Microsoft Word - 熊本大学プレスリリース_final

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生物時計の安定性の秘密を解明

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

研究成果報告書

4. 発表内容 : 研究の背景 イヌに お手 を新しく教える場合 お手 ができた時に餌を与えるとイヌはまた お手 をして餌をもらおうとする このように動物が行動を起こした直後に報酬 ( 餌 ) を与えると そ の行動が強化され 繰り返し行動するようになる ( 図 1 左 ) このことは 100 年以

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の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

報道発表資料 2002 年 10 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 頭にだけ脳ができるように制御している遺伝子を世界で初めて発見 - 再生医療につながる重要な基礎研究成果として期待 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は プラナリアを用いて 全能性幹細胞 ( 万能細胞 ) が頭部以外で脳

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

報道発表資料 2004 年 9 月 6 日 独立行政法人理化学研究所 記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功 - クラゲの蛍光蛋白で神経細胞のつなぎ目を色づけ - 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) マサチューセッツ工科大学 (Charles M. Vest 総長 ) は記憶形

PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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PowerPoint プレゼンテーション

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

植物が花粉管の誘引を停止するメカニズムを発見

研究の背景と経緯 植物は 葉緑素で吸収した太陽光エネルギーを使って水から電子を奪い それを光合成に 用いている この反応の副産物として酸素が発生する しかし 光合成が地球上に誕生した 初期の段階では 水よりも電子を奪いやすい硫化水素 H2S がその電子源だったと考えられ ている 図1 現在も硫化水素

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

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報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

論文の内容の要旨

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

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Microsoft Word - 【確定】東大薬佐々木プレスリリース原稿

学位論文の要約

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血


Microsoft PowerPoint - 4_河邊先生_改.ppt

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

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胞運命が背側に運命変換することを見いだしました ( 図 1-1) この成果は IP3-Ca 2+ シグナルが腹側のシグナルとして働くことを示すもので 研究チームの粂昭苑研究員によって米国の科学雑誌 サイエンス に発表されました (Kume et al., 1997) この結果によって 初期胚には背腹

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

かし この技術に必要となる遺伝子改変技術は ヒトの組織細胞ではこれまで実現できず ヒトがん組織の細胞系譜解析は困難でした 正常の大腸上皮の組織には幹細胞が存在し 自分自身と同じ幹細胞を永続的に産み出す ( 自己複製 ) とともに 寿命が短く自己複製できない分化した細胞を次々と産み出すことで組織構造を

Microsoft Word - 【変更済】プレスリリース要旨_飯島・関谷H29_R6.docx

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

PRESS RELEASE (2016/11/22) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

報道発表資料 2007 年 4 月 11 日 独立行政法人理化学研究所 傷害を受けた網膜細胞を薬で再生する手法を発見 - 移植治療と異なる薬物による新たな再生治療への第一歩 - ポイント マウス サルの網膜の再生を促進することに成功 網膜だけでなく 難治性神経変性疾患の再生治療にも期待できる 神経回

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

平成14年度研究報告

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

STAP現象の検証の実施について

図 : と の花粉管の先端 の花粉管は伸長途中で破裂してしまう 研究の背景 被子植物は花粉を介した有性生殖を行います めしべの柱頭に受粉した花粉は 柱頭から水や養分を吸収し 花粉管という細長い管状の構造を発芽 伸長させます 花粉管は花柱を通過し 伝達組織内を伸長し 胚珠からの誘導を受けて胚珠へ到達し

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世界初! 細胞内の線維を切るハサミの機構を解明 この度 名古屋大学大学院理学研究科の成田哲博准教授らの研究グループは 大阪大学 東海学院大学 豊田理化学研究所との共同研究で 細胞内で最もメジャーな線維であるアクチン線維を切断 分解する機構をクライオ電子顕微鏡法注 1) による構造解析によって解明する

神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

平成 29 年 6 月 9 日 ニーマンピック病 C 型タンパク質の新しい機能の解明 リソソーム膜に特殊な領域を形成し 脂肪滴の取り込み 分解を促進する 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長門松健治 ) 分子細胞学分野の辻琢磨 ( つじたくま ) 助教 藤本豊士 ( ふじもととよし ) 教授ら

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

報道発表資料 2002 年 8 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 局所刺激による細胞内シグナルの伝播メカニズムを解明 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 細胞の局所刺激で生じたシグナルが 刺激部位に留まるのか 細胞全体に伝播するのか という生物学における基本問題に対して 明確な解答を与えま

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Microsoft Word - 最終:【広報課】Dectin-2発表資料0519.doc

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平成16年6月  日

Microsoft Word - 【最終】Sirt7 プレス原稿

記載例 : ウイルス マウス ( 感染実験 ) ( 注 )Web システム上で承認された実験計画の変更申請については 様式 A 中央の これまでの変更 申請を選択し 承認番号を入力すると過去の申請内容が反映されます さきに内容を呼び出してから入力を始めてください 加齢医学研究所 分野東北太郎教授 組

60 秒でわかるプレスリリース 2007 年 1 月 18 日 独立行政法人理化学研究所 植物の形を自由に小さくする新しい酵素を発見 - 植物生長ホルモンの作用を止め ミニ植物を作る - 種無しブドウ と聞いて植物成長ホルモンの ジベレリン を思い浮かべるあなたは知識人といって良いでしょう このジベ

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スライド 1

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 脳内のグリア細胞が分泌する S100B タンパク質が神経活動を調節 - グリア細胞からニューロンへの分泌タンパク質を介したシグナル経路が活躍 - 記憶や学習などわたしたち高等生物に必要不可欠な高次機能は脳によ

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漢方薬


の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

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Microsoft PowerPoint - 資料6-1_高橋委員(公開用修正).pptx

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

受精に関わる精子融合因子 IZUMO1 と卵子受容体 JUNO の認識機構を解明 1. 発表者 : 大戸梅治 ( 東京大学大学院薬学系研究科准教授 ) 石田英子 ( 東京大学大学院薬学系研究科特任研究員 ) 清水敏之 ( 東京大学大学院薬学系研究科教授 ) 井上直和 ( 福島県立医科大学医学部附属生

2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

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1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

がんを見つけて破壊するナノ粒子を開発 ~ 試薬を混合するだけでナノ粒子の中空化とハイブリッド化を同時に達成 ~ 名古屋大学未来材料 システム研究所 ( 所長 : 興戸正純 ) の林幸壱朗 ( はやしこういちろう ) 助教 丸橋卓磨 ( まるはしたくま ) 大学院生 余語利信 ( よごとしのぶ ) 教

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

H29年報 12 組織恒常性MO

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国立大学法人熊本大学 平成 24 年 10 月 15 日 報道機関各位 熊本大学 睡眠と記憶の神経回路を分離 ~ 睡眠学習の実現へ ~ ポイント 睡眠は記憶など様々な生理機能を持つが その仕組みには まだ謎が残る 睡眠を制御するドーパミン神経回路を1 細胞レベルで特定した その結果 記憶形成とは異なる回路であることが解明された 睡眠と記憶が独立制御されることから 睡眠中の学習の可能性が示された 熊本大学の上野太郎研究員 粂和彦准教授らは 睡眠を制御するドーパミン神経回路を特定し 記憶形成に関わる回路とは独立して働くことを世界で初めて明らかにしました 睡眠は昆虫から哺乳類まで広く見られ ドーパミンが重要な役割をはたします ドーパミン注 1) は睡眠覚醒に加え 記憶形成や注意も制御しますが その機構の詳細は不明でした 今回の研究では睡眠研究のモデル動物のショウジョウバエ注 2) の睡眠制御回路を最新の技術を駆使して特定し モザイク個体注 3) を用いた解析により 単一のドーパミン神経細胞の活性化で覚醒が誘導できること 記憶形成とは独立した異なるドーパミン神経が睡眠制御を行うことを解明しました 睡眠は記憶形成を促進しますが 独立して睡眠覚醒を制御する回路が発見されたことから 睡眠と記憶を別々に制御できる可能性が示されました 本研究は 2012 年 10 月 14 日 ( 英国時間 ) に英国科学雑誌 Nature Neuroscience オンライン版に発表されます 1

< 論文名 > Identification of a dopamine pathway that regulates sleep and arousal in Drosophila ( 睡眠覚醒を制御するドーパミン神経回路の同定 ) < 著者名 > 上野太郎 冨田淳 粂昭苑 粂和彦 ( 熊本大学 ) 遠藤啓太 伊藤啓 ( 東京大学 ) 谷本拓 ( マックスプランク研究所 / ドイツ ) < 研究の背景と経緯 > 24 時間社会の現代社会では 日本人の睡眠時間は減少し 先進国の中でも特に睡眠時間が短くなっています 睡眠は記憶や代謝などに深く関わることが知られ 睡眠障害は高血圧 糖尿病などの生活習慣病 うつ病などの精神疾患のリスクとなることも 近年明らかになっています 一方 睡眠を制御する仕組みについては不明な点が多く残されています 睡眠は記憶を促進しますが これら二つの機能が同じ神経回路を使うのか 独立した神経回路なのかも 明らかになっていませんでした < 研究の内容 > 本研究では 睡眠覚醒を制御するドーパミン神経回路を1 細胞レベルで特定した結果 記憶形成に関わる神経回路とは独立した回路が睡眠覚醒を制御するということを示しました まず 本研究グループが発見した睡眠が短くなる変異体 (fumin: 不眠 ) を用いた実験を行いました ( 参考文献 1) fumin は 放出されたドーパミ ンを回収するドーパミントランスポーター (DAT 注 4) ) が欠損した変異体で す DAT はコカインやアンフェタミンなどの覚醒剤でブロックされることから 覚醒剤の投与時と同じように ドーパミンのシグナルが増強し 睡眠時間が短くなるわけです この fumin 変異体で D1 型ドーパミン受容体 dda1 を欠損させると 睡眠が減少する表現型が消失しました さらに この二重変異体で dda1 を扇状体 (fan-shaped body) と呼ばれる脳領域のみで発現さ 2

せたところ 睡眠が再び減少しました この結果は ドーパミンが 扇状体の dda1 を使って睡眠を制御することを示します 一方 記憶に関わるキノコ体 (mushroom body) と呼ばれる領域で dda1 を発現させた場合は 睡眠には変化ありませんでした さらに GFP の再構成によるシナプス結合の検出法 ( GRASP: GFP reconstitution across synaptic partners 注 5) ) によりドーパミン神経が 実際に扇状体に神経投射をすることを確認しました また FRET センサーの遺伝子を持つショウジョウバエから取り出した脳を顕微鏡下で観察しながら ドーパミンを投与することで 扇状体がドーパミンに応答することも確認しました 扇状体を活性化すると 睡眠が誘導されることが最近示されています ( 参考文献 2) 今回の研究成果から 扇状体が睡眠中枢であり ドーパミンは睡眠中枢を制御することで 睡眠を制御することが解明されました さらに モザイク個体を用いた手法により 扇状体に投射する単一のドーパミン神経細胞を活性化するだけで覚醒が誘導されることも見出しました 一方 記憶に関わるキノコ体に投射するドーパミン神経細胞を刺激した時には睡眠の変化は見られませんでした < 本研究の応用と今後の課題 > 本研究により 記憶形成と睡眠覚醒を制御するドーパミン神経細胞回路が 独立していることが示されました これまでは 学習をする際にドーパミン神経が活性化すると 同じドーパミンで同時に覚醒も誘導されると考えられていたため 眠りながら学習することは不可能とされてきました しかし 今回の発見により 覚醒を誘導しないで学習ができることがわかりました 最新のイスラエルのグループの研究で ヒトでも睡眠中の学習が成立することが報告されており ( 参考文献 3) 今回の知見を元に睡眠中に記憶を書き込むといった応用が期待されます 一方 睡眠は記憶の定着を促進する作用が知られており これら生理機能が統合される階層を明らかにすることが今後の課題です 3

< 参考図 > 図 1: 睡眠覚醒を制御するドーパミン神経回路キノコ体に投射するドーパミン神経は記憶を 扇状体に投射するドーパミン神経は睡眠覚醒を制御する fumin( 不眠 ) は覚醒剤と同様に DAT の機能欠損により ドーパミンシグナルが増強する 図 2: モザイク個体の脳のドーパミン神経細胞図で示す細胞は モザイク個体の脳の中で 温度に反応して神経細胞を活性化するチャネルと 蛍光タンパク質 (GFP) を発現する このドーパミン神経細胞をたった一つだけ 活性化することで覚醒が誘導された 4

< 用語解説 > 注 1) ドーパミン神経細胞から放出される神経伝達物質の一つ 睡眠覚醒や記憶形成 注意の制御に関わるとされ その機能は昆虫からヒトまで保存されている ショウジョウバエの脳の中には ドーパミンを作る神経細胞が 200 個ほどあるが その一部しか まだ機能が特定されていない 注 2) ショウジョウバエハエ目ショウジョウバエ科の昆虫で キイロショウジョウバエを指す 生物学の様々な分野でモデル動物として使用され 特に遺伝学的解析に優れる 遺伝子の研究に広く用いられ T H モーガン (1933 年ノーベル生理学 医学賞 ) を始め 多数のノーベル賞受賞者を生み出した 注 3) モザイク個体一つの個体の中で 遺伝的に異なる細胞が混在することを指す 通常 体の細胞は受精卵に由来し 突然変異がなければ同じ遺伝子の構成を持つ ショウジョウバエでは遺伝学手法を用いることで 個体の一部の細胞でのみ 異なった遺伝子を持たせ その影響を調べることが可能 注 4)DAT (Dopamine transporter) ドーパミン神経細胞から放出されたドーパミンを再び細胞内に取り込む働きをするタンパク質 放出されたドーパミンは相手の神経細胞に作用することで情報伝達を行うが DAT はそのドーパミンを掃除機のように取り込んで 減らすことで 情報伝達を止める DAT が欠損したり ブロックされると ドーパミンが長く残り ドーパミンの作用が増強する 注 5) GRASP (GFP reconstitution across synaptic partners) 神経細胞のシナプス結合を 1 分子レベルで検出する手法 2008 年にノー ベル化学賞を受賞した下村脩博士が発見した オワンクラゲの蛍光蛋白質で 5

ある GFP (Green fluorescent protein) を応用する GFP は蛍光を発するが 二つの部分に切り離すと 光らなくなる しかし その二つの部品を別々に 神経接続のある二つの神経細胞で発現させると 接続部分で二つの部品が合体することで GFP が再構成され 再び蛍光を発するようになる この蛍光シグナルを検出することにより 神経細胞のシナプス結合が検出できる < 参考文献 > 参考文献 1: Kume K et al., Dopamine is a regulator of arousal in the fruit fly. J Neurosci. 25(32):7377-84 (2005) 参考文献 2: Donlea JM et al., Inducing sleep by remote control facilitates memory consolidation in Drosophila. Science. 332(6037):1571-6 (2011) 参考文献 3: Arzi A et al., Humans can learn new information during sleep. Nat Neurosci. 15(10):1460-1465 (2012) お問い合わせ先 上野太郎 ( ウエノタロウ ) 熊本大学発生医学研究所多能性幹細胞分野研究員粂和彦 ( クメカズヒコ ) 熊本大学発生医学研究所多能性幹細胞分野准教授 860-0811 熊本県熊本市本荘 2-2-1 発生医学研究所 2 階 Tel: 096-373-6806, Fax: 096-373-6807 E-mail: t-ueno@kumamoto-u.ac.jp( 上野 ) kkume@kumamoto-u.ac.jp( 粂 ) 6