平 成 21 22 年 度 助 成 研 究 ゴールドサンドウィッチガラス 碗 における 截 金 技 法 研 究 ~ 大 英 博 物 館 蔵 金 箔 入 りガラス 碗 を 中 心 として~ 並 木 秀 俊 Ⅰ- 研 究 目 的 東 京 藝 術 大 学 図 1 本 研 究 では ヨーロッパにおいて 紀 元 前 に 製 造 された とされる 大 英 博 物 館 所 蔵 金 箔 入 りガラス 碗 ( 図 1) の 截 金 技 法 の 明 確 な 解 明 を 行 うことを 研 究 目 的 とする 本 作 品 は 西 欧 各 地 で 出 土 し 二 層 の 透 明 なガラス 碗 の 間 に 金 箔 装 飾 が 施 された ゴールドサンドウィッチガラ ス 碗 と 総 称 される 作 品 の 一 つであり 近 年 日 本 での 展 示 を 機 に 截 金 分 野 で 注 目 され 始 めている 大 英 博 物 館 所 蔵 金 箔 入 りガラス 碗 截 金 とは 箔 を 様 々な 形 に 切 り 貼 りして 文 様 を 施 す 日 本 独 自 の 伝 統 技 法 と 考 えられてきたが ゴ ールドサンドウィッチガラス 碗 の 金 箔 装 飾 が 截 金 であるなら その 認 識 が 覆 されることとなるか らである 本 作 品 の 制 作 年 代 は 紀 元 前 3 2 世 紀 のものと 推 定 され 日 本 の 截 金 の 歴 史 が 6 世 紀 頃 に 始 まった 事 を 考 慮 すると 遥 か 昔 に 海 を 隔 てた 遠 い 地 で 截 金 技 法 が 存 在 したというのは 驚 く べき 事 である また 数 々の 截 金 に 関 する 新 発 見 が 近 年 アジア 圏 で 相 次 いでおり その 由 来 は 未 だ 不 明 である これまで 本 作 品 に 関 して 海 外 で 行 われた 研 究 も ガラス 分 野 以 外 の 金 装 飾 の 視 点 からは 行 われておらず 具 体 的 な 資 料 や 研 究 書 が 存 在 しない ゴールドサンドウィッチガラス 碗 が 海 外 に 所 蔵 され 截 金 が 技 術 的 に 困 難 であるなどの 問 題 から 国 内 でも 詳 細 な 技 法 の 解 明 や 再 現 制 作 も 行 われていない 本 研 究 では 他 のゴールドサンドウィッチガラス 碗 の 全 容 を 調 べるとともに 截 金 技 術 者 であ る 筆 者 の 視 点 から 日 本 の 截 金 と 研 究 比 較 し 再 現 模 造 制 作 を 行 うこととする 本 作 品 の 金 箔 装 飾 が 截 金 技 法 であり 明 確 な 技 法 の 提 示 ができれば 日 本 独 自 の 技 法 として 認 識 されてきた 截 金 の 由 来 に 新 たな 解 釈 を 加 えられ 未 だ 不 明 の 生 産 地 や 截 金 の 発 祥 についても 一 つの 手 掛 かり 提 示 を 行 うことも 可 能 である 截 金 技 法 が 唯 一 存 在 する 日 本 だからこそ 当 時 の 技 術 の 高 さと 洗 練 さ れた 感 性 を 再 び 現 代 に 蘇 らせ 諸 外 国 でかつては 存 在 していた 截 金 という 技 法 を 再 発 信 すること で 世 界 的 にも 有 意 義 な 研 究 になると 考 えられる Ⅱ- 事 前 研 究 <1> 海 外 の 研 究 書 の 収 集 と 分 析 数 多 くのゴールドサンドウィッチガラス 碗 の 全 容 を 把 握 するため 研 究 書 を 海 外 より 図 1 取 り 寄 せ それぞれのゴールドサンドウィッチガラス 碗 についてまとめたところ 本 研 究 作 品 だけ でなく 他 多 数 のゴールドサンドウィッチガラス 碗 においても 截 金 と 考 えられる 技 法 が 用 い られていることが 確 認 できた 国 内 で 本 作 品 だけが 截 金 作 品 として 知 られている 現 状 で この 技 1
法 が 広 範 囲 で 製 造 されていたことがわかったのは 今 後 截 金 の 由 来 に 関 する 有 力 な 情 報 となり 得 る また それぞれに 描 かれた 文 様 は 共 通 性 があった また ガラス 碗 の 製 造 方 法 に 関 しては 鋳 造 法 であるという 文 献 が 見 つかり 数 あるガラス 技 法 の 中 で 方 法 を 特 定 できた <2>ゴールドサンドウィッチガラス 碗 メダイオンの 熟 覧 調 査 本 研 究 では 本 作 品 金 彩 碗 ( 中 近 東 文 化 センター 蔵 ) 金 箔 ガラス 製 メダイオン( 図 新 1 婚 の 夫 婦 とヘラクレス) ( 大 英 博 物 館 蔵 )では 高 精 彩 デジタルカメラやデジタルマイクロスコープ により 記 録 サンプルによる 調 査 を 行 った また Piatto con scena di caccia (レッジョ カラブリア 国 立 博 物 館 蔵 )では 高 精 彩 デジタルカメラによる 記 録 を 行 った その 後 調 査 結 果 に 基 づき 詳 細 な 展 開 図 を 作 成 するなど 再 現 模 造 および 研 究 を 行 うための 資 料 を 作 成 した 本 作 品 金 彩 碗 金 箔 ガラス 製 メダイオン の 調 査 サンプル 照 合 を 行 った 作 品 はすべて 一 号 箔 と 同 等 の 高 純 度 の 金 箔 が 使 用 されており その 薄 さから 箔 の 製 造 技 術 が 非 常 に 発 達 していたと 考 えられる また 接 着 しにくい ガラスへの 箔 装 飾 を 行 うために 粘 膜 性 の 強 い 接 着 材 を 用 い るなどの 工 夫 が 行 われたものと 推 測 された 文 様 は 細 い 三 角 形 や 菱 形 の 文 様 を 貼 りあわせて 表 現 され 日 本 の 截 金 との 共 通 性 が 感 じられた また 2 層 のガラスは 完 全 に 融 着 していないことも 確 認 できた なお 金 箔 ガラス 製 メダイオン に 関 しては 截 金 では 不 可 能 な 文 様 が 確 認 でき 再 現 模 造 制 作 の 必 要 性 を 感 じた 図 2 <3> 截 金 技 法 検 証 実 際 にガラスに 截 金 を 施 し 日 本 の 截 金 技 法 における 素 材 や 道 具 と 比 較 しながらサンプルを 作 成 し 検 証 を 行 った ( 図 2) 本 作 品 と 箔 装 飾 技 法 が 異 なると 推 察 した 金 箔 ガラス 製 メダイオン の 再 現 模 造 制 作 も 行 い 本 作 品 との 比 較 を 行 った 日 本 の 截 金 との 比 較 平 安 時 代 から 鎌 倉 時 代 に 多 く 見 られる 截 金 は 長 い 直 線 を 構 成 させ 連 続 文 様 が 多 く 一 度 に 数 百 本 の 細 い 線 状 の 箔 を 切 る 事 が 可 能 な 竹 刀 ならではと 考 えられる 一 方 ゴールドサンドウィッチ グラス 碗 に 施 された 截 金 は 直 線 であったとしても 短 く 大 量 には 切 れないナイフの 様 なものが 用 いられていた 可 能 性 が 高 い 線 の 表 現 だけでなく 右 図 のように 日 本 では 見 られない 多 角 形 の 截 箔 が 見 受 けられ 截 箔 を 駆 使 して 表 現 され 截 金 よりも 寧 ろ 截 箔 の 技 術 に 特 化 しているもの が 多 い 事 がわかった ( 図 3) 図 1 図 3 2
また 日 本 の 阿 弥 陀 如 来 立 像 ( 光 台 院 所 蔵 )の 条 の 中 の 小 鳥 や 阿 弥 陀 如 来 三 尊 像 ( 茨 城 県 万 福 寺 蔵 )の 脇 侍 の 野 菜 の 様 な 截 金 で 線 描 を 描 いた 絵 画 的 な 要 素 が 確 認 できる 本 作 品 では 躍 動 感 あ るアカンサスの 葉 や Piatto con scena di caccia (レッジョ カラブリア 国 立 博 物 館 蔵 )に 見 られる 豹 を 狩 る 姿 を 見 事 に 表 現 して いる 截 金 ( 図 4)は まさに 日 本 の 截 金 との 共 通 性 である 絵 画 的 描 写 であるといえる 図 4 Piatto con scena di caccia ( 中 央 部 ) 描 き 起 こし 金 箔 ガラス 製 メダリオンにおける 金 装 飾 の 再 現 制 作 熟 覧 調 査 において 筆 者 の 経 験 からメダリオンの 装 飾 は 截 金 とは 異 なる 性 質 であると 感 じたため その 技 法 的 な 差 異 を 明 確 にすべく 再 現 制 作 を 行 った この 作 品 の 絵 柄 において 人 物 を 描 写 する 細 い 線 が 箔 のない 余 白 部 分 で 表 現 され また 截 金 独 特 の 鋭 角 な 表 情 が 見 受 けられ なかったことから 截 金 技 法 は 適 さないと 考 え 針 の 様 なもの で 文 様 や 図 柄 を 削 り 出 す 方 法 を 考 えた 結 果 図 柄 を 削 り 出 す ことで 原 本 に 非 常 に 近 い 装 飾 を 施 すことができた このことか 図 5 エッチングによる 削 りだし ら 金 箔 ガラス 製 メダリオン に 用 いられている 装 飾 技 法 は 截 金 によるものではなく 図 柄 を 削 り 出 して 表 現 するエッチング 技 法 であることが 判 った Ⅲ- 再 現 模 造 制 作 調 査 結 果 を 基 に 本 研 究 の 対 象 作 品 である 大 英 博 物 館 蔵 金 箔 入 りガラス 碗 の 再 現 模 造 制 作 を 行 った サンドウィッチガラス 碗 の 再 現 土 台 であるガラス 碗 の 制 作 は ガラス 研 究 の 第 一 人 者 でもある 倉 敷 科 学 芸 術 大 学 の 迫 田 岳 臣 先 生 の 協 力 を 得 て 実 寸 で 再 現 した ガラス 製 造 法 に は 様 々な 方 法 が 存 在 するが 研 究 書 の 記 述 と 吹 き ガラス 法 の 発 祥 が 1 世 紀 以 降 であるという 背 景 から 鋳 造 法 によって 製 造 することとした 調 査 で 得 た 資 料 を 基 に3D データを 作 成 し 内 側 と 外 側 の 器 がぴったりに 重 なる 原 型 を 作 り 出 した 熟 覧 調 査 で 2 層 は 溶 着 していなかったためそのように 仕 上 げた 砕 いたガラスを 型 に 入 れ 加 熱 と 水 砕 を 行 った 後 ガラス 片 をふるいにかけて 大 きさを 選 別 する 雌 型 の 内 側 に 糊 を 混 ぜたガラスを 貼 り 付 けてから 片 側 も 合 わせ 電 気 炉 に 入 れ 加 熱 湿 気 抜 き 昇 温 融 解 徐 冷 図 6 3
の 順 にプレス 法 を 行 う プレスの 際 に 多 く 気 泡 が 入 るように 意 図 的 に 選 別 したガラスの 粒 子 を 揃 えたことで 熟 覧 調 査 で 確 認 した 多 数 の 気 泡 を 再 現 できた ( 図 6) 雌 型 からガラスを 取 り 出 し 轆 轤 を 使 用 しながら 研 磨 し 完 成 させる 2 層 が 一 致 するには 別 々に 研 磨 する 方 法 は 適 さないため 当 時 の 人 は2 層 の 間 に 砂 を 入 れて 回 すことで 表 面 の 凹 凸 を 均 す 方 法 を 用 いていた 事 と 考 えられる 截 金 の 再 現 ガラス 碗 の 作 成 に 使 用 した 石 膏 の 型 に 下 書 き 線 を 描 き ガラ 図 7 ス 碗 を 被 せて 下 書 き 線 を 辿 りながら 截 金 を 施 す 手 がかりとし た 調 査 の 結 果 から 金 箔 は1 号 箔 を 使 用 した サンプル 作 成 時 の 経 験 から 水 分 を 吸 収 せず 乾 燥 が 遅 いガラスの 曲 面 では 水 分 が 多 いと 箔 が 流 れ 落 ちてしまうことがわかったため 接 着 剤 は 粘 膜 性 が 強 く 可 逆 性 があるアラビアゴムを 使 用 した また 形 を 整 える 研 磨 時 にできたものと 考 えていたガラスの 削 り 跡 図 8 が その 溝 が 接 着 剤 のガラスへの 吸 着 性 を 高 める 効 果 をもたら していることがわかった ( 図 7) 金 箔 の 裁 断 は 鉄 製 の 小 刀 で 行 い 文 様 の 主 要 となる 太 い 線 を 最 初 に 貼 りつけていった 波 文 様 が 特 に 難 易 度 が 高 く 描 く 際 にはまず 線 を 描 き その 間 を 三 角 形 の 截 箔 で 埋 めるなどの 工 夫 図 9 が 必 要 だった ( 図 8)こうした 高 度 な 文 様 を 描 くには 日 本 の 截 金 と 同 様 先 が 利 く 筆 のような 物 が 必 須 であり そうした 技 術 も 進 んでいた 可 能 性 が 窺 えた 装 飾 を 終 えたら 片 側 のガラスを 被 せ 接 着 し 完 成 させた ( 図 9) 再 現 模 造 制 作 では 文 様 を 施 すだけでも 数 ヶ 月 を 要 し 本 作 品 に 費 やされた 時 間 と 労 力 を 実 感 した 4
図 9 Ⅳ- 結 論 本 研 究 を 行 った 結 果 国 内 外 で 未 だ 成 されなかったゴールドサンドウィッチガラス 碗 の 金 箔 装 飾 の 再 現 に 成 功 し 大 英 博 物 館 所 蔵 金 箔 入 りガラス 碗 が 截 金 技 法 による 装 飾 であることが 明 確 に 証 明 できたと 考 える また 金 箔 装 飾 において 截 金 以 外 にエッチング 技 法 の 存 在 を 提 示 でき た この2つの 技 法 で 作 品 群 を 類 別 化 することで 今 後 ゴールドサンドウィッチガラスにおける 截 金 技 法 の 新 たな 位 置 づけを 行 い 更 には 制 作 年 代 の 判 別 未 だ 詳 細 が 明 かされていない 制 作 地 の 論 争 についても 新 たな 指 標 を 提 示 できるのではないかと 考 える 当 時 の 截 金 は 面 で 構 成 されていたため 裁 断 の 精 度 を 要 求 しないナイフなどの 可 能 性 が 高 く 日 本 の 緻 密 な 截 金 を 効 率 的 に 行 うための 箔 盤 と 竹 刀 は アジアに 入 り 確 立 されたと 思 われる また 本 碗 の 生 産 地 は 金 箔 の 加 工 技 術 が 進 んでいる 土 地 であり ガラス 制 作 と 金 箔 装 飾 を 行 っ た 場 所 は 近 い 位 置 に 存 在 し 共 同 作 業 で 行 われていた 可 能 性 が 考 えられた 単 なる 文 様 による 装 飾 ではなく 線 描 で 躍 動 感 ある 人 物 など 現 実 の 物 をより 忠 実 に 描 こうと する 姿 勢 は 文 様 という 領 域 からの 逸 脱 を 図 っているようにも 見 え 当 時 の 作 者 の 強 い 熱 意 が 感 じられた そして 工 芸 の 領 域 にとどまっていたかの 様 にみられるゴールドサンドウィッチガラ スの 截 金 の 絵 画 的 側 面 は 仏 画 仏 像 の 領 域 から 芸 術 へと 花 開 いた 日 本 の 截 金 文 化 との 共 通 性 が 見 出 せるものであった 本 研 究 により ゴールドサンドウィッチガラスの 截 金 にヨーロッパと 日 本 との 共 通 点 があるこ とが 示 され 截 金 技 法 がシルクロードなどの 道 を 渡 って 中 国 へ 伝 播 してきた 可 能 性 が 浮 かび 上 が った また ゴールドサンドウィッチガラス 碗 が 截 金 の 源 流 に 最 も 近 い 形 の 作 品 である 可 能 性 は より 濃 くなったと 言 える 途 絶 えてしまったが 故 に 海 外 では 研 究 されなかった 截 金 技 法 を 日 本 から 再 び 世 界 へと 発 信 す る 一 歩 となれば 幸 いである 5