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Med. Mycol. J. 真菌誌第 55 巻第 3 号 Vol. 55J, J 97 J 105, 2014 2014 年 J 97 ISSN 2185 6486 総 説 環境真菌と生態 高鳥浩介 NPO 法人カビ相談センター 要 旨 環境真菌は室内や室外問わず普遍的に生息している. 環境真菌の生態は環境に限らず, 健康への影響も強くかかわってくることから無視することができない. とりわけ, 生活周辺での環境真菌は近年健康被害を及ぼすことが報告されるようになり, その生態を理解することが重要となってきた. 本稿では, 環境真菌の生活周辺での生態をまとめ, 主要な環境真菌について述べた. また環境真菌と健康にかかわる現象についてまとめた. Key words: 環境真菌, 室内環境, 生態 はじめに健康と環境にかかわりの深い真菌は生活周辺に普遍的に生息している. こうした環境真菌の多くは人や動物周辺で何らかの影響, 危害を及ぼさない限り, ほとんど意識されることはなかった. しかし, 従来から知られてきた環境真菌が生活周辺に限らず, 生体に危害を及ぼす影響は無視できなくなってきたことから, 環境真菌の生態が注目されている 1). 環境真菌に関する研究は, 本邦では空中真菌の研究が 1970 年代から精力的に調査されてきた 2). その後室内環境のさまざまな場での研究がなされており, 本稿では生活環境にみる真菌の生態をまとめてみたい. 養分移動などがあり, 最終的には菌糸から代謝産物を放出する. また生活環をみると, 生殖細胞の胞子から発芽し菌糸形成, さらに, 生殖細胞の胞子を産生する姿をとる. 生活環境周辺で分布および汚染頻度の高い Cladosporium,Penicillium は環境真菌であり, まさにこの生活環を有し, 多量の胞子を形成し, 容易に空中へと飛散する 3, 4). このように環境真菌の存在は, 目視で確認できない付着の状態から汚染へと進み, ここで初めて目視確認ができる. 生活環境周辺では, この付着と汚染は普遍的な現象としてみることができる.. 室内および室外真菌. 環境真菌環境真菌とは, 自然界に広く生息する真菌群であり, 生態として人から見た場合, 室外および室内環境で普遍的に生息する真菌である. 環境真菌の多くは, 糸状菌と酵母である. 糸状菌は胞子, 菌糸から構成され, 生殖細胞の胞子により発育し, 酵母は出芽により細胞を増殖させる一群である. 真菌は, 一般にその発育過程が好気的な環境で従属栄養を特徴とする微生物である. 環境真菌として様々な影響を及ぼす糸状菌は, 菌糸先端 spitzen körper の活性から先端成長が進み, 酵素分泌と養分摂取し, 細胞間の 環境真菌として室内および室外環境に分け, その環境での真菌について, その概要を Fig. 1,2 にまとめた. 室内環境と真菌の関係は, ヒトの生活行動が最も影響する. 室内環境のいたるところで真菌をみるが, 一般に目視で確認しやすい箇所として, 浴室, 洗面所, トイレ, 台所, 押入れ, 靴箱, 床下収納などがある. これらの共通する環境は湿気と高温である 5). また, 結露のみられる窓や壁面も真菌の生息しやすい環境である. しかし目視では確認され難いダスト, 室内空気, 衣類 寝具, 動物などの影響を受ける環境や家具, 器物などの什器でも真菌は少なからず確認される. 本来室内環境の多くの場所は乾燥しており, そのため乾燥系真菌が優勢となる. 別冊請求先 : 高鳥浩介 145-0067 東京都大田区雪谷大塚町 13-1 NPO 法人カビ相談センター takatori@kabisoudan.com

J 98 日本医真菌学会雑誌第 55 巻第 3 号平成 26 年 Fig. 2. 室外環境真菌 Fig. 1. 室内環境真菌 例えば, 室内環境で普遍的な分布は耐乾性, 好乾性真菌である Aspergillus, Penicillium, Eurotium などが主体で, そこに湿気の強い浴室などの場所で好湿性真菌の Cladosporium, Rhodotorula などが分布する. 一方, 室外環境をみると土壌, 植物などの影響から真菌分布は室内環境と著しく異なり, 多様な真菌が生息している. 環境にもよるが, 通常は好湿性真菌が多くなり, Fusarium, Rhizopus, Alternaria, Aureobasidium, Trichoderma など土壌由来真菌である. 住宅室内の真菌住宅の室内には数多くの微生物が生息している. その微生物は, 住宅環境やヒトと深くかかわりながら住宅に分布している 6). 住宅構造が気密化するほど室温は一定の温度を保つことができ, 一昔前の風通しの良い住宅ではなく, 閉鎖的な室内環境となってしまう. 高気密化はある面で快適空間を作り, 表面的には過ごしやすさを作り上げるが, 一方では高気密化は湿度に影響を及ぼすことになりかねない. そこに環境真菌の問題が表れてくる. とりわけ近年の住宅で, この問題は真菌に及ぶことが多い. すなわち, 快適性であるがゆえに環境真菌による被害が起こってくる. 住宅でこの種の問題の多い場所として浴室があり, 以下洗面所, キッチン, 和室, 寝室, 玄関などである. ここでは, 住宅でもっとも真菌が問題となる浴室に限って環境真菌をまとめてみたい. 浴室の真菌浴室はもともと高湿度となる環境であり, 真菌にとって発育に都合の良い場所である. 構造的に樹脂, 木質, コンクリート, 目地などのような素材が使われ, 真菌にとって都合の良い素材でもある場合が多い. 湿性環境が続いた場合, 普遍的に生息する環境真菌の発生する機会が日常化する. 排水溝, 石鹸, 洗剤, 体表の垢が相乗的に汚染を助長するようになる. 浴室ではおもに好湿性真菌の Cladosporium, Phoma, Scolecobasidium, Exophiala, Alternaria, Geotrichum, Acremonium, Au- Fig. 3. 室内空中真菌 reobasidium, Candida, Rhodotorula, Trichosporon などが多い 7). 空中真菌空中真菌は, 時間や環境により分布する真菌種や菌量が大きく異なる. 生活環境の場である室内での空中真菌は, 四季のある本邦では, その影響を受けて空中飛散する真菌分布の様相も異なってくる 5, 8 10). 一般住宅の室内空中真菌 ( 落下法 ) について経年でその推移をみると, きわめて特徴あるパターンがみられる. すなわち,1 月から 3,4 月頃までの真菌数はきわめて少ない状況が続き, 暖かくなる 5 月前後から空中真菌は増加し始め, 梅雨になる 6 7 月になるときわめて真菌数が多くなる現象が起きている. しかし猛暑の続く 8 月にいったん減少傾向がみられるが, その後の 9 10 月にまた空中真菌数が多くなり,11 月前後から再び減少の推移をたどる空中真菌の二峰性が毎年繰り返されている (Fig. 3). その要因が何であるかを知るために, 主要真菌種について検証した. 室内真菌として主要な Cladosporium, Penicillium 以外に Alternaria, 酵母, 無胞子性真菌 Mycelia に限って年間推移を Fig. 4 にまとめた. 室内真菌の推移で多くなる 6,7 月の梅雨,9,10 月の秋をみると量的には, 通常主要である Cladosporium,

真菌誌第 55 巻第 3 号 2014 年 J 99 Fig. 4. 空中真菌の季節変化 Fig. 6. 長期にわたりたまったダスト中の真菌数 (CFU) Fig. 5. ダスト中の真菌数 Penicillium に加えて, 梅雨時に無胞子性真菌 Mycelia がきわめて多くなる傾向が例年続いていることがわかる.Mycelia は本来室外由来の真菌で土壌や植物に腐生するが, おそらく気候の変化に伴って多量飛散することで室内に入り込むものといえる. 無胞子性真菌はおもに白色で, 菌糸状の発育をするが, 多量の場合または湿気の強い箇所で発生すると臭気を発する特徴がある 11). ダスト室内真菌で空気以外の要因に挙げられるダストの真菌も重要である. 掃除機から回収したダストの真菌について,10 家庭から採取して定量した. ダストは乾燥基質であるため, 真菌用の一般培地であるポテトデキストロース寒天 (PDA) 培地に加えて, 好乾性真菌検索用の M40Y 寒天 (M40YA) 培地を加えて調査した結果が Fig. 5 である 12). この図からわかることは, どの家庭のダストからも共通してグラム当たりほぼ 10 5 10 6 CFU ex 10CFU 確認されることである. この真菌数をみる限り, きわめて多くの真菌がダストに生残していることになる. 一方, 掃除機以外で見逃されやすいダストもある. それは掃除で回収できないタンスなど什器等の側面や裏側, 天井部に残るダストである. 前述と同じように 10ヵ所から回収して真菌を調べたところ, 各家庭で多少の差があるが, グラム当たり 10 4 10 6 CFU ex 10CFU 確認された (Fig. 6). 掃除機に比べて真菌数に差がみられるのは, ダストの 古さ が原因と考えられる. ここでは主要な真菌種を示していないが, ダストにみる真菌の多くは Penicillium, Aspergillus, Eurotium, Wallemia である. 大量の真菌がダスト中に存在することから生体への影響は無視できない.

J 100 日本医真菌学会雑誌第 55 巻第 3 号平成 26 年 Fig. 7. 寝具の真菌 Fig. 8. 書籍の真菌 いずれにしても, 生活環境でのダストと真菌の関係は無視できないものといえる. 寝具寝具として掛け布団, 敷き布団, 枕の真菌を比較した 13). いずれも糸状菌の多いことは他の生活品と同じであるが, 酵母の比率も高くなる. 個々では, 生体に常在する Malassezia と同じく Rhodotorula, Candida も合わせるとさらに比率が高くなる (Fig. 7).Malassezia は10 16% であり, 明らかに生体由来といえる. 同じく Candida 等も 10% 前後であり, いずれも寝具は生体にかかわる真菌が特徴となる. ジュータン, カーペットジュータンやカーペットでは, 耐乾性真菌と好乾性真菌が多くなる 14). 耐乾性真菌として Aspergillus 多種と Penicillium がみられ, 好乾性真菌の Aspergillus restrictus, Eurotium, Wallemia も多い. ジュータンやカーペットの場合, 真菌とダニの関係があり, アレルゲンとして知られる. フローリング, 畳床材であるフローリングや畳での菌数は, 一定面積あたりのダスト量に差がみられ, フローリングでは少ない 14). ダスト量あたりの菌数に差はないが, 一定面積での菌数はフローリングのほうが少ない. 空調機空調機の真菌はダストの付着と関係し, フィルターやフィンでの汚れと真菌が関係する 15). 季節的な差が多少みられ, 夏季使用した場合, 空調機内部の冷却器材から好湿性真菌が多く, 冬季使用した場合, 耐乾性真菌や好乾性真菌が多い傾向にある. 空調機にダストが多いほど真菌も多くなり, 吹き出し時には多量のダストを飛散させることから, フィルターの定期的な清掃が求められるのは, 真菌除去という観点からも大切なことである. 加湿器室内環境で乾燥する季節に使用頻度の高い加湿器は, 使用方法や容器の清掃如何により好湿性真菌が多くみられる. 特に空中噴霧することから, 呼吸器系とのかかわりがある酵母や黒色系真菌である Aureobasidium, Exophiala, Cladosporium が多い. その他生活関連用品室内に多い書籍, メガネ, カメラ, プラスチック製品, 皮革製品, 衣類を含めた繊維製品などと真菌の関係も無視できない. これらは乾燥用品であるが, 管理次第で長期の期間を要して発生しやすい真菌がある. 好乾性真菌がそれで, その代表が Aspergillus restrictus である. 例えば, 家庭に限らず図書館, 博物館などにある書物でこの真菌が発生する事例が多くみられるようになってきた (Fig. 8). 好乾性真菌の Eurotium や Wallemia も同様に汚染する事例が多い. このように真菌は, いつも湿った場所だけに発生するとは限らず, 真菌種により発生環境が異なる. 住宅の構造と微気象住宅周辺をみた場合, 室内に限らず真菌は室外でも発生しやすい. その要因として住宅の構造がある.Fig. 9 に示したように, 近年の住宅構造と従来の構造で大きな相違がみられる. 床下構造で通気性の見方からすると, 従来のほうがより通気性があり, 今日の構造は快適性を求めた床下構造で通気性が弱い. そのため床下の湿度が高くなりやすい. これは環境真菌にとって発生しやすい状況となり, 現実にこの問題が住宅で起こっている. 発生しやすい真菌は土壌由来の好湿性真菌, とりわけ健康被害とかかわる木材腐朽菌が多い. このように住宅周辺での真菌をみると, 室外と室内分布差があるのと同じように, 同一室内でも分布差をみることがある. 室内の中央と壁面上方や下方, 通気性, 淀み, 空気の流れなどが同じ室内でみられると温湿度差が生じる. 特に湿度差が大きくなる例が多い. これを微気

真菌誌第 55 巻第 3 号 2014 年 J 101 Fig. 10. 居住環境の微気象 ( 相原原図 ) Fig. 9. 住居環境の変化 基礎工法の変化 Fig. 12.Penicillium による靴への被害 Fig. 11. 住環境の真菌マップ象としてみることができる (Fig. 10). 室内中央で 70% であっても壁面下方や床隅で90% 以上になり, 真菌の発生は起こる. 閉鎖空間であるほどにこの現象がよくみられ, 季節的な現象として結露もその一つである. 室内真菌分布室内 室外環境での真菌をみてきたが,Fig. 11 に真菌マップとして全体をまとめた 16, 17). この図からわかることは, 室内 室外共に乾燥環境や湿性環境があり, そのために分布する真菌も異なることである. 本来真菌は土壌を発生源として空中飛散し, 室内外周辺に伝播する. その場が真菌にとって都合の良い場所であれば発生する. これを考えると真菌は生活周辺で普遍的な分布をとっており, 発生は一つの現象でしかないことになる.. 生活環境に多い真菌生活環境にみる真菌は, 多種多様である. そのなかでとりわけ広く分布し, 発生する真菌についてまとめてみたい. Penicillium: 室内で主要な真菌である. 分布に限らず汚染性が強く, 押入れ, 靴 (Fig. 12), 書籍, 衣類などや乾いた場所や湿った場所に多い. 分布や生物性状は,Aspergillus と共通することが多い. 明らかに異なる点は温度抵抗性であり,Penicillium では 30 以上で発育不良となる. ダスト, 空中, 繊維, 木材, 穀類に多く, アレルゲンとして重視される真菌の一種である 3). 発生は, 高湿環境から乾燥状態になり始めると起こりやすく, その発生過程で多量の胞子を産生するようになる. そのため室内で容易に飛散することで二次汚染しやすい. 臭気を出す種が多いことから, 健康上の問題として重視すべき真菌である. Cladosporium: 室内で主要な真菌であり, 空中や付着の状態で広く分布している (Fig. 13). また室内外での汚染性も強く, Fig. 14 に示したように湿性場所での主要な真菌でもある 18, 19). 代表種として 2 種あり,C. cladosporioides および C. shaerospermum がある. 中温性 好湿性であり,30 以上および水分活性 0.90 以下で発育が弱くなる 20) (Fig. 15). 湿性, 水系の環境に多く, 土壌, 植物, 空中, 繊維, 紙, 木材, 皮革, ダスト, 油剤, 目地, 工業材料 ( プラスチック ), 食品など著しく広い分布をとる. ものに対する有害性では汚染, 劣化を助長すること, また量的に多い場合はアレルゲンとして無視できない真菌である.

J 102 日本医真菌学会雑誌第 55 巻第 3 号平成 26 年 Fig. 13. 空中 付着真菌の Cladosporium の割合 Fig. 14. 汚染部位からの検出真菌 Fig. 15. 温度 水分活性試験 (Cladosporium) 発生は湿性な場合に限って起こり, 基質の水分を利用しながら基質内へと侵入する. Aspergillus: 汚染は, 靴や皮革, 樹脂類など, 比較的乾いた場所に多くみられる. 自然界に広く分布する代表的な真菌であり,A. flavus, A. fumigatus, A. niger, A. versicolor, A. restrictus などが主要である 17). Aspergillus はヒトに対してアレルギー, 感染症および中毒を引き起こす 21). 中温性 高温性, 耐乾性 好乾性であり, ダスト, 土壌, 食品 ( 乾燥穀類 ), 繊維, 紙, 木材, 皮革, プラスチックなどに分布する. Aspergillus で健康被害とかかわる種は多いが, 住宅素材で被害を起こしやすい種に A. versicolor がある. この真菌は新建材に多く, 新築時に湿気を含んだ状態であると発生し,Penicillium 同様に多量の胞子を飛散することで二次汚染しやすい. Eurotium: 乾燥基質や環境で長期にわたり生存できる好乾性真菌である. 中温性であり, ダスト, 畳, 繊維, 紙, 木材, 皮革, 土壌, 空中, 食品 ( 乾燥穀類 ) など分布は広い. 紙, 皮革, 衣類などに劣化を起こし, アレルゲンとしても重視される 17). Fusarium: 水系や湿性環境に多く分布する. 中温性, 好湿性真菌 であり, 浴室, 洗面所, 台所, 結露部などの壁面や基質を汚染する. 植物 ( 野菜 果実 ), 空中, 繊維, 木材, 食品などに多い. 着色する性質をもつ. Alternaria: 湿性環境に多く分布し, 汚染すると黒褐色を呈する. 中温性, 好湿性である.Cladosporium とほぼ同じ生態分布をとり, 木材, 植物繊維原料, 空中, 土壌などに多い. 薬剤や紫外線に対して抵抗性のある真菌である. 繊維分解性真菌 (Trichoderma, Chaetomium): 湿性環境に広く分布し, 発育がすみやかで酵素活性の強い真菌として知られている. 中温性, 好湿性であり, 土壌, 植物, 繊維, 木材, ダスト, 湿性食品に広く分布する. 住環境では木材, 繊維を劣化させる木材腐朽菌であり, 床下での木材を劣化させることがある. 発生することで特有の臭気を放つ.Trichoderma は特におが屑で発生すると短期間で大発生することから, キノコ栽培では危害真菌として重視されている. 接合菌 (Rhizopus, Mucor, Absidia, Mortierella): 発育の速やかな一群である. 菌糸が無隔壁であり, 発育すると菌糸状で発生する. 中温性 高温性, 好湿性であり, 土壌, 湿性食品に広く分布し, 湿気の強い場所で発生が知られる. 黒色真菌 (Aureobasidium, Exophiala): 水系や高湿環境に広く分布する暗色系真菌であり, 浴室, 洗面所, 台所の排水溝で普遍的にみられる. 水のたまりやすい箇所で蛇口先端部, 浴槽, 洗濯槽に付着することがある. 好湿性, 中温性である. 好ケラチン性真菌 (Microsporum, Trichophyton, Chrysosporium) 硬蛋白のケラチンを利用する真菌として代表的な真菌を記載したが, ほかにも多種真菌が知られている. 環境真菌として土壌に普遍的に分布する Microsporum gypseum は,hair baiting 法で容易に分離される. 土壌でも動物の被毛が多いところでは, 好ケラチン性真菌の Microsporum や Chrysosporium が多い. 酵母 (Rhodotorula, Candida, Trichosporon): 生息は水系, 好湿環境に多い. 水系由来とヒト由来が

真菌誌第 55 巻第 3 号 2014 年 J 103 Table 1. 室内環境にみる主要真菌の臭気成分 主要真菌 Aspergillus Chaetomium Penicillium Cladosporium Trichoderma 放線菌 臭気成分 ジェオスミン,2- メチルイソボルネオール, テルペン,2- エチルヘキサノール,3- メチルフラン, 3- オクタノンなど ジェオスミン, - メチルイソボルネオールなど ジェオスミン, キシレン,2- メチルイソボルネオール, テルペン,3- メチルフラン, リモネン, ジメチルベンゼンなど エーテル, テルペン,3- メチルフランなど ジェオスミン,2- メチルイソボルネオール, フェニルアセトアルデヒドなど ジェオスミン,2- メチルイソボルネオール, カラメン,δ- エレメンなど Cladosporium Fusarium Aspergillus Ulocladium Fig. 16. 蛍光法による真菌の生死細胞評価 多く, 生活環境では普遍的な分布をとる. 中温性 高温性, 好湿性である. Rhodotorula は赤色を呈し, 浴室, 台所, 洗面所の水系に好んで分布する代表的な酵母で, 黒色真菌と同じ生態である. Candida は土壌やヒト由来が多く, 生活環境や食品などに広く分布する.C. albicans が主要菌種である. Trichosporon は水系や好湿性環境に広く分布する.. 環境での真菌の活性環境真菌は自然界に普遍的に生息する菌群であるように, それぞれの真菌がその環境で適応しながら活性を維 持している. 病原性真菌では生体の体温か, それ以上の高温で発育することで感染するが, 環境真菌では自然界の気温に適した温度域で生息している. 環境真菌として多い Cladosporium, Penicillium が良い例で, 温度域は 30 前後が発育限界にある 20) (Fig. 15). さらに各真菌の項で記載してきた湿度に関しても環境真菌は好湿性, 耐乾性, 好乾性といった特異な性質を有している. 環境真菌といえ好湿性ばかりではなく, 乾燥に抵抗し, 多少乾燥気味を好む真菌も多い. 書籍, 衣類, 皮革などはこうした真菌によって被害を受けやすい. 真菌は発育により臭気を発生する. その臭気は嗅覚で感じるものとそうでない成分があるように多様である. 生活環境に多い真菌で知られている臭気成分を Table 1

J 104 日本医真菌学会雑誌第 55 巻第 3 号平成 26 年 境と健康問題がクローズアップされ, 環境真菌による健康被害も急速に注目されてきた. 生活環境が快適になるにつれ, 普遍的に生息する環境真菌による健康被害が現実に起こっていることから, 今後は普段意識することの少ない環境真菌の存在を少しでも理解していただければ幸いである. 文 献 Fig. 17.Alternaria の発芽率にまとめた. なお, 表には臭気を発生する放線菌を参考として記載した. 真菌特有の臭気もあるが, この臭気は基質によって異なる. 環境での細胞の活性 不活性は発生伝播にかかわる. 一般に真菌細胞は他の微生物細胞に比べ長期に活性を維持することが知られている. 筆者らは真菌細胞の活性 不活性を蛍光法で検討したところ, 環境には多くの死細胞も存在していることがわかった (Fig. 16). この死細胞は培養で発育しないことで汚染の被害はないが, 一方で, 死細胞といえどもアレルゲンとして重視され. 生細胞に限らず, 健康面から死細胞の分布も重視されねばならない. 環境真菌の多くは 30 以上での活性が弱いか, ないことが知られている.Alternaria も33 35 以上になるとほとんど集落を形成しなくなる. ところが初期発芽能を調べると 35 以上になっても十分に活性維持し, 発芽がみられる (Fig. 17).Alternaria の発芽能が初期の段階で短時間に起こることは生体内でもこの現象は起こり得ることであり, 感染としてよりもアレルゲンとして重視する必要がある. 多くの環境真菌は健康面からもこのような微視的な活性現象が起こっている事実があり, 今後医学的見地から検討されることを期待する. まとめ生活環境周辺にみる真菌を 環境真菌と生態 と題してまとめた. 環境真菌はまさに普遍的な分布をとるものであり, 日常生活ではほとんど健康被害と関係なく扱われてきた. 環境真菌は, その被害に対する認識として, 劣化, 汚染, 腐朽, 悪臭, 着色など環境や基質に対してであり, 健康に対するそれはほとんど認識されてこなかった過去がある. しかし, 環境真菌といえども健康問題は無視できなくなり, 本学会など医学分野で広く見直されるようになってきた. 環境真菌と健康被害の問題が学会等で議論されるようになってきたのは 1990 年代半ば以降で, 生活環 1)Hurst CJ, Crawford RL, Garland JL, Lipson DA, Mills AL: Manual of Environmental Microbiology. pp.36-75, ASM press, Alabama, 2007. 2) 降矢和夫, 宮本昭正, 信太隆夫 : 空中真菌胞子の分布. アレルギー 21: 77, 211, 1972. 3) 高鳥浩介, 相原真紀 : カビとアレルギー. アレルギー 免疫 7: 32-37, 2000. 4) 高鳥浩介, 相原真紀 : 住環境と真菌アレルゲン. 健康創造研究会誌 2: 27-34, 2003. 5) 高鳥浩介 : カビによる建築汚染. 空気清浄 37: 376-379, 1999. 6) 秋山一男, 安枝浩, 長谷川真紀, 前田裕二, 高鳥浩介, 田中辰明, 阪口雅弘, 山下義仁 : 住宅内環境中のアレルゲン量と気管支喘息発作出現, 重症化との関連の研究 喘息症状改善のための屋内環境整備をめざして. 住総研研究年報 24: 257-266, 1997. 7) 久米田裕子, 高鳥浩介 : 室内環境とカビ 環境性カビ. ビルと環境 119: 6-10, 2007. 8) 高鳥浩介, 太田利子, 李憲俊, 秋山一男, 信太隆夫 : アレルギー関連真菌, 真菌誌 35: 409-414, 1994. 9) 高鳥浩介, 相原真紀 : 病原性真菌の今日的意味 4. 真菌とアレルギー. 化学療法の領域 20: 351-355, 2004. 10) 高鳥浩介 : 生活環境と真菌, アレルギー科 20: 478-485, 2005. 11) 高鳥浩介監修 :Mycelia. カビ苦情 被害管理マニュアル第 1 巻, pp.61-64, NPO 法人カビ相談センター, 東京, 2011. 12)Takatori K, Lee H-J, Ota T, Shida T: Composition of the house dust mycoflora in Japanese houses. In Health Implication of Fungi in Indoor Environments (Samson RA ed)pp.1-8, Baarn, Holland, 1992. 13) 大砂博之, 池澤善郎, 北村和子, 大沢純子, 小菅旬子, 高鳥浩介 : 寝具類の真菌分布と布団洗濯による真菌除去効果. アレルギーの臨床 17: 64-67, 1997. 14)Takatori K, Saito A, Yasueda H, Akiyama K: The effect of house design and environment on fungal movement in homes of bronchial asthma patients, Mycopathologia 152: 41-49, 2001. 15)Takatori K, Ota T, Shida T: Air borne moulds and mould contamination of air conditioners filters in indoor environment. In Toxinogenic and other hazardous moulds. pp.31-32, IUMS Congress, Osaka, 1990. 16)Ara K, Aihara M, Ojima M, Toshima Y, Yabune C, Tokuda H, Kawai S, Ueda N, Tanaka T, Akiyama K, Takatori K: Survey of fungal contamination in ordinary houses in Japan. Allergol Int 53: 369-377, 2004. 17) 高鳥浩介 : 生活環境中の真菌とその生態. アレルギー 54: 531-535, 2005.

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