ごあいさつ 立正大学は仏教系大学として創設された国内屈指の伝統を誇る綜合大学です 仏教を基幹とする教育は 変わることなく大学存続の基本理念として機能しています 立正大学が海外で実施した仏教遺跡の調査は 昭和 42 年からの 10 年間にわたって実施したネパール王国のティラウラ コット遺跡をはじめとし

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創刊にあたって 趣旨説明 立正大学は 天正 年に下総国に創建された日蓮宗僧侶の養成機関である飯高檀林 ウズりす は 文部科学省私学研究ブランディング事業 立正大学ウズベキスタン学術交流プロ を源流とする関東最古の伝統を誇る仏教系の総合大学です 近代的な研究教育組織としては 明 ジェクト

膳所城遺跡 記者発表資料(2012.7)

象鼻山ペラ校正

す 遺跡の標高は約 250 m前後で 標高 510 mを測る竜王山の南側にひろがります 千提寺クルス山遺跡では 舌状に 高速自動車国道近畿自動車道名古屋神戸線 新名神高速道路 建設事業に伴い 平成 24 年1月より公益財団法人大 張り出した丘陵の頂部を中心とした 阪府文化財センターが当地域で発掘調査

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目 標 を 達 成 するための 指 標 第 4 章 計 画 における 環 境 施 策 世 界 遺 産 への 登 録 早 期 登 録 の 実 現 史 跡 の 公 有 地 化 平 成 27 年 度 (2015 年 度 )までに 235,022.30m 2 施 策 の 体 系 1 歴 史 的 遺 産 とこ

新潟県立歴史博物館研究紀要第4号

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図 1 平成 19 年首都圏地価分布 出所 ) 東急不動産株式会社作成 1963 年以来 毎年定期的に 1 月現在の地価調査を同社が行い その結果をまとめているもの 2

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大谷周辺地区 及び 役場周辺地区 地区計画について 木原市街地 国道 125 号バイパス 役場周辺地区 (43.7ha) 美駒市街地 大谷周辺地区 (11.8ha) 地区計画の概要 地区計画とは住民の身近な生活空間である地区や街区を対象とする都市計画で, 道路や公園などの公共施設の配置や, 建築物の

北部大阪都市計画彩都地区計画 ( 案 ) 北部大阪都市計画彩都地区計画を 次のとおり変更する 1. 地区計画の方針 名称彩都地区計画 位 置 茨木市大字粟生岩阪 大字宿久庄 大字清水 大字佐保 大字泉原 大字千提寺 大字大岩 大字福井 大字大門寺 大字生保 大字安威 山手台一丁目 山手台三丁目 山手

C O N T E N T S 経営理念 事業方針 1 ごあいさつ 2 役員紹介 組織図 3 平成24年度 経営環境 事業概要 4 平成24年度 経営内容について 5 主要な経営指標の推移 6 苦情処理措置 紛争解決措置等の概要 7 コンプライアンスへの取り組み 8 リスク管理体制 10 総代会につ

Transcription:

立正大学の海外佛跡調査 From To TILAURA-KOT KARA-TEPE

ごあいさつ 立正大学は仏教系大学として創設された国内屈指の伝統を誇る綜合大学です 仏教を基幹とする教育は 変わることなく大学存続の基本理念として機能しています 立正大学が海外で実施した仏教遺跡の調査は 昭和 42 年からの 10 年間にわたって実施したネパール王国のティラウラ コット遺跡をはじめとします 釈尊が出家前に居住したカピラ城の有力比定遺跡の調査であり 釈尊の時代の遺物を確認するなどの相応の調査成果を挙げました 中央アジアのシルクロードの地であるウズベキスタン共和国に所在するカラ テペは 1 世紀から3 世紀代を盛期として展開したこの地方最大の仏教遺跡であり 半世紀以上の調査歴のある重要な遺跡です 立正大学は仏教学部と文学部の共同事業として カラ テペ遺跡の全容の解明と遺跡の変遷確認を調査目標として 2014 年度から調査を開始しました 今回の展示では 立正大学の社会的な学術貢献としての過去と現在の海外仏教遺跡の調査を取り上げ それぞれの成果を纏めました 立正大学博物館館長 平成 27 年 6 月 池上悟 目次 ごあいさつ / 目次 / 凡例 1. 釈迦の故郷カピラヴァストゥティラウラ コット遺跡 1 2. カラ テペ遺跡 4 3. カラ テペ遺跡周辺の仏教遺跡 8 凡例 (1) 本図録は 立正大学博物館第 10 回企画展展示図録として作成しました (2) 本図録の作成は池上悟 ( 当館館長 ) の指示により 三宅慶 ( 当館学芸員 ) と池田奈緒子 ( 当館非常勤学芸員 ) が担当しました (3)3. カラテペ遺跡周辺の仏教遺跡は 文学部史学科専任講師の岩本篤志先生に執筆をお願いしました (4) 本図録に用いた挿図の出典及び 引用 参考した文献は巻末に掲げました (5) 本企画展開催にあたり 以下の方々 機関にご協力を賜りました 感謝申し上げます 坂詰秀一 ( 立正大学名誉教授 ) 安田治樹( 立正大学仏教学部教授 ) 手島一真 ( 立正大学仏教学部教授 ) 立正大学ウズベキスタン学術調査隊

1. 釈迦の故郷カピラヴァストゥ ティラウラ コット遺跡 カピラヴァストゥ ( カピラ城 ) とは 釈尊が太子シッダルタとして 29 歳までの青年時代を過し 出家を決意された故城です そして ティラウラ コット遺跡はそのカピラヴァストゥの有力な比定遺跡の1つです カピラヴァストゥは 5 世紀に渡印した法顕の 高僧法顕伝 7 世紀の玄奘の 大唐西域記 においてその存在が言及されています 例えば両記録には 釈尊誕生の地ルンビニーからカピラ城へいたる距離などが記されており その後 の探索の手がかりとなりました カピラヴァストゥの所在地問題は 19 世紀末葉の A カニンガムのナガル説 (1871 年 ) に始まり フューラーのサガルハワー説 (1897 年 ) ムルケジーのティラウラ コット説(1899 年 ) といったように多くの見解が提示されました 特にムルケジーの説は蓋然性の高いものでした しかし 有力な比定地としてティラウラ コット遺跡が提唱されていながらも 確定には至っ 1961 年インド ネパール考古局発掘地点 1899 年ムケルジー氏発掘地点第 Ⅰ 号丘 第 Ⅷ 号丘 第 Ⅱ 号丘 推定西門跡門跡 (?) 1967 年ネパール考古局発掘地点 第 Ⅲ 号丘 第 Ⅳ 号丘 第 Ⅶ 号丘 第 Ⅵ 号丘 第 Ⅴ 号丘 推定東門跡ムケルジー氏発掘地点 在灌漑用水路1899 年 ( 塔婆跡 ) 現第 XI 号丘 推定南門跡 門跡 (?) 周堀 湿地帯 0 100m 第 Ⅹ 号丘 ( 製鉄遺跡 ) ティラウラ コット遺跡 1

ていませんでした その最大の理由は それを 以上の門 2 つの貯水池 8つの建物跡が所在 確実に裏付ける遺物の出土が知られていなかっ することも明らかにされました 検出された遺 たためです 1962 年に D ミトラが発掘調査 構は建物跡 井戸 埋葬遺構等です そして を行いましたが 釈迦時代に遡ることは出来な 当遺跡がマウリヤ朝 B.C.4 世紀 クシャー いと結論付けました こういった状況を打破し ナ朝 A.D.3 世紀中葉 頃であることが明らか 比定地問題に大きな一石を投じたのが立正大学 になりました インド ネパール仏跡調査団の発掘調査です 出土遺物は土器 土偶 煉瓦 鉄製釘 棒 鏃 ティラウラ コット遺跡は ネパール王国の 青銅製容器 装飾品 腕輪 鈴 石製容器 針 南部 インドとの国境に近いルンビニー州タウ そして貨銭など非常に多様です 中でも 北方 リハワーに位置しています 立正大学インド 黒色磨研土器の出土は 当遺跡が 釈迦の時代 ネパール仏跡調査団は昭和 42 52 年 1967 にまで遡りうることを明らかにしました この 1977 年 にかけて 8 次にわたり遺跡の発掘 地域で城塞遺跡で 北方黒色磨研土器が出土し 調査を実施しました ている遺跡はティラウラ コット遺跡のみです 調 査 の 結 果 東 西 約 450m 南 北 約 500m その為 この調査により本遺跡がカピラヴァス で南北に長軸をもつ長方形状を呈する城塞遺跡 トゥである蓋然性をより高めたと言うことが出 であることが再確認されました また 周囲に 来ます レンガの壁をめぐらしているこの遺跡は 4つ 2 ティラウラ コット遺跡 調査の様子 銅製品 孔雀 出土状況 第1次調査団メンバー

黒灰色土器 ( シュンガ期 ) 煉瓦 ( シュンガ期 ) 赤色土器 片口付埦形土器 ( シュンガ期 クシャーナ期 ) 鉄製品 赤色土器 壷形土器 ( シュンガ期 クシャーナ期 ) テラコッタ 人物 ( シュンガ期 クシャーナ期 ) テラコッタ 動物 ( シュンガ期 クシャーナ期 ) ティラウラ コット出土遺物 3

2 カラ テペ遺跡 ウズベキスタン共和国の南東端部を占めるス また東側においては南北 50m 東西 30m の ルハンダリヤ州の州都テルメズ Termez 郊 大規建物跡が確認されており 13 世紀代以降 外に立地するカラ テペ Kara-Tepe 遺跡は の造営と想定されています この建物の東南部 古代バクトリア地方における代表的な仏教遺跡 には 11 世紀代の宮殿風建物が確認されていま です 遺跡はテルメズ市街地の北西郊外 南に す さらに 都城址内には 9 10 世紀の宗教 隣接するアフガニスタン イスラム共和国との 施設 道路跡 水路なども各所で確認されてお 国境である大河アムダリヤ Amudar ja の北 り往時の隆盛を窺わせています カラ テペ遺跡を含めて ヒンドゥ クシュ 岸に占地しています 古テルメズ都城址は いくつかの門を有する 山脈の北側のアムダリヤの流域には 多くの仏 幅 7 8m の防壁によって囲われており 南北 塔 僧院 石窟寺院などの仏教遺跡が所在して 1500m 東西 5000m に及ぶ大規模なものです おり インドに起源した仏教が わが国に至る この内側の西南端部のアムダリヤに面する地点 までの歴史的な所産として注目されるもので に 南北 300m 東西 550m 規模の方形区画 す これらの古代遺跡は 紀元前から長期間に の内城 (Citadella) が構築されています わたって様々な民族によって形成されたもので カラ テペ遺跡北丘 Main Stupa カラ テペ遺跡全体図 6室入口保護施設 4

カラ テペ遺跡周辺の仏教遺跡 1 カラ テペ 2 ザール テペ 6 カライ カフィルニガン 7 3 カンピル テペ ディルベルジン テペ 4 8 アイル タム カフィル カラ 5 9 ダルヴェルジン テペ アイ ハヌム 10 スルフ コタル 1 2 3 4 カラ テペ遺跡周辺の仏教遺跡 拡大 考古学が語るシルクロード史 中央アジアの文明 国家 文化 より転載 一部加筆 1 ファイヤズ テペ 2 カラ テペ 3 チンギス テペ 4 ズルマラの仏塔 5

あり アムダリヤ流域の古代バクトリア地方の重要性を物語るものとして位置づけられています また 7 世紀の中国僧である玄奘が このバクトリアの地を訪れたということが 大唐西域記 に記されています カラ テペ遺跡は南北 420m 東西 250m 規模の丘上に展開した遺跡であり その地形によって大きく南丘 西丘 北丘に区分され それぞれの丘上に遺構が遺存しています 南丘と西丘には 砂岩層を掘削して構築された洞窟施設と この前面に日干し煉瓦で構築された地上施設との複合遺構を特徴としています 2014 年に立正大学調査隊が発掘調査を開始した地区は カラ テペ遺跡の北丘に構築された僧院の西側通路部分です カラ テペ遺跡北丘の遺構の特徴は 僧院が東西 45m 南北 50m の規模であり この北側 東側 南側に大形の方形基壇の仏塔を配置する伽藍の特徴を有しています 僧院は 中央に配置された中庭が四方に入口を有する隔壁によって囲まれており この外側の四周に回廊を巡らし 西側を除く3 方に僧坊 を配置しています 西側回廊のみには僧房が付設されておらず 西側の通路に続く入口があります また 北端部の壁面には幅 1m ほどの龕が設置されています この度の発掘調査は 西側回廊の外側の通路部分の様相を解明するために調査区を設定して実施されました 調査区は僧坊 6 室の西側に当たっており 以前調査された6 室への入り口部分が確認されました また 掘下げの中途で 6 室の入り口部分を日干し煉瓦でコの字形に囲った施設を確認しました この日干し煉瓦の上面は底面から 180cmの位置にあり 調査区部分が埋没する中途において6 室への入り口部分を補強した施設と考えることができます 今回の調査で出土した遺物は 石灰岩製の柱頭部分の装飾片 青銅製品の破片 眼を表わしたものと思われる壁画片 塑像の指の破片 塑像の葡萄を表わした破片 建築部材として利用された日干し煉瓦片 石材片 そして若干の土器片が確認されています 2014 年 調査区 カラ テペ遺跡北丘の伽藍全体図 6

塑像の葡萄を表した破片 僧坊北側回廊 僧坊中庭 調査状況 調査状況 柱頭部分の装飾片 塑像の指の破片 土器片 土器の把手 土器の蓋の破片 壁画片 7

3. カラ テペ周辺の仏教遺跡 ファヤズ テペテルメズ市から北西に 8km カラ テペから 700 mほど離れた場所に位置する仏教伽藍です 1 ~ 4 世紀に造営されていたとされ ストゥーパ ( 仏塔 ) と僧院から構成されています 最近の研究では 3 世紀後半のものとされる見事な三尊仏や壁画が発見されており 遺跡はユネスコ日本信託基金による保護修復作業が行われました ズルマラの仏塔テルメズ市から北西に約 7kmの畑の中に位置する高さ 13m のストゥーパの遺構です 2 世紀 クシャーナ朝のカニシカ 1 世の創建とされ 現存するストゥーパとしては中央アジア最大とされています 盗掘口があるほか大きなヒビがはいっており 早急な保全措置が必要とされています ズルマラの仏塔 僧院の中庭からストゥーパを撮影 古テルメズ復元図 ( 城壁前の説明より ) 古テルメズとチンギス テペテルメズ市から北西に約 7km 両遺跡ともアッ=テルミーズィー廟の近くに位置しています 古テルメズ遺跡はモンゴルに破壊される以前のテルメズの内城で 北部バクトリアの商業の中心でした 一方のチンギス テペは アムダリヤ沿いの郊外に設けられた祭祀 城砦遺跡です テルメズではギリシア由来の神々や土着の神々 またゾロアスター神のほか 仏教も受容されていました 古テルメズからはストゥーパの基壇が発見されており チンギス テペからは仏教寺院の址をふくむ多様な信仰の変遷を示す建物址が見つかっています チンギス テペはクシャーナ期の後には要塞化されました 古テルメズは 7 世紀以降にはイスラームを受け入れ ますます発展しました 8

ザール テペテルメズから北西に約 26km 幹線道路から数百 m 離れた畑の中にある一辺約 400m の正方形のクシャーナ期の城址です 城址の四周には塔のある防壁と壕がめぐらされていました また北壁には仏教礼拝室の跡があり 金箔を施された仏像の一部が発見されたほか 東壁から 250 ~ 270m のところにクシャーナ期後期のストゥーパの址が発見されています また ガルーダ神話の系譜に連なる 翼をひろげた大きな鳥が女神を捕まえた構図 の彩色壁画が発見されました ダルヴェルジン テペスルハンダリヤ中流域の都城址で テルメズの北東約 110kmのダルヴェルジン村の中にあり スルハンダリヤ流域ではテルメズの遺跡群に並ぶ規模を有しています 商人の邸宅跡からは 36kgの金の装飾品類が出土したほか 仏像も多数発見されています 寺院址も確認されています ソ連時代の著名な学者はここを大月氏の居城と考えています 邸宅址 彩色壁画の模写 加藤九祚 アイハヌム 2001 より アイルタムテルメズの東方約 18kmに位置する仏教僧院址です グレコ = バクトリア期の構造物の址に僧院が建築されたといわれています アムダリヤの以前の渡河地点にあり ソ連時代にアフガニスタンとの間に橋がかけられ 遺跡の跡形はありません 有名な石灰岩のフリーズの楽人像や台座にバクトリア文字が刻まれた男女の立像などが発見されています ストゥーパや建築様式などカラ テペと比すべき点が多く伺えます 黄金が発見された市民居住区 (= シャフリスタン ) の邸宅址 下中央が内城 ( ツィタデル ) GoogleEarth より アジナ テペ タジキスタン共和国南部 クルガン チュベ 市の南東 12km に位置しています 7~ 8 世 紀の寺院の遺構とされており 平面十字型の構 造のストゥーパを有しています 遺構内から巨 大な涅槃仏が発見されており 修復作業後は タジキスタン古代博物館に安置されています 遺跡はユネスコ日本信託基金による保護作業が 行われました 現在の国境や地形の関係から テルメズから 1 日以上を要します 楽人像 ( 壁装飾の一部 ) Buddhism and Buddhist Heritage of Ancient Uzbekistan, Tashkent, 2011 より 9

Uzbekistan KARA-TEPE 2014- Nepal TIRAURA-KOT 1967-1977 参考文献 立正大学ネパール考古学調査団 立正大学ネパール考古学調査報告第 Ⅰ 冊ティラウラコット本文編 雄山閣平成 12 年 立正大学ネパール考古学調査団 立正大学ネパール考古学調査報告第 Ⅱ 冊ティラウラコット図版編 雄山閣昭和 53 年 立正大学ウズベキスタン学術調査隊 カラ テペ遺跡 2014 年度調査概要報告書 平成 27 年 立正大学博物館第 10 回企画展 立正大学の海外佛跡調査ティラウラコットからカラ テペへ 発行日 : 平成 27 年 6 月 19 日 編集 発行 : 立正大学博物館 360 ー 0194 埼玉県熊谷市万吉 1700 TEL:048 ー 536 ー 6150 / FAX:048-536-6170 E-mail:museum@ris.ac.jp URL:http://www.ris.ac.jp/museum/