ステンレス鋼溶接部の腐食とその防食対策 Q. ステンレス鋼溶接部の腐食について (1)SUS304 ステンレス鋼の溶接部近辺の耐食性低下を軽減する方法ため, 溶接後の焼け取りが必要と聞いていますが, どのような方法があるのでしょうか. 焼け取りの程度を簡便に判断できる方法があればお教えいただきたい. (2)SUS347 ステンレス鋼の溶接部がもたらす製品のもらい錆への影響について知りたい. 作業場は室内であるが雰囲気が悪く, 製作途中に粉塵 ( 多分, 鉄粉混じりの粉塵 ) が製品の全体に付着していた. 海岸沿いの工場で海が荒れている時に, 工場の扉を開けていた状態で溶接後, グラインダーで表面研磨を行ったところ, 後日溶接部表面のみが薄っすらとさびが生じました. 対策としては, 雰囲気の改善 潮風に当てないことにしていますが, なぜ, 溶接部がさび易いのでしょうか. A: 1) 溶接スケールによる耐食性の低下ステンレス鋼の溶接部の耐食性の低下は,1 粒界へのクロム炭化物の析出に伴うクロム欠乏層の形成による鋭敏化と,2 溶接時に表面に生成する溶接スケールの存在による 2 つの要因が考えられます.1については良く知られていますので, 以下 2について述べることにします. ステンレス鋼は, 一般に, 溶接施工時の熱履歴により溶接金属部および溶接熱影響部 (HAZ) の表面が酸化して, 茶色あるいは紫色の酸化皮膜 ( いわゆる溶接スケール, テンパーカラー ) で覆われます. また, 熱影響を受け酸化スケールで覆われた着色部位は Heat-Tint 部と呼ばれます. 溶接による着色は溶接時のガス雰囲気 入熱量などの影響を受けます 特に TIG 溶接の場合には Ar ガスシールが十分ならば薄い紫色程度ですが, 風の影響がある場合などシールが不十分な場合には褐色を呈します. 後者の褐色あるいは黄土色のスケールは耐食性の劣化をもたらしますので, 除去が必要です. 特に, 隙間部に溶接スケールが残存するのは最悪で, 是非とも酸洗除去すべきと考えます. その際, 隙間部に残存する酸は水洗時に超音波振動等による除去が必要です. 生成した酸化スケール直下ではクロム欠乏層が生成すること, また低温 HAZ では不働態皮膜中の Cr 濃度が低下すること, さらに酸化スケール自体が隙間を形成するため, 耐局部腐食性が大幅に劣化することが考えられます. 図 1 に示しますように, 溶接スケールの存在により孔食電位が大幅に低下し, 耐孔食性の劣化をもたらします. また, 図 2 に示すように, 特に溶接熱影響部 (HAZ) で 700 前後の温度域に加熱された部位の表面酸化皮膜中の Cr 濃度が最も低くなり耐孔食性が低下します. 従ってその対策としては, スケールの生成を避けた条件で溶接を行うか ( 不活性ガスによる完全シール ), あるいは溶接後のスケールの除去が必要です. 11
図 1 溶接スケール生成による溶接部の耐孔食性の低下 ( 東ら : 防食技術,39,603(1990)) 図 2 SUS316L ステンレス鋼熱処理 (1s 保持 ) 材の孔食電位測定後のスケール外層中における Cr 濃度に及ぼす最高加熱温度の影響 (IMMA による測定 )( 東ら : 防食技術,39,603(1990)) 12
2) 溶接スケール生成部の防食対策表 1 に示すように,TIG 溶接時に Ar ガスシールが十分であれば, 着色スケールは生成せず耐食性の低下も顕著ではありません. しかし, 不活性ガスによる完全シールによる溶接スケールの生成の防止には, 雰囲気ガス中酸素量を数 10ppm 以下に低減しなければならず, 工場内での溶接でなければ達成は容易ではない ( 工場でもかなり困難 ) と判断されます. 配管内面側の耐食性を問題とする場合には, 着色酸化スケールの生成を防止する目的で, この Ar ガスシールを十分にするため, バルーン方式で Ar ガスを溶接箇所より奥側から逆噴射させガスシールする方法が採用されることもあります. 溶接金属部の耐食性の劣化であれば,Cr,Mo 量が母材に比較して多めの溶接材料を選択すれば, 溶接スケールによる耐食性の劣化は防止されます. 一方,HAZ に関してはそのような対策は取れませんので, 溶接スケールの生成を極力防止するためのガスシールを十分に施すことがまず第一に重要です. しかし, そうは言っても現場作業では周囲の雰囲気あるいは風の影響等の理由で,TIG 溶接時に Ar ガスシールが不十分となる場合もあり, 溶接スケールの生成を完全に防止するのは容易ではありません. このような場合には, 溶接後に酸洗液あるいはペースト状酸洗剤の塗布による酸洗, または研磨の実施による溶接スケールの除去が必要となります ( 図 3). 酸洗液として硝沸酸が普通使われます. また, ペースト状酸洗剤も市販されております. さらに, 最近, 配管の円周突合せ溶接後に中性塩溶液を用いて行う溶接部内面の局所電解研磨による溶接スケール除去法が, 溶接部の微生物腐食防止方法として有効であり, そのための内挿型の研磨治具も開発され実用化されています ( 表 2). なお, 研磨によるスケールの除去は研磨面の凹凸が荒いと, スケールが除去されたとしても耐局部腐食性はなんら改善されませんので, 最終研磨は細かな目の滑らかな研磨表面とする必要があります. 電解研磨は溶接部の表面を平滑にすると同時に表面酸化皮膜中の耐食性改善に有効とされる Cr を濃化させる作用もあります. 酸洗あるいは電解研磨の実施は, 結果としてま MnS 等の孔食の起点となりやすい非金属介在物の除去効果もあります. なお, ワイヤブラシを使用したスケール除去は 表面凹凸を形成しますので図 3 に示したように耐食性の改善効果はありません. なお, 硝沸酸を用いた溶接スケール除去においては下記の懸念があると考えられます. ふっ化物イオンが表面に残された場合, 内面側は流体により排除されやすいが, 外面側に関しては水洗等がなされなければそのまま残されます. その場合, ふっ化物イオンは 図 3 に示すように, ステンレス鋼の塩化物溶液中での脱不働態化 ph を上昇させる有害イオンであり, さらに図 4 に示すように, ステンレス鋼管の外面応力腐食割れに対し塩化物イオンと共存して, 割れ感受性を著しく高めますので, そのことの考慮が必要であると考えられます. それ故, 配管の外面を硝沸酸を用いて溶接スケールを酸洗除去した後は, 水洗等により完全にふっ化物イオンを除去しなければなりません. あるいは, ふっ化物イオンを含まない薬液を用いた酸洗をすることが良いと思われます. 13
表 1 22Cr 系 2 相ステンレス鋼溶接部裏面の孔食発生温度 (10%FeCl 3 6H 2 O 溶液中 ) (B.Lundqvist et al. : Duplex Stainless Steel 86,452(1986)) 図 3 SUS329J4L ステンレス鋼 TIG 溶接部の耐孔食性に及ぼすスケール除去方法の影響 (ASTM 人工海水,60 )( 幸ら : 第 28 回腐食防食討論会講演集,11(1981)) 14
表 2 好気性細菌による微生物腐食を模擬した環境下におけるステンレス鋼溶接部の耐食性に及ぼす電解研磨による溶接スケール除去の影響 ( 西尾ら : 第 53 回材料と環境討論会講演集,p.493(2006)) 図 4 SUS304 ステンレス鋼の塩化物溶液中における脱不働態化 ph に及ぼす共存イオンの影響 ( 幸 : 日本材料学会腐食防食部門委員会資料,No.207,Part6,p.1(1998).) 図 5 SUS304 鋭敏化材の応力腐食割れに及ぼす NaCl および NaF 濃度の影響 ( 温度 :50, 鋭敏化条件 :650,24hr) ( 竹本ら : 防食技術,36,210(1987).) 15
3) 溶接スケール除去に関する規格 ガイドライン溶接スケール除去に関する規格 ガイドラインは国内ではありません. しかし, ステンレス鋼便覧 ( 第 3 版,1995 年 ) では溶接スケールによる耐食性の劣化およびスケール除去による耐食性の回復が記述されており, なんらかの防食処置を施すことは基本的に必要であると共通認識されていると思われます. 回答者の経験では, ある化学プラント製造メーカーではステンレス鋼製多管式熱交換器の管端シール溶接部において, 溶接後の酸洗をすでに 20 数年前に行っておられた記憶があります. なお米国溶接協会では, AWS D18.1:1999 Specification for Welding of Austenitic Stainless Steel Tube and Pipe Systems in Sanitary (Hygienic) Applications AWS D18.2:1999 Guide to Weld Discoloration Levels on Inside of Austenitic Stainless Steel Tube 等のガイドラインがあり, 衛生用のオーステナイトステンレス鋼配管に関し, 雰囲気ガス中の酸素濃度と着色の程度がレベル 1~10( レベル 1 は無着色 ) で示されており, 使用環境に応じてレベルを設定すべきとしています. しかしながら 具体的な防食対策については述べられていません. 4) 溶接スケール部のさび発生 ( もらいさび ) 鉄粉やさびがステンレス鋼の表面に付着するとその部分の耐食性が低下し, さびやすくなります. かつまた, 海塩粒子も付着し易いというのであれば, なおさらです. 溶接線はグラインダー研磨されたということですが, グラインダー研磨面は例えば SEM で表面観察すればミクロ的には多数の凹凸の存在が観察されます. 従って, 母材部よりも鉄粉等が付着しやすいように思われます. さらに, 先の図 3 に示しましたように, グラインダー研磨面自体の耐孔食性も良くありません. もらいさびのステンレス鋼の耐食性に及ぼす影響については, 図 6 に示すように,Fe2O3 やγ-FeOOH と接触すると, より低濃度塩化物溶液中でも局部腐食が発生するようになります. これはさび自体が例えば次式のように酸化剤として作用し電位を少し貴化させるとものとされています. 3γ-FeOOH + H + + e Fe3O4 + 2H2O また, 図 7 に示すように一般に鉄さびはアニオン選択透過性を有し, さび付着部がアノード, その周囲がカソードとなる酸素濃淡電池を形成した場合に, アノードにおける塩化物イオンの濃化を促進し, アノード溶解で生成した Cr 3+ イオンの次式に示す加水分解の進行による ph の酸性化を助長し環境をより過酷化しますので, 耐食性の低下をもたらすものと考えられます. Cr 3+ + H2O Cr(OH) 2+ + H + したがって さび付着部では局部腐食感受性が高まります. 16
図 6 SUS304 ステンレス鋼の塩化物溶液中での孔食発生に及ぼす鉄さびの影響 ( 守屋 : 土木研究所資料, 第 3954 号,p.75(2005)) 図 7 人工さび膜の膜電位測定によるイオン選択透過性の評価 ( 幸ら : 材料と環境,47,186(1998)) ( 幸英昭 / 住友金属工業 ( 株 )) 17