身近になったデジタルモード JT65 HF から EME まで (JARL 奈良県支部大会 2017 年 3 月 12 日 ) JS3CTQ 稲葉浩之
JT65 とは EME( 月面反射通信 ) などの超微弱電波での通信用に開発されたデジタルモードの一種 米国の物理学者テイラー博士 K1JT が開発 オリジナルの JT65 モードはテイラー博士の WJST というソフトに含まれているが 現在は多数の派生ソフトが存在する 2004 年頃 前身の JT44 がバージョンアップされて JT65 となり 占有周波数帯域の違いで JT65A JT65B JT65C の 3 つのサブモードがある 一般的に HF/50MHz では JT65A 144/430MHz では JT65B 1200MHz up では JT65C が使用されている 単に JT65 という場合は HF/50MHz で使用される JT65A のことをいう
JT65 モードの特長 CW で交信するのに必要な信号強度より 10dB 低いレベルの信号でも QSO が可能 (CW の限界は S/N-20dB 程度 JT65 の限界は S/N-32dB) 相手局と 1 分ずつ交互に送信して QSO を行う 一方が奇数分に送信 もう一方が偶数分に送信する タイミングを合わせて QSO するため パソコンの時計を正確に合わす必要がある ( 誤差 1 秒以内を推奨 ) 毎分 0 秒から約 48 秒間送信 あるいは受信し ( 受信の場合は ) 残り約 12 秒間 で受信信号をデコードする 使用しているパソコンの性能によりデコード時間は左右される EME の場合は遅延が約 2.5 秒あるので デコード時間は 10 秒以内
JT65 モードのメリット 耳では聞こえない程微弱な信号でも交信が可能 白 / 黒がはっきりする ( ミスコピーはほとんどない ) 海外とのQSOにおいても英語力は不要 取っつきやすい デジタルモードなので 電信をマスターする必要もない 常にリグに張り付いている必要がない QSO 中の離席も可能 交信記録は自動的に保存されるため 管理が容易
JT65 モードのデメリット 運用にはパソコンが必須なので たとえば移動運用にもパソコンを携行する必要がある またモービル走行運用は実質的に不可能 QSO に時間がかかる 通常は 4~6 分 途中がスムーズに行かないとさらに時間がかかる そのため コンテストなどでの使用は現実的では無い (EME 除く ) 1 分間かけて送信できる任意文字数は最大でも 13 文字 よってラグチューなどには適していない 耳で聞いて解読する通信ではないため 同一周波数で複数局が送信すると 分離が難しい ( デコードができない )
JT65 の歴史 2004 年頃に JT65 モードを搭載した WJST ver.4 がリリースされ それまでの JT44 モードに取って代わった この時代はまだ EME( 月面反射通信 ) や MS( 流星反射 ) で主に使用されていた 2006 年頃から HF 帯での運用が始まったが 当初はネット上で組んだスケジュール QSO が多く モードも JT65B が主流だった 2007 年頃に 14076kHz/JT65A が定着した しかしこの頃は通常パワーで運用する局が多く皆強かった また WSJT と比べて格段に使いやすい JT65-HF が登場し一気に広まっていった その後徐々にローパワー運用が定着していき また 14MHz 以外のバンドでの運用も多くなり 今に至っている 2015 年 1.9MHz 帯でのデジタルモードの占有周波数帯域幅が 200Hz に拡張され JT65A モードでの運用が可能になった (135kHz 475kHz 帯も OK)
JT65 を運用するためのソフトウェア JT65モードを運用するためにはパソコンとソフトが必須 ( 現状 無線機にキーボードを接続しても運用できない ) WSJT 基本ソフト JT65A B Cの他 FSK441 JT4などを搭載 WSJT-X HF 帯通信を主眼にしたソフト JT65 JT9 QRA64などを搭載 JT65-HF HF 帯でのJT65(A) モードの運用に特化させたソフト JT65-HF HB9HQX Edition JT65-HFをさらに使いやすく改良したソフト JTDX WSJT-Xのデコード性能を改良したソフト その他にも数種類ある
JT65 を運用するために必要な機材 SSB モードが運用できる無線機 (10W 機でも可 ) アンテナ ( 小型でも可 ) パソコン (OS は Windows Lunux Mac OS) JT65 用の通信ソフトウェア (WSJT など ) 無線機とパソコンを接続するケーブル ( またはインターフェース ) 最近の HF 機は USB ケーブル 1 本でパソコンと接続できる 少し前の HF 機だとインターフェース ( 市販 / 自作 ) を介して接続する
セットアップ例 (IC-7300 + WSJT-X) 無線機とパソコンの接続は USB ケーブル 1 本で OK
通信ソフトウェアの例 (WJST-X)
WSJT-X の設定画面 設定の詳細はインターネットで月刊 FB NEWS などをご参照ください
JT65 での QSO その 1 まずは受信から 無線機の周波数を JT65 運用局がよく出ているところに合わせる 7041( 国内 )7076( 海外 ) 14076 21076kHz あたり 運用モードは USB( もしくは USB-D) を選択し 受信帯域幅は 3kHz に設定する ( アナログ機で帯域設定が不可能な場合は 2.4kHz 等のままでよい ) パソコンの内蔵時計を誤差 1 秒以内に合わせて ソフトを立ち上げる バンドがオープンしていれば 受信局が次々にデコードできる 初めの数日間はワッチに徹して QSO の手順を覚えると良い
受信例 ( デコード画面 )
受信例 ( ウォーターフォール画面 )
IC-7300 のスコープで見る JT65 のスペクトラム
受信できているのに文字が出ない 無線機の運用モードがUSB( もしはくUSB-D) になっていない ソフトウェアの運用モードがJT65(A) になってない ソフトウェアの音声入力ポート選択が間違っている 受信局の電波がJT65(A) の信号ではない パソコンの内蔵時計の誤差が3 秒以上ある 同一周波数でパイルアップになっている ( 信号が重なっている )
JT65 での QSO その 2 CQ 局を呼んでみる 事前に ダミーロードなどを使用し 正常に送信できるか確認する 交信手順を理解した後 CQ を出している局をコールしてみる CQ 局が偶数分送信 (1st) の場合は 自局は奇数分に送信 CQ 局が奇数分送信 (2nd) の場合は 自局は偶数分に送信 応答があった場合 S/N レポートが送られて来るので 次回の送信でこちらからは R+S/N レポートを返す そして QSO を進行させる 他局に呼び負けた場合は その QSO が終わるのを待つか 別の CQ 局を探す コールしたのに再度 CQ を出された場合は 複数の原因が考えられる ( 原因は後述 )
QSO の手順例 1 ( 基本 QSO - 6 分コース ) 1st 局 (N7IH) CQ N7IH CN87 JS3CTQ N7IH -15 JS3CTQ N7IH RRR JS3CTQ N7IH 73 ( または CQ N7IH CN87) 2nd 局 (JS3CTQ) N7IH JS3CTQ PM74 N7IH JS3CTQ R-12 N7IH JS3CTQ 73
基本 QSO の例
QSO の手順例 2 ( 短縮 QSO - 4 分コース ) 1st 局 (N7IH) CQ N7IH CN87 JS3CTQ N7IH -15 JS3CTQ N7IH RR73 2nd 局 (JS3CTQ) N7IH JS3CTQ PM74 N7IH JS3CTQ R-12 (N7IH JS3CTQ 73)
QSO の手順例 3 ( 超短縮 QSO - 2 分コース ) 1st 局 (3Y0Z) CQ 3Y0Z JD15 JS3CTQ 3Y0Z R-15 ( 次の局 ) 3Y0Z R-18 2nd 局 (JS3CTQ) 3Y0Z JS3CTQ -20 3Y0Z JS3CTQ 73 3Y0Z ( 次の局 ) -22 3Y0Z ( 次の局 ) 73 GL ではなく S/N レポートを付加してコールする (DX ペディション局との QSO の例 )
CQ 局をコールしても応答が無い場合 こちらからの電波が届いていない アンテナの方向を合わせる 出力を少し上げる 別の局を探す 複数局が同じ周波数でコールしてパイルアップになっている しばらく様子を見る または次回スプリットで呼ぶ 自局のパソコンの時計の誤差が大きく 相手局がデコードできない パソコンの時計がズレていないか確認する ( 誤差 3 秒以上は NG) 自局の電波が歪んでいる モニター機能をオンにして確認する もう 1 系統 別にセットアップできれば 自局の電波を受信してみる
JT65 での QSO その 3 CQ を出してみる QSO に慣れたら 自局から CQ を出してみる 空いている周波数にダイヤルを合わせる もしくは TX トーン周波数を空いている周波数に設定する 1st( 偶数分送信 ) か 2nd( 奇数分送信 ) を決めて CQ を出す 送信局の少ないシーケンス (1st/2nd) で出した方が呼ばれやすい うまく呼ばれたら応答する 複数局から同時に呼ばれた場合は QSO したい局を選択して応答する 呼ばれなかったら再度 CQ を出す QSO を完了させる その後連続して呼ばれた場合は さらに応答するか もう止めるかを判断する
複数局から呼ばれた例 (LY2xx OF5x RA4xxx の 3 局から呼ばれ OF5x をピックアップした )
HF での QSO に慣れたら EME にトライしてみよう
JT65 で EME にトライ 過去の月面反射通信は CW モードで行われていたためハイパワーと大型アンテナ ( 例 1500W 4 列 2 段の八木 ) が必要だった JT65 モードが主流になってからは 過去に比べて少ないパワーと小型アンテナでの QSO が可能になった 大型局が相手なら 50W に 2 列八木もしくはシングル八木でも QSO が可能 144MHz 430MHz での EME は JT65B モードを使用するので JT65B モードを搭載しているソフトで運用する ( 例 WJST)
2mEME を行うための最低限の設備 リグ アンテナ プリアンプ ローテーター 144MHz SSB が運用できるトランシーバー (50W) 9~10 エレ八木 ( ブーム長 2WL=4m) 2 本 無くても良い ( プリアンプを入れなければ聞こえない局には 50W では届かないことが多いため ) 無くても良い ( 月の動きはスローなので 手回しでも対応できるため ) ソフトウェア WSJT を推奨 (WSJT-X でも対応可能 )
WJST のセットアップ HF 帯通信での通常のセットアップに加え 下記が必要 モードは JT65B を選択する (144MHz 430MHz) ディープサーチデコーダーをオンに設定する ( データの入った call3.txt ファイルがインストールされているか確認 ) Sync( 同期回数 ) はゼロに設定する ( これにより 1 度も同期しなくてもデコードできる )
EME 用通信ソフトウェアの例 (WJST)
ポイント Options の ID interval はゼロに設定 Mode は JT65B を選択 バンドは 144(432) を選択 (Dop を正確に計算させるため ) WJST のセットアップ例
WJST-X のセットアップ例 ポイント TX トーンは 1270Hz に設定 ( 固定 ) Lock Tx=Rx のチェックを外す Submode B (JT65B) を選択 Sh(Shorthand) にチェックを入れる
N0UK チャット http://www.chris.org/cgi-bin/jt65emea
まずは EME での QSO の要領を覚える N0UK チャットを閲覧すると QSO の手順が大体解る HF 帯での QSO と異なり レポートは TMO 形式 ただし JT65 モードでは T と M は使用されず O のみを使用する HF 帯での QSO の様に S/N レポートを送ることはほとんど無い RO RRR 73 はショートハンドで送る ( コールは付加しない ) RR73 は一切ない (RRR と 73 は必ず別シーケンスで送る ) QSO の最後に 13 文字以内の任意メッセージを送るケースは少ない
N0UK に書き込むとき 自局の ID には なるべくアンテナと出力を付加 ( この表記をよりどころにして SKD の申し込みがある ) 例 JS3CTQ/4x11/500 アンテナが 4x11 エレで出力が 500W JS3CTQ/8x15/QRO QRO=EME 標準出力 JS3CTQ/2x10/QRP QRP は NG 50W なら 50 と明記する
Live CQ http://www.livecq.eu/
430MHz は HB9Q ロガー http://www.hb9q.ch/hb9q/ ( ログインが必要 )
QSO 方法は 2 種類 スケジュール QSO N0UK( または HB9Q) チャットで周波数 1st/2nd を打ち合わせて開始 (1st は偶数分に送信 2nd は奇数分に送信 ) ランダム QSO CQ を出している局を呼ぶ または 自局が CQ を出して呼んでもらう ( 自局が CQ を出す場合は N0UK ( または HB9Q) チャットに書き込む )
いつ運用するか 月の位置 Dgrd 値 144MHz は毎日アクティビティがあるが Dgrd が概ね -3.0 以下の日がロスが少なくベター
フィルターの設定 (144MHz IC-9100 の例 ) 通常運用 (CQ or Search) 時は BW=1300Hz を推奨 ( 中心周波数 ±650Hz) < できるだけ USB-D モードを使う > 目的信号のすぐ隣に QRM 等がある場合は BW=500Hz に絞る 自ら CQ を出す場合は BW=2400 も有効 USB-D の FIL1 を BW=2400, SHIFT=0 に設定 USB-D の FIL2 を BW=1300, SHIFT=-150 に設定 USB-D の FIL3 を BW=500, SHIFT=0 に設定
フィルターの設定例
QSO の手順 ( スケジュール QSO) 1st 局 (N7IH) JS3CTQ N7IH CN87 JS3CTQ N7IH CN87 OOO RRR 73 2nd 局 (JS3CTQ) N7IH JS3CTQ PM74 RO 73
QSO の手順 ( ランダム QSO) 1st 局 (N7IH) CQ N7IH CN87 JS3CTQ N7IH CN87 OOO RRR 73 2nd 局 (JS3CTQ) N7IH JS3CTQ PM74 RO 73
QSO 例 CQ 局を呼ぶ
移動での 50W EME の例 (JN4JGK 局 ) 144MHz( 左 ) 430MHz( 右 ) ともに数局ずつのビッグガンとの QSO に成功
移動での 50W EME の例 (JN4JGK 局 ) リグは IC-7100 単体 144MHz-50W 430MHz-35W
受信だけなら さらに小型アンテナでも可能 JA3BIN 局の 2x7 エレ ( ブーム長わずか 2.4m) 100 局以上の受信に成功
2m DXCC 2017 年 3 月現在 JA では 8 局が受賞
ステップアップ まずは手持ちの設備で受信にトライ ( 月の出から 15 度 月の入りまでの 15 度なら仰角可変なしでも可 ) CQ が見えたらコールしてみる (1st/2nd に注意 ) もしくは ビッグガンに SKD を申し込む QSO にトライ ( コンディションの良い週末はできるだけ運用する ) 仰角ローテーターを配備 最新リグの配備 直下型プリアンプの配備 アンテナの増強 ( 多段化 ロングブーム化 HV 対応化 ) (1 アマを取得し ) リニアアンプの配備 QRO 変更申請
クロス八木は必要か クロス八木 もしくは H 偏波 +V 偏波を装備していると 単偏波に比べて有利 (2m DXCC の獲得を目指すならば必須 ) ( 理由 ) ジオメトリックローテーションとファラデーローテーションによって偏波が回転するため 送信に使った偏波でいつも相手局が受信できるとは限らない 現在の主流は H 偏波 +V 偏波のデュアル受信 クロス八木の H と V に同軸 2 本で給電するか H と V を分けて立てる 偏波回転アンテナも有効
最後に 144MHz 430MHz 共に 50W と 2 列八木で EME は可能 まずはチャレンジしてみることが重要 成功すれば 大きな感動が待っている グレードアップもまた楽しい
終 2017 JS3CTQ