刑 法 弁 護 士 内 藤 慎 太 郎 1
1 傷 害 罪 における 承 継 的 共 同 正 犯 の 成 否 最 決 平 成 24 年 11 月 6 日 争 点 後 行 者 の 加 担 後 の 暴 行 が 共 謀 加 担 前 に 先 行 行 為 者 が 既 に 生 じさせていた 傷 害 を 相 当 程 度 悪 化 させた 場 合 の 傷 害 罪 の 共 同 正 犯 の 成 立 範 囲 決 定 要 旨 原 判 決 は 被 告 人 は Aらの 行 為 及 びこれによって 生 じた 結 果 を 認 識 認 容 し さらに これを 制 裁 目 的 による 暴 行 という 自 己 の 犯 罪 遂 行 の 手 段 として 積 極 的 に 利 用 す る 意 思 の 下 に 一 罪 関 係 にある 傷 害 に 途 中 から 共 謀 加 担 し 上 記 行 為 等 を 現 にそのよう な 制 裁 の 手 段 として 利 用 したものであると 認 定 した その 上 で 原 判 決 は 被 告 人 は 被 告 人 の 共 謀 加 担 前 のAらの 暴 行 による 傷 害 を 含 めた 全 体 について 承 継 的 共 同 正 犯 と して 責 任 を 負 うとの 判 断 を 示 した 所 論 は 被 告 人 の 共 謀 加 担 前 のAらの 暴 行 による 傷 害 を 含 めて 傷 害 罪 の 共 同 正 犯 の 成 立 を 認 めた 原 判 決 には 責 任 主 義 に 反 する 違 法 があるという そこで 検 討 すると 被 告 人 は Aらが 共 謀 してCらに 暴 行 を 加 えて 傷 害 を 負 わせ た 後 に Aらに 共 謀 加 担 した 上 金 属 製 はしごや 角 材 を 用 いて Dの 背 中 や 足 Cの 頭 肩 背 中 や 足 を 殴 打 し Dの 頭 を 蹴 るなど 更 に 強 度 の 暴 行 を 加 えており 少 なくとも 共 謀 加 担 後 に 暴 行 を 加 えた 上 記 部 位 についてはCらの 傷 害 (したがって 第 1 審 判 決 が 認 定 した 傷 害 のうちDの 顔 面 両 耳 鼻 部 打 撲 擦 過 とCの 右 母 指 基 節 骨 骨 折 は 除 かれる 以 下 同 じ )を 相 当 程 度 重 篤 化 させたものと 認 められる この 場 合 被 告 人 は 共 謀 加 担 前 にAらが 既 に 生 じさせていた 傷 害 結 果 については 被 告 人 の 共 謀 及 びそれに 基 づく 行 為 がこれと 因 果 関 係 を 有 することはないから 傷 害 罪 の 共 同 正 犯 としての 責 任 を 負 うこと はなく 共 謀 加 担 後 の 傷 害 を 引 き 起 こすに 足 りる 暴 行 によってCらの 傷 害 の 発 生 に 寄 与 したことについてのみ 傷 害 罪 の 共 同 正 犯 としての 責 任 を 負 うと 解 するのが 相 当 である 原 判 決 の 認 定 は 被 告 人 において CらがAらの 暴 行 を 受 けて 負 傷 し 逃 亡 や 抵 抗 が 困 難 になっている 状 態 を 利 用 して 更 に 暴 行 に 及 んだ 趣 旨 をいうものと 解 されるが そのような 事 実 があったとしても それは 被 告 人 が 共 謀 加 担 後 に 更 に 暴 行 を 行 った 動 機 ないし 契 機 にすぎず 共 謀 加 担 前 の 傷 害 結 果 について 刑 事 責 任 を 問 い 得 る 理 由 とはい えないものであって 傷 害 罪 の 共 同 正 犯 の 成 立 範 囲 に 関 する 上 記 判 断 を 左 右 するもので はない そうすると 被 告 人 の 共 謀 加 担 前 にAらが 既 に 生 じさせていた 傷 害 結 果 を 含 め て 被 告 人 に 傷 害 罪 の 共 同 正 犯 の 成 立 を 認 めた 原 判 決 には 傷 害 罪 の 共 同 正 犯 の 成 立 範 囲 に 関 する 刑 法 60 条 204 条 の 解 釈 適 用 を 誤 った 法 令 違 反 があるものといわざるを 得 ない もっとも 原 判 決 の 上 記 法 令 違 反 は 一 罪 における 共 同 正 犯 の 成 立 範 囲 に 関 するもの にとどまり 罪 数 や 処 断 刑 の 範 囲 に 影 響 を 及 ぼすものではない さらに 上 記 のとおり 共 謀 加 担 後 の 被 告 人 の 暴 行 は Cらの 傷 害 を 相 当 程 度 重 篤 化 させたものであったことや 2
原 判 決 の 判 示 するその 余 の 量 刑 事 情 にも 照 らすと 本 件 量 刑 はなお 不 当 とはいえず 本 件 については いまだ 刑 訴 法 411 条 を 適 用 すべきものとは 認 められない 試 験 における 論 述 例 後 行 行 為 者 ( 甲 )が 自 己 の 加 担 前 の 共 犯 者 ( 乙 )の 傷 害 行 為 について 責 任 を 負 うか 承 継 的 共 同 正 犯 の 成 否 が 問 題 となる 例 1 そもそも 承 継 的 共 同 正 犯 の 成 否 は 一 罪 の 途 中 から 関 与 した 者 に 自 己 の 関 与 前 の 行 為 についても 責 任 を 負 わせられるかの 問 題 である 本 件 で 傷 害 罪 は 1 個 の 傷 害 結 果 につき1 個 の 傷 害 罪 が 成 立 するのであり 甲 乙 の 共 同 による 傷 害 と 先 行 者 乙 の 傷 害 行 為 は 別 個 独 立 の 罪 であるから 乙 の 単 独 行 為 による 傷 害 結 果 に 甲 が 因 果 を 及 ぼすことなどおよそありえず 承 継 的 共 同 正 犯 は 成 立 しない よって 甲 は 先 行 者 の 行 為 につき 責 任 を 負 わない 例 2 この 点 後 行 者 の 行 為 が 先 行 者 の 行 為 に 因 果 を 及 ぼすことはないから 原 則 と して 承 継 的 共 同 正 犯 は 成 立 しない もっとも 後 行 者 が 先 行 者 の 行 為 を 自 己 の 犯 罪 遂 行 の 手 段 として 積 極 的 に 利 用 する 意 図 のもとにこれを 利 用 した 場 合 には 相 互 利 用 補 充 関 係 が 認 められ 承 継 的 共 同 正 犯 が 成 立 すると 解 する 本 件 では たしかに 甲 は 逃 亡 や 抵 抗 が 困 難 になっている 状 態 を 利 用 して 更 に 暴 行 に 及 んだともいいうる しかし それは 甲 が 共 謀 加 担 後 に 更 に 暴 行 を 行 った 動 機 ないし 契 機 にすぎず 共 謀 加 担 前 の 乙 の 傷 害 行 為 ないし 結 果 を 積 極 的 に 利 用 したとは 評 価 できない よって 甲 に 承 継 的 共 同 正 犯 は 成 立 しない 例 2で 論 じる 場 合 には 先 行 者 乙 の 暴 行 行 為 が 後 行 者 との 共 同 行 為 まで 一 連 一 体 のものと 評 価 される 必 要 があるであろう もっとも 一 連 一 体 と 評 価 するため には 乙 の 暴 行 では 傷 害 結 果 が 発 生 していなかったか いずれの 行 為 から 傷 害 結 果 が 発 生 したのか 不 明 であることが 条 件 となろう 3
2 PTSDと 傷 害 最 決 平 成 24 年 7 月 24 日 事 案 の 概 要 と 争 点 被 害 者 を 監 禁 し,その 結 果 として 被 害 者 に 外 傷 後 ストレス 障 害 (PTSD)を 発 症 さ せた 場 合 について, 監 禁 致 傷 罪 の 成 否 決 定 要 旨 原 判 決 及 びその 是 認 する 第 1 審 判 決 の 認 定 によれば 被 告 人 は 本 件 各 被 害 者 を 不 法 に 監 禁 し その 結 果 各 被 害 者 について 監 禁 行 為 やその 手 段 等 として 加 えられた 暴 行 脅 迫 により 一 時 的 な 精 神 的 苦 痛 やストレスを 感 じたという 程 度 にとどまらず いわゆる 再 体 験 症 状 回 避 精 神 麻 痺 症 状 及 び 過 覚 醒 症 状 といった 医 学 的 な 診 断 基 準 において 求 められ ている 特 徴 的 な 精 神 症 状 が 継 続 して 発 現 していることなどから 精 神 疾 患 の 一 種 である 外 傷 後 ストレス 障 害 ( 以 下 PTSD という )の 発 症 が 認 められたというのである 所 論 は PTSDのような 精 神 的 障 害 は 刑 法 上 の 傷 害 の 概 念 に 含 まれず したがって 原 判 決 が 各 被 害 者 についてPTSDの 傷 害 を 負 わせたとして 監 禁 致 傷 罪 の 成 立 を 認 めた 第 1 審 判 決 を 是 認 した 点 は 誤 っている 旨 主 張 する しかし 上 記 認 定 のような 精 神 的 機 能 の 障 害 を 惹 起 した 場 合 も 刑 法 にいう 傷 害 に 当 たると 解 するのが 相 当 である したがって 本 件 各 被 害 者 に 対 する 監 禁 致 傷 罪 の 成 立 を 認 めた 原 判 断 は 正 当 である 試 験 における 論 述 例 暴 行 脅 迫 の 結 果 として PTSDを 発 症 させた 場 合 に 傷 害 ( 致 傷 )にあたるか この 点 傷 害 とは 人 の 生 理 的 機 能 を 害 することをいう そして 人 の 生 理 的 機 能 には 身 体 機 能 のみならず 精 神 的 機 能 も 含 まれると 考 えられ るから それを 害 することは 傷 害 にあたると 解 される 本 件 では 一 時 的 な 精 神 的 苦 痛 やストレスを 感 じたという 程 度 にとどまらず いわ ゆる 再 体 験 症 状 回 避 精 神 麻 痺 症 状 及 び 過 覚 醒 症 状 といった 医 学 的 な 診 断 基 準 にお いて 求 められている 特 徴 的 な 精 神 症 状 が 継 続 して 発 現 していることなどから 精 神 疾 患 の 一 種 である 外 傷 後 ストレス 障 害 (PTSD)を 発 症 させており 人 の 精 神 的 機 能 を 害 したといえる よって 傷 害 にあたる 4
3 威 力 業 務 妨 害 罪 の 成 否 と 憲 法 21 条 1 項 最 判 平 成 23 年 7 月 7 日 争 点 卒 業 式 の 開 始 直 前 に 保 護 者 らに 対 して 大 声 で 呼 び 掛 けを 行 い,これを 制 止 した 教 頭 らに 対 して 怒 号 を 発 するなどし, 卒 業 式 の 円 滑 な 遂 行 を 妨 げた 行 為 につき 威 力 業 務 妨 害 罪 に 問 うことの 是 非 ( 憲 法 21 条 1 項 に 反 するか 否 か) 判 旨 被 告 人 が 大 声 や 怒 号 を 発 するなどして 同 校 が 主 催 する 卒 業 式 の 円 滑 な 遂 行 を 妨 げたこ とは 明 らかであるから 被 告 人 の 本 件 行 為 は 威 力 を 用 いて 他 人 の 業 務 を 妨 害 したものと いうべきであり 威 力 業 務 妨 害 罪 の 構 成 要 件 に 該 当 する 所 論 は 被 告 人 の 本 件 行 為 は 憲 法 21 条 1 項 によって 保 障 される 表 現 行 為 であるから これをもって 刑 法 234 条 の 罪 に 問 うことは 憲 法 21 条 1 項 に 違 反 する 旨 主 張 する 被 告 人 がした 行 為 の 具 体 的 態 様 は 上 記 のとおり 卒 業 式 の 開 式 直 前 という 時 期 に 式 典 会 場 である 体 育 館 において 主 催 者 に 無 断 で 着 席 していた 保 護 者 らに 対 して 大 声 で 呼 び 掛 けを 行 い これを 制 止 した 教 頭 に 対 して 怒 号 し 被 告 人 に 退 場 を 求 めた 校 長 に 対 して も 怒 鳴 り 声 を 上 げるなどし 粗 野 な 言 動 でその 場 を 喧 噪 状 態 に 陥 れるなどしたというもの である 表 現 の 自 由 は 民 主 主 義 社 会 において 特 に 重 要 な 権 利 として 尊 重 されなければな らないが 憲 法 21 条 1 項 も 表 現 の 自 由 を 絶 対 無 制 限 に 保 障 したものではなく 公 共 の 福 祉 のため 必 要 かつ 合 理 的 な 制 限 を 是 認 するものであって たとえ 意 見 を 外 部 に 発 表 する ための 手 段 であっても その 手 段 が 他 人 の 権 利 を 不 当 に 害 するようなものは 許 されない 被 告 人 の 本 件 行 為 は その 場 の 状 況 にそぐわない 不 相 当 な 態 様 で 行 われ 静 穏 な 雰 囲 気 の 中 で 執 り 行 われるべき 卒 業 式 の 円 滑 な 遂 行 に 看 過 し 得 ない 支 障 を 生 じさせたものであっ て こうした 行 為 が 社 会 通 念 上 許 されず 違 法 性 を 欠 くものでないことは 明 らかである したがって 被 告 人 の 本 件 行 為 をもって 刑 法 234 条 の 罪 に 問 うことは 憲 法 21 条 1 項 に 違 反 するものではない 5