会 計 3 利益計算の仕組み 大日方 隆 ( 東京大学大学院経済学研究科 )
Outline 1. 利益計算の基本構造 2. 会計記録 3. キャッシュフローの配分 4. 費用の繰り延べ 5. 費用の見越し ( 引き当て ) 6. 費用の繰り延べ 見越しのまとめ 7. 支出と費用の関係 8. 支出と純資産 費用の関係 9. 資産の増減情報の意味 10. T 字型記録 ( 複式簿記 ) の計算構造 T. OBINATA 2
用語の解説 ( 再掲 ) ストックとフロー 雨量計の例 1 時間あたり 5 ミリの降雨量 = フロー = 一定期間におけるストックの増減変化 雨水が貯まった量 = ストック 2 0 ミリ 空 ( から ) の状態 4 時間後 T. OBINATA 3
1 利益計算の基本構造 ( 全体像 ) 1 資産 負債の変動を記録し, 残高を計算する 2 資産 - 負債 = 純資産を計算する ( 以上が貸借対照表 ) 3 期末純資産 - 期首純資産 = 純資産の増減から, 株主との直接取引によるものを除いて, 当期純利益を計算する 4 1 の記録から, 当期純利益を収益と費用の差額に整理する ( 整理された結果が損益計算書 ) T. OBINATA 4
1 利益計算の基本構造 前期末 ( 当期首 )B/S 当期末 B/S 資産 (5) 負債 (2) 資産 (8) 負債 (4) 純資産 (3) 純資産 (4) ( 資本取引がないかぎり ) 純資産が増加すれば, 当期純利益がプラスになり, 企業は儲けたことになる 当期純利益 (1) T. OBINATA 5
2 会計記録 1) 企業設立 1 = 資本金 + 資本剰余金 資本金と資本剰余金は, 会社法が区分を規定しており, 会計理論上, 両者は無差別である 2 増資と減資 : 法律行為によって増減する 企業の経済活動では増減しない 資本金と資本剰余金を増減できる行為は, 会社法で限定されている T. OBINATA 6
図 増資と減資 増資 1,500 1,500 減資 は, 純資産の構成要素である したがって, は名目的存在であり, 経験的に観察はできない T. OBINATA 7
2 会計記録 2) 銀行借入 1,500 借入金 500 1 借入と返済 2 返済期限による負債 ( 借入金 ) の流動固定分類 T. OBINATA 8
図 借入と返済 借入 返済 1,500 借入金 500 資産と負債が同額増加 ( 減少 ) するとき, 純資産 ( 図では ) の額は不変 すなわち, このような活動からは, 利益や損失は計上されない T. OBINATA 9
2 会計記録 3) 資産購入 = 投資 (600) 900 借入金 500 商品 600 1 たな卸資産の範囲 2 流動資産に分類 3 自家消費 ( 自己使用 ) 使用目的に応じて振替 ex. 固定資産 ( 車両 ) T. OBINATA 10
図 資産の購入 1,500 借入金 500 900 商品 600 借入金 500 資産の構成変化の一部が資産に置き換わった純資産は不変 T. OBINATA 11
2 会計記録 4) 資産の売却 (800) 借入金 500 1,700 留保利益 200 1 商品の減少 ( 消滅 ) との増加の差額 = 利益 200 2 純資産の増加 = 利益 200 3 留保利益 = 前期からの繰越 - 期中の配当 + 当期純利益 この設例では, この部分がゼロであるから, 期末の留保利益 = 当期に稼いだ当期純利益 T. OBINATA 12
図 商品の販売 900 商品 600 借入金 500 商品がに変化すると同時に, 資産の額が増加し, 純資産が増加 儲かった 900 + 800 1,700 借入金 500 留保利益 200 T. OBINATA 13
損益計算書と貸借対照表 900 + 800 1,700 貸借対照表 借入金 500 留保利益 200 留保利益は, 表示上は利益剰余金に含まれる 損益計算書 売上高 800 売上原価 600 純利益 200 一致する T. OBINATA 14
2 会計記録 5) 利益の処分 ( 配当 100) 借入金 500 1,600 留保利益 100 1 と留保利益の減少留保利益が減少するのは, 株主への配当 株主への配当は, 会社法において, 限度額や配当手段が規制されている T. OBINATA 15
図 利益処分 借入金 500 借入金 500 1,700 1,600 留保利益 200 留保利益 100 純資産が減少しているが, これは資本取引 T. OBINATA 16
2 会計記録 6A) 自己株式の取得 (50) も配当と同様に扱う 借入金 500 1,550 留保利益 100 自己株式 50 自己株式の取得は, 留保利益の配当と実質的に同じ ただし, 企業が自己株式をもっているあいだは, それを留保利益のマイナス項目とする T. OBINATA 17
2 会計記録 6B) 自己株式の売却 (60) 借入金 500 1,610 1,010 留保利益 100 の 10 の増加は, 資本剰余金の増加である 自己株式の取得額と売却額の差額は利益ではなく, の増加 差額分だけ, 追加の資本拠出が行われたと考える T. OBINATA 18
2 会計記録 7) 損益計算書の作成 1 ( または債権 ) の増加記録から売上高を抜き出す 2 商品の減少記録から売上原価を抜き出す T. OBINATA 19
図 債権の増減と売上高 (+) 債権の勘定記録 (-) 前期末に確認済み 期首の残高 債権の増加記録の累計 信用売上 や手形の受取による債権の回収にともなう減少額の累計 期末の残高 当期末に確認する T. OBINATA 20
図 商品の増減と売上原価, 棚卸減耗 (+) 商品の勘定記録 (-) 前期末に確認済み 期首の残高 仕入による増加記録の累計 販売記録による減少額の累計 売上原価 棚卸減耗 費用の合計 期末の残高 当期末に確認する T. OBINATA 21
3 キャッシュフローの配分 1 商品 2 単位を保有 : 単価 500 が 1 個と単価 600 が 1 個 商品 1,100 1,100 T. OBINATA 22
3 キャッシュフローの配分 2 商品 1 個を 800 で販売 ( ケース 1) 単価 500 のほうを販売したと仮定 利益 300 800 1,100 商品 600 留保利益 300 負債がないので, このケースでは, 資産 = 純資産の評価は問題にならないから, 残った資産の評価額に応じて, 純資産の増加額 = 利益が異なることがわかる T. OBINATA 23
図 商品の販売 (1) 商品 800 1,100 1,100 商品 1,100 売上高 800 600 留保利益 300 売上原価 500 純利益 300 一致する T. OBINATA 24
3 キャッシュフローの配分 2 商品 1 個を 800 で販売 ( ケース 2) 単価 600 のほうを販売したと仮定 利益 200 800 1,100 商品 500 留保利益 200 負債がないので, このケースでは, 資産 = 純資産の評価は問題にならないから, 残った資産の評価額に応じて, 純資産の増加額 = 利益が異なることがわかる T. OBINATA 25
図 商品の販売 (2) 商品 800 1,100 1,100 商品 1,100 売上高 800 売上原価 600 500 留保利益 200 純利益 200 一致する T. OBINATA 26
3 キャッシュフローの配分 I. 費用は ( 見積 ) 支出額で測定される 営業上の支出は, 必ずいずれかの期の費用になる 長期的に ( 複数の会計年度を通算して ) みれば, 営業上の支出の合計額 = 費用の合計額 II. 収益は ( 見積 ) 収入額で測定される 営業上の収入は, 必ずいずれかの期の収益になる 会計における年度利益の計算 キャッシュフローの年度間配分の操作 T. OBINATA 27
3 キャッシュフローの配分 原則 Ⅰ 会計年度末の資産の評価額とその年度の利益の額との関係 期末時点の資産評価額を大きくする その年度の費用の額を小さくする その年度の利益を大きくする 原則 Ⅱ 会計年度末の資産の評価額と将来の年度の利益の額との関係 期末時点の資産評価額を大きくする 将来の年度の費用の額を大きくする 将来の年度の利益を小さくする T. OBINATA 28
図 資産の評価と利益 800 商品 1 個 連動 1,100 留保利益??? 商品商品 800 1,100 600 留保利益 300 800 1,100 500 留保利益 200 T. OBINATA 29
4 費用の繰り延べ 問題状況 放っておくと, 支出したときに全額が費用になってしまう! まとめて支出 しかし, 複数期間の費用に配分したい! 資産を取得したと擬制する 擬制資産を少しずつ消費したと仮定して, 各期に償却する T. OBINATA 30
4 費用の繰り延べ 2 年間の保険料 200 を前払いしたとする 当期は 1 年分の 100 だけ費用にしたい 期首の B/S 期末の B/S 純資産 800 純資産 800 200 記録を修正しないと, 支払った 200 の全額が純資産の減少として記録され, 200 がこの期の費用になってしまう T. OBINATA 31
4 費用の繰り延べ 翌年度分の費用を 前払費用 という名で資産に計上 期首のB/S 期末のB/S 純資産 800 純資産 前払費用 100 900 100 純資産の減少は 100 となり, 当期分の 100 だけを費用にすることができる T. OBINATA 32
4 費用の繰り延べ 翌期は, 前払費用 という資産を消滅させる ( 償却 ) 翌期首の B/S 翌期末の B/S 800 純資産 前払費用 100 900 800 純資産 800 100 翌期は, 保険料支払いの支出はないが, 前払費用 が費用に振り替えられることにより, 翌期分の 100 が費用に計上される T. OBINATA 33
4 費用の繰り延べ 現在の支出を将来の費用へ ( 一般形式 ) 擬制資産 擬制資産 減少した分は費用 T. OBINATA 34
5 費用の見越し ( 引き当て ) 問題状況 放っておくと, 支出したときに全額が費用になってしまう! しかし, 複数期間の費用に配分したい! まとめて支出 費用に相当する額だけ, 少しずつ財 サービスを借りて使ったと擬制する 擬制負債を一括返済 T. OBINATA 35
5 費用の見越し ( 引き当て ) 3 月決算の企業が,3 月 1 日に銀行借入をした 半年分の利息を8 月末に600 支払う予定である 当期分の支払利息 100を計上したい 期首の B/S 期末の B/S 純資産 純資産 純資産の減少がないため, このままでは費用は計上されていない T. OBINATA 36
5 費用の見越し ( 引き当て ) 当期分の費用額を 未払費用 という名で負債に計上 期首の B/S 純資産 期末の B/S 未払費用 100 100 純資産 900 純資産の減少は 100 となり, 当期分の 100 を費用に計上することができる T. OBINATA 37
5 費用の見越し ( 引き当て ) 翌期首の B/S 純資産 900 翌期の処理 未払費用 100 400 8 月末の状態 B/S 純資産 400 500 翌期の 8 月末までに,4 月 ~8 月の支払利息 500 が費用になる 8 月末の 600 の支払い = 未払費用 ( 負債 ) の返済 100 + 利息の支払い 500 T. OBINATA 38
5 費用の見越し ( 引き当て ) 将来の支出を現在の費用へ ( 一般形式 ) 負債 負債 純資産 うち当期純利益負債の増加 & 純資産の減少により利益の減少 ( 費用の計上 ) 将来, 支出したら, 負債の返済により資産と負債が同額減少 純資産 うち当期純利益 T. OBINATA 39 資産負債 純資産
6 費用の繰り延べ 見越しのまとめ I. 会計処理の考え方 1. 放っておくと, 資産 負債 純資産はどのように計算され, その結果, どの会計年度にどれだけの費用が計上されるのかを確かめる 補正前純資産額 の計算 2. 計画通りに計算すると, 各年度末の純資産はどれだけになっているべきかを確かめる あるべき純資産額 の計算 3. A) あるべき純資産額 が 補正前純資産額 よりも大きい場合, つまり, 当期の費用を減少させるときは, 前払費用 ( または 繰延費用 ) という資産を計上する B) あるべき純資産額 が 補正前純資産額 よりも小さい場合, つまり, 当期の費用を増加させるときは, 未払費用 ( または 引当金 ) を計上する T. OBINATA 40
6 費用の繰り延べ 見越しのまとめ II. 擬制資産と擬制負債をめぐる論点 1. 資産と負債の定義を充たさなければならない 2. 各期の費用の計算方法が, 合理的かつ客観的に決められていなければならない 3. 制度上は, 擬制資産と擬制負債は制限されている 4. 擬制資産と擬制負債の経験的意味 ( リアリティ ) は限定されているが, その犠牲 ( コスト ) があっても, 年度利益の計算を優先するため, それらは完全には排除されていない T. OBINATA 41
7 支出と費用の関係 営業上の支出は, 必ずいずれかの期の費用になる 繰り延べ 前期以前の支出 過去支出当期の費用当期支出将来支出 翌期以降の支出 見越し ( 引き当て ) T. OBINATA 42
8 支出と純資産 費用の関係 原則 Ⅰ 当期の支出について 擬制資産を計上する 原則 Ⅱ 将来の支出について 擬制負債を計上する 純資産が大きくなる 当期の費用は小さくなる 将来の費用は大きくなる 純資産が小さくなる 当期の費用は大きくなる 将来の費用は小さくなる T. OBINATA 43
9 資産の増減情報の意味 I. 資産の増減に連動して, 当期の利益は増減する 1. 資産の数量が増減しているケース 2. 資産の価格が増減しているケース 3. 会計記録の名目的な増減のケース II. 企業評価 ( 企業価値の推定 ) に影響をあたえるのは, 期末時点の資産の評価額の大小ではなく, 当期の利益の大小 ( 正確には, それから予測される将来利益の大小 ) である T. OBINATA 44
9 資産の増減情報の意味 III. 利益の大小は, ただちには企業価値の大小に結び付かない 現在の利益 ( 業績 ) が将来も維持されるのか, 成長 ( あるいは衰退 ) するのかによって, 企業価値は左右される IV. 資産の増減情報も, 企業の将来業績との関係を考えて利用しなければならない 資産の増減ケース1 ケース2 ケース3 企業価値の上昇を期待させる 企業価値の低下を期待させる 企業価値とは無関係, 不明 資産評価額の増加 = 企業価値の上昇期待とはかぎらない点には注意が必要!! T. OBINATA 45
10 T 字型記録 ( 複式簿記 ) の計算構造 I. ここまでの計算原理の説明 1. 資産と負債の増減を記録 2. 純資産の増減を把握 貸借対照表の作成 3. 純資産の増減記録から収益と費用を把握 損益計算書の作成 II. 実際の複式簿記の計算手続き 1. 資産と負債の増減と同時に収益と費用を記録 2. 全記録を統合して, 網羅性と正確性を検算 3. 全記録から, 貸借対照表と損益計算書を作成 T. OBINATA 46
10 T 字型記録 ( 複式簿記 ) の計算構造 資産の増加と収益の獲得 (+) (-) (+) (-) 資産 資産 収益は, 資産の増加の鏡像なので, 資産の増加が (+) に記録されるのと反対に, 収益は (-) に記録される 資産 800 同額を記録 収益 800 T. OBINATA 47
10 T 字型記録 ( 複式簿記 ) の計算構造 資産の減少と費用の発生 (+) (-) (+) (-) 資産 資産 費用は, 資産の減少の鏡像なので, 資産の減少が (-) に記録されるのと反対に, 費用は (+) に記録される 費用 600 同額を記録 資産 600 T. OBINATA 48
10 T 字型記録 ( 複式簿記 ) の計算構造 記録の集計 統合 (+) (-) (+) (-) 資産 資産 資産 800 収益 800 費用 600 資産 600 T. OBINATA 49
10 T 字型記録 ( 複式簿記 ) の計算構造 (+) 記録の集計値の整理 (-) (+) (-) 資産 資産 1,200 資産 800 収益 800 費用 600 収益 800 費用 600 資産 600 T. OBINATA 50
切断 10 T 字型記録 ( 複式簿記 ) の計算構造 (+) 資産 1,200 費用 600 貸借対照表と損益計算書の作成 収益 800 (-) 貸借対照表で計算される利益と損益計算書で計算される利益は必ず一致する スライド 52 に注意 (+) 貸借対照表 (-) 資産 1,200 留保利益 200 (+) 損益計算書 (-) 費用 600 収益 800 純利益 200 T. OBINATA 51
10 T 字型記録 ( 複式簿記 ) の計算構造 具体例 2 顧客に商品を引渡したことによる商品の減少 4 記録の集計表 商品 500 1 残高表 500 + 売上原価 500 結果 商品 500 原因 3 顧客から代金を受け取ったことによるの増加 = 商品 500 売上原価 500 500 商品 500 ストック ( 特定の時点で大きさをもつ項目 ) の残高を集めたもの この時点の貸借対照表と実質的に同じ 売上原価と売上 ( 高 ) はフローの項目 ( 一定期間におけるストックの増減を表す ) 650 原因 結果 売上 650 650 売上 650 T. OBINATA 52
10 T 字型記録 ( 複式簿記 ) の計算構造 4 記録の集計表 具体例 ( 続き ) 7 貸借対照表 商品 500 売上原価 500 500 商品 500 5 記録の相殺残高の整理 650 500 利益の計算は損益計算書で行う ( 通説 ) 650 500 留保利益 150 利益計算の結果を収容 6 損益計算書 650 売上 650 売上原価 500 売上 650 売上原価 500 売上 650 純利益 150 T. OBINATA 53