日 時 :2016 年 8 月 14 日 ( 日 ) 場 所 : 立 川 教 会 聖 書 : 新 約 マタイによる 福 音 書 5 章 1-12 節 p6 説 教 題 : 心 の 清 い 人 々は 幸 いである その 人 たちは 神 を 見 る 平 和 を 実 現 する 人 々は 幸 いである その 人 たちは 神 の 子 と 呼 ばれる 讃 美 歌 :21-493 21-451 お 早 うございます リオでのオリンピックが 始 まりました 連 日 伝 えられて 来 る 日 本 選 手 の 活 躍 に 夏 の 甲 子 園 の 話 題 が 霞 んでしまうかのような 感 が 致 します 特 に 東 京 代 表 の2 校 が 共 に1 回 戦 で 敗 れたので そんな 感 じがするのでしょうか?それだけではなく 私 の 好 きなプロ 野 球 でさえも 関 心 を 呼 ぶ 順 番 としては オリンピック 甲 子 園 に 次 ぐ3 番 手 に 後 退 してしまいました 皆 様 はいかがでし ょうか? ところで オリンピックとは 別 に 思 わず 目 を 留 めた 新 聞 記 事 がありました 一 昨 日 の 朝 日 新 聞 朝 刊 28 面 の 囲 み 記 事 です タイトルは もうすぐ 帰 れるよ サブの 見 出 しは 熊 本 地 震 不 明 学 生 の 両 親 です 朝 日 新 聞 2016/8/12( 金 ) 付 朝 刊 28 面 4 月 16 日 の 本 震 発 生 から 約 半 月 後 の 5 月 1 日 父 親 は 熊 本 県 から ( 息 子 の 晃 ひかる さん の) 捜 索 を 終 了 します と 告 げられます しかし 両 親 は 捜 し 続 けるのです そして 6 月 23 日 阿 蘇 大 橋 の 崩 落 現 場 から 下 流 約 5 キロ 地 点 で( 車 の) 金 属 片 を 発 見 1 カ 月 後 の 7 月 24 日 車 体 の 一 部 を 見 つけました その 時 母 親 の 忍 さんは 取 り 乱 して 車 体 を 掘 り 出 そうとしたと 記 事 にありました 私 のこの 手 で 晃 を 抱 きしめるまでは 諦 められないんです そして 遺 体 の 収 容 を 終 えて 晃 さんにかける 言 葉 を 聞 かれた 忍 さんの 答 えは お 帰 り きつかったね 苦 しかった ね です 最 愛 の 子 どもを 失 う 悲 しみは それを 経 験 した 当 事 者 でなければ 決 して 分 かりません 私 の 母 もその 一 人 です 私 が6 歳 の 時 5 歳 になる 妹 を 自 動 車 事 故 で 失 いました その 母 の 悲 しみがどれほどのもので あったか 幼 い 私 にも 伝 わるものがありました 今 私 には3 人 の 息 子 がいます もし 今 その 中 の 誰 であっても 失 うことがあれば 私 はその 痛 手 から 立 ち 直 ることが 出 来 るかどうか 私 には 分 かりません 父 親 の 私 でさえそうなのですから 母 親 である 妻 の 悲 しみの 深 さは 想 像 すら 出 来 ません そのような 人 間 の 悲 しみに 思 いを 馳 せつつ 明 日 71 年 目 の アジア 太 平 洋 戦 争 での 日 本 の 敗 戦 記 念 日 を 迎 えます
一 口 に71 年 と 言 っても 長 い 長 い 歳 月 でした 今 年 68 歳 の 私 ですが まだ 生 まれていませんでした そして 思 うのです あのアジア 太 平 洋 戦 争 で 父 を 兄 を 弟 を 失 った 肉 親 の 方 の 悲 しみは 71 年 の 歳 月 が 癒 した のだろうかと 父 や 兄 弟 だけではありません 広 島 長 崎 はおろか 東 京 大 阪 名 古 屋 などの 主 要 都 市 を 襲 った 空 襲 で 母 を 姉 を 妹 を 亡 く した 者 たちの 悲 しみは 71 年 の 歳 月 が 癒 したのだろうかと 今 日 与 えられた 聖 書 の 御 言 葉 は イエス 様 の 話 しを 聞 こうと 押 し 寄 せた 人 々を 前 に 山 に 登 って 語 られた 言 葉 です 一 節 一 節 の 御 言 葉 には 深 い 意 味 があります 時 として 私 たちの 常 識 とは 全 く 違 った 内 容 を 持 つものさえあります 3 節 の 心 の 貧 しい 人 々 4 節 の 悲 しむ 人 々 6 節 の 義 に 飢 え 渇 く 人 々 そして 10 節 の 義 のために 迫 害 される 人 々 そのような 人 々は 幸 いである と 言 うのです 貧 しくあり 悲 しみに 打 ち 沈 み 義 しいことを 求 め それ 故 に 迫 害 される 人 々は 幸 いで ある と 言 うのです 世 の 常 識 から 言 えば 幸 いなはずはありません これらの 人 々こそ 不 幸 なのであって もしそうでなければ 一 体 誰 が 不 幸 なのかと 問 わずにはいられないと 思 います でも イエス 様 は いや このような 人 々こそ 幸 いであると 言 われました そのような 言 葉 が 並 ぶイエス 様 が 語 られたメッセージの 中 で 今 日 は8 節 と9 節 を 取 り 上 げ その 内 容 を 学 びたいと 思 います 私 の 学 んだ 大 学 は 基 督 教 主 義 の 大 学 でした 三 鷹 にある 1 学 年 300 名 大 学 院 生 も 入 れて 全 学 生 1,500 名 に 満 たない 本 当 に 小 さな 大 学 でした 入 学 して 驚 いたことがあります それは 教 室 のある 廊 下 のあちらこちらの 壁 に 大 学 の 先 生 方 が 主 催 する 聖 書 研 究 会 の 案 内 が 張 りめぐらされていたのです 週 に 一 度 ですが 私 はぜひ 参 加 したいと 思 い 旧 約 聖 書 の 学 びは 秋 田 稔 先 生 新 約 聖 書 の 学 びは 神 田 盾 夫 先 生 が 主 催 する 研 究 会 に 出 席 しました 出 席 したからと 言 って 卒 業 単 位 とは 関 係 ありません 授 業 が 終 わった 後 の 放 課 後 皆 自 主 的 に 集 まり 行 われたのです 旧 約 聖 書 と 新 約 聖 書 の 学 びの 両 方 ですから 約 1 年 間 かなりの 回 数 を 出 席 したと 思 い ます けれども 私 が 今 でもはっきり 覚 えているのは ただ 1 回 新 約 聖 書 の 神 田 先 生 の 研 究 会 での 内 容 です 先 生 はイギリスに 留 学 していたためか 研 究 会 ではいつもパイプを 燻 (くゆ)らせてい ました 全 キャンパスが 禁 煙 が 普 通 の 今 では 考 えられませんが 会 場 となっている 教 室 で
パイプを 咥 (くわ)え 一 語 一 語 ゆっくりと 語 られました そしてその 日 は 今 日 のマタイによる 福 音 書 5 章 8 節 9 節 の 学 びでした 8: 心 の 清 い 人 々は 幸 いである その 人 たちは 神 を 見 る 9: 平 和 を 実 現 する 人 々は 幸 いである その 人 たちは 神 の 子 と 呼 ばれる 先 生 は このわずか2 節 の 御 言 葉 を 解 き 明 かすのに 2 時 間 をかけたのです まず8 節 です 8: 心 の 清 い 人 々は 幸 いである その 人 たちは 神 を 見 る この 御 言 葉 について 次 のように 言 われました 人 間 と 言 う 存 在 は たとえどのように 自 分 が 惨 めな 状 態 に 置 かれようとも 人 生 の 泥 沼 に 落 ち もがけばもがくほど 深 みにはまるような 絶 望 しかない 状 態 に 陥 ろうとも その 泥 沼 の 中 からふと 空 に 輝 く 星 を 見 上 げた 時 に 美 しいと 感 じる そのような 清 い 心 は 必 ずその 人 に 内 にあるのだと そして 9 節 の 9: 平 和 を 実 現 する 人 々は 幸 いである その 人 たちは 神 の 子 と 呼 ばれる については 世 には 平 和 を 愛 する 人 は 数 多 くいる しかし 自 ら 汗 をかき 平 和 を 実 現 するために 力 を 尽 くす 人 の 何 と 少 ないことかと この2つの 御 言 葉 に 関 わる 神 田 先 生 の 解 き 明 かしは 気 が 付 けば 私 の 心 に 留 まり 続 けていまし た そうしている 内 に 一 冊 の 書 物 に 出 会 います ユダヤ 人 の 精 神 科 医 師 であり 第 二 次 世 界 大 戦 の 最 中 ナチス ドイツによってポーランドのアウシュヴィッツ 強 制 収 容 所 に 収 容 されたフラ ンクルが 書 いた 夜 と 霧 です そこには2か 所 心 の 清 い 人 々は 幸 いである その 人 たちは 神 を 見 る を 彷 彿 させる 出 来 事 が 記 されていました それは アウシュヴィッツから 他 の 収 容 所 に 向 かう 護 送 車 での 出 来 事 でした 他 の 収 容 所 がどのような 所 から 勿 論 知 らされてはいません そこでは 死 が 待 っているのかどうか 移 送 されて 行 く 囚 人 達 の 精 神 は 恐 れと 不 安 諦 めと 絶 望 に 陥 っていました しかし フランクルは 次 のようにその 時 の 出 来 事 を 記 述 したのです とうてい 信 じれない 光 景 だろうが わたしたちは アウシュヴィッツからバイエルン 地 方 に ある 収 容 所 に 向 かう 護 送 車 の 鉄 格 子 の 隙 間 から 頂 がまさに 夕 焼 けの 茜 色 に 照 り 映 えているザル ツブルグの 山 並 みを 見 上 げて 顔 を 輝 かせ うっとりとしていた わたしたちは 現 実 には 生 に 終 止 符 を 打 たれた 人 間 だったのに あるいはだからこそ 何 年 ものあいだ 目 にできなかっ た 美 しい 自 然 に 魅 了 されたのだ (p65) アウシュヴィッツでは 死 を 免 れ 強 制 労 働 に 従 事 しながら 生 き 永 らえて 来 た しかし 移 送 先 の 収 容 所 では 確 実 に 死 が 待 つかも 知 れない そのような 恐 れに 満 たされながら たとえ 一 瞬 では あってもザルツブルグの 山 並 みに 照 り 映 える 夕 焼 けの 茜 色 に 心 を 奪 われるのです
そしてさらに 続 けます あるいはまた ある 夕 べ わたしたちが 労 働 で 死 ぬほど 疲 れて スープの 椀 を 手 に 居 住 棟 のむき 出 しの 土 の 床 にへたりこんでいたときに 突 然 仲 間 がとびこんで 疲 れていようが 寒 か ろうが とにかく( 外 の) 点 呼 場 に 出 てこい と 急 きたてた 太 陽 が 沈 んでいくさまを 見 逃 させ まいという ただそれだけのために そしてわたしたちは 暗 く 燃 えあがる 雲 におおわれた 西 の 空 をながめ 地 平 線 いっぱいに 鉄 (くろがね) 色 から 血 のように 輝 く 赤 まで この 世 のものとも 思 えない 色 合 いでたえずさまざま に 幻 想 的 な 形 を 変 えていく 雲 をながめた その 下 には それとは 対 照 的 に 収 容 所 の 殺 伐 とした 灰 色 の 棟 の 群 れとぬかるんだ 点 呼 場 が 広 がり 水 たまりは 燃 えるような 天 空 を 映 していた わた したちは 数 分 間 言 葉 もなく 心 を 奪 われていたが だれかが 言 った 世 界 はどうしてこんなに 美 しいんだ! (p65) 私 は フランクルのこの 二 つの 出 来 事 の 報 告 を 読 みながら 人 間 の 精 神 の 力 を 思 わずにはいら れません そして 学 生 時 代 の 聖 書 研 究 会 での 神 田 先 生 の 言 葉 人 間 と 言 う 存 在 は たとえど のように 自 分 が 惨 めな 状 態 に 置 かれようとも 人 生 の 泥 沼 に 落 ち もがけばもがくほど 深 みには まるような 絶 望 しかない 状 態 に 陥 ろうとも その 泥 沼 の 中 からふと 空 に 輝 く 星 を 見 上 げた 時 に 美 しいと 感 じる そのような 清 い 心 は 必 ずその 人 に 内 にあるのだ と 今 日 の 聖 書 箇 所 であるマ タイによる 福 音 書 5 章 8 節 のイエス 様 の 御 言 葉 を 想 い 起 すのです 心 の 清 い 人 々は 幸 いであ る その 人 たちは 神 を 見 る との 御 言 葉 を です 心 の 清 い 人 々とは 神 様 を 尋 ね 求 める 人 々です 被 造 物 として 神 様 によって 命 を 与 えられた 自 分 を 知 り 自 分 を 造 られた 創 造 主 である 神 様 を 尋 ね 求 める 人 々です 真 実 に 神 様 を 尋 ね 求 める 時 私 たちは 神 様 と 出 会 うのです 最 後 に あと 一 つ 5 章 9 節 に 触 れます 平 和 を 愛 する だけではなく 平 和 を 実 現 する 者 となりなさいとのイエス 様 の 呼 びかけ です 平 和 とは 繰 り 返 して 申 し 上 げているように 国 々で 争 いの 無 い 平 和 な 状 態 だけを 意 味 しているのではありません 国 と 国 だけではなく 人 と 人 との 間 の 問 題 こそ 重 要 です 平 和 とは ヘブライ 語 でシャロームと 言 い 旧 約 の 時 代 は 繁 栄 や 平 安 を 意 味 しました しかし イエス 様 がお 生 まれになってから 以 降 の 新 約 の 時 代 では 私 たちの 罪 の 身 代 わりとなって 十 字 架 に 架 かって 下 さったイエス 様 のその 十 字 架 によって 私 たちの 罪 は 赦 され 神 様 との 間 で 和 解 が 成 就 しました 神 様 との 和 解 によって 打 ち 建 てられた 平 和 の 礎 を 私 たちは 神 様 だけではなく 隣 り 人 との 間 でも 打 ち 建 てて 行 くことが 求 められています それが この 現 実 の 世 にあって 平 和 を 実 現 することなのです イエス 様 の 十 字 架 によって 神 様 と 私 たちの 間 で 和 解 は 成 りました その 平 和 を 隣 り 人 の 間 で 実 現 して 行 くのです それこそが イエス 様 が 私 たちに 求 めておられる 呼 びかけです 神 様 を 尋 ね 求 める 心 の 清 い 者 となるよう 自 らの 力 を 用 いて 平 和 を 実 現 する 者 となるよう 祈
りたいと 思 います 祈 りましょう