研究成果報告書

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

研究成果報告書

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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八村敏志 TCR が発現しない. 抗原の経口投与 DO11.1 TCR トランスジェニックマウスに経口免疫寛容を誘導するために 粗精製 OVA を mg/ml の濃度で溶解した水溶液を作製し 7 日間自由摂取させた また Foxp3 の発現を検討する実験では RAG / OVA3 3 マウスおよび

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

活動報告 [ 背景 ] 我が国では少子高齢化が進み 遺伝子異常の蓄積による白血病などの病気が増加している 特に私が専門とする急性骨髄性白血病 (AML; acute myeloid leukemia) は代表的な血液悪性疾患であり 5 年生存率は平均して 30-40% と 多くの新規治療法 治療薬が

能性を示した < 方法 > M-CSF RANKL VEGF-C Ds-Red それぞれの全長 cdnaを レトロウイルスを用いてHeLa 細胞に遺伝子導入した これによりM-CSFとDs-Redを発現するHeLa 細胞 (HeLa-M) RANKLと Ds-Redを発現するHeLa 細胞 (HeL

研究成果報告書

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

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化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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研究成果報告書

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04骨髄異形成症候群MDS.indd

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

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小児の難治性白血病を引き起こす MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見 ポイント 小児がんのなかでも 最も頻度が高い急性リンパ性白血病を起こす新たな原因として MEF2D-BCL9 融合遺伝子を発見しました MEF2D-BCL9 融合遺伝子は 治療中に再発する難治性の白血病を引き起こしますが 新しい

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を行った 2.iPS 細胞の由来の探索 3.MEF および TTF 以外の細胞からの ips 細胞誘導 4.Fbx15 以外の遺伝子発現を指標とした ips 細胞の樹立 ips 細胞はこれまでのところレトロウイルスを用いた場合しか樹立できていない また 4 因子を導入した線維芽細胞の中で ips 細

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検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 P EDTA-2Na( 薄紫 ) 血液 7 ml RNA 検体ラベル ( 単項目オーダー時 ) ホンハ ンテスト 注 外 N60 氷 MINテイリョウ. 採取容器について 0

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

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1 AML Network TCGAR. N Engl J Med. 2013; 368: 種類以上の遺伝子変異が認められる肺がんや乳がんなどと比較して,AML は最も遺伝子変異が少ないがん腫の 1 つであり,AML ゲノムの遺伝子変異数の平均は 13 種類と報告された.

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RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

脂肪滴周囲蛋白Perilipin 1の機能解析 [全文の要約]

ポイント 急性リンパ性白血病の免疫療法が更に進展! -CAR-T 細胞療法の安全性評価のための新システム開発と名大発の CAR-T 細胞療法の安全性評価 - 〇 CAR-T 細胞の安全性を評価する新たな方法として これまでの方法よりも短時間で正確に解 析ができる tagmentation-assis

研究成果報告書(基金分)

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

センシンレンのエタノール抽出液による白血病細胞株での抗腫瘍効果の検討

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平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

解禁日時 :2018 年 8 月 24 日 ( 金 ) 午前 0 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2018 年 8 月 17 日国立大学法人東京医科歯科大学学校法人日本医科大学国立研究開発法人産業技術総合研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 軟骨遺伝子疾患

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研究成果報告書

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ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

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統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

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の基軸となるのは 4 種の eif2αキナーゼ (HRI, PKR, または ) の活性化, eif2αのリン酸化及び転写因子 の発現誘導である ( 図 1). によってアミノ酸代謝やタンパク質の折りたたみ, レドックス代謝等に関わるストレス関連遺伝子の転写が促進され, それらの働きによって細胞はス

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平成24年7月x日

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関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

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肝クッパ 細胞を簡便 大量に 回収できる新規培養方法 農研機構動物衛生研究所病態研究領域上席研究員山中典子 2016 National Agriculture and Food Research Organization. 農研機構 は国立研究開発法人農業 食品産業技術総合研究機構のコミュニケーショ

報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

平成 28 年 2 月 1 日 膠芽腫に対する新たな治療法の開発 ポドプラニンに対するキメラ遺伝子改変 T 細胞受容体 T 細胞療法 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 脳神経外科学の夏目敦至 ( なつめあつし ) 准教授 及び東北大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 下瀬川徹

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10,000 L 30,000 50,000 L 30,000 50,000 L 図 1 白血球増加の主な初期対応 表 1 好中球増加 ( 好中球 >8,000/μL) の疾患 1 CML 2 / G CSF 太字は頻度の高い疾患 32

背景 歯はエナメル質 象牙質 セメント質の3つの硬い組織から構成されます この中でエナメル質は 生体内で最も硬い組織であり 人が食生活を営む上できわめて重要な役割を持ちます これまでエナメル質は 一旦齲蝕 ( むし歯 ) などで破壊されると 再生させることは不可能であり 人工物による修復しかできませ

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

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様式 C-19 F-19 Z-19 CK-19( 共通 ) 1. 研究開始当初の背景転写因子 GATA2 は, 血球分化において重要な役割を担う転写因子であり 造血幹細胞 (Hematopoietic stem cells: HSC) の分化の初期段階において増殖や維持に働くことが示されている 2011 年に GATA2 変異が 単球 B 細胞 NK 細胞 Dendritic cell (DC) の減少による免疫不全を呈する monocytopenia and mycobacterial infection (MonoMAC) 症候群の原因であることが報告された この MonoMAC 症候群は免疫不全を経て骨髄異形成症候群 / 急性骨髄性白血病 (MDS/AML) に進展し これに対する治療として同種造血幹細胞移植が有効と考えられている DC は免疫応答の中心的役割を担う細胞であり MonoMAC 症候群で減少 欠損している 易感染性や発がんの機序を含めて MonoMAC 症候群の病態解明のためには DC の分化制御と機能発現における GATA2 の役割を明らかにすることが必要と考えた 2. 研究の目的 HSC からの DC の分化 成熟 活性化に関しては common DC progenitor の存在を含めて不明な点が多く 他の血球系統と比較して DC の分化制御を担う転写因子に関する報告は少ない また GATA2 は HSC を中心とする幹細胞での機能を中心に研究が進められてきているが DC を含めた免疫担当細胞における機能については検討されていない 本研究では HSC から DC への分化制御と DC の機能発現における GATA2 の役割を明らかにすることを目指した 3. 研究の方法 (1)GATA2 欠損マウス GATA2 のホモノックアウトマウスは胎生致死のため Gata2 遺伝子の ZF2 領域をコードする 5 番エクソンの両端に loxp 配列が導入されている Gata2 f/f マウスと エストロゲンレセプターと Cre リコンビナーゼの融合蛋白質をコードする配列が導入された ER-Cre マウスを交配することにより タモキシフェン投与 (1μg を day 1-3, 8-10 に腹腔内投与し day 20-22 に解析 ) により GATA2 がホモでノックアウトされる条件付きノックアウトマウス (Gata2 f/f /ER-Cre マウス ) を作製した 次に Gata2 f/f マウスと CD11c-Cre マウスと交配させることにより,DC へ分化後に Gata2 を欠損する GATA 2f/f /CD11c-Cre マウスを作成した (2) 骨髄前駆細胞からの DC 分化誘導 GATA2 f/f /ER-Cre マウス (CD45.2 + ) の骨髄より HSC(LSK) common myeloid-restricted progenitor (CMP) granulocyte-macrophage progenitor (GMP) common lymphoidrestricted progenitor (CLP) common DC precursor (CDP) 分画をセルソーターで分離し Flt3L (200ng/ml) の存在下で SJL マウス (CD45.1 + ) の全骨髄細胞をフィーダー細胞と して共培養した 4- ヒドロキシ - タモキシフェン (4-OHT) を 0.1μM の濃度で添加することにより in vitro で GATA2 をノックアウトした (3) 骨髄由来樹状細胞 (BM-DC) の作成マウス大腿骨および脛骨より骨髄細胞を採取し GM-CSF (20 ng/ml) もしくは Flt3L (200 ng/ml) の存在下で培養し DC へ分化させた その後 CD11c Microbeads もしくは Pan-DC Microbeads を用いて DC を分離した (4)BM-DC の T 細胞分裂刺激能評価脾臓から分離した T 細胞を CFSE にて標識し 抗マウス CD3ε 抗体の存在下で BM-DC と共培養を行い フローサイトメトリーで分裂した T 細胞割合を評価した (5) マイクロアレイ解析 GATA2 f/f /ER-Cre マウス骨髄由来 CMP をフィーダー細胞および Flt3L の存在下で 3 日間培養後に分離し全 RNA 抽出した RNA 増幅後に CyDye post-labeling Reactive Dye Pack を用いて標識し Superprint G3 mouse GE microarray slide を用いて解析を行った データ解析には GeneSpring software package (Agilent Technologies) を用いた 培養時の 4-OHT 添加 (Gata2 ノックアウト ) の有無で遺伝子発現を比較した (6)GATA3 発現のルシフェラーゼ解析ルシフェラーゼベクター (pgl4.10) に 1 Gata3 のプロモーター領域を組み込んだベクター 2Gata3 のプロモーター領域と共に Gata3 の +190kb 領域 (GATA 結合配列 ) を組み込んだベクター 3Gata3 のプロモーター領域と共に Gata3 の +190kb 領域から GATA 結合配列を除去した配列を組み込んだベクターの 3 つを作成し GATA2 と GATA3 をともに発現するマウス由来の未分化造血細胞株である EML 細胞に導入してルシフェラーゼ活性を測定した 4. 研究成果 (1) 骨髄前駆細胞における GATA2 発現 LSK CMP では高い GATA2 発現が確認されたが CDP および GMP での GATA2 発現は著明に減少した 脾臓の plasmacytoid DC (pdc), conventional DC (cdc) では GATA2 発現は確認されなかった 骨髄細胞より GM-CSF もしくは Flt3L を用いて誘導した BM-DC においては低値ではあるが GATA2 発現が認められた

(2)DC 分化における GATA2 欠損の影響 GATA2 f/f /ER-Cre マウスに対するタモキシフェン投与後 21 日目には正常な GATA2 発現がほぼ消失していることが確認された さらにタモキシフェン投与後 このマウスの脾臓における pdc cdc はともに著明に減少することが確認された 一方で 骨髄の前駆細胞は LSK 以下 CMP GMP CLP CDP のいずれの段階においても著減していた (3) 骨髄前駆細胞における GATA2 の役割 GATA2 欠損による DC の減少が HSC の枯渇に起因するものか, あるいは DC の分化障害によるものかを同定するために 各分化段階の骨髄前駆細胞を分離して GATA2 ノックアウトによる DC 分化への影響を評価した GATA2 欠損により LSK では DC 分化が 70% 以上低下し CMP では約 50% CDP では約 30% の減少が認められた 一方で,CLP や GMP においては,DC の分化割合に有意な差は認められなかった 以上の結果から GATA2 は LSK から CMP を経て CDP までの DC 分化において重要な役割を担うことが示唆された (4)DC の機能発現における GATA2 の役割 GATA2 f/f /CD11c-Cre マウスより作成した BM-DC では GATA2 mrna の発現が著明に減少していることを確認した DC の機能評価として LPS 刺激による共刺激分子 (CD40,CD80,CD86) の発現量変化 共培養による T 細胞刺激能 FITC 標識デキストランの貪食能のいずれにおいても GATA2 欠損 BM-DC はコントロールと比較して 有意差は認められなかった LPS 刺激の 24 時間および 60 時間後の apoptosis に関しても有意差は認められなかった (5)CMP における GATA2 ノックアウトによる遺伝子発現変化 GATA2 欠損により 2 倍以上発現が上昇または低下した遺伝子はそれぞれ 224 遺伝子,234 遺伝子であり 5 倍以上発現上昇または低下した遺伝子はそれぞれ 67 遺伝子,63 遺伝子であった DC 分化に関連する既存の遺伝子は抽出されなかった 一方で ImmGen データベース (http://www.immgen.org) を用いた解析では GATA2 欠失により 骨髄球系細胞が分化する際に上昇する転写因子の低下が認められ Tcf7 や Gata3 など T 細胞系の転写因子の発現上昇が認められた 以上の結果から GATA2 が骨髄球系前駆細胞において T 細胞分化に関連する遺伝子発現を抑制する役割を担っている可能性が示唆された (6)GATA2 による GATA3 発現調整 UCSC Genome Browser を用いた解析により Gata3 の +190kb 領域に GATA 結合配列 (A/GATA/A) が存在することを確認した 次に野生型マウスの CMP および EML 細胞を用いて ChIP-sequence 法による解析を行ったところ 同領域に GATA2 が結合することが確認された さらに ルシフェラーゼベクターに Gata3 のプロモーター領域を組み込み EML 細胞に導入した実験では Gata3 の +190kb 領域の付加によりルシフェラーゼ活性は有意に低下し +190kb 領域の GATA 結合配列除去により活性回復が認められた 以上より GATA2 は Gata3 の +190kb 領域へ結合することにより, GATA3 の転写を負に制御することが示唆された (Onodera K, et al. Blood 2016; 128: 508-18) 以上の結果から GATA2 は造血幹細胞の維持や増殖だけでなく CMP CDP など前駆細胞の段階でも DC 分化 さらには T 細胞系転写因子を抑制することで骨髄球系分化形質を維持する役割を持つ可能性が示された MonoMAC 症候群における複数の細胞系列欠損

易感染性 白血病発症の機序を解明して新規治療の開発につなげるには 造血幹細胞から血球の分化成熟段階を含めたより広い範囲における GATA2 の機能解析をさらに進めていく必要がある 5. 主な発表論文等 ( 研究代表者 研究分担者及び連携研究者には下線 ) 雑誌論文 ( 計 9 件 ) 1. Onodera K, Fujiwara T, Onishi Y, Itoh-Nakadai A, Okitsu Y, Fukuhara N, Ishizawa K, Shimizu R, Yamamoto M, Harigae H. GATA2 regulates dendritic cell differentiation. Blood 2016; 128: 508-18. 2. Saito Y, Fujiwara T, Ohashi K, Okitsu Y, Fukuhara N, Onishi Y, Ishizawa K, Harigae H. High-Throughput sirna Screening to Reveal GATA-2 Upstream Transcriptional Mechanisms in Hematopoietic Cells. PLoS One 2015; 10: e0137079. doi: 10.1371/journal.pone. 0137079 3. Onishi Y, Sugimura K, Ohba R, Imadome K, Shimokawa H, Harigae H. Resolution of chronic active EBV infection and coexisting pulmonary arterial hypertension after cord blood transplantation. Bone Marrow Transplant 2014; 49: 1343-4. 4. Kamata M, Okitsu Y, Fujiwara T, Kanehira M, Nakajima S, Takahashi T, Inoue A, Fukuhara N, Onishi Y, Ishizawa K, Shimizu R, Yamamoto M, Harigae H. GATA2 regulates differentiation of bone marrow-derived mesenchymal stem cells. Haematologica 2014; 99: 1686-96. 5. Fujiwara T, Okamoto K, Niikuni R, Takahashi K, Okitsu Y, Fukuhara N, Onishi Y, Ishizawa K, Ichinohasama R, Nakamura Y, Nakajima M, Tanaka T, Harigae H. Effect of 5-aminolevulinic acid on erythropoiesis: a preclinical in vitro characterization for the treatment of congenital sideroblastic anemia. Biochem Biophys Res Commun 2014; 454: 102-8. 6. Fujiwara T, Fukuhara N, Funayama R, Nariai N, Kamata M, Nagashima T, Kojima K, Onishi Y, Sasahara Y, Ishizawa K, Nagasaki M, Nakayama K, Harigae H. Identification of acquired mutations by whole-genome sequencing in GATA-2 deficiency evolving into myelodysplasia and acute leukemia. Ann Hematol 2014; 93: 1515-22. ( 以上全て査読有 ) 学会発表 ( 計 12 件 ) 1. Yasushi Onishi, Masahiro Kobayashi, Shunsuke Hatta, Satoshi Ichikwa, Noriko Fukuhara, Tohru Fujiwara, Minami Yamada Fujiwara, Hideo Harigae. Outcome of umbilical cord blood transplantation in adult patients with chronic active Epstein-Barr Virus infection. 43 rd Annual Meeting of EBMT,2017 年 3 月 27 日, マルセイユ ( フランス ) 2. Koichi Onodera, Tohru Fujiwara, Yasushi Onishi, Ari Itoh-Nakadai, Yoko Okitsu, Noriko Fukuhara, Kenichi Ishizawa, Ritsuko Shimizu, Masayuki Yamamoto, Hideo Harigae. GATA2 regulates dendritic cell differentiation. 第 78 回日本血液学会学術集会, 2016 年 10 月 13-15 日, パシフィコ横浜 ( 横浜 ) 3. Koichi Onodera, Tohru Fujiwara, Yasushi Onishi, Ari Itoh-Nakadai, Yoko Okitsu, Noriko Fukuhara, Kenichi Ishizawa, Ritsuko Shimizu, Masayuki Yamamoto, Hideo Harigae. GATA-2 Regulates Dendritic Cell Differentiation. 57 th ASH Annual Meeting & Exposition,2015 年 12 月 5-8 日, オーランド ( 米国 ) 4. Yo Saito, Tohru Fujiwara, Masahiro Kobayashi, Makiko Suzuki, Yoko Okitsu, Noriko Fukuhara, Yasushi Onishi, Kenichi Ishizawa, Hideo Harigae. High-Throughput sirna screening reveals GATA-2 upstream transcriptional mechanisms in hematopoietic cells. 20 th EHA Congress, 2015 年 6 月 11-14 日, ウィーン ( オーストリア ) 5. Kyoko Inokura, Tohru Fujiwara, Yoko Okitsu, Noriko Fukuhara, Yasushi Onishi, Kenichi Ishizawa, Kazuya Shimoda, Hideo Harigae. Impact of TET2 deficiency on iron metabolism in erythroblasts: a potential link to ring sideroblast formation. 56 th ASH Annual Meeting and Exposition, 2014 年 12 月 6-9 日, サンフランシスコ ( 米国 ) 6. Onishi Y, Saito K, Suzuki T, Ohashi K, Kondo A, Hasegawa S, Kobayashi M, Okitsu Y, Fukuhara N, Fujiwara T, Fujiwara M, Kameoka J, Ishizawa K, Harigae H. Salvage cord blood transplant in patients with graft failure after myeloabative conditioninig. 第 76 回日本血液学会, 2014 年 10 月 31 日 -11 月 2 日, 大阪国際会議場 ( 大阪 )

7. Nakagawa R, Fukuhara N, Okitsu Y, Takahashi T, Katsuoka Y, Kobayashi M, Onishi Y, Fujiwara T, Sasahara Y, Ishizawa K, Harigae H. Adult MDS cases diagnosed as MonoMAC syndrome. 第 76 回日本血液学会, 2014 年 10 月 31 日 -11 月 2 日, 大阪国際会議場 ( 大阪 ) 8. Tohru Fujiwara, Noriko Fukuhara, Ryo Funayama, Naoki Nariai, Mayumi Kamata, Takeshi Nagashima, Kaname Kojima, Yasushi Onishi, Yoji Sasahara, Kenichi Ishizawa, Masao Nagasaki, Keiko Nakayama, Hideo Harigae. Identification of acquired mutations by whole-genome sequencing in monomac syndrome evolving into myelodysplasia and acute leukemia. 19 th EHA Congress, 2014 年 6 月 12-15 日, ミラノ ( イタリア ) 6. 研究組織 (1) 研究代表者大西康 (Onishi, Yasushi) 東北大学 大学病院 講師研究者番号 :10509574 (2) 研究協力者小野寺晃一 (Onodera, Koichi) 東北大学大学院医学系研究科 血液免疫病学分野 博士課程 ( 現 ) 大崎市民病院 血液内科 副科長研究者番号 :80792291