Microsoft Word - M0005_小田高之.doc

Similar documents
気象庁技術報告第134号表紙#.indd

平成 29 年 12 月 1 日水管理 国土保全局 全国の中小河川の緊急点検の結果を踏まえ 中小河川緊急治水対策プロジェクト をとりまとめました ~ 全国の中小河川で透過型砂防堰堤の整備 河道の掘削 水位計の設置を進めます ~ 全国の中小河川の緊急点検により抽出した箇所において 林野庁とも連携し 中

《都市II》とランボーのヴィジョン

ランボー「見者書簡」における詩人の目的

アナトール・フランスの幻想文学 : 異界について

’lŁ¶Ÿ_‰ƒ52†\2(‡½‡Ä)+/2.’¶‰î “F’b

デネットの解釈主義とプラグマティズム : 三つのケーススタディ

村上.indd

ネルヴァルの幻想とディオラマ : ディオラマに関する記事

光源氏の女君たちの最初の歌 : 代作される女君たち、自ら歌う女君たち

22年5月 目次 .indd

散文詩『二重の部屋』 : 表題『微光と煙』と『パリの憂愁』の間

義仲北陸篇七章の考察 : 「火燧城合戦」から「篠原合戦」まで

『古今六帖』による規範化の一様相 : 「卯の花」歌を例として

家族みんなの防災ハンドブック 保存版

古フランス語におけるラテン語の開音節中の強勢母音aについて

芥川龍之介『南京の基督』論 : 宋金花の〈祈り〉における宗教性

近畿地方整備局 資料配付 配布日時 平成 23 年 9 月 8 日 17 時 30 分 件名土砂災害防止法に基づく土砂災害緊急情報について 概 要 土砂災害防止法に基づく 土砂災害緊急情報をお知らせします 本日 夕方から雨が予想されており 今後の降雨の状況により 河道閉塞部分での越流が始まり 土石流

ダムの運用改善の対応状況 資料 5-1 近畿地方整備局 平成 24 年度の取り組み 風屋ダム 池原ダム 電源開発 ( 株 ) は 学識者及び河川管理者からなる ダム操作に関する技術検討会 を設置し ダム運用の改善策を検討 平成 9 年に設定した目安水位 ( 自主運用 ) の低下を図り ダムの空き容量


定家に於ける小町歌の受容 : 『近代秀歌』「余情妖艶」との関わり

<判例研究>目隠しフェンス設置等請求事件 : 最三判平22 (2010) 年6月29日・判例時報2089号74頁

夏目漱石『思ひ出す事など』論 : 精神と生活と肉体に於けるアイロニー

大江健三郎『万延元年のフットボール』論 : 蜜三郎の出発の内実

Microsoft PowerPoint - 宇治災害2

紀伊半島調査メモ実施日 :10/18~10/22 文責 : 梯滋郎 調査メンバー 大熊孝 : 新潟大学名誉教授佐藤裕和 : 島根大学助教梯滋郎 : 東京大学修士 1 年肱岡勝成 : 島根大学学部 3 年 ( 敬称略 ) 1

消費者行動研究の忘れもの : アート財消費の視点から

Microsoft PowerPoint - 参考資料 各種情報掲載HPの情報共有

「江戸っ子」の「見解書」としての『阪神見聞録』 : 谷崎潤一郎『阪神見聞録』全文分析による仮説提議「大阪」の混同とその理由

先端社会研究 5号/目次(5)


目次 1. はじめに 1 2. 協議会の構成 2 3. 目的 3 4. 概ね5 年間で実施する取組 4 5. フォローアップ 8

超高関与消費者行動とその対応戦略 : BMW から宝塚歌劇まで

人文論究63‐1(よこ)(P)☆/7.東浦

村上.indd


平成 27 年度第 1 回状況説明 ( 要望 ) 活動 平成 27 年 8 月 3 日 ( 月曜日 ) 1 国土交通省 財務省 総務省 内閣府への状況説明 ( 要望 ) 活動について国土交通省へは 岡﨑高知市長と清水大洲市長を先頭に 国土交通省幹部及び関係部局へ状況説明 ( 要望 ) 書の手渡しと要

.....u..


SABO_97.pdf










<4D F736F F F696E74202D208E518D6C8E9197BF325F94F093EF8AA98D CC94AD97DF82CC94BB92668AEE8F8082C98AD682B782E992B28DB88C8B89CA2E B8CDD8AB B83685D>

避難開始基準の把握 1 水害時の避難開始基準 釧路川では 水位観測所を設けて リアルタイム水位を公表しています 水位観測所では 災害発生の危険度に応じた基準水位が設定されています ( 基準となる水位観測所 : 標茶水位観測所 ) レベル水位 水位の意味 5 4 ( 危険 ) 3 ( 警戒 ) 2 (

人文論究62‐3(よこ)(P)/2.藤田

日産自動車におけるクロスファンクショナル・チーム(CFT) の活動 : 再生のための活動とその後の活動の管理会計の立場からの考察



<4D F736F F D208BD98B7D92B28DB88EC08E7B95F18D908F915F96788CA42E646F63>

1


~ ご 再 ~

<4D F736F F D20819A AC95F1926C814595AA90CD94C5817A8B4C8ED294AD955C8E9197BF F E646F63>


2011年台風12号の概要と今後の課題



<4D F736F F D DC58F4994C5817A904D945A90EC5F8DC4955D89BF92B28F912E646F63>


<4D F736F F F696E74202D20819A937996D88A7789EF92B28DB895F18D9089EF5F8CE08F4388EA D8791E3979D94AD955C816A>








重ねるハザードマップ 大雨が降ったときに危険な場所を知る 浸水のおそれがある場所 土砂災害の危険がある場所 通行止めになるおそれがある道路 が 1 つの地図上で 分かります 土石流による道路寸断のイメージ 事前通行規制区間のイメージ 道路冠水想定箇所のイメージ 浸水のイメージ 洪水時に浸水のおそれが


溶結凝灰岩を含む火砕流堆積物からなっている 特にカルデラ内壁の西側では 地震による強い震動により 大規模な斜面崩壊 ( 阿蘇大橋地区 ) や中 ~ 小規模の斜面崩壊 ( 南阿蘇村立野地区 阿蘇市三久保地区など ) が多数発生している これらの崩壊土砂は崩壊地内および下部に堆積しており 一部は地震時に



水防法改正の概要 (H 公布 H 一部施行 ) 国土交通省 HP 1

先端社会研究所紀要 第8号☆/7.笹部


<4D F736F F D B4C8ED294AD955C8E9197BF E894A8AFA8B7982D191E495978AFA82C982A882AF82E996688DD091D490A882CC8BAD89BB82C982C282A282C4816A48502E646F63>

第 7 章砂防第 1 節砂防の概要 秋田県は 北に白神山地の二ツ森や藤里駒ケ岳 東に奥羽山脈の八幡平や秋田駒ヶ岳 南に鳥海山など 1,000~2,000m 級の山々に三方を囲まれています これらを水源とする米代川 雄物川 子吉川などの上流域は 荒廃地が多く 土砂の発生源となっています また 本県の地


種にふくまれているものは何か 2001,6,5(火) 4校時

日系外食企業の海外進出に果たすサポーティング・インダストリーの役割














Transcription:

Kwansei Gakuin University Rep Title Author(s) 2011 年台風 12 号の那智川水系 熊野川水系の調査地域における被害パターンについて Oda, Takayuki, 小田, 高之 Citation KGPS review : Kwansei Gakuin policy Issue Date 2012-03-30 URL http://hdl.handle.net/10236/9763 Right http://kgur.kawansei.ac.jp/dspace

ODA : Flood Damage Patterns on the Kii Peninsula Induced with the 2011 Twelfth Typhoon 2011 年台風 12 号の那智川水系 熊野川水系の調査地域に おける被害パターンについて 小田高之 修士論文概要書 本論文は 2011 年の台風 12 号により被害を受けた紀伊半島における実地調査をもとに書かれたものである 実地調査は計 3 回にわたり行い 1 回目は水害の発生から約 3 週間後に当たる 9 月 23 日から 9 月 25 日の 3 日間 2 回目はさらに 1 ヵ月後の 10 月 23 日から 10 月 24 日の 2 日間 3 回目は水害の発生時から数えて 3 ヶ月後に当たる 12 月 4 日の 1 日を費やした まず第 1 章では近年の豪雨災害における人的被害の特徴をまとめている 近年の豪雨災害の特徴として 風水害における犠牲者の減少 その中でも土砂災害が原因による死亡が割合的に高いこと そして犠牲者のうちで高齢者の割合が顕著なことが挙げられる 一方 今回の台風 12 号の人的被害を見ると 犠牲者の数が近年の風水害の犠牲者と比べて多いこと その中でも土砂災害による死者 行方不明者の数が顕著なことが挙げられる 人的被害に限って考察してみても 今回の台風 12 号は被害が甚大だったと考えられる 次に第 2 章 3 章では 3 回に分けて行った調査のそれぞれの行程を示している 調査人数は第 1 回が 2 人 第 2 回が 5 人 第 3 回が 2 人と少人数で実行した 第 1 回の調査は被災から約 3 週間後に行ったこともあり 様々な困難があった 第 2 回 第 3 回の調査時に何度も利用した国道 168 号線は 調査時点では土砂崩れによる通行止めで使用できず JR を使用し串本駅まで行った 国道 168 号線は関西圏と新宮市等の太平洋側を繋ぐ幹線道路である これは後に気付いたが 奈良県 十津川村など紀伊半島の山間部に位置する村にとって幹線道路を寸断されることは様々な障害となる 奈良県や和歌山県の沿岸部からそこまで至る迂回路は村道など限られたものとなり 道に慣れた人でなければ行けない場所になる このような状況の中で 第 1 回調査では主に和歌山県 那智勝浦町 新宮市を中心として実行した 第 2 回目の調査は国道 168 号線が復旧したとの事前情報があり 車で奈良県 五條市からレンタカーで奈良県 十津川村を中心に調査した 第 3 回目の調査は 2 回目と同様に奈良県 五條市から国道 168 号線を使用し 十津川村を中心に調査することとした 第 4 章では台風 12 号の特徴をまとめた 2011 年 8 月 25 日の未明に 台風 12 号が太平洋上に展開するマリアナ諸島の近海で発生し 強い勢力を維持しつつ日本列島の南海上を時速 10km 前後の緩い速度で北上して 9 月 5 日 6 時に日本海の北部で終息した 台風 12 17

KGPS Review No.17 March 2012 号の発生から消滅までの継続期間は 270 時間に及ぶ 台風 12 号の速度が遅くなった原因として気象庁は次の 2 点を挙げている (1) 太平洋高気圧が日本列島の東側から張り出して 台風の北上する進路を阻んだ (2) 偏西風が日本列島から離れた北側で吹いていたので 台風を東向きに押し流す運動を加速できなかった その結果 紀伊半島へ南の海上から長時間にわたって同じ地域へ湿った空気が送り込まれ 集中的な豪雨をもたらし 河川の氾濫ならびに山地の崩壊による土砂災害を引き起こした 今回の豪雨は紀伊半島の多くの地点で AMeDAS の観測が始まって以来の最大降雨量を記録した 振り返って 紀伊半島を今まで襲った豪雨は伊勢湾台風 (1959 年 ) ジェーン台風 (1950 年 ) そして熊野川大水害(1889 年 ) が挙げられる その中でも 熊野川大水害の文献と今回の台風 12 号を比較すると 1) 台風の経路が四国東部から真北へ向かい 中国地方を経由して日本海へ抜けること 2) 四国の南海上で 1 日以上の間 台風が停滞し続けること 3) 四国から中国地方にいたる陸上では 時速 10km 前後でゆっくり北上したこと 4) 四国に上陸した時の中心気圧が両台風とも約 980hPa であること 5) 十津川水害時の天気図から推して 今回の台風と同じく約 200km の直径をもつこと 以上のような 5 点の類似性が示唆できる 次に第 5 章では紀伊半島の地勢について記した 山地の連なる紀伊半島は太平洋に向かって南へ突き出す地理的な要因から 国内有数の多雨地帯として知られ 過去にも幾多の台風被害に見舞われてきた すなわち九州や四国の南部と同様に 太平洋で発生した台風の影響をじかに受け かつ高い山地によって大量の雨水を受け止めている その結果 紀伊半島の山地を縫う急流が常に氾濫する危険性を潜在的に内包している そして第 6 章では調査した地域を那智川水系と熊野川水系の 2 系列に分け それぞれ下流から上流に向かって整理しなおしている 那智川水系には N の頭文字を付け 6 か所の調査地域を示した 那智川とは那智山および烏帽子山に源を発し 長谷川 井谷川 大谷川などの支流を合わせもって熊野灘の那智湾に注ぐ 流域面積として 24.5 平方 km および幹川流路延長が約 8.5km の 2 級河川である それに対して 熊野川水系では 13 カ所の調査地域を記した 熊野川は奈良県 吉野郡 天川村の山上ヶ岳に源を発し 十津川の渓谷を南に流れて熊野灘に注ぐ 流域面積 2,360 平方 km 幹川流路延長 183km の 1 級河川であり 奈良県 和歌山県 三重県の 3 県にまたがる 続いて第 7 章では被害パターンによる分類を行った 今回の調査により水系に限らず被害パターンが 5 項目に分類できると考える それは (1) 浸水による被害 (2) 土砂混じり浸水による被害 (3) 土石流による被害 (4) 深層崩壊による被害 (5) 水防装置の破綻による被害である (1)~(4) の項目はそれぞれ下流から上流にむかって行くにつれ表われる被害のパターンであり (5) は少し特殊な状態だと考えられる 18

ODA: Flood Damage Patterns on the Kii Peninsula Induced with the 2011 Twelfth Typhoon さらに第 8 章では水害に対する既往の取り組みについて述べている 第一級河川である熊野川は国土交通省管轄であり 平成 16 年 (2004) に国土交通省 近畿地方整備局を筆頭として 熊野川懇談会 が設立された 同懇談会は熊野川を下流部と上流部に分け 2 つの整備の対象地域を設定している 下流部は熊野川河口から約 5km 上流の相賀地区までの区間 および相野谷川 市田川を含む和歌山県 三重県にまたがる流域を対象とし この区間では市田川と鮒田の水門をもち 高岡地区 鮒田地区 大里地区に輪中堤を築いている 上流部は奈良県の天川村 十津川村および五條市にまたがる流域 猿谷ダムを中心として 地域内に多くの取水堰堤をもつ すなわち同懇談会では 台風 12 号で堤防が決壊した和歌山県 新宮市 相筋地区や 輪中が建設された三重県 紀宝町 高岡についても検討すべき議題に上っていた そして第 9 章では 調査した内容をまとめ 被害パターンの考察を行った それらを 3 つにまとめ本論文の結論とした 1) 非常にゆっくりとした速度で中国地方 四国地方を縦断した台風 12 号はその経路の東側に位置する紀伊半島に豪雨をもたらした その結果 AMeDAS で気象観測を開始してから 32 年間における当該地域の最大降雨量を更新した箇所が多数みられた それはそれぞれ 1 時間の最大降雨量では 1 ヶ所 24 時間の最大降雨量では 12 カ所 48 時間の最大降雨量では 16 カ所 72 時間の最大降雨量では 20 カ所を数える これは少なくともここ 32 年間において 紀伊半島の降雨量としては前例のない規模であったと言える 加えて 1 時間という短期の最大降雨量を記録した箇所より 48 時間 72 時間という比較的長期にわたる最大降雨量を観測した地点の方が多かったことも挙げられる 2) 過去にさかのぼって紀伊半島における類似した水害の事例を求めると 122 年前の明治 22 年 (1889 年 ) に発生した 十津川大水害 に行き当たる 当時の文献記録に照らせば以下の類似性が指摘できる a) 台風の経路が四国東部から真北へ向かい 中国地方を経由して日本海へ抜けること b) 四国の南海上で 1 日以上の間 台風が停滞し続けること c) 四国から中国地方にいたる陸上では 時速 10km 前後でゆっくり北上したこと d) 四国に上陸した時の中心気圧が両台風とも約 980hPa であること e) 十津川水害時の天気図から推して 今回の台風と同じく約 200km の直径をもつこと 3) 現地調査した熊野川水系 那智川水系ともに多大な降雨量にともなって 下流部では溢れた河川による家屋への浸水ならびに流入した土砂による被害が顕在化していた 19

KGPS Review No.17 March 2012 が 適切な避難行動に基づいて人命の損失は希少であった 一方で上流部では浸水の被害は無論のこと 海成の軟らかい地質で構成された山肌が鋭くえぐられて倒木とともに流下した土砂災害 あるいは表土を支持した地中深くの岩石まで流失する 深層崩壊 の現象が目立った これらの土石流や深層崩壊に巻き込まれた家屋あるいは人命はほとんど避難する暇もなく 限定された箇所とはいえ短時間のうちに悉く流失されたケースが多い 20