中高年の腰痛事情 ( 上 ) 横浜掖済会病院整形外科 部長岩村祐一 厚生労働省の国民生活基礎調査によると 現代社会では 腰痛 は 最も頻度の高い症状のひとつであり いまや国民病とも言われております 日本人で腰痛に悩む人は約 1000 万人と推定され 特に働き盛りの中高年では 約半数の人が腰痛に苦しんでいるという統計もあります 中高年でみられる腰痛には 自然に治るものもあれば 適切な診断と治療が必要なものまで さまざまな病態があります その中でも日常よくみられる中高年の腰痛の原因と対処法 治療法について 最近の知見もふまえてお話いたします 一般にいわゆる ぎっくり腰 あるいは 短期間のうちに日に日に悪化して日常の活動に支障をきたす腰痛を 急性腰痛症 と総称します 急性に腰痛をきたす疾患の中には 腰椎椎間板ヘルニア 脊柱管狭窄症 脊椎の腫瘍などの脊椎疾患や内臓の疾患もありますが 特にそのような基礎疾患がない 急性腰痛症 の話から始めます ぎっくり腰 は ドイツでは古くから 魔女の一撃 とも言われて恐れられるほどの突然で激しい急性腰痛として知られています その原因としては 重労働による疲労 中腰などの無理な姿勢での作業 慣れない体勢をとったことなどがあげられます 腰に無理な負荷がかかって いわゆる 捻挫 や 肉離れ が起きていると考えられていますが 体の向きを変えたり物を取ろうとしたりした時やくしゃみなど ほんのちょっとしたことで起きることもあるため 明確な原因はわかっていません どちらかというと 普段から運動不足で体を動かす機会がなく 柔軟性が低下して体が固い中高年に多い傾向があります また 最近は その背景に肉体的 精神的疲労やストレスの蓄積していることが少なくありません 職場のリストラや倒産など長引く不況と先行き不透明な昨今の世相を反映して このような中高年の急性腰痛症は 増える傾向にあります 腰痛とともに頭痛 不眠 肩こりなどの他の症状や不安 うつなどの精神症状を伴うこともあり メンタルサポートが必要なこともあります 一方 現役の頃は特に腰痛を意識せず 定年退職の後や急に仕事をやめたりすると腰
痛が増悪することがあります この原因は 多くの場合 仕事のやりがいや緊張感がなくなり 気持ちの張りが衰えると同時に足腰の筋力が急激に弱るためと考えられます できれば仕事以外に 普段から気の合う仲間と適度な運動やスポーツを楽しむ時間を作り ストレスを発散し 気持ちを萎えさせず 足腰の力を衰えさせないようにしておきたいものです さて 急性腰痛症に対する治療法としては まず消炎鎮痛薬 ( 痛み止め ) が有効です もちろん 実際には 痛みの程度に応じて2 3 日長くてもせいぜい一週間程度の安静もすすめます ほとんどの場合 それで自然に治ります 長期間にわたり安静あるいは休業すると かえって体力 筋力 精神活動の低下や社会的 経済的損失も増大させかねないため 数日安静の後は むしろ腰痛の許す範囲内で日常の活動を維持継続させた方が 腰痛の回復にも良い影響をもたらします 先に述べた社会環境の変化からくる精神的ストレスが背景にある腰痛に対しては なおのこと漫然とした安静はかえって逆効果になりかねません できるだけ日常活動を促し 心理的 精神的ケアーをするとともに抗不安薬などの精神科的薬剤を併用することも有効です 急性腰痛症では腰椎用簡易コルセットの装着をすすめることも多いですが 1 週間以上つけ続けることはかえって腰部周囲の筋力を弱らせるため 腰痛の激しい期間だけにすべきです また 理学療法として温熱療法や骨盤牽引 マッサージなどが広く一般に普及しています 急性腰痛症では 温熱療法などで腰部を温めることにより痛みが軽減することが多いため 疲れをとり血行を良くすることからも ゆっくりお風呂に入り温まって休養をとることがすすめられます 骨盤牽引やマッサージも有効なことがありますが 逆に腰痛の悪化をきたすこともあり その場合は直ちに中止します 急性の腰痛が部位的に比較的狭い範囲にしつこく限局している時には 局所的に痛み止めの注射をすることがあります 局所麻酔薬の鎮痛効果や注射による心理的な満足感からも腰痛に有効なことがあります いずれにしても ほとんどの急性腰痛症では 短期間の安静 薬物 腰椎用コルセットの装着 温熱療法などで通常一週間以内にほぼ良好な改善が得られますが そうでない場合は腹部内臓疾患からくる腰痛 あるいは 脊椎そのものの変形 炎症性 あるいは腫瘍性の変化からくる腰痛の可能性があり 注意が必要です 次回はそのような早期に診断 治療が必要な中高年の腰痛についてお話いたします
中高年の腰痛事情 ( 下 ) 横浜掖済会病院整形外科 部長岩村祐一 特に重要な基礎疾患がなく良好に回復するいわゆる 急性腰痛症 に対して 内臓疾患からくる腰痛 あるいは脊椎そのものの病変からくる腰痛では 早期診断と早期治療が必要です 例えば 急性腰痛のために安静にしていたが一週間以上たっても一向によくならない あるいは 体の姿勢や動きに関係なく 休んでいる時 寝ている時にも痛みがある場合は 消化管潰瘍 膵炎 胆嚢炎などの消化器系疾患 腎結石 腎炎などの腎 泌尿器系疾患 婦人科系疾患 解離性大動脈瘤などとともに癌の脊椎転移 化膿性脊椎炎 腰椎変性疾患の可能性があります 癌の骨転移は 脊椎が頻度的に最も多く 癌の治療歴が診断のきっかけになりますが 原発癌が不明であることも少なくありません 発熱がある場合は 化膿性脊椎炎 あるいは内臓の炎症性疾患などが考えられます 近年少なくなりましたが 結核による脊椎カリエスも最近やや増加傾向にあります このような重篤な疾患は早期に整形外科および当該各科の協力の下での診断 治療が必要です ころんだりしりもちをついたことがきっかけになって発症した腰痛は 脊椎圧迫骨折の可能性があります ころんだ直後から激しい腰痛で身動きができませんが 特に閉経後の高齢女性では 骨粗鬆症が基盤にあることが多いです 中には圧迫骨折を起こした脊椎に腫瘍や癌の転移があることもあり MRI CT 検査などにより診断には細心の注意を要します 何ヶ所にもわたる圧迫骨折では 身長が縮み 背中が丸くなって前かがみになってきます つい最近まで この脊椎圧迫骨折は 自然に治る中高年のつまらないけがとして扱われてきましたが 高齢化に伴い脊椎圧迫骨折もしだいに増加し しかも圧迫骨折後の脊髄障害による下肢のまひや排尿障害に対して脊椎の矯正固定術が必要になる例もあることから 最近では 入院 精査の上 コルセットやギプス固定などで慎重に治療する傾向にあります 腰痛とともにお尻から下肢の裏側を通って足の方まで痛みがひびいてしびれる 仰向
けで足が伸ばせない 足の力が弱いなどの症状があるときは 腰椎椎間板ヘルニアを疑い すみやかに MRI CT などの検査を行います 腰椎椎間板ヘルニアは 髄核という軟骨が飛び出て神経を圧迫する病態ですが 一般に鎮痛剤 理学療法 ブロック注射などの保存的治療で8 割以上は治ります ヘルニアの形態によっては 自然に縮小して痛みがとれてしまうものもあります しかし 保存的治療が無効で 日常活動に支障をきたす場合は手術をすすめます 特に便や尿が出にくいなどの膀胱直腸障害を伴う場合は 治療に緊急性を要します 手術は 現在では 技術的な進歩もあって小さい切開で低侵襲 短時間で終わり 短い入院期間で早期職場復帰が可能ですが 依然として術後約 5 パーセントに再発がみられます 歩行により足の痛み しびれが悪化し 休むと回復して また歩けるという 間欠性跛行 を呈する場合は 腰部脊柱管狭窄症および閉塞性動脈硬化症を念頭におかなければなりません 閉塞性動脈硬化症では 長年の喫煙歴や糖尿病などによる下肢の血行障害が病態の主因で 神経症状のない場合に内科 外科と協力して精査のうえ診断します 腰部脊柱管狭窄症は 中高年に多い代表的な腰椎変性疾患ですが 脊柱管内での椎間板の膨隆 増殖した骨 靭帯の肥厚による狭窄で神経が圧迫され 重篤な場合は膀胱直腸障害を伴います 病態把握のためには MRI 脊髄造影検査などが行われます 治療は まず生活指導として 立ち作業のときは片足を踏み台に挙げておく 歩行は手押し車などを使って前屈位で歩くか 自転車に乗って症状を軽減させ移動距離を延ばす 腹筋や下肢の筋力が衰えないように体操 ストレッチ プール内運動などをすすめます それでも一定期間の保存的治療に限界がある場合は 手術も視野に入れます 一般に下肢痛 しびれが片側だけの場合は 鎮痛剤 ブロック注射などの保存的治療がよく効きますが 両側の場合は効きにくく 骨を削って神経の圧迫を取る除圧手術を検討します 脊柱管狭窄症の中でも腰椎分離すべり症 変性すべり症 変性側弯症のように骨がずれたり曲ったりして腰椎の安定性が損なわれている場合は 除圧だけでなく矯正固定術も併せて行うこともあります もちろん 手術は 患者さんの活動性 合併症の有無などを参考に リスクを充分考え合わせた上で御本人と相談して慎重に決めます 最近の手術成績は 概して良好で ひと昔前と比べて格段の進歩があり 事務仕事 家事などの軽作業であれば 術後 3~4 週間で復帰可能です 保存的治療で頑張って通院してもな
かなか良くならない あるいは むしろしだいに悪くなるといった場合は 担当の医師 と充分話し合った上で 必要以上に手術を恐れず 前向きに考えてよいと思います