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論 説 同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 165 同意殺人 同意傷害とパターナリズム Uwe Murmann の見解を手がかりに 菊地一樹 第 1 章はじめに第 2 章 Murmann の見解第 1 節パターナリズムと法的自由第 2 節弱いパターナリズムとその限界第 3 節要求に基づく殺人 同意傷害の処罰根拠第 1 款瑕疵ある意思決定のリスク第 2 款要求に基づく殺人 ( ドイツ刑法 216 条 ) 1 真摯性 との関係 2 自殺幇助の( 原則 ) 不処罰 との関係 3 限定解釈の可能性第 3 款同意傷害 ( ドイツ刑法 228 条 ) 第 3 章考察第 1 節 Murmann の見解の意義第 2 節批判的検討第 1 款普遍的な瑕疵の援用第 2 款 リスク への着目第 3 款限定解釈の当否第 4 款同意傷害の処罰根拠第 4 章結びに代えて

166 早法 95 巻 1 号 (2019) 第 1 章はじめに 我が国の刑法 202 条は 自殺関与と並んで 同意殺人の処罰を規定している また 傷害行為に同意がなされた場合にも 一定の範囲では傷害罪 (1) (2) が成立するというのが判例 通説である これらの場合には 被害者の同意の存在にもかかわらず 行為者が処罰されることから その処罰根拠をめぐり様々な議論が展開されているが 背後に何らかのパターナリスティ (3) ックな考慮が存在することは否定しがたいところで パターナリズムには様々な分類が存在しているが (4) その中で も 強いパターナリズム と 弱いパターナリズム の区別は パターナリスティックな介入の限界をめぐる従来の議論において とりわけ重要な意味を持つものとして理解されてきた これは介入を受ける者の意思決定に瑕疵があるかどうかによる区別である すなわち 本人の意思に瑕疵がなくとも その意思に反して本人を保護するのが 強いパターナリズム であるのに対して 本人の意思に瑕疵がある場合に 瑕疵ある意思決定の ( 1 ) 最決昭和 55 年 11 月 13 日刑集 34 巻 6 号 396 頁 なお 下級審の裁判例については 中山研一 被害者の同意と暴行 傷害の故意 ( 1 )( 2 完) 北陸法学 7 巻 4 号 1 頁以下 8 巻 1 号 1 頁以下 (2000 年 ) が詳しい ( 2 ) 現在の我が国の通説は 生命に危険のある傷害 ( または重大な傷害 ) について同意傷害を可罰的と解している ( 平野龍一 刑法総論 Ⅱ ( 有斐閣 1975 年 )254 頁 内藤謙 刑法講義総論 ( 中 ) ( 有斐閣 1986 年 )588 頁 大谷實 刑法講義総論 新版第 4 版 ( 成文堂 2012 年 )254 頁 山口厚 刑法総論 第 3 版 ( 有斐閣 2016 年 )175 頁 高橋則夫 刑法総論 第 4 版 ( 成文堂 2018 年 )329 頁等 ) ( 3 ) 同意殺人の可罰性とパターナリズムの関係につき 我が国でいち早く検討を加えた論稿として 澤登俊雄 犯罪 非行対策における強制の根拠とその限界 法政論集 123 号 (1988 年 )29 頁以下 福田雅章 刑事法における強制の根拠としてのパターナリズム 一橋論叢 103 巻 1 号 (1990 年 ) 1 頁以下 ( 4 ) パターナリズムの分類について 竹中勲 憲法学とパターナリズム 自己加害阻止原理 佐藤幸治還暦記念 現代立憲主義と司法権 ( 青林書院 1998 年 )184 頁以下 中村直美 パターナリズムの研究 ( 成文堂 2007 年 )30 頁以下 田中成明 現代法理学 ( 有斐閣 2011 年 )179 頁以下等

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 167 実現から本人を保護するのが 弱いパターナリズム である (5) この分類との関係で 従来の見解の多くは 同意殺人 同意傷害の処罰を 強いパターナリズム の観点から説明ないし正当化してきたように思われる (6) すなわち 生命や身体の枢要部の機能という自己決定の基盤をなす重大な法益が回復不可能な形で失われそうな場合には たとえ本人が完全に任意で同意している場合であっても その意思に反して本人を保護することが許されると考えられてきたのである (7) これに対して ドイツにおいて 要求に基づく殺人 ( ドイツ刑法 216 条 ) (8) と同意傷害 ( 同 228 条 ) の処罰を 弱いパターナリズム の観点から正統化しようと試みているのが Uwe Murmann である その基本的主張は すでに公表された彼の教授資格取得論文において示されていたが (9) 近年公 (10) 刊された論文である パターナリズムと瑕疵ある被害者の意思決定 では パターナリズム論の観点からより詳細な検討が加えられている この論文の中で Murmann は 強いパターナリズム を拒絶し 個人の意思決定への介入は 弱いパターナリズム の限りで正統化されるという立場を前提としつつ これを慎重に限界付ける必要性を説き とりわけ社会生活に遍在する 普遍的な瑕疵 は原則として刑法的介入の根拠に ( 5 ) 強いパターナリズムと弱いパターナリズムの区別について Joel Feinberg, Legal Paternalism, in Harm to Self:The Moral Limits of the Criminal Law, 1986, p.12. ( 6 ) 例えば 若尾岳志 刑法のパターナリスティックな介入とその限界 曽根威彦先生 田口守一先生古稀祝賀論文集 [ 上巻 ] ( 成文堂 2014 年 )61 頁 松原芳博 刑法総論 第 2 版 ( 日本評論社 2017 年 )18 頁以下等 ( 7 ) ドイツ刑法 216 条 1 項被殺者の明示的かつ真摯な要求により殺害を決意した者があるときは 6 月以上 5 年以下の自由刑を言い渡すものとする 2 項本罪の未遂は罰せられる ( 8 ) ドイツ刑法 228 条被害者の同意を得て傷害を行った者は 同意にもかかわらず 行為が善良な風俗に反するときにのみ 違法な行為を行ったものとする ( 9 ) Uwe Murmann, Die Selbstverantwortung des Opfers im Strafrecht, 2005. (10) Uwe Murmann, Paternalismus und defizitäre Opferentscheidungen, in: Festschrift für Keiichi Yamanaka zum 70. Geburtstag, 2017, S.289ff.

168 早法 95 巻 1 号 (2019) ならないとする そのうえで Murmann は この本来は介入の根拠とならない 普遍的な瑕疵 のリスクが 要求に基づく殺人と同意傷害に際しては 例外的に処罰根拠になるという注目すべき主張を展開している 以下では この論文の内容を詳細に紹介したうえで 批判的な検討を加えたい これにより 刑法におけるパターナリズム論の可能性を模索するための視座を明らかにすることが 本稿の目的である 第 2 章 Murmann の見解 第 1 節 パターナリズムと法的自由 パターナリズムの問題に取り組むための出発点として Murmann はまず 市民の自律に基づく自由秩序 がドイツ基本法の要請であることを指摘する (11) この出発点からは 市民の幸福が何かを決めつける父権的な国家 (väterlicher Staat) に絶対性を認めるような考え方は原則として拒絶されなければならない そのうえで 問題となるのは 生命や身体の処分のような とりわけ市民の幸福と根本的に関係するような領域において 個人の自由の制約に正統性を認める余地が存するかどうかである そのような正統性の根拠として 有力な見解は 他人や公衆 (Allgemeinheit) といった 本人以外の者の利益を持ち出している 例えば 生命の処分権を 生命の 社会との繋がり (Gemeinschaftsbezug) と (12) いった社会的利益によって制限する考え方や 同意傷害の処罰の正統性を 人間の尊厳の保持に向けられた公衆の関心の中に見出そうとする考え (11) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.291. (12) Eberhard Schmidhäuser, Selbstmord und Beteiligung am Selbstmord in strafrechtlicher Sicht, in:festschrift für Hans Welzel zum 70. Geburtstag, 1974, S.817. Schmidhäuser の見解については 長谷川裕寿 刑法における同意とその客観的制約 ( 一 ) 法学研究論集( 明治大学大学院法学研究科 )14 号 (2001 年 )27 頁以下 佐藤陽子 被害者の承諾 ( 成文堂 2011 年 )69 頁以下を参照

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 169 (13) 方を挙げることができる しかし こうした考え方は 文言や条文の位置 づけから個人的法益を保護していると解される構成要件につき 法益のすり替え (Rechtsgutvertauschung) を犯すだけではなく 個人に対して 社会の利益のための生命の存続を義務付けてしまうことから 説得力を持たないものとされる (14) また Murmann によれば 自己処分の自由の制限の根拠として 本人の自由な意思に反して 本人保護のための規律を貫徹しようとする 強いパターナリズム (harter Paternalismus) を持ち出すことも不当である というのも 上述のように 市民の幸福を決めつける父権的な国家を承認することはできないし 個人の幸福にとって何が有益であるかを 当の個人よりも国家の方がよりよく判断できるという根拠も存在しないからである また 国家が押し付けた決定の帰結を最終的に背負わされるのが 外ならぬ本人であることからも 強いパターナリズムの問題は深刻であるという このような 国家による制限の傲慢さ (Anmaßung) を回避するために考えられるのは 自己処分の制約を 本人の自由に内在的な制限として理解する方法であるという そして Murmann によれば このような方法の中には 二つの異なるアプローチがあるとされる (15) 一つは 自由の概念に内在する 一般的拘束性のある限界 (allgemeinverbindliche Grenzen) を持ち出すことで 自由の行使を制限するアプローチである 中でも有力なのは 生命のような自己決定の基盤を自ら壊滅させる処分を 自由の 自己矛盾 (Selbstwiderspruch) であると (13) Gunnar Duttge, Abschied des Strafrechts von den guten Sitten?, in: Gedächtnisschrift für Ellen Schlüchter, 2002, S.801. Duttge の見解については 只木誠 刑事法学における現代的課題 ( 中央大学出版部 2009 年 )16 頁以下 塩谷毅 加虐的行為事例における承諾と危険引受け 浅田和茂先生古稀祝賀論文集 [ 上巻 ] ( 成文堂 2016 年 )205 頁以下を参照 (14) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.292. (15) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.293ff.

170 早法 95 巻 1 号 (2019) して制限する見解である (16) しかし Murmann によれば このような 自 4 4 己矛盾 論が 直ちに関与者の処罰を導く法的義務の根拠となるかは疑わしく (17) また 生命を終結させることが 場合によっては自律的な 生命の全う (Lebensführung) と矛盾しない可能性もある (18) とされる そこで 残されたもう一つのアプローチは 自由を決定者本人の 真の (wirklich) 選好により限界づけるというものである これによれば 自 由の形成はあくまでも意思決定を行う者の個人的な基準により判断されるものであるが ただ決定者が 自身の 真の選好 を見誤るような場合には 意思決定を 不自由 と評価して 法的に介入することが可能となる 第 2 節 弱いパターナリズムとその限界 Murmann によれば 瑕疵ある意思決定の実現から個人を保護すべきであることは 異論のないところであるとされる なぜなら 自己決定は その意思形成の過程に重大な制約のない 自己決定能力のある人格を前提としている ため 瑕疵ある意思決定に法が介入することで 決定者の (16) Michael Köhler, Die Rechtspflicht gegen sich selbst, Jahrbuch für Recht und Ethik 14, 2006, S.425ff. Köhler の見解については 飯島暢 自殺関与行為の不法構造における生命保持義務とその例外的解除 山中敬一先生古稀祝賀論文集 [ 下巻 ] ( 成文堂 2017 年 )74 頁以下参照 我が国で同様のアプローチを採用するのは 谷直之 自殺関与罪に関する一考察 同志社法学 44 巻 6 号 (1993 年 )175 頁以下 長谷川裕寿 刑法における同意とその客観的制約 ( 二 完 ) 法学研究論集 ( 明治大学大学院法学研究科 )15 号 (2001 年 )35 頁 吉田宣之 違法性阻却原理としての新目的説 ( 信山社 2010 年 )65 頁以下 小林憲太郎 刑法総論の理論と実務 ( 判例時報社 2018 年 )193 頁以下等 (17) 佐藤 前掲注 (12)96 頁も 自己決定権の内在的な制限は 当該個人を対象とした制約 であり なぜこのような制限が行為者の処罰にまで結びつくのかをさらに解明しなければならない と指摘する (18) 齋野彦弥 社会的法益と同意 現代刑事法 59 号 (2004 年 )49 頁は 生命についての処分にかかる自己決定は それが個人の存立の根幹にかかわる問題であればなおさらのこと 最大限の尊重が図られるべきであ るとする

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 171 自由は 侵害されるのではなく むしろ 保護されることになる (19) からである 問題は いかなる場合に法の介入を認めるだけの 瑕疵ある意思決定 があると評価できるかである 経験的な研究が示しているように 人間の意思決定は 多くの外部的要因の影響を受けて行われるものであり 入手した情報の順番や 情報提供者の説明の重点の置き方によっても左右されてしまうものである さらに 人間の意思決定は往々にして 現実とはかけ離れた楽観主義 (Optimismus) の傾向を示すことも明らかになってい (20) る このような どこにでも存在しうる人間の意思の 普遍的な瑕疵 を理由に法の介入を正当化することは可能なのであろうか ここでは 弱いパターナリズムの限界が問われなければならない この点について Murmann は 段階的 規範的考察の必要性を説いている (21) 弱いパターナリズムによる介入を認めるためには 決定者本人の価値基準を前提としたうえで その意思決定が当該基準から離反していることが確認されなければならない しかし Murmann によれば このような 価値基準からの離反 の認定だけで 法的な介入を根拠づけることはできないとされる そもそも 個人は その価値基準と完全に一致するような 最高水準 (Optimum) を達成する必要もなければ 目指す必要もない (22) というのも 個人が日常生活において直面する意思決定は無数に存在しており その全てにおいて 最高水準の決定を実現しようと考え抜くことは 非経済的 (unökonomisch) だからである こうした人間の意思決定の限界を個人 (19) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.296. (20) こうした人間の意思決定の 限定合理性 (begrenzte Rationalität) の概説として Anne van Aaken, Begrenzte Rationalität und Paternalismusgefahr:Das Prinzip des schonendsten Paternalismus, in:michael Anderheiden/ Hans Michael Heinig/ Peter Bürkli/ Stephan Kirste/ Kurt Seelmann (Hrsg.), Paternalismus im Recht, 2006, S.112ff. を参照 (21) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.297ff. (22) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.298.

172 早法 95 巻 1 号 (2019) が自覚し 自身が定めた大筋の方針 (Eckpunkten) に従って意思決定を行う限り それが最高水準に達していなくても 瑕疵ある意思決定と評価されることはない さらに Murmann は 答責性の分配 という観点から 瑕疵の 重大性 (Relevanz) について規範的な限定を行う必要があると指摘する これによれば 意思の瑕疵が他者の強制や欺罔により生じた場合にのみ 法の介入を認めるだけの瑕疵の重大性が肯定される これに対して 誤った意思形成がそのような 他者の影響を受けることなく行われた場合 意思決定の瑕疵は 本人が自ら責任を負うべきである (23) その根拠として Murmann は二つの異なる視点を示している 第一は 取引相手である他者 の視点である すなわち 他者が本人から望まれた行為を遂行することにより 自身の固有の利益をも追求する場合には 本人の意思決定を信頼して行動することが許されなければならない 例えば 古い家の解体を任された建築業者は その所有者が解体を決めるに際して その家に込められた思い出の価値を十分に考慮したかどうかにつき 注意深く検討する必要はない さらに もしも 解体される家が優れた素材で作られており 改装すればずっと良くなるという理由で 解体の決定が不合理に思われたとしても 建築業者がそれについて考えてやる必要はない のである (24) 第二に 答責性の分配は 決定者である本人 の視点からも根拠づけられる すなわち 意思決定の瑕疵について自己責任を負わせることは 決定者である本人の利益にもかなうというのである というのも 間違いを犯すこともその者の人生の一コマである (Fehler gehören zum Leben) と同時に 学習の機会 (Chance des Lernens) を与えてくれるものだか (23) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.300. (24) ただし この点に関する助言が契約の内容に含まれていた場合には別であるとされる (Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.300.) この場合には 解体の決定の答責性が建築業者の側に認められるためであろう

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 173 らである (25) 以上のように Murmann によれば 法の介入が認められるのは 他者の強制や欺罔により生じたという 重大な瑕疵 がある場合に限られる 言い換えれば そのような 重大な瑕疵 がある場合のみ 法益主体の同意を無効と評価し 行為者を処罰することが許されるのである これに対して 重大な瑕疵 とは評価できないものの 人間の意思決定に遍在している 普遍的な瑕疵 は 原則として決定者本人が背負うべきでものであり 法の介入を正統化することはない こうした区別は 弱いパターナリズムを適切に限界づけるための視点として 意義深いものであり 基本的に正当であると評価できるように思われる 第 3 節 要求に基づく殺人 同意傷害の処罰根拠 第 1 款瑕疵ある意思決定のリスク Murmann によれば 刑法上同意を無効とする 重大な瑕疵 が認められない場合でも 普遍的な瑕疵が例外的に刑法の介入を正統化する場面が存在するという それは 上述した 答責性の分配 という論拠が崩れやすい (brüchig) 領域である そのような領域として Murmann が指摘するのは 生命や身体のような 価値の高い財 (hochwertige Güter) への強烈で不可逆的な侵襲 であ (26) る この領域においては まず 上述した建築業者のケースとは異なり 取引相手である他者 に固有の正当な利益を認めることができない もちろん 刑法の介入を受けないことへの一般的な関心は存在するかもしれないが このような関心には僅かな要保護性しか認められない また この領域では 瑕疵ある意思決定も自由な人格の自己実現 (Selbstverwirklichung) の確保に資する という考え方も説得力を失うとされる 上述したように 本人の自己責任を認めることは 間違った意思 (25) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.299. (26) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.300f.

174 早法 95 巻 1 号 (2019) 決定が将来のための 学習の機会 になるという点で 決定者である本人 の利益からも根拠づけられるものであった しかし ここで問題となるような 生命や身体に対する 取り返しのつかない 侵襲の場合には こうした論拠の妥当性も疑わしくなる それゆえ ここでは 本当の (wahre) 意思の実現に向けられた被害者の利益が優先されなければならない もっとも ある意思決定が 本当の 個人的な選好と完全に一致しているかどうかを判別することは容易ではない そこで Murmann によれば このような ( 普遍的な ) 瑕疵の認定の困難性を理由に 要求に基づく殺人 同意傷害の処罰根拠を 瑕疵ある意思決定の リスク に求めることが正当化されるという (27) 第 2 款要求に基づく殺人 ( ドイツ刑法 216 条 ) 1 真摯性 との関係要求に基づく殺人の処罰を瑕疵ある意思決定のリスクにより正統化する考え方は 一見すると ドイツ刑法 216 条が要求の 真摯性 (Ernsichtlichkeit) を要件としていることと整合しないようにも思われる すなわち ドイツ刑法 216 条は 要求が完全に任意であり 普遍的な瑕疵のリスクさえ存在しない場合の処罰を前提としているのではないか という疑問が生じるのである これに対して Murmann は 真摯な要求の存在と 意思決定に瑕疵がある疑いの存在とは必ずしも矛盾しないとする 確かに 真摯な殺人の要求という要件は 一般的な同意論でいわれる有効な同意よりも高い水準を (28) 求めるものであり 被殺者の 慎重な決意 (überlegter Entschluss) の存 (27) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.301. (28) Ulfrid Neumann/ Frank Saliger, in:nk, 5.Aufl., 2017, 216 Rn.14. それゆえ例えば 本来は同意の有効性に影響を与えないような単なる動機の錯誤がある場合にも 真摯性は否定されるものと解されている (Albin Eser/ Detlev Sternberg Lieben, in:sch/schröder, 30.Aufl., 2019, 216 Rn.8)

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 175 在が必要であると解されている しかし このことは 真摯性が認められる場合に 何らの ( 病的でない ) 抑うつ的な精神状態も存在しないということを意味するものではない そもそも 全く精神的な苦労のない死の要求など観念することはできないのであり (29) 真摯性を認めるためには 具体的状況の下で 死の決定が 精神の安定と目的性 (innere Festigkeit und (30) Zielstrebigkeit) に支えられていれば十分である それゆえ 例えば 恋 (31) の挫折 (Liebeskummer) から殺人の要求がなされた場合や 老人ホームの入居者が 子孫の遺産相続のために死を決意するといったように 決定者が自己の生存の意思を他者の利害に委ねている場合でも 真摯性を肯定することは可能である しかし 他方で同時に 少なくとも こうした意思決定が実際にあらゆる瑕疵から自由であるかどうかについては疑いが残るとされる (32) 2 自殺幇助の( 原則 ) 不処罰 との関係さらに Murmann の見解からは ドイツ刑法が 要求に基づく殺人だけを処罰の対象としており 原則として自殺幇助を不可罰としていることをいかに説明するかも問題となる なぜなら 殺人の要求の場合と同様に 自殺の場合にも 意思決定に瑕疵があるリスクは存在するはずだから (33) である (29) Hartmut Schneider, in:müko, 3.Aufl., 2017, 216 Rn.20. (30) Schneider, a.a.o. (Anm.29), 216 Rn.20;Eser/ Sternberg Lieben, a.a.o. (Anm.28), 216 Rn.8. (31) BGHSt 19, 135. (32) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.304. (33) 現にドイツ学説においても 性急な決断の防止 という観点から 要求に基づく殺人だけでなく自殺関与も原則として処罰の対象とする規定を設けるべきであるとの主張が展開されている (Armin Engländer, Strafbarkeit der Suizidbeteiligung, in:festschrift für Bernd Schünemann zum 70. Geburtstag, 2014, S.583ff.) Engländer の見解については 山中敬一 ドイツにおける自殺関与罪をめぐる最近の議論にもとづくわが刑法 202 条の処罰根拠の再考 椎橋隆之先生古稀記念 新時代の刑事法学 ( 信山社 2016 年 )101 頁以下参照

176 早法 95 巻 1 号 (2019) もっとも Murmann によれば この説明の負担は 業による自殺援助 (34)(35) 罪 ( ドイツ刑法 217 条 ) が導入されたことにより ずっと軽くなったとい (36) う というのも 立法者は 業による自殺援助罪の可罰性の根拠を とりわけ病気の高齢者の生命終結に対する心理的な圧力 (Erwartungsdruck) から生じる 生命処分の自律性に対する抽象的な危険に見出しているた (37) め まさに 瑕疵ある意思決定のリスク という観点において 同意殺人と自殺幇助の事例群の区別は相対化したと評価できるからである Murmann は ドイツ刑法 217 条の構成要件メルクマールが 生命の自己決定に対する危険を適切に捕捉するものであるかはともかくとして (38) この立法目的の正統性自体は否定できないと指摘する もちろん 自殺幇助の可罰性と比較して 同意殺人の可罰性が広い範囲で肯定されることには変わりないため こうした原則的な差別化を正当化するための根拠は依然として問題となる このような正当化を支える論拠として Murmann は 事実的根拠と規範的根拠の両者が存在することを指摘している (39) (34) ドイツ刑法 217 条 1 項他者の自殺を援助する目的で 業として自殺の機会を付与し 調達し 又はあっせんした者は 3 年以下の自由刑又は罰金に処する 2 項自ら業として行為せず かつ 第 1 項において規定された他者の親族又はその他者と密接な関係にある者は 共犯として処罰しない (35) 立法の経緯の詳細については 佐藤拓磨 ドイツにおける自殺関与の一部可罰化をめぐる議論の動向 慶應法学 31 号 (2015 年 )347 頁以下 山中敬一 ドイツにおける臨死介助と自殺関与罪の立法の経緯について 浅田和茂先生古稀祝賀論文集 [ 上巻 ] ( 成文堂 2016 年 )611 頁以下参照 (36) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.304f. (37) 神馬幸一訳 ドイツ刑法新 217 条の法律案理由書 獨協法学 100 号 (2016 年 ) 237 頁 (38) 批判的な見解として 例えば Gunnar Duttge, Strafrechtlich regulierter Sterben Der neue Straftatbestand einer geschäftsmäßigen Förderung der Selbsttötung, NJW 2016, 120ff. 本論文の翻訳として グンナー デュトゲ( 只木誠監訳 神馬幸一訳 ) 刑法的に規制された死 業としての自殺援助という新しい刑法上の構成要件 比較法雑誌 50 巻 3 号 (2016 年 )209 頁以下 等を参照 (39) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.305f.

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 177 まず 事実的根拠として Murmann は 殺人の要求の場合の方が 自殺の場合と比べて 瑕疵ある意思決定のリスクが大きいことを指摘する なぜなら 殺人行為の他人への依頼 (Delegation) は 裏を返せば 自分自身で手を下せるほど 心の準備ができていないことを示すものだからである もちろん この論拠は 重度の身体障害者のように 自分自身で手を下すことが物理的に不可能な者の場合に妥当しない そこで このような者による殺害の依頼は 瑕疵のリスクの徴候として機能しないため 後述するような処罰範囲の限定の余地が生じるものとされている さらに 規範的論拠としては ここでも 答責性の分配 が挙げられている すなわち 瑕疵がある ( かもしれない ) 自殺の意思決定の答責性は 自殺者が負担すべきである というのである その理由として Murmann は 自殺を手助けする行為を禁止する方が 他殺の禁止よりも 行為者である第三者 (Außenstehende) の自由への侵害の程度が大き (40) い ことを指摘している 以上の論拠から Murmann は 自殺幇助の ( 原則 ) 不処罰 の正当性を導いている 我が国と異なり 要求に基づく殺人だけを処罰の対象とし自殺幇助を原則不可罰としているドイツ刑法において この差別的取扱いを理論的にどう説明するかは 各々の依拠する学説にとり生命線であるといえよう この点で Murmann が 瑕疵のリスクの高さという事実的論拠と 答責性の分配という規範的論拠の双方からこれを根拠づけていることは 両者の関係性など検討すべき点は残されるものの 注目に値するものと思われる 3 限定解釈の可能性さらに注目すべきなのは Murmann が 要求に基づく殺人の処罰根拠を 瑕疵ある意思決定のリスク に求めることを通じて ドイツ刑法 216 条の限定解釈の可能性を提示していることである すなわち 処罰を基礎 (40) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.306.

178 早法 95 巻 1 号 (2019) づけるだけの十分な瑕疵のリスクが認められない場合には 本罪は不成立とされるのである そのような場合の例として Murmann が挙げているのは 苦痛緩和のための措置が 結果的に死を早めるという 間接的安楽死 (indirekte Sterbehilfe) の事例と いわゆる トラック運転手(Lkw Fahrer) の事例である 後者の事例は 交通事故に遭い 炎上する自分の車両に挟まれたトラック運転手が 確実に訪れるであろう焼死から逃れるために 通行人に射殺を依頼するというケース (41) を指すものである Murmann によれば これらの事例においては 意思決定が説得的である (plausibel) と思えるだけの十分な理由が存在するという また とりわけ トラック運転手 の事例のように 自分自身で手を下すことが物理的に不可能である場合には 他人への殺害行為の依頼が 心の準備の欠落 を示すということもない このように 瑕疵ある意思決定のリスクが存在しないことに疑いがない場合には 要求に基づく殺人の処罰を正統化する根拠が失われるものとされる (42) 第 3 款同意傷害 ( ドイツ刑法 228 条 ) ドイツ刑法 228 条は 被害者の同意を得て傷害を行った者は 同意にもかかわらず 行為が善良な風俗 (gute Sitten) に反するときにのみ 違法な行為を行ったものとする と規定することにより 同法 223 条以下の傷害構成要件との関係で 同意の有効範囲を制限している Murmann によれば この規定により同意傷害が処罰される根拠も 瑕疵ある意思決 (43) 定のリスクに求められるという (41) 1991 年にドイツで実際に発生した事件がモデルのようであり Frankfruter Allgemeine Zeitung, 4. 9. 1991, S.12にその報道がある 本事例については Reinhard Merkel, Ärztliche Entscheidungen über Leben und Tod in der Neonatalmedizin, JZ 1996, S.1150;Harro Otto, Die strafrechtliche Problematik der Sterbehilfe, Jura 1999, S.441も参照 (42) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.307.

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 179 ここで問題となるのは ドイツ刑法 216 条と同法 228 条との間に存在する 明らかな規範的な落差(deutliches normatives Gefälle) である すなわち ドイツ刑法 216 条が 要求に基づく殺人を原則として処罰しているのに対して 同法 228 条は 同意傷害を 良俗違反性 という限られた条件の下で例外的に処罰している この広狭の違いは 瑕疵ある意思決定のリスク という観点から どのように説明されるのであろうか この点について Murmann は 複数の論拠を通じた説明の可能性を提示している 第一の論拠は 殺人の結果に程度 (Anstufung) が観念できないのに対して 傷害の結果については 重大なものから軽微なものまで 様々なスペクトルを想定できるという結果の多様性である 第二の論拠は 身体の統合性 (körperliche Integrität) に対する侵襲が しばしば取り返しのつくものであるという修復可能性である 第三の論拠は 身体の統合性という法益が 生命法益に匹敵するほどの重要性を持たないという 法益の価値の差である そして最後に 身体の統合性の処分には 医療行為や美容手術に同意する場合のように 追体験可能な動機が認められる場合が多いとされる これらの論拠から 身体の統合性の処分への法的介入は原則として認められない すなわち 通常の場合は たとえ意思決定に瑕疵が存在する可能性があるとしても 本人の決定を尊重する利益の方が 財を保持する利益を上回る (44) というのである 他方で 例外的にこれと異なる評価が妥当するのは ドイツ刑法 216 条に匹敵する状況である それは とりわけ 追体験可能な理由を認め難いような 具体的に生命の危険がある侵襲 への同意がなされた場合であるとされる このような場合には 瑕疵ある意思決定の法的に許されない危険が存在するために 身体への侵襲の 良俗違反性 が肯定され (45) 同意傷 (43) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.307f. (44) Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.308. (45) こうした解釈が 良俗違反 という文言と整合的かという点には疑問も向けら

180 早法 95 巻 1 号 (2019) 害の処罰が正統化されることになるのである 第 3 章考察 第 1 節 Murmann の見解の意義 以上で見たように Murmann は 瑕疵ある意思決定の実現から個人を保護する限度でパターナリスティックな介入を認めることができるという 弱いパターナリズム から 要求に基づく殺人 同意傷害の処罰の正統化を試みている 本人保護のための規律をその意思に反してでも貫徹しようとする 強いパターナリズム を国家による 傲慢 であるとして一貫して拒絶し 市民の自律に基づく自由秩序 を要請するリベラルな国家観から 弱いパターナリズム による正当化を試みる Murmann の見解は 我が国においても参照価値の高いものであると思われる Murmann の見解の特徴は次のように整理することができる まず 弱いパターナリズムの正当性を認めつつ これを慎重に限界付ける必要性を説き とりわけ我々の社会生活において遍在している 普遍的な瑕疵 が 原則として法的介入の根拠とならないことを指摘している点は重要である すでに 行動経済学や認知心理学の研究は 我々の意思決定が様々な認知や判断の偏りに支配されていることを暴露している (46) 例えば 我々は れているが (Hans Ullrich Paeffgen/Benno Zabel, in:nk, 5.Aufl., 2017, 228 Rn.42 a.) これに対して Murmann は 瑕疵のリスクがある同意に基づく身体傷害を 良俗違反 と評価することも十分に可能であると指摘する (Uwe Murmann, Zur Einwilligungslösung bei der einvertsändlichen Fremdgefährdung, in:festschrift für Ingeborg Puppe zum 70. Geburtstag, 2011, S.788.) (46) その概説として 前掲注 (20) に挙げた文献のほか 瀬戸山晃一 法的パターナリズムと人間の合理性 ( 一 ) 阪大法学 51 巻 2 号 (2001 年 )599 頁以下 米村幸太郎 2 つのパターナリズムと中立性 井上達夫編 法と哲学第 3 号 ( 信山社 2017 年 )81 頁以下を参照

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 181 しばしば楽観的思考に陥りがちで 例えば交通事故に遭う可能性などを たとえ統計的データや正確な事実認識を有していたとしても 過小評価しがちである ( 楽観主義バイアス ) また 我々は本質的に同じ内容の選択について 表現の仕方 ( これを フレーム と呼ぶ ) により 全く別の決定へと簡単に誘導されてしまう場合があるし ( フレーミング効果 ) 本来は無関係なはずの情報に基づいて可能性を判断してしまう傾向もある ( アンカリング ) こうした経験的な洞察は 我々が 自分自身の利害に関する 最良の判断者 (the best judge) でないことを告発すると同時に 不合理な傾向性が 未成年者や精神障害者などの一部の例外的な人々に生じるものではなく むしろ あらゆる 健全 で人生経験のある人々にも共通して観察されることを示している (47) (48) この瑕疵の 普遍性 の発見に 法( 学 ) も無関係でいられないであろう (49) 近年 行動経済学の知見を背景として 多様な (50) 領域におけるパターナリスティックな規制を規範的に擁護する議論が盛んに展開されていることも この文脈において理解される必要がある しかし 少なくとも峻厳な制裁を手段とする刑法との関係では 以上の経験科学的な洞察から直ちに パターナリスティックな規制を強化すべきという結論を導くことに慎重さが求められるように思われる Murmann (47) van Aaken, a.a.o. (Anm.20), S.109. (48) さらに こうしたバイアスが教育や啓蒙活動によっても克服困難であるという意味で 不変的 であることも指摘される ( 米村 前掲注 (46)83 頁 ) このことは 人間の不合理さへの対処として教育や学習といった手段に訴えかけることに限界があることを示す点で重要である (49) 経済学や心理学を初めとする社会科学が法全般に与える示唆につき解説したものとして 飯田高 法と社会科学をつなぐ ( 有斐閣 2016 年 ) がある (50) 代表的なものとして キャス サンスティーンと経済学者リチャード セイラーが主張するリバタリアン パターナリズムがある Richard Thaler/ Cass Sunstein, Nudge:Improving Decisions About Health, Wealth, and Happiness, 2009 本書の翻訳としてリチャード セイラー =キャス サンスティーン ( 遠藤真美訳 ) 実践行動経済学: 健康 富 幸福への聡明な選択 ( 日経 BP 社 2009 年 )

182 早法 95 巻 1 号 (2019) の見解において示されているように 行為者の処罰を正当化するためには 法益主体の意思に何らかの意味で瑕疵があるというだけでは不十分であり その瑕疵が 刑法的介入を正統化するだけの重大性を持ち その瑕疵について 行為者が答責性を負担すべき規範的な根拠が示されなければならない 普遍的な瑕疵 それ自体が 原則として法的介入の根拠とならないことを説く Murmann の見解は この点で正当と評価できる そのうえで 注目すべきなのは この 普遍的な瑕疵 の しかも単なる リスク が 要求に基づく殺人及び同意傷害の処罰に限って正統化根拠になるという Murmann の中心的主張である こうした主張により 上述のパターナリズムの限界づけや答責性の分配という原則が骨抜きにされないかは 慎重な検討が必要である とりわけ リスク を根拠に処罰するということは 被殺者が実際には完全に自由な意思で死を決意していた場合にも 行為者の処罰を正統化するということであり これが 弱いパターナリズム による介入にとどまるものであるといえるかは疑問の余地もあろう これらの疑問については 次節で改めて検討する ところで 同意殺人や自殺関与の処罰を 弱いパターナリズム により正統化する見解は すでに我が国でも主張されている 例えば 澤登俊雄は 自殺者が正常な判断力に基づいて自殺を決意したと言えるか否かが パターナリスティックな介入を正当化できるか否かの決め手になる として 自殺を決意した者が仮に正常な判断力を保持していたとしたら そのような選択はしなかったであろうという判断のもとに 自殺関与罪の処罰が正当化されると説いている (51) また 秋葉悦子は 自殺研究の知識に基づいてほとんどの自殺が 自殺前症候群 と名付けられた精神異常によって引き起こされたものであることを根拠に わが国の202 条は 最初 (51) 澤登 前掲注 ( 3 )42 頁以下 ただし 澤登自身は 被介入者の判断力が著しく劣るような場合も 被介入者の行為を一応 任意的 であると見て 当該行為への介入を 例外的に許される 強いパターナリズム として位置付けている ( 同 37 頁 )

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 183 から不自由な自殺意思を前提にしたものとして理解が可能である と主張していた (52) こうした見解は 同意が不任意 = 無効ならば199 条の殺人罪が成立するはずであるという常套的な批判に晒されてきた (53) また 仮にこの帰結を回避しようとする場合 199 条の殺人罪を構成する被害者の 瑕疵ある意思 とは別に 202 条を構成する 不自由な自殺意思 を想定する必要があるが 果たしてそのような区別が可能であるかについて疑問が提起されてい (54) る これに対して Murmann の見解においては 通常の殺人罪が問題となる 重大な瑕疵 と 要求に基づく殺人罪が問題となる 普遍的な瑕疵 ( のリスク ) とが区別されており 上述の疑問に一応の解答が示されているものと評価することができる すなわち 通常の殺人罪の成立が認められるのは 行為者が欺罔や強制という干渉により 被害者の意思に 重大な瑕疵 を生じさせ 無効な同意に基づいて殺人を行う場合である これに対して そうした干渉がなく同意自体は ( 一般的な同意論の基準によれば ) 有効 であるものの 完全に自由な意思ではないリスクを根拠として処罰されるのが 減軽類型である要求に基づく殺人罪ということにな (55) る (52) 秋葉悦子 自殺関与罪に関する考察 上智法学論集 32 巻 2 = 3 号 (1989 年 ) 188 頁以下 もっとも秋葉はその後 202 条の処罰はむしろ 共同体の善 から生じる自己決定権の内在的限界によって根拠づけられるべきであるという立場に転じている ( 同 同意殺人 自己決定権の限界 法学教室 232 号 (2000 年 ) 3 頁 同 人格主義的視座への転換 刑法雑誌 56 巻 1 号 (2017 年 )45 頁参照 ) (53) 中森喜彦 刑法各論 第 4 版 ( 有斐閣 2015 年 )11 頁注 12 松原芳博 刑法各論 ( 日本評論社 2016 年 )13 頁 (54) 谷 前掲注 (16)174 頁 若尾岳志 自殺と自殺関与の違法性 早稲田大学大学院法研論集 107 号 (2003 年 )158 頁 曽根威彦 刑事違法論の展開 ( 成文堂 2013 年 )105 頁参照 さらに 塩谷毅 被害者の承諾と自己答責性 ( 法律文化社 2004 年 )102 頁は こうした区分を行うこと自体が 生命の質的評価 を行うことになると指摘する (55) もっとも ドイツ刑法 216 条の要求に基づく殺人罪が成立するためには被殺者

184 早法 95 巻 1 号 (2019) 以上のように Murmann の見解は 瑕疵の 普遍性 と 認定不可能性 をキーワードとして 要求に基づく殺人及び同意傷害の処罰根拠に説得的な論拠を与えるものと評価できるが 疑問も多く存在する そこで 以下では Murmann の見解を批判的に検討することを通じて 弱いパターナリズム の可能性をさらに模索していくための視座を明らかにしたい 第 2 節批判的検討 第 1 款普遍的な瑕疵の援用 Murmann は 普遍的な瑕疵 を原則としてパターナリスティックな介入の根拠にならないとしながら 生命 身体の自己処分という領域において 例外的にこれを処罰根拠として持ち出している その理由を Murmann は 答責性 の分配という観点から説明している すなわち 通常の場合は 普遍的な瑕疵の答責性を決定者自身が負うのに対して 生命や ( 生命に危険のある ) 身体への侵襲に際しては その法益の重要性や侵害結果の不可逆性といった特殊性から 例外的に答責性を決定者に負わせることができず むしろ行為者に配慮義務が課されるというのである しかし こうした例外的取扱いが十分な根拠に支えられていると評価できるかは なお慎重な検討が必要である Murmann は 生命や身体の処分では 同意の相手方に固有の利益を認めることができないことを指摘しているが 臓器提供などの例を想起すれば明らかなように 取引 の相手方に固有の利益を観念できる場合は十分ありうる こうした事態は 先端医療技術の進展により 人体の利用可能性が増大している現代において ますます現実味を帯びてくるだろう もちろん この場合には 建 の 慎重な決意 が必要であり ( 第 2 章第 3 節第 2 款 1 参照 ) 慎重な決意 に満たない有効な同意があるにすぎない場合には 欺罔や強制がない場合にも通常の殺人罪が成立するはずであるが このような処理が Murmann の見解においていかに正当化されるのかは必ずしも明らかでない

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 185 築業者 の事例とは異なり 処分者の不注意に乗じてまで実現されるべき 4 4 4 正当な利益が認められないと考える余地はあるかもしれない しかし 正当な利益がない というのはいわば結論の言換えに過ぎないのであり なぜ正当な利益と評価できないのか その実質的な根拠が説明されなければならないであろう (56) この点 Murmann は 侵害結果の 不可逆性 を重視して 生命 身体の特殊性の実質的根拠を明らかにしようと試みている すなわち 生命や身体の取り返しのつかない処分に際しては 決定者の 真の 意思を実現する利益が優越するため 相手方の利益は劣後的価値しか認められないというのである しかし ここにも論理の飛躍があるように思われる というのも 取り返しのつかない処分だからこそ 本人は注意深く自己決定をすべきであり そのことを相手方は期待してよいと解する余地も十分存在するからである さらに問題なのは こうした答責性の転嫁が 生命 身体の自己処分と (57) いう領域の外にまで拡大しかねないという点である 例えば 性的自由 (58) や 名誉 さらには代々伝わる家宝さえも 高い価値の回復困難な財 (56) この点に答えるためには 身体の道具化 商品化 ( の制御 ) の法原理的な意義を明らかにすることが不可欠であろう この点に関して示唆を与えるものとして 櫛橋明香 身体の道具化 その進展と制御 法律時報 90 巻 12 号 (2018 年 )45 頁以下参照 (57) 性的自己決定の場面でも 原則として本人の自己答責性を認め その安易な転嫁を許すべきでないと主張するのは Tatjana Hörnle, Sexuelle Selbstbestimmung:Bedeutung, Voraussetzungen und kriminalpolitische Forderungen, ZStW 127, 2016, S.872ff. 本論文の紹介として 菊地一樹 外国文献紹介 タチャーナ ヘルンレ 性的自己決定 : 意義 条件 そして刑事政策的要請 早稲田法学 92 巻 2 号 (2017 年 )197 頁以下 (58) なお 民事の不法行為に関してであるが フランス法を参考に 名誉やプライバシーなどの人格権を 生命 身体と財産権の中間に位置付けたうえで その承諾の有効要件に関する規律の厳格さについても 生命 身体の侵害についての承諾の場合と 財産権の侵害についての承諾の場合の中間を目指そうとするのは 石尾智久 人格権侵害における被害者の承諾の判断枠組 フランス法における人格権の保護法理との比較 法学政治学論究 119 号 (2018 年 )407 頁以下

186 早法 95 巻 1 号 (2019) と評価することは可能であるが こうした場合にも広く答責性の転嫁を認めるならば 普遍的な瑕疵を理由とする法的介入が広範囲に正当化されてしまい 弱いパターナリズムの限界づけ という視点は骨抜きにされてしまうであろう 第 2 款 リスク への着目 Murmann の見解のさらなる特徴は 瑕疵ある意思決定の リスク に (59) 着目し 要求に基づく殺人を 抽象的危険犯 と構成している点である ここでの 抽象的危険犯 の構成は 将来の事象経過の不確実性ではなく 行為時点の事情 ( 意思決定に瑕疵があるかどうか ) に関する不確実性に (60) 着目している点で特異であるとされる 問題は そうしたリスクを基礎づけるだけの類型的な状況が構成要件に書き込まれていると評価できるかである この点 Murmann は 殺人行為の他人への依頼 という事情を 瑕疵ある意思決定のリスクの徴憑として捉えている すなわち 他人への依頼は 自分自身で手を下すほどの 心の準備 のなさを示すものであり それゆえ 真意としては死を望ん (61) でいない可能性が高いというのである (59) 同様に 要求に基づく殺人の処罰根拠を自己答責的でない自殺意思の実現の抽象的危険に求める見解として Christian Tenthoff, Die Strafbarkeit der Tötung auf Verlangen im Lichte des Autonomieprinzip, 2008, S.180;Michael Kubiciel, Tötung auf Verlangen und assistierter Suzid als selbstbestimmtes Sterben, JZ 2009, S.605ff.;Anette Grünewald, Das vorsätzliche Tötungsdelikt, 2010, S.299ff.;Maria Rigopoulou, Grenzen des Paternalismus im Strafrecht, 2013, S.294ff. また Günther Jakobs, Zum Unrecht der Selbsttötung und der Tötung auf Verlangen, in:festschrift für Arthur Kaufmann zum 70. Geburtstag, 1993, S.467f. も ドイツ刑法 216 条について パターナリスティックな立場から 万が一生じるかもしれない性急さ (Voreiligkeiten) に対する規範を定立したものである と述べている (60) Murmann, a.a.o. (Anm.9), S.497. (61) このように 心理的障壁 (Hemmschwelle) の克服の有無を問題とする議論は ドイツの学説において有力に展開されている 例えば Konstantinos Chatzikostas, Die Disponibilität des Rechtsgutes Leben in ihrer Bedeutung für die

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 187 しかし こうした考え方には批判も強い (62) 中でも重要なのは 殺害行為 を他人に依頼する背景には様々な事情がありうるという指摘である 例えば 自分自身で手を下す身体的能力を喪失している場合のほかにも 自殺の失敗を避けるために 専門的な知識と技術を有した他人を当てにすることや 親族や恋人など 特定の身近な人物に自身の最期を委ねたいと望むことは十分に想定が可能である (63) これらのケースでは 他人への依頼 が死の覚悟のなさを示しているとは評価できない もちろん その場合に 他人への依頼 がリスクの徴憑として機能しないことを理由として 一律に不可罰という結論を導くのであれば理論的には一貫するが その場合には 処罰範囲をそこまで限定的に解してよいかという別の問題が生じてしまうであろう また 以上の発想はもともと 自殺幇助を原則として不可罰とするドイツ刑法 216 条の規定を前提に 要求に基づく殺人と自殺幇助の処罰の差別化を説明するための論理として提示されたものである したがって 自殺関与を同意殺人と同様に処罰の対象としている日本法の規定のもとでは 他人への依頼 を根拠とする差別化はなしえない これに対して 日本刑法 202 条の処罰根拠を 不自由意思の実現の抽象的危険から自殺者を守るためのパターナリズムとして説明する酒井安行は その抽象的危険の内実を 教唆 幇助 嘱託 承諾という形態での (64) 他人との接触のゆえに醸される自殺意思の不自由性 に求めている すな Probleme von Suizid und Euthanasie, 2001, S.265. Chatzikostas の見解については 佐藤 前掲注 (12)74 頁以下も参照 (62) Andreas von Hirsch/ Ulflid Neumann, Indirekter Paternalismus im Strafrecht am Beispiel der Tötung auf Verlangen ( 216 StGB), in:andreas von Hirsch/ Ulflid Neumann/ Kurt Seelmann (Hrsg.), Paternalismus im Strafrecht, 2010, S.80ff. (63) Ulflid Neumann, Der Tatbestand der Tötung auf Verlangen ( 216 StGB)als paternalistische Strafbestimmung, in:bijan Faeth Moghadam/ Stephan Sellmaier/ Wilhelm Vossenkuhl (Hrsg.), Grenzen des Paternalismus, 2010, S.245f. (64) 酒井安行 自殺関与罪と死の自己決定 パターナリズム 青山法学論集 42 巻 4

188 早法 95 巻 1 号 (2019) わち 同意殺人だけではなく 自殺関与に際しても 最終的な自手実行に至る過程で 他人に自殺を教唆されたり あるいは幇助を受けて物理的 心理的に自殺を促進されたような場合は 完全に自由で真意に基づかない自殺意思が形成 促進される危険をはらむことは否定できない (65) というのである この見解が 一般的な自殺意思の不自由さ というある種のフィクションに依拠することなく 不自由な自殺意思の実現の危険の内実を明らかにしようと試みている点は評価に値するものと思われる しかし 若尾岳志が指摘しているように 他者からの関与から完全に自由に 影響を受けることなく意思決定がなされるということはまずない 人が他者との関係性 ( 社会 ) の中で生きている以上 様々な人から影響を受けて意思決定をなし 様々な人から援助を受けて自己の意思を実現していくのである それゆえ 他者から影響を受けること自体はなんら問題を含むものではない むしろ場合によっては自己実現のために他者の手を借りることは 積極的に評価されるはずである といえる (66) 近年のパターナリズム研究においても こうした 他人とのコミュニケーションを通じた 自律的決定の補完の可能性はますます重視されているところであり (67) 少なくとも 他人の関与 を専ら 意思を歪ませる 方向で理解することは 恣意的であるといえる 第 3 款限定解釈の当否要求に基づく殺人の可罰性を例外的に否定すべき場合が存在するかどうかをめぐって 従来から様々な議論が展開されてきた 周知のように 学 号 (2001 年 )72 頁 (65) 酒井 前掲注 (64)73 頁 (66) 若尾 前掲注 (54)356 頁 同様の指摘として 鈴木晃 自殺関与罪の処罰根拠 中京法学 38 巻 3 = 4 号 (2004 年 )142 頁 (67) コミュニケーション的な選択支援 (kommunikative Wahlhilfen) による自律の補完の可能性について van Aaken, a.a.o. (Anm.20), S.128ff.

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 189 説では 一定の臨死介助について 苦痛回避と延命の衡量という観点から緊急避難の規定を通じた違法性阻却を試みる見解や 期待可能性の欠如を理由に責任が阻却されるとする見解が主張されている (68) これに対して Murmann は 要求に基づく殺人の処罰根拠を 瑕疵ある意思決定のリスク に求めることで 処罰を基礎づけるだけの十分な瑕疵のリスクが認められない場合には 本罪の構成要件該当性が否定される (69) という理解を示している こうした理解は 本罪の限定解釈の可能性を大きく開くものとして注目に値する一方で 帰結に与える影響の重大さから とりわけ慎重な検討を要する まず Murmann の構想から 瑕疵のリスクが存在しない場合を認定できる可能性が現実的にどれほどあるかは検討が必要である 上述してきたように Murmann の見解のキーワードは瑕疵の 普遍性 と 認定不能性 であった すなわち 我々の意思決定には瑕疵が遍在しているが しかし実際にそれを逐一認定することが困難であることから 瑕疵のリスクを根拠に 要求に基づく殺人の広範な処罰が正統化されていたのである このような発想を前提とした場合 普遍的 とされる瑕疵のリスクさえも存在しないケースを想定できるのか できるとして 裁判の場でそれを認定することが可能なのかという点は 疑問の余地があろう この点につき Murmann は 瑕疵のリスクさえも存在しない場合の具体例として 間接的臨死介助の事例と トラック運転手 の事例を挙げている 前者の間接的臨死介助については 苦痛緩和が主眼であることか (68) 臨死介助をめぐるドイツの議論状況については 武藤眞朗 ドイツにおける治療中止 甲斐克則編 終末期医療と医事法 ( 医事法講座第 4 巻 ) ( 信山社 2013 年 )185 頁以下 鈴木彰雄 臨死介助の諸問題 ドイツ法の現状と課題 法学新報 122 巻 11=12 号 (2016 年 )267 頁以下 只木誠 臨死介助 治療中止 自殺幇助と 自己決定 をめぐる近時の理論状況 椎橋隆幸先生古稀記念 新時代の刑事法学下巻 ( 信山社 2016 年 )151 頁以下 甲斐克則 終末期医療と刑法 ( 成文堂 2017 年 )49 頁以下を参照 (69) Murmann, a.a.o. (Anm.9), S.499.

190 早法 95 巻 1 号 (2019) ら ドイツの判例や医療実務においてその許容性が広く承認されている (70) これに対して トラック運転手 の事例のように 意図的な生命短縮による苦痛の終結が問題となるケースについては その許容性について争いがある Murmann は この場合の死の意思決定が 一般人から見ても合理的と思えることに加えて 自分自身で手を下すことが物理的に不可能な状況であることから 殺害行為の依頼が 心の準備のなさ を徴憑すると評価できないことを理由に 瑕疵のリスクの存在を否定し 要求に基づく殺人の可罰性が否定されると説いている もっとも こうした方向性を徹底する場合には 間接的臨死介助だけでなく 積極的臨死介助 を広く許容する道を開きかねないように思われ (71) る すでに我が国でも 自殺関与罪の処罰根拠を不自由な自殺意思に求めた秋葉は 安楽死のように 重篤な苦痛の存在 死期が間近であるなどの状況から 本人の死ぬ意思が真意からのものと推定される 場合には 生命を侵害する行為の違法性が阻却されると指摘していた (72) こうした論理は 場合によっては 意図的な生命短縮を広く正当化する機能を発揮するように思われるが その当否については検討が必要である (73) 同意殺人の例外的な許容の可能性と限界を検討することは今後も重要な社会的課題となろうが それだけに 本罪の処罰範囲を意思決定の瑕疵のリスクの有無という いわば個人的 主観的な事情に全面的に依存させることには疑問の余地があろう (74) (70) BGHSt 42, 301 [305]. (71) ただし 積極的臨死介助と間接的臨死介助の区別自体に疑問の余地がある点につき ヘニング ローゼナウ ( 甲斐克則 = 福山好典訳 ) ドイツにおける臨死介助および自殺幇助の権利 甲斐克則編訳 海外の安楽死 自殺幇助と法 ( 慶應義塾大学出版会 2015 年 )84 頁以下参照 (72) 秋葉 前掲注 (52)190 頁 これに対して 酒井 前掲注 (64)64 頁は 激しい苦痛に苛まれ 錯乱していることも多い状態での決定は 事実認識としては まさに瑕疵に充ちた不自由な決定であることが多いといわざるをえない と反論する (73) 谷 前掲注 (16)174 頁参照

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 191 第 4 款同意傷害の処罰根拠 Murmann の見解のように 同意傷害の処罰を 瑕疵ある意思決定からの本人保護という 弱いパターナリズム 的な観点から正統化する見解は すでに Wolfgang Frisch によって主張されていた (75) Frisch によれば 同意傷害の不法が根拠づけられるのは 同意が本人の自律的な決断の表明でないと評価される場合に限られる それはとりわけ同意無能力と意思の瑕疵 ( 錯誤や強制 ) の事例であるが これらの事例で同意の有効性を否定するだけでは 本人の保護として不十分である なぜなら これまで展開されてきた議論では 同意無能力や意思の瑕疵が肯定される状況が十分に解明されていないからである そこで これらの状況が認められない場合にも 同意無能力や意思の瑕疵といったカテゴリーとは独立して 不合理な意思決定から本人を保護することが必要である そのための規定がドイツ刑法 228 条である すなわち 本条は同意の無効に関するもう一つの規則であり 本条にいう 良俗違反 とは 瑕疵ある意思決定を示すための記号として理解されるというのである (76) もっとも Frisch は 自己決定が保持される利益の重要性に鑑みると 不合理だということを理由に同意が無効とされるのは 例外的な場合に限られるとする その中心的事例となるのは 重大な身体傷害 とりわけ明白な根拠なくあるいは追体験可能な根拠なく要求された 回復不可能な結果を伴う 傷害である (77) それらは 合理的な人間の決断の表明として理 (74) これに対して 飯島 前掲注 (16)77 頁は 自殺 ( 関与 ) 行為の不法根拠を 他者関係性を有する生命保持義務の違反に求めることを前提に 当該義務の例外的解除が認められるためには 主観的な理由に基づくだけでは不十分であり 客観的に了解され得る事情 が必要であると指摘する (75) Wolfgang Frisch, Zum Unrecht der sittenwidrigen Körperverletzung ( 228 StGB), in:festschrift für Hans Joachim Hirsch zum 70. Geburtstag, 1999, S.485ff. 本論文の紹介として 塩谷毅 ヴォルフガンク フリッシュ 善良な風俗に反する傷害の不法について ( 228 StGB) 立命館法学 281 号 (2002 年 )82 頁以下 (76) Frisch, a.a.o. (Anm.75), S.491ff. (77) Frisch, a.a.o. (Anm.75), S.499.

192 早法 95 巻 1 号 (2019) 解することができない なぜなら 合理的な人間ならば 自己の存在と自由の本質的な条件 ( たとえば臓器や重要な身体部分 ) を脅かすような回復不可能な身体傷害に 十分な根拠なく同意することはしないであろうからである Frischの見解に対しては 過剰な 合理性のコントロール (Vernünftigkeitskontrolle) に至りうるとの批判が向けられている (78) すなわち Frisch が 合理的な人間であればそのような決断はしないはずで 4 4 4 4 ある という客観的な不合理性を拠り所としながら 本人の意思決定に瑕疵の存在を認め その同意の有効性を否定するのは まさに客観的な価値判断を本人に押し付けるという 他律的な後見ではないかが問題視されているのである (79) 本人の自由の尊重という観点からすれば むしろ 究極的な状況において 客観的な基準によれば不合理とされる決断を行う自由も 人格の自律の一部を構成する (80) と理解されなければならないはずである このような批判を Murmann は 瑕疵ある意思決定の リスク を処罰根拠とすることにより回避しようと試みている たしかに Frisch の 4 4 4 ように 決断の不合理性から 本人の意思決定に瑕疵が実際に (tatsächlich) 存在するという事実まで導くことは不当であるが しかし 少なくとも 取り返しのつかない身体への侵襲に十分な理由もなく同意するような決断が 客観的な基準だけではなく 決定者自身の基準にとっても不合理であるという 相当の可能性 (naheliegende Möglichkeit) から出発することは許されるはずであり (81) このリスクこそが 身体処分への法的介入を正統化する根拠となりうるというのである (78) Thomas Rönnau, Willensmängel bei der Einwilligung, 2001, S.168. (79) 同様の批判として Duttge, a.a.o. (Anm.13), S.776f.;Detlev Sternberg Lieben, 228 StGB:eine nicht nur überflüssige Regelung, in:gedächtnisschrift für Rolf Keller, 2003, S.309. (80) Rigopoulou, a.a.o. (Anm.59), S.302. (81) Murmann, a.a.o. (Anm.9), S.503.

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 193 一見すると リスク ないし 相当の可能性 というクッションを置くことで 本人の価値基準が客観的な合理性の基準に完全に置き換えられてしまうことを回避する Murmann の構想の方が 決定者本人の価値基準を尊重しようとする 弱いパターナリズム の前提とも整合的であるようにも思われる しかしながら 他方で 瑕疵の リスク を根拠に同意の効力を制限するということは 裏を返せば 本人が実際には完全に自由な意思で同意していた場合にも その自由が制約される余地を認めるということである この点では 弱いパターナリズム に反するような 過剰な法的介入を正当化してしまう可能性があることも意識しておく必要があろう しかも Murmann の見解によれば その リスク の有無は結局のところ 動機の追体験可能性等の客観的な基準により判断されるというのであるから Frisch の見解と比べて穏当であるとは 必ずしも言い切れないように思われる (82) 第 4 章結びに代えて 最後に Murmann の構想の核心でもある 強いパターナリズム と 弱いパターナリズム の区別について言及しておきたい 強いパターナリズムを拒絶し 弱いパターナリズムの限度で刑法的介入を正統化しようとする場合 両者の区別が重要な課題となる 形式的には 被介入者の意思決定に瑕疵あるいは任意性があるかどうかにより区別されるといえるが その判定基準をどう捉えるかにより この二種のパターナリズムの限界線が大幅に流動することには注意が必要である (83) Murmann の見解は (82) さらに Murmann の見解によれば 傷害罪には 同意が不存在 無効な場合の 侵害犯 としての性格と 瑕疵あるリスクがある場合の ( 抽象的 ) 危険犯 としての性格という 二重の性格 (Doppelcharakter) が与えられることになるが (Murmann, a.a.o. (Anm.10), S.307) 侵害犯と危険犯とで法定刑が同一とされることの正当性に関しても 説明が必要となろう (83) 中村 前掲注 ( 4 )31 頁

194 早法 95 巻 1 号 (2019) このことを的確に踏まえたうえで 弱いパターナリズムの限界づけを図ろうとするものであり その問題意識は極めて正当なものであると評価でき (84) る しかし Murmann 自身が その限界づけに成功しているかどうかは 本稿で展開してきた批判的検討とも関連して なお疑いが残るように思われる まず Murmann が 要求に基づく殺人と同意傷害の処罰の正統化に際して 普遍的な瑕疵 を援用している点が 弱いパターナリズムを逸脱した国家の過剰介入とならないかは議論の余地があろう 普遍的な瑕疵は 文字通り我々のあらゆる意思決定に認めうるものであり それが例外的とはいえども刑法的介入の根拠になるかは 慎重に検討されなければならない また Murmann が 瑕疵の リスク を処罰根拠とすることは 客観的な不合理性から直ちに本人の意思決定の瑕疵の存在を導くフィクションを犯さない点で優れた理論構成といえるが その反面で 本人が実際に完全に自由な意思で同意していた場合にも その自由が制約される余地を認めるということであり これが弱いパターナリズムの前提と整合するかについても より綿密な検討が必要であろう さらに Murmann が 瑕疵ある意思決定のリスクを推し量る際に 動機の 追体験可能性 等の基準を持ち出しているのは まさに強いパターナリズムに片足を踏み込むものではないか という疑念も生じうる むしろ 弱いパターナリズム の衣を纏っている分だけ パターナリスティックな考慮が無批判に正当化されてしまうことにならないかという点に 警戒を払う必要があろう とはいえ リベラルな国家観を出発点として 弱いパターナリズムから要求に基づく殺人と同意傷害の処罰の正統化を試みた Murmann の見解 (84) 弱いパターナリズムの限界を具体化する近時の試みとして Bijan Faeth Moghadam, Grenzen des weichen Paternalismus:Blinde Flecken der liberalen Paternalismuskritik, in:bijan Faeth Moghadam/ Stephan Sellmaier/ Wilhelm Vossenkuhl(Hrsg.), Grenzen des Paternalismus, 2010, S.28ff.

同意殺人 同意傷害とパターナリズム ( 菊地 ) 195 は 無限定なパターナリスティックな介入に対する批判的な視点を提供するものとして 示唆に富むものと評価することができる また何より 以上の懸念は 法益主体の意思への介入を基本的に弱いパターナリズムによ (85) り根拠づけようと試みる筆者自身の課題でもある この課題と向き合うことで 今後さらに刑法におけるパターナリズム論の可能性を具体的に解明していきたい (85) その基本的な構想につき 菊地一樹 法益主体の同意と規範的自律 ( 1 ) ( 2 完) 早稲田法学会誌 66 巻 2 号 165 頁以下 67 巻 1 号 171 頁以下 (2016 年 ) 同 法益主体の同意と規範的自律 2017 年度早稲田大学法学博士学位請求論文を参照