マイナス金利付き量的 質 的金融緩和と日本経済 内閣府経済社会総合研究所主任研究員 京都大学経済学研究科特任准教授 敦賀貴之 この講演に含まれる内容や意見は講演者個人のものであり 内閣府の見解を表すものではありません
本日のテーマ 1. 日本経済の大雑把な把握 2. 日銀の金融政策 1. ゼロ金利政策 2. 量的 質的金融緩和政策 3. マイナス金利 : 一般家庭への影響はあるか 3. なぜ いま マイナス金利なのか 1. 背景 : アベノミクスと黒田日銀 2. 予想物価上昇率の上昇を妨げるもの 3. コミュニケーション手段 ( サプライズ手段 ) としてのマイナス金利
日本経済を取り巻く現状 90 年代から続いた失われた20 年 経済の長期低迷と ( 緩やかな ) デフレ 景気 2002 年 -2008 年の いざなみ景気 ( 第 14 循環 ) リーマン ショック (2008 年 ) とその後の不況 2009 年 -2011 年の第 15 循環 欧州危機に伴う不況 2013 年以降のアベノミクス期の好景気
長期低迷
デフレ
景気
景気対策としての経済政策 金融政策と財政政策 金融政策 財政政策 公共政策 ( 成長戦略 ) 金融政策の方法 伝統的な金融政策 非伝統的な金融政策 過去 10 ー 20 年の金融政策は特に 非伝統的な金融政策
伝統的金融政策 ( 伝統的 ) 金融政策 : 利子率 2 の誘導 利子 2 銀行 日銀 利子 4 銀行 利子 3 利子 1
非伝統的金融政策 : ゼロ金利政策 ゼロ金利政策 : 利子率 2 ゼロに誘導 銀行 日銀 ゼロ ゼロ銀行 少しプラス ほぼゼロ
非伝統的金融政策 : 量的緩和政策 量的緩和政策 : 民間銀行への日銀への資金 銀行 日銀 ゼロ ゼロ銀行 少しプラス ほぼゼロ
非伝統的金融政策 : 質的緩和政策 質的緩和政策 : 日銀の民間部門への資金 投資信託 ( 株 社債 ) 銀行 日銀 質的 = 長期国債の購入も含む ( 割愛 ) ゼロ ゼロ 銀行 少しプラス ほぼゼロ
一般家庭への影響 ( マイナス金利以前 ) 伝統的金融政策 日銀が金利を高めに誘導すると 預金金利も高めに 同時に住宅ローン金利も高めに 非伝統的金融政策 ゼロ金利政策 預金金利が低下 住宅ローン金利も低下 量的緩和政策 量的緩和政策が株式市場などに影響していれば 資産価値の上昇を通じて影響 ( その効果についてはあいまい ) 質的緩和政策 より直接的に 資産価格の上昇を通じて影響
経済に出回る通貨量 平成 27 年度経済白書より
住宅ローン金利の推移 住宅金融支援機構の HP より引用
非伝統的金融政策 : マイナス金利 マイナス金利 : 日銀と銀行の間の利子率の一部をマイナスに 投資信託 ( 株 社債 ) 銀行 少し下がる 日銀 質的 = 長期国債の購入も含む ( 割愛 ) マイナス 銀行 少し下がる 少し下がる
マイナス金利の効果 これまでの非伝統的金融政策と比べると マイナス金利の効果は 限定的 現状のマイナス金利の規模では 大きな影響はない 実際 マイナス金利の適用範囲は狭い 一般家庭に及ぼす影響は現状小さい しかし 言葉がもつアピール度は大きい
マイナス金利の適用範囲 マイナス金利の適用範囲 : 利子率 4 の一部 昨年 銀行が日銀に預金していた260 兆円のうち 10~20 兆円程度がマイナス金利で取り扱い 銀行が新しく日銀に預金する場合にマイナス金利 利子 2 銀行 日銀 利子 4 銀行 利子 3 利子 1
日本銀行 HP より
一般家庭への影響 マイナス金利が我々の生活に及ぼす影響 普通預金金利 1 億円の預金で年間 2 万円の利子が 1,000 円に (0.02% から 0.001%) 住宅ローン金利 100 万円のローンで 10 年固定型の場合 0.1% 低下 どちらかと言えば 一般家庭 ( 特に住宅ローンを抱える世代 ) には得? 資産を保有する引退世代は損? 資産家は質的金融緩和政策時の株価上昇でもっと得しているのでは? それと比べれば 住宅ローン世代の 得 はないも同然?
マイナス金利付き量的 質的金融緩和に至る背景 日銀の目的は何か 日銀が 経済活性化のために 最も目指しているのは インフレになる という人々の予想の形成 インフレになると予想されるようになると様々なことがうまくいく しかし 現実にはインフレ期待の形成を妨げる数々の要因 インフレ期待を高めるため 民間部門に訴えかけるための ( サプライズの ) 手段としてマイナス金利が導入
インフレ期待をどうして高めたいのか (1) 日銀が経済に流通する通貨を増やす最終的な目的 銀行から企業への貸出を増やすことで経済を活性化 貸出が増えるには 企業が借り入れる資金の金利が十分に低い必要がある 貸付利子率はもう十分に低いのでは? ところが企業が直面する実質的な金利はまだ高い
インフレ期待をどうして高めたいのか (2) 企業にとっての実質的な金利とは? 物価の変動を考慮した金利 例 :1 億円を銀行から借り入れた企業 例えば 1 万円の商品を 20,000 人の顧客に販売して 売上が 2 億円 経費が 1 億で 残りを 1 億円を返済に充てる インフレが起こると 1 万円の商品が2 万円でも売れる 10,000 人の顧客に販売すれば 2 億円の売り上げを確保 少ない販売量で容易に返済
企業にとっての実質的な金利 企業にとっての実質的な金利は2 つの要素で決まる 1. 名目上の金利 実際に銀行に支払うと約束した利子 2. 物価の変動の調整分 予想物価上昇率 借入をするときに予想される物価の上昇の度合い
インフレ期待をどうして高めたいのか (3) 日銀が企業の直面する実質的な金利を下げるには 1. 名目上の金利を下げる ゼロ金利政策へ 2. 物価上昇気運を高めて金利負担は低いと予想させる 質的 量的金融緩和へ バブル崩壊以降 1 の手段は使いきってしまっている 残されているのは2 を通じて 実質的な金利を低くすること
アベノミクス前の日銀の試み 日銀は20 年近く この物価上昇に取り組んできた 量的 質的緩和政策は 規模こそ違うが アベノミクス前にも実施されていた しかし インフレ予想を形成できていない なぜ? 量的 質的緩和政策の規模 一般の人々へのアピールが専門的すぎる? 効果は弱い
アベノミクスと黒田日銀 アベノミクスの開始のタイミングで黒田東彦氏が日銀総裁に就任 (2013 年 3 月 ) 黒田総裁の一般人やマーケットへのアピールとサプライズ インフレの目標は 2% 達成期間は2 年 通貨の量は2 年で2 倍 国債保有額 ( と残存期間 ) は 2 倍以上 アベノミクスによる金融緩和の必要性の周知 3 本の矢 大胆な金融政策 コミュニケーション ( アナウンスメント ) の効果は特に株価と為替に対して絶大
アナウンスメントの効果 : 株価
アナウンスメントの効果 : 為替
アナウンスメントの効果 : インフレ期待 資料 : 日本銀行 HP より ( 点線と矢印は筆者加筆 )
インフレ予想の形成を妨げる様々な要因 長年のデフレの経験から 物価上昇の予想が形成されにくい
インフレ予想の形成を妨げる様々な要因 国内要因 設備投資の伸び悩み 実質金利の低下は十分か? 企業の設備投資に対する慎重な態度 将来の収益に対して慎重? 海外要因 円安でも輸出の伸び悩み 石油価格の低下 新興国の経済低迷リスク 中国経済 欧州経済 アメリカ経済 (?) 比較的順調だったが
黒田日銀のコミュニケーション これまでの日銀の金融政策と比べて 規模が大きい やり方や伝え方が目新しい あえて人々を驚かす ( サプライズ ) ように実施 サプライズを続けることで インフレ期待を高める強い決意を意思伝達 驚かされたマーケットは大きく反応する ( 株価 為替 )
マイナス金利 マイナス金利の導入は これまでの質的 量的金融政策と比較して 適用範囲も一部であり 当面はそれほど根本的な変化とは言えない しかし マイナス金利 自体 センセーショナルな印象 サプライズの方法としては良いアイデア 事実 マイナス金利の公表は専門家を驚かせた
今後は 経済学の歴史では サプライズを繰り返すと効果が弱くなっていく たとえ 日銀がインフレ目標を達成すると強くアピールしても 実際に達成されない状況が続くと インフレの予想は形成されにくい 今後の株価の推移には要注意