コレンテ vol. 32 n.246 maggio 2011 C O R R E N T E 現 代 イタリア 事 情 -Italia oggi- 第 5 回 Centro Culturale Italo-Giapponese di Kyoto *イタリア 語 よもやま 話 * 立 元 義 弘 イタリア 語 を 公 用 語 とする 国 は イタリア 本 国 に 加 えて スイス(フランス 語 ドイツ 語 ロマンス 語 と 共 に) バチカン 市 国 (ラテン 語 と 共 に) サンマ リーノ 共 和 国 そして クロアチアとスロベニアの 一 部 地 域 があり また イタリア 移 民 が 多 く 住 むア ルゼンチン ウルグアイなどの 中 南 米 地 域 や 元 植 民 地 であったアフリカのエリトリアやソマリアで も 話 されていて 世 界 のイタリア 語 人 口 は6200 万 人 とされています< 図 1> 12 億 人 の 人 々に 話 されている 中 国 語 や それに 続 く 英 語 フランス 語 ヒンディ 語 アラビア 語 などと 比 べるとマイナー な 言 語 ですが その 音 楽 的 で 美 しい 響 きを 持 つこ の 言 葉 はとても 魅 力 的 な 言 語 です 私 たちの 生 活 にもすっかり 溶 け 込 んだイタリア 語 の 言 葉 はいく つもありますし イタリアの 豊 かな 芸 術 や 文 化 と 共 に この 言 葉 の 美 しさに 魅 せられてイタリア 語 を 学 ぶ 方 も 大 勢 おられることだと 思 います 話 が 文 法 となると そのややこしさには 手 を 焼 いてしまいますが 日 本 人 がイタリア 語 にわりと すんなりとなじめるのはその 発 音 の 易 しさがある からでしょう イントネーションやアクセントなどは きちんと 身 につけることが 大 切 ですが 英 語 やド イツ 語 を 母 国 語 とする 人 々が 話 すイタリア 語 に 比 べると 日 本 人 の 方 がよほどイタリア 語 らしいイタ リア 語 の 発 音 を 比 較 的 容 易 にマスターできると 思 います 少 々 乱 暴 な 言 い 方 になりますが それ はイタリア 語 がだいたいローマ 字 読 み 通 りの 発 音 であるということに 加 えて 日 本 語 と 同 じく 母 音 が a, e, i, o, u の5つ(e と o に 開 口 母 音 と 閉 口 母 音 が あるので 正 確 には7つですが あまり 気 にする 必 要 はありません )であり ほとんどの 単 語 がこれ らの 母 音 で 終 わるといった 共 通 性 によるところも あるのでしょう < 図 1> 世 界 でイタリア 語 が 話 される 地 域 濃 い 青 色 は 公 用 語 地 域 薄 い 青 色 は 公 用 語 ではないが 普 及 している 地 域 緑 色 はイタリア 系 移 民 の 密 集 地 域 とはいえ やはり 私 たちにとっては 外 国 語 です から 全 く 苦 労 がないわけではありません 例 えば R の 発 音 ですが なまじ 英 語 が 上 手 だと 次 の 実 話 のようなことも 起 こります イタリアに 着 任 してま だ 日 も 浅 く イタリア 語 会 話 に 奮 闘 中 の 友 人 が あるレストランで 生 肉 にパルミジャーノチーズとル ーコラを 乗 せた 料 理 カルパッチョ(carpaccio)を 注 文 したのですが 数 分 後 に 運 ばれてきたのはカッ プッチョ(cappuccio)と 呼 ぶこともあるカップッチーノ コーヒーだったのです 本 人 はセコンドピアット(メ インディッシュ)にとカルパッチョを 注 文 したつもり だったのですが カーパッチョ と 英 語 風 の 発 音 1
だったために 普 通 朝 食 以 外 では 飲 むことのない カップッチーノを 日 本 人 は 夕 食 後 でもよく 注 文 する ことを 知 っていたウェイターは 暖 かい 配 慮 でカ ップッチョに 変 身 させてしまったのです 目 の 前 に 置 かれたカップッチョを 見 て 一 瞬 目 が 点 になった 友 人 ですが 誤 解 の 原 因 がわかって 一 同 大 笑 い その 後 友 人 は このレストランに 行 くたびに 件 の ウ ェ イ タ ー か ら 今 日 の メ イ ン デ ィ ッ シ ュ は carpaccio か それとも 今 夜 も cappuccio にす る? と 冷 やかされ 続 けることとなりました Carpaccio と Cappuccio は 似 て 非 なるもの? L も R もカタカナで 書 くとどちらもラ 行 で 片 付 い てしまいますが イタリア 語 では L とRが 一 字 違 っ ても 全 く 別 の 意 味 の 言 葉 になってしまいますから 要 注 意 です 私 たちがミラノについて 話 す 時 は まず 間 違 いなく Milano のことでしょうが イタリア には Mirano という 名 の 町 もありますし お 金 (soldi) のつもりで sordi と 言 ってしまうと 耳 の 聞 こえない 人 になってしまいます inflazione は インフレ で infrazione になると 違 反 fragranza は かぐわし い 香 り で flagranza は 現 行 犯 というようにたっ た 一 字 違 いで 全 く 別 の 意 味 になってしまいますし eletto も eretto もカタカナではどちらも エレット と しか 書 きようがありませんが 前 者 は 当 選 した という 意 味 になるし 後 者 は 直 立 した という 意 味 で 更 には (これ 以 上 書 くと 本 誌 の 品 位 にか かわりますので 止 めておきます 想 像 力 を 働 かせ て 頂 くか あるいはご 自 分 で 辞 書 を 引 いてお 調 べ 下 さい )まあ もし 我 々が 誤 った 発 音 をしても 前 後 の 脈 絡 から 正 しく 判 断 できる 場 合 がほとんどで しょうが 聞 いているイタリア 人 の 方 は 案 外 笑 いを かみ 殺 すのに 苦 労 しているかもしれません RR と R が 2 回 続 く 時 や たまに R の 音 を 強 調 し て 発 音 する 時 は 巻 き 舌 になります できる 人 にと ってはわけないことですが バールできゅっと 冷 えたビールでのどを 潤 したいのに birra と 巻 き 舌 で うまく 注 文 できないなんていう 苦 労 もあり 得 ますよ ね しかし イタリア 人 の 中 にもこの 巻 き 舌 ができ ず フランス 語 式 のRになってしまう 人 が 少 なから ずいます イタリア 人 はこのフランス 語 式 のRのこ とを ふにゃふにゃの R (erre moscia) と 呼 びます が かつて 私 がイタリアで 勤 務 していた 会 社 にロ ベルト フェッラーリ(Roberto Ferrari)という 社 員 が いて 彼 の 名 前 の14 文 字 のうちには R が 五 つも あるのに 彼 の R の 発 音 も ふにゃふにゃの R でし た R にまつわる 話 が 長 くなってしまいましたが 話 し 言 葉 の 変 化 ということについて 話 題 を 変 えてみ ますと 現 代 のイタリア 語 も 時 代 の 流 れと 共 に 少 しずつ 変 化 を 遂 げてきているところがありま す そのひとつは tu の 氾 濫 と Lei の 凋 落 とも 言 える 現 象 です tu は 親 族 や 友 人 など 親 しい 間 柄 の 人 たちとの 会 話 で 使 うもので 初 対 面 の 人 や 目 上 の 人 たちに 対 しては 敬 意 を 表 す Lei を 使 うものと 私 たちは 勉 強 します しかし 実 際 には 本 来 Lei が 使 われるべきシチュエーションでも tu がどんどん 侵 出 してきているようで 学 校 では 先 生 に 対 して は Lei で 話 しましょうとわざわざ 指 導 しているとい う 話 や 社 長 に 対 してはtuでの 呼 びかけ 禁 止 とい う 社 内 通 達 を 出 した 会 社 のことなどが 新 聞 で 話 題 になったりしています いらっしゃいませ 毎 度 ありがとうございま す といった 接 客 を 期 待 しつつ 入 った 店 の 若 い 店 員 から Ciao, posso aiutarti?( 毎 度! 何 か 探 して んのん?) といったノリで 来 られたり タクシーに 乗 っ て ド ラ イ バ ー に Potrebbe portarmi alla stazione? と Lei に 条 件 法 までつけた 丁 寧 さで 駅 まで 行 って 頂 けますか と 言 っているのに Ah, sei giapponese? Come parli bene italiano. ( へぇ 自 分 日 本 人 なんやぁ えらいイタリア 語 うまいや んか~ )と いきなり 打 ち 解 けた 感 じで 応 じて 来 られ ちょっと 当 惑 してしまった 経 験 が 私 にもあり ます 常 に 礼 儀 正 しい 日 本 人 の 性 か あるいは 私 の 固 い 頭 のせいなのかと 思 っていましたが こう した 風 潮 を 嘆 くイタリア 人 のいることも 事 実 のよう です 2
イタリア 語 を 学 ぶ 私 たちにとって 乗 り 越 えなけ ればならない 壁 のひとつであり マスターすれば 表 現 に 豊 かなニュアンスや 奥 行 きを 与 えることの できる 接 続 法 にも 使 い 方 の 揺 らぎが 起 こりつつあ ります イタリア 語 の 宝 物 と 呼 ばれることもある 接 続 法 ですが イタリア 人 のなかにも 苦 手 な 人 がい るようで 日 常 の 話 し 言 葉 や 書 き 言 葉 では 本 来 接 続 法 が 使 われるべきところにお 手 軽 な 直 説 法 が 代 用 されてしまっていることがしばしば 見 受 け られます Voglio che stai fermo un po.(ちょっとだ けじっとしててよ )や Credevo che era ieri.(てっき り 昨 日 のことだと 思 ってたよ )などと 言 って 涼 し い 顔 をしています( 正 しくは Voglio che stia fermo. Credevo che fosse ieri.と 言 わなければいけないと ころなのですが ) また Se avesse piovuto ieri, non sarei venuto qui.(もし 昨 日 が 雨 だったら ここ には 来 なかったところなんだけど )というような 過 去 の 事 実 に 反 する 仮 定 文 などになると 接 続 法 と 条 件 法 のセットでこんがらがってしまうイタリア 人 もいるようで Se pioveva ieri, non venivo qui.と 直 説 法 半 過 去 ですましてしまうこともよくありま す また イタリア 語 にも 時 代 の 流 れと 共 に 外 来 語 を 中 心 とした 新 しい 言 葉 がどんどん 増 えてきて いて 今 や Meeting や Marketing といったビジネス 用 語 は 普 通 に 使 われています また IT 化 社 会 の 拡 がりを 反 映 して imputtare(インプットする)や cliccare(クリックする)などはイタリア 語 の 動 詞 に 変 化 を 遂 げて 市 民 権 を 獲 得 しつつありますし 若 者 たちの 間 では chattare(チャットする) googlare (グーグルで 検 索 する)や nettersi(インターネッ トでナビゲートする)という 新 語 まで 誕 生 してきて います 更 に 若 者 たちの 間 では 仲 間 とのメール やメッセージ 交 換 に 使 われる とてもクリエイティ ブな 表 現 方 法 が 生 まれてきています(これもその まま 英 語 で Texting Language と 呼 ばれてます ) < 図 2>にいくつかの 例 をご 紹 介 しますので 皆 さん 是 非 解 読 にトライしてみてください A) よく 使 われる 省 略 形 1 CMQ 2 UB 3 TVB B) アルファベットの X を 使 うもの 1 xké 2 xciò 3 xò 4 sxo (ヒント) 掛 算 の は per と 読 みます C) このような 文 章 にも < 図 2> Texting Language さて いくつわかりますか? 食 べれる 見 れる といったら 抜 き 言 葉 や 1 000 円 からでよろしかったでしょうか に 代 表 され るコンビニ 店 員 言 葉 チョー ヤバい といった 若 者 語 による 日 本 語 の 乱 れが 嘆 かれていますが イタリア 語 でも 同 じようなことが 起 こっているみた いですね どこの 国 の 言 葉 であれ まさしく 言 葉 は 生 き 物 です (@ @) ( o ) A) B) 1 dv6? (ヒント) 数 字 の6は 何 と 読 む? 2 t tel + trd C) (ヒント) 足 し 算 の+の 読 み 方 は? ( 大 阪 大 学 講 師 元 パナソニックイタリア 社 長 ) 1 comunque 2 Un bacio 3 Ti voglio bene ( 愛 してるよ) 1 perché 3 però 2 perciò 4 spero 1 Dove sei? ( 6 sei ) 2 Ti telefono più tardi. ( + più ) < 図 2> Texting Language の 答 え イ タ リ ア 発 月 刊 日 本 語 新 聞 イタリア 在 住 日 本 人 と 日 本 人 観 光 客 のための 情 報 誌 編 集 発 行 NIPPON CLUB SNC Via Torino, 95-00184 Roma, Italy Tel.& Fax:(06)4743.212 E-mail:comeva@nipponclub.it URL:www.nipponclub.it 3
ベスティアリオ イタリアロマネスクの 動 物 誌 第 3 回 ~ノアの 方 舟 ( 一 角 獣 と 象 )~) 尾 形 希 和 子 3 月 11 日 に 東 日 本 を 襲 った 地 震 と 津 波 は 人 間 の 予 測 をはるかに 超 える 自 然 の 破 壊 力 と そ の 前 になすすべもない 人 間 の 無 力 さを 思 い 知 ら せた 今 や 人 類 は 原 子 力 のように 自 分 自 身 で 容 易 に 制 御 しきれないものを 持 ってしまったがゆえ に 危 険 はさらに 地 球 規 模 に 拡 大 する 尊 い 命 を 落 とされた 方 々のご 冥 福 を 祈 り 被 災 された 皆 様 に 心 からお 見 舞 い 申 し 上 げます 沖 縄 は 直 接 の 被 害 はなかったが イタリアの 友 人 たちも 電 話 やメールで 安 否 を 気 遣 ってくれた 最 初 にメールをくれたのはアブルッツォ 州 に 住 む 友 人 だが 彼 は 新 聞 記 者 なのでいち 早 くニュース を 知 ったのだろう まだ 私 たちの 記 憶 にも 新 しい2 009 年 のイタリア 中 部 地 震 の 際 には 群 発 地 震 のもはや 終 盤 近 くに 起 きた 大 地 震 の 直 後 にラクイ ラにカメラマンと 共 に 入 り 202の 棺 を 目 の 当 たり にした( 死 者 はその 後 300 人 を 超 えた) ラクイラ 在 住 の 姉 の 家 族 とはしばらく 連 絡 が 取 れず 心 配 し たという またラツィオ 州 のトゥスカーニアの 友 人 も テレビを 通 してみる 日 本 の 被 災 地 の 映 像 に 1971 年 の 地 震 で 町 が 半 壊 し 何 ヶ 月 もテント 生 活 を 強 いられた 記 憶 が 重 なり 涙 が 止 まらなかった という 外 国 から 日 本 へ 送 られる 英 語 のメッセー ジでも 同 様 だが こんな 時 イタリア 人 たちは 私 たち(の 気 持 ち)はあなたたちと 共 にあります (Vi stiamo vicini. Stiamo con voi)という 表 現 を 使 う 地 震 被 害 に 苦 しめられてきたイタリア 人 だからこそ なおさら 日 本 人 の 気 持 ちに 寄 りそってくれるので あろう 放 射 性 物 質 が 風 に 乗 って 地 球 を 巡 り さらには 放 射 能 を 帯 びた 水 が 海 の 中 に 大 量 に 流 れ 出 した というニュースが 世 界 中 を 不 安 に 陥 れている イ ンターネットで 繋 がる 世 界 は 空 や 海 で 物 質 的 に も 繋 がっている 放 射 性 物 質 に 汚 染 された 水 が 大 量 に 海 に 流 れ 込 んだこんな 時 中 世 やルネサン スの 人 々ならば 一 角 獣 の 力 に 頼 ったかもしれな い 一 角 獣 について ギリシャ 語 フィシオログス のあるヴァージョンには 次 のように 書 かれてい る 一 角 獣 にはもう 一 つの 特 徴 がある 彼 の 住 むと ころには 大 きな 湖 があって そこにすべてのけものた ちが 水 を 飲 もうと 集 まる しかし 動 物 たちが 集 まる 前 に 蛇 が 這 いよってきて 水 に 毒 を 吐 く 動 物 たちは 毒 に 気 づくともう 飲 もうとしない 彼 らはそこを 離 れ 一 角 獣 を 待 つ するとそれはやってくる そしてまっすぐ 湖 の 中 に 入 り 角 で 十 字 を 切 る すると 毒 は 消 え 失 せて すべての 動 物 たちが 水 を 飲 む( 注 1) 図 1 一 角 獣 とドラゴン ポリローネ 修 道 院 紀 元 前 4 世 紀 ペルシャ 王 の 侍 医 であったクテシ アスは ギリシャ 帰 還 後 に 彼 の 地 での 見 聞 の 回 想 録 を 著 わすが そこにインドの 一 角 獣 について そしてその 角 から 作 った 杯 の 解 毒 作 用 について 書 いた 一 角 獣 の 角 に 解 毒 の 効 能 があるという 伝 説 は 中 世 ルネサンスを 通 じて 普 及 した ことに 封 建 領 主 や 王 侯 貴 族 は 毒 殺 の 危 険 にさらされて いたから 一 角 獣 の 角 で 作 ったという 杯 を 皆 こぞ って 買 い 求 めたであろう 実 際 には 同 じ 一 角 でも 海 の 哺 乳 類 のイッカクなどの 角 や 他 の 動 物 の 骨 が 使 われていたようだが 医 者 の 家 系 や 薬 局 などの 紋 章 に 一 角 獣 が 使 わ れるのは 上 のような 理 由 だが 領 主 たちも 一 角 獣 を 紋 章 に 使 ったのは この 動 物 が 途 方 も 無 い 勇 気 と 力 の 持 ち 主 であり 孤 高 の 存 在 であることの 他 に 治 水 がルネサンスの 領 主 にとってきわめて 大 切 な 事 業 の 一 つだったからだ たとえばフェッラ ーラの 君 主 ボルソ デステは 彼 自 身 が 行 ったポ ー 河 湿 地 帯 の 干 拓 治 水 の 功 績 を 象 徴 して 水 流 を 調 整 する 柵 の 中 に 座 り 角 を 水 に 浸 している 一 角 獣 を 数 多 くインプレーザとして 描 かせた( 注 2) ロマネスク 期 の 一 角 獣 の 図 像 は この 解 毒 作 4
用 に 関 連 してではなく 獰 猛 で 捕 獲 が 困 難 な 一 角 獣 は 処 女 によってしか 捕 らえられないという 伝 説 に 従 って 写 本 などには 処 女 の 膝 に 大 人 しくその 頭 を 乗 せる 姿 で 描 かれる 一 方 モザイクには 美 徳 と 悪 徳 の 対 比 などの 中 で 描 かれることが 多 い 図 1 一 角 獣 は 獰 猛 さゆえに 時 に 悪 魔 の 化 身 と 見 なされることもあるが フィシオログス では 処 女 との 結 びつきから マリアの 胎 内 に 宿 ったキリ ストとされる また 貞 潔 のシンボルでもある た とえばピエロ デッラ フランチェスカが 描 いたウル ビーノ 公 の 妻 を 乗 せた 凱 旋 車 が 一 角 獣 に 引 かれ ているのは それが 純 潔 (castità) という 美 徳 の 勝 利 (trionfo)に 相 応 しい 動 物 だからだ 中 世 の 一 角 獣 の 角 は 時 折 前 に 突 き 出 す 形 で はなく 後 ろに 向 かって 生 えるように 描 かれ ペル シャや 東 洋 の 一 角 獣 の 記 憶 もとどめている 中 国 では 麒 麟 という 一 角 の 聖 なる 獣 の 存 在 が 信 じられ そしてインドの 一 角 仙 人 の 物 語 は 日 本 の 今 昔 物 語 などに 流 れ 込 んでおり ユーラシア 大 陸 の 東 端 にまで 一 角 獣 のイメージは 普 及 している ところで 意 外 なことに 象 もまた 純 潔 を 象 徴 する 動 物 であり そこから 原 罪 を 犯 す 前 のアダム とエヴァを 表 わす フィシオログス には 次 のよう にある この 動 物 はまったく 肉 体 的 結 合 の 欲 求 を 持 って いない 子 をつくりたいと 望 むときには 象 は 東 方 の 地 上 のパラダイスに 向 かう そこにはマンドラゴラと 呼 ばれる 木 がある そこに 雌 が そして 雄 が 行 く 雌 がまずその 木 の 実 を 食 べ そして 雄 にそれを 食 べる ようそそのかし 雄 はそれを 食 べる すると 雄 は 雌 に 近 づき 交 尾 する 雌 はすぐに 妊 娠 する 子 を 生 む 時 がやってくると 雌 は 湿 地 へと 移 動 し 沼 の 中 へ 入 り 乳 房 まで 水 が 届 くところまで 水 につかる そして 水 の 中 で 子 を 生 む 赤 ん 坊 は 立 って 母 の 乳 を 吸 う 蛇 は 象 の 敵 なので 雌 が 子 を 生 んでいる 間 雄 は 蛇 から 雌 を 守 る 象 は 蛇 を 見 つけると 踏 みつけて 殺 す 象 とその 女 はアダムとエヴァの 似 姿 であ る 彼 らは 罪 を 冒 す 前 パラダイスの 逸 楽 の 中 にい るときには 肉 体 関 係 をまだ 知 らず 交 合 という 考 えを 持 たなかった しかし 女 が 木 から すなわち 霊 的 なマンドラゴラから 食 べ それを 男 に 与 えたので アダムは 彼 の 女 を 知 り そして 彼 女 は 非 難 の 水 の 中 でカインを 生 んだのである ダヴィデが 言 うように 神 よ 私 を 救 いたまえ 水 は 私 の 喉 元 まで 来 てい る と ( 注 2) アリストテレスは ライオンや 鰐 などと 同 様 に 多 くの 頁 を 象 に 割 き 象 は 大 人 しく 知 能 が 高 い 動 物 で 彼 らがよく 時 を 過 ごしている 河 のほとりのよう なさびしいところで 交 尾 をし 一 回 に 一 頭 の 子 し か 生 まないと 記 述 している このような 科 学 的 観 察 に 基 づく 実 際 の 象 の 性 質 や 行 動 の 記 録 が フィ シオログス などの 伝 説 に 影 響 を 与 えているのか もしれない しかしアリストテレスやアエリアヌスら が 正 しくも 否 定 する 象 には 関 節 がない という 間 違 った 認 識 も 生 き 残 った 実 際 象 はころぶとなか なかその 体 を 起 すことができないが それは 象 に 関 節 がないからだと 信 じられていたのだ フィシ オログス は 次 のようなエピソードを 続 ける ころ んで 起 き 上 がれない 象 を 助 け 起 そうと 大 きな 象 た ちが 次 々にやってくるが 彼 らには 倒 れた 象 を 起 すことができず 最 後 にやってきた 小 さな 象 が 大 きな 象 を 助 け 起 すのに 成 功 する ここでは 大 きな 象 たちはそれぞれ 律 法 や 予 言 者 を 最 後 に 現 れ た 小 さな 象 がキリストを 表 わしている 南 イタリア プーリア 州 のオトラント 大 聖 堂 の 床 はロマネスクのモザイクで 覆 われ アダムとエヴ ァを 表 わす 二 匹 の 象 に 支 えられた 大 きな 樹 が 一 面 に 描 かれている この 樹 は アダムとエヴァが その 実 を 食 べて 罪 を 犯 した 知 恵 の 樹 でもあり 現 世 を 表 わす 世 界 樹 でもある 南 イタリアのロマネ スクでは 柱 や 司 教 座 を 支 える 彫 刻 に 象 の 姿 が 表 される 塔 を 支 える 姿 でも 描 かれるが これはア レクサンダー 大 王 の 物 語 にも 登 場 する 櫓 を 背 に 乗 せたペルシャなどの 戦 象 のイメージであり 十 字 軍 以 降 再 びポピュラーになった 図 2 図 2 塔 を 支 える 象 パルマ 大 聖 堂 5
中 世 の 人 々は 象 のように 実 在 するがめった に 目 にすることのないエキゾチックな 動 物 も 一 角 獣 のように 架 空 の 存 在 だがきわめてポピュラー な 動 物 も 区 別 しない この 二 つの 動 物 は 創 世 記 中 の 人 間 と 動 物 の 創 造 図 3 アダムの 名 づけ の 場 面 に また 楽 園 に 暮 らすアダムとエヴ ァと 共 に そして ノアの 方 舟 の 中 の 動 物 に 混 じ ってしばしば 描 かれる 神 はアダムとエヴァの 原 罪 によって 呪 われた 大 地 を 洪 水 によって 洗 い 流 し てしまったが ノアとその 子 孫 に 洪 水 後 の 大 地 を 託 した たとえばナイル 河 の 定 期 的 な 氾 濫 が 周 辺 の 土 壌 に 豊 穣 をもたらしたのとは 反 対 に 突 然 の 大 洪 水 がどのような 結 果 をもたらすかは 今 回 の 津 波 も 証 言 している 人 類 だけでなくすべての 動 物 たちを 方 舟 に 乗 せたこの 物 語 は 感 動 的 だ 象 や 一 角 獣 を 含 むすべての 動 物 と 共 に すべての 民 族 もノアの 方 舟 の 中 には 乗 せられていたと 信 じ たい イタリアも 含 めて 世 界 中 が 日 本 の 復 興 を 願 ってくれている 人 類 は 楽 園 を 失 ってしまったが まさに 今 こそ 民 族 の 違 いや 種 の 違 いを 越 え 地 球 全 体 の 生 命 を 守 る 平 和 への 一 歩 を 踏 み 出 すと きなのだろう ( 注 1)I. Malaxecheverria (ed.) Bestiario Medieval, Ediciones Siruela, 1986, p.146. ( 注 2) 京 谷 啓 徳 ボルソ デステとスキファノイア 壁 画 中 央 公 論 美 術 出 版 2003 年 68 頁 ( 注 3)F.Zambon (ed.), Il Fisiologo, Adelphi, 1975, pp.78-80. 図 3 アダムの 創 造 モンレアーレ 大 聖 堂 図 1) 一 角 獣 とドラゴン サン ベネデット ポー ポリ ローネ 修 道 院 床 モザイク 1151 年 図 2) 塔 を 支 える 象 パルマ 大 聖 堂 洗 礼 堂 外 壁 ベネデット アンテラミとその 工 房 作 1196 年 開 始 図 3) アダムの 創 造 モンレアーレ 大 聖 堂 モザイク 1174 年 頃 ( 沖 縄 県 立 芸 術 大 学 教 授 ) 会 館 だ よ り この 度 の 東 日 本 大 震 災 により 被 災 された 皆 様 には 心 よりお 見 舞 いを 申 し 上 げます 皆 様 の 安 全 と 一 日 も 早 い 復 旧 を 心 よりお 祈 り 申 し 上 げます ( 財 ) 日 本 イタリア 京 都 会 館 講 師 スタッフ 一 同 編 集 発 行 /( 財 ) 日 本 イタリア 京 都 会 館 606-8302 京 都 市 左 京 区 吉 田 牛 の 宮 町 4 TEL:(075)761-4356/FAX:(075)761-4357 E-mail: centro@italiakaikan.jp URL: http://italiakaikan.jp/ 6