へ - 宇宙進化の歴史をひもとく大きな一歩 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 東京大学および京都大学などの研究グループとともに 銀河の中心部に位置し 銀河の活動エネルギーをまかなう 巨大ブラックホール 誕生に対する新理論モデルを提案しました 理研情報基盤研究部の戎崎俊一基盤研究部長 東京大学大学院理学研究科の牧野淳一郎助教授 京都大学理学部の鶴剛助教授らによる共同研究チーム による成果です 共同研究チームは 今まで得られた観測事実などの研究結果に基づき 超高速専用計算機による重力多体シミュレーションで理論的研究を進めました その結果 爆発的星形成で生まれた星団の中で 中質量ブラックホール が誕生し それらが星団に抱かれつつ銀河中心へ落下し 互いに合体することで巨大ブラックホールへと成長することを突き止めました このシナリオは 銀河の形成進化や活動銀河核の形成までにおよぶ宇宙全体の進化の歴史に新た知見を与えるものであり 今までの定説を書き換える可能性を秘めています 本研究成果は 10 月 4 日から姫路市で開かれる 日本天文学会 秋季年会において特別セッションが組まれ 発表されます 戎崎俊一 ( 理化学研究所 ) 牧野淳一郎 ( 東京大学 ) 鶴剛 ( 京都大学 ) 川辺良平 ( 国立天文台 ) 松下聡樹 ( ハーバード スミソニアン天体物理学研究センター ) 松本浩典 ( 大阪大学 / マサチューセッツ工科大学 ) 船渡陽子 ( 東京大学 ) 舞原俊憲 ( 京都大学 ) 原島隆 ( ミノルタ ) 岩室史英 ( 京都大学 ) サイモン ポルトギース ツワート ( マサチューセッツ工科大学 ) スティーブ マクミラン ( ドレクセル大学 ) ピート ハット ( プリンストン高等研究所 ) 1. 背景ブラックホールは 強大な重力のために光さえその中から脱出できない天体です 20 世紀前半の一般相対論の確立により理論的に予言され 20 世紀後半の X 線天文学の台頭により宇宙における実在が確かめられました 従来 宇宙には 2 種類のブラックホールがあることが知られていました ひとつは 星がその進化の果てにすべての核エネルギーを消費し尽くしたのち 自らの重力で潰れてできる小質量ブラックホールです 小質量といっても重さは太陽質量の 10 倍から 20 倍程度もあります もう一つは 銀河の中心に住む巨大ブラックホールです その質量は 少なくとも太陽の百万倍程度 大きいものでは太陽の十億倍を超えます 巨大ブラックホールは 活動的銀河核の中心エンジンとして仮定されており 活動的銀河核が放出する膨大なエネルギーをまかなうためには 巨大ブラックホールに 1 年間に恒星が一個ぐらい飲み込まれなければなりません 巨大ブラックホールは ほとんどすべての銀河の中心に存在することが分かってきました

巨大ブラックホールがどうやってできたかはこれまでまったくわかっていませんでしたが 今回の新理論構築で中質量ブラックホールを経て形成されるらしいことが明らかになってきました この中質量ブラックホールは 1999 年 共同研究チームの松本浩典研究員 ( マサチューセッツ工科大学 / 大阪大学 元 理研基礎科学特別研究員 ) 京都大学の鶴剛助教授らによって初めて発見されたものです 松本研究員らは 宇宙科学研究所の X 線天文衛星 あすか および米国の X 線天文衛星 チャンドラ を用いて 爆発的な銀河形成で有名な M82 銀河 ( 図 1) に明るい X 線天体を発見し その最大光度変化や明るさの時間変化と M82 銀河内での位置から この X 線源が中質量ブラックホールである結論づけています この中質量ブラックホールの発見が今回の理論構築の出発点となりました 2. 新理論形成につながる研究成果中質量ブラックホールの発見は 巨大ブラックホール形成の謎を解く大きな手がかりとなりました 共同研究チームの松下聡樹学術海外特別研究員 ( ハーバード スミソニアン天体物理学研究センター ) を中心としたグループは 国立天文台野辺山電波観測所のミリ波干渉計を用いた観測により 中質量ブラックホールの周りに巨大膨張分子雲を発見し これが爆発的星形成に伴い約 1000 万年前に形成されたことが明らかにしました ( 図 2) この巨大膨張分子雲の中心に中質量ブラックホールが存在することは 爆発的星形成と中質量ブラックホール誕生が深く関係していることを物語っています さらに共同研究チームは 岩室史英京都大学助手らを中心として 国立天文台がハワイ マウナケア山頂に建設した すばる 望遠鏡により 中質量ブラックホールの位置に 爆発的星形成により誕生した若い星団を発見しました ( 図 3) これは爆発的な星形成の結果つくられた星団の中で中質量ブラックホールが育ちつつあることを強く示唆しています これらの観測のほか 共同研究チームの牧野淳一郎助教授らが中心となり開発した重力多体専用計算機 GRAPE-4 を用いて 重力多体シミュレーションを行いました その結果 高密度の星団内では 質量の大きな星が中心に沈み 互いに合体して 太陽の数百倍の質量にもおよぶ大質量星が作られることを見いだしました ( 図 4) シミュレーションの結果では 大質量星は速やかに進化し 重力崩壊して中質量ブラックホールとなります これは 高密度の星団における中質量ブラックホールの形成が定量的に十分可能なことを示しています 3. 巨大ブラックホール誕生のメカニズム ( 説明図参照 ) 今までの研究成果から巨大ブラックホール誕生のメカニズムのモデルが姿をあらわしました 巨大ブラックホールの形成のドラマは 2 幕に分かれます 第 1 幕で高密度星団中に中質量ブラックホールが 第 2 幕で中質量ブラックホールから巨大ブラックホールが形成されます 第 1 幕 : 高密度星団中における中質量ブラックホールの形成 ( 図 5) 1. 銀河同士の衝突などにより爆発的な星形成が起こり高密度の星団が一度に大量に作られる 2. 高密度の星団では 力学的摩擦 ( 重い星の運動エネルギーが軽い星に奪い取られ

る ) により重い星が中心に落下し それらの合体により 短時間に大質量星 ( 太陽質量の 100 倍以上 ) が誕生する 3. 大質量星は速やかに重力崩壊し 星団の中心に太陽質量の数百倍のブラックホールができる このブラックホールはさらに周りの星を呑み込みながら成長を続け X 線源として輝き始める 4. さらにブラックホールは成長を続け ついには星団の中心に太陽の数千倍の質量を持つ 1 個の中質量ブラックホールが誕生し 明るい X 線源として観測される 第 2 幕 : 銀河中心における巨大ブラックホール形成 ( 図 6) 1. 中質量ブラックホールを抱えた星団は 母銀河の中での力学的摩擦により銀河中心に沈む ( 図 7) 2. 母銀河の潮汐力などで星団を形成する恒星が散逸させられ 中質量ブラックホールのみが母銀河の中心付近に取り残される 3. 多くの星団が中心に落ち 中質量ブラックホールが銀河の中心に集まる それらは重力波を放出しながら合体し 1 つの巨大ブラックホールへと成長する 同時に回りの星やガスを飲み込むことで活動的銀河核として活動する 4. 宇宙進化論に対するインパクト今回 提案する理論シナリオは 単に巨大ブラックホールの形成を説明するにとどまりません これまで別々に議論されてきたいくつかの観測事実を統一的に説明することが可能となります まず 銀河のバルジの質量と銀河中心巨大ブラックホールの質量の間にある正の比例関係を説明することができます バルジとは 円盤銀河の中央部の膨らんだ部分です この比例関係は 巨大ブラックホールの成長と銀河の進化との密接な関連を意味します なぜブラックホールのように極めて局所的な天体と 銀河全体に関するバルジの間に関係があるのか その原因は不明でした 本研究チームのシナリオでは 中質量ブラックホールを抱えて沈降する星団の普通の恒星は やがて母銀河の潮汐力などで星団から剥ぎ取られて 銀河中心付近に広く拡がります さらに 銀河円盤部の恒星の軌道も星団の重力でかき乱されます これらの恒星がバルジを形成するとすれば バルジの質量と巨大ブラックホールの関係を自然に説明できます 次に これまで別々に議論されてきた爆発的星形成銀河から 高光度赤外線銀河 セイファート銀河 クエーサーに至る一連の天体を ブラックホールの成長という進化軸で統一的に捉えられる可能性があります 物質密度の高かった初期の宇宙では 銀河同士の衝突が盛んに起き 衝突による爆発的な星形成と それに続く巨大ブラックホール形成が激しく進んだはずです 実際 宇宙が現在の 3 分の 1 の大きさだった頃に クエーサーなどの巨大ブラックホールをエンジンとする活動銀河核がその活動のピークを迎えています また 活動銀河核の周りには これから合体するであろう中質量ブラックホールが多く存在することが予測されます それによる重力レンズ効果や 降着円盤への重力的擾乱が活動的銀河核の時間変動の原因になっている可能性が高いのです さらに 宇宙初期にはかなり頻繁にブラックホール同士の合体が起こったはずです 100 万太陽質量程度のブラックホール同士の合体では 数ミリヘルツの振動数の

宇宙重力波バーストが発生します 宇宙の果てで発生したものでも 現在 米国で計画中の重力波アンテナ LISA で十分観測可能です その検出頻度は 少なくとも 1 ヶ月に 1 回程度はあるので LISA の重要なターゲットになると思われます 最後に 本研究成果は 日本が世界に誇る あすか 衛星 すばる 望遠鏡 野辺山電波観測所の ミリ波干渉計 などの観測機器と重力多体問題専用計算機 GRAPE など それぞれが一見すると独立に進めてきた日本の研究が 自然にしかもダイナミックに繋がり一つの理論シナリオに結集 さらに大きな展開を見せようとしているところに大きな意義があります 今後も 新モデルの確立を目指し 多くの研究者が協力していくことになるでしょう ( 問い合わせ先 ) 独立行政法人理化学研究所情報基盤研究部部長戎崎俊一 Tel : 048-467-9414 / Fax : 048-467-4078 Mail : ebisu@atlas.riken.go.jp ( 報道担当 ) 独立行政法人理化学研究所広報室嶋田庸嗣 Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715 < 参考となるホームページ > 1. 天文学会記者発表記事 : http://atlas.riken.go.jp/~ebisu/smbh.html 2. 新種ブラックホール発見 ( 記者発表記事 2000 ): http://www-cr.scphys.kyoto-u.ac.jp/research/xray/press200009/ 3. 銀河の巨大な爆発から誕生する新種ブラックホール ( 記者発表記事 2 2000 ): http://www-cr.scphys.kyoto-u.ac.jp/research/xray/press200010/ 4. 重力多体専用計算機 GRAPE: http://grape.astron.s.u-tokyo.ac.jp/grape/ 5. 宇宙科学研究所宇宙圏研究系 ( あすか 衛星 ): http://www.astro.isas.ac.jp/index-j.html 6. 国立天文台野辺山宇宙電波観測所 : http://www.nro.nao.ac.jp 7. 国立天文台 すばる 望遠鏡 : http://www.subaru.naoj.org/j_index.html

8. チャンドラ X 線衛星 : http://chandra.harvard.edu/ 9.LISA: http://lisa.jpl.nasa.gov/