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附帯調査

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立法と調査 2017.12 No.395 参議院常任委員会調査室 特別調査室 北方領土問題解決に向けた取組の現状と課題 松井一彦 ( 第一特別調査室 ) 1. はじめに 2. 北方領土の概要 3. 北方領土返還交渉 (1) 最近の領土返還交渉 (2) 北方領土での日露共同経済活動 4. 返還要求運動 5. 北方領土への渡航の枠組み等 (1) 北方領土への渡航の枠組み (2) 元居住者等に対する援護 (3) 四島住民に対する人道支援 (4) 北方領土周辺水域における日本漁船の操業 6. 北方領土隣接地域の振興 (1) 振興の全般状況 (2) 水産業の状況 (3) その他 7. おわりに 1. はじめに北海道根室半島東端に位置する納沙布岬では 晴天の日には歯舞群島の貝殻島が肉眼で認められ 北方領土が指呼の間にあることが実感できる 択捉 国後 色丹及び歯舞群島から成る北方領土が法的かつ歴史的に我が国固有の領土であるにもかかわらず日本人が住むことができなくなってから既に 70 年以上が経過した この間 政府は北方領土の帰属問題を解決し その返還を実現すべくソ連 そしてソ連崩壊後はロシアと粘り強く交渉を行ってきた しかしながら 今日なおも北方領土問題を解決し 日露間で平和条約を締結するという国民の悲願達成は目途が立っていない 長年我が国において北方領土返還要求運動と北方 23

領土問題の啓発活動に尽力してきた元島民を始め関係者の多くは高齢化しており 一日も早い北方領土問題の解決が強く望まれている 本稿では 2012( 平成 24) 年の第二次安倍政権発足後の北方領土返還交渉を始めとする政府の取組を概観するとともに 今後の課題について述べてみたい 2. 北方領土の概要四つの主な島々から成る北方領土は 図表 北方領土地図 北海道東部に近接し その面積は合計すると千葉県より少し小さいくらいである 戦前は計 1 万 7,291 人もの日本人が居住し 水産業などに従事していた 戦前半年以上北方領土で生計を立て 戦後本土に引き揚げた元居住者は 2016( 平成 28) 年 3 月現在 6,312 人となり 平均年齢も 81 歳を超えている 現在 歯舞群島を除く北方領土には計 1 万 6,828 人 (2015( 平成 27) 年 ) のロシア人が3 島に居住し 戦前と同様 水産業を中心とする産業に従事している 北方領土の択捉島と国後島には現在ロ シア軍 1 個師団が駐留しており 軍事施設 ( 出所 ) 内閣府ホームページ 北方領土の位置 地区の整備を進めているほか 2016( 平成 28) 年 11 月 両島に沿岸 ( 地対艦 ) ミサイル を配備した 1 また 2017( 平成 29) 年 2 月には国防相が北方領土と千島列島への師団配置 を年内に完了することを発表した 2 さらに 8 月及び 10 月にロシア軍が北方領土で軍事 演習を行うなど 3 ロシア軍による軍備増強が進んでいる 3. 北方領土返還交渉 (1) 最近の領土返還交渉我が国にとり 日露関係の最大の懸案は言うまでもなく北方領土問題である 政府は 我が国固有の領土である北方四島の帰属の問題を解決して平和条約を締結するという一貫した基本方針の下で精力的に交渉に取り組んでいる 問題の解決に当たっては 1 北方領土に対する我が国の主権が確認されることを条件として 実際の返還の時期 態様については 柔軟に対応する 2 北方領土に現在居住しているロシア人住民については その人権 利益及び希望は 北方領土返還後も十分に尊重していくこととしている 1 2017( 平成 29) 年 6 月 15 日に駐日ロシア大使館で日本メディア向けに行われたブリーフィングでは 北方領土へのミサイルの配備は一方的な軍事力の増強ではなく 米国がミサイル防衛システム THAAD を韓国に配備したことへの対抗措置であったという説明がなされた 2 防衛省 防衛白書 ( 平成 29 年版 )147 頁 3 産経新聞 ( 平 29.8.11) 読売新聞 ( 平 29.8.30) 24

安倍首相は 2012( 平成 24) 年 12 月末の第二次政権発足以来 北方領土問題解決のためには日露両国首脳間での緊密な信頼関係の構築が鍵を握るとして 精力的にロシアのプーチン大統領との間で首脳会談を行っている 2013( 平成 25) 年 4 月のモスクワでの首脳会談では 日露パートナーシップの発展に関する共同声明 が採択され 戦後 67 年を経て日露間で平和条約が存在しないことは異常であるとの認識を共有するとともに 北方領土問題を双方にとって受入れ可能な形で最終的に解決して平和条約を締結する決意を表明し 条約締結交渉を進めることが合意された その後 2014( 平成 26) 年 2 月にも安倍首相は訪露し 日露首脳会談が行われ 同年中のプーチン大統領の訪日が合意された ところが 同年 3 月にロシアがクリミアを併合し さらにロシアの閣僚による北方領土訪問が相次ぐと 次第に日露関係は冷却していった その後 両国政府間でなかなか交渉再開の目途が立たなかったが 翌 2015( 平成 27) 年の後半になり ようやく平和条約の締結に向け 日露両政府間での交渉が再開されることとなった 2016( 平成 28) 年に入ると交渉は加速化し 5 月には安倍首相が訪露し 日露首脳会談が開かれ 今までの発想にとらわれない 新しいアプローチ で精力的に交渉を進めることが合意された 9 月 安倍首相はウラジオストクでの東方経済フォーラムに出席するため訪露し日露首脳会談が行われ プーチン大統領の 12 月の訪日が合意された さらにその2か月後の 11 月 ペルー リマでAPEC 首脳会議が開催された折 日露首脳会談が行われ プーチン大統領は北方四島での日露共同経済活動に言及した 4 2016( 平成 28) 年 12 月にプーチン大統領が訪日し 山口と東京でそれぞれ日露首脳会談が行われ 平和条約問題を解決する両首脳自身の真摯な決意が表明され 北方四島において経済活動を行うための特別な制度に関する協議の開始が合意された また 元居住者の自由に墓参 故郷訪問したいとの切実な願いを叶えるため 人道上の理由に立脚して 実現可能な案を迅速に検討することも合意された 日露首脳会談の成果について 政府は 北方四島での共同経済活動を進めていくこと自体が平和条約締結に向けての重要な一歩となるとの認識を示している 5 他方 元居住者からは 会談で領土問題解決に向けた具体的なやりとりがなかったことへの失望の声が出された 6 また有識者からは 新旧島民を中心として両国民が当該紛争地域で主権や国境問題の最終解決以前に積極的に関わるということで 問題を解決する方策として適切なやり方であるとしてその意義を評価する声がある 7 他方 主権の所在がなおざりにされるのではないか 共同経済活動によりむしろ返還は遠のくのでないかとして疑問視する声もある 8 4 朝日新聞 ( 平 28.11.22) 5 安倍首相の施政方針演説 ( 第 193 回国会参議院本会議録第 1 号 ( その1)3 頁 ( 平 29.1.20)) 6 釧路新聞 ( 平 28.12.17) 7 下斗米伸夫法政大学教授の発言 ( 第 193 回国会参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会会議録第 5 号 4 頁 ( 平 29.6.9)) 8 中村仁 北方領土の返還に共同経済活動は逆効果 アゴラ (2017.7.3)<http://agora-web.jp/ archives/2026977.html>( 平 29.11.16 最終アクセス ) 25

その後 2017( 平成 29) 年 4 月 ( モスクワ ) 7 月 ( ハンブルク ) 9 月 ( ウラジオストク ) 及び 11 月 ( ダナン ) でそれぞれ日露首脳会談が行われ 2016( 平成 28) 年 12 月の日露首脳会談での合意の実現に向けた着実な取組みを通じて両国の信頼を深めることが 平和条約の締結につながるとの共通認識の下 日露共同経済活動の実施や北方墓参の改善などについて協議が行われた (2) 北方領土での日露共同経済活動共同経済活動については 1992( 平成 4) 年 3 月にロシア側から初めて提案がなされ その後もたびたび提案がなされたものの 領土返還を日露交渉の最重要課題とする日本側には受け入れられなかった 前述のとおり 2016( 平成 28) 年 12 月の日露首脳会談で北方四島日露共同経済活動に関する協議の開始が合意されたが 2017( 平成 29) 年 2 月 日露共同経済活動の議論に向けた具体的な案件形成を促進するため 岸田外務大臣を座長とし 関係省庁から成る共同経済活動関連協議会が設置された そして 4 月のモスクワでの日露首脳会談では 北方四島における日露共同経済活動実現に向けた合同現地調査の実施などが協議された その後 政府は日露共同経済活動の実現に向け ロシア側と調整を進めた 同年 5 月 30 日 ~6 月 1 日の日程で長谷川栄一首相補佐官を団長とする調査団がロシア サハリン州に派遣され 州政府幹部らと具体的な事業案について意見交換し 現地調査に向け詰めの協議を行った 同年 6 月 27 日 ~7 月 1 日 長谷川栄一首相補佐官を団長とする官民調査団が北方領土の3 島において漁業 海面養殖 観光 医療 環境の5 分野について関連施設を視察し事業の方向性を調査した かねてより現地調査への参加の希望を示していた長谷川俊輔根室市長 ( 北方領土隣接地域振興対策根室管内市町連絡協議会会長 ) の参加はロシア側の意向により認められなかった 9 同年 7 月 8 日 ドイツ ハンブルクで日露首脳会談が行われ 両首脳は6 月末に派遣された官民調査団による現地調査が極めて有意義であり 今後の検討の加速につながることを確認したほか 8 月下旬にモスクワで外務次官級の協議を開催することで一致した 現地調査の結果も踏まえ 9 月の首脳会談に向けて 今後必要となる法的枠組みの議論も含めて プロジェクトの具体化に向けた議論を進めている また7 月の日露首脳会談では 北方領土と北海道とを結ぶ定期航路の開設についても協議することが合意された 他方 同年 8 月 23 日 ロシア政府は色丹島に経済特区 先行発展地域 (TOR) を設置することを決定した TORはロシアの法律に基づき 進出企業に対して投資や納税で優遇措置を施す仕組みのため 日露共同経済活動とは相容れない その後 ロシア政府はサハリンと北方領土を結ぶ光ファイバー回線を 2018( 平成 30) 年末までに敷設する計画を明らかにした このように ロシア政府は外資を誘致しつつ独力で四島の開発と経済発展を進めたいとの意向も示している 9 産経新聞 ( 平 29.6.27) 26

また 同年 9 月 7 日のウラジオストクでの日露首脳会談の結果 観光 風力発電 海産物養殖など5 件を日露共同経済活動の対象候補にすること 及び今後双方の立場を害さない法的枠組みを検討し できるものから実施していくことが合意されたほか 2 回目の現地調査を行うことが合意された その結果 10 月 26 日 ~31 日 北方領土の3 島で5 件についての現地調査が行われた 今後 日露間で合意された日露共同経済活動に関する6つの作業部会が開催される見通しである なお 日露共同経済活動に関する協議に関し 北海道からは 北方四島に関する我が国の法的立場を害さないことはもとより 元居住者の財産権や隣接地域の意見などに十分配慮するとともに 領土問題が置き去りにされないよう迅速かつ着実な推進を願う との要望がなされている また 隣接地域からは これまでの歴史的な経過や北方四島との交流実績 さらには地理的優位性を生かした北方領土との玄関口 交流拠点として隣接地域が中心的な役割を担っていくことが重要であり また責務であるとの認識から 日露共同経済活動に積極的に参加できるように配慮願いたいとの要望が出されている 国の対応が注目される さらに 今後日露共同経済活動が新たに制度化された場合 それが北方領土返還要求運動にどのような影響を及ぼすのかについても注視していく必要がある また 北方四島で設置されたロシア政府独自の経済特区が日露共同経済活動にどのような影響を及ぼすかも併せて注視していく必要がある 4. 返還要求運動北方領土問題を解決し 返還を実現するためには 政府による粘り強い外交交渉とそれを支える国民世論の結集が不可欠である 国民世論の啓発のためには すそ野の広い返還要求運動が極めて重要である 返還要求運動は ソ連の北方四島占拠から間もない 1945( 昭和 20) 年 12 月 1 日に安藤石典根室市長 ( 当時 ) が連合国最高司令官マッカーサー元帥宛に行った陳情が始まりだと言われている 今日 閣議了解により 北方領土の日 として定められた 2 月 7 日 10 に東京及び全国各地で行われる 北方領土返還要求大会 を中心として 返還要求運動は大きな国民運動として広がりを見せており 都道府県民会議全国会議により定められた 毎年 2 月と8 月の 北方領土返還要求運動全国強調月間 には全国で様々な行事が開かれている また 北方領土問題への世論の理解と支持を広げ それを運動の拡大につなげるには 若い世代への啓発が重要である そのためには学校教育の充実が求められるが 北海道を中心に小中学生用の副読本 映像資料が普及しつつあり 全ての学校において 副読本を利用して 北方領土問題をより深く学習することが期待されている 11 また 中学校社会科のみならず小学校 5 年生の社会科でも北方領土を始めとする我が国の領土に関する記述を明記すべく所要の手続が進められている 10 2 月 7 日を 北方領土の日 としたのは 日露両国の国境を定めた 1855( 安政元 ) 年 2 月 7 日の日魯通好条約 ( 下田条約 ) の調印日にちなんだものである 11 外務省 われらの北方領土 (2016 年版 )38~39 頁 27

このほか 北方領土隣接地域への修学旅行や研修旅行も若い世代への啓発の上で有効な手段である 今後 同地域への修学 研修旅行が増えるよう 国による一層の支援が求められる 2013( 平成 25) 年 11 月の内閣府政府広報室の 北方領土問題に関する特別世論調査 結果によれば 様々な媒体を活用した政府広報や教育現場での取組等により 回答した 1,848 名のうち8 割以上が北方領土問題の内容を理解していた 他方 返還要求運動に対しては 参加の意思を示した回答者は3 分の1 程度にとどまった 運動の中核を担う元居住者の高齢化が進んでいることから 返還要求運動を継続して行うには 若い世代の参加が不可欠であり その参加を促すよう運動の方法を見直すなど様々な取組が求められる また 納沙布岬にある北方館 望郷の家は重要な啓発施設であるが 施設の老朽化が進み 展示物も長年更新されていないことから 今後これらの更新に取り組む必要がある 5. 北方領土への渡航の枠組み等 (1) 北方領土への渡航の枠組み北方領土は我が国固有の領土であるが 政府は 1989( 平成元 ) 年 9 月の閣議了解により 入域を自粛するよう国民に求めている しかしながら 人道的見地から北方領土墓参への元居住者の希望に配慮する必要があること また 北方領土に居住するロシア国民との交流により領土問題解決のための環境整備を図ることが重要であること等から 2009( 平成 21) 年 7 月に北方領土問題等の解決の促進のための特別措置に関する法律を改正し 北方領土問題が解決されるまでの間 政府は北方墓参 四島交流 ( ビザなし交流 ) 及び自由訪問による訪問を積極的に推進することとなった このうち北方墓参については歴史が長く 1964( 昭和 39) 年に旅券 査証なしの身分証明書による入域により開始され 2016( 平成 28) 年度までに述べ 4,504 名が参加している また 1998( 平成 10) 年及び 1999( 平成 11) 年には半世紀を経て状況の分からなくなっていた未確認墓地の調査が行われ 合計 21 か所の墓地が確認された 12 2016( 平成 28) 年 12 月の日露首脳会談で 高齢となった元島民の方々の負担を軽減する方法での墓参の実施が合意されたことを受け 両国政府間で協議が進められた 2017( 平成 29) 年 6 月 18 日と 19 日に航空機での墓参が計画されたが いずれも濃霧で延期された 7 月の日露首脳会談の結果を踏まえて 9 月の適切な時期 の実現に向け再調整が行われ 9 月 23 日 ~24 日に航空機での初の墓参が実現した 四島交流 ( ビザなし交流 ) は北方領土問題解決までの間 相互理解の増進を図り 領土問題の解決に寄与することを目的に 元居住者とその家族 返還要求運動関係者 ( 国会議員等を含む ) 報道関係者 学術 文化 社会等各分野の専門家を対象に ソ連崩壊後の 1992 ( 平成 4) 年 4 月に開始された 国会議員についても 1995( 平成 7) 年度より参加できることとなった 交流はホームビジット 文化交流会等を相互訪問の形で行われ 2016( 平成 28) 年度までに日本から延べ1 万 2,861 人 四島から延べ 9,108 人が交流に参加してい 12 外務省 われらの北方領土 (2016 年版 )42 頁 28

る 交流の結果 北方四島在住ロシア人の間で日本に対する好意的な感情が徐々に醸成され 相互理解も深まってきている さらに自由訪問は 1999( 平成 11) 年 9 月より 元居住者とその家族を対象に かつての故郷を訪問する形で行われており 2016( 平成 28) 年度までに 4,191 名が参加した いずれも成果を上げているが 四島交流 ( ビザなし交流 ) については その目的をより効果的に達成するためには一定の改善を図る必要があるとして 2013( 平成 25) 年 3 月から関係団体において見直しの検討が行われ 2016( 平成 28) 年 3 月にその結果が公表されたほか 5 月に四島交流事業の効果的な推進を図るべく 政府及び関係団体より見直し結果の評価及び 2016( 平成 28) 年度以降の事業実施方針が公表された なお 北方領土隣接地域から これまでの四島交流を更に深化させ 北方領土返還に向けた戦略的な環境整備の視点で 人的交流に限らない新たな交流形態の確立を願う旨の要望がなされている また 北方関係団体からは 自由訪問では参加者の希望がかなわない場合もあり 実際の訪問でも出入域手続が一か所のため 目的地に直行できないことや 海岸の上陸地点を確保できないこと 道路状況が悪く 居住地や共同墓地を訪問することができないこと等の問題があるため 事業の円滑な実施を願う旨の要望がなされている 2017( 平成 29) 年 4 月の日露首脳会談の結果 国後島沖に加えて歯舞群島水晶島沖に出入域が増設されることとなり 8 月 30 日に出発した北方墓参団が同沖での初の入域手続を経て 志発島に上陸した また 11 月の日露首脳会談の結果 航空機による特別墓参を始め 2018( 平成 30) 年以降も元居住者がより自由な往来をできるよう更なる改善策を取っていくことが合意された (2) 元居住者等に対する援護戦後 70 年以上が経過してもなお 強制退去によって故郷を追われたかつての北方領土居住者は未だに故郷に住むことができない状態にある こうしたことに鑑み 政府は様々な援助措置を行っている その一つが 1961( 昭和 36) 年の 北方地域旧漁業権者等に対する特別措置に関する法律 に基づく 事業資金や生活資金の低利融資であり 独立行政法人北方領土問題対策協会 ( 以下 北対協 という ) が業務を実施している 同法でいう 北方地域旧漁業権者 とは 1946( 昭和 21) 年 1 月の連合国軍総司令部 (GHQ) 覚書による行政分離措置によって我が国法令の適用がなくなった 戦前に北方地域に設定されていた漁業権を有する者である その後 1950( 昭和 25) 年 3 月の漁業生産力の発展と民主化を目的とする新漁業法の施行に伴い 旧漁業法による漁業権に対し補償措置が講ぜられることとなったが 北方地域の旧漁業権については既に消滅したものとされたため 補償は行われなかった そのため 北方地域旧漁業権者等に対する特別措置に関する法律 が制定され 低利融資の形で補償がなされることとなった その後 旧漁業権者の要望を受けて法改正が行われ 融資の対象が旧漁業権者本人のほか子や孫にも拡大されたほか 元居住者の居住要件の緩和や生前承継制度を補完するための死後承継制度が創設された また 前述の北方墓参や自由訪問も旧居住者への援護措置の一環として行われている 29

北対協の融資制度について 北方関係団体からは 生前承継 の創設と 死後承継 が可能となったが 現在は元居住者が亡くなった場合 融資対象が同居等の子又は孫のうち一人に限るとされていることから 元居住者の子又は孫の全ての者に認められるよう要件緩和を図るよう要望がなされている また 旧漁業権者からは 北方海域の旧漁業権を国が補償しないことは 北方領土を我が国固有の領土と主張する国の方針と矛盾するものであり 仮に北方領土が返還になると 返還に伴い漁業権問題が発生するため 旧漁業権に対する補償措置が早期に実現することを願う旨の要望がなされている このほか 北方関係団体から 財産権の不行使に対する補償について 元居住者は財産を島に残したまま引き揚げることを余儀なくされ それ以来 残してきた土地や家屋などを利用することができず その損失は計り知れないものがあり 国により何らかの給付といった直接的な補償措置が講じられることを願う旨の要望がなされている また 財産権の不行使に対する補償とは別に 島に残された土地などの残置不動産は 検討が進められている日露共同経済活動との関わりもあることから 今後の取扱いについて国の理解と支援を願う旨の要望もなされている こうした要望に対する政府の対応が注目される 13 (3) 四島住民に対する人道支援 1992( 平成 4) 年 政府は北方四島に居住するロシア人住民への支援を開始した この支援は 厳しい生活環境に置かれているロシア人住民に人道的に真に必要な支援を行うことにより 住民の我が国に対する信頼感を高め もって平和条約締結交渉促進に向けた環境整備に資することを目的としている 具体的な支援事業としては 患者受入事業 医師 看護師等研修事業及び北方四島医療支援促進事業の3つの形態がある このうち 患者受入れについては 1998( 平成 10) 年度から 2016( 平成 28) 年度までの間に合計 232 名が北海道大学病院や市立根室病院 町立中標津病院などに受け入れられた また 2008( 平成 20) 年度から四島交流の専門家交流の一つとして 北方四島の医師 看護師等を年に数名程度受け入れ 研修を行っているほか 2010( 平成 22) 年からは四島の医療事情 ニーズ調査等を目的に北方四島医療支援促進事業を行っている このほか 2003( 平成 15) 年度から 2007( 平成 19) 年度まで四島住民に対する人道支援物資の提供が行われたが 2009( 平成 21) 年 8 月にロシア外務省から今後人道支援物資の供与は不要との通報を受けたことから 人道支援物資提供事業は廃止されることとなった 四島からの患者の受入れについては 道内で専門医が不足しているため 受入可能な患者数が限られており また医療支援のため四島に日本の医療機器を供与しても十分に活用されていないという課題があり 検討が求められる 13 衆議院議員河村たかし君提出北方領土の旧島民の権利に関する質問に対する答弁書 ( 内閣衆質 169 第 489 号 平 20.6.17) において 国は管轄権の一部を事実上行使できない状況にあるため 北方領土に所在する不動産の登記事務を行っておらず 固定資産税を課していないこと また不動産の権利者に対して補償を行ったことはないとしている また 政府は国会答弁において 他の戦後補償との均衡等から財産権の不行使等に対して補償措置を行うのは非常に難しいとの見解を示している ( 第 186 回国会参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会会議録第 4 号 8 頁 ( 平 26.3.19)) 30

(4) 北方領土周辺水域における日本漁船の操業 1991( 平成 3) 年のソ連邦崩壊と新生ロシアの誕生後 ロシアは北方領土周辺海域での違法操業の取締りを強化した 同時期には同海域の日本領海内での水産資源状況が悪化したため 違法操業を行う日本漁船も増えつつあった そのため ロシア国境警備艇により拿捕 銃撃される日本船舶も増えた 日露両国の交渉の結果 1998( 平成 10) 年 5 月に安全操業協定が合意され 発効することとなった その後 2006( 平成 18) 年 8 月には銃撃により操業を行っていた日本漁船の乗組員が死亡 拿捕される事件が発生した 安全に操業を行うためには日露間の協定を各漁船がきちんと守る必要があることは当然であるが 加えて政府が協定の枠内で操業が安全に行われるよう 日露間で連携 協力を進めることも重要である 6. 北方領土隣接地域の振興 (1) 振興の全般状況根室市 別海町 中標津町 標津町及び羅臼町の一市四町から成る北方領土隣接地域は今日 返還要求運動の拠点ともいうべき重要な地域であるが かつては北方領土と一体の社会経済圏を形成し 特に根室市においては戦前 北方四島との間に八つの航路が開かれ 物流や人的交流の拠点として発展してきた 戦後は北方領土との交流ができず経済社会の発展が阻害されてきた このように 隣接地域は北方領土問題の動向によって将来の姿が大きく左右されるという宿命を背負っている地域である 14 隣接地域の人口は7 万 6,621 人 ( 平成 27 年度国勢調査 ) で 基幹産業は水産業である 北方領土問題が未解決であるために漁業水域が大幅に狭められており 狭隘な漁場における水産資源は枯渇し さらに拿捕 銃撃事件がいつ発生してもおかしくない状況に置かれていること等から 水産業は衰退の一途をたどり それに起因する関係産業の縮減 それが人口減少につながるといった急激な悪循環がなお続いている 15 上に述べた特殊な事情に鑑み 北方領土問題についての国民世論の啓発 北方地域元居住者に対する援護措置の充実 北方領土隣接地域の振興及び住民の生活の安定のため 1982 ( 昭和 57) 年 8 月 議員立法により 北方領土問題等の解決の促進のための特別措置に関する法律 が制定された 国 ( 国土交通省 ) は 北海道知事が策定する 北方領土隣接地域の振興及び住民生活の安定に関する計画 に基づき 関係府省と連携の下 公共事業の補助率のかさ上げ措置などの施策を実施している このうち 北方領土隣接地域振興等基金は 北海道に基金 ( 積立額 100 億円 ) を設置し その運用益で隣接地域単独事業の経費の一部を補助している 低金利により 2017( 平成 29) 年度における同基金の運用益は1 億円を下回ることが見込まれ さらに 2018( 平成 30) 年 14 長谷川俊輔根室市長の発言 ( 第 193 回国会参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会会議録第 5 号 2 頁 ( 平 29.6.9)) 15 長谷川俊輔根室市長の発言 ( 第 193 回国会参議院沖縄及び北方問題に関する特別委員会会議録第 5 号 1 頁 ( 平 29.6.9)) 31

度は 2015( 平成 27) 年度対比で約半減 さらに 2019( 平成 31) 年度にはその3 分の1 程度にまで減少することが見込まれることから 今後補助事業の実施に支障を来す可能性がある このため 北海道からは 新たな財源対策等の支援措置の早急な充実強化を願う旨の要望がなされており また地元からも 十分な予算の確保について配慮を願うとともに 新たな制度の創設も視野に入れた隣接地域の安定的な財源対策を願う旨の要望がなされている 16 今後の国の対応が注目される このほか 国は振興計画に基づく施策の一層の推進を図るため 隣接地域の市又は町が魅力ある地域社会の形成のために行う 基幹産業の付加価値向上等に資する事業等の経費の一部を補助している (2) 水産業の状況根室管内の水産業は漁船漁業 定置網漁業 昆布等の採貝藻漁業が主で 道内漁業生産の約 2 割弱を占める一大生産地域となっている 近年の国際漁業の規制強化により沖合漁業が縮小し 現在ではスケトウダラやマダラなどロシア 200 海里内での操業が行われているほか 四島周辺海域で貝殻島昆布漁やホッケ等の漁が行われている また 沿岸資源の増大を図るため 増殖場や魚礁漁場の整備を図ってきており サケ マスをはじめとして ホタテガイ ウニ ニシン等の種苗放流が行われている 安全で良質な水産物を安定的に供給するため 衛生管理型漁港の整備や地域ハサップ (HACCP) の推進 水産物の高付加価値化 加工 流通対策などの展開が求められている 以前は ロシア 200 海里内では我が国漁船によるサケ マス流し網漁も行われていたが 2016( 平成 28) 年 1 月からロシア国内法で全面的に禁止されたため 国 ( 水産庁 ) の支援により曳き網漁など代替漁法への転換のための試験的操業が進められている 根室市の試算によれば サケ マス流し網漁の禁止により 水産加工業で 89% 減の 13 億 2,700 万円 運輸業で 82% 減の 8,700 万円 石油業で 61% 減の1 億 6,600 万円 製かん業で 68% 減の 1,400 万円 小売業で 19% 減の 15 億 400 万円と 売上高が激減した 17 また 2017( 平成 29) 年 1 月 ~3 月期の根室管内総水揚は 数量が 24,446 トンで前年比 21.0% 減少し 水揚金額についても 80 億 7,500 万円と同 26.9% 減少しており 過去 5か年で最も少なくなっている 18 こうした状況に鑑み 国 ( 水産庁 ) は北方四島安全操業及び貝殻島昆布漁に係る操業経費の負担を軽減するための支援を行っているほか サケ マス流し網漁禁止の影響を緩和するため代替漁法への転換支援 減船対策 ホタテ等養殖支援への支援 漁港漁場の整備等を行っている 北海道からは ロシア 200 海里水域におけるサケ マス流し網漁業の禁止に伴う地域への影響を最小限にとどめるため 現在 2015( 平成 27) 年度補正予算に措置された国の緊 16 北海道は 国への要望事項として 12018 年度予算において振興事業等関連予算を増額すること 22019 年度以降について 一括交付金制度の創設及び国直轄 補助事業での国の負担割合の見直しのため 北方領土問題等の解決の促進のための特別措置に関する法律を改正することの2 点を挙げている 17 北海道新聞 ( 平 28.11.22) 18 大地未来信用金庫ビジネスレポート 132 (2017.6.23) 32

急対策を活用し 新たな生産体制に取り組んでいるものの 成果が上がるまでなお時間を要することから 継続的な支援を願う旨の要望がなされている 今後の国の対応が注目される (3) その他隣接地域振興の課題の一つに 豊かな観光資源を活用して訪問客をいかに増やし 観光振興を図るかがある そこで 国 ( 内閣府 ) は 2016( 平成 28) 年 11 月 関係府省の協力を得て 隣接地域の振興に資するよう同地域への訪問客拡大に向けた振興方策の検討会議を立ち上げた 同会議での今後の検討状況が注目される 7. おわりに日露両国首脳を中心とする政府間の積極的な交渉や交渉を後押しする国内での様々な取組 活動等により 近年 北方領土問題は徐々にではあるが進展しているように見られる 他方 ロシアのプーチン大統領は 日露共同経済活動が問題解決への 環境づくり に資すると述べる一方で 日米安保条約に基づく米軍の北方領土への展開の可能性が障害になるとの見方も示すなど 19 多くの解決すべき課題があることを指摘している 20 また 東アジアの国際情勢は 北朝鮮の核 ミサイル危機に見られるとおり悪化しており こうした複雑な国際情勢や関係国間の外交も北方領土問題の解決に少なからず影響を及ぼしている 加えて 2018( 平成 30) 年にはロシアで大統領選挙が行われるが 仮にプーチン大統領が出馬し 当選したとしても 引き続き北方領土問題の解決と日露平和条約の締結に向け積極的な姿勢を示すのかは不明であり 今後の日露交渉の動向を注意深く見守る必要がある 参考文献 内閣府北方対策本部 北方領土問題解説資料 ( 平成 28 年度 ) 内閣府北方対策本部 北方対策 ~ 北方領土の返還実現に向けて~ ( 平成 27 年度 ) 外務省 われらの北方領土 (2016 年版 ) ( まついかずひこ ) 19 産経新聞 ( 平 29.6.1) 20 読売新聞 ( 平 29.11.12) 33