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Философия общего дела Н Ф

Transcription:

ペテルブルグと 音 楽 オペラ スペードの 女 王 について 浅 岡 宣 彦 大 阪 市 立 大 学 大 学 院 文 学 研 究 科 表 現 文 化 教 室 * チャイコフスキイはプーシキンの 作 品 を 題 材 にして 三 つのオペラを 作 曲 した エヴゲーニ イ オネーギン マゼッパ スペードの 女 王 である それぞれ 韻 文 小 説 叙 事 詩 散 文 小 説 と 異 なるジャンルからオペラ 化 したものであるが 散 文 作 品 の 脚 色 に 消 極 的 であったチャ イコフスキイは 当 初 スペードの 女 王 の 作 曲 に 否 定 的 であった 1888 年 3 月 に 弟 モデス トに 書 いた 書 簡 には 次 のように 書 かれている ( )オペラを 書 くとすれば それはぼくの 心 を 深 く 揺 さぶるような 主 題 に 出 会 った 時 だけだ スペードの 女 王 のような 主 題 はぼくの 心 を 動 かさない 1 しかし 翌 年 の12 月 には 帝 室 劇 場 支 配 人 フセヴォロシュスキイの 要 請 に 同 意 し 1890 年 1 月 14 日 には 創 作 に 専 念 できる 場 所 を 求 めてフィレンツエに 向 かっている 創 作 への 没 頭 振 りは 当 時 の 書 簡 からも 明 らかで 弟 モデストの 台 本 の 到 着 が 待 ちきれないほど 順 調 に 作 曲 が 進 み 僅 か44 日 間 で 草 稿 が 書 き 上 げられた 原 作 とオペラの 台 本 とを 比 較 すると かなりの 異 同 が 見 られる 原 作 者 に 対 する 冒 瀆 ではな いかと 批 判 された 所 以 である 時 代 設 定 季 節 舞 台 の 場 面 も 大 幅 に 変 更 されたが 登 場 人 物 の 設 定 も 同 様 で 例 えば 主 人 公 ゲルマンは 小 説 では Germann と 表 記 され 苗 字 であるのに 対 し オペラでは German と 綴 られ 名 前 に 変 更 されている 原 作 のゲルマンはロシアに 帰 化 したドイツ 人 の 息 子 という 設 定 であるが 名 前 の 変 更 によりドイツ 出 身 の 印 象 が 薄 められた ヒロインのリーザの 設 定 も 著 しく 変 更 された 原 作 では 未 完 の 小 説 書 簡 体 小 説 の 断 章 のヒ ロイン リーザと 同 じく 伯 爵 夫 人 の 養 女 の 身 分 に 置 かれていたが オペラでは 伯 爵 夫 人 の 姪 に 格 上 げされ その 結 果 としてゲルマンとリーザとの 間 に 社 会 的 立 場 の 相 違 が 設 けられた 更 に 原 作 には 登 場 しないリーザの 婚 約 者 エレツキイ 公 爵 が 導 入 され ゲルマン リーザ エ レツキイ 公 爵 の 間 にオペラに 特 有 の 三 角 関 係 が 作 り 出 された 作 品 の 結 末 も 大 きく 変 更 された 総 じて プーシキンの 作 品 には 自 殺 をする 登 場 人 物 が 少 ない 南 方 で 書 かれた 叙 事 詩 コーカ サスの 捕 虜 (1820-21)にチェルケスの 娘 が 登 場 する 彼 女 はバイロンの 東 方 叙 事 詩 海 賊 に 登 場 する 献 身 的 なメドラと 情 熱 的 なグルナーレの 性 格 を 併 せ 持 つ 女 性 で 捕 虜 となったロシ ア 人 の 青 年 に 恋 をし 彼 の 逃 亡 を 手 助 けしたあと 山 岳 の 急 流 に 自 らの 身 を 投 じてその 生 涯 を 閉 じる このチェルケスの 娘 の 自 殺 にはカラムジンの 哀 れなリーザ (1790)の 影 響 も 見 逃 - 33 -

せない 貴 族 の 青 年 に 恋 をし 結 局 は 相 手 に 捨 てられて 池 に 身 を 投 げた 農 民 の 娘 の 物 語 である 破 局 の 原 因 のひとつはゲルマンと 同 じく 青 年 が 大 敗 を 喫 したカード 賭 博 にある カラムジンの 小 説 における 貴 族 と 農 民 の 娘 との 社 会 的 葛 藤 はプーシキンの 叙 事 詩 では 征 服 する 帝 国 と 征 服 される 山 岳 民 文 明 社 会 と 未 開 社 会 との 対 立 という 構 図 に 移 行 しているが この 作 品 のエピロ ーグに 帝 国 のテーマ が 響 いている 雲 白 き 頭 を 垂 れよ 帰 順 せよ コーカサス!/かく てエルモーロフが 乗 り 出 して 行 く /そして 激 しい 戦 いの 叫 びも 静 まった /すべてロシアの 剣 の 前 にひれ 伏 した /コーカサスの 誇 り 高 き 子 たちよ /お 前 たちは 戦 い 恐 ろしい 最 期 を とげた ( 川 端 香 男 里 訳 ) もうひとつの 例 としては 未 完 の 劇 詩 ルサルカ がある この 作 品 は 貴 族 の 青 年 に 裏 切 ら れた 粉 屋 の 娘 がドニエプル 河 に 身 を 投 げてルサルカ( 水 の 精 )に 変 身 し 復 讐 の 機 会 を 狙 うと いう 物 語 である スペードの 女 王 の 原 作 では 老 伯 爵 夫 人 がゲルマンの 脅 迫 に 衝 撃 を 受 けて 落 命 するだけで ゲルマンは 発 狂 して 精 神 病 院 に 収 容 され リザヴェータは 老 伯 爵 夫 人 の 家 令 の 息 子 と 結 婚 し 自 らも 養 女 を 養 う という 設 定 になっている チャイコフスキイのオペラに 登 場 するリーザは カラムジンの 哀 れなリーザ のヒロインのように 或 はチェルケスの 娘 や 粉 屋 の 娘 のように 冬 の 運 河 に 身 を 投 げて 自 殺 し 主 人 公 ゲルマンはカード 賭 博 に 大 敗 した 後 にピストルで 自 らの 命 を 奪 ってしまう これらの 変 化 の 結 果 オペラには 原 作 とは 異 なる 要 素 が 導 入 された ゲルマンとリーザとの 一 途 な 愛 貴 族 と 平 民 との 許 されざる 恋 それに 悲 劇 的 結 末 というメロドラマ 的 要 素 である 原 作 のゲルマンは 舞 踏 会 の 戯 言 の 形 ではあるが トムスキイの 評 に 拠 れば ナポレオンの 横 顔 とメフィストフェレスの 心 の 持 ち 主 で 他 人 をすべてゼロと 考 え 自 らを1と 信 じ 栄 光 以 外 には 信 仰 も 霊 感 も 愛 も 自 由 も 信 じない 人 物 である 彼 がリザヴェータに 接 近 したのはあくまでも 目 的 遂 行 のための 手 段 としてであって 愛 のためではなかった ゴゼンプ ードは 次 のように 強 調 する プーシキンの 主 題 で 書 かれたオペラを 評 価 する 場 合 には 音 楽 作 品 の 内 容 と 原 作 との 相 関 関 係 から 出 発 すべきであって 台 本 とプーシキンのテキストとの 対 比 や 作 曲 家 によって 主 題 に 導 入 された 個 別 的 あるいは 全 般 的 変 更 から 出 発 すべきではない ² 確 かに 文 学 的 源 泉 に 対 するチャイコフスキイの 態 度 はプーシキン 文 学 を 軽 視 する 作 曲 家 の 現 われと 見 るべきではないだろう 例 えば チャイコフスキイはフォン メック 夫 人 に 宛 てて 次 のように 書 く あれほど 音 楽 を 熱 烈 に 愛 していながら どうしてあなたがプーシキンを 認 めることができないのか 理 解 に 苦 しみます プーシキンは 天 才 的 才 能 によって 実 にしばしば 詩 という 狭 い 世 界 から 音 楽 の 果 てしのない 領 域 に 分 け 入 っています これは 口 先 だけの 空 言 で はありません 彼 が 詩 の 形 式 で 書 いているという 本 質 にはかかわりなく 詩 そのもの その 音 の 連 続 性 の 中 に 心 の 奥 底 にしみ 入 る 何 かがあります この 何 かこそ 音 楽 なのです ( 岩 田 貴 訳 ³) 作 曲 家 の 友 人 カーシキンの 回 想 に 拠 ると チャイコフスキイは プーシキンの 言 葉 で ロマンスを 書 くことはほとんどできない 何 故 なら 詩 人 (の 作 品 )ではあまりにも 明 瞭 に 完 璧 に 見 事 にすべてが 表 現 されているので 音 楽 でつけ 加 えることが 何 もないからである 4-34 -

と 語 っている これらの 発 言 は 作 曲 家 がプーシキンを 敬 愛 していたことの 明 らかな 証 拠 であろ う 決 して 詩 人 を 蔑 ろにしていた 訳 ではない では 何 故 に 原 作 に 変 更 をもたらしたのか それ を 解 く 鍵 は 作 曲 家 の 次 の 言 葉 に 隠 されていると 思 われる 私 は 実 際 にテキストが 醸 し 出 す 感 情 気 分 形 象 を 正 しく 誠 実 に 率 直 に 表 現 する 能 力 が 自 分 に 与 えられていると 思 われ る その 意 味 で 私 はリアリストである 5 これは1891 年 に 書 かれたもので 作 曲 家 の 創 作 活 動 を 総 括 するような 内 容 になっているが チャイコフスキイがプーシキンの 作 品 を 作 曲 する 上 で 自 らに 課 した 課 題 はまさにこの 点 にあったのではないか つまり 作 品 に 込 められた 詩 人 の 感 情 と 気 分 と 形 象 を 正 しく 誠 実 に 率 直 に 把 握 し 音 楽 という 表 現 手 段 を 用 いて 再 現 することにあった と 考 えていいだろう * 帝 室 劇 場 支 配 人 フセヴォロシュスキイとモスクワの 代 表 プチェリニコフとの 往 復 書 簡 に 以 下 の 記 述 が 見 られる 1885 年 5 月 6 日 付 けである ( )ところでカンダウーロフに ス ペードの 女 王 からリブレットを 作 成 するように 委 託 してくれませんか 舞 台 の 設 定 はとても 上 手 くいく 可 能 性 があります: 賭 博 場 公 爵 夫 人 宅 の 舞 踏 会 同 じ 公 爵 夫 人 宅 の 夜 の 場 面 そ れから 亡 霊 の 出 現 - 幻 想 の 要 素 を 与 えることが 可 能 です 衣 装 に 関 しては 舞 台 を 一 つ 前 の 世 紀 に 移 させましょう 問 題 は 帽 子 です 同 様 にプーシキンの 詩 を 利 用 することも 可 能 です 6 この 段 階 ですでに 時 代 設 定 を19 世 紀 30 年 代 から18 世 紀 に 移 す 構 想 が 見 られる その 理 由 のひとつは 衣 装 に 関 係 しているらしい 時 代 背 景 は 支 配 人 の 希 望 で18 世 紀 に 移 された 18 世 紀 の 豪 華 な 衣 装 で 舞 台 を 華 やかにするためであった 7 というある 解 説 を 裏 付 ける 言 葉 である しかしそれだけであろうか プーシキンの 作 品 で 描 かれているのは19 世 紀 30 年 代 のペテルブルグであるが 作 品 の 中 では60 年 前 のパリが 意 識 的 に 対 比 されている トムスキ イのアネクドートは 次 のように 始 まる ( ) 六 十 年 ほど 昔 お 祖 母 さんはパリに 行 って あ そこの 人 気 の 的 だった( )あのころの 婦 人 連 はファラオンをやったものだが あるときお 祖 母 さんは 宮 中 のカルタ 会 で オルレアン 公 と 争 ってそれこそさんざんな 負 け 方 をしてしまった ( ) 或 いは 伯 爵 夫 人 が 死 んだ 後 ゲルマンは 秘 密 の 階 段 を 降 りながら 感 慨 に 襲 われる 六 十 年 の 昔 には それもちょうどこの 刻 限 に 粋 な 上 衣 を 裾 長 に 王 鳥 髷 した 果 報 者 が 三 角 帽 を 抱 きしめ やっぱりあの 寝 間 へ 通 ったものだろう ( ) ( スペードの 女 王 からの 引 用 は 神 西 清 訳 以 下 同 )60 年 前 すなわち1770 年 代 はフランスでは 革 命 前 の 爛 熟 した 時 代 に あたり ロシアではエカテリーナ 女 帝 の 治 世 下 で 帝 国 が 栄 華 を 極 めていた 時 代 にあたる しか しそれはまたプガチョーフの 農 民 暴 動 が 発 生 する 直 前 の 時 代 でもある フランスに 関 する 情 報 源 は 主 に 書 物 であったが そのひとつにカラムジンの 書 いた 紀 行 文 ロシア 人 旅 行 者 の 手 紙 がある 1790 年 4 月 のパリの 情 景 であるが その 中 に 次 のような 描 写 が 見 られる しかし 本 当 のフランス 人 の 娯 楽 はもうその 時 にはパリの 集 まりでは 珍 しくなっていました 恐 ろしい 遊 びが 始 まりました 若 い 貴 婦 人 たちは 毎 晩 お 互 いを 破 産 させるために 寄 り 集 まって トランプ 遊 び - 35 -

に 興 じ 優 雅 なしきたりや 社 交 術 を 忘 れてしまっていたのでした ( ) 皆 が 小 理 屈 を 言 い もった いぶり ペテンにかけ そしてラシーヌやデプレオーが 理 解 できなかった したがらなかったであろ う 新 しい 奇 妙 な 表 現 を 取 り 入 れました-そしてもし 突 然 頭 上 に 革 命 の 雷 鳴 が 轟 かなかったら われわ れは 退 屈 のあまりどうしたらいいのか 分 からなかったところです 8 18 世 紀 70 年 代 のパリ それから60 年 後 の19 世 紀 30 年 代 のペテルブルグ 更 にそれ から 約 60 年 経 過 した1890 年 に チャイコフスキイが スペードの 女 王 をオペラに 作 曲 したことになる ここには 奇 妙 な60 年 サイクルが 見 られる その スペードの 女 王 の 編 曲 が 終 りかけた4 月 に 作 曲 家 はフォン メック 夫 人 に 宛 てて 次 のように 書 いた ( )ところで 今 ロシアでは 何 か 不 都 合 なことが 起 きていますね 皇 帝 の 側 近 たちが 陛 下 を 保 守 的 傾 向 に 引 きずりこんでいますが これはとても 悲 しいことです 反 動 の 風 潮 はトルストイ 伯 爵 の 作 品 が 何 か 革 命 的 檄 文 でもあるかのように 迫 害 されるまでに 達 しています 若 者 たちは 暴 動 を 起 こし ロシアの 状 況 は 本 質 的 にとても 暗 いものです しかしそれらは 私 がある 情 熱 的 な 愛 情 でロシアを 愛 する 妨 げにはなりません 9 ペテルブルグは 帝 国 の 首 都 である ロシアの 現 状 に 対 するチャイコフスキイの 絶 望 的 な 想 いと ロシアへの 絶 大 なる 愛 の 矛 盾 した 感 情 の 中 にプーシキンを 評 したフェドトフの 表 現 を 借 りれ ば 帝 国 と 自 由 の 歌 びと プーシキンとの 共 通 性 を 読 み 取 ることが 可 能 であろう 30 年 代 の ペテルブルグの 情 況 は90 年 代 の 革 命 や 暴 動 を 予 感 させる 暗 い 反 動 的 体 制 下 のペテルブルグ に 通 じるものがある ロシア 帝 国 の 黄 金 時 代 をオペラの 時 代 背 景 に 据 えた 狙 いは 舞 台 効 果 の 面 だけではなく 革 命 を 招 来 するような 爛 熟 した 社 会 への 暗 示 を 避 けようとする 政 治 的 配 慮 とと もに 帝 国 への 黄 金 時 代 への 憧 憬 の 想 いが 込 められたものと 考 えられる それは 同 時 に 作 曲 家 と 同 時 代 の 社 会 の 現 実 を 逆 照 射 する 狙 いもあったのではなかろうか * 原 作 の スペードの 女 王 が 書 かれたのは1833 年 の 秋 である この 秋 には 他 に ペテ ルブルグ 物 語 という 副 題 を 持 つ 叙 事 詩 青 銅 の 騎 士 シェイクスピアの 喜 劇 以 尺 報 尺 を 翻 案 した 叙 事 詩 アンジェロ 更 には プガチョーフ 叛 乱 史 や グリム 童 話 を 粉 本 に 持 つ 民 話 漁 師 と 魚 の 話 死 んだ 王 女 と 七 人 の 勇 士 の 話 などが 書 かれている シジャコフが 指 摘 しているように スペードの 女 王 の 草 稿 が 現 存 していないために 正 確 な 創 作 過 程 を 辿 ることは 困 難 であるが 三 つの 作 品 青 銅 の 騎 士 アンジェロ スペードの 女 王 の 創 作 が 時 期 的 に 交 錯 し 並 行 して 書 かれたことは 間 違 いない 10 この 秋 に 書 かれた 作 品 はそれぞ れ 相 互 に 関 連 を 有 し 1833 年 秋 の 詩 人 の 統 一 的 な 構 想 の 中 に 組 み 込 まれていたと 考 えられ る 特 に 叙 事 詩 青 銅 の 騎 士 と 小 説 スペードの 女 王 は 接 点 が 多 く 一 方 は 韻 文 で 他 方 は 散 文 で 書 かれた ペテルブルグ 物 語 である 物 語 の 舞 台 は スペードの 女 王 も 青 銅 の 騎 士 も 湿 った 陰 うつな 秋 から 冬 にかけてのペテルブルグで その 情 景 はいずれの 場 合 も 内 的 緊 張 感 と 不 安 感 に 満 たされたものであり 首 都 は 主 人 公 ゲルマンとエヴゲーニイにと - 36 -

って 敵 対 的 な 都 市 として 描 写 されている 二 つの 物 語 の 筋 はペテルブルグの 平 凡 な 市 井 の 住 民 に 起 った 特 異 な 事 件 に 関 する 物 語 で その 事 件 はいずれも 主 人 公 の 期 待 と 崩 壊 と 滅 亡 に 終 って いる 点 で 共 通 している ペテルブルグ 物 語 の 作 品 の 名 称 にも 共 通 性 が 見 られる ペトルー ニナが 指 摘 しているように スペードの 女 王 も 青 銅 の 騎 士 も 物 語 の 主 人 公 の 名 前 (ゲ ルマン エヴゲーニイ)ではなく その 敵 対 者 それもその 本 人 自 身 の 名 前 ではなく その 敵 対 者 の 死 後 にその 人 物 の 機 能 を 担 い 一 定 の 時 に 主 人 公 の 運 命 に 断 固 として 介 入 してくるメタ ファー 的 代 理 人 の 名 前 である 11 作 品 主 人 公 敵 対 者 死 後 の 名 前 スペードの 女 王 ゲルマン 老 伯 爵 夫 人 スペードの 女 王 青 銅 の 騎 士 エヴゲーニイ ピョートル 大 帝 青 銅 の 騎 士 ペトルーニナはさらに 次 のように 指 摘 する これらの 名 称 は 多 義 的 で 象 徴 的 である ス ペードの 女 王 は 単 に 賭 博 カードを 示 すだけでなく 老 伯 爵 夫 人 のことを 示 しており 主 人 公 を 狂 気 と 滅 亡 に 導 く 運 命 のシンボルである 12 スペードの 女 王 の 舞 台 になっているペテルブルグはロシアの 中 の ヨーロッパ であり 西 欧 に 開 かれた 窓 としてピョートル 大 帝 の 運 命 的 な 意 志 によって 建 設 された 人 工 の 町 である 最 初 はアムステルダムを 目 標 にしたが 次 第 に 構 想 が 膨 らんで 北 方 のパリ または 北 方 のローマを 目 標 に 掲 げた その 目 標 を 実 現 するために 数 万 人 の 人 々がネヴァ 河 のデルタ 地 帯 に 駆 り 集 められた 主 に 百 姓 兵 隊 犯 罪 者 捕 虜 のスエーデン 人 やタタール 人 などで 彼 らには 住 まいも 食 事 も 与 えられず 道 具 もなかった 掘 られた 土 を 彼 らは 自 分 たちの 着 てい る 服 で 運 んだ 土 砂 降 りの 雨 のしたで 蚊 の 大 群 に 悩 まされながら これらの 不 幸 な 人 々は 泥 の 土 壌 に 木 の 杭 を 打 ち 込 んでいた 飢 餓 病 気 強 制 労 働 による 死 者 の 数 は 不 明 である 恐 ら く 数 十 万 人 はいたであろうが ピョートルがそれに 全 く 関 心 を 抱 かなかったので 誰 も 計 算 すらしなかった 13 18 世 紀 の 文 学 は 総 じて 自 然 の 征 服 者 ピョートルを 讃 美 する 作 品 が 多 い しかし 水 面 下 では 反 ピョートル 陣 営 から 流 布 された ペテルブルグ 伝 説 即 ち 神 の 摂 理 に 反 して 建 設 されたペテルブルグは 不 可 避 的 に 滅 亡 するという 予 言 が 広 まっていた 穏 健 なカラ ムジンでさえ 次 のように 書 く ペテルブルグは 涙 と 遺 体 の 上 に 建 設 されたと 言 うことが 可 能 である (1811 年 ) アンツィフェロフは ペテルブルグの 魂 の 中 で 実 に ペテルブルグ は 人 骨 の 上 に 建 てられた 都 市 である (1922 年 )と 書 き 記 した ポーランドの 詩 人 ミツケーヴ ィチは 次 のように 断 じている ローマは 人 間 の 手 で 造 られ ヴェネツイアは 神 々によって 造 られた しかしペテルブルグを 造 ったのはサタンであるという 私 の 意 見 には 誰 もが 同 意 するで あろう (1832 年 ) プーシキンは1828 年 に 一 遍 の 小 詩 華 やかな 都 貧 しい 都 を 書 いた 最 初 の2 行 を 引 用 する 華 やかな 都 貧 しい 都 - 37 -

囚 われの 心 整 斉 の 姿 小 詩 の 最 初 の2 行 にペテルブルグの 特 徴 ペテルブルグの 持 つ 二 面 性 が 凝 縮 して 的 確 に 捉 え られている 華 やかさと 貧 しさが 合 せ 鏡 のごとく 共 存 する 町 外 見 上 の 美 しさと 精 神 的 隷 属 と が 縒 り 合 わされた 町 である プーシキンは1822 年 に 書 いた 覚 書 18 世 紀 ロシア 史 ノート の 中 で ピョートル 一 世 は 啓 蒙 の 必 然 的 結 果 である 民 衆 の 自 由 を 恐 れなかった 何 故 ならば 自 らの 威 力 を 信 じ 人 類 を 恐 らくは ナポレオン 以 上 に 軽 蔑 していたからである と 書 き 記 しているが これはピョートル 大 帝 の 中 に 啓 蒙 君 主 の 顔 と 専 制 君 主 の 顔 を 洞 察 した 言 葉 である このピョートル 観 は 叙 事 詩 青 銅 の 騎 士 の 中 で 見 事 に 結 実 した 青 銅 の 騎 士 はピョート ル 大 帝 の 偉 業 とその 成 果 であるペテルブルグを 讃 美 した 序 詞 と 1824 年 にペテルブル グを 襲 った 大 洪 水 とその 洪 水 で 恋 人 を 奪 われ 都 市 を 建 設 したピョートル 大 帝 に 罪 ありとして その 騎 士 像 青 銅 の 騎 士 に 呪 いの 言 葉 を 浴 びせ 自 滅 したコロームナの 住 民 の 不 幸 な 物 語 を 綴 った 本 文 とから 成 る 青 銅 の 騎 士 と 同 じく スペードの 女 王 もまたペテルブルグ を 舞 台 に 展 開 していく ロートマンはペテルブルグの 空 間 の 特 徴 としてその 幻 想 性 と 劇 場 性 を 指 摘 した 14 ロートマンに 拠 れば ペテルブルグの 空 間 の 劇 場 性 は 舞 台 区 域 と 楽 屋 区 域 の 明 確 な 区 分 にある 舞 台 区 域 には 王 侯 貴 族 の 豪 華 な 邸 宅 が 立 ち 並 び 上 流 階 級 の 人 々が 横 行 闊 歩 する 華 やかな 都 整 斉 の 姿 である 他 方 楽 屋 区 域 でひっそりと 暮 らしているのは 役 人 貧 者 市 民 以 下 の 人 間 たちで 貧 しい 都 囚 われの 心 を 表 す 舞 台 区 域 はペテルブルグの 中 心 に 位 置 する 宮 殿 や 目 抜 き 通 りのネフスキイ 大 通 りなどであり 楽 屋 区 域 にあたるのは 町 の 周 辺 に 位 置 するコロームナやワシーリエフスキイ 島 などである 青 銅 の 騎 士 の 序 詞 で 謳 われているのはペテルブルグの 表 の 顔 その 舞 台 区 域 で 宮 殿 塔 の 壮 大 な 建 物 が 整 然 と/すきまもなしに 立 ち 並 び ネヴァ 河 は 御 影 石 の 装 い 凝 らし 海 軍 省 の 尖 塔 はあざやかな 光 を 放 ち 私 は 愛 する 連 兵 場 の/ 将 兵 の 壮 んな 士 気 を といった 表 現 に 読 み 取 れる ( 青 銅 の 騎 士 からの 引 用 は 木 村 彰 一 訳 )それに 対 し 主 人 公 エ ヴゲーニイはコロームナの 住 民 であり 彼 の 恋 人 の 住 まいは 入 り 海 の 渚 に 近 い ワシーリエ フスキイ 島 である この 二 つの 区 域 には 社 会 的 格 差 が 厳 然 として 存 在 しているが 日 常 的 には 両 者 の 間 に 均 衡 が 保 たれている しかし 両 者 の 関 係 が 何 らかの 原 因 で 衝 突 する 時 にドラマが 発 生 する 多 くの 場 合 楽 屋 区 域 の 住 民 の 偶 発 的 反 抗 という 形 で 展 開 されるが その 反 抗 は 失 敗 に 終 わり ペテルブルグの 日 常 の 生 活 から 取 り 残 され 忘 れ 去 られてしまうのである スペードの 女 王 の 主 人 公 ゲルマンはトムスキイの 語 った3 枚 の 勝 ち 札 のアネクドートで 心 からの 賭 博 好 き である 激 しい 情 熱 と 燃 えるような 空 想 に 火 をつけられるが 他 方 ドイツ 人 特 有 の 計 算 高 い 性 格 から 倹 約 節 制 勤 勉 を 金 科 玉 条 に 賭 博 への 誘 惑 を 退 けよ うと 格 闘 する 彼 が 三 枚 の 勝 ち 札 のアネクドートの 呪 縛 に 捉 われたのはペテルブルグの 街 を 歩 いている 時 であった 楽 屋 の 住 民 であるゲルマンはもの 思 いに 耽 りながら 偶 然 に 舞 台 区 域 に 登 場 し 伯 爵 夫 人 邸 に 訪 問 者 が 訪 れる 場 面 を 目 撃 する 彼 は 舞 台 に 登 場 する 富 裕 者 たち 帝 国 の 首 都 を 代 表 する 人 々 貴 族 や 高 級 官 僚 の 面 々を 目 撃 するのであるが 彼 の 目 に 映 るのは 彼 らの 地 位 や 階 級 や 富 を 象 徴 するような 事 物 嫋 (しな)やかな 美 女 の 脚 (あし)や かまびす しい 乗 馬 靴 縞 模 様 のくつした 外 国 使 臣 の 細 靴 など のみであって 人 間 の 顔 ではない 作 - 38 -

者 はこれらの 風 刺 的 なメトニミーを 用 いて ゲルマンに 敵 対 的 なペテルブルグの 舞 台 区 域 顔 を 失 った 上 流 貴 族 の 世 界 を 表 現 し 彼 の 見 すぼらしい 部 屋 との 落 差 を 強 調 している のである 15 この 対 照 (フェドラの 豪 華 な 邸 宅 と 主 人 公 ラファエルの 屋 根 裏 部 屋 )こそは 悪 をそそのかす 誘 惑 の 魔 手 であった すべての 罪 は こうして 生 まれてくるのだ (バルザック あら 皮 山 口 義 雄 鈴 木 健 郎 訳 ) 見 すぼらしい 部 屋 に 戻 ったゲルマンは 賭 博 の 夢 を 見 る 翌 日 また 街 をさまようと 偶 然 * ** 伯 爵 夫 人 の 邸 に 通 りかかる ゲルマンには え 知 れぬ 或 る 力 が 彼 を 導 くように 思 われ たのである 彼 は 立 ちどまって じっと 窓 を 見 あげた その 窓 の 一 つに ふさふさとした 黒 髪 が( ) 窺 われた ふと 顔 がこちらを 向 いて ゲルマンはそのみずみずしい 面 立 ちと 黒 い 眼 を 見 た 彼 の 運 命 はこの 一 瞬 に 決 した この 黒 髪 の 女 性 が 伯 爵 夫 人 の 養 女 リザヴェータであ る ゲルマンはこうした 偶 然 の 中 に 自 らの 抗 い 難 い 運 命 を 感 じ 賭 博 の 誘 惑 に 傾 斜 する 心 を 容 認 していくのである * チャイコフスキイのオペラ スペードの 女 王 には 青 銅 の 騎 士 の 中 で 詩 人 プーシキンに より 指 摘 されたペテルブルグの2 面 性 二 重 性 が 描 かれている 即 ち 帝 国 を 称 える 要 素 と 同 時 に 意 地 の 悪 い 運 命 の 象 徴 としてのペテルブルグである アンツィフェロフは ペテル ブルグの 魂 の 中 で プーシキンはペテルブルグの 明 るい 側 面 を 歌 った 最 後 の 歌 人 であった 一 年 一 年 北 方 の 首 都 の 様 相 はますます 陰 鬱 になっていく その 険 しい 美 しさは 霧 の 中 に 消 えて いく ペテルブルグはロシア 社 会 にとって 次 第 に 病 的 で 表 情 をなくした 住 民 の 住 む 冷 ややかで 潤 いのない 兵 舎 の 町 と 化 していく と 書 いた 16 これはドストエフスキイの 未 成 年 に 描 かれたペテルブルグのイメージに 通 じるものである このようなじめじめした しめっぽい 霧 深 いペテルブルグの 朝 にこそ プーシキンの スペードの 女 王 のゲルマン 某 の 奇 怪 な 夢 想 が(これは 稀 に 見 る 偉 大 な 創 造 で 完 全 にペテルブルグの 一 典 型 - ペテルブルグ 時 代 の 一 つのタイプである) ますます 強 化 されるにちがいない とわたしは 思 うので ある ( 工 藤 精 一 郎 訳 ) プーシキン 以 降 ペテルブルグのテーマはゴーゴリの 一 連 の 作 品 : ネフスキイ 大 通 り 狂 人 日 記 肖 像 画 鼻 外 套 や ドストエフスキイの 作 品 などで 描 かれていくが 総 じ てその 舞 台 はペテルブルグの 楽 屋 区 域 か 楽 屋 の 住 民 の 視 点 から 描 かれたもので 町 の イメージはチャイコフスキイがフォン メック 夫 人 に 書 いた 印 象 とあまり 変 わらないものであ る 17 チャイコフスキイはこの 様 なペテルブルグの 描 写 に 辟 易 をしていたとされる 18 オペラの 構 成 を 見 ると 舞 台 設 定 が 上 述 した 通 りプーシキンの 原 作 と 大 きく 異 なっている 第 1 場 ( 夏 の 庭 園 ) 第 2 場 (リーザの 部 屋 ) 第 3 場 ( 金 持 ちの 貴 族 の 仮 面 舞 踏 会 ) 第 6 場 ( 冬 の 運 河 )の 場 面 は 原 作 にはない 新 たに 導 入 された 場 面 はすべてペテルブルグの 舞 台 区 域 に 属 する 空 間 が 用 いられている 特 に オペラの 第 1 幕 の 舞 台 は 原 作 と 大 きく 異 なり 爽 - 39 -

やかな 五 月 の 夏 の 庭 園 で 幕 があがる ミハイロフ 城 とネヴァ 河 左 岸 にある 夏 の 庭 園 はピョ ートル 大 帝 の 命 で1704 年 に 造 園 されたペテルブルグで 一 番 古 い 庭 園 であり 貴 族 たちの 園 遊 会 も 開 かれた 舞 台 区 域 の 象 徴 的 庭 園 でもある 青 銅 の 騎 士 の 序 詞 に 次 のような 詩 句 がある ( ) 私 は 愛 する ピョートルの 創 れるものよ / 私 は 愛 する おまえのきびしい 整 斉 の 容 (すがた) を/ 力 に 充 ちたネヴァの 流 れを/その 岸 の 御 影 石 を/おまえの 柵 の 鋳 鉄 の 唐 草 を/( ) ( )ピ ョートルの 市 (まち)よ うつくしくあれ/ゆるぎなく 立 て ロシアのように / 願 わくは 征 服 さ れた 自 然 とおまえの/ 和 解 のときがくるように/( ) ( 青 銅 の 騎 士 木 村 彰 一 訳 ) この 詩 句 で 触 れられている 柵 の 鋳 鉄 の 唐 草 は 夏 の 庭 園 を 囲 む 鉄 の 柵 のことである プーシ キンはミツケーヴィチの 諷 刺 に 反 論 する 形 で 帝 国 の 象 徴 であるペテルブルグを 讃 美 し そのペ テルブルグの 象 徴 の 一 つとして 夏 の 庭 園 を 引 用 しているのである 恐 らく チャイコフスキイ はこうしたコンテクストの 中 で 夏 の 庭 園 を 取 り 上 げたものと 推 測 される 夏 の 庭 園 を 五 月 の 陽 射 しを 浴 びて 散 策 する 人 々の 姿 は 平 和 な 首 都 の 生 活 を 暗 示 させる 子 供 たちの 遊 びに 耳 を 澄 ますと そこにも 帝 国 のテーマ が 読 み 取 れる ぼくらがここに 集 ま ったのはロシアの 敵 を 脅 すため/ 悪 い 敵 ども 覚 悟 しろ( )/ 祖 国 を 救 うのがぼくらの 定 め ( )/いとも 賢 き 女 王 陛 下 に 栄 あれ/ぼくらみんなの 母 にして 女 帝 は 国 の/ 誇 りなり 美 の 精 華 なり! 万 歳 万 歳 万 歳! しかしこの 平 和 な 春 の 場 面 は 不 吉 な 物 語 の 前 途 を 暗 示 する かのように 雷 鳴 とゲルマンの 内 面 に 目 覚 めた 情 熱 の 嵐 の 呼 応 で 終 る 雷 稲 妻 風 よ!お 前 たちに 堅 く 誓 う: 彼 女 は 俺 のものにする 俺 のものに 俺 のものに 俺 のものに さもなく ば 死 んでやる! 帝 国 のテーマ は 第 2 幕 の 金 持 ちの 貴 族 の 仮 面 舞 踏 会 の 場 面 で 更 に 明 確 に 描 かれる 作 曲 家 は18 世 紀 の 時 代 精 神 を 詳 細 に 考 察 し 18 世 紀 を 想 起 させる 音 楽 を 随 所 に 用 いて 栄 華 を 極 めたロシア 帝 国 の 黄 金 時 代 を 見 事 に 再 現 することに 成 功 している 15 歳 のプーシキンはエカ テリーナ 二 世 の 時 代 を 次 のように 謳 った かの 黄 金 の 時 代 は 永 遠 に 走 り 去 ってしまった / 偉 大 な 女 帝 の 王 笏 のもとで/ 仕 合 せなロシアが 栄 光 の 冠 をいただき/おだやかなとばりの うちに 花 咲 いていた 時 代 は! ( 草 鹿 外 吉 訳 )プーシキンの 時 代 において エカテリーナの 時 代 はロシア 帝 国 の 栄 光 の 時 代 最 も 華 やかな 時 代 と 見 做 されていたが それは 既 に 永 遠 に 過 ぎ 去 った 過 去 の 時 代 と 認 識 されていた それから60 年 が 経 過 した90 年 代 には 更 に 隔 世 の 感 がしたであろう 牧 歌 劇 羊 飼 いの 娘 のまごころ は 羊 飼 いの 娘 プリレーパが 金 持 ちのズラ トゴール( 金 山 )のプロポーズを 退 けて 貧 しいミロブゾール(やさしい 眼 差 し)を 選 択 し 金 や 地 位 ではなく 真 実 の 愛 を 選 択 するという 物 語 である この 牧 歌 劇 のあとでゲルマンと 伯 爵 夫 人 が 舞 台 で 鉢 合 わせをし 互 いに 相 手 を 凝 視 する 場 面 がある この 場 面 を 契 機 にしてゲルマ ンはプーシキンの 原 作 のゲルマンに つまり ナポレオンの 横 顔 とメフィストフェレスの 心 を 持 つ 人 物 像 に 近 づいていく この 幕 の 終 わりにエカテリーナ 女 帝 自 身 が 舞 台 に 登 場 し 女 帝 を 称 える 讃 歌 で 幕 が 閉 じる 栄 光 あれ エカテリーナ 栄 光 あれ 心 やさしき 母 よ! 栄 光 あ - 40 -

れ エカテリーナ! 栄 光 あれ やさしき 母 よ! 万 歳! 万 歳! 万 歳! このエカテリーナの 登 場 を 境 にして オペラの 展 開 は 叙 事 詩 青 銅 の 騎 士 の 序 詞 の 部 分 から 本 文 の 部 分 に 即 ちペテルブルグの 讃 歌 からペテルブルグの 抱 える 矛 盾 の 告 発 へ 移 行 するように 感 じられる 即 ち プーシキンがピョートル 大 帝 とその 改 革 の 成 果 であるペテル ブルグを 叙 事 詩 青 銅 の 騎 士 の 序 詞 で 讃 えたとしたら チャイコフスキイはピョートル の 衣 鉢 を 継 ぎ ピョートル 大 帝 の 記 念 像 ( 青 銅 の 騎 士 )を 建 立 したエカテリーナ 二 世 とその 華 やかなペテルブルグの 世 界 を 第 1 幕 と 第 2 幕 で 讃 えたということが 可 能 であろう 叙 事 詩 の 序 詞 ではピョートルの 壮 大 な 夢 とその100 年 後 の 夢 の 実 現 した 姿 が 描 かれているが その100 年 後 とは 詩 人 プーシキンと 同 時 代 の 首 都 の 姿 である それに 対 し オペラで 描 かれ ているエカテリーナの 時 代 は 作 曲 家 の 約 100 年 前 のペテルブルグの 姿 に 他 ならない 従 って チャイコフスキイはオペラの 中 でペテルブルグの 讃 歌 を 復 活 させたのだが それはあくまでも 作 曲 家 と 同 時 代 のペテルブルグの 表 象 ではなく 100 年 前 のペテルブルグであり 旧 き 良 き 時 代 への 郷 愁 にみちたものと 言 わざるを 得 ない 第 3 幕 即 ち 通 し 番 号 で 言 えば 第 4 場 から 音 楽 は 主 人 公 たちの 内 面 の 世 界 に 焦 点 が 当 てられ 恐 怖 心 や 不 安 や 決 意 など 作 曲 家 と 同 時 代 の 人 々の 重 苦 しい 苦 悩 に 満 ちた 情 感 が 表 現 されてい る ゲルマンの 心 はリーザへの 一 途 な 愛 と3 枚 の 勝 札 への 誘 惑 との 相 克 に 揺 れ 動 いていたが リーザもゲルマンも 等 しく 情 念 の 犠 牲 者 である リーザは 原 作 の 伯 爵 夫 人 の 養 女 という 貧 しい 存 在 ではなく 伯 爵 夫 人 の 姪 という 社 会 的 にも 経 済 的 にも 恵 まれた 女 性 であり しかもエレ ツキイ 公 爵 という 非 の 打 ち 所 のない 婚 約 者 を 得 て 彼 女 の 将 来 は 更 に 安 定 した 生 活 を 保 障 され ていた 彼 女 自 身 心 から 選 んだ 相 手 であり 知 性 美 貌 家 柄 富 何 においても 申 し 分 のな い 相 手 である あの 方 よりも 高 貴 で 美 男 子 で 見 栄 えの 美 しい 方 がいるでしょうか いえ 誰 もいやしない それにも 拘 らず 彼 女 の 心 は 意 に 反 して 不 吉 な 影 を 持 つゲルマンに 惹 かれ 破 滅 の 道 を 歩 んでいくのである 人 間 の 心 の 闇 の 深 さを 彼 女 は 夜 に 向 かって 告 白 する おお 聞 いておくれ 夜 よ!お 前 にだけは 私 の 心 の 秘 密 を 打 ち 明 けることができる それはお 前 のよ うに 暗 い 私 から 安 らぎと 幸 福 を 奪 った 悲 しい 瞳 の 眼 差 しのように... リーザにはゲルマン が 堕 天 使 のように 美 しく 思 われ 彼 の 目 の 中 に 激 しい 情 熱 の 炎 を 認 め 心 は 彼 の 虜 と 化 してい くのである ゲルマンも 同 様 であろう リーザの 愛 を 受 け 止 めれば 彼 の 社 会 的 立 場 は 安 定 す るにも 拘 らず 賭 博 の 情 熱 に 捉 われて 破 滅 の 道 を 歩 むのである この 心 の 闇 の 呪 縛 を 運 命 と 考 えるならば ゲルマンとリーザの 破 滅 の 物 語 は 運 命 に 翻 弄 される 不 幸 な 気 違 いじみた 同 時 代 の 若 者 たちの 愚 かしさ 悲 しさを 音 楽 の 言 葉 で 刻 印 したものである プーシキンが スペードの 女 王 を 書 いた1833 年 は1825 年 のデカブリストの 乱 が 敗 北 に 終 わり 社 会 変 革 を 担 うべき 進 歩 的 な 若 い 貴 族 層 が 壊 滅 し ニコライ 一 世 の 反 動 的 政 治 が 首 都 ペテルブルグを 重 く 覆 っていた 時 期 である 詩 人 はその 時 代 の 閉 塞 感 とピョートルの 改 革 で 台 頭 した 新 興 貴 族 の 奢 侈 な 生 活 振 りの 中 に 約 60 年 前 のパリの 状 況 を 重 ね 合 わせて 描 写 し たのである 同 様 に チャイコフスキイが スペードの 女 王 をオペラ 化 しようとした90 年 - 41 -

代 は1881 年 のアレクサンドル 二 世 暗 殺 後 のアレクサンドル 三 世 による 反 動 的 な 政 治 が 重 く 社 会 を 覆 っていた 時 代 である チャイコフスキイは 毎 年 繰 り 返 される 首 都 の 洪 水 の 災 害 大 火 激 化 する 学 生 運 動 などから 帝 国 の 象 徴 としてのペテルブルグへの 危 機 感 を 募 らせていた その 一 方 で ゴーゴリやドストエフスキイなどが 文 学 作 品 で 描 く 暗 い じめじめしたペテルブ ルグの 描 写 にも 抵 抗 を 感 じていた そこでオペラ スペードの 女 王 ではプーシキンの 伝 統 を 踏 襲 し ペテルブルグの 黄 金 時 代 であるエカテリーナ 時 代 に 時 代 背 景 を 変 更 することによって 旧 き 良 きペテルブルグ 時 代 への 郷 愁 を 描 き 他 方 劇 の 展 開 ではチャイコフスキイと 同 時 代 の ペテルブルグに 迫 っている 悲 劇 的 な 運 命 をゲルマンの 運 命 に 重 ねあわせて 描 出 した 青 銅 の 騎 士 に 描 かれたピョートル 大 帝 は<ヤヌスの 像 >のように 二 つの 顔 に 分 化 する 奇 しき 建 設 者 と 専 制 君 主 の 顔 である 正 の 遺 産 と 負 の 遺 産 正 の 機 能 と 負 の 機 能 と 言 い 換 えるこ とも 可 能 であろう オペラ スペードの 女 王 ではこの 二 つの 機 能 がそれぞれエカテリーナ 女 帝 と 伯 爵 夫 人 (スペードの 女 王 )とに 分 けて 描 かれることになる 最 後 にゲルマンが 正 気 に 戻 り 公 爵 に 許 しを 請 い リーザへの 愛 を 告 白 して 死 ぬフィナーレは 賭 博 熱 によって 人 間 性 を 喪 失 したかに 見 えたゲルマンに 人 間 性 の 復 活 を 印 象 づける 場 面 であり 人 間 性 への 絶 望 ではなく 希 望 の 表 明 と 読 み 取 れる その 点 でもこのオペラはヒューマニズムに 満 ちたプーシキンの 精 神 に 通 じるものである 注 1 М.Чайковский. Жизнь Петра Ильича Чайковского. Втрех томах. «Алгортм». 1997. 2 А.А.Гозенпуд. Пушкин и русская оперная классика. Всб.: «Пушкин и русская культура», «Наука», 1967. стр.202. 3 サハロフ 編 チャイコフスキイ ( 文 学 遺 産 と 同 時 代 人 の 回 想 )( 岩 田 貴 訳 ) 群 像 社 1991 年 111 頁 4 М.Чайковский. Жизнь Петра Ильича Чайковского. Втрех томах. «Алгортм». 1997. 5 Вас. Яковлев. Пушкин и музыка. Гос.муз.изд-во. 1957. 6 Вас. Яковлев. Пушкин и музыка. Гос.муз.изд-во. 1957. 7 最 新 名 曲 解 説 全 集 19 歌 劇 Ⅱ 音 楽 之 友 社 1980. 8 カラムジン 著 ロシア 人 の 見 た 十 八 世 紀 パリ ( 福 住 誠 訳 ) 彩 流 社 1995. 9 М.Чайковский. Жизнь Петра Ильича Чайковского. Втрех томах. «Алгортм». 1997. 10 Сидяков Л.С. «Пиковая дама», «Анджело» и «Медныйвсадник». В сб.: Болдинские чтения. 1979. 11 Н.Н.Петрунина. Две «петербургские повести» Пушкина. В сб.: Пушкин. Исследования и материалы,Ⅹ. 1982. 12 Н.Н.Петрунина. Две «петербургские повести» Пушкина. В сб.: Пушкин. Исследования и материалы,Ⅹ. 1982. 13 Соломон Волков. История культуры Санкт-Петербурга. Изд-во Независимая газета. 2001. - 42 -

14 Ю.М.Лотман. Символизм Петербурга и проблемы семиотики города. В кн.: Избранные статьи в трёх томах. Таллинн, «Александра», 1992. 15 Г.П.Макогоненко. Гоголь и Пушкин. Советский писатель, 1985. 16 Н.П.Анциферов. «Душа Петербурга», «Брокгауз-Ефрон», 1922. 17 チャイコフスキイは1878 年 にフォン メック 夫 人 に 宛 てて 次 のように 書 いた これは 作 曲 家 のペ テルブルグに 対 する 感 情 を 示 すひとつの 証 左 となるであろう ペテルブルグは 今 日 この 上 もない 圧 迫 感 と 憂 愁 の 想 いを 抱 かせます 第 一 に 天 気 がひどい 霧 いつまでも 続 く 雨 湿 気 第 二 に 一 足 ごとに 擦 れ 違 うコサック 軍 の 巡 回 まるで 包 囲 されている 感 じです 第 三 に 屈 辱 的 な 講 和 のあとに 帰 還 した 軍 隊 で これらのことは 神 経 を 逆 撫 でし 憂 鬱 にさ せます 私 たちは 恐 ろしい 時 代 を 体 験 しつつあり 起 こっている 事 柄 を 深 く 考 えると 恐 ろしくなり ます 一 方 には 全 くあきれ 返 るような 政 府 があり ( ) 他 方 には 不 幸 な 気 違 いじみた 若 者 た ちがいて 数 千 人 単 位 で 裁 判 も 受 けずに 鳥 も 通 わないような 僻 地 へ 追 放 され その 両 極 端 の 間 にあら ゆることに 無 関 心 で なんら 抗 議 もせずにその 両 者 を 眺 め 利 己 的 な 利 害 に 拘 泥 している 大 衆 がいる のです 18 Соломон Волков. История культуры Санкт-Петербурга. 2001. - 43 -