日本福音ルーテルなごや希望教会 発行所名古屋市千種区今池 3-5-19 今池礼拝所 052(732)5545 名古屋市千種区富士見台 4-100 自由ヶ丘礼拝所 052(722)5796 名古屋市名東区高柳町 708 名東礼拝所 052(771)5267 発行者末竹十大佐々木赫子 C. フレドリクソン 題字春霞書 2010 年 6 月 27 日発行季刊第 5 号 分からないために 牧師末竹十大 イエスは 分かりやすいたとえで人々に話されたと良く言われます しかし 聖書はそのようには言いません イエスがたとえで語る理由を マルコはこう記しています それは 彼らが見るには見るが 認めず 聞くには聞くが 理解できず こうして 立ち帰って赦されることがない ようになるためである ( マルコ 4:12) と ここには まったく反対のことが語られています たとえは 分かり易くするために語られるという一般的な前提はどこにもないのです 分からなくするために たとえで語ると言われています それにも関わらず わたしたちは一般的なたとえの理解をもって イエスは分かり易くたとえで話されたのだと思いこんでいます そして 難しい言葉は使わなかったとも思っているのです しかし 使わなかったとしても 分からないために たとえで語るのだと イエスは言われるのです どうして 分からないようになるために たとえを語るのでしょうか 分かるように語らない理由は何でしょうか 立ち帰って 赦されることがないため に と言われると イエスは人々が神に立ち帰るために 宣教されたのではないのかと疑問に思うでしょう しかし イエスは分からないようにするために たとえで語られたのです 何故なら 自分が 認めること 理解すること で 人は分かったと思い 安住してしまうからです 分かることでは人は生きないのです 生きる中で 分かってくるものです たとえは わたしたちがその中で生きることを求めているのです その生は 分からないことを認めることから始まります そして 人間には分からない神の現実を 神が分からせてくださることへと開かれていくのです このために イエスはたとえで語られているのです 神が分からせてくださるとき わたしたちは神の中で生きているのですから あなたは 神のものとして 神の力によって 生きているのです
礼拝の恵み 牧師チャールズ フレドリクソン どうして クリスチャンは日曜日に礼拝するの? 多くのクリスチャンやまだクリスチャンではない人たちも この疑問を持っています そもそも 聖書時代には 今日でもそうなのですが 安息日を守るという律法がありました 安息日は 金曜日の夜から土曜日の日没までの一日です それは 初代教会でも守られていました たとえば 使徒言行録 13 章にはこう書かれています パウロとその一行は 安息日に 会堂に入って席に着いた と しかしながら 同じ時代に 初代のクリスチャンたちは日曜日にも集まるようになっていました それは 主の復活を覚えるためであり あるいは週の初めの日でもあったからでしょう 使徒言行録 20 章 7 節には パウロと信者たちがトロアスで会って 聖餐を守ったと記されています 週の初めの日に わたしたちはパンを裂くために集まった そして パウロは人々に話したが 翌日出発する予定だったので その話は夜中まで続いた 私にとって礼拝は なごや希望教会赴任中の大きな喜びの一つでした 牧師もクリスチャンですから 一人しか牧師がいない場合 その牧師が礼拝に与るというのは簡単なことではありません なごや希望教会の場合は 複数の礼拝があり 牧師もチームで働いていますから 複数の礼拝に出席できるのです また説教も含めて 必ずしも一人の牧師が礼拝のすべての責任をもつわけではないので 牧師自身も礼拝に与ることができるのです 私は 合同礼拝での司式担当の他にも 今池礼拝所 自由ヶ丘礼拝所の礼拝にも出席しました 何も役割がないときもありましたし 司式や説教の任にあたったときもありました 英語礼拝においては 唯一人の牧師として仕えてきました ですから違いが分かります 日本語の礼拝に出席すると 理解できない日本語もあるのですが 元気を回復できるのです 一方 英語礼拝の場合は 私の母国語なのに 礼拝後にぐったりしてしまう時もありました ですから 私が皆さまからいただいた最大の贈りものは キリスト教の礼拝です そして この贈りものは 皆さますべてに与えられているものでもあるのです この 4 年間 礼拝を共に守った なごや希望教会の皆さまに感謝いたします 主の恵みが 豊かにありますように 2
幸いな年 月 末竹十大 2006 年 8 月 チャールズ フレドリクソン牧師ご一家が名古屋に赴任されました それまでの一年半を牧師なしで過ごした英語礼拝にとっては とてもうれしいことでした これで やっと落ち着いて礼拝を守ることができると誰もが思いました そのとおりに 英語礼拝は落ち着いて礼拝を守る群れとなっていきました パスター C と呼んでくださいと彼は言いました それ以来 彼は パスター C として働きました 彼は 牧師としての職務を良く見極めていました それは礼拝を整えることでした 英語礼拝は 教会という組織を持っているわけではなく 礼拝を中心として集められた群れです 彼はそのことをすぐに理解して 礼拝を整えることを自らの課題としたのです 彼は 日本語はあまり上手くはありませんでしたが 牧師会でも良く自分の思いを語ってくださいました 彼の発言は 常に信仰的な示唆を与えてくれるものでした その中心は礼拝です パスター C がいてくれたおかげで 日本語の礼拝も礼拝する心を教えられたと思います また 牧師たちもパスター C から教えられたことは多く チームで働くことの幸いを感じました 礼拝が心を一つにするのだと思いました 同じ礼拝を守り 同じパンと杯に与ることで わたしたちは一つにされていったのです このような礼拝を共にで きたことは パスター C が積極的に日本語礼拝に参加してくださったおかげです パスター C に感謝しています 彼はまた 幼稚園でも 子どもたちに福音を宣べ伝えました 子どもたちも パスター C が大好きでした その月の主題聖句から ある要素を引き出し 英語遊びを通して 福音を伝えるのです 使徒パウロのように どんなことでも福音のために用いました 奥さまのベスもとても気持ちの良い人で 一緒にいるととても安心するのです ベスは 子育ての関係もあり 後半はあまり一緒にいることができませんでしたが 彼女の優しさは誰にも伝わりました そして 彼女の歌声に癒された人も多いと思います 彼女の歌声が礼拝堂に響くとき 励まされました 讃美の力を教えてくれたのもベスです このようなお二人と礼拝を共にできた幸いを神に感謝します 神が彼らを送ってくださったので わたしたちは幸いを得ることができました これから 神は新しいところへと彼らを遣わされます 神の派遣によって 置かれたところで 神の意志に従って 彼らは働くことでしょう 神の福音を伝えるために そして 出会う人と福音を通して 幸いな年月を共に生きることでしょう わたしたちに幸いな年月を与えてくださったフレドリクソン牧師ご一家の上に 神の祝福を祈ります 感謝を込めて 3
英語礼拝パストラル リーダーロウエル シェパード師紹介 2010 年 6 月 1 日付けで パスター C に代わって 英語礼拝を担当することになった ロウエル シェパード師は パスター C が赴任するまでの一年半 英語礼拝を助けてくださった一人です 英語礼拝のミッションに共感し 今回協力を申し出てくださいました 彼の職務は 英語礼拝のみの担当ですので パスター C と同じことをしていただくわけではありません 彼の任期は 一年 更新可能です ( 末竹 ) ロウエル シェパード氏は 現在 NPO 法人 ホープ インターナショナル開発機構 ( 愛知県認可済 ) のアジア太平洋支部長としてご活躍中ですが 同時に牧師であり 作家であり また情熱的なサイクリストでもあります そして氏はプライベートでは 二人の息子さんの最大の理解者であり キャンデイ シェパードさんの良き夫でもあり家庭を愛する温かい人です ホープ インターナショナル開発機構 ( 以下ホープ ) とは 隣人を愛し 貧しい人々を助ける というキリスト教の理念のもとに創設され 現在ではあらゆる信仰の方々と共に働いている非営利団体です 神によって創造され生かされている人類全てに価値があり 平等であり 互いに助け合って生きていくべきだと信じているため いかなる差別をす ることもなく 途上国の貧しい人たちの支援活動をしています ホープの本部はカナダですが ロウエル シェパード氏とホープとの関係は40 年間にわたるものであります ( ホープに関するさらなる情報は ホープのホームページより入手する事が可能です URL は www.hope.or.jp です ご参照ください ) ロウエル シェパード氏はカナダのご出身ですが 現在ご夫妻は瀬戸市に住居を構え 生活の拠点をここに置いておられます また 奥さまのキャンデイ シェパードさんは 日本で生まれ育ち 卒業された名古屋国際学園 ( Nagoya International School) ではスティーンバーグ先生 ( スティーンバーグ牧師の奥さま ) に師事されておられたとのことです ( 榊原エリン ) 4
主の示される道 牧師佐々木赫子 心を騒がせるな 神を信じなさい そして わたしをも信じなさい わたしは あなたがたをみなしごにはしておかない あなたがたのところに戻ってくる 二つのみ言葉はヨハネによる福音書 14 章の1 節と18 節に記されているイエスが弟子たちに語られた言葉です また14 章の最後には さあ 立て ここから出かけよう と呼びかけておられます 主イエスの言葉は弟子たちと共に 現在の私たち一人ひとりの心に強く響く言葉です 闇のこの世 悩み多き現実 生きることに困難な時代の中にあって わたしを信じ 勇気を出しなさい と励まされている主イエスの言葉です 心 は私たちのハートと言う意味です 心の騒ぎとは 不安 であり 不確かなものの中でおびえる人間の状態です 弟子たちは十字架に向かわれる主イエスとの決別におののいていました それは愛する者の臨終に立ち会う人間の心の状態なようなものでしょう ところ がイエスは強く命じて言われます 心を騒がせるな 今あなたのなすことは 神を信じなさい そしてわたしをも信じなさい と さらに わたしは あなたがたのところへ戻ってくる とも だから不安の中にあっても あなたがたは絶対に確実なものを信じなさいと 言われたのです 詩人テニスンがイン メモリアムの中に かくして神の言は 人の子となりていとも美わしき短き生涯の中に最高の信条をそのみうでをもって書きしるし給うた凡ゆる詩想よりもはるかに強く と 記しました まことにイエス キリストこそ 活 ( い ) ける真理であり 生命そのものです わたしたちが生きることに彷徨 ( さまよ ) うとき 挫折で先の人生も閉ざされる時 さあ 立て ここから出かけよう と進むべき道を示されるのです これからも 主を信じ 示された道を ともに歩いていきましょう 神様 主の道に導いてください アーメン 5
培われた賜物 2010 年自由ヶ丘バザー バザー委員長佐々木潤 神様を賛美します 5 月 30 日の日曜日 自由ヶ丘礼拝所前の歩道に並んで待つ人たちを見ながら 駐車場に設けられたテーブルにあわただしく品物を並べ終わると バザー開始が告げられました と同時に ドッと品物の前に人波が押し寄せ 手にとっては値段を確認する光景が展開されました この日 三位一体主日の礼拝を終えた午前 11 時 30 分から 私にとっては 2 回目のバザーが行われました 昨年は 朝から雨が降りましたが バザーの開始前には すっかり晴れてしまったことに驚き 神様に守られていると感じました 今年は 天気にも恵まれ 自由ヶ丘バザーを待ちかねていた地域の人たちと 今池 名東 自由ヶ丘の三礼拝所の会員の皆さん 末竹牧師 フレドリクソン牧師 佐々木牧師の方々と共に ひとつになり 神様と共にいる楽しい時間を頂いた気持ちになりました 今 バザーを終えて思うことは 多くの皆さんに ありがとうございました という感謝の気持ちです 献品をしてくださった方 名前も告げず礼拝堂の玄関に献品の品物を置いて行かれた方 日ごと 献品の品物に値札を付け整理してくださった方 食事の準備のため買い出しや早朝から作業された方 献品を取りに行ってくださった方 チラシやポスターを作成してくださった方 テントを貸してくださった方 釣り銭の準備 食券を用意してくださった方 当日 声を出し販売してくださった方々 後片付けをしてくださった皆さんを始め 品物を買って頂いた方々 まだまだ 書ききれないほどの多くの皆さんが協力し 奉仕してくださいました 昨年のバザー報告の中に 伝統のあるバザー 地域に根ざした教会 と委員長の丹羽姉は書かれていました そこに集まった一人ひとりが与えられた役割を担い 円滑に事を成し遂げた活力は なごや希望教会として 培われた賜物 であり まさに 主がお入用なのです と言われた言葉が実践された思いを強く感じた一日でした 6