業務関連情報 期中管理における貸付債権の保全について 農業第一部 目次 1. はじめに 2. 債務者の変動 3. 担保物件の変動 4. 根抵当権の管理 5. 保証人の管理 6. おわりに 1. はじめに昨今の円高やデフレの進行 異常気象の発生等 経済や農業情勢を巡る環境が激しく変化する中にあっては 貸付先 保証先を取り巻く経営環境や業況も日々変化しています 融資機関の融資審査や保証機関である農業信用基金協会の保証審査が十分に行われ 保全措置が取られている貸付案件でも 保証期間が長期になると その後の経済社会情勢や経営状況の変化等により 債務者について何らかの変化が起き それが延滞事故や代位弁済につながる場合があります このため 貸付実行後 保証引受後においても 貸付先 保証先の経営状況に注意を払い 債権保全について 適時 適切な期中管理上の措置を講ずることが必要となっています 特に 大口保証債務案件 ( 保証債務額の上位 500 件 ( 保証債務額 5,000 万円以上の保証案件を含む )) については 平成 17 年度決算より基金協会において 債務保証損失引当金の引当てが義務付けられたことにより 債務者の現況について融資機関に報告を求めることとなり 期中管理における債権保全が重要となっています これらの状況を踏まえ 今回 債務者の信用状態以外の変化が生じた場合の債権保全対応について取りまとめてみました 2. 債務者の変動 (1) 債務者が死亡した場合 1 債務者が死亡しても貸付債権は消滅しないが 相続が開始されると 債務が分割されたり 相続放棄あるいは限定承認が行われることがあるため 債権の管理や回収手続が複雑となることが多いです 複数の相続人がある場合には 相続の確定を待って 事業の後継者等の特 農業信用保証保険 2011 1 27
定の相続人との間で重畳的債務引受契約を締結して 貸付債権の保全を図っておくことが好ましい措置です 重畳的債務引受は 原債務者が債権者に対して負担していた既存債務を継続させながら 債務引受人が原債務者と同一内容の債務を負担する債務引受のことであり 結果として 原債務及びそれに付着する担保 保証人の効力はそのままとして 添加的に債務引受人を債務者に追加するものです この契約は 原債務者に関係なく債権者と債務引受人との間で行うことができますが 原債務者に知らせる意味もあって 債権者 原債務者 債務引受人の三者契約とすることが望ましいです また 相続放棄あるいは限定承認が行われた場合には その清算手続に従って回収手続きを行うことになります 2 なお 当座貸越契約は委任契約を主たる内容とするものであり 本人の死亡によって終了します 従って 死亡時の貸越残高を確定債務として相続人に相続させるとともに 相続人と新たな当座貸越契約を締結し 取引を開始することとなります 3 また 債務者との委任契約である償還金等の自動引落しも本人の死亡により終了します よって 相続人全員の依頼があれば念書を徴求して引落しを継続させるか 事業の後継者との間で新たな自動引落契約を締結して引落しを行うことが必要となります (2) 債務者が行方不明となった場合 1 債務者が行方不明となった場合には まず 行方を調査し 連絡が取れるようにすることが必要です 債務者が行方不明となるのは 多重債務や高額債務の状態で債務を逃れる場合が多いため 早く行方を発見し 保全強化や回収促進の手段を緊急にとらなければなりません 2 なお 不在者の財産が散逸し 将来の債権回収に支障が生じるおそれがある場合には 財産の保全管理のために 融資機関または基金協会が仮差押えを行うか 融資機関または協会が利害関係人として家庭裁判所に不在者の財産管理人の選任を求めることが必要です (3) 債務者が法人成りした場合 1 債務者が個人経営の事業を法人組織に変更 ( 法人成り ) した場合 個人とその法人の間がどんなに密接な関係があったとしても 法律上は全く別個のものですから 個人に対する貸付金が当然に法人に承継されることはありません そこで法人成りが行われた場合 これに伴う現物出資等によって従来の個人への貸付債権の保全が弱くならないかどうかをチェックする必要があります また 経営運転資金に係る貸付金は その償還財源を事業所得に依存していることが多くみられることから 償還財源の確保を含めた検討も必要です 2 従って 法人成りした後の個人の所得や資産 担保の状態を十分調査 分析し保全不足となる恐れのある場合には その法人も連帯債務者に加える ( 重畳的債務引受を行う ) か連帯 28 農業信用保証保険 2011 1
保証人を追加徴求する等の保全措置を講じることが必要です (4) 経営譲渡や経営委任が行われた場合 1 経営譲渡は その土地 施設等の所有権や債務等も一括して移転が行われますが その移転手続は個別に行われるのが一般的です 中には 特約によって一定の財産や債務が除外されることも少なくありません そこで 経営譲渡が行われる場合には その契約内容をよく調査した上で 債権保全を図りながら譲渡人 譲受人との間で重畳的債務引受契約を締結させて債務者の追加を図っておく必要があります ただし 債権保全上支障がある場合には 回収手段を講じなければなりません 2 経営委任の場合には 財産権の移転はないが 今後の事業展開が受任者の手腕に係ってくるので その動向を注意して管理しなければいけません このためにも 受任者を連帯保証人とするか 重畳的債務引受を行って連帯債務者としておくことが好ましい措置です 3. 担保物件の変動 (1) 更地担保に建物が新築された場合 1 更地に建物が建てられると土地自体の担保価格は減少するので その建物を追加担保として取得して債権の保全を図ることが必要です 2 なお 債務者 ( 所有者 ) に誠意がなく 債権回収上不安のある場合には 期限の利益を喪失させ 抵当権の早期実行を行うことも考慮する必要があります (2) 担保物件が土地区画整理事業等の対象となった場合 1 担保物件が土地区画整理事業の対象となり換地が定められた時は 抵当権もその換地上に同一性を持って移行するので 新しい土地につき改めて抵当権の設定登記をする必要はありません また 従前地に照応しない換地が行われた場合等には 清算金 減価補償金等が交付されますが この場合 当該権利者の同意が得られない限り その交付金は供託しなければならないことになっています そこで担保権者は 交付金の供託が行われた場合には直ちに物上代位により供託金還付請求権を差押えることが必要となります 2 担保物件が土地収用法の対象となり 収用の裁決が行われた場合 当該土地の所有権は起業者に移り 同時に抵当権は消滅しますが 抵当権者は 当該土地が収用されることにより所有者が受けるべき補償金等に対し物上代位権を行使できることとなっています ただし この代位権行使は 所有者が補償金の払渡しを受ける前に差押えなければなりません 従って 担保物件が収用され補償金等が支払われる場合には 速やかにその補償金等を差押える手続きを行う必要があります 農業信用保証保険 2011 1 29
(3) 担保物件が火災により減失した場合の対応 1 建物を担保にとる場合には その物件に対し火災保険に加入させて その保険金請求権に質権を設定しているケースが多いです この場合 抵当となる建物が火災により減失しても 質権の実行により保険会社に保険金を請求して債権保全を図ることとなります 2 なお 担保不動産が火災により減失したとしても 火災保険金請求権が物上代位の対象となるから 抵当権者は保険金請求権に対し物上代位権を行使する ( 差押える ) ことにより 債権を保全することができます ただし この差押えは保険金が保険契約者に支払われる前に 迅速に行う必要があります 4. 根抵当権の管理 (1) 根抵当権の管理には 抵当物件の管理 極度額の管理の他に元本確定の管理が必要です 保証取引が継続している期間中に (2) のような確定事由が生じると その根抵当権の担保すべき元本債権が特定され それまでに発生した債権だけが担保され 確定後に生じた元本債権は担保されないこととなるので注意が必要です 従って 基金協会が根抵当権者である場合や融資機関が根抵当権を徴求することを保証条件としている場合においては 協会は常に根抵当権の確定について留意するとともに 予め融資機関に対し 協会で通常把握できない確定事由について発生した場合に速やかに報告してもらうよう依頼しておく必要があります (2) 根抵当権の元本確定事由 1 確定期日が到来した場合根抵当権設定契約において または元本確定前において根抵当権者と根抵当権設定者との間で確定期日が定められている場合は その定められている期日が到来すれば根抵当権は確定します 2 確定請求があった場合根抵当権設定契約等において確定期日が定められていなかった場合には 設定契約日から 3 年経過後においては 根抵当権設定者から根抵当権確定の請求ができることとなっています この場合 根抵当権設定者から確定請求があれば その請求の時から2 週間後に根抵当権が確定します 3 民法第 398 条の 20 に規定されている確定事由が生じた場合主な確定事由を列挙すると次のとおりです a. 被担保債権の範囲を特定の債権に変更した場合 b. 取引終了等の事由で元本が生じないこととなった場合 c. 債務者が倒産や行方不明等で 債権の発生が生じないこととなった場合 d. 根抵当権が抵当不動産の競売の申立て 物上代位による差押の申立てをした場合 e. 抵当不動産に対し 第三者による競売の開始決定 税金滞納処分による差押のあっ 30 農業信用保証保険 2011 1
た場合で 根抵当権者がそれを知った時から2 週間を経過した時 f. 債務者または根抵当権設定者につき 破産宣告があった場合 4 債務者が死亡した場合根抵当権確定前に債務者が死亡した場合は そのまま放置しておくと相続開始前に発生した債権のみを担保する根抵当権として確定します しかし 相続人に対し根抵当権者が 相続人が負担する債務が設定済みの根抵当権によって担保される旨を定め 相続開始後 6ケ月以内に 合意の登記 を行うと 根抵当権は確定しないまま存続します 5 債務者または根抵当権設定者に 合併 が生じた場合根抵当権確定前に債務者または根抵当権設定者に合併が生じた場合は 基本的には根抵当権はそのまま承継されますが 例外的に承継を望まない者の確定請求が認められているので この確定請求があれば確定します 6 共同根抵当権の目的たる不動産に上記の確定事由が生じた場合根抵当権が 共同式根抵当権設定契約書により設定してあれば 共同根抵当権の目的たる不動産のうち1つの不動産に対してだけでも上記確定事由が生じた場合は 根抵当権は確定します 5. 保証人の管理 (1) 取引期間中には 保証人の状態変化も生じます そこで 保証人についても債務者に対すると同等の注意を払い 可能な限りその資力を把握しておく必要があります そして 保証人の資力が欠けたと判断される場合には 別の保証人を徴求するか 追加担保をとって債権の保全を図らなければなりません (2) また 特定債務の保証人が死亡しても一般に相続性が認められているので そのままにしておいても差し支えないですが 管理面からみて一部の適格性のある相続人との間で保証契約を締結しておく方が望ましいです なお 保証人の死亡 相続によって債権保全に影響が認められる場合は 保証人の追加 交替またはこれに代わる担保徴求を行って債権の保全を図ることが必要です (3) 法人の役員の保証人として徴求している場合 ( 地位保証 ) には その役員が退任し 退任を理由とした保証契約解除の申出がなされた時は 特別の事情がある場合を除き 保証契約を解除し 新役員の保証またはこれに代わる担保請求により債権保全の維持強化を図る必要があります (4) なお 事情により保証人の脱退を行う場合には 他の保証人や担保提供者の同意を得て 手続を進めなければなりません 農業信用保証保険 2011 1 31
6. おわりに貸付債権の保全がますます重要になっていく中で 期中管理のポイントは 第一義的には 継続的に経営状況を把握し 問題点等を明らかにして経営が維持発展していくようにすることです その着眼点としては 債務者の現状についての十分な確認 特に 信用状態の変化や 債務者自身の変化 担保物件の変動等の状況把握等に努めることに尽きると思います これらの状況変化が生じた場合 適時 適確に素早く対応をすることは 債務者の経営維持にとってもプラスとなり また 融資機関 保証機関にとってもトラブルを未然に防止することとなります 是非とも債権保全を含めた期中管理の徹底を図り 農業信用保証保険制度の健全なる発展のためご理解 ご尽力をよろしくお願いいたします 平成 22 年度保証審査実務担当者研修会 11 月 4 日 ( 木 ) から5 日 ( 金 ) の2 日間にかけて 農業信用基金協会の保証業務における保証審査実務等に関する知識の習得を目的とした研修会が開催されました この研修は 保証保険中央 3 団体 ( 全国農業信用基金協会協議会 ( 社 ) 全国農協保証センター 信用基金 ) の主催により毎年行っているもので 農業信用基金協会及び県農協 ( 信用 ) 保証センターの保証審査担当職員を対象としており 今回は 54 名の参加がありました 研修の内容は次のとおりです 講義融資 保証審査のポイント 1. 融資 保証審査の基本 2. 実践財務分析 3. 資金需要のとらえ方 4. 実践事例演習 5. グループ事例演習 ( グループ討議 発表 ) 6. 融資 保証審査のポイント ( まとめ ) 32 農業信用保証保険 2011 1