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様式 C-19 F-19 Z-19 CK-19( 共通 ) 科学研究費助成事業研究成果報告書 平成 26 年 3 月 24 日現在 機関番号 : 12611 研究種目 : 基盤研究 (C) 研究期間 : 2011~2013 課題番号 : 23500875 研究課題名 ( 和文 ) 服飾流行における模倣論構築のための社会 文化史的研究研究課題名 ( 英文 ) A Study of the Social and Cultural History of the Imitation Theory of Costume Fashion 研究代表者徳井淑子 (TOKUI, Yoshiko) お茶の水女子大学 大学院人間文化創成科学研究科 教授研究者番号 :80172146 交付決定額 ( 研究期間全体 ):( 直接経費 )4,000,000 円 ( 間接経費 )1,200,000 円 研究成果の概要 ( 和文 ): 服飾流行における模倣論の構築には 時代と地域による多様な流行現象の構造分析を集積する必要がある 模倣を生む媒体とシステムは 時代と地域に固有の社会構造や経済の様態 あるいは政治文化によって異なるからである ヨーロッパ中世では 祝祭や文芸の宮廷間交流が媒介となって服飾文様の伝播が行われる例があり 身体表象が社会秩序に組み込まれた 17 世紀フランスでは 大量の作法書が流行を支えている 18 世紀後半に誕生するモード商は オートクチュールのデザイナーの前身とも 大規模小売りの百貨店の前身ともいえる二重の意味において近世の流行を牽引している 男女の服装の乖離を生んだ 19 世紀には 逆説的ではあるが ゆえに異性装を助長し ここには初期のフェミニズムの思潮背景がある 一方 近代日本では 西洋文化の受容としての洋装礼装の普及が 近代国家の成立過程に連動した政治性をもっている 芸術とファッションの近接が促された 20 世紀は デザイン ソースとしての模倣と引用が創造性を獲得するに至っている 研究成果の概要 ( 英文 ): In order to construct a theory of imitation in costume fashion, it is necessary to integrate several structural analyses of the fashion phenomenon in terms of time and place. This is because the media and the systems that cultivate imitation differ by specific temporal and geographical social structures, economic modalities, or political cultures. In the European Middle Ages, costume patterns were propagated by means of feasts and literary exchanges among courts, and in 17 th century France, where physical representation was embedded in the social order, many documents on manners supported fashion. The manner in which merchants treated fashion in the second half of the 18th century led to the double meaning of modern fashion, in that the merchant was a precursor of haute couture design and the large-scale, retail department store. In the 19th century, a deviation in the costumes of men and women was created; although it is paradoxical to say that this change promoted cross-dressing, it is part of the background of early feminist thought. In modern Japan, in comparison, the diffusion of Western formal dress and the acceptance of Western culture were political phenomena that related to the formulation of the modern nation. In the 20 th century, when the adjacency of art and fashion was encouraged, imitation and citation as design sources were employed to spur creativity. 研究分野 : 総合領域 科研費の分科 細目 : 生活科学一般 生活文化 キーワード : 服飾 流行 模倣 異文化接触 身体表象 小売業 ジェンダー 近代化 1. 研究開始当初の背景服飾流行における模倣論は 消費社会を迎えた 19 世紀後半以降の欧米において 社会 経済学者によって社会的 経済的要因に 個人的な動機としての心理的な要因を加えて考察されてきた その後 1 世紀以上を経て

服飾史の識知が格段に増大した今日 模倣のメカニズムを生む時代性を問うことから 模倣論を再構築することが求められている すなわち それぞれの時代に様式化された服飾のありようについては 既に多くの調査の集積があるものの ファッションがいかに生成 伝播し 変容あるいは様式化に至ったのか 模倣の動態を検証することは未だ充分ではない この検証からむしろ時代の社会 経済 政治 文化が見えてくるはずである しかも 21 世紀を迎えて服飾デザインの懐古性が顕著になったとき 積極的引用ということばで模倣が創作のあり方として評価され 模倣は流行の伝播という社会的現象を超えて デザイン創作の根源を問う概念を有するに至っている 模倣の概念を多角的に検討する必要が服飾文化史に求められている 2. 研究の目的 (1) ヨーロッパ中世のドゥヴィーズに由来する服飾文様の流行が 文芸の創作 享受という教養知と 文芸趣味の実現の場である宮廷祝祭に支えられたことを示し 近現代の模倣行為との差異を考察する (2) アンシャン レジーム期に量産された礼儀作法書にみられる服装規範 つまり規範として示された宮廷を中心とするモードが どのように社会各層に伝播 模倣されたのか また伝播される過程でいかに変容したのか 身体論の視点から明らかにする (3) 18~19 世紀パリにおいて 服飾品の生産 流通の分析から流行現象の商業的側面を示すとともに それを服飾産業の長期的展開に位置づけて模倣のありようを考察する (4)19 世紀パリにおけるジェンダー規範について パリ警察が所蔵する異性装や行動規範に関する警察令 また刑法典における服装に関する条項の分析を通して 性の模倣行為に対する処罰の状況および異性装の文化受容のシステムを明らかにする (5) 近代日本の模倣行為について 西洋の模倣が近代化の尺度 という自明に対し 本当は何を模倣したのか という問いを掲げる 明治後半の男性における洋服化の進展は 男女間に洋服と和服の乖離を生み それは礼装規範の現場に顕著に現れた 乖離が国家体制との連動によって起こされたことは日本近代の模倣行為の特質といえる 3. 研究の方法対象とする時代 地域 流行現象に応じて 文書 図像史料を収集し 流行の諸相を社会 商業 政治文化として複眼的に分析する ヨーロッパ中世 近代については 宮廷の会計記録 年代記 回想録 礼儀作法書 戯曲を初め各種ジャンルの文学作品など 服飾の様態と慣習を伝える文書史料 および写本挿 絵 絵画 版画作品 諷刺画 ファッション プレート等の図像史料の分析を行う 商業史としての考察には 他に商人の帳簿 遺産目録 商業年鑑など服飾品の生産 流通を伝える文書史料の分析とともに 近代ヨーロッパの消費文化に関するフィールドワークを行う またジェンダー規範については 警察令や刑法 裁判記録などの史料の分析 日本近代については 公文書 官報 雑誌 新聞記事 雑誌挿絵 写真などの史料分析によって 模倣行為を生む社会 政治性を論じる 4. 研究成果 (1) 模倣を促す要因に 文学や芸術の教養知がある いつの時代にも見られる現象だが そこにどのようなメッセージ性と共感があるのかは時代によって異なる 中世ヨーロッパで アーサー王物語の騎士に扮して祝祭を演出するのは この種の文学が騎士道の手本として享受されたからである また恋愛詩のレトリックに由来する涙模様や花模様が 文学的抒情性をもって衣服の文様に流行する事例では 抒情的気分への共感がある あるいは動物誌という文学ジャンルに取材された動物文が ドゥヴィーズと称された個人の標章として採用される事例では 文学知によって ときに政治的なメッセージの伝達さえ行われる 14 15 世紀の文様の流布において 模倣の原動力として働いているのは文学的抒情性から政治的プロパガンダに及ぶメッセージ性である こうした文様の流布は 16 世紀にドゥヴィーズがより寓意を込めたエンブレムへと展開するにしたがって その意味を改変させる 一方 19 世紀のロマン主義時代に 若者たちの間で流行した懐古趣味ファッションは 歴史物の芝居や小説の人物に扮する文芸知に支えられた流行であり ここには想像界を遊ぶアーティストとしての矜持の表出があるとともに 近代ブルジョア社会への批判というメッセージがある ファッションとアートが接近し ファッションがアートの場となった 20 世紀には たとえばモンドリアン ルックのように衣服にアートが引用される 引用という新たな模倣は 時間と空間及び芸術ジャンルを超えて行われ ここに現代ファッションの模倣の特質がある (2)17 世紀に量産された礼儀作法書の豊かさはアラン モンタンドンが手掛けた浩瀚な作法書の書誌で既に示されている フランスの宮廷作法を最初に記した 1631 年のニコラ ファレの オネットム : 宮廷で気に入られる術 は 1520 年のカスティリオーネの 宮廷人 をモデルとしている その後 アントワーヌ クルタンやジャン バティスト ド ラ サル等の作法書が次々と刊行されるが 当時の作法書にはこれらの焼き直しが多く見られる たとえばアントワーヌ ド クル

タンの 1681 年の作法書は モルヴァン ド ベルガルドによる完全な模倣書が出版されている 模倣書が生まれること自体 記された礼儀作法が広範に広まったことを示している 服装規範にかかわる言説にも このような踏襲は顕著である たとえば 清潔をめぐって 美しくて白いリネン類を身につけていれば十分である あるいは 清潔でありたいと思うなら 衣服を自分の体格と身分と年齢にあわせるべきである 清潔であるために不可欠な法則はモードである という文言は ファレの作法書に登場して以来 クルタンやラ サルの作法書にもほぼ同様の文言で記されている このことは 作法書が宮廷作法を記録するものであったことにも起因する このように時間をかけて 規範の文言が繰り返し読み継がれることによって 規範の身体化が促されたとも考えられる しかし一方で 作法書は作法であるモードの伝播を意図しながらも その奥義には宮廷内部にとどめおかれた部分もある 模倣されることを前提としながらも 模倣するすべての者に 作法の本質が理解され体得されえるものではないことも明言される たとえば シャルル ソレルの ギャラントリーの法則 は ギャラントリーはパリの上流貴族の間でしか通用しないと記し ギャラントリーを田舎の者が真似をしても それは別物であると言い切る 宮廷作法である礼儀作法は 作法書によって伝播 模倣されていったが 逆説的に宮廷の占有として特権化されていき モードとしての価値が高まった (3) 服飾品生産 流通には 通時的 水平的 垂直的そして世界史的規模の模倣的移転が見られる 具体的には 18~19 世紀パリに登場したモード商という服飾関係業種が これに続く新物商という職業を通して 百貨店とオートクチュールという現代に連なる服飾品小売方法に結びついており ここに通時的な服飾産業形態の模倣 移転が見られる 加えて パサージュなど 18~19 世紀に誕生した服飾流行の都市内中心地となった商業空間のあり方には パリ及びロンドンという当時の世界的二大都市を起点として ヨーロッパ 世界各地へと水平的模倣が見られる また 18~19 世紀パリの服飾品流通状況を仕立服 古着 既製服の 3 軸を立てて分析すると かつては入手可能な服飾品が最新流行の新品か 過去の流行品である古着かは社会層によって違い 流行に垂直的タイムラグが存在したが 既製服の登場がこれを埋めた形になる さらに 既製服の登場 拡大という観点から考えると 既製服の工業生産が本格化した 20 世紀アメリカの状況や 近年になって新品既製服が盛んに流入し始めた現代サハラ以南アフリカでの状況に 既製服製造が始まった 19 世紀パリのそれとの類似点があり 服飾品流通と服飾流行を巡る世界史的規模での模倣的移転の可能性が見出される そして 類似する各事例について 1 つを他が模倣したと見なすだけではなく 起点と見える事例も含めてより広い世界史的枠組みに位置付けて捉え直す必要性と 模倣という観点の限界性をも認識するに至った (4) パリ警察が収蔵する資料の分析によれば 当初 女性の異性装を公共の場で禁じる狙いのあった警察令は カーニヴァルの異性装や男性の異性装へと拡大し 問題の所在が移り変わっていく 警察は 異性装 仮装 仮面の人々が参加するカーニヴァルの催しの主催者に警察への許可申請を要求し 娯楽や興行において男性の女性服着用を禁止するとともに 彼らと観客の男性がダンスを踊ることを禁じている そして警察令の対象外であった男性の異性装者は 19 世紀中葉には公然猥褻罪の嫌疑がかけられながらも罰せられることはなかったが 20 世紀後半には売春や同性愛 違法薬物の密売 不法入国などの問題と深く結び付き 警察の警戒や規制が厳しく変化していく さらに警察 裁判記録に読み取るべきは異性装を行う女性の動機である 賃金がより高い職業の選択や男性のものとみなされた職種への侵入など 異性装が女性に劣位な労働条件や環境下で生じ また多毛症などによる身体疾患を抱える女性の見かけの不自然さを緩和させる手段として利用されている 異性装者の意識分析をする際 警察 裁判記録が述べる動機は 社会から共感を呼び その行為を正当化するものになりやすいと指摘されてはいるものの これらの動機には注目すべきところがある 一つは 女性が経済的理由から男性の職種に侵入する場合 17 18 世紀には船乗り ( 水兵 ) や兵士という職業にほぼ限定されたが 19 世紀には印刷所など職種の幅に広がりを見せている点である もう一つは 警察が発行する異性装の許可書に特徴的な記載として 本来の身体的な特徴が簡潔に列記されている反面 多毛症の女性には男性服を着用する行為を推奨するなど 身体的な同化 模倣あるいは男女の見かけの不自然さに対しての著しい嫌悪が行政側に確認できる点である (5) 近代日本に特徴的な模倣のメカニズムは 礼装規範の形成過程に顕著である 近代日本は明治 4 年の断髪令の布告によって身分階級による服装上の制限は解消され 名目上は 随意に任せ という状況になるが 実態として国家的制御が存在する すなわち近代化を目指す新政府は 官吏や有爵位者の礼服を洋服で制定し 一般男子にも通常礼服を制定した また政策として服装制限をしない代りに 宮中参内や奉送迎 行幸が伴う国家行事への参列者には服装の指定を制御装置としている 指定の際に用いられた 通常礼服

通常服 黒高帽 という用語には国家体制の内情が反映されている 明治 5 年 11 月に太政官布告で制定された 通常礼服 と 明治 21 年宮内省の逹として出された 通常礼服は燕尾服 通常服はフロックコート という指示内容が 国家の服装規定の枠組みを形成したと言える 参内参賀時の服装として指定されたものが宮中に留まらず 行幸が伴う国家行事の場と それに準ずる場にも採用され 拡大し 特に宮中が刻印された 通常服 (= フロックコート ) 黒高帽 (= シルクハット ) を称賛して 紳士を自認する者たちが模倣する現場が各地に広がった 明治 30 年代半ば以降の紳士の服装として流行したフロックコートとシルクハットは 西洋文化の摂取 模倣ではなく むしろ宮中の礼装規範を模倣するという意識に基づいた流行であったと言える 一方 一般女子の礼服は 国家が正式に洋服を制定しなかったという点で 一般男子とは異なる状況におかれていたが 女性たちの自主規制的な横並びを意識した模倣行為によって白襟紋付と称された和服礼装が一般化し 宮中でも礼服的な扱いを受ける状態に至っている 男女の礼装規範の形成が乖離したのは 近代日本の国家体制に連動した模倣のメカニズムがあったからである 5. 主な発表論文等 ( 研究代表者 研究分担者及び連携研究者には下線 ) 雑誌論文 ( 計 8 件 ) 1 小山直子 礼装規範の形成と近代日本 博士論文 ( お茶の水女子大学 ) 査読有 2014 255 2 小山直子 近代日本における一般女子の礼装規範の形成 歴史的事象としての 白襟紋付 服飾文化学会誌 査読有 Vol.14 No.1 2014 1-18 3 小山直子 近代日本におけるフロックコートとシルクハットの紳士像の普及 通常服 黒高帽 に示された国家表現 国際服飾学会誌 査読有 No.44 2013 35-61 4 新實五穂 警察令にみる異性装の表徴 ドレスタディ 査読無 No.64 2013 24-31 5 角田奈歩 18 世紀後半パリにおける服飾品小売業者の営業活動 史潮 査読無 新 70 号 2011 4-22 6 角田奈歩 18 世紀パリのモード商会計帳簿に見られる商品 作業 服飾文化学会誌 査読有 Vol. 12 No.1,2011 13-19 7 伊藤亜紀 水野千依 新實五穂 服飾文化共同研究報告 2010 査読無 2011 37-44 8 新實五穂 Travestissement de George Sand et de l'heroine de Gabriel 文化女子大学文化ファッション研究機構平成 22 年度最終研究報告書 西洋服飾の史的事象によるジェンダー論 査読無 2011 64-74 学会発表 ( 計 9 件 ) 1 Nao TSUNODA, Research Possibilities Enhanced by Shared Databases: Data Samples of Parisian Clothing Retailers in the 18 th -19 th Centuries, International Conference "What Was Shared and What Was Circulated? Towards Global History of Consumption, Secondhand Circulations and Adaptations", 2013 年 11 月 24 日, Institute for Advanced Studies on Asia, the University of Tokyo, Tokyo 2 徳井淑子 涙と眼の文様 中世ヨーロッパのデザイン 日本家政学会服飾史 服飾美学部会 25 年度第 1 回研究会 2013 年 5 月 19 日 昭和女子大学 3 内村理奈 身体論の視点で服飾史を読む アンシャン レジーム期フランスの服飾を事例として 日本家政学会服飾史 服飾美学部会 25 年度第 2 回研究会 2013 年 3 月 9 日 日本女子大学 4 角田奈歩 18~19 世紀パリの服飾品流通と古着 国際ワークショップ 古着が開く世界 : 模倣と創造が生むファッション 2013 年 2 月 27 日 文化学園大学 5Yoshiko TOKUI, Historical and Comparative Research of Clothing Patterns, 2012 International Textiles and Costume Culture Congress, 2012 年 10 月 6 日, DungSung Women s University, Seoul 6 新實五穂 警察令と女性の異性装 パリ警察の Fond D/B 58 に収蔵された資料を中心に 国際服飾学会第 31 回大会 2012 年 6 月 9 日 大妻女子大学 7 角田奈歩 18 世紀後半 19 世紀前半パリにおける服飾品小売とモード商 史学会第 109 回大会西洋史部会 2011 年 11 月 6 日 東京大学 8 新實五穂 社会表象としての服飾 近代フランスにおける異性装の研究 服飾文化学会平成 23 年度研究例会 2011 年 11 月 26 日 東京家政大学

9 新實五穂 ジョルジュ サンドの男装にみる近代フランスの異性装 日本家政学会第 63 回大会服飾史 服飾美学部会フォーラム 2011 年 5 月 29 日 和洋女子大学 図書 ( 計 6 件 ) 1 内村理奈 悠書館 モードの身体史 近世フランスの服飾にみる清潔 ふるまい 逸脱の文化 2014 348 2 角田奈歩 悠書館 パリの服飾品小売とモード商 1760-1830 2013 251 3 徳井淑子, 他 ミネルヴァ書房 15 のテーマで学ぶ中世ヨーロッパ史 2013 207-229 4 徳井淑子 東信堂 涙と眼の文化史 中世ヨーロッパの標章と恋愛思想 2012 279 5 新實五穂, 他 新評論 200 年目のジョルジュ サンド 解釈の最先端と受容史 2012 16-38 6 徳井淑子 アティーナ プレス 衣服の歴史人類学に向けて 2011 13 6. 研究組織 (1) 研究代表者徳井淑子 (TOKUI, Yoshiko) お茶の水女子大学 大学院人間文化創成科学研究科 教授研究者番号 :80172146 (2) 研究分担者小山直子 (OYAMA, Naoko) お茶の水女子大学 生活科学部 非常勤講師研究者番号 :00194639 内村理奈 (UCHIMURA, Rina) 跡見学園女子大学 マネジメント学部 准教授研究者番号 :00401597 角田奈歩 (TSUNODA, Nao) お茶の水女子大学 大学院人間文化創成科学研究科 研究院研究員研究者番号 :10623209 新實五穂 (NIIMI, Iho) お茶の水女子大学 生活科学部 非常勤講師研究者番号 :80447573