中耳疾患とめまい・平衡障害

Similar documents
糖尿病診療における早期からの厳格な血糖コントロールの重要性

失神のアプローチ

Part 1 症状が強すぎて所見が取れないめまいをどうするか? 頭部 CT は中枢性めまいの検査に役立つか? 1 めまい診療が難しい理由は? MRI 感度は 50% 未満, さらには診断学が使えないから 3

入校糸でんわ indd

saisyuu2-1

兵庫大学短期大学部研究集録№49

もちろん単独では診断も除外も難しいが それ以外の所見はさらに感度も特異度も落ちる 所見では鼓膜の混濁 (adjusted LR, 34; 95% confidence interval [CI], 28-42) や明らかな発赤 (adjusted LR, 8.4; 95% CI, ) が


研究成果報告書

心房細動1章[ ].indd

ダウン症の生涯を通しての健康管理について 天使病院小児科外木秀文 III 乳児期から幼児期にかけてパート 2 今回はダウン症のお子さんの耳鼻科的な問題について 天使病院耳鼻咽喉科の及川敬太 主任科長に詳しく解説をいただきました ダウン症のお子さんの聞こえの問題 天使病院耳鼻咽喉科主任科長及川敬太 過

はじめに難聴の重症度をいくつかのカテゴリーに分類する意義は 難聴そのものの程度と それによってもたらされる障害を 一般的な言葉で表し 難聴に関する様々な記述に一定の客観性 普遍性を持たせることにあると考えられる 仮にこのような分類がないと 難聴に関する記述の際に数値を示すか あるいは定量的な裏付けの

ヒト慢性根尖性歯周炎のbasic fibroblast growth factor とそのreceptor

P01-16

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

耳鼻咽喉科医のための3歳児健康診査の手引き 第3版(2010年)

2017 年 8 月 9 日放送 結核診療における QFT-3G と T-SPOT 日本赤十字社長崎原爆諫早病院副院長福島喜代康はじめに 2015 年の本邦の新登録結核患者は 18,820 人で 前年より 1,335 人減少しました 新登録結核患者数も人口 10 万対 14.4 と減少傾向にあります

,995,972 6,992,875 1,158 4,383,372 4,380,511 2,612,600 2,612, ,433,188 3,330, ,880,573 2,779, , ,

第51回日本小児内分泌学会学術集会 Year Book * 成長

330 先天性気管狭窄症 / 先天性声門下狭窄症 概要 1. 概要気道は上気道 ( 鼻咽頭腔から喉頭 ) と下気道 ( 気管 気管支 ) に大別される 指定難病の対象となるものは声門下腔や気管に先天的な狭窄や閉塞症状を来す疾患で その中でも先天性気管狭窄症や先天性声門下狭窄症が代表的な疾病である 多

Microsoft PowerPoint 千里救命救急講義 .pptx [ユーザーが前回保存済み]

は減少しています 膠原病による肺病変のなかで 関節リウマチに合併する気道病変としての細気管支炎も DPB と類似した病像を呈するため 鑑別疾患として加えておく必要があります また稀ではありますが 造血幹細胞移植後などに併発する移植後閉塞性細気管支炎も重要な疾患として知っておくといいかと思います 慢性

本文/開催および演題募集のお知らせ

2005年 vol.17-2/1     目次・広告

パスを活用した臨床指標による慢性心不全診療イノベーション よしだ ひろゆき 福井赤十字病院クリニカルパス部会長循環器科吉田博之 緒言本邦における心不全患者数の正確なデータは存在しないが 100 万人以上と推定されている 心不全はあらゆる心疾患の終末像であり 治療の進步に伴い患者は高齢化し 高齢化社会

平成30年度 患者様満足度調査 【外 来】

10,000 L 30,000 50,000 L 30,000 50,000 L 図 1 白血球増加の主な初期対応 表 1 好中球増加 ( 好中球 >8,000/μL) の疾患 1 CML 2 / G CSF 太字は頻度の高い疾患 32

program_japanese

中耳炎診療のすゝめ

図 3. 新規 HIV 感染者報告数の国籍別 性別年次推移 図 4. 新規 AIDS 患者報告数の国籍別 性別年次推移 (2) 感染経路 1 HIV 感染者 2016 年の HIV 感染者報告例の感染経路で 異性間の性的接触による感染が 170 件 (16.8%) 同性間の性的接触による感染が 73

助成研究演題 - 平成 27 年度国内共同研究 (39 歳以下 ) 改良型 STOPP を用いた戦略的ポリファーマシー解消法 木村丈司神戸大学医学部附属病院薬剤部主任 スライド 1 スライド 2 スライド1, 2 ポリファーマシーは 言葉の意味だけを捉えると 薬の数が多いというところで注目されがちで

○身体障害者障害程度等級表について



学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 庄司仁孝 論文審査担当者 主査深山治久副査倉林亨, 鈴木哲也 論文題目 The prognosis of dysphagia patients over 100 years old ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 日本人の平均寿命は世界で最も高い水準であり

2014 年 10 月 30 日放送 第 30 回日本臨床皮膚科医会② My favorite signs 9 ざらざらの皮膚 全身性溶血連鎖球菌感染症の皮膚症状 たじり皮膚科医院 院長 田尻 明彦 はじめに 全身性溶血連鎖球菌感染症は A 群β溶連菌が口蓋扁桃や皮膚に感染することにより 全 身にい

10038 W36-1 ワークショップ 36 関節リウマチの病因 病態 2 4 月 27 日 ( 金 ) 15:10-16:10 1 第 5 会場ホール棟 5 階 ホール B5(2) P2-203 ポスタービューイング 2 多発性筋炎 皮膚筋炎 2 4 月 27 日 ( 金 ) 12:4

平成 28 年度診療報酬改定情報リハビリテーション ここでは全病理に直接関連する項目を記載します Ⅰ. 疾患別リハビリ料の点数改定及び 維持期リハビリテーション (13 単位 ) の見直し 脳血管疾患等リハビリテーション料 1. 脳血管疾患等リハビリテーション料 (Ⅰ)(1 単位 ) 245 点 2

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1

27 年度調査結果 ( 入院部門 ) 表 1 入院されている診療科についてお教えください 度数パーセント有効パーセント累積パーセント 有効 内科 循環器内科 神経内科 緩和ケア内科

2017年度患者さん満足度調査結果(入院)

Microsoft Word - 届出基準

untitled

Transcription:

中耳疾患とめまい 平衡障害 白戸耳鼻咽喉科めまいクリニック 白戸勝 Vertigo and Dizziness due to Middle Ear Disorders Masaru Shirato Shirato ENT Clinic (Hakodate) はじめに 急性中耳炎 滲出性中耳炎あるいは慢性中耳炎などの中耳疾患は日常遭遇する機会の多い疾患である しかし こと めまい との関連でみると軽視されがちな傾向にあることも否めない しかし実地臨床上 あらゆる中耳疾患はめまい予備軍であるとの疑いをもって診療にあたれば めまいを起こす中耳疾患は思った以上に多いのではなかろうかと考えられる 本報告では過去 9 年間にわたって当科を受診しためまい症例から中耳疾患が原因と考えられる症例を検討した 対象と方法 1) 対象症例 平成 5 年 1 月から平成 13 年 12 月までの 9 年間に当院を受診しためまい患者を対象とし た この間にめまいを訴えて当院を初診しためまい患者は 3,898 例で 今回対象とした中 耳疾患によるめまい新患数は 148 例であった これは全めまい新患数の 3.8% であり 末 梢疾患 3,006 例の 4.9% であった 2) 疾患内訳 対象となった疾患の内訳は表 1 の如くで あった 慢性化膿性中耳炎が最多で 27% で あり 中耳炎後遺症 21% 乾燥性鼓膜穿孔 15% と続いた 耳管狭窄症 滲出性中耳炎 急性中耳炎によるめまい症例もみられた 全 体では活動性炎症 56% 中耳炎の後遺障害 と考えられたもの 44% であった 表 1 中耳疾患分類 1. 活動性炎症 耳管狭窄症 5% 滲出性中耳炎 8% 急性中耳炎 6% 慢性化膿性中耳炎 27% 真珠腫性中耳炎 10% 2. 後遺障害 乾燥性穿孔 15% 中耳炎術後 8% 中耳炎後遺症 21% - 1 -

1) 年齢分布 結 対象症例 148 例のうち男性は 57 例 女 性は 91 例であった 図 1 に活動性炎症と後 遺障害によるめまいの年齢分布を示した どちらも 60 歳台にピークをもつもので一 般のめまい疾患と大差はないが 活動性炎 症 とくに急性中耳炎や滲出性中耳炎によ るものは若年層にもみられた 最年少は 6 歳の滲出性中耳炎症例であった 7 歳 8 歳の急性中耳炎症例もみられた 2) めまいの自覚症状 果 例 40 35 30 25 20 15 10 5 0 活動性炎症 83 例後遺障害 65 例 0 10 20 30 40 50 60 70 80 代 図 1 年齢分布 自覚的なめまい感を問診から聞き出し 浮動性めまい ( フワフワ クラクラしたりする もの ) 動揺性めまい ( グラグラしたり 歩行時ふらつくもの ) 回転性めまいの三つに 大別した 活動性炎症 後遺障害のあいだに大差はみられず回転性めまいが 57~ 58% であ ったが 動揺性めまい 浮動性めまいも少なからずみられた ( 図 2) 各疾患別にみると 耳管狭窄症で浮動性めまいが多く 次いで急性中耳炎例で浮動性めまいがやや多い傾向に あった ( 図 3) 28% 活動性炎症 14% 58% 28% 後遺障害 15% 57% 耳管狭窄症 滲出性中耳炎急性中耳炎慢性化膿性中耳炎真珠腫性中耳炎 回転感浮動感 動揺感 回転感浮動感 動揺感 乾燥性穿孔 中耳炎術後中耳炎後遺症 浮動感動揺感回転感 図 2 めまいの自覚症状 図 3 疾患とめまい感 3) 疾患と難聴程度疾患別の難聴程度を図 4に示した 耳管狭窄症 次いで滲出性中耳炎に軽度までの難聴が多かった 急性中耳炎で中等度 ~ 高度難聴が比較的多いのは内耳炎を併発したと考えられた症例であった 他の疾患では中等度以上の難聴を示す例が圧倒的に多かった 4) 疾患と骨導聴力低下骨導聴力の低下をみると ( 図 5) 耳管狭窄症を除いた疾患に骨導聴力の低下を認めた 滲出性中耳炎でも 42% に 急性中耳炎でも 90% 弱に骨導聴力の低下を認めた 他の疾患でも同様に約 90% に骨導聴力の低下を認めた 5) 疾患と眼振方向めまい時にみられる眼振の方向をみることはその病態が刺激的な状態にあるのか麻痺的な状態 ( 機能低下 ) にあるのかを考える上で重要である 図 6に概要を示した 耳管狭窄症では健側向き眼振を認めた例が 86% であった 急性中耳炎では患側向き眼振を認めた例 - 2 -

が 78% で対照的であった その他の疾患では大差なく 平均すると 60% 弱が健側向き眼振であった なお 瘻孔症状がみられたのは真珠腫性中耳炎 15 例中 8 例 慢性化膿性中耳炎 40 例中 1 例 中耳炎術後 12 例中 3 例であった 6) 疾患と反復性めまい発作が単発性か反復性かを検討した 図 7にその結果を示した 耳管狭窄症は全例単発性であった 急性中耳炎によるめまいも大部分単発性であった 滲出性中耳炎は約半数が反復性であった 他の疾患はめまいを反復する例が多かった 耳管狭窄症滲出性中耳炎急性中耳炎慢性化膿性中耳炎真珠腫性中耳炎 耳管狭窄症滲出性中耳炎急性中耳炎慢性化膿性中耳炎真珠腫性中耳炎 乾燥性穿孔中耳炎術後中耳炎後遺症 乾燥性穿孔中耳炎術後中耳炎後遺症 ほぼ正常軽度難聴中等度難聴高度難聴聾 骨導低下 (-) 骨導低下 (+) 図 4 疾患と難聴程度 図 5 疾患と骨導聴力低下 耳管狭窄症 滲出性中耳炎 急性中耳炎慢性化膿性中耳炎 真珠腫性中耳炎 乾燥性穿孔中耳炎術後 中耳炎後遺症 健側向き頭位眼振 患側向き頭位眼振 図 6 疾患と眼振方向 健側向き自発眼振 患側向き自発眼振 耳管狭窄症滲出性中耳炎急性中耳炎 慢性化膿性中耳炎真珠腫性中耳炎 乾燥性穿孔中耳炎術後 中耳炎後遺症 単発性 反復性 図 7 疾患と反復性 考 案 急性中耳炎 滲出性中耳炎あるいは慢性中耳炎をはじめとする中耳疾患は日常遭遇する機会の多い疾患である しかし ことめまいとの関連でみると軽視されがちな傾向にあることも否めない しかし検査を精密にすれば一般に考えられているよりもその頻度は高いと考えられる 図 8は福田 1) が耳管狭窄症例において 遮眼書字による偏書が 通気後に正常化し た例を示している これは耳管狭窄症に限 図 8 福田精 : 運動と平衡の反射生理 より - 3 -

らず 急性中耳炎や滲出性中耳炎あるいは外耳道の気圧変化でも認められるという 勿論 これらの例はめまいを自覚している例ではない このような軽微な中耳疾患であっても前 庭迷路に影響を及ぼし 潜在性の迷路機能の不均衡を呈していることを明らかにした い かなる軽度の中耳疾患であっても眼振準備状態にあり めまい予備軍であると言える 一方 今村ら 2) 黒木ら 3) は慢性中耳炎の罹患年数が長くなるに従って 難聴の型が伝 音性難聴から次第に混合性難聴になっていくことを報告した また 加納ら 4) は慢性中耳 炎のため鼓室形成術を行った 201 例について その術前の ENG 検査の結果を分析すると 健常者と比べて明らかに高頻度に眼振が認められるという これらの報告は たとえめま いを自覚しなくても中耳の炎症が内耳に及んでいる例が多いことを示している 慢性中耳炎全体では めまいを訴える頻度はほぼ 30% 前後という報告が多い 5)6) 慢性 化膿性中耳炎と真珠腫性中耳炎との比較では真珠腫性中耳炎にめまいを訴える例が多い めまいの有無と骨導閾値の上昇の有無に有意差があるという報告 4) ENG での眼振の出 現頻度は 67% や 54% という報告がある 4)6) 真珠腫性中耳炎に限ると眼振出現率はさらに 高くなる 中耳の炎症は 二つの内耳窓 ( 正円窓あるい は卵円窓 ) を経由するか 真珠腫性中耳炎によ って破壊された内耳骨包 ( 迷路瘻孔 ) を通して 内耳に波及する しかし 中耳疾患によるめま いはこのような直接的な炎症波及による内耳障 害ばかりではなく表 2 に示すような様々な病態 が言われている めまいを訴える患者に中耳炎が存在していた 表 2 めまい 平衡障害の病態 1. 急性びまん性化膿性内耳炎 2. 急性びまん性漿液性内耳炎 3. 迷路瘻孔 ( 限局性内耳炎 ) 4. 内リンパ水腫 5. 中 内耳の圧平衡の変化 6. 中耳炎後遺症としての内耳障害 り 以前に中耳炎罹患を思わせる鼓膜所見 聴力検査所見 X 線検査所見などが得られた 場合 まず第一に中耳炎からの内耳障害の可能性を疑って検索を進めるべきである まとめ 過去 9 年間に当院を受診した中耳疾患に起因するめまい症例 148 例について報告した 1) 疾患頻度は末梢前庭障害のなかで第 4 位 ( 約 5%) であった 2) 内訳は慢性化膿性中耳炎が最多であったが 耳管狭窄症 滲出性中耳炎 急性中耳炎によるものもあった 3) 慢性疾患では中等度以上の難聴を示す例が多かった 4) 耳管狭窄症 滲出性中耳炎を除き 骨導聴力低下を示す例が多かった 5) 耳管狭窄症 急性中耳炎を除き めまいを反復する例が多かった 6) 中耳炎やその後遺症的所見がある場合 まずめまいの第一の原因と考えて検索すべきと考えられた 文 献 1) 福田精 : 遮眼書字法. 運動と平衡の反射生理,pp128-138. 医学書院,1957. - 4 -

2) 今村信秀ほか : 慢性中耳炎における骨導聴力.Audiology Japan,37:555-556,1994. 3) 黒木岳人ほか : 慢性中耳炎における感音難聴の検討. 耳鼻臨床, 補 62: 91-95, 1993. 4) 加納有二ほか : 慢性中耳炎症例の術前 ENG の検討.Equilibrium Res,39:43-48, 1980. 5) 児玉章ほか : 中耳炎手術による自覚症の改善について- 慢性中耳炎にみられる慢性の内耳刺激状態に関連して-. 耳喉,48: 149-153, 1976. 6) 窪斐子 : 中耳手術患者の術前 術後における ENG 検査成績. 日耳鼻,72:1695-1720, 1969. - 5 -