Advanced Technologies for New Market of Network Services あらまし ネットワークや仮想化をはじめとする ICT の進展や通信と放送の法体系の改訂により, 膨大な ICT リソースをこれまで以上に手軽に利用できる環境が整いつつある ICT が企業経営に深く結びついている現在, 企業はこれまで以上に顧客価値を増大させ, より強力な競争力を獲得できるようになると期待されている しかし, ビジネスの現場での ICT 活用は依然として利用者に依存しており, ビジネス活動全般に活用できるようにはなっていない このままでは, 企業は顧客価値の増大を思うようにコントロールできなくなる恐れがある 本稿では, 新たなネットワークサービス適用分野での ICT 活用に向けた課題と, これを打破する富士通の技術開発活動の中から 3 次元仮想空間技術と脳活動研究の二つの先進的な取組みを紹介する Abstract Progress in network technologies, virtualization, and other forms of information and communication technology (ICT) and the revamping of communications and broadcasting laws are helping to create an environment in which a vast quantity of ICT resources are even easier to use. As ICT takes on an even bigger role in corporate management, companies are being expected to increase customer value and to become even more competitive. In actual business situations, however, ICT usage still depends on the user, and ICT has not yet become applicable to business activities overall. As such, companies are concerned that they lack the control to increase customer value. This paper describes the problems involved in applying ICT to the new application field of network services and introduces Fujitsu s progressive work in three-dimensional virtual space technology and brain-activity research as part of its technology-development activities for solving these problems. 河嶋英治 ( かわしまえいじ ) クラウドサービスインテグレーション室センシングプラットフォーム企画部所属現在, 次世代ネットワークサービスの市場と技術調査, および事業企画に従事 336 FUJITSU. 60, 4, p. 336-340 (07, 2009)
まえがき総務省の平成 19 年通信利用動向調査報告書 (1) によると, 情報通信機器の世帯保有率の第 1 位は携帯電話 PHSの95%, 第 2 位はパソコンの85% である これに伴い, インターネットの世帯利用率は91.3%, 人口普及率 69% に達している 携帯電話 PHS パソコンといった, 個人向け情報通信機器の普及によって, ネットワークの入口たどは利用者の鞄やポケットの中に辿り着いている ノートPCや携帯電話を使って, 現場の情報をその場でオフィスに伝えたり, 必要な情報を素早く取り出したりすることができるようになった 2009 年から開始されたモバイルWiMAXサービスや次世代 PHSサービス,2010 年ごろに実用化予定のLTE(Long Term Evolution) などの高速無線通信サービスにより, オフィスや家庭と同じく, 利用者を常にブロードバンドネットワークにつなぐことができるようになる また,2010 年度に国会に提出予定の 通信 放送の総合的な法体系 や2011 年テレビ放送でのアナログ地上波停波に伴う周波数割当ての変更に象徴される, 通信 放送にかかわる制度の改訂により, 通信と放送に分断されていた市場が融合し, 新たな事業とサービスが誕生すると考えられる このような背景を受けて, 富士通では最先端の ICT(Information and Communication Technology) を従来の適用市場だけでなく, これまでICTを十分に活用できなかった分野に適用するための研究開発に取り組んでいる 本稿では, まずビジネスマネジメントへのICT 活用の要件を述べ, つぎにその要件へのアプローチ例として現実と仮想の融合について述べる 最後に, 専門家が直感的に根本原因を絞り込む脳の働きを解明し, そこから新しいICTを開発する取組みを紹介する ビジネスマネジメントへのICT 活用の要件企業の経営者は, ICTは既に経営に組み込まれており, コンピュータやネットワークが止まると事業を回せない状態に陥る という認識を持ち始め, 組み込んだICTを安定稼働させると同時に, 事業の変化に同期して素早くアプリケーションやリソースを変更できることを求めている これに対応して, ASP ( Application Service Provider ) やSaaS (Software as a Service) に加えて, クラウドコンピューティングと呼ぶ新たなネットワークコンピューティング技術が生まれ, 豊富なICTリソースを動的に駆使することで, 業務の安定稼働やリソースの調達が可能になると期待されている 個人向け端末の普及や, 大容量ネットワークの進展, 多様なネットワークサービスの誕生などによって, 大量のICTリソースを活用したより精度の高いビジネスマネジメントが可能な基盤が整い始めている しかし,ICTの利用現場では依然として利用者が行った作業の結果や, 収集した情報をICT 機器に入力したり, 利用者が 必要と思われる 情報に近いデータを探し, 表示されたデータを利用者が組み合わせて解釈し, 採るべき行動を適宜判断したりするという状況が続いている ICT 機器を操作することは, 利用者の本来の仕事ではない お客様との信頼関係を築き, 顧客価値の高い商品やサービスを他社に先駆けて提供することが優先されるべきである この点で, 現在のICTは依然として利用者に依存している そして, この制約のためにICTを活用できる現場は限定されたままである また, 利用者により快適で安定的なICT 環境を提供するためには, セキュリティと運用管理技術の一層の進化も必要である 個人情報保護法をきっかけとして企業の隅々までに徹底されているセキュリティ遵守事項への対応の負担は, 顧客との関係が深まり, 多彩なパートナ企業との協業が増えるに連れますます経営と現場利用者の行動に重くのしかかっている 富士通では, システムの横断的なセキュリティを実現するために, 2006 年よりオープンでグローバルな業界標準化団体 TCG(Trusted Computing Group) に参加し, 統合認証技術の標準化を推進している (2) これまで様々な理由で積み残されてきたこうした要件に応えることが,ICTの活用の場を広げるためには重要である ビジネスマネジメントにICTを活用するためには, 以下に示す要件を具備することが期待される (1) 必要とする情報はシステム自身が収集利用者がすべてのデータを入力しなくても, あるいは利用者がいなくても現場の様々な状況をシステム自身が収集できる FUJITSU. 60, 4, (07, 2009) 337
(2) 利用者の状況を理解して適切な行動の促進利用者が置かれている状況に応じて即座に適切な情報を直接的に伝え, 利用者にしかできない付加価値の高い作業に専念させる (3) 柔軟なセキュリティの統合的な提供個々の利用者の作業環境, 行うべき業務の内容, 扱う情報に応じたセキュアなICT 環境を動的に提供し, 利用者を複雑な判断やオプション選択から解放する (4) 複雑化するICTシステムの安定運用技術の開発経営に組み込まれているにもかかわらず, ますます複雑化し, 利用者や利用企業での管理が困難になっていくICTを安定的に運用するための技術を開発する 次章以降, 上記要件の (2) に対する次世代技術として仮想空間と拡張現実について述べ, さらに (4) の先進的な研究である脳内活動の探索研究について述べる なお,(1) については本誌掲載の フィールドイノベーションに貢献するセンシングプラットフォームサービス で,(2) については 世界初の微弱ワンセグ配信システム で, また (3) については Trusted Computing 実用化に向けて でそれぞれ紹介しているので参照されたい 現実と仮想の融合本章では, 利用者の状況を理解して適切な行動を促す という要件へのアプローチ例として仮想空間と拡張現実の融合技術について述べる 富士通では,3 次元仮想空間 (3 次元空間シミュ レータ技術 ) のビジネスへの適用性を検証するために2007 年からSecondLife 内で専用の島 (SIM) (3) を用いた実証実験を行っている 各 SIMの様子を図 -1, 図 -2に示す SecondLifeは, 米国リンデンラボ社が 2003 年に開始したインターネット上での3 次元仮想空間シミュレーションサービスである ビジネス適用性の評価対象としてSecondLifeを選択した理由は, 以下の4 点である (1) 検証空間, 設置するオブジェクト, コミュニティ運営のルール ( 実験シナリオ ), シミュレータの動作 ( スクリプト ) を自由に作成し記述できる (2) 必要な基盤がサービスとして提供されているため, 検証環境を短期間で安価に構築できる (3) インターネットに接続したPCで3 次元インタフェースの効用や限界を容易に確認できる (4) 居住者と呼ぶ利用者が最も多いサービスである 当初は, 日本での話題性も考慮しマーケティングツールとしての有用性検証を行い, 独自コンテンツの展示や来訪者の顧客行動分析とその手法の調査を実施した 国内での注目が一巡し, 運営が安定した2008 年から, 利用者インタフェースとしての3 次元表示と操作の検証へと実験を移行している 図 -3に示すように,FUJITSU SIMに設置した将棋道場内の仮想将棋盤と, コンピュータ将棋ソフトをインターネット経由で接続し, 既存の2 次元利用者インタフェースと仮想空間内での3 次元利用者インタフェースとの違いを検証している この実験では,SecondLife 側と外部コンピュータ側との処理分担のあり方, インターネットを経由 図 -1 FUJITSU SIM 概観 Fig.1-FUJITSU SIM overview. 図 -2 FUJITSU ECO 内 ECO PARK の風景 Fig.2-ECO PARK in FUJITSU ECO SIM. 338 FUJITSU. 60, 4, (07, 2009)
することによる運用への影響や連携方式といったシステム的な知見と,3 次元化することによる利用者の操作感や, 場や対象物の認識の違いといったユーザインタフェース設計にかかわる知見を得ることができた とくに,3 次元仮想空間では, 利用者が現実世界での現象や物理法則に沿った振舞いをシステムに期待する行動が強く現れることが確認された ICTに実装されている現行の大半のサービスは, 画面, キーボード, マウスといった2 次元インタフェースに適合するように設計されているため, そのままでは3 次元インタフェースの効果を得ることは難しい むしろ, 実世界の人間の作業環境が3 次元であるにもかかわらず, 既存のユーザインタフェース技術の制約のためにICT 化から取り残されているサービスや業務に注目すべきと考えている SecondLifeで検証された成果をそのまま3 次元仮想空間内のサービスに適用する以外に, 拡張現実 (Augmented Reality) または強化現実と呼ぶ技術を用いて実世界に仮想空間のサービス機能を適用する方法がある 拡張現実とは, 実世界の環境の特定のモノに対して電子情報を付加して仮想的に表示する技術で, 例えば, 図 -4に示すように, ビデオカメラで撮影している動画像に, 仮想の映像や音声やテキストによる付加情報をリアルタイムに重畳して表示する ほかのシステムと連動させることで, 利用者の行動にインタラクティブに対応し, 現実の事象にダイナミックに対応して変化する付加情報を表示させることも プレイヤアバター 通信スクリプトを組み込んだ将棋盤オブジェクト SecondLife シミュレータ ( リンデンラボ社 IDC) 将棋盤の通信スクリプト 可能である 動画像の撮影と物体の認識, 大容量の画像伝送, 重畳させる電子情報の管理, 仮想モデル生成に膨大な処理能力 伝送容量 記憶容量が必要なため, 実験システムを構成するためには相応の設備が必要であった しかし, ビデオカメラやPCの高性能化, ネットワークの大容量化によって, 身近な技術として適用検証を行えるようになっており, 研究や実証実験が急速に進んでいる 表示装置や入力装置のデザインや重さによる制約から, 適用検証はごく一部の特殊な業務に限定されているが, 上記の要件 (2) を解決する次世代技術として注目している 脳に学ぶ ICT 本章では,ICTの適用市場を更に拡大するために必要となる次世代のICT 追求の取組みについて述べる ICTシステム, とくにネットワークの構成が変更されるタイミングが著しく早くなっており, 構成は確定せず, 定常的な稼働状態が存在しないほど刻々とその姿が変わっている これは, ネットワークにつながって動作するモノの数と種類が急速に増えていることと, 自社の運用管理の手が届かない他社のシステムや端末がつながっていること, そして, モバイルの進展により, ネットワークの接続と切断, 経路の変化が頻繁に発生するためである ネットワークが社会インフラとして行政や事業や生活に深く入り込むことへの代償である ネットワークは著しく複雑化しているにもかかわらず, 運用の現場は依然として人手に頼っている IPv6 化, モバイル化により, これまで以上にネッ 待合せ場所の風景 携帯端末の画面 待合せ相手 距離 30 m 名前河嶋英治 時間 15 時 00 分 インターネット SecondLife ビューア 中継スクリプト (Web) 将棋アプリケーション カメラ付携帯端末 図 -3 SecondLife と Web システムの連携実験 Fig.3-Experiment of communication between SecondLife and Web system. 実際の風景に待合せ相手の現在の情報 ( 名前, 位置, 到着予想時刻など ) が重畳 強調表示される 図 -4 拡張現実の利用例 ( 待合せ ) Fig.4-Augmented-reality use case (waiting). FUJITSU. 60, 4, (07, 2009) 339
トワークに接続される機器は増えると予測され, 人手に頼った運用が早晩限界を迎えるのは明白である これを回避する技術検証として, 過去のトラブル状況と発信されたメッセージをデータベース化して, エラーメッセージからトラブルの原因をシューティングするための自動化, 効率化技術の実験を行った 多くのトラブル現象に対しては, ある程度原因の候補を絞り込むことは可能であったが, 直感的に根本原因を絞り込む専門家の思考行動に匹敵するパフォーマンスと原因特定精度を得ることはできなかった そこで辿り着いたのが, 専門家の脳の直感的に根本原因を絞り込む働きそのものを解明し, ここから新しいICTを開発することである 2007 年 8 月に富士通 富士通研究所は, 独立行政法人理化学研究所と社団法人日本将棋連盟と共同で脳機能活動に関する研究プロジェクトを開始した (4) 将棋における局面の状況判断や指し手の決定過程などにかかわる脳の神経回路の情報処理メカニズムを解明し, 人間に特有の直感思考の仕組みを解明することを目的としたプロジェクトである 約 2 年間の研究により, プロ棋士の優れた直観が独特な直観回路を作ることなどを世界で初めて明らかにした プロ棋士の脳の瞬時の活動として盤面の駒組を読むとき, および一手を選択するときの脳活動を測定することで, アマチュアとは異なる脳の思考回路の存在が示された 一手の選択には大脳基底核の活動が現れる ヒトの大脳基底核の場所を図 -5に示す 行動選択を担うとされる同部位の活動は, 習慣性大脳基底核左脳右脳図 -5 大脳基底核 (SecondLifeのオブジェクトで表現) Fig.5-Basal ganglia (expressed by SecondLife object). 行動の言葉にできない記憶を蓄えることで知られ, プロ棋士が無意識に手を選択する能力への修練の効果を示唆するものである この直観回路の構造と仕組みを解明し, 計算機モデルとして記述できれば, 複雑に変化するネットワークの状況を常に監視し, 異常の予兆を素早く検出して適切な対処方法を直感的に選択して対処する ICT, あるいはそうしたシステム運用のプロの作業を支援するシステムを開発できるようになると考えている むすび高性能で大容量のICTリソースを低価格で短期間で入手できるようになり, その能力と機能を手軽に利用できる新たなネットワークサービスが次々出現すると同時に, 通信 放送に関する法制度に代表される様々な法規制が改訂される今後の2~3 年間は, ICTの新たな活用を通じて, 企業経営を発展させる重要なタイミングとなると考えられる とくに, 顧客への価値を生み出す現場において, 従来の延長ではない, 新しい分野や用途への適用と使い方によって他社にない競争力の創出を開始する機会となる 富士通は, 既存の概念にとらわれることなく, 新たなICT 適用を常にお客様に提案していく 参考文献 (1) 総務省 : 平成 19 年通信利用動向調査報告書. http://www.johotsusintokei.soumu.go.jp/statistics/ data/080418_1.pdf (2) 富士通 : プレスリリース. 富士通,TCG 理事会メンバーに選出 ~ 日本企業で初めて投票により選出 ~. http://pr.fujitsu.com/jp/news/2006/12/5-2.html (3) 富士通 : プレスリリース.3 次元仮想空間セカンドライフに 富士通島 オープン!~お客様と共に新たな創造にチャレンジ~. http://pr.fujitsu.com/jp/news/2007/11/2.html (4) 富士通 : プレスリリース. 理研 - 富士通が脳機能活動に関する共同研究プロジェクトを開始 - 将棋における直感思考の解明を目指す新たな試み- http://pr.fujitsu.com/jp/news/2007/08/3.html 340 FUJITSU. 60, 4, (07, 2009)