水痘

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症化することからハイリスクとされています VZV は細胞親和性が強く cell-to-cell にウイルスが感染するため ウイルス増殖の抑制には液性免疫よりも細胞性免疫が重要であります このため 特に細胞性免疫機能の低下した宿主においては極めて重篤となり 致死的な経過をたどることが少なくありません

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あり 一人の感染者が周囲の免疫のないヒトに感染させる数である基本再生産数は 10 流行を抑制するための集団免疫率は 90% 以上です 水痘の潜伏期間は通常 14~16 日間です 水痘ワクチンの定期接種が行われている米国では 1 回定期接種を行っていた 1996 年から 2004 年までの間に 水痘患

ハイリスク患者 免疫抑制者における播種性水痘 悪性腫瘍患者の死亡率は 7-17% 成人 妊婦 新生児 肺臓炎 年齢による水痘の頻度と死亡率 0~4 5~14 15~44 45~64 >65 頻度 ( 対人口

ある日の外来で 以下のような患者さんが続けていらっしゃいました 症例 1 7 歳男児昨日より皮疹が出現した 水痘の予防接種は受けている BT 36.8, 頭部 体幹に丘疹 水疱 痂皮など 新旧混在する皮疹を認める市内の小中学校では水ぼうそうが流行っているとのこと 症例 2 70 歳女性 2 週間前か

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検査項目情報 水痘. 帯状ヘルペスウイルス抗体 IgG [EIA] [ 髄液 ] varicella-zoster virus, viral antibody IgG 連絡先 : 3764 基本情報 ( 標準コード (JLAC10) ) 基本情報 ( 診療報酬 ) 標準コード (JLAC10) 5F

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みずぼうそう


3-2 全国と札幌市の定点あたり患者報告数の年平均値流行状況の年次推移を 全国的な状況と比較するため 全国と札幌市の定点あたり患者報告数の年平均値について解析した ( 図 2) 全国的には 調査期間の定点あたり患者報告数の年平均値は その年次推移にやや増減があるものの大きな変動は認められなかった 札

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顎下腺 舌下腺 ) の腫脹と疼痛で発症し そのほか倦怠感や食欲低下などを訴えます 潜伏期間は一般的に 16~18 日で 唾液腺腫脹の 7 日前から腫脹後 8 日後まで唾液にウイルスが排泄され 分離できます これらの症状を認めない不顕性感染も約 30% に認めます 合併症は 表 1 に示すように 無菌

2)HBV の予防 (1)HBV ワクチンプログラム HBV のワクチンの接種歴がなく抗体価が低い職員は アレルギー等の接種するうえでの問題がない場合は HB ワクチンを接種することが推奨される HB ワクチンは 1 クールで 3 回 ( 初回 1 か月後 6 か月後 ) 接種する必要があり 病院の

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妊婦の推定感染経路 2 番目は 妊婦さんの推定感染経路です 2011 年は中国 ベトナムなど海外で感染した夫や本人です 海外からの感染に注意が必要でした ところが 2012 年は夫 同僚から妊婦さんへの感染が認められたので 同居家族 同僚のワクチン接種を勧めるよう喚起しました さらに 2013 年に

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定点報告疾患 ( 定点当たり報告数の上位 3 疾患の発生状況 ) (1) インフルエンザ 第 51 週のインフルエンザの報告数は 1025 人で, 前週より 633 人多く, 定点当たりの報告数は であった 年齢別では,10~14 歳 (240 人 ),7 歳 (94 人 ),8 歳 (

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方法について教えてください A 妊娠中の接種に関する有効性および安全性が確立されていないため 3 回接種を完了する前に妊娠していることがわかった場合には一旦接種を中断し 出産後に残りの接種を行うようにしてください 接種が中断しても 最初から接種し直す必要はありません 具体的には 1 回目接種後に妊娠

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報告は 523 人 (14. 5) で前週比 9 と減少した 例年同時期の定点あたり平均値 * (16. ) の約 9 割である 日南 (37. 3) 小林(26. 3) 保健所からの報告が多く 年齢別では 1 歳から 4 歳が全体 の約 4 割を占めた 発生状況 ( 宮崎県 ) 定

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10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

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Ⅲ 各論 : 任意接種 (2) 水痘 お江南厚生病院こども医療センター長尾 ざき崎 たか隆 お男 キーワード 水痘 水痘ワクチン VZV 帯状疱疹 MMRV はじめに水痘の起因病原体は ヘルペスウイルス科の α 亜科に属している水痘 帯状疱疹ウイルス (varicella-zoster virus;vzv) である VZV はエンベロープを持つ球形 ( 直径 150 200nm) の 2 本鎖 DNA ウイルスであり そのゲノムは約 125,000 塩基から成る その全塩基配列は決定され 71 の遺伝子を持つ VZV の初感染の病像が水痘であり その際 VZV は水疱部位の知覚神経末端から求心性に あるいはウイルス血症により血行性に知覚神経節に到達し 潜伏感染する 潜伏した VZV は 特異的免疫が低下する状況下で再活性化され 神経線維に沿って遠心性に皮膚に到達してその支配領域に帯状疱疹を発症する 水痘は わが国において毎年多数の患者発生をみている 8 10 月に患者が著しく減少し 12 月頃から増加した患者発生は 6 月頃まで続くというパターンを繰り返している 水痘ワクチン市販後および抗ウイルス剤市販後も発生数の有意な減少をみていない ( 図 ) わが国における水痘ワクチンの年間接種者数は 年間出生数の 3 割程度と推定される 水痘罹患のほとんどが小児期である現状から 出生数からワクチン接種数を引いた数に近い約 80 万人が わが国の年間水痘患者数と思われる 1. 水痘の症状 VZV は空気感染 飛沫感染 接触感染により 気道粘膜 眼結膜から侵入し 感受性者に水痘を 小児科定点当たり水痘患者報告数 86

発症させる 感染力は麻疹 百日咳に次いで強く 基本再生産数 (1 人の患者から周囲の感受性者が罹患する人数 ) は約 10 1) 家族内発症率は 80 90% と考えられている 帯状疱疹も感染性はあるが 感染力は水痘より低いと考えられる 水痘の潜伏期は 14 16 日で 軽度の発熱と全身の水疱で発症する 発疹は体幹に多く 顔面 四肢に少ないこと また 丘疹 水疱 痂皮の順序で治癒していくが 同一部位に各過程の発疹が混在することが特徴である 一般には 1 週間くらいで自然に治癒する疾患であるが 悪性腫瘍 ネフローゼ症候群など 抗癌剤やステロイド投与中の免疫抑制状態にある患児が非常に重症となることはよく知られている また 母体の分娩前 5 日 分娩後 2 日の水痘罹患は 重篤な新生児水痘をきたす 2. 水痘の合併症 ( 表 1) 水痘の合併症として最も多いのは皮膚の細菌性二次感染である 起因菌は A 群溶連菌やブドウ球菌によることが多く 膿痂疹 蜂窩織炎 ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群などを生ずる また 劇症型 A 群溶連菌感染症の高いリスク因子は水痘罹患である 成人では重症化傾向があり 成人水痘の約 15% に肺炎を合併する 神経合併症としては水痘脳炎 (1/33,000) 急性小脳失調症 (1/4,000) などがあり さらにインフルエンザとともにライ症候群への関与も指摘されている 母体が妊娠 20 週までに水痘に罹患すると 約 2% の児が先天性水痘症候群 ( 皮膚瘢痕 骨と筋肉の低形成 白内障 眼奇形 小頭症 精神発達遅延など ) を発症する 2) 3. 水痘ワクチンの効果 1) 水痘ワクチン 1974 年 Takahashi らによって水痘予防のための弱毒生水痘ワクチン (Oka 株 ) が開発され 3) わが国では 1987 年 3 月より広く小児に接種されている 現在 世界中で使用されている水痘ワクチンは すべて Oka 株ワクチンである ワクチン 表 1. 水痘の合併症 1) 皮膚の細菌性二次感染 ( 5%) 膿痂疹 蜂窩織炎 ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群 起因菌は A 群溶連菌またはブドウ球菌 小児の劇症型 A 群溶連菌感染症の高いリスク因子 (15 30%) 2) 神経合併症 脳炎(1/33,000) 急性小脳失調症(1/4,000) インフルエンザウイルスとともに Reye 症候群への関与が指摘 その他: 横断性脊髄炎 末梢神経炎 視神経炎 3) 先天性水痘症候群 皮膚瘢痕 骨と筋肉の低形成 白内障 眼奇形 小頭症 精神発達遅延など 母体の妊娠 20 週までの水痘罹患により約 2% に発生 4) その他 肺炎 ( 成人水痘の約 15%) 肝炎 血小板減少性紫斑病 腎炎 関節炎 心筋炎 心嚢炎 膵炎 睾丸炎など 株と野生株 ( ワクチン親株を含む ) との間に 転写調節に重要な役割を持つ gene62 において違いのあることがわかり 4) その部位の検索によりワクチン株と野生株との鑑別が可能となっている 2) 水痘ワクチンの抗体反応と安全性水痘ワクチンの IAHA( 免疫粘着赤血球凝集反応 ) 抗体陽転率は 95% 前後と高く 良好な免疫原性を有するワクチンである 5,6) わが国では図に示されるように水痘流行が常在しており 野生株による不顕性感染 ( ブースター効果 ) がワクチンの免疫効果を長期間維持させている アメリカの水痘ワクチン (Oka/Merck 株 ) 接種成績においても gpelisa( 酵素免疫測定法 ) 抗体陽転率は 86 96% と良好であったが FAMA 法 ( 細胞膜抗原蛍光抗体反応 ) で測定すると 76% 7) であったとする最近の報告もある 水痘ワクチンは発熱等全身性副反応が少なく 安全性の高いワクチンと考えられる かつて水痘ワクチン接種後のアナフィラキシーの報告が散見され 安定剤として含まれていたゼラチンに対するアレルギー反応と考えられた わが国の水痘ワクチンは 2000 年 1 月からゼラチン非含有製剤 (Lot No.VZ- 11 ) に変更され 以降接種後の重篤なアナフィラキシーの報告はみられていない 6) 87

3) 水痘ワクチンの予防効果水痘ワクチン接種者の一部に接種後水痘罹患がみられることはよく知られており 我われの追跡調査でも接種者の 21.0% にみられた 5) わが国における接種後罹患率の報告は 6.2 12.3% 8) から 34.2% 9) まで幅広いが 多くが軽症に経過する 当院における接種後罹患の調査でも 発疹数が数個みられたのみが 61% と非常に軽症に経過していた 5) アメリカからも同様の報告が出されており 感染暴露後の水痘発症予防効果 ( 軽症も含む ) は 80% 前後と考えられている 水痘の発症予防効果により その合併症の減少も期待できる 水痘は 小児の劇症型 A 群溶連菌感染症の高いリスクファクター (15 30%) である ワクチン接種率の高いアメリカにおいて 小児における水痘関連劇症型 A 群溶連菌感染症の減少が報告されている 10) 水痘罹患後に VZV が知覚神経節に潜伏するルートとしては 水疱皮疹部から末梢神経を介するルートが主要ルートと考えられている ワクチン接種後には水疱がほとんど見られないので ワクチン接種は帯状疱疹の発生も減少させると考えられている しかし 近年わが国やアメリカにおいて 注射部位領域を中心に出現するワクチン株の帯状疱疹例が報告されており 11) 帯状疱疹に対する効果については今後の検討課題である 4. 水痘ワクチン接種の実際水痘ワクチンは 予防接種法による定期予防接 種ではなく 任意接種ワクチンで接種する 接種対象者は 1 歳以上の水痘既往歴の無い者であり 0.5ml を 1 回皮下注射する 急性白血病や悪性固形腫瘍患者 ステロイド使用中のネフローゼ患者など 水痘罹患が危険と考えられるハイリスク患者にも接種可能である 妊婦への接種は禁忌であり 約 1 か月間の避妊後に接種すること および接種後 2 か月間は妊娠しないように注意させることが必要である また 高齢者へのワクチン接種で VZV に対する液性および細胞性免疫の増強が認められており ( 表 2) 12) 免疫能が低下した高齢者にも接種できる 感染暴露後の緊急接種により 発症を阻止することも可能である 水痘患者との接触後 72 時間以内に ワクチンを接種することが必要である 13) 皮下注射で投与されたワクチン株により免疫が早く誘導され 野生株の増殖が抑制されると考えられている 5. 水痘ワクチンの課題 1) 定期接種化約 30% と推定されるわが国の水痘ワクチン接種率では 水痘患者発生の減少が一向に見られない 接種率を上げるには 定期接種化し 公費負担による無料での接種が必要と思われる 厚生労働省において定期接種化に向けての検討がなされており その実現が望まれる 2)2 回接種法水痘ワクチン接種者の約 20 30% が その後 水痘皮内抗原テスト 陰性者 * ** 弱陽性者 表 2. 成人 高齢者への水痘ワクチン接種による免疫増強効果 水痘皮内反応 ( 平均長径 mm) 接種前 接種後 平均抗体価 (n=67) IAHA 法 gpelisa 法接種前接種後接種前接種後 50 歳 59 歳 (n=26) 3.3 15.3 35.2 62.8 3,474 9,872 (P<0.001) (P=0.001) (P<0.001) 60 歳 69 歳 (n=20) 3.5 12.4 39.4 64.0 4,365 8,710 (P<0.001) (P=0.001) (P<0.001) 70 歳 79 歳 (n=21) 3.1 8.6 27.2 39.9 3,331 6,036 (P<0.001) (P=0.134) (P=0.001) * 陰性 :<5mm ** 弱陽性 :5 9mm ( 文献 12. より一部改変 ) P:Paired Student's t-test 88

軽症ではあるが水痘に罹患する アメリカでは 1995 年 3 月に Oka/Merck 株ワクチン (Varivax ) が認可され 1 歳以上全員が対象の universal immunization program により接種が行われてきた 水痘ワクチンの 2 回接種により 接種後罹患が約 7 割減ったことが報告され 14) 2007 年に 12 15 か月時と 4 6 歳時の 2 回接種法に変更された わが国においても 定期接種化と共に早急に検討すべき事項と思われる 3) 混合ワクチンアメリカでは 2005 年 9 月に MMRV( 麻疹 ムンプス 風疹 水痘の 4 種混合生 ) ワクチン (ProQuad ) も認可されており MMRV ワクチンによる 2 回接種も行われている 利便性は高いが 熱性痙攣の発生頻度が MMR ワクチンとの同時接種より高いのではないかとの懸念もあり MMRV ワクチンに統一されてはいない 15) 4) 帯状疱疹予防 VZV の再活性化によって発症する帯状疱疹は全人口の 10 20% が罹患するといわれ 最も困難な症状は加齢とともに発生頻度を増す帯状疱疹後神経痛である 高齢者への接種で細胞性免疫の増強が認められることから 12) 水痘ワクチンの帯状疱疹予防効果も期待される 2005 年に Oxman ら 16) によって 60 歳以上の高齢者接種が 帯状疱疹および帯状疱疹後神経痛に対しそれぞれ 51.3% と 66.5% の有効率で予防効果ありと報告された その報告に基づき アメリカでは 60 歳以上の高齢者への水痘ワクチン (Zostavax ) 接種が勧奨されている おわりに水痘に対する最も確実な感染対策は 小児への水痘ワクチン接種を徹底し わが国から水痘を排除することである 約 30% と推定されるわが国の水痘ワクチン接種率では 水痘患者発生の減少が一向に見られない 水痘をわが国から排除するには 90% 以上の高い接種率を維持することが必要と思われる 1) そのためには 水痘ワクチンの定期接種化の早期実現が望まれる 文献 1. 庵原俊昭 小児感染症の基本的考え方 日小皮会誌 25(2):93-96 2006 2.Pastuszak AL, Levy M, Schick B, et al, Outcome after maternal varicella infection in the first 20 weeks of pregnancy, N Engl J Med, 330(13): 901-905, 1994 3.Takahashi M, Otsuka T, Okuno Y, et al, Live vaccine used to prevent the spread of varicella in children in hospital, Lancet, 2(7892):1288-1290, 1974 4.Gomi Y, Sunamachi H, Mori Y, et al, Comparison of the complete DNA sequences of the Oka varicella vaccine and its parental virus, J Virol, 76(22):11447-11459, 2002 5.Ozaki T, Nishimura N, Kajita Y, Experience with live attenuated varicella vaccine(oka strain)in healthy Japanese subjects; 10-year survey at pediatric clinic, Vaccine, 18(22): 2375-2380, 2000 6.Ozaki T, Nishimura N, Muto T, et al, Safety and immunogenicity of gelatin-free varicella vaccine in epidemiological and serological studies in Japan, Vaccine, 23(10):1205-1208, 2005 7.Michalik DE, Steinberg SP, Larussa PS, et al, Primary vaccine failure after 1 dose of varicella vaccine in healthy children, J Infect Dis, 197(7): 944-949, 2008 8.Asano Y, Varicella vaccine: The Japanese experience, J Infect Dis, 174(Suppl3):S310-313, 1996 9.Takayama N, Minamitani M, Takayama M, High incidence of breakthrough varicella observed in healthy Japanese children immunized with live attenuated varicella vaccine (Oka strain), Acta Paediatr Jpn 39(6):663-668, 1997 10.Patel RA, Binns HJ, Shulman ST, Reduction in pediatric hospitalizations for varicella-related invasive group A streptococcal infections in the varicella vaccine era, J Pediatr, 144(1):68-74, 2004 11.Galea SA, Sweet A, Beninger P, et al, The safety profile of varicella vaccine: a 10-year review, J Infect Dis, 197(Suppl2):S165-169, 2008 12.Takahashi M, Okada S, Miyagawa H, et al, Enhancement of immunity against VZV by giving live varicella vaccine to the elderly assessed by VZV skin test and IAHA, gpelisa antibody assay, Vaccine, 21(25-26):3845-3853, 2003 89

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