連 続 講 演 会 東 京 で 学 ぶ 京 大 の 知 シリーズ 15 こころの 未 来 - 私 たちのこころは 何 を 求 めているのか- 第 2 回 自 分 の 意 思 で 決 めるとはどういうことか? 心 理 学 と 脳 科 学 の 視 点 から 京 都 大 学 が 東 京 品 川 の 京 都 大 学 東 京 オフィス で 開 く 連 続 講 演 会 東 京 で 学 ぶ 京 大 の 知 のシリーズ 15 こころの 未 来 私 たちのこころは 何 を 求 めているのか 6 月 4 日 の 第 2 回 講 演 では こころの 未 来 研 究 センター 上 廣 こころ 学 研 究 部 門 の 阿 部 修 士 特 定 准 教 授 が 自 分 の 意 思 で 決 めるとはどういうことか? 心 理 学 と 脳 科 学 の 視 点 から と 題 して 私 たちがどのように 迷 い 決 断 をしているのか そのメカニズムに 迫 った 第 2 回 のディ スッカサントはこころの 未 来 研 究 センターの 河 合 俊 雄 教 授 が 務 め テーマを 深 掘 りした 理 性 と 感 情 のバランス 2 つのこころを 支 える 脳 のシステム 脳 とこころのメカニズムを 科 学 的 に 研 究 する 認 知 神 経 科 学 を 専 門 とする こころの 未 来 研 究 センタ ーの 阿 部 修 士 特 定 准 教 授 が 本 日 のテーマに 選 んだ のは 意 思 決 定 のメカニズムである 意 思 決 定 を 司 るのは 理 性 と 感 情 だが 両 者 の 葛 藤 が 意 思 決 定 を 困 難 にさせる 限 界 点 のあるこころと 脳 のシステムを 知 った 上 で 現 代 社 会 での 上 手 なこころの 持 ち よう 脳 の 使 い 方 を 考 えたい と 阿 部 特 定 准 教 授 データを 示 したいと 思 います 心 理 学 研 究 では 理 性 と 感 情 の 働 きを 二 重 過 程 理 論 として 素 早 く 自 動 的 無 意 識 的 な 心 理 過 程 と 遅 く 制 御 的 意 識 的 な 心 理 過 程 と の 対 立 あるいは 統 合 のプロセスを 想 定 している こうした 感 情 と 理 性 というこころを 支 える 脳 のシステムが 本 当 に 存 在 しているか 実 験 による 最 も 著 名 なのがマシュマロ 実 験 である 最 初 の 実 験 は 1960 年 代 に 行 われた 実 験 内 容 は 次 のとおりだ 4 歳 児 の 目 の 前 にマシュマロを 置 く 今 食 べてもいいけど 1
15 分 間 我 慢 できたらマシュマロをもう 1 個 あげる 途 中 で 食 べたくなったら ベルを 押 せ ば 食 べられる ことを 伝 え 子 どもを 部 屋 に 1 人 にする 実 験 結 果 は 15 分 待 てた 子 どもは 全 体 の 3 分 の 1 以 下 我 慢 できた 子 は 手 で 目 を 覆 う 部 屋 の 隅 に 立 ってマシュマロを 見 ない など 意 図 的 に 関 心 をそらしていた さらに その 後 の 追 跡 調 査 によって 1 分 以 内 にベルを 押 した 子 どもは 学 校 や 家 庭 で の 問 題 行 動 が 認 められる 割 合 が 比 較 的 高 い 15 分 間 待 てた 子 こどもは SAT( 大 学 進 学 適 性 試 験 )の 点 数 が 高 い という 結 果 が 得 られた この 実 験 がすごいのは 40 年 後 実 験 に 参 加 した 24 人 を 対 象 に MRI を 使 用 して 脳 の 活 動 パターンを 測 定 していること 参 加 者 にはさまざまな 顔 写 真 が 呈 示 され 悲 しい 顔 だ とボタンを 押 し 笑 顔 だとボタンを 押 さないという 課 題 を 行 ってもらった これは 行 動 をする 前 に 感 情 の 制 限 が 必 要 な 課 題 である その 結 果 40 年 前 に 我 慢 できなかった 参 加 者 は 笑 顔 を 見 た 時 腹 側 線 条 体 の 活 動 がよ り 高 かった 腹 側 線 条 体 は 主 に 感 情 や 意 欲 の 表 出 に 関 わる 辺 縁 系 の 一 部 である 一 方 我 慢 できた 参 加 者 は 笑 顔 を 見 た 時 下 前 頭 回 の 活 動 がより 高 かった 下 前 頭 回 は 前 頭 前 野 と 呼 ばれる 領 域 の 一 部 前 頭 前 野 は 主 に 自 己 制 御 や 合 理 的 思 考 に 関 わる 理 性 を 司 る 領 域 の 1 つとされる あくまで 傾 向 の 話 ではありますが 理 性 と 感 情 を 実 にうまく 描 出 した 実 験 であり 理 性 と 感 情 を 支 える 脳 の 仕 組 みが 確 かに 備 わっていることを 示 すものです 道 徳 的 判 断 における 理 性 と 感 情 さらに 複 雑 な 意 思 決 定 を 要 する 場 面 での こころと 脳 の 働 きを 調 べるために 2000 年 代 に 行 われたのが 道 徳 的 判 断 実 験 である 使 用 される 問 題 は 次 の 2 つだ トロッコジレンマの 問 題 は 制 御 不 能 になったトロッコが 近 づいており このままだと 5 人 の 作 業 員 がひき 殺 されてしまう あなたは 分 岐 器 の 近 くにおり トロッコの 進 路 を 切 り 替 えれば 5 人 は 助 かるが 切 り 替 わる 進 路 の 先 にも 1 人 の 作 業 員 がおり その 作 業 員 はひ き 殺 されてしまう あなたが 進 路 を 切 り 替 えることは 道 徳 的 に 許 されるか 参 加 者 に 問 うたところ 許 されると 思 う 人 が 大 半 を 占 めた 2
歩 道 橋 ジレンマの 問 題 は 制 御 不 能 になったトロッ コが 近 づいており このままだと 5 人 の 作 業 員 がひき 殺 されてしまう あなたは 線 路 の 上 の 歩 道 橋 に 立 って おり そばに 体 の 大 きな A さんがいる A さんを 突 き 落 とせばトロッコは 止 まり 5 人 は 助 かるが A さ んは 死 んでしまう あなたが A さんを 突 き 落 とすこ とは 道 徳 的 に 許 されるか こちらも 参 加 者 に 問 うたところ 逆 に ほぼ 全 員 が 許 されないと 答 えた トロッコジレンマ 歩 道 橋 ジレンマ 道 徳 的 判 断 利 得 と 損 失 が 関 わる 意 思 決 定 など 参 加 者 たちもそれぞ 2 種 類 の 問 題 でなぜ 考 え 方 が 違 うのか 科 学 的 に 証 れ 選 択 しながら 講 演 は 進 んだ 明 しようと 考 えたジョシュア グリーンという 研 究 者 は 道 徳 的 判 断 に 関 わる 脳 活 動 を 調 べる 実 験 を 行 った その 結 果 歩 道 橋 ジレンマの 道 徳 的 判 断 を 行 う 際 は 辺 縁 系 の 活 動 が 高 く 感 情 の 働 き によって 5 人 を 助 けるために 1 人 を 犠 牲 にすべきではない と 判 断 している 可 能 性 が 示 唆 された 一 方 トロッコジレンマの 際 は 前 頭 前 野 の 活 動 が 高 く 理 性 的 論 理 的 な 思 考 によって 1 人 を 犠 牲 にしても 5 人 を 助 ける と 判 断 している 可 能 性 が 示 唆 されている 前 頭 前 野 と 辺 縁 系 の 活 動 のバランスによって 意 思 決 定 がコントロールされているこ とが 明 らかになったわけですが 両 者 のバランスが 崩 れるとどうなるでしょうか 代 表 的 なのが 辺 縁 系 に 作 用 して 感 情 の 働 きを 抑 制 する 抗 不 安 薬 を 使 った 実 験 だ 結 果 は 抗 不 安 薬 を 多 く 服 用 しているほど 1 人 を 犠 牲 にすることを 許 容 できる と 判 断 する 割 合 が 高 かった 薬 剤 の 作 用 で 感 情 が 抑 制 されることで 理 性 の 働 きが 強 くなり 合 理 的 な 判 断 にシフトした 可 能 性 を 示 しています さらに 認 知 熟 考 テスト という 冷 静 に 考 えないと 答 えられない 問 題 を 解 いた 後 に 歩 道 橋 ジレンマの 道 徳 的 判 断 を 行 うグループと 逆 に 道 徳 的 判 断 の 後 に 認 知 熟 考 テストを 行 うグループを 比 べた 実 験 では 前 者 のグループのほうが 1 人 を 犠 牲 にすることを 許 容 で きる と 判 断 直 前 の 論 理 的 思 考 を 通 じて 前 頭 前 野 の 機 能 を 十 分 に 使 うことで 合 理 的 な 判 断 にシフトしたと 考 えられます 理 性 と 感 情 のバランスが 崩 れる 時 実 は 理 性 と 感 情 は 常 にバランスが 取 れているわけではありません 3
心 身 共 に 健 康 で 物 質 による 依 存 でなくても 理 性 が 機 能 しないことがある その 例 が 利 得 と 損 失 が 関 わる 意 思 決 定 だ 問 1 1 もれなく 8 万 円 が 当 たるくじ 2 80%の 確 率 で 10 万 円 が 当 たるが 残 り 20% の 確 率 で 何 ももらえないくじ のどちらを 選 ぶかとなれば ほとんどの 人 は1を 選 ぶ 問 2 3 もれなく 8 万 円 の 罰 金 を 払 うくじ 4 80%の 確 率 で 罰 金 は 10 万 円 になるが 残 り 20%の 確 率 で 罰 金 が 0 円 になるくじ となると ほとんどの 人 は4を 選 ぶ 問 1 も 問 2 も 金 額 と 確 率 は 同 じで 利 益 か 損 失 かの 違 いだけ もし 人 が 利 益 と 損 失 を 合 理 的 に 考 えられるなら どちらも 同 じ 側 つまり1と3か 2と4かを 選 ぶはず なぜ こんなことが 起 こるのか ノーベル 経 済 学 賞 受 賞 者 であるダニエル カーネマンという 研 究 者 は 損 失 回 避 性 と して ヒトは 同 額 の 利 益 と 損 失 とでは 損 失 の 方 を 過 大 評 価 する 傾 向 がある 特 に 損 失 を 回 避 しようという 動 機 が 強 く 働 く と 説 明 している 2007 年 の 研 究 では 腹 側 線 条 体 の 活 動 の 個 人 差 が 損 失 回 避 性 の 個 人 差 と 密 接 に 関 連 していることが 示 されている 問 1 と 問 2 なら 5 回 に 4 回 の 割 合 で 起 こるのだから 2を 選 んだほうが 得 だし 3を 選 んだほうが 損 をしない でも このように 説 明 され 頭 で 理 解 しても 回 答 が 変 わらない 人 は 多 い 理 性 がうまく 機 能 していないことを 如 実 に 示 す 例 です 次 に 理 性 が 邪 魔 することを 示 す 実 験 結 果 がある 4 つの 車 から 一 番 優 れた 車 を 選 ぶ 課 題 で 実 験 参 加 者 を 情 報 量 の 多 少 と 思 考 時 間 の 有 無 によって 4 つのグループに 分 ける 結 果 情 報 量 が 少 ない 場 合 は 考 える 時 間 があ ったほうが 正 答 率 は 高 いのに 対 し 情 報 量 が 多 い 場 合 考 える 時 間 のあったグループの 正 答 率 が 4 つのうち 最 も 低 く 考 える 時 間 のなかったほうの 正 答 率 は 非 常 に 高 かった 理 性 で 処 理 しきれない 膨 大 な 情 報 を 提 示 されて 頭 が 混 乱 している 状 態 では 直 感 的 な 判 断 が 論 理 的 な 思 考 に 勝 ることもあるのです この 実 験 に 関 しては 再 現 できないという 報 告 もあるが 他 にも 論 理 的 思 考 が 意 思 決 定 を 遅 らせるという 研 究 結 果 もあり 理 性 の 機 能 はプラスの 側 面 ばかりでないと 考 えられる こころと 脳 の 使 い 方 への 提 案 理 性 と 感 情 のバランスが 取 れないのは こころと 脳 の 中 には 限 界 点 が 存 在 するという 4
ことであり 私 たちのこころは 現 代 社 会 に 追 いついてない 可 能 性 があります では どうこころと 脳 を 使 えばいいのか ジョシュア グリーンは 私 たちのこころは カメラのようなもの として 次 のように 主 張 している カメラのオートフォーカスとマ ニュアルフォーカスをこころにたとえるなら 前 者 が 感 情 後 者 が 理 性 普 段 は 自 動 で 撮 影 するほうが 早 くて 便 利 だが 状 況 によってはマニュアルフォーカスのほうが 適 している ように 状 況 に 応 じて 理 性 を 使 うのだ と 意 識 することが 重 要 である 彼 の 説 は 理 性 と 感 情 のバランスが 取 れていることが 前 提 だから 私 は 1 つ 付 け 加 えた いと 思 います と 阿 部 特 定 准 教 授 常 にバランスは 取 れていないからこそ 取 扱 説 明 書 が 必 要 だ と 取 扱 説 明 書 には 理 性 と 感 情 のメカニズムや 脳 とこころには 限 界 があることなどが 書 か れている それらを 正 しく 理 解 することが 主 体 性 を 持 った 意 思 決 定 の 実 現 につながるの だと 思 います 阿 部 特 定 准 教 授 の 講 演 の 結 びは こころと 脳 の 使 い 方 への 提 案 であった ディスカッサントとして 臨 床 心 理 を 専 門 とするこころの 未 来 研 究 センターの 河 合 俊 雄 教 授 ( 左 ) が 参 加 河 合 主 体 性 を 持 つ 過 程 では 反 抗 期 に 代 表 さ れるような 否 定 の 機 能 が 重 要 であり 合 理 的 に 考 えられることだけが 要 因 ではないと 思 う 阿 部 マシュマロ 実 験 はああいう 局 面 での 反 応 を 見 るものだが その 後 の 傾 向 を 見 る 上 で そう した 否 定 の 機 能 をはじめ 教 育 環 境 などの 要 素 は 切 り 離 せない 特 に 前 頭 前 野 の 発 達 は 他 の 領 域 に 比 べて 遅 く 教 育 などにより 理 性 をうまく 使 え る 状 況 に 持 って 行 くことは 可 能 だろう 心 理 療 法 もその 役 割 を 果 たせるものではないか 河 合 理 性 と 感 情 の 葛 藤 がある 人 葛 藤 のない 人 がいる 葛 藤 のある 人 はオーソドックスな 心 理 療 法 の 対 象 になるが 葛 藤 のない 人 は 難 しい 脳 のメカニズムや 他 者 との 関 係 性 など 幅 広 い 視 点 を 踏 まえながら 対 応 していく 必 要 がある 5