中 山 信 子 NAKAYAMA Nobuko ドゥルシラ コーネル 著 イーストウッドの 男 たち マスキュリニティの 表 象 分 析 吉 良 貴 之 仲 正 昌 樹 監 訳 志 田 陽 子 星 野 立 子 岡 田 桂 柴 田 葵 森 脇 健 介 綾 部 六 郎 訳 ( 御 茶 の 水 書 房 2011 年 ) Clint Eastwood and Issues of American Masculinity, by Drucilla Cornell, translated by Kira Takayuki, Nakamasa Masaki, Shida Yōko, Hoshino Tatsuko, Okada Kei, Shibata Aoi, Moriwaki Kensuke, and Ayabe Rokurō (Ochanomizu Shobō, 2011) 本 書 は Drucilla Cornell, Clint Eastwood and Issues of American Maculinity, Fordham University Press,2009 の 全 訳 である ドゥルシ ラ コーネルは 法 哲 学 政 治 哲 学 フェミニズム 思 想 について 幅 広 い 業 績 があるラトガース 大 学 教 授 である その 主 要 著 書 は 多 くが 既 に 翻 訳 され 中 でもフェミニズムに 関 する 著 書 は 日 本 でも 広 く 知 られてい る そして 本 書 は ポストモダン フェミニズムとリベラルな 政 治 哲 学 の 生 産 的 な 結 合 を 図 ってきたドゥルシラ コーネルがクリント イーストウッドの 監 督 作 品 のほぼすべてについて 倫 理 的 フェミニス ト としての 一 貫 したパースペクティヴのもとに マスキュリニティ = 男 性 性 のあり 方 に 焦 点 を 当 てて 分 析 を 行 ったものである ( 吉 良 貴 之 による 解 説 339 頁 ) クリント イーストウッドは 現 代 のアメリカ 映 画 界 を 代 表 するス ターであり 監 督 である 1930 年 にサンフランシスコに 生 まれたイー ストウッドは テレビの 西 部 劇 シリーズ ローハイド で 人 気 を 得 た 80 早 稲 田 大 学 ジェンダー 研 究 所 紀 要 ジェンダー 研 究 21 2012 年 vol.2 Waseda University Gender Studies Institute
後 イタリア 製 西 部 劇 荒 野 の 用 心 棒 (セルジオ レオーネ 監 督 1964)で 世 界 的 に 知 られるようになり ダーティハリー (ドン シー ゲル 監 督 1971)でハリウッドのトップスターとなった また 彼 は 1967 年 に 製 作 会 社 マルパソ プロダクションを 興 し 俳 優 監 督 映 画 製 作 者 として 活 躍 する 1993 年 には 許 されざる 者 2004 年 に ミリオ ンダラー ベイビー で 共 にアカデミー 作 品 賞 監 督 賞 を 受 賞 し 80 歳 を 超 えた 現 在 も 新 作 を 次 々と 発 表 している こうしたイーストウッドに 関 する 書 物 は 日 本 でも 多 数 刊 行 されてい る 映 画 スター イーストウッドの 魅 力 を 伝 える シネアルバム 集 や 孤 高 の 騎 士 クリント イーストウッド (マイケル ヘンリー ウイルソン 2008)を 初 めとするインタヴュー 集 またイーストウッド の 評 伝 クリント イーストウッド ハリウッド 最 後 の 伝 説 (マー ク エリオット 2010)やイーストウッド 論 クリント イーストウッ ド アメリカ 映 画 史 を 再 生 する 男 ( 中 条 省 平 2001)など 枚 挙 に 暇 がな い これらの 書 物 がイーストウッドの 俳 優 監 督 としての 魅 力 や 技 量 を 論 じるのに 対 し 本 書 はイーストウッドの 監 督 作 品 に 描 かれた 男 性 像 を 通 じてその マスキュリニティ= 男 性 性 の 分 析 を 試 みるもので 数 多 いイーストウッド 関 連 の 書 物 の 中 でも 異 色 の 存 在 である ここで 表 題 になっている マスキュリニティ とは 攻 撃 性 肉 体 的 強 さ 性 的 能 力 など 男 性 的 と 称 されている 全 てのものを 指 すとコーネルは 規 定 している イーストウッドは 勇 壮 果 敢 なヒーローを 数 多 く 演 じ アメリカ 人 男 性 の マスキュリニティ を 象 徴 する 存 在 と 考 えられている その 結 果 彼 は 共 和 党 支 持 者 のイコンとなり 自 主 独 立 の 草 の 根 保 守 の 理 想 像 を 体 現 するものとされ 彼 自 身 もそう 見 られることを 否 定 しな い しかしイーストウッドの 監 督 作 品 に 描 かれる 男 性 像 を 仔 細 に 検 討 81
すると その 男 らしさ は 多 くのハリウッド 映 画 に 登 場 する 正 義 のために 躊 躇 うことなく 暴 力 を 行 使 するヒーローとは 異 質 のものであ ることがわかる そこで 本 書 はイーストウッド 監 督 作 品 に 表 象 される マスキュリニティ を ジェンダー 理 論 法 哲 学 の 視 点 から 解 明 し ようと 試 みるものである これまでジェンダー 映 画 批 評 では 女 性 像 に 関 する 研 究 は 多 数 なされてきた しかしその 対 となる 男 性 像 の 研 究 は 少 ない そうした 点 からも 本 書 はジェンダー 論 法 哲 学 研 究 そしてイ ーストウッド 作 品 への 映 画 批 評 としても 興 味 深 いものである 本 書 の 構 成 を 見 てみよう イントロダクション:シューティング イーストウッド 第 一 章 決 戦 を 描 くこと 日 没 後 に 残 されたもの: 荒 野 のストレンジャー (1973) ペイルライダー (1985) 許 されざ る 者 (1992) 第 二 章 分 身 との 舞 踏 内 なる 闇 から 手 を 伸 ばすこと: タイトロープ (1984) ザ シークレット サービス (1993) ブラ ッド ワーク (2002) ダーティハリー4 (1983) 第 三 章 拘 束 する 絆 残 された 母 の 愛 : マディソン 郡 の 橋 (1995) 第 四 章 精 神 の 傷 痕 変 容 的 関 係 と 道 徳 的 修 復 : パーフェクトワールド (1993) 目 撃 (1997) ミリオンダラー ベ イビー (2004) 第 五 章 ミスティックリバー (2003)における 復 讐 とマスキュリニテ ィの 寓 話 第 六 章 軍 隊 と 男 らしさ 打 ち 砕 かれるイメージと 戦 争 のトラウマ: アウトロー (1976) ファイヤーフォックス (1982) ハートブレイ ク リッジ/ 勝 利 の 戦 場 (1986) 父 親 たちの 星 条 旗 (2006) 硫 黄 島 か らの 手 紙 (2006) 82
ホワイトハンター ブラックハート (1990) トゥルー クライム (1999) バード (1988) 結 論 :ザ ラストテイク 著 者 はイントロダクションで 本 書 の 意 図 を 以 下 のように 述 べてい る クリント イーストウッドは ダーティハリー シリーズでスタ ーになった これらの 作 品 で 彼 が 演 じたのはマグナムを 手 に 時 には 法 を 逸 脱 した 捜 査 で 悪 人 を 追 い 詰 めるマッチョなタフガイであった こうしたイメージから 俳 優 としてのイーストウッドは 暴 力 的 で 凶 暴 な マスキュリニティ を 表 象 するものと 多 くの 批 評 家 や 観 客 に 考 え られた しかしイーストウッドの 監 督 作 品 を 検 討 すると こうした 認 識 の 修 正 を 余 儀 なくされる 監 督 としての 彼 が 取 り 上 げているのは 男 性 がファルス 的 な 力 を 誇 示 することの 危 うさ 脆 さであり マスキ ュリニティの 見 かけ 上 の 力 を 根 本 的 に 疑 問 に 付 すことに 伴 う 試 練 (16 頁 )ではないか イーストウッドはハリウッドの 商 業 映 画 の 枠 組 みを 利 用 しながら ステレオタイプ 化 された 男 らしさ の 幻 想 を 解 体 し 現 代 のアメリカで 良 き 男 として 生 きるとことの 困 難 さを 問 うてい るのではないか こうした 点 を 彼 の 監 督 作 品 を 通 じて 具 体 的 に 考 察 す る 第 一 章 ではイーストウッドが 監 督 主 演 した 三 本 の 西 部 劇 を 考 察 す る 西 部 劇 はアメリカの 建 国 神 話 に 基 くアクション 映 画 で 建 国 に 寄 与 したカウボーイの 正 義 を 称 揚 するものである その 正 義 と は 明 確 な 善 悪 二 元 論 に 基 いた 父 権 制 社 会 での 男 らしさの 理 想 を 表 象 す るものである しかし 実 際 は こうした 正 義 は 幻 想 であった そ こでマカロニウエスタンに 登 場 する 正 義 とは 無 縁 の 賞 金 稼 ぎは カウボーイ 神 話 のパロディであると 著 者 は 指 摘 する テレビの 西 部 劇 83
シリーズで 頭 角 を 現 し マカロニウエスタンで 有 名 になったイースト ウッドが 描 くのは カウボーイ 神 話 消 滅 後 の 世 界 である 荒 野 のス トレンジャー では 殺 された 保 安 官 の 亡 霊 として 現 れた 名 無 し 男 が 復 讐 の 名 の 下 に 振 るう 暴 力 で 町 は 崩 壊 する 彼 の 暴 力 の 矛 先 は 保 安 官 を 殺 した 悪 人 のみならず それを 傍 観 していた 町 民 にも 向 け られる この 作 品 は 悪 の 再 生 は 加 害 者 と 傍 観 者 が 自 らの 行 為 を 認 め その 修 復 と 許 しを 求 めることに 失 敗 したことに 起 因 するという 寓 話 である (31 頁 )と 著 者 は 評 している 多 くの 西 部 劇 では 保 安 官 は 法 の 守 護 者 牧 師 は 聖 なる 存 在 として マスキュリニティ の 理 想 を 象 徴 するものである しかし ペイル ライダー では 背 中 に 傷 のある 流 れ 者 が 牧 師 姿 で 砂 金 掘 りを 搾 取 す る 採 掘 会 社 に 対 峙 する 許 されざる 者 で 賞 金 稼 ぎのガンマンが 最 後 に 撃 つのは 白 人 の 保 安 官 である この 保 安 官 は 娼 婦 に 重 傷 を 負 わせ た 白 人 のカウボーイを 守 り ガンマンの 黒 人 の 相 棒 を 拷 問 で 殺 したの である 従 来 の 西 部 劇 では 娼 婦 や 黒 人 は 登 場 人 物 としてだけでなく 画 面 上 からも 排 除 されていた しかし 許 されざる 者 のヒーローは 彼 らの 為 に 法 の 体 現 者 として 暴 力 を 振 るう 保 安 官 に 銃 を 向 ける 西 部 劇 のカウボーイ 神 話 の 崩 壊 を 象 徴 するこの 作 品 で イーストウッドは 自 身 がかつて 演 じた 無 道 徳 でファルス 的 男 性 像 との 決 別 を 明 らかにし たと 著 者 は 指 摘 する(65 頁 ) そして 許 されざる 者 がアメリカで 観 客 の 圧 倒 的 支 持 を 獲 得 し 1993 年 度 のアカデミー 作 品 賞 監 督 賞 を 受 賞 したことは アメリカ 社 会 の 変 貌 を 象 徴 するものではないだろうか 第 二 章 では 悪 の 本 質 とエロティズムの 問 題 を 一 人 の 人 間 が 持 つ 二 面 性 という 点 から 考 察 する タイトロープ の 娼 婦 殺 人 事 件 を 追 う 刑 事 は 自 身 も 娼 婦 を 買 い 暴 力 行 為 への 衝 動 を 抑 えられない 彼 は 自 分 が 追 う 悪 人 と 同 じ 資 質 を 自 らの 中 に 認 識 し 自 分 は 警 官 として 不 適 格 者 ではないかと 懊 悩 する ザ シークレット サービス (ヴォル 84
わっていないが 善 悪 と 分 身 というテーマが 扱 われているので 取 り 上 げられている 大 統 領 の 狙 撃 者 を 追 うシークレット サービスは そ の 過 程 で 狙 撃 者 も 彼 と 同 じように 国 家 権 力 に 裏 切 られた 経 験 を 持 つこ とを 知 り 自 分 の 分 身 であるかのように 感 じる また 時 には 法 を 超 越 して 悪 を 倒 すダーティハリーシリーズのうち イーストウッドが 監 督 をした ダーティハリー4 はシリーズの 定 式 からの 逸 脱 が 目 立 つ ここではレイプの 被 害 者 がレイプ 犯 と 事 件 の 隠 蔽 を 図 る 町 の 有 力 者 を 殺 害 する この 殺 人 犯 を 追 うハリーは 彼 女 に 同 情 し これまで 自 分 が 執 行 してきた 法 は 男 性 の 間 でのみ 通 用 するもので 女 性 の 利 害 を 無 視 したものであることに 気 づき 最 後 は 復 讐 の 権 利 と 慈 悲 の 問 題 を 観 客 に 問 いかける 多 くのハリウッド 映 画 では 観 客 は 悪 い 敵 を 完 璧 に 叩 きのめすヒ ーローに 自 己 同 一 化 することでカタルシスを 得 る ハリウッドの 商 業 映 画 の 形 式 を 踏 襲 しながらイーストウッドが 描 くのは 単 純 な 善 悪 二 元 論 的 な 悪 ではなく 善 と 悪 とが 表 裏 一 体 の 関 係 にあるより 複 雑 な 世 界 であると 著 者 は 指 摘 する 第 三 章 では 恋 愛 映 画 マディソン 郡 の 橋 が 取 り 上 げられている 原 作 小 説 は 男 性 の 立 場 から 語 られているが 映 画 では 全 編 メリル ス トリープ 演 じるフランチェスカの 視 点 から 撮 られている アメリカ 映 画 で このヒロインのように 自 分 の 欲 望 を 表 に 現 す 主 体 的 な 女 性 像 を 見 ることは 少 ない (148 頁 )と 著 者 は 述 べる 多 くのハリウッド 映 画 では 女 性 は 男 性 ( 画 面 上 の 人 物 監 督 観 客 )の 視 線 の 対 象 であり 客 体 化 された 存 在 であるというローラ マルヴィの 理 論 に 反 して イー ストウッドは 丁 寧 なカメラワークで 彼 女 の 情 念 の 世 界 を 描 きだす ま たこの 作 品 では ステレオタイプ 化 されたジェンダーコードを 逆 転 さ せているともコーネルは 指 摘 する 相 手 に 執 着 し 共 に 生 活 することを 懇 願 するのは 男 の 方 で ヒロインは 男 に 愛 情 を 感 じているが 自 分 の 85
生 活 を 捨 てることはできないことを 認 識 している 従 来 のメロドラマ のヒロインとは 異 なり 彼 女 の 決 断 は 自 分 で 選 択 したものである そ して 男 が 雨 に 濡 れながら 彼 女 を 求 める 場 面 は 男 のマゾヒズムの 比 喩 的 表 現 の 見 事 な 例 であるとしている(153 頁 ) そしてフランチェスカの 死 後 その 娘 と 息 子 は 母 親 の 恋 愛 を 知 ることで エディプス 幻 想 から 解 放 され 新 たな 人 生 へと 向 かう この 子 供 たちの 物 語 は 原 作 にはない イーストウッドは 自 らの 欲 望 に 忠 実 に 生 きた 母 の 姿 を 子 供 に 見 せるこ とで 硬 直 したジェンダー 役 割 から 生 じるエディプス 神 話 の 解 体 を 試 みている イーストウッドはアクション 映 画 だけでなく マディソン 郡 の 橋 のような 恋 愛 映 画 でも 規 範 のジェンダーコードを 巧 みに 逸 脱 させ 独 自 の 作 家 性 を 創 出 していることがわかる 第 四 章 では よき 父 親 であることに 失 敗 した 男 たちのトラウマと その 修 復 が 主 題 となる パーフェクトワールド は 少 年 を 人 質 に 取 った 脱 獄 犯 とそれを 追 う 州 警 察 署 長 の 物 語 である 父 親 の 暴 力 を 受 け た 脱 獄 犯 は 父 親 に 捨 てられた 人 質 の 少 年 の 擬 似 的 な よき 父 親 にな ろうとするが 最 後 は 警 察 の 力 で 殺 される その 脱 獄 犯 はかつて 主 人 公 が 逮 捕 した 人 物 で 犯 罪 者 を 更 正 させようとした 自 分 の 行 為 が 結 果 的 に 彼 を 死 に 追 いやったことを 理 解 する ここでイーストウッドは よき 父 親 像 の 規 範 とされるエディプス 的 男 性 性 の 理 想 に 潜 む 傲 慢 さとその 理 想 を 追 求 する 過 程 で 生 じる 暴 力 特 に 体 制 側 の 暴 力 に 目 を 向 けていると 著 者 は 指 摘 する 目 撃 と ミリオンダラー ベイビー では 破 綻 した 娘 との 関 係 修 復 を 試 みる 父 親 が 描 かれる 目 撃 では 正 しいか 間 違 っている か に 関 わらず 守 られる 父 権 的 権 力 の 存 在 が 指 摘 され 娘 との 関 係 修 復 のためにはステレオタイプ 化 された 父 親 像 を 否 定 し 象 徴 的 な 去 勢 (168 頁 )を 受 け 入 れる 必 要 性 が 示 唆 される ミリオンダラー ベ イビー では 娘 と 絶 縁 状 態 にあるトレイナーとボクサー 志 望 の 女 性 の 86
間 に 疑 似 的 な 親 子 関 係 が 生 れる しかし 父 親 は 最 後 に 新 たな 娘 の 尊 厳 死 を 受 け 入 れる 決 断 愛 するものを 殺 すという 倫 理 的 問 題 への 対 応 を 求 められる イーストウッドは 愛 情 と 愛 着 の 差 異 を 理 解 してい ない 父 親 にとって 親 子 関 係 の 道 徳 的 修 復 に 何 が 必 要 であるかを 問 う ている (208 頁 ) 第 五 章 では ミスティックリバー を 通 じて 復 讐 の 問 題 を 考 察 する この 章 はコーネルとロジャー バーコウィッツの 共 著 である 著 者 は 復 讐 とは 傷 害 や 侮 辱 を 受 けた 者 がその 要 因 を 自 身 の 弱 さでなく 他 者 の 不 当 な 力 の 行 使 によるものと 外 部 化 することで プライドを 保 ち 自 責 や 自 己 破 壊 から 身 を 守 る 安 全 弁 の 役 割 を 果 たすものとしている (212 頁 ) 多 くのハリウッドの 復 讐 物 語 のヒーローは 法 を 超 越 して 正 義 を 果 たす 気 高 い 人 物 として 描 かれる そこでは 正 義 の 遂 行 は 道 徳 的 に 自 明 なものとされ 復 讐 の 倫 理 的 問 題 や 法 的 な 手 続 きの 必 要 性 は 不 問 に 付 される しかしイーストウッドはこうした 映 画 のように 全 知 の 第 三 者 の 視 点 から 復 讐 者 に 共 感 を 示 すことはしない ミスティックリバー でイーストウッドは 傷 害 を 受 けた 幼 馴 染 の 三 人 の 男 たちの 対 応 をそれぞれの 視 点 から 描 き 彼 らの 行 動 を 正 当 化 も 非 難 もしない 幼 時 にレイプを 受 けたデイブはそのトラウマのた めに 社 会 に 適 応 できない 娘 を 殺 されたジミーは その 嫌 疑 を 挙 動 不 審 なデイブに 向 け 彼 を 拷 問 で 殺 してしまう しかしデイブが 殺 した のは 小 児 性 愛 者 でジミーの 娘 ではなかった また 幼 馴 染 の 一 人 でこの 事 件 を 担 当 する 刑 事 ショーンも 妻 に 去 られたというトラウマを 抱 え ている ショーンの 脳 裏 に 浮 かぶ 妻 のイメージは 常 に 口 唇 のクローズ アップで これにより 彼 は 妻 をフェティシズムの 対 象 としてしか 考 え ていなかったことが 暗 示 される 地 域 のボス 家 長 として 君 臨 するジ ミーは その 義 務 を 果 たすためにいかなる 暴 力 も 正 当 化 出 来 るという 幻 想 を 持 っており その 結 果 誤 った 相 手 を 殺 した 一 方 何 者 も 法 を 超 87
越 した 権 利 の 行 使 は 許 されないという 信 念 に 囚 われている 警 官 のショ ーンは 妻 を 一 人 の 女 性 として 受 け 入 れることで 関 係 修 復 を 図 ろうと する 安 全 弁 に 身 をゆだねることへの 誘 惑 とその 結 果 の 悲 劇 ま たそれを 拒 否 した 者 の 苦 悩 を 通 して 男 らしさ の 重 圧 と 奮 闘 する 男 た ちのドラマとして 著 者 はこの 作 品 を 解 読 している 六 章 では 戦 争 映 画 を 取 り 上 げる アウトロー が 製 作 された 1976 年 は ベトナム 戦 争 に 従 軍 した 兵 士 の 戦 場 のトラウマが 指 摘 され 始 め た 時 期 であった この 作 品 はジョン フォードの 捜 索 者 (1956)との 類 似 性 を 指 摘 されることが 多 いが イーストウッドの 意 図 はフォード とは 倫 理 的 に 異 質 なものであると 著 者 は 指 摘 する 捜 索 者 のネイ ティヴ アメリカンは 無 慈 悲 で 野 蛮 な 存 在 として 描 かれるが 北 軍 に 妻 子 を 殺 されその 復 讐 を 誓 う アウトロー の 主 人 公 の 無 法 者 は ネ イティヴ アメリカンや 戦 争 の 被 害 者 である 老 人 や 女 性 と 共 同 体 を 形 成 する ここで 無 法 者 もネイティヴ アメリカンも 戦 争 により 深 刻 な トラウマを 受 けた 者 であり その 克 服 は 復 讐 や 暴 力 ではなされないこ とをイーストウッドは 明 らかにする ファイヤーフォックス はハリウッド 製 の 娯 楽 映 画 ではあるが ここでも 主 人 公 は 戦 場 のトラウマに 悩 まされる そして 真 のヒーロー はユダヤ 人 の 反 体 制 支 持 者 であるというこの 映 画 のメッセージは 当 時 のレーガン 政 権 の 冷 戦 に 関 する 認 識 よりはるかに 複 雑 であるとコー ネルは 指 摘 する また ハートブレイク リッジ/ 勝 利 の 戦 場 は 人 間 的 に 欠 陥 のある 人 物 をベテラン 軍 曹 が 立 派 な 兵 士 に 育 てるというジャ ンル 映 画 の 定 型 を 踏 襲 しており 男 性 性 を 傲 岸 なまでに 誇 示 する 80 年 代 の 時 代 風 潮 がうかがえる しかし 兵 士 が 戦 場 でアメリカのため に 英 雄 的 な 働 きをするという 物 語 でありながら 戦 場 で 命 を 捧 げるこ とが 男 らしさの 証 であるという 多 くの 戦 争 映 画 のメッセージを 否 定 し 戦 争 が 避 けられないならそこで 生 き 延 びることが 重 要 であると 説 く 88
そこでこの 作 品 は レーガン 政 権 から 批 判 を 受 けたのである そして 2006 年 に 製 作 された 父 親 たちの 星 条 旗 硫 黄 島 からの 手 紙 では 敵 味 方 に 分 かれて 戦 った 戦 闘 を 日 米 双 方 の 視 点 から 描 くと いう 画 期 的 な 試 みがなされている 父 親 たちの 星 条 旗 には 愛 国 主 義 の 鼓 舞 はなく 勇 壮 な 兵 士 も 登 場 しない ここで 描 かれるのは 戦 場 での 殺 戮 と 兵 士 を 戦 費 調 達 の 宣 伝 に 利 用 する 国 家 の 冷 酷 さである 著 者 は 大 ヒットしたスティーブン スピルバーグ 監 督 の プライベー ト ライアン (1998)との 比 較 を 通 じて 戦 争 を 美 化 し 兵 士 を 英 雄 に 祭 り 上 げる 戦 争 映 画 の 神 話 の 仮 面 を 剥 ぐ(270-274 頁 ) 戦 争 にヒーローは なく ヒーローが 悪 と 戦 う 正 しい 戦 争 など 存 在 しない 戦 争 とは 不 条 理 で 愚 かな 流 血 と 死 であるという 絶 対 的 真 実 を イーストウッドは 観 客 に 提 示 する そしてこうした 認 識 のうえで 英 雄 になることを 拒 否 し 戦 争 の 悲 惨 さを 息 子 に 伝 えようとした 兵 士 や 敵 味 方 を 問 わず 戦 闘 で 亡 くなった 兵 士 には 最 大 限 の 敬 意 が 払 われるべきであるという 姿 勢 を 明 らかにする 硫 黄 島 からの 手 紙 では 父 親 たちの 星 条 旗 で 見 たシーンを 逆 転 させ アメリカ 兵 が 向 けた 銃 口 の 先 にある 日 本 兵 のドラマが 描 かれ る ここでイーストウッドは 規 律 や 忠 誠 に 殉 じる 日 本 軍 兵 士 という ハリウッド 映 画 のステロタイプ 化 を 拒 み 彼 らも 生 き 残 れば 不 名 誉 の 烙 印 を 押 されると 知 りながらも 生 きて 帰 ることを 願 う 一 人 の 人 間 で あることを 描 く 敵 味 方 双 方 の 視 点 から 戦 闘 を 描 く 二 つの 作 品 を 見 た 観 客 は 誰 が 善 玉 で 誰 が 殺 されるべき 悪 玉 かわからないという 不 安 定 な 立 場 に 取 り 残 される そこには 敵 味 方 自 体 が 存 在 せず ただ 戦 争 の 悪 夢 的 な 現 実 があるのみである (294 頁 )ことを 認 識 させられる 第 七 章 では 白 人 男 性 の 人 種 差 別 意 識 とナルシスティックな 傲 岸 さと いうテーマを 論 じる ホワイトハンター ブラックハート の 映 画 監 督 は 白 人 で 男 性 であることが 自 明 の 特 権 を 持 つという 幻 想 にとらわ 89
れ 映 画 を 監 督 するように 世 界 を 支 配 できると 考 えている 彼 はその 傲 岸 さが 他 者 に 及 ぼす 害 に 全 く 考 えが 及 ばない ここで 著 者 は 人 種 差 別 とマスキュリニティはファルス 的 幻 想 に 根 を 持 つ 同 じコインの 裏 表 (302 頁 )であると 指 摘 する トゥルー クライム は ホワイト ハンター ブラックハート とは 異 なった 種 類 のマスキュリニティの 傲 岸 さを 明 らかにする この 作 品 では 白 人 の 新 聞 記 者 が 黒 人 死 刑 囚 の 無 罪 を 証 明 しようとする 現 実 に 死 刑 囚 の 多 くは 黒 人 男 性 で 黒 人 男 性 と 銃 という 先 入 観 から 満 足 な 捜 査 もされず 死 刑 囚 とされてしま う 例 が 多 いという しかしここでは 偏 見 の 犠 牲 者 である 黒 人 を 救 う 気 高 き 白 人 男 性 というステロタイプ 化 は 排 されている さらに 一 人 の 人 間 の 命 を 奪 うという 裁 定 を 下 す 死 刑 制 度 自 体 が 有 する 傲 岸 さこそが 問 題 である という 認 識 が 提 示 されている バード は 薬 物 依 存 と 自 らの 創 造 性 との 間 で 葛 藤 する 黒 人 ジャズプレイヤー チャーリー パーカーを 主 人 公 にしている イーストウッドは 光 と 影 の 巧 みな 演 出 で 天 才 的 な 創 造 性 を 持 った 芸 術 家 の 苦 悩 を 表 出 する ここでも 黒 人 とドラッグという 安 易 な 図 式 化 は 排 されている 肌 の 色 にこだわら ないというのは 神 話 であり 肌 の 色 にこだわらないと 考 えるこ と 自 体 ある 種 の 傲 岸 さを 含 意 する (324 頁 )と 著 者 は 指 摘 する 以 上 各 章 の 概 要 で 見 たように コーネルはイーストウッドの 監 督 作 品 で 表 象 される 男 らしさ を 通 じて 今 日 のアメリカの 倫 理 と 政 治 の 問 題 を 論 じている ハリウッドの 主 流 映 画 は 観 客 を 定 型 化 された ファルス 的 男 性 性 を 誇 示 するヒーローに 同 一 化 させ カタルシスを 与 えてきた しかしイーストウッドはジャンル 映 画 の 枠 組 みを 用 いなが ら 観 客 が 求 める 虚 構 の 世 界 を 満 足 させるのではなく 逆 にそれを 揺 るがし 彼 らが 慣 れ 親 しんだ 物 語 の 解 体 を 試 みていることを 著 者 は 様 々 な 角 度 から 明 らかにしている 90
ジャック ラカンは マスキュリニティ の 持 つ 全 能 幻 想 は 自 身 の 根 本 的 な 脆 さに 対 する 防 衛 機 制 であると 論 じた 本 書 では マスキ ュリニティ の 全 能 幻 想 にとらわれた イーストウッドの 男 たち が それを 追 求 する 過 程 で 生 じる 暴 力 とその 結 果 不 可 避 的 に 生 じる 悲 劇 が 解 明 されている また 著 者 はこうした 男 性 性 の 幻 想 はステレオタイプ 化 された 人 物 だけでなく そこから 遠 く 見 える 人 物 にも 存 在 すること からその 根 深 さ 複 雑 さを 指 摘 している さて 以 下 では 評 者 の ないものねだり を 若 干 書 いておく 本 書 ではイーストウッドの 監 督 第 二 作 目 荒 野 のストレンジャー 以 降 の 作 品 が 論 じられ 処 女 作 恐 怖 のメロディ (1971 年 )はイントロダク ションで 触 れられているだけである 一 夜 限 りの 相 手 と 思 っていた 女 性 に 付 きまとわれ 命 まで 狙 われる 男 の 恐 怖 を 描 くこの 作 品 は 当 時 のウーマンリブ 運 動 や 彼 が 無 意 識 的 に 発 している フェミニスト 的 メ ッセージ (332 頁 )との 関 連 そして 映 画 作 家 にとって 処 女 作 が 重 要 な 意 味 を 持 つと 言 う 観 点 からも より 綿 密 な 考 察 がなされるべきではな かったかと 思 う また 本 書 では 父 親 たちの 星 条 旗 硫 黄 島 からの 手 紙 までが 取 り 上 げられているが その 後 チェンジリング (2008) グラン トリ ノ (2008) インビクタス/ 負 けざる 者 たち (2009) ヒアアフター (2010) J エドガー (2011)とイーストウッドは 次 々に 興 味 深 い 作 品 を 発 表 している グラン トリノ には 訳 者 による 解 読 が 付 せられて いるが その 他 の 作 品 についての 著 者 の 解 説 を 読 みたい 特 に アメ リカの 正 義 の 遂 行 のために 法 の 逸 脱 も 厭 わない J エドガー の 主 人 公 は ある 意 味 でダーティ ハリーと 通 低 する 人 物 であり そのリベ ラルな 同 性 愛 の 描 写 も 含 めてこの 作 品 に 関 する 倫 理 的 フェミニスト コーネルの 見 解 を 聞 きたいと 思 う なお 翻 訳 に 関 しては この 分 野 の 知 識 のない 読 者 のために 多 少 の 工 91
夫 がなされれば より 多 くの 理 解 が 得 られたのではないかと 思 う し かしながら 本 書 はクリント イーストウッドという 映 画 作 家 を 新 し い 視 点 から 解 明 しようとする 刺 激 的 な 著 作 であることは 確 かである 92