早稲田大学大学院日本語教育研究科 修士論文概要書 論文題目 ネパール人日本語学習者による日本語のリズム生成 大熊伊宗 2018 年 3 月

Similar documents
広東語母語話者の促音の知覚と生成 ― 広東語の「入声(にっしょう)」による影響を中心に

甲37号

う依頼し, 録音した. 録音した音声の中から, 本報告では, 表 1 に示した 5 つの文の音声 を分析対象とした. この 5 文を選んだのは, 特殊拍を含む文を分析対象とするためである. 明らかな言い間違いは音声から削除し, 正しく言い直した部分は分析対象に含めた. 表 1: 読み上げ文 ([ 数

博士論文概要 タイトル : 物語談話における文法と談話構造 氏名 : 奥川育子 本論文の目的は自然な日本語の物語談話 (Narrative) とはどのようなものなのかを明らかにすること また 日本語学習者の誤用 中間言語分析を通じて 日本語上級者であっても習得が難しい 一つの構造体としてのまとまりを

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文

象 ) の 2 つの概念について検討した 本論文は 理論的な研究と実証的な研究を参考に視点を 視座 と 注視点 の二つに分けて捉えた 視座とは 話者の空間的及び心理的立場を示すものであり その視座を判定する構文的手掛かりとしては 受身表現 授受表現 使役表現 移動表現 主観表現 感情表現の 6 つの

No107蘇.indd

論文題目 大学生のお金に対する信念が家計管理と社会参加に果たす役割 氏名 渡辺伸子 論文概要本論文では, お金に対する態度の中でも認知的な面での個人差を お金に対する信念 と呼び, お金に対する信念が家計管理および社会参加の領域でどのような役割を果たしているか明らかにすることを目指した つまり, お

Microsoft Word - 蘇迪亜最終版.doc

Title Author(s) ロシア語母語話者における因果関係の表現の習得について Marina, Sereda-Linley Citation Issue Date Text Version ETD URL DOI rights

Microsoft Word - 文档1

Microsoft Word - 4. Do Hoang Ngan doc

知覚者にとっては 音響信号の 単語への切り分け (word segmentation) という作業が必要になる 入力信号がすべて 単語として可能な音素列に分解されるように 単語の切れ目を入れる という方略を聞き手が採用する傾向があることも指摘されているが (Norris et al., 1997)

Slide 1

修士論文概要 パラ言語情報の伝達と日本語教育 - コンテクストにおける言語化と音声の調整 - 早稲田大学日本語教育研究科 古賀裕基 第 1 章序論本章では, 研究背景, 研究目的, 本論文の構成について述べる コミュニケーションを考える際, 単に伝えたい言語情報のみを伝達するだけではなく, 場面や人

本研究は 日本国内の非母語話者日本語教師の日本語学習経験と日本語教育実践経験を手が かりに 日本語教育における母語話者と非母語話者間 ( 以下 それぞれ NS 1 と NNS と略す ) の 序列化 の問題を考察し その見直しを目指すものである 以下 各章の概要を示す 第 1 章序章本研究は 筆者自

Microsoft Word - 論文要旨(松田真希子) _1_

第 1 章問題意識と研究目的本章では 筆者の問題意識となったべトナムでの経験を通し 問題の所在を述べた 筆者がベトナム社会でベトナム語を使い生活する中でわかったことは ベトナムで出逢う全ての人が筆者のベトナム語学習に影響を与えていることであった また同じように 学生が筆者以外の日本人との出会いから多

研究成果報告書

様式 3 論文内容の要旨 氏名 ( CAO LE DUNG CHI ) 論文題名 ベトナムの外国語教育政策と日本語教育の展望 論文内容の要旨ベトナムにおける日本語教育の発展は目覚ましい 政策的にも 2016 年 9 月から ベトナム全土の小学校では英語などと並び日本語を 第 1 外国語 として教える

Exploring the Art of Vocabulary Learning Strategies: A Closer Look at Japanese EFL University Students A Dissertation Submitted t

Microsoft Word - 概要3.doc

jphc_outcome_d_014.indd

第 3 章内部統制報告制度 第 3 節 全社的な決算 財務報告プロセスの評価について 1 総論 ⑴ 決算 財務報告プロセスとは決算 財務報告プロセスは 実務上の取扱いにおいて 以下のように定義づけされています 決算 財務報告プロセスは 主として経理部門が担当する月次の合計残高試算表の作成 個別財務諸

日本語教育学とは何か

(Microsoft Word - \227\240\225\\\216\206.doc)

ポイント 〇等価尺度法を用いた日本の子育て費用の計測〇 1993 年 年までの期間から 2003 年 年までの期間にかけて,2 歳以下の子育て費用が大幅に上昇していることを発見〇就学前の子供を持つ世帯に対する手当てを優先的に拡充するべきであるという政策的含意 研究背景 日本に

日本語「~ておく」の用法について

大阪大学大学院言語文化研究科日本語 日本文化専攻 広東語を母語とする日本語学習者の促音の生成と知覚について 李欣 研究背景 広東語には音節末非開放閉鎖音 以下 入声 が存在し その特徴は促音に似ていると指摘されている 例えば 広東語の 法庭 ( 法廷 )と 合拍 息が合う の下線部分はそれぞれ日本語

<4D F736F F D E382E32372E979B82D982A98C7697CA8D918CEA8A77975C8D658F575F93FC8D6594C52E646F6378>

学位請求論文審査報告要旨 2015 年 7 月 8 日 申請者喬曉筠論文題目ビジネス コミュニケーションにおける依頼と断り 日本語母語話者と台湾人日本語学習者との比較から 論文審査委員 石黒圭栁田直美近藤彩 1. 本論文の内容と構成本論文は ビジネス コミュニケーションのなかでも重要な 交渉という場

T_BJPG_ _Chapter3

Microsoft Word - 博士論文概要.docx

北斗20号-12.14

( 続紙 1) 京都大学博士 ( 教育学 ) 氏名田村綾菜 論文題目 児童の謝罪と罪悪感の認知に関する発達的研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 児童 ( 小学生 ) の対人葛藤場面における謝罪の認知について 罪悪感との関連を中心に 加害者と被害者という2つの立場から発達的変化を検討した 本論文は

untitled

( 続紙 1) 京都大学博士 ( 教育学 ) 氏名小山内秀和 論文題目 物語世界への没入体験 - 測定ツールの開発と読解における役割 - ( 論文内容の要旨 ) 本論文は, 読者が物語世界に没入する体験を明らかにする測定ツールを開発し, 読解における役割を実証的に解明した認知心理学的研究である 8

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 経済学 ) 氏名 蔡美芳 論文題目 観光開発のあり方と地域の持続可能性に関する研究 台湾を中心に ( 論文内容の要旨 ) 本論文の目的は 著者によれば (1) 観光開発を行なう際に 地域における持続可能性を実現するための基本的支柱である 観光開発 社会開発 及び

添付エクセルデータに関する注記

238 古川智樹 機能を持っていると思われる そして 3のように単独で発話される場合もあ れば 5の あ なるほどね のように あ の後続に他の形式がつく場合も あり あ は様々な位置 形式で会話の中に現れることがわかる では 話し手の発話を受けて聞き手が発する あ はどのような機能を持つ のであろ

Title ベトナム語南部方言の形成過程に関する一考察 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 近藤, 美佳 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL

 日本語学習者にとって、日本語の丁寧体と普通体の使い分け、すなわちスピーチレベルシフトの習得は難しいと言われている

Microsoft Word - 217J3001.docx

教職研究科紀要_第9号_06実践報告_田中先生ほか04.indd

様式 3 論文内容の要旨 氏名 ( ワラシークンランパー ) 論文題名 タイ人ビジネスパーソンによる日本語の断りメールにおける言語行動様式とラポールマネジメント 日本人ビジネスパーソンとの比較を通じて 論文内容の要旨 タイに多くの日系企業が進出している状況下において 日系企業に勤務し 日本語を使用す

Présentation PowerPoint


: 舌を前に出すために上歯と舌で平らな菓子をはさむ : 奥を広くするために大きな菓子を奥に入れる または唇を丸めるための菓子をくわる 特に 舌先や上下の歯の間隔に注目し それによって口腔全体の形を変化させよとしてる例が多かった また 実際の口腔の空間のとら方も通常の母音図の舌の位置の例ではみられなよ

1. 研究の目的本研究は 米国および日本のインターネット広告の分野で急成長している行動ターゲティングの特性抽出ならびに有効性分析を通じて 購買行動への影響および潜在需要の顕在化効果を明らかにしていくものである 研究の目的は次の 4 項目である 第 1 に ターゲティング広告が どのような特性を備えて

言語学論叢オンライン版第 9 号 ( 通号 35 号 2016) セブアノ語を母語とする日本語学習者の 母音知覚に関する予備的考察 丸島歩 要旨セブアノ語は固有語では 3 母音体系を有し フィリピンでタガログ語に次いで母語話者の多い言語である 本稿ではセブアノ語を母語とする日本語学習者を対象に 日本

<89C88CA B28DB88C8B89CA955C8F4390B394C E786C73782E786C73>

( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 人間 環境学 ) 氏名中野研一郎 論文題目 言語における 主体化 と 客体化 の認知メカニズム 日本語 の事態把握とその創発 拡張 変容に関わる認知言語類型論的研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 日本語が 主体化 の認知メカニズムに基づく やまとことば の論理

大学生の消費者市民力を育成するパーソナルファイナンス教育の可能性 橋長真紀子 本研究は 理論研究編では パーソナルファイナンス教育 (PF 教育 ) および 消費者市民教育 の概念規定を 日本 米国 英国 北欧の先行研究から比較検討し 2 つの教育の関係性を明らかにした上で コンピテンシー と PF

課題研究の進め方 これは,10 年経験者研修講座の各教科の課題研究の研修で使っている資料をまとめたものです 課題研究の進め方 と 課題研究報告書の書き方 について, 教科を限定せずに一般的に紹介してありますので, 校内研修などにご活用ください

DV問題と向き合う被害女性の心理:彼女たちはなぜ暴力的環境に留まってしまうのか

名称未設定-4

306

身体語彙を含む日本語の慣用句の分析 : ペルシア語との Title対照を通して 目 手 口 身 を用いた表現 を中心に Author(s) ファルザネ, モラディ Citation Issue Date Type Thesis or Dissertation Text Vers

音声情報処理

た 観衆効果は技能レベルによって作用が異なっ 計測をした た 平均レベル以下の選手は観衆がいると成績が 下がったが, 平均以上の選手は観衆に見られると成績が上がった 興味深いことに, 観衆効果は観衆の数に比例してその効果を増すようである ネビルとキャン (Nevill and Cann, 1998)

Microsoft PowerPoint - ICS修士論文発表会資料.ppt

2 日本語らしい発音 にするには シャドーイング 日本語の発音がもっと上手くなりたい! そのもう一つの方法として シャドーイング があります - シャドーイングとは?- ネイティブの人が読んだ日本語を聞きながら それと同じ文章をそっくりそのまま音読することです - シャドーイングをする時のポイントは

a223_imai

Ⅳ 小括 -ドイツにおける契約余後効論- 第三章契約余後効論の理論的基礎 Ⅰ 序論 Ⅱ 主たる給付義務の履行後における債務関係 Ⅲ 契約余後効における被違反義務の性質 Ⅳ 義務違反の効果および責任性質 Ⅴ 契約余後効論の理論的基礎第四章契約余後効理論の検証 Ⅰ はじめに Ⅱ 裁判例の分析 Ⅲ 小括終

京都大学博士 ( 工学 ) 氏名宮口克一 論文題目 塩素固定化材を用いた断面修復材と犠牲陽極材を併用した断面修復工法の鉄筋防食性能に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は, 塩害を受けたコンクリート構造物の対策として一般的な対策のひとつである, 断面修復工法を検討の対象とし, その耐久性をより

Excelによる統計分析検定_知識編_小塚明_5_9章.indd

meikai_17.indd

<4D F736F F D E937893FC8A778E8E8CB196E291E8>

東邦大学理学部情報科学科 2014 年度 卒業研究論文 コラッツ予想の変形について 提出日 2015 年 1 月 30 日 ( 金 ) 指導教員白柳潔 提出者 山中陽子

2 116

相互行為における不同意の会話分析研究 ―マルチモダリティの視点から―

表紙.indd

過去の習慣が現在の習慣に与える影響 インターネットの利用習慣の持ち越し 松岡大暉 ( 東北大学教育学部 ) 1 問題関心本研究の目的は, インターネットの利用の習慣について, 過去のインターネットの利用習慣が現在のインターネットの利用の習慣に影響を与えるかを検証することである. まず, 本研究の中心

1 高等学校学習指導要領との整合性 高等学校学習指導要領との整合性 ( 試験名 : 実用英語技能検定 ( 英検 )2 級 ) ⅰ) 試験の目的 出題方針について < 目的 > 英検 2 級は 4 技能における英語運用能力 (CEFR の B1 レベル ) を測定するテストである テスト課題においては

インドネシアの高等教育における日本語教育現状と課題

新宿区における「日本語教育ボランティア」活動とJSL バンドスケールの意義

外為オンライン FX 取引 操作説明書

1 2

untitled

INDEX

INDEX


1002goody_bk_作業用


物体の自由落下の跳ね返りの高さ 要約 物体の自由落下に対する物体の跳ね返りの高さを測定した 自由落下させる始点を高くするにつれ 跳ね返りの高さはただ単に始点の高さに比例するわけではなく 跳ね返る直前の速度に比例することがわかった

Spring Semester 2015, Tuesday 4 th period 2015/04/07 英語学概論 a No. 1 Yumiko ISHIKAWA 第 1 章 : ことばの起源と語族 1. ことばの起源 (glossogenetics) (1) 言語起源論 言語の ( ) と発達を

2. 先行研究及び本研究の課題 2.1 日本語の敬語について敬語は敬意表現の一種である 文化庁 (2000) によれば敬意表現とは次のようなものである 敬意表現とは, コミュニケーションにおいて, 相互尊重の精神に基づき, 相手や場面に配慮して使い分けている言葉遣いを意味する それらは話し手が相手の

高橋 視覚リハ研究 6(1) 19 候補文字列の表示が小さく選択できないなどがあげられている ( 高橋,2015b) これらは 使用する日本語入力アプリの種類やその機能に問題があると考える 本研究では スマートフォンを利用する重度 LV 者にとって 推奨キーボードよりも使いやすい (VoiceOve

11Marushima

博士学位論文 内容の要旨および審査結果の要旨 2018 年度中部学院大学 氏名 ( 本籍 ) 小川征利 ( 岐阜県 ) 学位の種類 博士 ( 社会福祉学 ) 学位授与の日付 2019 年 3 月 21 日 学位番号 甲第 8 号 学位授与の要件 中部学院大学学位規則第 4 条の規定による 学位論文題

<4D F736F F D CB48D655F94928D95445F90488E9690DB8EE68AEE8F802E646F63>

平成23年度全国学力・学習状況調査問題を活用した結果の分析   資料

英語の音声教育と音声研究

Microsoft Word - youshi1113

慶應外語 2019 年度春学期三田正科注意 : やむをえない理由により 予告なしに担当講師が代講または変更となることがあります 講座開始後 この変更を理由に講座をキャンセルされる場合 受講料の返還はいたしません 講座コード C ベトナム語 基礎コース 担当者 グエン Nguyễn ミン

D6 韓国語母語話者による英語の母音の知覚判断 - 後続子音の影響について - 韓喜善 ( 大阪大学 ), 野澤健 ( 立命館大学 ) 1. 本研究の背景と目的これまで 英語の母音に関する知覚実験の多くは

08_デザイン4_竹安大.indd

( 続紙 1 ) 京都大学博士 ( 経済学 ) 氏名衣笠陽子 論文題目 医療経営と医療管理会計 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は 医療機関経営における管理会計システムの役割について 制度的環境の変化の影響と組織構造上の特徴の両面から考察している 医療領域における管理会計の既存研究の多くが 活動基準原

各資産のリスク 相関の検証 分析に使用した期間 現行のポートフォリオ策定時 :1973 年 ~2003 年 (31 年間 ) 今回 :1973 年 ~2006 年 (34 年間 ) 使用データ 短期資産 : コールレート ( 有担保翌日 ) 年次リターン 国内債券 : NOMURA-BPI 総合指数

ワークシート 分析 わかる できる つながる 三連携 言語領域文化領域グローバル社会領域 休日 趣味の尋ね方や答え方について n 語で口頭で復習する (A1) 休日 趣味の尋ね方や答え方について n 語で口頭で質問し答えることができる (B1) リストアップした内容を各グループ内で討論

Transcription:

早稲田大学大学院日本語教育研究科 修士論文概要書 論文題目 ネパール人日本語学習者による日本語のリズム生成 大熊伊宗 2018 年 3 月

本研究は ネパール人日本語学習者 ( 以下 NPLS) のリズム生成の特徴を明らかにし NPLS に対する発音学習支援 リズム習得研究に示唆を与えるものである 以下 本論文 の流れに沿って 概要を記述する 第一章序論 第一章では 本研究の問題意識 意義 目的 本論文の構成を記した まず 問題意識として以下の 2 点を挙げた 第一に ネパール語の韻律特徴に関する先行研究が不足しているため NPLS の日本語の発音の特徴の分析 NPLS の発音学習支援の重要性の検討を十分に行うことが出来ないという点である 第二に リズム教育 リズム習得研究において リズムという観点から日本語学習者 ( 以下 NNS) の発音の特徴を解明するための基礎研究が不足しているという点である 特に 先行研究と同様の指標を用い 多様な言語リズムの比較検討を行うことが必要である また 2 点の問題意識に至った経緯として 近年 NPLS が増加しているという背景 筆者自身の NPLS との接触場面における経験について記述した 続けて 本研究の意義として以下の 2 点を挙げた 第一に 学習者の母語背景を踏まえた音声教育という観点から 本研究の成果を NPLS の発音学習支援に繋げることが出来るという点である 第二に リズム習得研究という観点から 先行研究の存在しない母語話者を対象とし 第一言語 第二言語 目標言語のリズムを比較することで 理論構築への貢献が期待できるという点である 以上を踏まえ 本研究の目的を NPLS のリズム生成の特徴を ネパール語 NPLS による日本語 日本語母語話者 ( 以下 NS) による日本語 3 種のリズムの関係性という観点から解明すること と明記した これを明らかにした上で 先行研究との比較から NNS のリズム習得について考察した リサーチクエスチョン ( 以下 RQ) は以下の 3 つである RQ1: ネパール語のリズムは どのような特徴を持つのか RQ2:NPLS の生成する日本語のリズムは どのような特徴を持つのか RQ3:NPLS の生成したネパール語のリズム 日本語のリズム NS の生成した日本語のリズムはどのような関係にあるのか 最後に 上記の RQ を明らかにするために行った 2 つの生成調査 ( 調査 Ⅰ: ネパール語の生成調査 調査 Ⅱ: 日本語の生成調査 ) の概要と 本論文の構成を記した 1

第二章先行研究 第二章では 本研究に関連する先行研究を概観し 得られた成果をまとめたうえで 本研究の位置づけを記した まず 言語のリズムの定義 類型をまとめた上で 多くの言語のリズムが未解明であることを述べた 次に モーラ拍リズムとされる日本語のリズムに焦点を当て 主に日本語教育の立場から行われた先行研究をまとめた その結果 モーラ拍リズムの習得が NNS にとって困難な学習項目であるとされてきたこと それが主に特殊拍の習得という観点から論じられてきたことがわかった また 今後はリズムという観点からの 多様な言語リズムの比較検討が求められていることがわかった 続けて リズムの計測方法について先行研究をまとめた その結果 言語のリズム類型に用いられてきた PVI(Pairwise Variability Index) の計測方法が リズム習得過程の記述 第一言語 第二言語 目標言語間の比較に使用可能であることがわかった さらに 本研究の調査対象となる NPLS の母語 第一言語と考えられるネパール語に関する先行研究をまとめ NPLS のリズム生成の特徴を予測した 最後に 先行研究を踏まえ 本研究を NPLS の発音学習支援を念頭に置いた NPLS による日本語のリズム生成の実態を解明する基礎研究 理論構築への貢献を念頭に置いた 先行研究との比較に基づく考察を重視するリズム習得研究 と位置付けた 第三章ネパール語のリズム ( 調査 Ⅰ:RQ1) 第三章では 調査 Ⅰの目的 内容 結果 考察 まとめを記した まず 調査 Ⅰの調査目的を PVI を用いた計測による場合 NPLS の生成したネパール語のリズムはどのような数値となるのかを明らかにすること と明記した 次に 調査協力者の選定基準 調査文の作成 調査の実施手順 データの分析方法 分析結果について述べた 分析の結果 ネパール語の npviv(normalized Vocalic PVI) は 41.36 npvic(normalized Intervocalic PVI) は 54.62 となった 他言語の数値と比較した結果 ネパール語の PVI は 音節拍リズムに近かった 以上の結果とその要因について 調査文 音響分析データを検討の上考察し RQ1 に答えた ( 本概要書では 第 5 章を参照されたい ) 最後に 本章をまとめた 2

第四章 NPLS の生成した日本語のリズム ( 調査 Ⅱ:RQ2 RQ3) 第四章では 調査 Ⅱの目的 内容 結果 考察 まとめを記した まず 調査 Ⅱの目的 2 点を PVI を用いた計測による場合 NPLS の生成した日本語のリズムはどのような数値となるのかを明らかにすること NPLS の生成した日本語のリズムは NPLS の生成したネパール語のリズム NS の生成した日本語のリズムと それぞれどのような関係にあるのかを統計的に明らかにすること と明記した 次に 調査協力者の選定基準 調査文の作成 調査の実施手順 データの分析方法 分析結果について述べた 分析の結果 NPLS の生成した日本語の npviv は 54.37 npvic は 59.57 となった そして npviv npvic の両数値に基づく 3 種のリズム間の比較 (MANOVA(Pillai's Trace)) npviv npvic ごとの 3 種のリズム間の比較 (ANOVA) 各リズム間の比較 (Tukey) の全てで 統計的有意差が確認された (p<.05) また 各リズム間の差は 全て大きかった (Cohen s d d>.08) つまり ネパール語 NPLS の生成した日本語 NS の生成した日本語のリズムはそれぞれ異なるリズムであった 以上の結果とその要因について 調査文 音響分析データを検討の上考察し RQ2 3 に答えた ( 本概要書では 第 5 章を参照されたい ) 最後に 本章をまとめた 第五章結論 第五章では RQ の答え 総合的考察 日本語教育への示唆 今後の課題を記した まず RQ に対する答えをまとめた それぞれ以下のとおりである RQ1: ネパール語のリズムは どのような特徴を持つのか 他言語と比較すると ネパール語のリズムは音節拍リズムに近いことがわかった npviv npvic ともに 日本語よりも低い数値である 調査文 音響分析データを検討した結果 その要因が 音節構造の複雑さ ( 閉音節の割合の高さ ) 強勢の程度 母音弱化の程度 子音連続という観点から説明できることがわかった RQ2:NPLS の生成する日本語のリズムは どのような特徴を持つのか NPLS の生成した日本語の npvic は 韓国人日本語学習者 ( 以下 KS)( 木下 2010) とは異なる傾向があり (npvic の数値 :NPLS<NS NS<KS) 母語であるネパール語の影響が示唆された 特に 日本語学習歴が短いほど npviv npvic の数値が低くなり ネパール語の数値に近づく傾向があった 一方 npviv で NPLS と KS には共通する傾向が 3

見られ (npviv の数値 :NS <NPLS NS <KS) NPLS の場合は個人差が大きかったため ネパール語の影響は示唆されなかった さらに 音響分析データから発音の特徴を検討した結果 不自然な促音の挿入の少なさ 母音の無声化の起こりにくさ 子音の持続時間のばらつきの小ささ 不自然な母音の伸長の多さ 不自然なポーズの取り方 調査協力者ごとのリズムの取り方の差異が観察され PVI の数値に影響していた RQ3:NPLS の生成したネパール語のリズム 日本語のリズム NS の生成した日本語のリズムはどのような関係にあるのか ネパール語 NPLS の生成した日本語 NS の生成した日本語のリズムはそれぞれ異なるリズムであった そして npvic の数値は ネパール語 <NPLS の生成した日本語 <NS の生成した日本語の順であった NPLS の生成した日本語のリズムが中間的な値となった点 子音の発音 RQ2 で挙げた発音の特徴から ネパール語の影響が大きいと考えられる 次に npviv の数値は ネパール語 <NS の生成した日本語 <NPLS の生成した日本語の順であった 3 種のリズム間の関係性 RQ2 で挙げた発音の特徴から ネパール語の影響よりも 学習者独自のリズム生成の影響が大きいと考えられる 次に A)NPLS のリズム生成の特徴 B)NNS のリズム習得について総合的に考察した結果 それぞれ以下が明らかになった A)NPLS の母語であるネパール語のリズムは 音節拍リズムに近く 日本語と比べると npviv npvic の数値が低い NPLS の日本語のリズム生成には npvic の数値が NS に比べ低いという特徴があり これはネパール語の影響であると考えられる 一方で npviv の数値は NS に比べ高いという特徴があるが これはネパール語の影響として説明できず 学習者独自のリズム生成の特徴が大きく影響すると考えられる 特に npviv の数値は個人差が大きく NS の平均値を下回る例もあったことから npviv には 日本語学習歴 リズムの取り方などの個人差が顕著に表れると考えられる 以上 npvic npviv の数値を総合的に見ると NPLS は 主に母音の長短でリズムを取っていると考えられる 最後に 調査文 音響分析データを検討した結果 NPLS のリズム生成には 調査文の音節構造 特殊拍 母音の無声化 学習者独自のリズム生成 個人要因が影響を与えることが明らかになった B1)NNS の生成する日本語のリズムには 母語 第一言語の影響がある また 母語 第一言語の違いにより異なる習得過程を経る可能性がある ただし NNS の生成する日本語のリズムは 母語 第一言語のリズムとも 目標言語のリズムとも異なっており リ 4

ズム生成の可変性が明らかになった B2)NNS の生成する日本語のリズムには npviv の数値が NS に比べ高いという共通点がある NPLS の場合はネパール語の影響として説明できないため npviv の高さは 日本語のリズム生成における中間言語の特徴といえる可能性がある B3)NPLS の生成する日本語のリズムは個人差があり 日本語学習歴が影響する可能性がある つまり NNS は学習初期段階では母語 第一言語のリズムの影響を強く受け 学習が進むにつれ中間言語のリズムに近づいていく可能性がある 続けて NPLS に対する発音学習支援への示唆 リズム習得研究への示唆として 以下の 3 点を挙げた 1) リズムの取り方に関して 母音の伸長 ポーズの取り方に注意する必要がある 特殊拍については 不自然な促音の挿入の少なさを念頭に置き 短音 長音の弁別に注意する必要がある さらに 母音の無声化を指導する必要がある 2) 言語リズムの測定には 先行研究 多様な言語リズムとの比較検討が可能な指標を用いることが重要である これにより 母語 第一言語の影響の大きさ NNS のリズム生成の特徴を考察することができる 3) 調査文 音響分析データを検討し 音節構造の特徴 特殊拍 学習者独自のリズム生成の特徴 個人要因を示すことが重要である これにより 母語 第一言語の影響だけでは説明できない NNS のリズム生成の特徴 個人差を考察することができる 最後に今後の課題として 以下の 3 点を挙げた 1) 本研究でばらつきの大きかった NPLS の生成する日本語の npviv に関して 日本語レベル別の調査を行い ネパール語の影響の大きさを再検討すること 2)PVI を用いた同様の方法で他言語母語話者を対象とした調査を継続し NNS の npviv の数値の高さが中間言語の特徴であるのかを検証すること 3) 特殊拍 リズム型の影響に焦点を当てた調査文を作成し調査を行い 特殊拍 リズム型の影響と学習者独自のリズム生成の影響を比較検討すること 主な参考文献 木下直子 (2010) 韓国人日本語学習者の日本語リズム習得研究 早稲田大学博士論文 Grabe, E., Low. E. (2002) Durational Variability in Speech and the Rhythm Class Hypothesis. Papers in Laboratory Phonology7, 515-546. 5