2018 年 1 月 12 日 中部大学リリース ( 詳細説明資料 ) クロゴキブリにおける全身性 RNA 干渉機構の発見と脱皮制御の解明 新しいゴキブリ殺虫剤の開発に向けて 中部大学応用生物学部環境生物科学科長谷川浩一研究室中部大学生命健康科学部生命医科学科宮田恵多研究室 論文タイトル :Systemic RNAi of V-ATPase subunit B causes molting defect and developmental abnormalities in Periplaneta fuliginosa. 日本語訳 :V-ATPase サブユニット B の全身性 RNA 干渉により クロゴキブリが脱皮不全および発生異常をきたした著者 : 佐藤一輝 1 宮田恵多 2 小澤壮太 3 長谷川浩一( 責任者 ) 3 1. 佐賀大学大学院農学研究科 ( 現在理化学研究所環境資源科学研究センター ) 2. 中部大学生命健康学部生命医科学科 3. 中部大学応用生物学部環境生物科学科発表雑誌 :Insect Science 研究の背景 想像するだけで誰もが不快感に襲われるゴキブリは 世界各地で嫌われ者 No1 の衛生害虫です 増殖率や環境適応性が極めて高いこと そしていろいろなものを餌にしてしまえることから ヒトの移動に伴って世界中のいたるところへ拡散し定着してしまっています 代表的な種としてチャバネゴキブリ ワモンゴキブリ そしてクロゴキブリの 3 種が挙げられますが ( 図 1 参照 ) この 3 種類のうち日本全国に分布して屋内でもよく見かけてしまう種がクロゴキブリです ( 日本ペストロジー学会害虫分布情報より 補足説明 1) 工業製品や食品等の製造ラインで異物混入の原因となったり 院内感染リスクが危惧されたりと 社会 経済的にも重要な害虫と考えられています スーパーや薬局のコーナーへ行けばゴキブリ対策グッズは非常に充実しています 目の前にあらわれたゴキブリをやっつける殺虫スプレーや 誘引剤でおびき寄せて捕らえる粘着トラップ等は 効果が一目瞭然なので今でも人気商品ですが 集団で生活するゴキブリへの効果はやはり毒餌が一番です しかし 誤って乳幼児が毒餌を口にしたりしてしまうと危険でありますし 薬剤抵抗性のゴキブリが出現する可能性もあります 一方で ゴキブリは 3 億 5 千万年の歴史を持った 生きている化石 と言われる生物でもあり 世界中には熱帯地域を中心におよそ 4,500 種類もの種類が生息しており 多様性が高いことからも生物としても非常に魅力のある 進化生物学の研究対象でもあります 中部大学応用生物学部の長谷川研究室では 生命健康科学部の宮田研究室および愛知県ペストコントロール協会と連携しながら ゴキブリに備わる 生物としてのしぶとさ の仕組みを調べることで 新たなゴキブ 1
リ防除法 殺虫法の開発を目指した研究も進めております 今回 人工的に合成した二本鎖 RNA を生物体内に注入すると 全身に作用して目的の遺伝子だけをピンポイントで抑制する 全身性 RNA 干渉機構 ( 補足説明 2) がクロゴキブリで働くことを発見し さらにこの方法を用いることでクロゴキブリの脱皮メカニズムの一端を解明することができました 今後この方法を応用することで ゴキブリに備わる生物としてのしぶとさを遺伝子レベルで解明できるとともに ヒトをはじめ他の生物には無害であり ターゲットのみを効果的に殺虫する新しいゴキブリ殺虫剤の開発と総合的害虫管理 IPM( 補足説明 3) につなげることができるのです A B C D E F 図 1 いろいろなゴキブリたち 衛生害虫として世界中で問題となっている種類は僅かで (A-C) ほとんどは森林など自然生態系のバランスの中で慎ましく暮らすものであり ( 例えば D E) ペットとしても人気の ( ペットローチと呼ばれる ) 愛らしい姿のものまでいる ( 例えば F) (A) チャバネゴキブリ Blattella germanica 厨房や食品工場等で発生するリスクがある (B) ワモンゴキブリ Periplaneta americana 主に九州南部や沖縄といった高温地域でよく見られる (C) クロゴキブリ P. fuliginosa 日本で一番よく見られる害虫ゴキブリである (D) オオゴキブリ Panesthia angustipennis spadica 朽木を割ると出てくる 中部大学の裏山にも暮らしている (E) ヤエヤママダラゴキブリ Rhabdoblatta yayeyamana オオゴキブリ科に属する日本最大の種 白い米粒みたいにみえるものは産まれたばかりの幼虫たち (F) ドミノローチ Therea olegrandjeani 中央アジア原産の輸入ペットローチで 成虫になったときの上翅 ( じょうし うわばね ) に現れる模様を見れば 誰もが かわいい と思う ( はずである ) 3 個体うち右端の個体が幼虫 2
論文の概要 (1) クロゴキブリにおいて全身性 RNA 干渉機構が存在することを発見したターゲットとなるゴキブリ遺伝子 (vha55) の二本鎖 RNA を実験室で合成し 中齢幼虫の腹腔内に注射したところ 頭部 (head) 胸部(thorax) 中腸(midgut) 後腸(hindgut) 肢(legs) と全身で遺伝子の働きが 10~40% に抑えられることが確認できた なお 比較 ( コントロール実験 ) としてゴキブリと関係のない遺伝子 (bla) の二本鎖 RNA を中齢幼虫の腹腔内に注射した ( 図 2) 図 2. ゴキブリ遺伝子 (vha55) あるいはゴキブリと関係のない遺伝子 (bla) の二本鎖 RNA を中齢幼虫の腹腔内に注射し 頭部 (head) 胸部(thorax) 中腸(midgut) 後腸(hindgut) 肢(legs) における vha55 の遺伝子抑制効果を調べた 腹部だけに注射したにもかかわらず 全身で RNA 干渉が効いていることが分かった (2)vha55 遺伝子によりクロゴキブリの成長と脱皮がコントロールされているクロゴキブリも不完全変態の昆虫であり 6~10 回ほど脱皮を繰り返しながら成長して成虫となる 外骨格の外側に分泌されている古いクチクラを脱ぐ様子を図 3 に示す 3
図 3. 背中部分に縦に裂け目が生じ 背中から体が押し出てくる 足や触覚 尾角も含めて体全体を覆っていた古いクチクラをすっぽり脱ぐことができた 脱皮直後の体はメラニン化が進んでおらず 美しい純白である つぎに ゴキブリ遺伝子 vha55 の働きを抑制したクロゴキブリを観察したところ 脱皮不全をきたして死亡することが分かった ( 図 4) 詳しく調べてみることで 脱皮を始めようとするにもかかわらず 古いクチクラの下にある新しいクチクラがきれいに形成されていないこと ( しわしわであった ) 体のサイズが十分成長しきっていないことがわかり vha55 はこういったところで働く重要な遺伝子であることが分かった そして 脱皮タイミング と 個体の成長及び新しいクチクラ形成 は それぞれ独立した機構によって制御されているのではないかといったことを示唆する結果でもある クロゴキブリを使った昆虫脱皮メカニズムの一端が解き明かされようとしている 4
図 4. ゴキブリに関係ない遺伝子 (bla) の働きを抑制しても 正常に成長して脱皮がおこなわれた (A および B) しかし ゴキブリ遺伝子 vha55 の働きを抑制すると 脱皮開始の兆候がみられるものの 不全に終わり死亡してしまう (C-H) スケールバーは全て 10 mm (3)RNA 干渉による特異的殺虫法への応用遺伝子の種類は生物間で比較的共通しているものの その文字配列は種によって異なる場合が多い RNA 干渉は遺伝子の文字を厳密に読み取ってその働きを抑制するため 目的生物の遺伝子のみを抑制することができる その遺伝子が生死にかかわる重要なものであり そして目的生物に特徴的な文字配列で記されているのであれば RNA 干渉により目的生物だけを死に至らしめることができる 今回は 1 個体ずつ腹部に注射することで 全身に RNA 干渉効果が行き渡ることを発見した 本研究グループではこの成果をもとに 経口投与にて同様の全身性 RNA 干渉効果を発揮する方法を開発中である 実用化されているゴキブリ殺虫法のうち最も効果のある毒餌にこの方法を応用すれば 誤飲等による事故を無くすことができるであろう ヒトをはじめ他の生物には無害で ターゲットのみを効果的に殺虫できる新しい方法になるはずである 5
補足説明 1. 日本ペストロジー学会日本ペストコントロール協会が運営する学術協議の場であり 毎年年会が開催されている なお 中部ブロックを統括する愛知県ペストコントロール協会とは本学応用生物学部と 2017 年 10 月に学術交流協定を締結した 害虫分布報告 http://www.pestology.jp/pdf/distribution.pdf 2.RNAi 法 (RNA 干渉 RNA interference) 2006 年にノーベル医学 生理学賞の受賞テーマであり 線虫 Caenorhabditis elegans の研究を基にして発見され のちに様々な生物でも発生や生態防御といった幅広く重要な機構に関わることが示されている 狙った遺伝子の働きを 特異的に抑制 することができ 生体内における遺伝子機能解析手法 ( 逆遺伝学 ) として使われている Nobelprize.org http://www.nobelprize.org/nobel_prizes/medicine/laureates/2006/ 3. 総合的害虫管理 IPM(Integrated Pest Management) 害虫駆除が必要な食品 医療関連施設や農業現場等において 農薬や殺虫剤一辺倒の時代はとっくに終わっており 薬剤の使用を抑えながらその被害を食い止めるための様々な方法が総合的に組み合わされて実施されている 例えば特殊な波長のライトをつかったり合成フェロモンを利用したり あるいは建物の構造を工夫するなどしてその行動を抑える方法が開発されたり 天敵や寄生虫を利用して害虫のみを駆除する生物農薬が研究されたりと 害虫の生態 を知ることが重要である 本研究の総括および論文責任著者中部大学応用生物学部環境生物科学科准教授長谷川浩一 Tel, 0568-51-9864 Email, koichihasegawa@isc.chubu.ac.jp HP, https://www3.chubu.ac.jp/faculty/hasegawa_koichi/ 6