日本学術会議 日本地理学会公開シンポジウム 2019.3.21 地理総合 における国際理解とは 岡橋秀典 ( 奈良大学文学部 地理学科 )
Ⅰ. はじめに 本報告に至る経緯 日本学術会議地理教育分科会 および同地誌 国際理解小委員会での議論をふまえて報告 地理総合 には 三つの大項目 A. 地図や地理情報システムと現代世界 ( 地図 +GIS) B. 国際理解と国際協力 ( ESD+SDGs?) C. 持続可能な地域づくりと私たち ( 防災 +ESD)
本報告の目的 B. 国際理解と国際協力の大項目については 2017 年の日本地理学会秋季学術大会の地理教育公開講座の成果 ( 新地理 65-7 2017 年に掲載 ) があるものの 他項目に比べ未だ検討が少ない 他方この項目は 現行 地理 A との接点がもっとも大きい部分である また 歴史分野との関係も強い したがって このパートの組み立てについて早急な検討を要する ここでは 学習指導要領の検討を基本として 筆者の海外地域研究の知見も加えて 地理総合 における国際理解とはどういうことなのかを検討したい
私の立ち位置 学習指導要領 地理教科書 高等学校での授業 研究分野 ; 海外地域研究 ( インド ) 日本の農山村研究 高等学校社会科地理 A 地理 B の執筆 日本学術会議地域研究委員会
Ⅱ. 地理総合 で大きく変わったこと 地理総合 ー 2 単位 ( 年間 70 時間 ) の必修科目 地歴 公民科の基本科目 地理基礎 ではない 地理を通じて事象や課題を総合的に捉える科目? オープンマインドが重要 科目の目標社会的事象の地理的な見方 考え方を働かせ 課題を追究したり解決したりする活動を通して 広い視野に立ち グローバル化する国際社会に主体的に生きる平和で民主的な国家及び社会の有為な形成者に必要な公民としての資質 能力を育成する 知識及び技能 に加え 思考力 判断力 表現力等 を身につけることが要請されている 特に 地理教育国際憲章の地理学研究の中心概念をその基礎として取り入れている
目標 (1) 知識及び技能 に関わるねらい 世界の生活文化の多様性や 防災 地域や地球的課題への取組などを理解するとともに ------ 理解する 概念などを活用して多面的 多角的に考察したり 地理的な課題の解決に向けて構想したりする 学習過程を前提に 世界の生活文化や 防災 地域や地球的課題への取組などを理解することを意味する 目標 (2) 思考力 判断力 表現力等 に関わるねらい 地理に関わる事象の意味や意義 特色や相互の関連を 位置や分布 場所 人間と自然環境との相互依存関係 空間的相互依存作用 地域などに着目して 概念などを活用して多面的多角的に考察したり 地理的な課題の解決に向けて構想したりする力や 考察 構想したことを効果的に説明したり それらを基に議論したりする力を養う これら 5 つの視点は 具体的な授業の中で主要な問いとして用いられる
これらの概念は 地理教育国際憲章において地理学研究の中心概念として示される 特に国際理解にとって重要と思われるのは (5) 地域についての説明 地理学者は 地域をいろいろと異なった規模 つまり地域社会 国家 大陸 地球規模で研究の対象とする 地域の持つ統合的システムは 一つの地球的生態系の概念へと導かれる 地球システムの中の異なる地域の構造と発展過程の理解は 人々の地域的 国家的アイデンティティ及び国際的立場を明らかにするための基礎となる
地理総合 における地誌 現行 地理 A では 世界地誌 ( 諸地域の生活 文化 ) が大きな位置を占める 教科書のページ数では 40% 程度 しかし 地理総合 では 繰り返しを避ける必要も明記 ここでの学習は国際理解を主なねらいとしており 学習対象はあくまで 世界の人々の特色ある生活文化 であって すでに中学校社会科地理的分野において州ごとに 世界の諸地域 を学習していることを踏まえれば ここでの学習がその繰り返しとならないよう また 地理探究 における 現代世界の諸地域 の学習とも重複することのないよう 厳に留意する必要がある 現行 地理 A 教科書でも 様々な発問の工夫はなされていたが 現行の網羅的地誌のままでは対応できない 問題志向的地誌?
Ⅲ. 地理総合 の 生活文化 と国際理解 生活文化 ー地理的環境との関わりにおいて育まれる人間の生活の営み 衣食住を中心とする暮らし 慣習や規範 宗教などの主に生活様式に関わる事柄 H21 の地理 A の 生活 文化 ー衣食住を中心とした生活様式だけでなく 生産様式に関わる内容も含み 広く人間の諸活動から生みされるもの 地理総合 の生活文化では経済活動などが含まれず 文化の概念がより狭くなっている 松井 (2017) が指摘するように 文化の多様性 ( 差異 ) に注目するばかりでなく 文化のもつ普遍的性格を地理的に理解させること が要請されている このことからすれば 地理学だけでなく 文化人類学からの寄与も必要とされよう
内容とその取り扱い B 国際理解と国際協力
知識を身に着ける 1 多様な生活文化 地理的環境
知識を身に着ける 2 特色ある生活文化 自他の文化を尊重 国際理解
国際理解とはー異文化理解と地球理解 ここでの国際理解の概念は 異文化理解に力点を置いている 広い視野を持ち 異文化を理解するとともに これを尊重する態度や異なる文化を持った人々と共に生きていく資質や能力の育成を図ること (21 世紀を展望した我が国の教育の在り方について ( 中央教育審議会第一次答申 第 2 章国際化と教育 1996 年 ) UNESCO の国際理解 世界の人々が 国を越えて理解しあい 協力し 世界平和を実現すること を理念とした教育 人権 環境 開発なども含む 他方 地球理解という考え方もある (Global Understanding)IYGU2016
国際地球理解年 (IYGU)2016 とは 国際地球理解年 (IYGU)2016 の目的 人々の身近な行動がどのように地球規模の影響をもつかについての理解を深め 深刻な地球規模の問題に対するより良い改善策に資すること 地球の持続可能性のための地球理解 (Global Understanding for Global sustainability) 地球規模の思考と身近な行動に橋をかける 14
国際地球理解年 (IYGU)2016 のメッセージ 国際地球理解年 (IYGU) は 我々がますますグローバル化した世界に暮らしている そのあり方に関心をもっている われわれはどのように自然を変化させているのか 我々は出現するグローバルな現実に対してどのように新たな社会的政治的関係を築くべきなのか 社会と文化は 我々が自然と共に生き また自然を形づくる そのあり方を規定している 社会と文化は 我々が日々の行動のグローバルな結果をどのようにとらえるのか に影響を与える 我々は 我々の日々の行動がグローバルな課題を克服するのに世界全体に対してもつ意味を理解する必要がある ESD も同様の問題意識をもつと思われる 阪上弘彬 (2018) ドイツ地理教育改革と ESD の展開 古今書院
思考力 判断力 表現力等 生活文化の多様性や変容に関わる主題 場所の特徴自然条件社会的条件
内容とその取り扱い B 国際理解と国際協力中項目 (1) 生活文化の多様性と国際理解 場所や人間と自然環境とその相互依存関係などに関わる視点に着目して 世界の人々の生活文化を多面的 多角的に考察し 表現する力を育成するとともに 世界の人々の生活文化の多様性や変容 自他の文化を尊重し 国際理解を図ることの重要性などを理解することができるようにすることが求められている 場所に関わる視点ー例えば 特色ある生活文化を それが見られる場所の地理的環境の共通点や相違点 歴史的背景との関わりから捉える 人間と自然環境との相互依存関係に関わる視点ー例えば 特色ある生活文化の多様性や変容の要因をそれが見られる場所の人間活動と自然環境との関わりから捉える
地理的環境 とは 場所の自然環境と社会環境を意味 社会環境も含まれることに留意 H21 年改訂の地理 A では 世界諸地域の生活 文化を地理的環境や民族性と関連付けてとらえる この 民族性 の概念は消失 自然環境ー地形 気候などの主な要素が相互に関係しながら生活文化に影響 社会環境ー世界の人々の生活文化は歴史的背景や産業の営みなどを反映したものであることを理解するとともに 時代に応じて変化する部分があることに気づくことが大切 世界人々の生活文化は ( 中略 ) 地域ごとに独自性をもち 多様性に富むこと また現代ではグローバル化や情報化の進展などにより変容していることなどに留意して 主題を設定し学習できるよう 学習内容の構成 展開を工夫する必要がある
地理的環境 の図解 地形 自然環境 気候など 地理的環境 社会環境 ( 時代に応じて変化 ) 歴史的背景 産業の営みなど
地理的環境 の問題点 社会環境は 自然環境に比べてその内容が不明瞭である グローバルな制度 政治 経済など非地理的な環境をどう考えるか グローバル化の進む今日 社会環境をどう構成するかが大きな課題となる 場所の人間活動と自然環境との関わりから捉えることが先行すると 環境決定論的な説明に傾きやすい
主題 : 地理的環境を踏まえた生活文化の理解と尊重 問の例 地理的環境 生活文化 世界各地で様々な食文化が育まれてきたのはなぜだろうか 生活文化 地理的環境 私たちの先人たちは 身の回りの環境とどのように接し どのように守ってきたのだろうか 生活文化は地理的環境との相互の関わりにおいてと のように変容しているのか また その変容の要因は何かについて考察することも大切 問の例 人々の衣服か 時代や地域を越えて 変化したり変化しなかったりするのはなぜだろうか
Ⅳ. 実際の授業のためにー方法をめぐって 地理総合 の科目の性格に立ち戻ると 持続可能な社会づくり グローバルな視座からの国際理解に資することがここでも課題となる それに応え得る方法は何か? 一つの答としての システム思考
地理教育におけるシステム思考への注目 2018 年度地理科学学会秋季学術大会シンポジウムから テーマ : システム思考をはぐくむ地理学習 -ESD で問われているもの - 趣旨説明 人間活動と自然環境 空間的相互依存関係と深く関わる システム という考え方に着目して 多様な視点から考察し 持続可能な社会の形成に向けて 諸問題の解決に取り組むことのできる資質 能力 ( コンピテンシー ) の育成が 地理総合 では示されている またシステムの考え方 ( システム思考 ) は すでに世界の多くの地理教育で取り入れられている 特に ESD 先進国であるドイツでは 地理学習で育むべき資質 能力の中核として 地理システムコンピテンシー が開発され 授業実践がなされている このように持続可能な社会にむけた学習や SDGs の実践に当たって システムの考えは欠かすことのできないものとして位置付けることができるだろう その一方でシステムが本来もつ構造性 (systematic) や全体性 (systemic) という特性が日本では十分に周知 理解されているとは言い難い 本シンポジウムでは 今後の地理教育 ESD 実践のカギとなるシステムについて その考え方を整理し 授業実践の提案を通じて 地理学習におけるシステムの意義について示すことを目的とする
システムアプローチで考える地理教育 雑誌 地理 で連載された システムアプローチで考える地理教育 の一連の論文 システム思考を用いた授業 - 地球的課題 アラル海の縮小 開発コンパスを活用したシステム思考を育む地理授業 関係構造図による比較地誌と熱帯林の縮小 : 東南アジア アフリカの熱帯地域 ソマリアの海賊問題で 昨日の解決策が今日の問題を生む を考える など多数
システムの図解 関係構造図は有用だが 複雑すぎないか システムアプローチのいくつかの課題 1 項目 ( 要素 ) の抽出 2 項目のレベルの統一性 3 関係の表示の仕方 4 主体の問題 どのような図解がよいのか 宮崎 (2019) 社会構造やパラダイムに気づくことの重要性 地理 64-2.
事例 : 複合的国家イ ンドをどう理解するか 多様性を地理的 民族的 社会的 宗教的 に分けて捉える 最後に 多様性を統一するものはなにか 考える
インドの地理と様々な図解表現 桜田潤 (2017) 図で考える シンプルになる ダイヤモンド社 思考を磨き上げる 7 つの図を使って 右の 1 から 7 までを表現する 1 中心と周辺の関係 2 文化の地域区分 3 緑の革命の評価 4 州間の地域格差 5 独立後の発展のプロセス 6 メガリージョン 7 カーストの構成
海外地域研究の成果の活用 ; 広島大学現代インド研究センターのウェブサイトの事例から設立 :2010 年度 なぜ設立されたのか? 人間文化研究機構 (NIHU) の 現代インド地域研究 事業の拠点として, 同機構と本学により共同設置 現代インド地域研究はまだまだ層が薄い 広島大学の半世紀にわたるインド研究の実績が評価 広島大学総合地誌研究資料センターの活動 (1986-2006) 研究ネットワーク 京都大学 ( 中心拠点 ), 東京大学, 国立民族学博物館, 東京外国語大学, 龍谷大学の 5 拠点で形成
GIS によるインド主題図の作成と公開
インド地理写真コレクション 30
日本学術会議地理教育分科会の会議での松本隆夫先生 ( 木更津高等学校教諭 ) の指摘から 現在から未来を予測するものに興味 どうすべきか, どうあるべきか, どうかかわれるかという視点の育成 歴史教師の思考傾向 : 系統地理は苦手, 人間が登場しないものは苦手 市民性 : 外国人が増えていく中で, どうしていくかを考える どのように社会 世界と関わり, よりよい人生を送るか SDGs: 教師と生徒が共通の目標を持てるのでは?SDGs の 18 番目の目標を考えよう 今後の取り組み : 新聞活用,SDGs を参考にして課題解決, すべての学問に通じる. 知る 判断する 行動するというサイクルを盛り込みたい