特 別 解 説 2014 年 ノーベル 賞 を 読 み 解 く 3a C 3 C 3 3 C 2 Alexaluor 430 Cy5 Atto647 Alexaluor 633 3 図 1 TED 顕 微 鏡 に 用 いられるおもな 蛍 光 色 素 TED 3 TED 1 Alexaluor 430



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Transcription:

特別解説 2014 年ノーベル賞を読み解く 化学賞 超解像蛍光顕微鏡を可能にした蛍光分子 有機化学の観点から 阿部二朗 青山学院大学理工学部化学 生命科学科 今年のノーベル化学賞の授賞対象となった超解像 蛍光顕微鏡は 優れた蛍光分子の開発なくして実 現できなかった 見たい対象や現象に合わせて 最適な分子をつくりだす 化学者の貢献がますま す期待される分野である る超解像蛍光顕微鏡を開発することで 200 nm の壁 を超え ることに成功した そして Moerner 博士が PALM に利用さ れる単一分子観測の基礎を確立させたのである 超解像蛍光 顕微鏡の登場により 生きた細胞中における個々の分子の挙 動を明らかにすることが可能になり 超解像蛍光顕微鏡は 医学や生物学において強力な研究ツールとなった ここでは TED 顕微鏡や PALM を使って超解像蛍光イメージングを 効率的に測定するためには どのような蛍光分子が適してい 超解像蛍光顕微鏡の重要性 るか という有機化学的な観点から解説する 限られた紙面 従来の光学顕微鏡の空間分解能 識別可能な最小距離 は 200 nm が理論的な限界だといわれていた 今年のノーベル 化学賞は その 200 nm の壁 を超える超解像蛍光顕微鏡を 開発した Eric Betzig 博士 tefan W. ell 博士 William E. の都合上 超解像蛍光顕微鏡の測定原理については省かせて いただく TED 顕微鏡に用いる蛍光色素 Moerner 博士の 3 氏に授与された 細胞内では分子の動き TED 顕微鏡の測定に用いる蛍光色素としては ① 従来の 化学反応 分子間相互作用が空間的 時間的に巧妙に制御さ 蛍光顕微鏡用の蛍光色素に求められる生体透過性の高い赤色 れることで細胞機能を発現しているため 1 分子の動きを追 光により励起できること ②極性溶媒中での高い蛍光量子収 跡して細胞システムを理解することは生物学分野の研究者に 率 ③ 大きなモル吸光係数 ④水や緩衝液に対する優れた溶 とって長年の夢であった 一方で 細胞内小器官やタンパ 解性 ⑤ 細胞膜透過性に優れている正電荷をもっていること ク質 ほとんどのウイルスの大きさは数十 数百 nm であり ⑥ 細胞毒性が低いことなどがあげられる さらにこれらの 従来の蛍光顕微鏡では 200 nm 以下の細かい部分はぼんやり 条件に加えて ⑦ 高い光安定性 ⑧ 項間交差による励起三重 としか見ることができないため それらの詳しい構造や細胞 項状態の生成量が少ないこと ⑨励起状態の寿命が比較的長 内での移動の様子を詳しく観察することはできなかった いこと ⑩蛍光スペクトルの長波長側に励起状態の吸収をも ell 博 士 と Betzig 博 士 は そ れ ぞ れ 20 40 nm 程 度 たないことなどが求められる の 空 間 分 解 能 を も つ 誘 導 放 出 抑 制 stimulated emission 励起状態に留まる時間が長ければ 誘導放出が起こる確率 depletion TED 顕 微 鏡 光 活 性 化 局 在 顕 微 鏡 が増大して空間分解能が向上するため 励起状態が比較的長 photoactivated localization microscopy PALM と呼ばれ い寿命 3 ns 以上 をもつことは重要である さらに 比較的 1 2 あべ じろう 青山学院大学理工学部化学 生命科学科教授 1991 年早稲田大学大学院理工学研究科博士後期課程修了 研究テーマ 光 化学 フォトクロミズム 高強度の TED 光を必要とするため 蛍光色素の褪色が問 題となることが多い TED 光の波長は蛍光スペクトルの最 も長波長側に設定するために 基底状態分子が吸収すること 化学 Vol.69 o.12 2014 27

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超 解 像 蛍 光 顕 微 鏡 を 可 能 にした 蛍 光 分 子 Me Me Me Me Me Me () Me (C) Me 図 3 光 で 蛍 光 スイッチするジアリールエテン 誘 導 体 AP DA Atto647 AP 2 TED 5 - PALM に 用 いる 蛍 光 色 素 PALM 1 GP GP 1 PALM 2 GP Dronpa Dronpa 500 nm 400 nm 7 GP PALM PALM Betzig GP 1 2 1 3 8 325 nm C C 488 nm 0.73 C 0.001 GP 2008 GP Moerner GP 405 nm 488 nm i i 6 Betzig 図 4 自 然 に 蛍 光 スイッチするローダミン 誘 導 体 化 学 Vol.69 o.12 (2014) 29

特 別 解 説 2014 年 ノーベル 賞 を 読 み 解 く 4 1 300 ms PALM 50 nm 9 TED PALM PALM 10 TED PALM 参 考 文 献 1. W. ell, J. Wichman, pt. Lett., 19, 780 1994 2 E. Betzig, G.. Patterson, R. ougrat,. W. Lindwasser,. lenych, J.. Bonifacino, M. W. Davidson, J. Lippincott-chwartz,.. ess, cience, 313, 1642 2006 3 J. otta, E. ron, P. Dedecker, K. P.. Janssen, C. Li, K. Müllen, B. arke, J. Bückers,. W. ell, J. ofkens, J. Am. Chem. oc., 132, 5021 2010 4 K. Kolmakov, V.. Belov, J. Bierwagen, C. Ringemann, V. Müller, C. Eggeling,. W. ell, Chem. Eur. J., 16, 158 2010 5 G. Lukinavi ius, D. Lavogina, M. rpinell, K. Umezawa, L. Reymond,. Garin, P. Gönczy, K. Johnsson, Curr. Biol., 23, 265 2013 6 R. M. Dickson, A. B. Cubitt, R. Y. Tsien, W. E. Moerner, ature, 388, 355 1997 7 R. Ando,. Mizuno, A. Miyawaki, cience, 306, 1370 2004 8 M. Irie, T. ukaminato, T. asaki,. Tamai, T. Kawai, ature, 420, 759 2002 9. Uno, M. Kamiya, T. Yoshihara, K. ugawara, K. kabe, M. C. Tarhan,. ujita, T. unatsu, Y. kada,. Tobita, Y. Urano, ature Chem., 6, 681 2014 10 E. Deniz, M. Tomasulo, J. Cusido, I. Yildiz, M. Petriella, M. L. Bossi,. ortino,. M. Raymo, J. Phys. Chem. C, 116, 6058 2012 30 化 学 Vol.69 o.12 (2014)