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3D プリンタにより作製した樹脂部品の強度に関する研究 尾形正岐 阿部治 長田和真 西村通喜 山田博之 渡辺誠 Study on Strength of Resin Materials Processed by Fused Deposition Modeling Printer Masaki OGATA, Osamu ABE, Kazuma OSADA, Michiyoshi NISHIMURA, Hiroyuki YAMADA and Makoto WATANABE 要約 3D プリンタは, 金型を作らずに, 設計してから直接造形物を作製できるため, 製作時間や製造コストを削減でき, ものづくりの現場においては有用な加工機として注目されている. 当センターにも, 実用に耐えうる強度の樹脂部品を 3D プリンタにより造形する条件についての相談が寄せられるようになっているが, 造形物の強度に関する基礎的なデータの蓄積が乏しい. そこで, 本研究では, 使用目的にあった材料で造形ができる熱溶解積層法の 3D プリンタに注目し,ABS を樹脂材料の例にとり,3D プリンタを用いて作製した試験片の強度を射出成形機による成形品の強度と比較することと, スキャン方向や積層方向を変えて作製した試験片の強度に関する基礎的データを蓄積することを目的に研究を行った. 本研究の結果,3D プリンタで作製した試験片は射出成形による試験片よりも引張強さや衝撃強さは弱く, スキャン方向や積層方向を変えることで強度に差が出ることがわかった. 1. 緒言 3Dプリンタは, 樹脂や金属の層を細かく積層させていくことで, 造形物を作製する装置である. 金型を作らずに, 設計してから直接造形物を作製できるため, 製作時間や製造コストを削減でき, ものづくりの現場においては有用な加工機として注目されている. 当センターにもプラスチックの成形や加工に関する技術的な相談が多く寄せられている. 近年では,3Dプリンタの加工技術の進展などから, 実用に耐えうる強度の樹脂部品を3Dプリンタにより造形する条件についての相談が寄せられるようになっているが, 出来上がった造形物の強度に関する基礎的なデータの蓄積が乏しいのが実情である. 本研究では使用目的にあった材料で造形ができる熱溶解積層法 (FDM) の 3D プリンタに注目した. 熱溶解積層法の 3D プリンタは, 装置の価格や運用コストが比較的安いという利点もあるが, 出来上がった造形物の強度に関して他の加工法 ( 例えば, 射出成形機による成形 ) と比較した基礎的なデータに関しては蓄積が乏しいのが現状である. そこで, 熱溶解積層法の 3D プリンタを用い, スキャン方向を変えて造形物を作製し, スキャン方向の違いによる造形物の機械的強度 ( 引張強さと衝撃強さ ) に関する基礎的データを蓄積すること, 引張強さについては, 射出成形機により作製した試験片と, 衝撃強 さについては市販品シートと比較することを目的に研究を行った. 樹脂材料としては, 比較的機械的強度が求められる部品として使用される ABS を例として採りあげ, 材料試験機により引張試験を行い, 衝撃試験機により衝撃試験を行った. 2. 実験方法 2-1 3D プリンタによる試験片の作製本研究では Leapfrog 社製の熱溶解積層法の 3D プリンタ Creatr HS を用いた. 図 1 に 3D プリンタによる試験片作製の際のスキャン方向を示した. 試験片の長手方向を x 方向 (0 ) とし,y 方向を 90 とした. また, 表 1 と表 2 に試験片作製の際の主な条件を示した. 本研究では, 各層, 輪郭を造形してから内部を造形する設定とした. 図 1 3D プリンタによる試験片作製の際のスキャン方向

表 1 3D プリンタによる試験片作製の主な造形条件 ノズルヘッド温度 270 スキャンステージ温度 75 スキャンスピード スキャンピッチ 40 mm/sec 0.10 mm 0.15 mm 0.20 mm ン方向について 5 本ずつ, 市販の ABS シートから切り出 した試験片は 5 本測定し, 平均値を計算した. 試験片の 寸法は以下の図 3 のとおりである. 表 2 3D プリンタによる試験片作製の際のスキャン方向と積層方向の組み合わせ スキャン方向 x(0 ) y(90 ) y(90 ) 積層方向 z z z x 図 2 引張試験片 2-2 射出成形機による試験片の作製材料試験 ( 引張試験 ) に用いた試験片は射出成形機 ( ファナック ( 株 ) 製 ROBOSHOT α-30c) により成形した. 原料となるペレットは3Dプリンタで用いたABS の樹脂フィラメントを粉砕してペレットとし,80 で3 時間乾燥してから金型温度 220 で成形した. 2-3 試験片の重量測定 3Dプリンタおよび射出成形機で作製した引張試験片の重量を電子天秤 (sartorius 製 MC210S) で測定した.3D プリンタにより作製した試験片は各スキャン方向について3 本ずつ, 射出成形機により作製した試験片は5 本測定し, 平均値を計算した. 2-4 材料試験 ( 引張試験 ) 熱溶解積層法の3Dプリンタにより, スキャン方向を変えて作製した試験片と, 射出成形機により作製した試験片を精密万能試験機 (( 株 ) 島津製作所製オートグラフ AG-50kNIS) により, 引張試験を行った. 引張速度は2 mm/minに設定し, 室温で試験を行った.3Dプリンタにより作製した試験片は各スキャン方向について3 本ずつ, 射出成形機により作製した試験片は5 本測定し, 平均値を計算した. 試験片の寸法は以下の図 2のとおりである. 2-5 衝撃試験熱溶解積層法の3Dプリンタにより, スキャン方向を変えて作製した試験片の衝撃強さと, 市販のABSシートから切り出した試験片の衝撃強さを衝撃試験機 (( 株 ) 東洋精機製作所製デジタル衝撃試験機 DG-CB) によりシャルピー衝撃強さを測定した. 試験片はノッチなし試験片, 公称振り子のエネルギーは4 Jとし, 室温で試験を行った.3Dプリンタにより作製した試験片は各スキャ 図 3 衝撃試験片 2-6 3D プリンタにより作製した試験片の断面観察 3D プリンタにより作製した試験片の断面を切断し, #1000 の研磨紙で研磨した後, イオンミリング装置 ( ラ イカマイクロシステムズ ( 株 ) 製トリプルイオンミリ ング装置 EM TIC 3X) で平滑に加工し, 断面を電子 顕微鏡 (( 株 ) 日立ハイテクノロジーズ製 SU3500) で 観察した. イオンミリング装置による加工条件は, 加速 電圧 7.5 kv, 試料ホルダの冷却温度 -80, 加工時間 20 時間である. 2-7 引張試験後の試験片破断面の観察 引張試験により破断した試験片の破断面を電子顕微鏡 (( 株 ) 日立ハイテクノロジーズ製 SU3500) で観察し, 画像処理ソフト (Image J) により空隙部分の面積の割 合を計算した. 3. 結果 3-1 引張試験片の重量について 表 3 に 3D プリンタおよび射出成形機により作製した 引張試験片の重量測定結果を示す. 射出成形機により作 製した引張試験片は 3D プリンタにより作製した試験片 に比べ 10 % 程度重かった. 表 3 引張試験片の重量測定結果 重量 (g) 3Dプリンタによる造形 スキャン方向 積層方向 x(0 ) z 6.8 y(90 ) z 6.6 z 6.8 y(90 ) x 6.6 射出成形機による成形 7.4

3-2 引張強さについて図 4 から図 8 と表 4 に,3D プリンタにより作製した試験片と射出成形機により作製した試験片の引張試験の結果を示した. 3D プリンタにより作製した試験片はスキャンピッチが 0.15 mm で, スキャン方向と積層方向を変えて作製した試験片である. 射出成形機により作製した場合は 3D プリンタにより作製した場合に比べて最大荷重は 8% 程度大きくなり, 破断時のストローク ( クロスヘッド移動量 ) が 10 倍以上となったが, 最大荷重時のストロークには大きな差はなかった.3D プリンタにより作製した場合には最大荷重は x 方向にスキャンした場合 (0 ) と x 方向,y 方向の順に繰り返しスキャンした場合 (Cross) には最大荷重はほぼ同じであり,y 方向にスキャンした場合 (90 ) と比べて最大荷重は 3% 程度大きくなったが, 最大荷重時のストロークと破断時のストロークについては大きな差がなかった.x 方向に積層した場合には引張方向の強さが弱く, 最大荷重時のストロークと破断時のストロークも小さかった. 図 9, 図 10 と表 5 にスキャン方向を x(0 ), 積層方向を z としてスキャンピッチを変えた場合の引張試験の結果を示した ( スキャンピッチ 0.15 mm の場合の試験力とストロークは図 4 である ). 引張試験片を作製する際, スキャンピッチを 0.15 mm,0.20 mm とした場合に比べてスキャンピッチを 0.10 mm とした場合の方が反りの発生する頻度が高い傾向にあった. 表 5 に示すとおり, スキャンピッチを 0.15 mm の場合を基準として, スキャンピッチ 0.10 mm とした場合, スキャンピッチ 0.20 mm とした場合ともに最大荷重時のストロークに大きな差はなかった. 引張強さに関してはスキャンピッチを 0.10 mm とした場合には 11 % 程度大きくなった. スキャンピッチを 0.20 mm とした場合にはほぼ同程度となった. 破断時のストロークに関してはスキャンピッチを 0.20 mm とした場合には 36 % 程度大きくなった. スキャンピッチを 0.10 mm とした場合にはほぼ同程度となった. 図 5 スキャンピッチ 0.15 mm, スキャン方向 y, 図 6 スキャンピッチ 0.15 mm, スキャン方向 Cross, 図 7 スキャンピッチ 0.15 mm, スキャン方向 y, 積層方向 x の試験片の試験力とストローク 図 4 スキャンピッチ 0.15 mm, スキャン方向 x, 図 8 射出成形機により作製した試験片の試験力とストローク

表 4 スキャン方向を変えた場合の引張試験結果 引張強さ (MPa) 最大荷重時のストローク 破断時のストローク 3Dプリンタによる造形 スキャン方向 積層方向 x(0 ) z 33.6 2.7 3.3 y(90 ) z 32.4 2.7 3.5 z 33.4 2.6 3.4 y(90 ) x 3.8 0.3 1.7 射出成形機による成形 36.3 2.8 47.1 表 6 衝撃試験結果 衝撃強さ (J/cm 2 ) 3Dプリンタによる造形 スキャン方向 積層方向 x(0 ) z 2.96 y(90 ) z 1.19 z 1.89 y(90 ) x 0.40 厚さ3mmの市販品シート 5.32 図 9 スキャンピッチ 0.10 mm, スキャン方向 x, 3-4 3D プリンタにより作製した試験片の断面 3D プリンタにより作製した試験片の断面をイオンミリング装置で加工し, 電子顕微鏡で観察した写真を図 11 に示した. 図 11 に示した電子顕微鏡写真から, スキャン方向を Cross にし, 積層方向を z とした場合には, 一部, 輪郭の部分と内部の造形部分に数十 μm 程度の空隙が見られるものの, 各層が溶着している. 図 11 下図に見られる一辺が 40 μm 程度の三角形の隙間は y 方向にスキャンした層とその上にある x 方向にスキャンした層との間の隙間である. 図 10 スキャンピッチ 0.20 mm, スキャン方向 x, 表 5 スキャンピッチを変えた場合の引張試験結果 スキャン方向 x(0 ) スキャンピッチ 0.10 0.15 0.20 積層方向 z 引張強さ (MPa) 最大荷重時のストローク 破断時のストローク 37.4 2.5 3.9 33.6 2.7 3.3 33.6 2.3 4.5 3-3 衝撃強さについて表 6 に衝撃試験の結果を示した. シートより切り出した試験片に比べ,3D プリンタにより造形した試験片は衝撃強さが弱く, スキャン方向 x の場合は 4 割程度,y の場合は 7 割程度,Cross の場合は 6 割程度弱くなった. 積層方向を x 方向にした場合には衝撃強さはさらに弱くなった.3D プリンタにより作製した試験片のスキャン方向と積層方向による衝撃強さを比較すると,y 方向にスキャンした場合と比べ,x 方向にスキャンした場合は約 2.5 倍,x 方向,y 方向の順に繰り返しスキャンした場合は約 1.5 倍, シートより切り出した場合は約 4.5 倍となり,x 方向に積層した場合には衝撃強さは弱くなった. 図 11 イオンミリング装置で加工した試験片の断面 ( スキャン方向 Cross, 積層方向 z の場合 ) 3-5 引張試験後の試験片破断面観察 3D プリンタにより作製した試験片の引張試験後の破 断面と射出成形機により作製した試験片の破断面を電子 顕微鏡で観察した写真を図 12 に, 射出成形機により作

成した試験片の破断面を図 13 に示した.3D プリンタに より, スキャン方向 x, 積層方向 z とした試験片はほか の場合と比べて空隙の多い断面となっていた. 画像処理 ソフト (Image J) により計算した空隙部分の面積の割 合は 10 % 程度であった ( 図 14). (a) スキャン方向 x, 積層方向 z (b) スキャン方向 Cross, 積層方向 z (c) スキャン方向 y, 積層方向 z 図 12 3D プリンタにより作製した試験片の破断面 図 13 射出成形機により作製した試験片の破断面 図 14 スキャン方向 x, 積層方向 z の破断面の空隙率の面積計算 4. 考察 4-1 3D プリンタと射出成形機による試験片の引張強さの比較射出成形機により作製した引張試験片は 3D プリンタにより作製した引張試験片に比べて重量が重かった. これは射出成形機により作製した引張試験片の方が空隙が少なく, 密度が高いためである. 射出成形機により作製した試験片は 3D プリンタにより作製した試験片に比べて引張強さは 8% 程度大きくなり, 破断時のストロークが 10 倍以上となっていた. 図 12 と図 13 に示した引張試験後の破断面を比較すると, 射出成形機により作製した試験片の破断面に比べて 3D プリンタにより作製した試験片の破断面は空隙が多くなっている. 特にスキャンピッチを 0.15 mm としてスキャン方向を x, 積層方向を z とした場合の破断面 ( 図 12 (a)) は空隙が多い. 引張強さは射出成形機により作製した試験片に比べて 8% ほど小さくなっていたが, これは 3D プリンタにより作製した試験片の有効断面積が小さくなっているためだと考えられる.3-5 節では 3D プリンタにより作製した試験片の空隙部分が 10% 程度であることを述べたが,3D プリンタにより作製した試験片の有効断面積を 90% 程度であったと仮定すると, スキャン方向 x, 積層方向 z とした試験片の引張強さは 37 MPa 程度となり, 射出成形機により作製した試験片の引張強さと同程度になると考えられる. 3D プリンタにより作製した試験片が破断する機構として, フィラメントが完全に溶融した部分については, その部分がひとつの塊になって引張荷重を受け, 破断していくものと考えられる. これに対して射出成形機により作製した試験片の場合には試験片がひとつの塊になって引張荷重を受け, 破断するものと考えられる. 4-2 スキャンピッチと反りについて 3-2 節で,3D プリンタでスキャンピッチを 0.10 mm とした場合はスキャンピッチを 0.15 mm,0.20 mm とした場合に比べて引張強さは強くなるが, 反りが発生する頻度が高くなることを述べた. これは ABS 樹脂の熱収縮が原因であると考えられる. 本研究では, スキャン方向 x, 積層方向 z のときにスキャンピッチを 0.10 mm,0.15 mm,0.20 mm として引張試験片を作製したが, スキャンピッチを 0.15 mm,0.20 mm とした場合に比べてスキャンピッチを 0.10 mm とした場合の方が反りの発生する頻度が高い傾向にあった. これはスキャン方向を x とした場合には,1 回のスキャンをする距離 ( 時間 ) が長くなるため, その間にスキャンしたフィラメントが収縮してしまうためだと考えられる. 熱溶解積層法の 3D プリンタを用いて ABS 樹脂により造形物を作製した場合に

は, スキャンステージを 110 程度に加熱しておくと反りが緩和され, 積層間隔を 0.2 mm とした場合よりも 0.1 mm とした場合の方が, 反りが大きくなるという報告がある ( 福井県 1) ). 本研究においては, スキャンステージ温度を ABS 樹脂フィラメントで造形する場合の推奨温度である 75 としたが, さらに高い温度に設定すると反りの改善が更にはかられる可能性がある. 熱溶解積層法の 3D プリンタで樹脂部品を作製する場合には, 樹脂の材質とスキャンピッチ, 造形温度を適切に設定することが必要だと考えられる. 5. 結言 本研究では, ものづくりの現場において有用な加工機として注目されている 3D プリンタと射出成形機により作製した試験片との強度を比較することと, スキャン方向や積層方向を変えて作製した場合の強度に関する基礎的データを蓄積することを目的に研究を行った. 樹脂材料としては, 比較的機械的強度が求められる部品として使用される ABS を例として, 引張試験と, 衝撃試験を行った. 引張試験の結果をまとめると, 射出成形機により作製した試験片は 3D プリンタにより作製した試験片に比べて引張強さは 8% 程度大きくなり, 破断時のストロークが 10 倍以上となったが, 最大荷重時のストロークに大差はなかった. 3D プリンタにより作製した試験片の引張強さと最大荷重時のストローク, 破断時のストロークについて, スキャン方向による違いを比較すると,x 方向にスキャンした場合 (0 ) と,x 方向,y 方向の順に繰り返しスキャンした場合 (Cross) には大差はなかった.y 方向にスキャンした場合 (90 ) は x,cross の場合に比べて引張強さは 3 % 程度小さくなったが, 最大荷重時のストロークと破断時のストロークについては大差がなかった. 3D プリンタにより作製した試験片の積層方向による違いを比較すると,z 方向に積層した場合に比べ,x 方向に積層した場合には引張強さと最大荷重時のストローク, 破断時のストロークが小さかった. 衝撃試験の結果をまとめると, 衝撃強さを比較すると, シートより切り出した試験片に比べ,3D プリンタにより作製した試験片は弱く, スキャン方向 x の場合は 4 割程度,y の場合は 7 割程度,Cross の場合は 6 割程度弱くなった 3D プリンタにより作製した試験片のスキャン方向と積層方向による衝撃強さを比較すると,y 方向にスキャンした場合と比べ,x 方向にスキャンした場合は約 2.5 倍,x 方向,y 方向の順に繰り返しスキャンした場合は約 1.5 倍, シートより切り出した場合は約 4.5 倍となり,z 方向に積層した場合に比べ,x 方向に積層した場合よりも弱かった 本研究の結果,3D プリンタにより作製した試験片は射出成形により作製した試験片よりも引張強さや衝撃強さは弱く, スキャン方向や積層方向を変えることで強度に差が出ることがわかった. 参考文献 1) 福井県 : 樹脂溶融 3D プリンターと造形技術の研究, <http://www.fklab.fukui.fukui.jp/kougi/kenkyu/data/3d/ 3d06.html>(2018-5-14 参照 )