金属組織の観察について キーワード : 金属組織, 研磨, エッチング 神戸市民防災総合センター 研究担当澤田邦彦 1. はじめに出火箇所や火災の原因調査をしていく上で, 木製の柱や家具の焼けの強さを比較しながら見分していくことは重要なことである それと同じように金属についても, 受熱の強さを比較することができれば, より客観的な火災原因の調査をしていくことができる 当研究所においては, 金属組織を観察した鑑定事例がまだ殆どないため, 金属組織の観察によってどのようなことが分かるのか検証を行った バランスよく配置する そうすることによって, 試料を水平に研磨しやすくなる 試料を入れれば, ケースの中に硬化させる樹脂をゆっくりと, 気泡がなるべくできないように流し込む 最後に, 試料を入れた樹脂に特殊な光を十数分照射すれば, 樹脂が固まる 2. 金属組織の観測方法金属組織を観察するには, 下記のような手順が必要となる 1 観察したい金属を樹脂で固める 2 研磨する 3 エッチング ( 腐食 ) する 4 金属顕微鏡による観察 2.1 観察したい金属を樹脂で固める金属をきれいに研磨するためには, まず観察したい試料を, 樹脂で固めて研磨しやすいように加工しなければならない 研磨用の硬化樹脂は, 2 種類の硬化剤を混ぜ合わせて硬化させるもの や 硬化剤に特殊な光を照射して硬化させるもの など, さまざまな種類がある また, 硬化させる樹脂も アクリル ポリエステル エポキシ などさまざまな種類がある ここでは, 透明度が高く, 短時間で硬化できる, 写真 1 のような一液性可視光硬化タイプのものを使用する まず, 円柱状のケースの中に試料を入れる 試料はなるべく円の中心から点対称になるように, 写真 1 試料を樹脂で固めるための装置 2.2 研磨金属試料の研磨には, 耐水研磨紙を使用する ここでは, 粒度 220, 800, 1500 の研磨紙により, 写真 2 のような小型平面研磨機を使用して研磨を行う 樹脂で固めた円柱状の試料は, まず研磨の際に手が痛くないように, 図 1 のように, 試料と反対側を粒度の粗い研磨紙を使って, 角を落としておく
研磨剤研磨機写真 2 研磨機と研磨剤角を落とす断面図図 1 試料の研磨方法次に, 粒度の粗い研磨紙から順に水をかけながら研磨を行う 粒度の粗い研磨紙から, 粒度の細かい研磨紙に変えた際は, 写真 3 のような粒度の粗い研磨紙により付いた傷がすべて消えるように研磨をする その作業を繰り返して, より細かな傷だけが残るようにする 粒度の粗い研磨紙による傷が残らないようにする に鏡面になるように研磨をする 1500 の研磨とクロスによるバフ研磨は特に丁寧に行わないと, きれいな鏡面を得ることができない ここで, きれいな鏡面ができていないと, 次のエッチング ( 腐食 ) がうまくできない 当研究所では現在, バフ研磨の研磨剤は, 銅のエッチングには不向きな面もあるが, 結晶アルミナが主成分のものを使用している 1500 よりさらに細かい研磨紙を使用すれば, さらによい鏡面を作成することもできる 2.3 エッチング ( 腐食 ) 研磨により, 試料に鏡面を作成することができれば, 試料面を流水できれいに洗う その時に, 鏡面を直接手で触れることがないように, 試料は丁寧に取り扱う 鏡面がきれいになれば, いよいよエッチングである 試料が銅合金である場合は, 下記のものを混ぜた銅用のエッチング液を使用する ( 銅用のエッチング液 ) HCl:20~50 ml 塩化鉄 (Ⅱ):5~10 g 水又はエチルアルコール :100~200 g 火災原因調査の場合は, 銅線やプラグの差し刃など, 試料が銅合金である場合が多いため, 現在のところこのエッチング液で腐食が可能である ただし, ステンレスなど銅以外の金属を腐食させたい場合は, 王水など他のエッチング液が必要となる エッチングは, 試料を腐食しても良いピンセットで持ち, シャーレ又はビーカーに入れた腐食液に試料の研磨した面を漬け込み, 数秒間待つ その後, 水により腐食液を洗い流した, エチルアルコールに一旦漬けてから, ドライヤーを使って乾燥させる 写真 3 研磨面の状況 1500 の研磨を上手にすれば, ある程度鏡のように反射する面が作成できる そして, 最終研磨を行うためのクロスに, 研磨剤を塗って, 最終的
エッチングした面を顕微鏡で観察し, 写真 4 のような金属組織が観察できれば, 成功である 金属組織が見えなければ, 腐食を再度行い, いくら腐食しても組織が観察できない場合は, 研磨を再度やり直してから, 腐食を再度行う 一様に溶融している 写真 5 表面が溶融している銅線また, 写真 6 は温度ヒューズが取り付けられていた銅線であるが, 温度ヒューズ側の先端部のみに, 多数の空隙が認められ, 先端部のみが溶融している状況が分かる 従って, 写真 5 は火災熱によって溶融した銅線であるが, 写真 6 は温度ヒューズ側において何らかの局部的な発熱があったことが示唆される 写真 4 銅線を腐食させた状況 2.4 顕微鏡による観察研磨した面の金属組織を顕微鏡で観察することで 様々な情報を得ることができる 3. 観察事例金属組織を観察することによって, 金属内部の状況を見分することができる 火災現場から採取した銅製品の観察事例について紹介する 3.1 受熱の強弱を観察する金属組織を観察することで, 最も役にたったことは, その金属が火災熱や電気的短絡によって受けた受熱の度合いを, 視覚的に見ることができることである 写真 5 は火災熱によって, 表面が溶融した銅線であるが, 表面に多数の空隙があり, 銅線全体の表面が一様に火災熱によって溶融している状況が分かる 温度ヒューズ側写真 6 銅線先端の状況 3.2 断面の観察金属表面を研磨後に腐食させて, 金属組織を観察する方法は, 金属組織の観察以外にも大変有効である 今までは, 焼損物品の見分方法としては, その物品を分解していくことはあっても, 物品を削って内部の状況を観察することは殆どなかった
しかし, 観察したい試料を樹脂に埋め込んで削り, 内部を観察するという手法は, 鑑定を実施していく上でも大変有効である 金属組織の観察方法を, 別の観察に利用した事案について紹介する 写真 7 は感温ペレット型温度ヒューズの一部を削り取った写真であるが, このように削り取っていくことによって, 内部の状況を目視及び顕微鏡を用いて観察することができる この状態で金属元素の分析等を行ったところ, 黒色を呈している箇所の大部分が亜酸化銅であることが分かった 写真 11 参照 黄金色 黒色又は暗赤色 写真 7 温度ヒューズの内部状況そして, この観察と研磨の作業を繰り返し, 断面の画像を複数撮影することによって, 内部構造全体を把握することができる 写真 8 は溶断した電源プラグの差し刃であるが, 表面全体が腐食しており, 溶断の原因が短絡によるものなのか, それ以外の理由によるものなのかは判別できない 写真 9 プラグ差し刃に付着した亜酸化銅この黒色又は暗赤色を呈する亜酸化銅の分布状況を調べるためには, 試料を削り取りながら, 顕微鏡写真を撮影すれば良い 溶断した差し刃を研磨しながら, 写真撮影すると, 内部の大部分は黄金色を呈しているが, 溶断部付近 と 抜け防止の穴周囲 に亜酸化銅が特に付着しており, 且つ 溶断部付近 と 抜け防止の穴周囲 の亜酸化銅は, 差し刃表面にできた亜酸化銅を介して, 立体的に繋がっていることが分かった 写真 9 の試料をさらに研磨した状況を写真 10 に示す 黒色又は暗赤色 黄金色 写真 8 電源プラグの差し刃溶断した差し刃を樹脂に固め, 表面を削ると写真 9 のように, 黄金色の金属光沢を示す部分と, 黒色を呈する部分がある 写真 10 さらに研磨した差し刃
このように, 金属組織の観察をする必要がない場合は, 鏡面研磨やエッチングの作業が省略できる また, 金属顕微鏡を使用して, 断面の状況を偏光観察することによって, 亜酸化銅本来の色である赤いルビー色をより明白に観察することができる 写真 9 の赤枠内を金属顕微鏡により撮影したものを写真 11 に示す 肉眼では黒色又は暗赤色を呈している部分においても, 偏光観察を行うことで, 亜酸化銅の色である赤いルビー色を際立たせることができる カーボンテープ 写真 12 元素分析の前処理 写真 11 金属顕微鏡により撮影した亜酸化銅 3.3X 線分析装置付電子顕微鏡による観察樹脂の中に固めて研磨した試料は, 比較的簡単な前処理方法によって, そのままエネルギー分散型 X 線分析装置付電子顕微鏡などによる, 元素分析を行うことができる 研磨と金属顕微鏡による観察において, 元素分析をしたい箇所が現れれば, 写真 12 のように, 研磨面表面にカーボンを蒸着させ, 且つカーボンテープを貼り付けることで, 試料の元素分析を行うことができる 元素分析後は, 蒸着した面をさらに研磨していくことで, そのまま試料内部の観察を続けることができる 4. おわりに現在では, X 線透過装置などを用いて, 火災で焼損した物品の内部状況を比較的簡単に確認できる さらに, X 線 CT 画像により, 試料を破壊することなく三次元で構造を確認することもできるようになった しかし, 試料内部の状況を詳細に確認するためには, 少し労力を要するが, 最終的には分解及び研磨をして, 目で見て確認することが必要である 金属組織に関する観察方法を教えて頂いたことによって, 金属組織だけでなく, これ以上分解することができない焼損物品においても 研磨することによって さらに内部状況を観察することができるようになった 金属組織の観察に関しては, まだまだ技術的に難しい点も多く, 技術支援を頂いております兵庫県立工業技術センターの皆様に 感謝の意を表します