クリニカルカンファレンス 宮崎医会誌 2011 ; 35 : 55-60. 見過ごしやすい整形外科疾患 骨折の画像診断を中心に 矢野浩明帖佐悦男 平成 23 年 3 月 3 日入稿, 平成 23 年 3 月 10 日受理 はじめに臨床の現場で診断する際に重要なことは的確な医療面接 ( 問診 ) や理学所見をとることは周知のとおりである 画像機器の進歩は目覚しく, 診断技術も向上している しかしながら, 画像診断の結果にたより過ぎるあまり, 時には診断の誤りを招くことがある 整形外科教室においては, カンファレンスにおいてPitfllに陥らないようにするための心構えや診断手順についての注意が促される 整形外科診療において, 見過ごしやすい疾患について骨折の画像診断を中心に概説する 症例呈示ならびに概説 矢野 pitfllに陥らないよう, 常に話がありますが, 改めましてどのような点に注意すればいいのか解説していただけますか 教授 見過ごさないための注意点として, まず医療面接 ( 問診 ) において年齢, 受傷機転や症状などから疾患を疑い鑑別疾患を検討することです それから, 安易な診断をつけない 合併疾患がある可能性もあるので主病変かどうかを精査する事です 画像の撮影は医療面接に基づいて施行し, 場合によっては健側の画像と比較する事や一定期間をおいて再度撮影する事も大切です 宮崎大学医学部整形外科 矢野 それでも特に初診時には, 確定診断に至らないこともあると思いますがいかがでしょうか 教授 そういった際には, 傷害の初期のため画像上所見を認めないことがあることや, 悪性腫瘍など他の疾患を合併していることなど常に念頭に置いて診療を行い, 患者さんに予想されることを十分に説明することが大切です 矢野 ありがとうございました それでは具体的にはどのような疾患が見過ごされやすいのでしょうか 教授 1 5) 見過ごしやすい疾患として, 疲労骨折 裂離骨折や脆弱性骨折 不顕性骨折などの特殊な骨折, 骨端線損傷を含む成長期のスポーツ傷害, 骨端症, 膝内障, 腫瘍や炎症などがあります 矢野 具体例をお願いいたします 教授 まず, 骨折はレントゲン上明らかなものから, そうでないものがあります 特に不全骨折は, 骨折線が不明瞭なため見逃しやすく, また裂離骨折, 圧迫骨折や関節内骨折には特に注意を要します 骨端線損傷も診断に難渋する場合があります 特に Slter ー Hrris 分類のV 型は損傷がはっきりしない場合がありますので, 将来変形を起こす可能性を患者や家族に十分に説明しておく必要があります ( 図 55
宮崎医会誌 第35巻 第1号 2011年3月 図1 SlterーHrris分類. 骨端線損傷は X線上正常の骨端線と離開の区別がつき にくい. 患側 図3 12歳男子 左大腿骨頭すべり症 右大腿骨近位骨 端線に比べ左側 患側 の骨端線の開大がみられる. 健側 図2 11歳男子 右肩リトルリーガーズショルダー 健 側に比べ患側の骨端線の開大がみられる. 図4 13歳男子 サッカー 右膝離断性骨軟骨炎. 膝関節正面像 側面像 c 顆間窩像 顆間窩撮影により限局性の透瞭像 が明らかである. 1 疾患としてリトルリーガーズショルダー 図 が有用です 時には単純X線のみでは骨折線が不明 2 野球肘 内側型 上腕骨内側上顆障害 や大 瞭な事もあります 図6 そのような場合には他 腿骨頭すべり症 大腿骨近位の骨端線が閉鎖してお の画像で骨折が判明する場合がありますが そのよ らず脆弱なため 外傷や繰り返しのストレスにより うな骨折は不顕性骨折と呼びます 骨端が後方にすべる疾患であり成長期肥満の男子に 矢野 多い などがあります 図3 特に大腿骨頭すべ どの疾患も有名な疾患ですが 臨床の場では特に初 り症の場合 股関節X線正面像では診断がつかない 診時は 様々な疾患を念頭に置いて診断しないと初 場合があり 画像診断上重要なことは 骨端がすべっ ているため骨端の高さと骨端線の描出像の左右差を 期診断が困難です 教授 健側と比較することで確認し 疑った場合は側面像 特殊な骨折としてストレス骨折があります ストレ で後方すべりをチェックすることです 骨軟骨損傷 ス骨折には 正常の骨に通常以上の繰り返しの外力 は 膝 肘や足関節の外傷 障害の場合は 離断性 で発生する骨折 疲労骨折と 骨粗鬆などの状態に 骨軟骨炎も含め考慮します 膝や肘関節に発生した 軽度の外力で発生する不完全ストレス骨折 脆弱性 離断性骨軟骨炎の場合は 発生部位の特徴から顆間 骨折があります また 見過ごしやすい骨折の一つ 窩撮影 図4 や肘関節45 屈曲位正面像 図5 に疲労骨折があります 繰り返しの力が加わること 56
矢野浩明他 : 見過ごしやすい整形外科疾患 表 1. 疲労骨折の好発部位. 部位特徴 ( 種目 受傷機転など ) 図 5.15 歳男子野球肘離断性骨軟骨炎. : 肘関節伸展位正面像 : 肘関節 45 度屈曲位正面像 にて矢印のように離断性骨軟骨炎が明らかになる. 手指 ( 中 環指 ) 尺骨肋骨骨盤 ( 坐骨結節 ) 大腿骨頚部 遠位 1/3 脛骨中央近位 遠位 1/3 腓骨近位遠位足趾 ( 第 2 3 5 中足骨 ) ボーリング時の捻れソフトボール投手 剣道右打ち 左側の第 5 10 肋骨ハムストリング 女性の長距離高校生の長距離跳躍疾走跳躍疾走行軍骨折 アーチの低下による捻れ長距離 エアロビクス d 図 6.59 歳女性 : 左脛骨不顕性骨折.,: 単純 X 線上明らかな骨折は認めない.,d: MRI T1 強調像 ()T2 脂肪抑制像 (d) にて骨折線 ( 矢印 ) と浮腫を認める. で発症するため, 初期には骨折線は不明瞭です 大切なことは繰り返しの受傷機転, 起こりやすい部位とMlgigne 骨折痛 ( 限局性疼痛, 圧痛, 叩打痛 ) を把握しておくことです ( 表 1) 第 5 腰椎分離症は, 成長期に多く以前は先天性疾患と考えられていましたが, 近年の研究で疲労骨折と考えられるようになりました ( 図 7) われわれの有限要素法の解析で, 腰部の伸展と回旋により椎間関節突起間部に応力が集中することで発症することを証明しました 5) 疲労骨折の診療に関しては, 費用対効果を考えると初診時に疲労骨折の可能性を説明し再度撮影するのが 良いと考えますが, 腰椎分離症や手の舟状骨骨折のように偽関節をおこしやすい骨折の場合, 早期のギプスやコルセットなどの治療が完治には必須であるので, 治療開始時期を逃さないことも大切です 矢野 疲労骨折も初期には診断しづらく, また, 仮骨形成期にはレントゲン上腫瘍と間違えられたりすることもあります 舟状骨骨折の話が少しありましたが, 手根骨部の骨折も初期診断が困難で舟状骨骨折も見過ごされやすい骨折の一つです ( 図 8) 舟状骨骨折は手根骨骨折の中でもっとも発生頻度が高く, 適 57
宮崎医会誌 第35巻 第1号 2011年3月 d e 図7 15歳男子 野球部 第5腰椎分離症.,,, d 野球中の腰痛があり単純X線上明らかな分離症を認めない. e : CT像にて明らかな分離部を認める. 図8 舟状骨骨折. -正面単純X線写真, -斜位単純X線写真, -尺屈位正面単純X線写真. 骨折部 矢印 図9 有鉤骨鉤骨折. -単純X線写真, -手根管撮影, -CT. 骨折部 矢印 切な治療が施されないと偽関節に移行しやすく 初 本骨折が疑われる場合にはCTを施行したりしてい 回レントゲンではっきりしないことも多く捻挫とし ます て治療されていることも多々あります 診察上 嗅 教授 6 ぎたばこ窩 snuff ox や舟状骨結節部に圧痛を 確かに手根骨の骨折も見過ごされやすい骨折です 認める場合 舟状骨骨折を疑い最低でも手関節4方 診断の際に受傷機転や圧痛部位から上記骨折を疑 向のX線検査を行い 不明な場合は手関節の尺屈位 い 多方向撮影や健側との比較 または一定期間を 撮影なども追加するようにしています それでも おいての撮影などは必要です それでもはっきりし はっきりしない場合は一定期間後に再度X線検査を ない場合は CTやMRI等の撮影も必要でしょう 行うか MRIやCTを補助診断として行ったりして 矢野 います 他の手根骨骨折では ゴルフクラブやバッ 手根骨骨折は初期単純レントゲンでは診断が困難な トやテニスラケットのグリップエンドなどによって 場 合 が 多 く 撮 影 期 間 を お い て 撮 影 を し た り 直接的な衝撃を受け生じる有鉤骨骨折があります CT MRIなどを施行し 診断することが多いです 図9 X線像では 骨の重なりのため診断が困難 それから以前 前腕の脱臼骨折のEssex-Lopresti骨 で しばしば見過ごされ 捻挫や打撲と誤診される 折を経験しました 図10 肘症状のみで手関節の ことが多いようです 基本撮影と手根管撮影を行い 症状があまりなかったため 初診時に脱臼を見過ご 健側と対比して確認するようにしています また しそうになった経験があります 58 7 8
矢野浩明他 : 見過ごしやすい整形外科疾患 図 10.Essex-Lopresti 骨折. - 肘関節単純 X 線写真, 手関節単純 X 線写真, 橈骨頭骨折と DRUJ 脱臼を認める. d 図 11.23 歳男性バスケットボール右脛骨病的骨折 ( 非ホジキンリンパ腫 )., : 初診時単純 X 線上脛骨の軽度の骨萎縮を認める. 脛骨内側に外骨腫を認める., d:3 ヵ月後 X 線上, 脛骨近位部の著明な溶骨性変化と皮質骨の不整 消失を認める. 図 12.19 歳男子サーファー環椎破裂骨折 (Jefferson 骨折 )., : 単純 X 線にて環椎の輪郭不整が疑われるが明白ではない. :CT 像にて, 環椎破裂骨折を認める. 59
宮崎医会誌 第 35 巻第 1 号 2011 年 3 月 教授 確かに前腕や下腿では脱臼骨折の形態をとることもあるので注意が必要です 他には病的骨折がありますが, 特に学童から青年期に軽度の受傷機転で骨折を起こした場合,10 歳台では原発性骨腫瘍, 青年期では白血病などの血液疾患が基礎疾患として隠れていることに留意する必要があります ( 図 11) それから, 飛込みなどで発症する上位頚椎損傷は, 脊柱管が広いため疼痛のみで麻痺症状を認めないことがあるので注意をする必要があります ( 図 12) 矢野 わかりやすく解説していただき, とても為になりました どうもありがとうございました おわりに整形外科診察するに当たり, 初期には疼痛のみで, 単純 X 線などの画像上病変が不明瞭なため診断が困難な場合がある ピットフォールに陥らないためには, 年齢, 性別に加え疼痛部位と受傷機転などを考慮の上, 様々な疾患を疑い多方向撮影やストレス撮影, または期間をおいての撮影などをためらわずに行うことである また, 傷害によってはCT US MRIなどを用いて多方面から診断し, 治療を行う必要があると思われる 参考文献 1) 帖佐悦男, 田島直也, 園田典生 : 特集痛みからみるスポーツ障害 その鑑別診断腰部の痛み, 臨床スポーツ医学 ; 14 : 1127-32. 1997 2) 田島直也, 帖佐悦男, 園田典生 : 一流選手のスポーツに伴う疲労骨折. 疲労骨折武藤芳照編. 東京 : 文光堂 ;1998. p114-25. 3) 帖佐悦男 : 臨床に役立つ下肢の画像診断. 日臨整会誌 ; 88 : 21-34. 2005 4) 帖佐悦男 : 診断に難渋する股関節疾患. 整形 災害外科 ; 49 : 1211-7. 2006 5) Chos E, Totorie K, Tjim N.:A iomehnil study of lumr spondylolysis sed on threedimensionl finite element method. J Orthoped Res ; 22 : 158-63. 2004 6) 矢野浩明, 帖佐悦男, 他 : 上肢における見過ごされやすいスポーツ外傷 障害. 臨床スポーツ医学. 26. : 975-83. 2009 13 7) Essex-Lopresti, P. : Frtures of the rdil hed with distlrdio-ulnr dislotion ; report of two ses. J Bone Joint Surg. 33-B : 244-7, 1951. 8) 中村俊康 :Essex-Lopresti 骨折の治療戦略. MB. Orthop. 21 : 85-92. 2008 60