第 4 章 マランゴニ対流実験報告 G-jitter と液柱動的変形について 東京理科大学理工学部 機械工学科上野一郎 Chapter 4 Reports on Marangoni Experiments in Space (MEIS) - Correlation between G-jitter and liquid bridge - Fac. Science & Technology, Tokyo University of Science Dept. Mechanical Engineering, Ichiro UENO ABSTRACT Marangoni Experiments in Space, 'MEIS,' has been carried out on Japanese Experimental Module, 'Kibo,' aboard the International Space Station (ISS) since August in 2008. Researchers on MEIS has been focusing on detecting transitions of the flows induced by thermocapillary effect in a half-zone liquid bridge, and on unique behaviors of the suspended particles in the bridge. The researchers has experienced significant deformations of the liquid bridge due to the jitter of the gravity (G-jitter, so called) on the ISS through the experiments. The dynamic behaviors of the liquid bridge of 30 mm or 50 mm in diameter are briefly introduced in this chapter. 1. はじめに 2008 年 8 月以来, 国際宇宙ステーション ( 以下 ISS) 上日本実験モジュール きぼう にて表面張力差対流に関する流体物理実験,MEIS(Marangoni Experiments in Space) の運用が始まっている. これは表面張力の温度依存性を利用した流体現象で, 発見者であるイタリアのC. Marangoni (1871) の名前を取って温度差マランゴニ対流と呼ばれる.MEISは2010 年 12 月末までに3シリーズ ( 第 1, 第 2, 第 4シリーズ ) が行われ, 地上では実現不可能である直径 30 mmあるいは50 mm, 最長 62.5 mmの円柱状液柱内に生起する非線形対流場を研究の対象としている. 本研究テーマを立ち上げ, 一昨年度まで研究代表者 (PI) であった河村洋教授 ( 東京理科大学. 現所属 : 諏訪東京理科大学 ) によって, 一昨年本展望にて実験の概要が紹介されている ( 河村 (2009)) ことから, 本稿では少し違った視点で同実験の紹介および将来への展望に関して考えてしたい. 本実験は, 同心円状の2つの対向ディスク間に液体をブリッジさせることで形成した 液柱 を対象とする. すなわち, 対向ディスクに接している面は固体面, ディスク間に存在するのは液柱の自由表面ということになり, ディスク間との濡れおよび表面張力によりその形状を維持する系である. 自由表面を有することから重力揺動に敏感であること, すなわち, 自由表面の動的変形が生じることが懸念される. 液柱は, 半導体や酸化物単結晶生成法の一つであるフローティング ゾーン法 (Floating zone method)(e.g., Schwabe et al. (1978)) での多結晶体と単結晶体の間に形成される溶融部などで見られ, 液柱の動的変形あるいは共
振による破断は非常に重要な工業的課 題として考えられる また 液柱破断 後に形成される 液滴 あるいは 懸 垂液滴 は やはり結晶成長や保持で 用いられる懸垂液滴法 e.g., Sutter & Sutter (2007) などで見られ この系で の自由表面挙動の理解 制御は重要な 課題として挙げることができる さら に 温度差マランゴニ対流を含む自然 対流を有する系での動的変形は 学術 的にも未開拓な領域であり 興味深い 研究対象であると言える さて 著者らが実施しているMEISで Fig. 1 国際宇宙ステーション上日本実験モジュール きぼう での流体物理実験 通称MEIS で実現し たアスペクト比 高さ/半径 4.0の液柱 図中 右側が高温側ディスク 左側が低温側ディスクとなる 2008年撮影 JAXA提供 は ステーションに滞在する宇宙飛行 士のみなさんが就寝した後の時間 つまり 日本時間の朝6:30を実験開始の目安として運用 をしてきている これは クルーの活動等によってISSに生起する重力揺動 G-jitter 後 藤 (2009) の影響を避けて行うことを目的にしている しかし複雑な構造を有する軌道上物 体であるISSでは クルーの活動を含め様々な周波数帯での重力揺動が存在している ま た クルーの就寝時間帯においても 当該時間帯におけるクルーの プライベートな 行動 についてはモニターされておらず たとえばトイレに行く際のドアの開閉などによる予測困 難なG-jitterが存在する中での実験運用となる 以下 著者らが経験してきたG-jitterによる 液柱 液滴の動的変形について概説する 2 液柱の動的変形 有限長の等温液柱の共振現象については スペインの研究グループによりその予測モデル が示されている Sanz & Diez (1989) 以下SD ここで MEISで得られた液柱の動的変 形の例を紹介しつつ SDとの比較を行ってみよう 比較的長い液柱 (Fig. 1) においては SDより 半径方向だけでなく 軸方向にも振動モー ドを有することが明らかになっている そこで MEISで得られた実験映像 (Fig. 2) を解析す る際には 自由表面位置の時間変化を軸方向に数点追跡し 周波数のみならず測定間の位相 差も含めて詳細に解析を行う必要がある 参考までに Fig. 2と同じ液柱形状での実験時に 取得した 液柱中央高さにおける自由表面の半径方向変位の(a)時系列データおよび(b)その パワースペクトルをFig. 3に示す この場合においては片振幅約500 m程度の液柱の変形が 生じており ほぼ一定の周波数 0.33 Hz を有している この液柱振動が発生している時 間帯の きぼう でのG-jitterのデータを解析すると 確かにこの時間帯においてのみ0.33 Hzの重力揺動成分が加わっており 当該液柱の共振周波数近傍において半径方向に振動す
t = t0 [s] t0 + t t0 + 2 t t0 + 3 t t0 + 4 t Fig. 2 MEISで実現したアスペクト比 高さ/半径 4.0の液柱の動的挙動例 Fig. 1で示し た液柱を90 左回転して表示している 上側が高温側ディスク 静止画では判別が若干困難では あるが 半径方向 図中左右方向 に液柱が 振動 している すなわち 半径方向モード m = 1 軸方向モード N = 1のいわゆる(m, N) = (1, 1)が共振現象として励起されている t = t0 で はフレーム右方向に凸状態 t = t0 + 3 tでは左方向に凸状態になっている フレーム間隔 t displacement [mm] = 2/3 [s] 2008年撮影 JAXA提供 (a) (b) Fig. 3 アスペクト比 高さ/半径 4.0の液柱中央部における(a)自由表面変位の時系列デー タ例 および (b)そのパワースペクトル 液柱が呈している振動モードは (m, N) = (1, 1) き ぼう でのG-jitterデータを解析すると 当該液柱が共振現象をしていた時間帯において 0.33 Hzの重力揺動成分が検出されている るモード構造 すなわち半径方向モード m = 1 軸方向モード N = 1のいわゆる(m, N) = (1, 1)の振動が励起されていることを明らかにしている MEIS-Iにより得られた液柱の動的変形では ほとんどの場合が (m, N) = (1, 1) が出現して いる そこで MEIS-Iにおいて得られた液柱の共振周波数をアスペクト比に対してプロット し 同モードに関するSDの結果と比較したものをFig. 4に示す ここで図中に示したMEISの 結果は 2008年に実施したMEIS-1のものに関して試験流体 シリコーンオイル の熱流体 物性値を適用して無次元化している このモードはSDによる予測においても最も低い周波 数帯で生起しており すなわち 最も低いエネルギー準位での振動が実現していることがわ かる また 図中には (m, N) = (1, 1) モードにおける液柱振動理論モデル Ichikawa et al. (2003) による当該系の予測値 Bは液柱のうち移動に関与する体積比を示すパラメー
Ichikawa et al. (2003)(B=1.0) Ichikawa et al. (2003)(B=0.9) Fig. 4 Sanz & Diez (1989)( 以下 SD) による有限長等温液柱の (m, N) = (1, 1) モードダイアグラムとMEIS-1で得られた液柱振動周波数との比較.SDの理論モデルと比較するため,MEISでの実験条件 ( 半径 15 mm, 試験流体 5 cstシリコーンオイルの熱流体物性値を用いて実験データを無次元化している. また, (m, N) = (1, 1) モードにおける液柱振動理論モデル (Ichikawa et al. (2003)) による当該系の予測値 (Bは液柱のうち移動に関与する体積比を示すパラメータ) も併せて記載している. タ ) も併せて記載している. MEIS-1で得られた実験データは, アスペクト比に対してSD 理論モデルによる予測とよい傾向の一致を示しているが, いずれも予測値よりも低めの値を呈している. 稀ではあるが軸方向に1 以外のモード数が存在する場合が見られる. この場合, そのモード構造は長時間維持されることはなく, 近隣の低エネルギーレベルの振動へと収束していくことが実験より明らかとなっている. また, 後藤 (2009) によって紹介されているISS 上のG-jitterの時系列データと本 MEIS データとの比較を行うと, 液柱が呈する動的変形の共振周波数帯を含むG- jitterが生起したほぼ同時刻に, 該当する振動モードが出現することを著者らは明らかにしている. 現在,2009 年実施のMEIS-2および2010 年実施の MEIS-4で得られているデータを解析している段階であるが, いずれも等温系による理論モデルと比較して, 実験で 得られた動的振動は若干の低めの共振 周波数を呈しており, この差違の説明 が今後の課題となる. Fig. 5 MEISで実現した懸垂液滴. 高温側ディスク側にほぼ半球形の液滴が形成している. 図中右側が高温側ディスク, 左側が低温側ディスクとなる (2008 年撮影.JAXA 提供 ).
3. 懸垂液滴の動的変形また,MEIS-1においては高温側ディスク端面に半球状液滴を形成した, いわゆる懸垂液滴の実験についても成功している (Fig. 5). この場合においても, 高温側ディスクと, 低温側近くの液滴頂部で温度差が実現するため, 温度差マランゴニ対流が実現する. この懸垂液滴の場合においては, 液柱の場合と異なり, 固体面での保持部が一端のみとなるため, 外部振動に対してより敏感に, かつ自由度を増して動的変形が発生する. すなわち, 液柱の場合と異なり, 重力揺動の方向に強く依存した変形を呈する. 著者が知る限り, 当該系における動的変形理論モデルは提唱されておらず, 実験によってその変動モードに関する検証 (Moon et al. (2006)) が行われている.MEISにおいて得られた直径 30 mmの懸垂液滴が呈する動的変形の例を見ると, 前述の通りG-jitterの方向に強く依存し, 様々な方向に変位している. 当該系における動的振動については, 比較的弱いG-jitterにのみ曝されていたため, 液滴自由表面の振動は片振幅が最大 200 m 程度という弱い振動のみが解析対象となっているのが現状である. 今後のMEISシリーズにおいても, 懸垂液滴に関する実験実施を予定しており, そこでは, 液滴サイズや粘性, 温度差マランゴニ効果の強さをパラメータとした知見収集を予定している. 4. 最後に国際宇宙ステーション上日本実験モジュール きぼう において2008 年 8 月から運用を実施している液柱内温度差マランゴニ対流に関する軌道上実験に関連し, 実験中に得られた重力揺動 (G-jitter) による液柱の動的変形に注目して概説した. 自由表面を有する系においては,G-jitterによる自由表面の変形は不可避と言ってよく, 科学的研究における実験から材料生成過程, 熱流体ハンドリング技術においてその動的変形や共振現象は極めて重要な課題であると言える. もちろん, 除振機能を有する装置を用いればよいのであるが,ISSのような人間が滞在する大規模構造体の場合には, 非常に広い周波数帯のG-jitterが存在しており, それら全てを取り除く除振機能を有する機器を見つけることは大変難しい. したがって, 言うまでもないことではあるが, 対象とする系の共振現象の理解と, その周波数帯を避ける構造を実験装置に持たせることが極めて重要となる. 我々が行っている実験で対象としている液柱については, 液柱直径, 液柱アスペクト比 ( 高さ / 半径 ), 体積比 ( 実液柱体積 / 真直円柱体積 ) といった形状に関する性質に加え, 試験流体の物性 ( 表面張力 粘性 密度 ) もパラメータとして考慮していることから, 共振現象に関するより詳細な知見が必要であると言える. また, 同じく本実験で対象としている懸垂液滴のように, 自由表面を有する液体を2 平面で保持するか1 平面で保持するかによってもその動的挙動が変化するため, より精密な数値解析技術等が必要となってくる. さらに, 液体を保持する基板面が液体との接触面よりも大きい場合 ( すなわち, 固液気 3 相界線, いわゆるコンタクトラインを考慮しなければならない場合 ) には, 試験流体と保持基板間の 濡れ も動的挙動を決定する不可避な要素として出現することになり, 現象がより複雑化する. 著者が主宰する研究室 ( 界面熱流体力学研究室 ) では, 国際宇宙ステーショ
ン上での流体物理実験を目指した研究に加えて, 表面張力, 濡れ性, 粒子, 気泡の 4 つの キーワードを中心に研究を展開している. 今後の宇宙環境利用を含む熱流体ハンドリング技 術や熱交換システムの開発に向けて研究を継続して行っていく予定である. 謝辞 きぼう における流体物理実験 (Marangoni Experiments in Space (MEIS)) は, 提案者であり第 1シリーズまでの研究代表者 (PI) であった河村洋教授 ( 東京理科大学理工学部. 現在 : 諏訪東京理科大学 ), 第 2シリーズ以降のPIである西野耕一教授 ( 横浜国立大学大学院 ),CIを務める大西充氏 ( 宇宙航空研究開発機構 ), 同じく桜井誠人博士 ( 同左 ), 歴代の実験担当者である依田眞一博士 ( 現 : 宇宙航空研究開発機構 (JAXA) 教授 ), 石川毅彦博士 ( 現 : 同左教授 ), 松本聡博士 ( 現 : 同左主任研究員 ), また, 本テーマの調整会や実験運用まで幅広くお世話になっている木暮和美博士 ( 日本宇宙フォーラム ), 榎戸一典氏 ( 有人宇宙システム ), 杵淵由紀氏 ( 同左 ), 羽生哲也氏 ( 三菱総合研究所 ), 装置開発でお世話になっているIHIエアロスペース社のご担当者の方々に心よりお礼申し上げる. なお, 本稿に掲載した解析結果は, 著者が主宰する研究室所属の佐藤文彦氏 ( 東京理科大学大学院理工学研究科 ) によるものである. 参考文献河村洋, 国際宇宙ステーション日本実験棟 きぼう における最初の科学実験 :MEIS, 平成 20 年度宇宙環境利用の展望, 第 3 章 (http://www.jaros.or.jp/space%20utilization %20view/h20_chapter3.pdf), 2009. 後藤雅享, きぼう マイクロg 環境測定結果, 平成 20 年度宇宙環境利用の展望, 第 5 章 (http://www.jaros.or.jp/space%20utilization%20view/h20_chapter5.pdf), 2009. Ichikawa, N., Kawaji, M., Misawa, M. & Psofogiannakis, G., Resonance Behavior of a Liquid Bridge Caused by Horizontal Vibrations, Journal of the Japan Society of Microgravity Application (JASMA) 20, pp.292-300, 2003. Marangoni, C., Spreading of droplets of a liquid on the surface of another, Ann. Phys. Chem. 143, pp.337-354, 1871. Moon, J. H., Kang, B. H. & Kim, H.-Y., The lowest oscillation mode of a pendant drop, Phys. Fluids 18, 021702, 2006. Sanz, A. & Diez, J. L., Non-axisymmetric oscillations of liquid bridges, J. Fluid Mechanics 205, pp.503-521, 1989. Schwabe, D., Scharmann, A., Preisser, F. & Oeder, R., Experiments on surface tension driven flow in floating zone melting, J. Crystal Growth 43, pp.305-312, 1978. Sutter, P. W. & Sutter, E. A., Dispensing and surface-induced crystallization of zeptolitre liquid metal-alloy drops, Nature Materials 6, pp.363-366, 2007.