第１０８号データ

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1 クリニックだより 気 心 体 第108号 平成28年12月15日 高森内科クリニック 宗 教 の 歴 史 上 １ 宗教の発生 １ 宗教の起源 血縁が人類最古の組織原理 自分の祖先を位階的に体系化する伝承や神話の発生 神々の階層化と広大な宇宙論の集大成が古代宗教 人間とは何か 宇宙とは何か が問われるようになった 宗教の起源には精神的起源と社会的起源がある ２ 死と埋葬 宗教的な思考の原初は死者の儀式的な埋葬である 大部分の動物は同種個体の死に さりげない関心を向けるのみであるから 人間の死へのこだわりは特別である 儀式的 な埋葬は人間行動の進化において重要だと考えられている 儀式的埋葬は生と死の認識 来世や死後の生命の信念を意味している ３ 創造神話と創世神話 創造神話 とは 人類 地球 生命 宇宙の起源を説明する物語りのことである 創世神話 とは 至高の存在 たとえば神が が慎重に考えて 宇宙を創造した というような宗教的神話である ４ ミトラ教の宗教観 一神教と多神教との関係は 世界民族には一神教の民族は多数あり それぞれ異なる神を信仰している 世界には 最高神は多数いるのであろうか ミトラ教はこれを次のように考えている ミトラ教は すべてのものに先立つ永遠にして無限なる至高存在をイェズデンミール ミトラ と呼ぶ 中国語では天真 無極 古仏天真弥勒と呼ぶ ミトラ教の諸派は 天真 の最初の現れ 化身 で創造神となるものを主神ミトラつまり 天真弥勒 と 呼ぶ ミトラ教では すべての宗教を 天真 への信仰の多様な現れとみなす したがって ミトラ教の信者たちは イスラーム キリスト教 仏教 道教といった 他のすべての宗教と融合 習合させることに何の抵抗もない 実際 ミトラ教は モー ゼ ゾロアスター 釈迦 老子 イエス 大マニ アリーをすべて 天真弥勒 つまり ミトラの化身と位置づけている

2 ２ ミトラ教通史 メソポタミア ペルシャ起源の宗教でありユダヤ教 キリスト教 イスラム教の誕生 に重大な影響を与えた宗教の発展史の概説 １ ミトラ単一神教の成立 前17世紀 ミトラ信仰は 素朴なミトラ信仰から発展し ミタンニ帝国 前 年 か らメディア帝国 前 年 にかけての時代には ミトラ単一神教になった ミタンニもメディアも ミトラ帝国を意味する名前である ミトラ単一神教は 天真に 即した生き方 つまり天道を歩むことを説いた ２ ゾロアスター教の成立 前６世紀 前６世紀頃 ザラスシュトラは 善神アフラ マズダー と 悪神アンラ マンユ の戦いという新たな神話を説いた そのため ザラスシュトラの教えに惹かれる者が 現れ やがて マズダー教を形成した マズダー教は この世をアフラ マズダーと アンラ マンユ 怒りの霊 の戦いの場とみなしアフラ マズダーを至高神として称揚 する一方でアリアマンをアンラ マンユと呼んで アリアマンらヤサダ神群の中核を なす神々を魔族に落とすという独善的な変更を試みた これに対して ミトラ派の人々 は 激しく反撥 敵対した このような緊張状態の中で アケメネス朝ペルシャ 前 年 が成立したが ダリウス一世は帝国の分裂を避けるために マズダー教とミトラ単一神教を組み合わせ 折衷宗教ゾロアスター教を国教にした ３ ズルワーン教の成立ー前５世紀 カルデアン マギは バビロニアの祭司とミトラ派のマギの合同 混血から生まれた 混成マギ団である 彼らは アケメネス朝ペルシャが誕生してから約100年たったとき 大きな宗教勢力となり バビロニア伝来の宇宙論 神学を基礎にして 善神アフラ マズダーと悪神アンラ マンユの上位に 永遠時間神ズルワーン がいるという神話 を導入し 善神と悪神との戦いを終わらせるのは ズルワーンの化身ミトラだと説いた さらに ズルワーン アフラ マズダー ミトラ という新しい神系譜と周期という 概念を導入することで 善悪二神の戦いが ある一つの周期における出来事に過ぎない ことを示した この教えは バビロニア シリア クルド 小アジアで支持され ズル ワーン教 を成立させた 前５世紀 ４ 西方ミトラ教 ミトラス教 の成立ー前２世紀 カルデアン マギが作り出した周期の教義は ヘレニズム時代に大きく開花し 新周期 のミトラを主祭神 最高神 とする西方ミトラ教が成立した 前２世紀 西方ミトラ 教のマギは 神聖数七にもとづく教義体系の整備を進めて 七階位の秘儀 七曜神など を整理し 占星術的な象徴を用いて表現した 神話面では アーリマンを復活させること に成功し ズルワーン教から さらに一歩前進することができた 西方ミトラ教は 民族の枠を完全に取り払い あらゆる民族を差別することなく受け入れたので クルド

3 の地から西方に向かって広がり ローマ帝国全域に広まり ペルシャ起源の最初の世界 宗教になった ５ 東方ミトラ教 マニ教 の成立 ３世紀 ３世紀になると ゾロアスターが説いた善悪二神の戦いという神話は 遠い昔の物語 になった 小アジアやシリアだけでなく バビロニアにミトラ神話 キリスト神話が 急速に広まった 東からは仏教もやって来た バビロニアの人々は これらを統一的に 整理する必要に迫られた このとき 大マニが現れ 善悪二神の戦いはもはや遠い過去 の出来事であり 現在はミトラによる復興と再建の時代であることを宣言し 東方ミト ラ教 マニ教 を建てた 東方ミトラ教は 周期の教義の枠内に 聖法と仁愛を両輪の 輪として備えた 聖法はゾロアスターとモーゼの教え すなわち法治思想である 仁愛 は老子と釈迦とイエスの教えである 大マニは 弥勒転生 ミール イマーム の教義 を整備し セト ノア アブラハム モーゼ ゾロアスター 釈迦仏 老子 イエスを すべて ミトラの化身とする教義を打ち立てて この系譜の中に諸教をすべて取り込ん だ ６ 西アジアのイスラーム化 アラビア半島からムハンマドが現れ イスラームを興した ７世紀 610年 ムハ ンマドは アブラハム モーゼ ゾロアスターがもたらした聖法の完成者である ムハ ンマドをもって 聖法に関する神からの啓示は終了したので ムハンマドを 預言者の 封印 と言う ムハンマドは 聖法を完成させると同時に もはや役割を終えたゾロア スター教とその二元論をこの世から消滅させた ７ ヤズダン教の成立 ７世紀 西アジアがイスラーム化したため ミトラ教はイスラームと習合した ミトラはアッ ラー アーリマンはアザゼル 原人オフルミズドはアダムに重ねられ 七曜神は七曜 天使に変わった 神の友という基本思想 ミールの教義 天真 天道に関する高次の感覚 神聖数七に もとづく教義 そしてアザゼル崇拝は スーフィズムの中に広まった 20世紀になる と 近代エソテリシズムを通して 欧米に広まった ８ 弥勒教の成立 西方ミトラ教は２ ３世紀 東方ミトラ教は遅くとも７世紀までに中国に伝来し ミトラを弥勒明王 白仏 と訳して布教活動を始めた 明王としてのミトラ 弥勒 は 星宿世界 十二星座界 の主で 世が乱れたときに地上に現れる救世神であり 弥勒 明王は善男善女を碧玉都に導いて 戦火と大災害から救うと信じられ 白衣観音はその 化身と見なされた ９ 現代 宗教学的研究が進み ミトラ教系の宗教 ズルワーン教 ミトラス教 マニ教 弥勒 教 マズダク キジルバシ派 ヤズダン教 イスマーイール派 ザイード派 ドルーズ

4 派など を一つとみなす視点が定まってきた ３ ゾロアスター教 １ はじめに イラン ペルシャ人 の宗教であり 宗祖はゾロアスター ザラスシュトラ スピター マ その成立年代は前1200年代から前７世紀頃までの幅があり 確定していない ３ 世紀のサーサーン朝の国教とされ 聖典 アヴエスター が編纂された 光明神 善神 であるアフラ マズダーを最高神とし その象徴として火を崇拝するので拝火教とも 言われる 世界を光明神と暗黒神 悪神 であるアーリマンの対立という二元論として 捉え 終末に救世主による最後の審判が下されると説くその世界観は その後のユダヤ 教やキリスト教などの一神教に強い影響を与えた 成立時期と背景 ザラスシュトラス活動場所もイラン高原 メディア 説から バクトリア ほぼ現在 のアフガニスタン 説などがある ザラスシュトラの活動時期 場所についてはまだ 未確定の事項である ザラスシュトラの宗教改革 前2000年から1500年頃にかけて鉄器と騎馬術を身につけて急速に旧来の部族的な秩序 が崩れて混迷するなか 前1200頃に現れたザラスシュトラが宗教改革に立ち上がった と ザラスシュトラは人間の正しい生き方をもとめ 従来の宗教を堕落した形だけの祭祀 に過ぎないと批判して宗教改革を開始した 唯一の真理であり光明である創造神アフラ マズダに従って正義と秩序を実現し それに敵対する闇と悪の霊力をもつアーリマン と戦うこと説き ゾロアスター教を開始した 一人の教祖が 神の啓示を受けて創始 し 啓典 神が示した聖典 を持つ宗教を啓示宗教とするのは ゾロアスター教は世界 で初めての啓示宗教であった ２ ゾロアスター教 マズダー教 古代西アジアにペルシャ帝国という一大帝国があり この帝国東部 現在のイランと アフガニスタンの国境地帯に当たるシースターンという地方に一人の預言者が現れまし た この預言者は西暦紀元前1700年 1400年頃に活躍した人で 名前はザラスシュト ラといいます １ アフラ マズダーの起源 アフラ マズダーという神名はアフラとマズダーという二つの言葉の合成である アフラは 主 を意味し ミトラとアパム ナパート ヴァルナ をさしていた アフ ラ ミトラ アパム ナパート アフラ ミトラヴァルナ というのが正式な使い方で あった マズダーはマンユが音訛したもので この二神および祭司が使う神力 智慧を 意味していた これがいつのまにか結び付けられ アフラ マズダーという言葉になり 二柱のアフラとマンユの全体をさすようになった 時代が下がると これがさらに進ん

5 で アフラ マズダーという神がいるとい誤解されるようになった こうして一柱の神 と化したアフラ マズダーは しだいにヴァルナ アパム ナパート の機能 性格の 大部分を取り込んでいった アフラ マズダーは 以下に述べるイラン系のさまざまな宗教に取り入れられた これらの神話の中に アフラ マズダーは 単独の最高神 最高神の子 ミトラの父 至高神団の一柱 内なる神 人間の霊的本質 などの かたちで登場する ①ゾロアスターの新宗教 ⑤西方ミトラ教 ②ゾロアスター教 ⑥東方ミトラ教 マニ教 ③三アフラ教 アケメネス朝の宗教 ⑦ササン朝の宗教 ④ズルワーン教 ２ 折衷宗教ゾロアスター教 三アフラ教 純粋なマズダー教 アフラ マズダーだけを崇拝する宗教 にミトラ教 女神アナー ヒター崇拝 およびその古代イランの多神教的要素を組み合わせた宗教なので 折衷 宗教と呼ばれる アフラ マズダー アフラ ミトラ アフラ アパム ナパート 女神 アナーヒター の三アフラを至高神団としたので 三アフラ教とも呼ばれる 七世紀に イスラームによって滅ばされるまで続いたが 現在は残っていない 現在 ゾロアス ター教と呼ばれているものは 正確にはマズダー教といい ミトラ教やアナーヒター教 との折衷を放棄している ３ 教義の成立 ザラスシュトラは 歴史とは創造された この世界 を舞台とした二つの勢力の戦い であるという理解を示しており このような歴史認識は 初期キリスト教の神学者で あるアウグスティヌスの唱えた 神の国論 に先駆けた歴史観といえる 善悪の抗争では最終的には善が勝利すると信じられる 悪徳を自らの中から追い出し 善が勝つように神々とともに悪に打ち勝つ努力をしなければならない 死後 ミスラ ミトラ の審判を受けて善行を積んできた者は楽土 天国 へ渡ることができ 一方 悪を選んだ者はチンワト橋 選別者の橋 から落ちて地獄へ向かう こうした世界観はペルシャからメソポタミアにも広がり たとえば バビロン捕囚期 のユダヤ教へも影響を与えた ユダヤ教を母体としたキリスト教もこれらを継承して いるといわれる さらにペルシャ高原東部では仏教の伝播にともない弥勒菩薩への信仰 と結びつき さらに マニ教もまたゾロアスター教の影響を強く受けた イスラームも またマニ教と並んで ユダヤ教やキリスト校を通じてゾロアスター教の影響を受けて いる ４ 終末論 善神群と悪神たちとの闘争の後 最後の審判で善の勢力が勝利すると考えられており その後 新しい理想世界への転生が説かれている 人は三徳 善思 善語 善行 の 実践を求められており その実践に応じて 臨終に裁きを受けて 死後は天国か地獄か のいずれかへ旅立つ信じられた この来世観は後の後期ユダヤ教やキリスト教 さらに はイスラームへの引き継がれた 世界の終末には総審判 最後の審判 がなされる そこでは 死者も生者も改めて 選別され すべての悪が滅した後の新世界で 最後の救世主によって永遠の生命を与え られる こうした 最後の審判や救世主の登場などの教義もまた 数多くの宗教に引き

6 継がれたのである ３ 歴史 １ ゾロアスター教の歴史 １ １ アケメネス朝ペルシャ帝国 前550 紀元前330年 ゾロアスター教はアッシリア帝国滅亡後にイラン高原を支配したメディア王国支配下 でイラン人の中に拡がり そのイラン人の建てた国家であるアケメネス朝ペルシャで王 たちの保護を受けて発展したが この段階でまだ国教にはならなかった ２ アレクサンドロスの侵入 アレクサンドロス大王の東方遠征によってアケメネス朝ペルシャ帝国が滅亡した際に はゾロアスター教の祭司 マギ が多数殺され ゾロアスター教は強く弾圧された ３ セレウコス朝 前312 紀元前63年 とパルティア 前247 紀元後226年 その後のヘレニズム時代のイランを支配したギリシャ系国家セレウコス朝シリアの 時代もゾロアスター教にとっては苦難の時期であった 前３世紀にイラン高原に出現 したパルティア アルケサス朝 はペルシャ人の国家であったが 強くヘレニズムの 影響を受けていた 次のパルティア王は宗教に寛容であり弾圧することはなかったので ゾロアスター教団は次第に体制を作り上げていった ４ サーサーン朝 年 での国教化 パルティアを倒したサーサーン朝は従来の宗教政策を一変させ ゾロアスター教を 正式に国教に定め儀礼や教義を統一させた 他宗教も公式に禁止された サーサーン朝 は その支配の正統性をアケメネス朝の後継者という地位とゾロアスター教に求めた ３世紀前葉に活躍した第２代シャープール１世は衰退期に入ったローマ帝国としばし ば闘争し サーサーン朝優位のもとで王権を盤石のものしていった イラン高原にキリ スト教や仏教の影響も及んできた それらを取り入れゾロアスター教との折衷したマニ 教が成立すると 次のシャープール１世はその教祖マニを一時保護した 祭司長カル ティールはゾロアスター教の国教化に重要な役割を果たすと同時に新興のマニ教を異端 として退け 教祖マニを処刑し 仏教 ユダヤ教 キリスト教を弾圧した ５ マニ教の派生 ササン朝でゾロアスター教は国教とされたが 同じ頃 宗教家マニが グノーシス的 なキリスト教 と混淆させた折衷的なマニ教を興すと シャープール１世その教祖マニ を一時保護したため ゾロアスター教との宗教的対立が起こった 宗権をめぐる対立は その子ホルミズド１世 在位 がマニ教を宮廷から追放し マニも死に追い やられたためゾロアスター教の優位が回復した ６ 衰退とイランのイスラーム化 ７世紀にイスラーム教がイランに進出し 戦いに敗れたササン朝ペルシャ帝国が滅亡 したことによって ゾロアスター教もイラン高原においてははぼ消滅した ７世紀の イラン人のイスラーム化は 西アジアの歴史的転換を意味した またササン朝の滅亡によってゾロアスター教徒の一部は 中央アジアを経て東方に 移住した 特に東西交易に従事していたイラン系のソグド人は遠く中国の唐の都 長安 に渡り その地でゾロアスター教の拝火儀式を守った それは唐で 天教または拝火教と いわれ 仏教 マニ教 回教 イスラーム教 とともに異教の一つとされて 一時は長

7 安で広く流行した ２ ゾロアスター教の歴史 ２ １ イラン高原西北部のマゴス神官団 イラン高原の西北部では 先発して前９世紀にはアッシリア帝国と接触していたメディ ア人たちが ザラスシュトラとはまったく違う方向で 原始アーリア民族の宗教思想を 発展させていた メディア人は牧畜民として移動してきたが アッシリア帝国傘下の 自治国を築いた その後 前7世紀初頭には 同じ原始アーリア民族ながら騎馬民族化 したサカ族 スキタイ族 の支配を受けるものの 前625年には独立してメディア王国 を樹立した これが 原始アーリア民族がイラン高原に移動してきて以来 初めて建て た独立国である このメディア王国に住むメディア人の宗教は 彼らの六大部族の一つであるマゴス神 官団によって担われ①拝火儀礼 ②曝葬 ③清浄儀礼 ④悪なる生物 蛙 さそり 蛇 など の殺害 ⑤最近親婚 ⑥牛の犠牲獣祭 などの習慣をもっていた このようなマゴス神官団の宗教はその後のアーリア人の宗教史に二つの大きな影響を 与えた 第一に やがて西進してくる原始ゾロアスター教教団と習合し この特異的な 習慣をそっくりゾロアスター教の中に導入することに成功した この結果 マゴス神官 団の習慣はイラン高原の全アーリア民族まで広まることになった 第二に マゴス神官団は メディア地域から 当時アーリア民族よりはるかに高度な 文明を持っていたメソポタミア平原に進出し バビロニアの天文学 占星術と習合して 時間を崇拝する拝時教 ズルヴァーン主義を生み出した この教えは のちにグノーシ ス主義やマニ教に重大な影響を及ぼすことになる この二点で マゴス神官団はアーリ ア民族全体の宗教とゾロアスター教の成立に消えない刻印を残したのである ２ パルティア人による地方分権国家アルシャク朝 パルティア人はアーリア民族の中でもイラン高原にもインド亜大陸にも移動せず 中央 アジアに居残って騎馬民族化していたサカ族 スキタイ族 の一派と考えられている このパルティア人は前３世紀前半まではセレウコス朝の支配下にあったが 前250年の グレコ バクトリア王国の独立に続いて 前247年 族長アルシャクが独立した 前１世紀以降のアーリア民族の宗教の復興の流れのなかで 最も活発だったのはザラ スシュトラの教えではなく ミスラ神を崇める教えだった ミスラ神は イラン高原の アーリア民族の間でつねにポピュラーな崇拝対象であったものの このときまでは特定 の教義をそなえた独立宗教の主神としての体裁をとっていなかった そのミスラ神崇拝は アケメネス朝時代からイラン高原西部に浸透し 前1世紀以降 は マゴス神官団に担われて より広くメソポタミア平原から小アジアまで拡大して いた そして これらの地域でバビロニアの占星術 ギリシャ人の宗教 ユダヤ キリ スト教の要素を複合的に吸収し 独特の ミスラ ミトラ 教 を形成していく この 時点で 原始アーリア民族のミスラ崇拝や 大乗仏教と混淆した弥勒菩薩信仰などとは ミスラという神格を拝む点でこそ共通するものの 基本的には異質の宗教に転化したと みられる ミスラ教は 母胎なったイラン高原のアーリア民族よりも 何度も小アジアからメソ ポタミアに侵攻したローマ軍の兵士に愛好されたようで 遠くローマ帝国領内で多数の

8 信者を獲得した 最終的には四世紀にローマ帝国の国教になったキリスト教に敗れ去る が イラン高原発祥の宗教が地中海世界からブリテン島まで覆った例は このミスラ教 があるだけである パルティア王国 前３世紀 セレウコス朝シリアは大きく後退し アルケサス朝によってイラン高原 北東部にペルシャ人帝国であるパルティア王国 前247 紀元後226年 が建国された アルケサス朝パルティアにおいてゾロアスター教の公式教義がほぼ確定したと考えられ ており アヴェスターが聖典として文書化された パルティア王国では契約の神ミスラ ミトラ が重視されていたと考えられ パルティア王国の宗教はゾロアスター教と いうよりはミスラ教 ミトラ教 と称すべきものに変化していた可能性がある ４ 中央アジアのゾクド的ゾロアスター教 ゾクディアナから西域 華北へ 中央アジアはサーサーン朝ペルシャの軍事力がそこまで及ばないのでその版図外で あり その領域外であった 中央アジアは 原始アーリア民族の揺籃の地であり ザラ スシュトラ スピターマが活躍した由緒ある土地である そこに住まうソグド人の宗教 は ペルシャ帝国のゾロアスター教以上に教祖の教えの原形を保っていると思われる そして遺跡の調査の知見から再現されるつつあるゾグド人の宗教はサーサーン朝の ペル シャ的ゾロアスター教 とは別種の 中央アジア独特の ソグド的ゾロアスター教 天 教 であることが判明してきた 原始アーリア民族の大移動に際して中央アジアに残留した アーリア民族は 生業の 違いから サカ族 スキタイ族 などの騎馬民族とソグド人などのオアシス定住民に 分かれた 後者のソグド人の宗教が 原始アーリア民族の 拝火と祈祷の宗教 の古式 を保っていたと想像される アケメネス朝以降のソグディアナは 直接 間接に セレウコス朝 グレコ バクト リア王国 クシャーナ朝 サーサーン朝ペルシャ帝国 エフタル 突厥 アラブ人イス ラーム教徒 の支配を受けてきたと思われる ソグディアナには外来文化として シリア系商人が伝えた東方ミトラ教 メソポタミア 平原から直弟子マール アンモーが伝道してきたマニ教 インド商人がもたらした仏教 ヒンドゥー教などが流入していた ソグド人が活躍した歴史の舞台は ソグディアナ本国だけではない 中央アジアより もさらに東をめざして 西域 現在の中国新疆ウイグル自治区 から中国華北地区まで 足を伸ばしている この当時の西域は 定住したサカ族であるホータン サカ人などの イラン アーリア民族が インド人や中国人などとともに雑居する土地であった しか し 宗教的には イラン アーリア民族の宗教ではなく 仏教が篤く信仰されていた らしい この ソグディアナ 西域 華北 を貫くソグド人ネットワークは 八世紀にソグ ディアナ本国がアラブ人イスラーム教徒の侵攻によって壊滅するまで維持され ユーラ シア大陸の東西を結ぶ架け橋として有効に機能した ソグド的ゾロアスター教は ソグド人の文化的影響を受けやすかった周辺の遊牧民の 間で 広く受容されたと考えられている 漢文文献では ソグド的ゾロアスター教

9 やソグド的文化を一律に 天教 胡風 西方異民族をさす語のひとつ と表記して いる 天 天神という意味 という文字は 唐代に初めて使用されて以来 中国から 西方にある文物 宗教を指し示す語となった 中央アジアのイスラーム化とトルコ化 このように ソグド的ゾロアスター教 は ペルシャ的ゾロアスター教 とは異なっ た発展を遂げたが 終焉は同じアラブ人イスラーム教徒によってもたらされた これ 以後のソグディアナの主たる宗教は 次第にソグド的ゾロアスター教からイスラームへ と転換していった 前2500年の昔から 中央アジアを起点にイラン高原 インド亜大陸に進出して政治 的な覇者になるのは アーリア民族であった しかし 約3500年の歳月を経て 中央 アジアの覇権は老朽のアーリア民族から新興のトルコ民族へと移り 言語的にもソグド 語 サカ語 バクトリア語などのアーリア系諸語が消滅して トルコ系言語の世界に 生まれ変わった かつて ソグド的ゾロアスター教 が栄えた中央アジアの地は それ らと民族的 言語的 宗教的にはまったく無縁な トルコ イスラーム文化 の揺籃の 地となった 10 11世紀には ソグディアナはトルキスタンに変貌したのである ５ ゾロアスター教団の滅亡 800年代前半までにはアーリア民族の軍事的蜂起が鎮圧され 900年代までには文化 的優越性の主張も消え去った これ以後 オリエントでは急速にイスラームの優位が 固まり それまでは必ずしもアラブ人やイスラームに信服していなかったイラン高原の アーリア民族が 雪崩をうってシーア派イスラムへ改宗していく そして 900年代末期 には ゾロアスター教神官団そのものが消滅してしまう イラン高原北部から発生した シーア派王朝が イラン高原南部に残っていたゾロアスター教神官団を最終的な滅亡に 追い込んでしまったのである だが イラン高原がイスラーム化したあとも アーリア民族の間にはイスラーム化 以前の記憶が残っていた それは アラブ人がアラビア砂漠の中から出てくる1000年 以上も前から 古代オリエント世界に覇を唱えていた という栄光の記憶である そして この記憶は 近世ペルシャ語が文学用語として熟した10世紀末に民族叙事詩 にまとめられ 以後長く イスラーム化したアーリア民族のアイデンティティーとして 機能してゆく こうして アーリア民族の挽歌 民族叙事詩の成立となった ４ ミトラ教 １ ミトラ ミスラ とは １ ミスラはイラン神話に登場し 英雄神として西アジアからギリシャ ローマに至る 広い範囲で崇められた神 インド神話の神ミトラと起源を同じくする インド イラン 共通時代にまで遡る古い神格である ミトラとは本来 契約 を意味する ２ イランのミスラ ミスラという語形はインドのミトラに対応するアヴェスター語形で パフラヴィー語 ではミフル ソグド語ではミシ バクトリア語ではミイロという 古くは インドと

10 同じく契約 約束の神だったが 中世以降は友愛の神 太陽の神という性格を強めた 民間での信仰は盛んで ミスラを主神とする教団もあった ミトラ一神教という動きも あった ３ ゾロアスター教のミスラ ミスラは司法神であり 光明神であり 闇を打ち払う戦士 軍神であり 牧畜の守護 神として崇められた 古くはアフラ マズダーと表裏一体をなす天則の神であったが ゾロアスター教においてはアフラ マズダーが絶対神とされ ミスラはヤザタの筆頭神 に位置づけられた このような変化があったものの ミトラはアフラ マズダーと同等 であることが 経典の中に記され 初期の一体性が保存された ４ 他宗教への影響 ミスラ信仰はペルシャ帝国期 マギ神官によって小アジア シリア メソポタミアに 伝道され ギリシャやローマにも取り入れられた ギリシャ語形 ラテン語形ではミト ラースと呼ばれ 太陽神 英雄神として崇められた その信仰はミトラス教と呼ばれる密儀宗教となって １世紀後半から４世紀半ばまで のローマ帝政期に ローマとその属州で広く信奉された また弥勒菩薩 マイトレーヤ は 名の語源を同じくすることから ミスラを起源と するという説も唱えられている これによると 弥勒菩薩の救世主的性格はミスラから 受け継いだものだという ユダヤ教の天使メタトロンの起源もミスラであるという説がある ミスラはアフラ マズダーを凌ぐほどの崇拝を受け ゾロアスター教の正統に拮抗する勢力を保持した ５ ミトラ教は時代によって５つに区分することができる ①原始ミトラ教時代 紀元３世紀までのバビロニアを中心とした時期 ②西方ミトラ教時代 ローマ帝国とセレウコス朝シリアを中心とした時期 ③東方ミトラ教時代 バビロニア イラン 中央アジア 中国など全ユーラシア大陸 に広がった時期 伝道者マニの名をとってマニ教とも呼ばれる ④東方神智学時代 イスラムの神学と融合した時期 ⑤現代神智学時代 ２ ミトラ教とは ①ミトラ教またはミトラス教またはミスラス教は 古代ローマで隆盛した 太陽神ミト ラス ミスラス を主神とする密儀宗教である 普通 ミトラス教は古代のインド イランに共通するミスラ神 ミトラ の信仰であったものが ヘレニズムの文化交流に よって地中海世界に入った後に形を変え 主にローマ帝国治下で紀元前1世紀より５世 紀にかけて発展し 大きな勢力を持つにいたったと考えられている しかし その起源 や実体については不明な部分が多い ミトラス教は牡牛を屠るミトラス神を信仰する密儀宗教である 信者は主に男性で 構成され 信者組織は７つの位階を持つ 入信には試練をともなう入信式があった ②ミトラ教 現在のイラクに相当する地域をバビロニアといいます ここを中心にイラン西部には ミトラ崇拝という信仰がありました 後にバビロニアの神官団 カルデア人 は 自分 たちの神聖科学 占星術を中心とした秘教的教義 と預言者ザラスシュトラの教義を 融合して ミトラ教という宗教に発展させました これは後にバビロニア ストア学派

11 の手でローマ帝国に伝えられます ローマ帝国に紹介された当初 ミトラはペルセウス と呼ばれ 真の名ミトラは秘密とされました ペルセウスとは ペルシャから来た神 という意味です ミトラ教は古代から中世にかけて西アジアで最大の勢力を誇った大宗教です バビロ ニア メディア王国 パルティア王国 古代ローマ帝国 アケメネス朝ペルシャ帝国 ササン朝ペルシャ帝国 ウイグル-トルコ王国では国教でした 中国では 明 という 王朝名の由来になりました イスラームが広がり始める七世紀以降 徐々にイスラームに取って代わられていきま すが 十二世紀までミトラ教の本部はバグダッドにありました 西から徐々にイスラー ム化していき 十六世紀にはほぼ完全にイスラーム神智学へと移行しています ③ミトラ教は 宇宙の守護者コスモクラトールと呼ばれる宇宙的知者ミトラを中心に した宗教で 古代ペルシャ神話を母体にしています このようにペルシャ神話を母体に した宗教には ミトラ教の他にマズダー教があります 両者は同一の宗教の異なる宗派 ともいう関係にあります 総称のゾロアスター教という呼び名のもとになったゾロアス ターは 両教の最初の預言者 開祖 として仰がれている古代ペルシャも宗教改革者 ズピターマ ザラスシュトラの名が英語化したものです ミトラ教は 永遠時間の神ズルワーンを至高神とする宗教です これは現在のイラン 西部とイラクを中心にしていました もうひとつの マズダー教 はザラスシュトラの 宗教改革の結果生まれた宗教で アフラ マズダーと呼ばれる善なる神を至高神としま す ④ミトラ教は時代によって前期 中期 後期の三つに分けることができます 前期は 現在のイラクに相当するバビロニアを中心としたメディア王国 前728 前550年 アケメネス朝ペルシャ帝国の国教だった時代を指し この時期のミトラ教を 原始ミト ラ教 と呼びます 中期は 古代ローマ帝国とセレウコス朝ペルシャ帝国を中心とした 時期で この時期のミトラ教を 西方ミトラ教 と呼びます 後期は ササン朝ペル シャ帝国とウイグル トルコ王国の国教であった時から中国明代に至る時期で バビロ ニア イラン 中央アジア 中国など全ユーラシアに広がった時期です この時代の ミトラ教を 東方ミトラ教 と呼びます 伝道者マニの名をとってマニ教 摩尼教 その中国名で摩尼光仏教 狭義のイメージからとって明教 至高神の名をとってズル ワーン教などとも呼ばれます ⑤東方ミトラ教は十二世紀以降バグダッドに本部を置くミクロス派 ミクラシーヤ と 中央アジアのサマルカンドに本部を置くミトラ派 ミーフリーヤ に分かれます シル クロードを通って中国に伝えられたのはミトラ派です ミトラ教は全ユーラシアを席巻した宗教運動 ミトラ教は ヘレニズム文化が生んだ宗教です ヘレニズム期はギリシャから北イン ドまでが一つになった時代であり 広範な国際化が行われた時代です ミトラ教はこう いう国際化時代が産み出した宗教です

12 ３ ミトラス教の歴史 １ ミトラ教の発生 ミトラ教は アーリア民族の古代宗教がメソポタミア 小アジアに入り そこの神官 集団の間で発展したものであり 原始ミトラ教と呼ばれている 原始ミトラ教からマズ ダー派が分かれ アフラミトラという最高神を三つに分離し 部分的に崇拝するように なったのである ミトラ派とマズダー派が対立している頃 ザラスシュトラが生まれた アケメネス朝ペルシャ 前220 前370年頃 において マズダー派とミトラ派の離合 集散があり 結果的に三つの神を崇拝するグループが優勢になった 三アフラ教 古 ゾロアスター教 と呼ばれ アフラ ミトラ アハナヒータの三神を最高神とした まだ 二元論の特徴はなかった ２ ミトラ教の特徴 三アフラ教のミトラ派は アケメネス朝末期からバビロンの占星術と結びつき ミト ラの秘儀とバビロンの占星術が融合し秘教占星術 ズルワーン神学 が生まれた カル ディアン マギとは 彼ら秘教占星術師のことなのである ここにミトラ教が一つの 完成に至る かつてザラスシュトラは善悪の双子の神の上にアフラマズダをおいたが ズルワーン神話でもズルワーンが善悪両神の上に立っている ズルワーンの下にミトラ がいて 善悪両神を統括している これをミトラ教と呼ぶ ３ ミトラ教の拡大 アケメネス朝ペルシャでは古ゾロアスター教 三アフラ教 に圧倒されたが アレク サンドロス大王後のセレウコス朝シリア 前312 前64年 さらにアルケサス朝パル ティア 現イラン 前247 後226年 ではミトラ教が広がり パルティアの国教まで になった セレウコス朝シリアの崩壊を受けてパルティアと同時に中央アジア 現アフガニスタ ン パキスタン に興ったバクトリア 前247 前140 でも 国教はミトラ教であっ た バクトリアもヘレニズム国家であり 王家はギリシャ人であり プラトンの家系と もいわれる パキスタンにミトラ教が入ったことは後の歴史に大きな影響を与えること になる 前538年に 新バビロニア王国は滅び アケメネス朝ペルシャ帝国 前559 前330年 の一部になりました この大帝国の中心地バビロニアで ペルシャのミトラ崇拝とバビ ロニアの占星学が結びついて秘教占星学が生まれました 当時の司祭 カルデアン マギ たちは これをズルワーン神学と呼んでいました それは 永遠時間の神ズル ワーンが惑星たちの背後にいて 宇宙の運命を定めていると考えていたからです 初期のズルワーン神学は アフラ マズダーとアーリマンの戦いを ズルワーンの 化身であるミトラが仲裁するという図式になっていました その後次第に 二元対立の 図式を乗り越えるための智慧 霊知 を与える太陽神ミトラが神学の中心になってきま した この結果として ミトラ崇拝は古代三アフラ教 古代ゾロアスター教 から完全 に別れてミトラ教になりました 今日では このような方向に発展していくなかで 後期ズルワーン神学と古派 ミトラ派 の信仰が結びついて ローマ帝国の西方ミトラ 教が生まれました 前２世紀 それがさらに発展して 中央アジアの東方ミトラ教 明教 サビアン教 になった ３世紀 と考えられています

13 セレウコス朝シリアはズルワーン神学を国教としていました パルティアは ミトラ派の勢力が強く ミトラ崇拝が盛んでした バクトリアは プラトン一族が王家であり ミトラ教を国教としていました クシャン帝国は 仏教を国教とし 弥勒信仰が盛んでした ４ ミトラ教 西方ミトラ教の歴史 １ 民族移動 インド イラン系民族は 中央アジア カザフスタン に住んでいた 彼らは この 時期すでにミトラを崇拝していた この時期の信仰形態は不明である おそらくは 自然 崇拝的な多神教であったと推定される ある時 地球規模の気象変動が起き 中央アジ アからモンゴルにかけての地域が寒冷化した 暖を求めて モンゴル人 トルコ人は中央 アジアに南下した これに押し出されるかたちで インド イラン系民族は中央アジア からさらに南下することになった 彼らの半分はインドに向かい 残る半分はイラン高原 に向かった イラン高原に向かった者たち イラン系民族 は ヒッタイト人 ミタン ニ人 カッシート人 メディア人という順番でイラク北部からトルコ東南部にかけての 地域 つまりクルドの地に定住した ２ ミトラ単一神教国家の成立 彼らの作った帝国はいずれも 先住のアジア系民族と混住 混血し アジア系の神々 を迎え入れたので インド イラン系の神々とアジア系の神々が入り混じった この 合同神団の中心にはミトラがいて その直近にはアリヤマン スラオシャ インドラ ナーサティア双神を含む七神がいた この形態 ミトラ単一神教 は ミタンニから メディアにかけての時代に完成したと考えられている ヒッタイト帝国 ミタンニ人と同族で 鉄器文化を持っていた ヒッタイトの主神は太陽神イェスタン である イェスタンは 後のクルド語のヤザタのことで 最高神ミトラの尊称である ヒッタイト帝国は710年間続いた ミタンニ帝国 ミタンニという名称はミトラの名に由来している ミタンニ帝国は430年間続いた メディア帝国 メディア帝国は ミトラ教を西アジア全域に広めるために 各地にマギ 神官 を派遣 し ミトラ神殿を建てた メディア帝国は285年以上続いた イラン クルドの歴史家 は ミタンニとメディアのミトラ教が後のイラン クルド文化の基礎を築いたと考えて いる カッシート王国 カッシート人は 独自の王国をつくらず 古バビロニア王国の首都バビロンに定住し て その一王朝になった この時期に ミトラとバビロニアの太陽神シャマシュの習合 が起きた 司祭も混血し この混血司祭が後のカルデアン マギにつながっている この時の習合と混血により ミトラとバビロニア占星術の最初の出会いが生じた カッ シート王国は380年間続いた

14 ３ アケメネス朝ペルシャ 前 年 の成立 メディアとバビロニアを併合して誕生した 最盛期にはエジプトをも併合したが アレクサンダー大王の東方遠征により滅ぼされた アケメネス朝は228年間続いた アケメネス朝ペルシャの祖キュロス 在位前 年 にとって メディア帝国 との連合を維持し その軍事的支援を受けることは最重要な課題であった それゆえ メディアの国教ミトラ教に干渉することはなかった ４ ゾロアスター教の誕生 ダリウス 在位前 年 はメディアの分離独立を阻止するために アフラ マズダー ミトラ 女神アナーヒターといいう三神を崇拝するといいう折衷形態をとる ようにした おそらく ゾロアスター教はダリウス大王の政治的な判断により生まれた と推定されている ５ ゾロアスター教におけるミトラ アケメネス朝のミトラは アフラ マズダー 女神アナーヒターとともに至高三神団 を形成していた ミトラはアフラ マズダーと同格 同体の最高神であった そして アルタクセルクセス一世 前 年 の時代からミトラを単独主祭神とする国家 的公式祭儀が行われるようになった ゾロアスター教におけるミトラは戦神である 義なる者に恩恵をもたらし 邪悪なる 者に当然の報いを与える神である ６ 天上王権継承神話の発達 カルデアン マギ カルデア人祭司はマズダー派による弾圧を逃れるために メディア人 クルド人 の マギ すなわちミトラ教のマギの庇護下に入った ミトラ教は人種差別をしなかった からである やがて両者は混血し バイリンガルの子どもたちが誕生した カルデア系 の親からはバビロニア多神教の占星術 宇宙論 秘儀を メディア系の親からはミトラ 教の秘儀を受け継いだ このバイリンガルの子どもたちがカルデアン マギである カルデアン マギは ミトラの秘儀の中にバビロニア多神教の占星術 宇宙論 秘儀 哲学のすべてを組み込んだ これにより バビロニア多神教は歴史の表舞台から消滅 したが その精髄はミトラ教という形で存続することになった アケメネス朝中期になると カルデアン マギは政治 宗教上の大勢力になり 暦の 制定や経典の編纂を一手に引き受けるようになった 彼らの台頭により 天上王権が ズルワーン アフラ マズダー ミトラと引き継がれたとする天上王権継承神話が次第 に折衷宗教 ゾロアスター教 の主流神話になっていった アケメネス朝時代初期のゾロアスター教におけるミトラは アフラ マズダーを崇め る者たちの守護神であり チンワトの橋において死後の魂を裁く神であった それゆえ ミトラはアフラ マズダーが創造したすべての生き物と人類を保護監督する神 世界を 統治する神 になった ミトラはアフラ マズダーの分霊 つまり受肉した言葉とみな されるようになった ミトラは偉大な神であったので 最終的にはアフラ マズダーと

15 同格 一体の神になった 神話の変化はさらに進んだ アフラ マズダーはミトラに世界統治権を委譲したと いう神話が確立し 世界を統治するのはミトラで アフラ マズダーは来世だけを統治 するという役割分担が確立されたからである 世界統治権は 主神 最高神 の証しと される最重要の権能である これがついにミトラのものとなったのである アレクサンダー大王の役割 アレクサンダー大王がアケメネス朝を征服した時 すでに天上王権継承神話は広く 普及していた アレクサンダー大王は ギリシャとアジア両方を統合し すべての民族 を平等な同胞として扱うことを宣言したので ヘレニズム王朝時代はギリシャ多神教と ミトラ教の時代になった アレクサンダー大王はどの宗教にも寛容であったが 旧敵 アケメネス朝の国教ゾロアスター教とその主神アフラ マズダーだけはけっして許さず 徹底的に破壊 弾圧した マズダー派の祭司も大量に処刑した 天上王権継承神話を利 用しつつ 巧みな政策と強大な軍事力でミトラ崇拝を興隆させたという意味で アレク サンダー大王は決定的な役割を果たしたと言えるであろう ７ セレウコス朝シリア アレクサンダー大王の死後 アレクサンダー帝国の大部分 つまりイラン イラクを 領土としたのはセレウコス朝シリアである セレウコス朝はズルワーン神学を採用して ギリシャ多神教 ミトラ教 マズダー教の融和を図った そして天上王権 主神の座 はミトラに移ったと考えられ ミトラ崇拝はますます盛んになった ８ パルティアにおけるミトラ教の誕生 アケメネス朝中期から始まったミトラ崇拝の興隆は ヘレニズム王朝の一つパルティ アにおいて大きく開花した ミトラはパルティアの至高の最高神 主神 となり この 王朝の守護神となった パルティアの国教はミトラ教である パルティアでは 天上王権継承神話に基づき 主神の座はアフラ マズダーからミトラへ引き継がれたとし ミトラこそが至高の最高 神 主神 であると正式に定めていたからである ９ 西方ミトラ教の誕生 西方ミトラ教はパルティアがミトラを最高神にし ミトラ崇拝を国家規模で奨励した 時期に成立した 誕生の地は 古来ミトラ崇拝の地として知られるシリア北辺の内陸部 クルドの地の南部 ペルシャ帝国とローマ帝国の緩衝地帯である この地は ロー マ帝国側からはプラトン哲学とストア学派による支援 パルティア側からは至高神ミト ラ崇拝の国教化と公的奨励という二つの力の合わさる土地であったからである 緩衝地帯にあった国々 カッパドキア王国 コマネゲ王国 ポントス王国 アルメニ ア王国 はもともとミトラ派の地であったから これらの国家はみな西方ミトラ教を 国教にした 文化 思想面から見た時 西方ミトラ教はおそらくパルティアの国教からゾロアス ター教 マズダー教 的な要素を徹底的に消し去ろうとする運動とみなすことができる

16 10 ローマ帝国における国教化 ミトラ教が国教になったのは マルクス アウレリウス帝の頃 161年 180年 から で ヴァレリアヌス帝とディオクレティアヌス帝の頃 253年 305年 に最高潮に達し た コンスタンティヌス帝がミラノ勅令 313年 を出して キリスト教を公認してから も ミトラ教の拡大は続き 392年テオドシウス一世が異教禁止令を出すまで約210年 間国教の座にあった ササン朝との対立が激化するなかで 西の帝位継承問題がもつれ 争いが生じた これにキリスト教と西方ミトラ教が巻き込まれた ササン朝的なものをすべてを捨てて ローマ皇帝に忠誠を尽くすと宣言したキリスト教徒の一派がテオドシウス一世と結び つき 勝利を収めた この一派の勧めで392年テオドシウス一世が異教禁止令を出した これにより キリスト教以外の全宗教がローマ帝国領内で禁止されたのである 西方ミトラ教も甚大な被害をこうむった ミトラ教のマギたちはローマ帝国領内の各地 にあった聖なる洞窟を壁でふさいで封印した 一部のマギと信徒はクルドの地へ移住 した シルクロード草原ルートを通って新羅に到達した集団や 海路脱出し中国南部に 到着した集団もある 西方ミトラ教はローマ帝国の域外にあるクルドの地にも広まっていたので その地の 西方ミトラ教はそのまま存続したが ローマ皇帝崇拝は消滅し キリスト ミトラ崇拝 だけが残った バルカン半島のブルガリアにいた西方ミトラ教はボゴール派になった ミトラ教の歴史はこの後も続き イスラーム化を経て現代に至っている 11 ローマ帝国以外でのミトラ教 マニ教 の活動 ミトラ教はローマ帝国で徹底的に弾圧され ローマ帝国内から放逐された しかし これがローマ帝国崩壊への引き金となり ローマ帝国は東西に分裂する ヘレニズム時代 セレウコス朝シリアやパルティア王国が作られたが この二王国と もにヘレニズム的国際主義を国策としたので ミトラ信仰とミトラ派のズルワーン神学 が大いに興隆し ズルワーン神学が国学となり 国王はミトラ神の化身であるとされた アフガニスタン パキスタン 中央アジア カシミール地方を合わせた地域には ミトラ神を崇拝するミトラ教国家 バクトリア が誕生した このバクトリアが滅亡した あと クシャーナ帝国 が生まれ 仏教を国教とした 王朝が変わってもミトラ信仰 は盛んだったので それを仏教化した弥勒信仰が生まれた ５ マニ教 東方ミトラ教 １ はじめに 教祖マニ ３世紀頃 ササン朝ペルシャの時代にバビロニア生まれの教祖マニ またはマーニー が ゾロアスター教をもとに キリスト教や仏教の要素も取り入れて折衷した新宗教 しかし グノーシス主義の宗教であると見るものもいる マニはシャープルール１世に は保護されたが 次のバフラーム１世によって処刑された ゾロアスター教を国教と するササン朝のもとでは その後もマニ教は弾圧された マニはササン朝のイラン人 216年 メディアのハマダーンで パルティアの王族

17 つまりアルサケス家 につながる父パテーグの子としてバビロニアに生まれた 父は キリスト教グノーシス派の洗礼者教団に加わっていたので マニもそのような環境の中 で育った マニは12歳の時 双子と呼ぶ聖霊の訪れを受け 新しい信仰の自覚を持つに至った という 24歳の時 ふたたび聖霊の啓示を受け インドに旅して仏教なども知ること となり 新しい宗教マニ教を創始した それはゾロアスター教の善悪二神の対立を基本 とし 種々の神話やキリスト教 仏教の要素などを取り入れた折衷宗教であるが 霊と 物質の対立というギリシャ的要素も加味され 悪に属するとされた物質世界の未来を きわめて悲観的に考えた マニは自らの教義を シャープーラカーン と呼ぶペルシャ語の書物にまとめた 世界に教えを広めることを自らの使命と考えたマニは 生前すでにローマ エジプト 中央アジアなどの異民族のもとに伝道団を送り 聖典の翻訳も進めた この伝道は成功 したが 同じように伝道を行っていたキリスト教教団と各地で対決することになった ゾロアスター教の祭司団は マニの成功に危機感を強め その祭司長で王宮でも隠然 たる力を持っていたキルデールはマニの排除を画策した マニはフラワーム１世によっ て捕らえられ 投獄された マニ教はゾロアスター教 キリスト教 仏教を折衷し 初めから世界宗教として成立 した そのような新しい宗教が成立した３世紀の世界は ヘレニズム的な環境が色濃く 残っている時代であった そして マニの生まれて育ったバビロニアにおけるヘレニズ ム的な環境も大きく影響している ヘレニズム的な環境とは多様な民族 言語 慣習 文化が共存し 他社の思想信条や慣習には極力立ち入らないという寛容な環境であった マニ教の直接的な母体になったグノーシス派はプラトンやアリストテレスなどのギリ シャ哲学の思弁法とユダヤ教の世界観が結びついたものであった キリスト教も同様な 背景をもっており 当時この二つの宗教は同等の重みで存在していた マニはササン朝のシャープール１世の王宮に迎えられ保護されたが 王自身はゾロア スター教であったので マニ教が公認されたわけではない マニ教の急速な発展を脅威 ととらえたゾロアスター教祭司団によってマニは投獄された その死後 バビロニアを 中心にマニ教団が成立した しかし ササン朝では布教が禁止されたため かれらの 布教活動は周辺に向かい シリア 西方のローマ帝国領内 エジプト 北アフリカまで およんだ ちょうどその頃 キリスト教もローマ領内で布教活動を行っていたので 当初 ロー マ帝国はこの両宗教を同じような危険な宗教と捉えて たびたび弾圧した 当時のマニ教の隆盛ぶりは ローマ帝国がキリスト教を国教にしなかったとしたら マニ教が国教になっていただろうといわれるほどであった ローマ帝国でキリスト教が 公認され ついで国教になってからは マニ教は異端として扱われ 排斥された しか し マニ教的な思考法 その魅惑的な神話群は人々を魅了しつづけ キリスト教化され たヨーロッパにおいてもその影響を受けた二元論は連綿と生き続けた マニ教 東方ミトラ教 の神話 救世主神話として ユダヤ教 キリスト教の神話とミトラ神話をつなぐ神話があり ミトラがこの世に生まれ変わった経緯とその生涯を伝える 仏教の弥勒神話 現在の

18 アフガニスタン ユダヤ教のメタトロン神話 バビロン周辺 アルメニアのミトラ神話 アルメニア地方 サオシャント伝説 イラン がこれに属す マニ教 東方ミトラ教 の神話は 天地創造神話 天上王権継承神話 救世主神話を すべてこの順番につなげて集大成したものである ２ ローマ帝国時代の実態 東方ミトラ教はマニが創始した宗派で ミトラ教にキリスト教 マンダ教 仏教を取り 込んで集大成したものである 東方ミトラ教がローマ帝国領内に伝えられたのは西暦 250年以降 アウレリアヌス帝の治世下 である ミトラ神話の解釈について言えば 東方ミトラ教と西方ミトラ教の間にそれほどの違い はない 大きな違いは ユダヤ神話 キリスト神話との習合 接合がより強固になり キリスト 救世主 なるミトラ という考え方が強まったことであろう ローマ帝国末期は皇帝崇拝 キリスト ミトラ崇拝 キリスト単独崇拝が入り混じり 政治的 宗教的に極めて複雑な状況にあった 西方ミトラ教 東方ミトラ教 キリスト 教という区別は 西洋のキリスト教系学者が創り出した一種の虚構であり 実際には ササン朝同様にローマ帝国においても区別がなかったというのが実情である ３ クルド イランの人々の見解 欧米の歴史家は ミトラ教とキリスト教がローマ帝国内で国教の座をめぐって激しく 競り合い 最終的にキリスト教が勝ったと宣伝してきた しかし 事実は違う 当時 ミトラ教はキリスト教と別個の宗教ではなかった 実態は キリストなるミトラを崇拝 する一つの宗教 キリスト ミトラ教 であった ところが ローマ帝国とペルシャ帝国 ササン朝 の軍事的な衝突が激しさを増したため キリスト ミトラ教の内部で深刻な 対立が生じた 一方は この際クルド ペルシャ的な伝承や名称を完全に廃棄して ローマ帝国の宗教としての立場を明確にすべきだと主張した 他方は このような政治 的妥協をすべきでなく あくまでもキリストなるミトラを崇拝すべきだと主張した 両者の争いは 帝権をめぐる争いを巻き込んで激化した 激しい派閥争いの末 クルド ペルシャ的な部分を切り捨てるべしと主張する一派が勝ち この一派がローマ帝国の お墨付きを得た これが392年のことである この一派は 国家の後ろ盾を得ると すぐ さまキリスト ミトラ教の中からクルド ペルシャ的なものを封印 廃棄し キリスト ミトラ派を追放した キリスト ミトラ キリストなるミトラ という呼称も キリ ストだけにした キリストのイメージも操作されたため ひげの生えていない少年の姿 をしたキリスト ミトラの像は ひげを生やしたイエスの像へと変えられた これが キリスト教誕生の真相である この事情がよく分からなかったので 欧米の歴史家は表面だけを見て キリスト教徒 がミトラ教を破壊 迫害したと誤解したのである 当時 ローマ帝国の人々は ペルシャ帝国 ササン朝 の内情をほとんど知らなかっ た 数百年にもわたって ミトラ派とマズダー派の激しい抗争が続いており ローマ帝国 と対峙するササン朝の内部では 東方ミトラ教とマズダー教が激しくぶつかっていた 東方ミトラ教は ローマ帝国のキリスト ミトラ教のバビロニア的形態であった もし ローマ帝国のキリスト ミトラ教の人々が ササン朝の内情に詳しく しかも 政治的

19 妥協をしなかったなら キリスト ミトラ教は ローマ帝国とペルシャ帝国の和解を うながし 世界史を今日とはまったく異なるものにしていたであろう ４ 東方ミトラ教という呼称について マニの創始した宗教をマニ教とは呼ばずに 東方ミトラ教と呼ぶのは 次のような 理由による ①発祥地が東方の中心都市バビロニアであること ②マニがミトラ 弥勒 の化身であるとみなされたこと ③クルド イラク イラン 中央アジア 東欧のミトラ教に受容された部分だけが 宗派 ミトラ教の新派 として成立することができた ローマ帝国領内に広まった部分は 異教禁止令が出された後 ミトラ教的な要素は隠さざるを得なくなり ６世紀までに 消滅してしまった ④マニ教の最大宗派は 自らをミフリーヤ ミトラ教 と称したこと ５ 東方ミトラ教の歴史 東方ミトラ教は イラン クルドの宗教的伝統 ユダヤの宗教的伝統 新しく生まれ たキリスト伝承の融合というヘレニズム的潮流の中から生まれた 東方ミトラ教は人種差別をしなかったのでさまざまな人種の信徒 司祭がいた ササ ン朝にとどまらず 中央アジア 中国 小アジア半島 バルカン半島 アフリカ北部 地中海沿岸にも広まった 国家 民族の壁を越えたこの広がりこそが 東方ミトラ教の 大きな特徴である イラン民族主義に固まり ササン朝の領外ではまったく信徒を獲得 することのできなかったズルワーン教やマズダ教と大きく異なる点である イスラーム時代 イスラーム王朝はササン朝とは異なり東方ミトラ教に対し寛容かつ保護的な姿勢を とった アブー バクルはムハンマドの後継者として初代カリフになると アラブ イスラームのエネルギーをササン朝に対する聖戦 ジハード に振り向けた イラク シリアと兵を進めるうちに この聖戦はペルシャ至上主義に対するセム系民族解放闘争 になっていった イスラーム軍はササン朝を一挙に壊滅させ ズルワーン教とマズダー教を瞬時に崩壊 させた クルド地方とパミール高原 タジク は山岳地帯であるため この両地域を 地盤としていたミトラ教 マズダク教は無傷で残った 中央アジアのトルコ系民族の間 に広がっていた東方ミトラ教も無傷であった イスラーム時代になると 弾圧はなくなった ウマイヤ朝は東方ミトラ教に寛容で あったので 東方ミトラ教は非常に安定し 信徒はササン朝時代より増えた 東方ミト ラ教はアラブ系の信徒が多かった アッバース朝は初期シーア派とザンダカ主義を厳しく弾圧した 初期シーア派と東方 ミトラ教の習合は地下運動において進行した 10世紀になると 東方ミトラ教はアッバース朝による迫害を逃れて バグダッドを 捨て 本部を中央アジアのサマルカンドに移した 当時 中央アジアには東方ミトラ教 を国教とするトルコ系のウイグル王国があり 中央アジアのトルコ人支配地域では

20 アッバース朝の圧力が及ばなかったからである 一般に トルコ人が東方ミトラ教と イスラームの習合に果たした役割は極めて大きい 小アジア コーカサス地方 東欧に おいても 習合宗派の成立に大きく貢献している アッバース朝による弾圧は思わぬ副産物を生じさせた それは スーフィズムである スーフィズムの哲学 思想は シーア派 習合宗派 と同じであるが スーフィズムは 政治的な主張をせず 神秘道だけに専念するものである ミトラ教の文化人 知識人は このスフーィズムの成立に大きく関与した アッバース朝はゾロアスター教 マズダー教 にとって不倶戴天の敵となった アッ バース朝に優遇されたペルシャ人イスラーム教徒がゾロアスター教徒に過酷な弾圧を 加えたからである わずかに残ったゾロアスター教徒の一部 パールシー は 10世紀 にインドに亡命した ６ クルドと中央アジアにおけるマニ教の実態 ササン朝時代 クルドの地と中央アジアは 伝統的にミトラ教の地であった ミトラは太陽にして 救済神であり 世界を統治する最高神であった これらの地の人々は伝統的なミトラ教 を捨ててマニの教えに乗り換えたわけではない これらの地のミトラ教徒は 自分たち の伝統 祭儀 神話 教義 に適合する部分を受け入れて それ以外の部分は捨てた 彼らはマニの教えをミトラ教の伝統の中に組み込んだ マニ教の東方への伝播 イラン系民族であるソグド人は サマルカンドなどを拠点に中央アジアのオアシス 地帯で早くから交易に従事していたが そのソグド人商人の商活動によってマニ教は 広く東西に伝えられ イラン人以外にも広がっていった ウイグルがマニ教を国教とし たので 唐代の中国に広がり 摩尼教 と言われるようになった ７ マニ教とグノーシス主義 マニ教の教義とその宇宙観は 基本的にはゾロアスター教の二元論をもとにしている が グノーシス主義 ヘレニズム世界で流行した神秘思想 プラトンやピタゴラスの 哲学をもとに 隠された真の知識 を意味するグノーシスを知ることで救済されると 説く の影響を受け 宇宙を霊的な光と物質的な闇の対立とする そして物質や肉体を 嫌悪するという現世否定は仏教の影響と考えられる さらに壮大な宇宙草創物語が語ら れ 光と闇の闘争は最終的にイエスが登場して救済されるというキリスト教に結びつく という グノーシスとは ギリシャ語の 智 を意味しています その智が魂を救い出すので す グノーシス主義と同様に マニ教にとっても人間は悪しき物体なのです その悪に 囚われている光を智の力で解放していく 光は人間の持っている魂であり 智は人間の 持つ善の部分であった それが光の神々に呼応し 解放が行われるというのです グノーシス主義やマニ教は 人間が肉体という悪の物質に囚われた罪の存在であると 考えました 肉体という物質に支配される精神の中で 罪を感じつつ 人間の欲望と いうものを鋭く見つめていました

21 ６ ミトラとキリスト １ キリスト ミトラ ヨハネのキリスト アウグスティヌスの神 グノーシス派の三重のキリスト キリスト の五大天使 これらはキリストがミトラであるということがあたりまえのこととして キリスト教成立の初期の段階 経典成立の前 から広く存在していたことを示している ２ ミトラとキリストの共通する伝承 ミトラとキリストの伝承には多くの共通点がある その多さと重なり具合は キリ ストなるミトラ を前提としない限り 説明がつかないほどである ３ 宗派 信仰グループ 当時のローマ帝国内には キリスト の宗教 信仰 を広めようとする様々なグルー プがいた キリスト観もまちまちであるが これらのグループは 次のように大きく三つ に分けることができる ①新ユダヤ派 キリストの教えには 力の教え が含まれると主張 力の教えを説く旧約聖書を含めるように主張 ユダヤ教以外の異教を排除することを主張 クルド イラン的な面をキリストから排除することを主張 ローマ帝国への忠誠をを示すために パルティア ササン朝との決別を主張 マルコ マタイ ペテロ テルトゥリアヌスなどがいる 後に主流派になり カトリックと東方教会になった ②ヘレニズム派 キリストの教えは 友愛の教え であり 力の教え は含まれないと主張 力の教えを説く旧約聖書をはずすことを主張 ユダヤ教だけに固執しないことを主張 クルド イラン的な面を持つキリストを主張 普遍主義を唱え ローマ帝国とパルティア ササン朝の両方の関係を維持することを 主張 ヘレニズム派は次のように細分される 西方ミトラ教と東方ミトラ教 マニ教 グノーシス派 セト派 トーマス派 ブァレンチノス派 バシリデス派 パウロ派 ヨハネ派 ネストリウス派 これらは後に合流して ボゴミール カタリ派になった ③中間派 キリストの教えには 力の教え と 友愛の教え の両方があると考える 旧約を含めるが キリストを持って新しい時代に移行したと考える 旧約聖書の 創世記 をギリシャ哲学で解釈することで ユダヤの伝統を普遍哲学の 中に解消しようとする ミトラ神話とヘレニズム的な解釈は受け入れるが グノーシス派の反宇宙思想 悪に

22 よる物質世界の創造と支配 とゾロアスター的な二元論は受け入れない 中間派には オリゲネス アウグスティヌスがいる 力の教え と 友愛の教え 力の教え とは 力 暴力 による支配を肯定する教えのことで このような教え を説く神を 罰する神 と言う 罰する神は 自分の教えに従わない者を罰することで 人間を支配する ヘレニズム派の人々は 旧約は 力の教え を説く教典なので キリ ストの教えにはそぐわない それゆえ 旧約は経典から排除すべきだと主張した 友愛の教え は 友愛により あらゆるものを結びつけ 調和的な共同体を作ること を目指す教えである このような教えを説く神を 友愛の神 と言う ヘレニズム派の 人々は キリストは友愛の神であり 友愛の教え を説いているのだと主張した ４ キリストなるミトラ 成立の過程 ユダヤ教は バビロン捕囚 前 年 の時代に ミトラをメシア 救世主 としてユダヤ教の中に取り込んだ メシア という言葉は イラン南部方言のミシア に由来する ユダヤ教は ミトラを天使王メタトロンとして取り込んだ メタトロンの古名はミト ラトンと言い ミトラの名をとどめている メタトロン別名は小ヤハウェーであり メタトロンはユダヤ教のメシアとして顕現する ユダヤ グノーシスを成立させ その 中心神格になった ユダヤ グノーシスはメタトロン神秘主義というかたちで現在も続い ている エッセネ派は強烈なメシア思想を持っており 中核をなすクムラン教団は 光と闇の戦い というイラン的な図式を信じていた ５ 東方ミトラ教によるヘレニズム派の統合 新ユダヤ派やグノーシス派はイエスの死の直後より活動を開始したが 東方ミトラ教 はもっと遅く三世紀から活動を開始した 東方ミトラ教は最も遅く登場したヘレニズム 派で 三世紀半ばにバビロニアで成立し 三世紀末にはローマ帝国内部に広まった 成立時にグノーシス派の教義とギリシャ哲学を取り込んでいたこともあって 急速に 広まり グノーシス派 西方ミトラ派 パウロ派 トーマス派 ヨハネ派 一部 を 吸収し ヘレニズム派のすべてを統合した大宗派になった しかし 親クルド イラン であり 普遍主義 連邦主義 平和主義を唱えたため ローマ皇帝から疎まれた ６ 新ユダヤ派の国教化 相次ぐ内乱によって弱体化した皇帝の権威を強化することにキリスト教徒が役立つと 考えたコンスタンティヌス帝は331年にキリスト教を公認した そのご ササン朝との 抗争の激化 西の皇帝継承問題のもつれを解消するために テオドシウス一世はキリス ト教徒を利用することを考え 392年に異教禁止令を出した これにより キリスト教 はローマ帝国の国教になった 新ユダヤ派は 反ペルシャであったが ローマ帝国には従順であったから 皇帝に とって利用価値があった そのため 新ユダヤ派はローマ皇帝からお墨付きをもらい 国教という地位を手に入れ キリスト教の主流 カトリック教 になった

23 ヘレニズム派のキリストについての見解 キリストは神の独り子である イエスは神の分霊を宿したことでキリストになった キリストは神の仮現であり 人間ではない キリストは老人 若者 童子の三つの姿を自在にとることができる 三重のキリスト キリストは再臨する この見解は 父 ズルワーン 独り子 キリストなるミトラ という解釈を許容する ものである キリスト教がローマ帝国の国教になった後の一連の公会議は このようなキリスト 観を排除するための会議であった キリスト教がローマ帝国の国教になる前の公会議 ニケーア公会議 は ヘレニズム派に融和的であった しかし 392年に異教禁止令 が出され 339年にキリスト教の国教化が行われると 一転してヘレニズム派は排除さ れていく それがエフェソス公会議とカルケドン公会議である マニ教のイエス観 マニ教では ザラスシュトラ キリスト 釈迦はいずれも神の使いとみなされるが イエスに関しては 肉体を持たない 真のキリスト と それとは対立する十字架に かけられた人の子イエス ナザレのイエス とは峻別する 神の子 を否定するこのようなイエス観は イスラームを創唱したムハマンドにも そのまま継承され キリスト教に対するイスラームの理解に大きな影響を与えた ７ ミトラとキリスト のまとめ ①イエス以前 ユダヤ教は バビロン捕囚の頃より メシア メタトロン ミカエルといったかたち でミトラを取り入れていた イラン的な宗教思想の強い影響の下でエッセネ派やマンダ 教が生まれた メシア信仰はユダヤ人の間に深く根付いていた ユダヤ人とイラン人の 接触は途絶えることなく続いていたので メシア信仰が純粋にユダヤ的な伝統ではなく クルド イラン的な伝統に由来することをユダヤ人は忘れることはなかった ②イエスの刑死 このような状況の下 西暦30年 ユダヤ教の過激派 エッセネ派 に属する一人の 若者が刑死した その若者の名をイエスという イエスは イエス周辺のメシア信仰の 徒によりメシアと見なされた ギリシャ語を標準語とする人々はギリシャ語に訳し キリストと呼んで ヘレニズム世界に伝教した 当時 ヘレニズム圏にはミトラ教が 広まっていたこと メシア信仰はミトラ信仰に由来することなどの理由で ミトラ神話 のさまざまな要素がキリストに結びつけられた 三人のマギの到来 最後の聖餐 再臨 の預言などがそれである ③展開と迫害 キリスト信仰には幅があったので キリストを信じる人々は 新ユダヤ派 ヘレニズ ム派 中間派に分かれた 彼らのすべてが 紀元後80年代後半にユダヤ共同体から正式 に追放された ネロ皇帝の時代 64年 以降 コンスタンティヌス帝による寛容令

24 311年 の出されるまで キリスト信仰は非合法とされた 250年から304年にかけ てはローマ帝国による大規模な迫害があった 迫害の時代には ヨハネの黙示録 が 愛読され 千年王国の期待が高まった ④国教化 コンスタンティヌス帝は 相次ぐ内乱によって弱体化した皇帝の権威を強化すること にキリスト教徒が役立つと考えて 331年にキリスト教を公認した その後 テオドシ ウス一世は ササン朝との抗争の激化 西の帝位継承問題のもつれを解消するために キリスト教徒を利用しようと考え 392年に異教禁止令を出した これにより キリス ト教はローマ帝国の国教になった このようにキリスト教を厚遇する一方で ローマ皇帝はキリスト教徒とユダヤ教徒と の結婚を禁じ 違反者は死罪にするとの法律を定め 388年 キリスト教徒がローマ 帝国に反抗的にならないように歯止めをかけた ⑤ヘレニズム派の排除 キリスト教がローマ帝国の庇護と統制を同時に受けるようになると キリスト教徒は ササン朝 ローマ帝国のライヴァル に通じていると疑われることを避けるために クルド イラン的な要素 ミトラ的な要素 を排除し始めた 彼らはローマ帝国への 忠誠心を示すために公会議を利用して ヘレニズム派の排除を進めた しかし ヘレニ ズム哲学は排除できなかった こうして 新ユダヤ派がキリスト教の主流になったが 彼らが目指すほどユダヤ教よりになることはできなかった ⑥ヘレニズム派のその後 非合法化されたヘレニズム派 東方ミトラ教 は 小アジアとバルカン半島で結集し 八世紀にボゴミール派を成立させた ボゴミール派は北イタリアからフランスへと広ま り カタリ派を成立させた ボゴミール カタリ派は 信仰闘争 階級闘争 民族解放 闘争を同時に進め ボスニア ブルガリアを拠点として十六世紀までビザンティン帝国 と戦った この間 ずっとクルドのミトラ教系諸派 シーア派 スーフィー教団から 思想的 軍事的な支援を受け続けた 十六世紀にブルガリアがオスマン トルコに併合 されるとボゴミール派は広大な荘園を与えられ スーフィー教団に姿を変えた ⑦総括 キリストなるミトラ の歴史は今日まで強い影響を与え続けている 今日のイラン と欧米キリスト教国家の対立の根は キリスト教対イスラームではなく キリストなる ミトラ をめぐる悲劇なのである 一部の人々は この悲劇を イランと欧米の暗闘の 歴史 とか アーリア文化とセム文化の対立抗争の歴史 などと呼ぶ しかし この見方 は一面的である 自然発生的に進んでいたイラン クルド系文化とセム系文化の融合の 過程に政治 世俗権力 が介入したことによる 人類史上に類を見ない悲劇なのである この悲劇は ヨーロッパのキリスト教徒の心にイランに対する深い恐怖心と不信感を 残した イランとクルドの人々はトラウマ 心の傷 を負うことはなかったが 欧米の キリスト教徒がいつまでも誤解と恐怖心から解放されず イランとクルドでは当たり前 とされている キリストなるミトラ を認めないことに驚いている