日補綴会誌 Ann Jpn Prosthodont Soc 6 : 291-299, 2014 原著論文 ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンの破壊靱性に関する研究 フレーム材とポーセレンの焼成条件の影響 工藤桃子, 三浦賞子, 菊地聖史 c, 稲垣 笠原紳, 佐々木啓一 b, 依田正信 亮一, Frcture Toughness of Veneer Porcelin for Zirconi All-Cermic Restortions Influence of the Frme Mterils nd Porcelin Firing Schedules Momoko Kudo DDS, PhD, Shoko Miur DDS, PhD, Msfumi Kikuchi DDS, PhD c, Ryoichi Ingki CDT PhD, Shin Kshr DDS, PhD, Keiichi Sski DDS, PhD b nd Msnobu Yod DDS, PhD 抄録目的 : 本研究の目的は, ジルコニアフレームや焼成条件の変化がベニアポーセレンの機械的性質に及ぼす影響を調べるため, フレーム材料, 焼成温度, 昇温速度による破壊靱性を検討することである. 方法 : 破壊靱性値の測定は,ISO15732 に準じた破壊靭性試験により評価した. ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンは,2 種類の異なった厚さのジルコニアフレーム ( 以下 ZAC) に, 各 3 条件の焼成温度及び昇温速度にて焼成した. コントロールとして, メタルセラミック修復用ベニアポーセレン及びメタルフレーム ( 以下 PFM) を使用した. データは,2-wy ANOVA Tukey-Krmer HSD test (α=0.05) にて統計分析を行った. 結果 :ZAC 及び PFM の破壊靱性値は, フレーム厚さの違いや焼成温度条件では有意差はみられなかった. 昇温速度条件では,ZAC では速度を速くした場合においてマニュアル条件よりも破壊靱性値は有意に低くなった (p<0.05). また,PFM では速度を遅くした場合においてマニュアル条件及び速い条件よりも破壊靱性値は有意に高い値となった (p<0.05). 結論 : ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンの破壊靭性値は, フレーム厚さの違いや焼成温度による影響はみられなかったが, 昇温速度を速くした場合において, 有意に低い値となった. 和文キーワード ベニアポーセレン, ジルコニアセラミック, 破壊靭性値, チッピング, 焼成条件 Ⅰ. 緒言歯科治療における審美修復の需要が高まる中, 現在臨床で広く用いられているメタルセラミック修復は, 金属に起因する問題がいくつか指摘されている 1). メタルセラミック修復で使用される金属は, 唾液や食渣 などによる腐食性変化のためその金属成分を溶出し, 金属アレルギーなどの生体為害作用を生じることがある. また, 歯肉退縮や唇頬側歯肉が薄いことによるブラックマージンの発生, 金属溶出による歯頸部歯肉の変色など, メタルセラミック修復における審美性の回復には限界が生じている. そのような背景の中, 歯科用 CAD/CAM システムを応用したジルコニアオールセ 東北大学大学院歯学研究科咬合機能再建学分野 b 東北大学大学院歯学研究科口腔システム補綴学分野 c 鹿児島大学大学院医歯学総合研究科歯科生体材料学分野 Division of Fixed Prosthodontics, Grdute School of Dentistry, Tohoku University b Division of Advnced Prosthetic Dentistry, Grdute School of Dentistry, Tohoku University c Division of Biomterils Science, Grdute School of Medicl nd Dentl Sciences, Kgoshim University 受付 :2013 年 10 月 2 日 / 受理 2014 年 3 月 3 日 Received on October 2, 2013/Accepted on Mrch 3, 2014 291
292 日補綴会誌 6 巻 3 号 (2014) ラミック修復が登場した 2). ジルコニアオールセラミック修復は, 優れた審美性, 生体親和性を持つなど, 金属に起因する問題点を克服したものと考えられ, 従来のオールセラミック修復と比べて強度が高く, 単独の前歯部クラウンだけでなく臼歯部クラウンやブリッジ, さらにインプラントのアバットメントなどにも広く用いられるようになってきた 3). このようにその需要が高まる中で, ジルコニアオールセラミック修復における問題点として, ベニアポーセレンのチッピングが指摘されるようになってきた 4). ベニアポーセレンのチッピング発生率について, ジルコニアオールセラミックブリッジ 26 症例の 10 年にわたる予後調査では,16 症例 (62%) にチッピングが 5) 生じたとする報告, またジルコニアオールセラミック修復のチッピング発生率は 1,2 年で 8 ~ 50% であり, メタルセラミック修復の 10 年で 4% という発生率をはるかに上回る数値であったとの報告がある 6). さらに, インプラント支持のジルコニアオールセラミッククラウンについて, 全体の 24.5% にチッピングが発生し, 同時期に装着されたインプラント支持のメタルセラミッククラウンのチッピング発生率 (9.5%) と比較すると多かったとの報告がある 7). ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンが, メタルセラミック修復用ベニアポーセレンと比べてチッピングを起こしやすい原因として, 以下のことが考えられる. まず第 1 に, ジルコニアの熱伝導率が金属と比べて非常に低い (Au の約 1/70) 8) ことである. これにより, ベニアポーセレンの焼成はフレーム側からではなく, 熱の伝わりやすいポーセレン表層から始まり徐々に内部に進むと考えられ, 焼成後のベニアポーセレン内部に部分的な焼成不足や歪みを生じやすい可能性がある. 第 2 に, ジルコニアの熱容量が金属に比べて非常に大きい (Au の約 5 倍 ) 9) ことである. そのため, 焼成後の冷却過程で陶材内に温度勾配が発生し, 焼成後の焼結体の内外面に収縮差が生じるなどの部分的な欠陥を引き起こす可能性がある. このように, ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンの部分的な焼成不足や欠陥を引き起こす因子として, フレームの存在と熱伝導が深く関わっていると予想される.Benetti らはこの点に着目し, 臨床形態を模したオールセラミッククラウンをモデルとして, ジルコニアフレームと金属フレームの違いと焼成後の冷却速度の違いによって, ポーセレン内の温度差を測定し, 材料の熱的性質 ( 比熱, 熱容量, 熱膨張率 ) がオールセラミッククラウンの早期破折に影響していると指摘している 10). しかし, 彼らの研究では陶材の物性評価は行っていない. そこで本研究では, ジルコニアフレームや焼成条件の変化がベニアポーセレンの機械的性質に及ぼす影響を調べるため, フレーム材料の違い, ベニアポーセレンの焼成温度, 昇温速度の影響, さらにフレーム 陶材境界からの距離による破壊靱性の変化をビッカース圧痕を用いて測定した. Ⅱ. 材料と方法 1. フレームの製作実験に使用した材料を表 1 に示す. ジルコニア試料のフレーム部分は, フレーム材 (cercon R bse, DeguDent GmbH, Hnu-Wolfgng, Germny) を切断機 (MICRO-MATIC PRECISION SLICING &DICING MACHINE,MICROTEC) にて板状に切り出し, それらを専用焼結炉 (cercon R het,degudent GmbH) にて焼結 ( 約 1350, 約 7 時間 ) した. その後, ダイヤモンドディスク ( シンタディスク, 松風, 京都, 日本 ) にて長さや幅を, 400 の研磨シート ( ダイヤモンドパッド, マルトー, 東京, 日本 ) を使用して厚さを調整し, 各実験条件 ( 表 1, 2) に準じたジルコニアフレームを完成させた. これらのジルコニアフレームは,50 μm の酸化アルミニウムでサンドブラスト (2.5 気圧, 距離 3 cm,10 秒 ) 処理をし, アルコールで 10 分間超音波洗浄後, ポーセレンファーネス (AUSTROM3001, DEKEMA, Frnkfurt, Germny) を使用し, メーカー指示によるマッフルの空焼き (650 ~ 1000, 昇温速度 55 / 分, 係留 5 分, 大気中 ) を行った. コントロールとして, メタルセラミック試料も製作した. メタルセラミック試料のメタルフレーム ( 陶材焼付用合金 ;KIK,ISHIFUKU, 東京, 日本 ) は, アクリル板で各実験条件に準じたサイズのパターンを製作し, それらをリン酸塩系埋没材 (Cervest G,GC, 東京, 日本 ) にて埋没しリング加熱 (800,30 分係留 ) 後, 歯科用真空加圧鋳造機 (CASPAC MK3, Dentronics, 東京, 日本 ) を用いて鋳造し製作した. その後,#800 のサンドペーパー ( 耐水研磨紙, Struers, Bllerup, Denmrk) にてサイズを調整し完成させた. これらのメタルフレームは, ジルコニアフレームと同様に,50 μm の酸化アルミニウムでサンドブラスト処理をし, アルコールで 10 分間超音波洗浄, メーカー指示による温度でディギャッシング ( メーカー指示,1030,15 分係留, 大気中 ) を行った.
フレーム厚さとポーセレンの焼成条件の影響 293 表 1 Mterils used in this study 実験に使用した材料 表 2 Firing conditions 焼成条件 図 1 A: Mesurement points of frcture toughness, B*: Schemtic of Vickers indenttion, : indenttion hlf-digonl, b: zone of permnent deformtion, CR: rdil crck R length, CL: lterl crck L length, *Schemtic illustrtion in 12). A: 破壊靱性値測定点,B: ビッカース圧痕の模式図,: 半対角圧痕,b: 永久変形ゾーン,CR: 放射状亀裂 (R) の長さ,CL: 横亀裂 (L) の長さ,* 文献 12) より引用. 2. フレームへのベニアポーセレンの築盛 焼成ジルコニアフレームは, オペーク陶材を筆積みにて築盛し,8 分乾燥後, メーカー指示による焼成スケジュールにて焼成 ( 焼成温度 500 ~ 940, 昇温速度 45 / 分,1 分係留, 真空中 ) を行った. これを 2 回繰り返し, オペーク陶材の厚みが焼成後 0.2 mm となるようにした. その後, ポーセレン築盛用ジグを用いてデンティン陶材を粉末 2.0 g, 液 0.7 ml( 蒸留水 ) の分量で混和し, コンデンスを行いながら築盛し,20 分乾燥させた. 焼成は, 各実験条件に準じた焼成スケジュール ( 表 2) にて行った. 焼成後, 400 の研磨シート ( ダイヤモンドパッド, マルトー, 東京, 日本 ) にてポーセレンの厚みが約 3.0 mm となるよう研磨した. メタルフレームの陶材の築盛は, ジルコニアフレームと同様の手順で行った. 3. 試料の包埋 研磨 2. で製作した試料は, エポキシ樹脂 ( エポフィックス,Struers) にて全ての試料を包埋し, 包埋材の硬化後, 試料の断面を出すために研磨機 ( サファイア 820S, マルトー, 東京, 日本 ) にて試料の真中まで一方向 図 2 Frcture toughness vlue clcultion formul 破壊靱性値算出式 から粗研磨をした. その後, 断面をダイヤモンド研磨材 ( ダイヤモンドサスペンション,Buhler, Uzwil, Switzerlnd) にて 15 μm,6 μm,1 μm の順に鏡面になるように手研磨を行った. 4. 破壊靭性値の測定破壊靭性値の測定は,ISO15732 に準じ 11), ビッカース圧痕を用いた破壊靭性試験を微小硬さ計 (AKASHI MVK-H2,Mitutoyo, 神奈川, 日本 ) を使用して行った. 各実験にて定められた計測点 ( 図 1) に圧痕をつけ 12), 破壊靭性値を算出した ( 図 2). 計測データは, 圧子の負荷に耐えられず圧痕が割れ
294 日補綴会誌 6 巻 3 号 (2014) 図 3 Frcture toughness (Frme thickness) 破壊靱性値 ( フレーム厚さ ) 図 4 Frcture toughness (Firing temperture) 破壊靱性値 ( 焼成温度 ) た場合や, 亀裂が対角線延長上にない場合など, 計測不可能と見なされた圧痕部分は除き, 可能と判断したものをデータとして集計した. データの統計分析には 2 要因の分散分析と Tukey-Krmer の HSD 検定 (α= 0.05) を用いた. 5. フレーム材の影響ジルコニア試料及びメタルセラミック試料ともに, 厚さが 0.4 mm(10 mm 15 mm 0.4 mm 以下 ZAC (0.4)) と 0.8 mm(10 mm 15 mm 0.8 mm 以下 ZAC (0.8)) の 2 種類のフレームを製作し ( 表 1),Ⅱ-2 で示した方法にて試料を製作した. なお, ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンについては, ベニアポーセレンのみの試料 ( 以下 ZAC(0.0)) も製作した. 試料数は各条件につき 5 個とし, ジルコニア試料は計 15 個, メタルセラミック試料は計 10 個製作した. 破壊靭性値の測定は, ベニアポーセレン部分のフレームからの距離が 0.5 mm,1.0 mm,1.5 mm, 2.0 mm の地点を計測点とし, 各地点 6 箇所 ( 計 24 箇所 ) にビッカース圧痕を付けた ( 図 1). これによりビッカース硬度を測定し, 破壊靭性値を算出することで, フレームの種類ごとにフレームの厚さとフレームからの距離が破壊靭性値に与える影響を分析した. 6. 焼成条件の影響ジルコニア試料 (ZAC(0.4)) およびメタルセラミック試料 (PFM(0.4)) はオペーク陶材を焼成後, デンティン陶材の焼成については, 表 2 に示す焼成条件にて試料を製作した. 試料数は各条件につき 5 個ずつとし, ジルコニア試料, メタルセラミック試料各 25 個ずつ製作した. 破壊靭性値の測定は, ベニアポーセレン部分のフレームからの距離が 0.5 mm,1.0 mm,1.5 mm, 2.0 mm,2.5 mm の地点を計測点とし, 各地点 4 箇所 ( 計 20 箇所 ) にビッカース圧痕を付けた ( 図 1). これによりビッカース硬度を測定し, 破壊靭性値を算出することで, フレームの種類ごとに焼成温度とフレームからの距離, また昇温速度とフレームからの距離が破壊靭性値に与える影響を分析した.
フレーム厚さとポーセレンの焼成条件の影響 295 ミック試料の全体の平均値はジルコニア試料と比較して約 1.4 倍高かった (p<0.05). 図 5 Frcture toughness (Heting rte) 破壊靱性値 ( 昇温速度 ) 1. フレーム材の影響 Ⅲ. 結果 1) ジルコニア試料ジルコニア試料におけるベニアポーセレンの破壊靭性値は,ZAC(0.8) では 1.11 ~ 1.43 MP m 1/2 の範囲内であり, 平均は 1.29±0.09 MP m 1/2 であった. 同様に ZAC(0.4) では 1.13 ~ 1.44 MP m 1/2, 平均 1.33± 0.08 MP m 1/2,ZAC(0.0) では 1.28 ~ 1.51 MP m 1/2, 平均 1.35±0.05 MP m 1/2 であった ( 図 3). 各条件それぞれの地点毎の平均値間及びフレーム厚さ 3 条件間には有意差は認められなかった (p>0.05). 2) メタルセラミック試料メタルセラミック試料におけるベニアポーセレンの破壊靭性値は,PFM(0.8) では 1.65 ~ 2.04 MP m 1/2 の範囲内であり, 平均は 1.81±0.10 MP m 1/2 であった. 同様に PFM(0.4) では 1.61 ~ 1.97 MP m 1/2, 平均 1.79±0.11 MP m 1/2 であった ( 図 3). 各条件のそれぞれの地点毎の平均値間及びフレーム厚さ 2 条件間には有意差は認められなかった (p>0.05). メタルセラ 2. 焼成条件の影響 1) 焼成温度による影響 (1) ジルコニア試料ジルコニア試料におけるベニアポーセレンの破壊靭性値は, 条件 M では 1.13 ~ 1.61 MP m 1/2 の範囲内であり, 平均は 1.36±0.13 MP m 1/2 であった. 同様に条件 H では 0.88 ~ 1.60 MP m 1/2, 平均 1.27± 0.15 MP m 1/2, 条件 L では 1.13 ~ 1.54 MP m 1/2, 平均 1.36±0.12 MP m 1/2 であった ( 図 4). 各条件それぞれの地点毎の平均値間及びフレーム厚さ 3 条件間には有意差は認められなかった (p>0.05). (2) メタルセラミック試料メタルセラミック試料におけるベニアポーセレンの破壊靭性値は, 条件 M では 1.45 ~ 1.96 MP m 1/2 の範囲内であり, 平均 1.60±0.11 MP m 1/2, 条件 Hでは 1.43 ~ 1.83 MP m 1/2, 平均 1.60±0.13 MP m 1/2 であった ( 図 4). なお, 条件 L は, 計測可能な圧痕が他の試料と比較し明らかに少なかったため, 今回のデータから除外した. 各条件それぞれの地点毎の平均値間及び焼成条件 2 条件間には破壊靭性値の差は認められなかった (p>0.05). メタルセラミック試料の全体の平均値はジルコニア試料と比較して約 1.2 倍高かった (p<0.05). 2) 昇温速度による影響 (1) ジルコニア試料ジルコニア試料におけるベニアポーセレンの破壊靭性値は, 条件 M では 1.13 ~ 1.61 MP m 1/2 の範囲内であり, 平均は 1.36±0.13 MP m 1/2 であった. 条件 F では 1.05 ~ 1.41 MP m 1/2, 平均 1.25±0.08 MP m 1/2, 条件 S では 1.06 ~ 1.48 MP m 1/2, 平均 1.30±0.09 MP m 1/2 であった ( 図 5). 各条件それぞれの地点毎の平均値間では, 条件 F において 0.5 mm 地点は 2.0 mm 地点に対して有意に低かった (p<0.05). また, 昇温速度 3 条件間において条件 F は条件 M と比べて有意に低かった (p<0.05). (2) メタルセラミック試料メタルセラミック試料におけるベニアポーセレンの破壊靭性値は, 条件 M では 1.45 ~ 1.96 MP m 1/2 の範囲内であり, 平均は 1.60±0.11 MP m 1/2 であった. 条件 F では 1.43 ~ 1.83 MP m 1/2, 平均 1.59± 0.12 MP m 1/2, 条件 S では 1.47 ~ 1.94 MP m 1/2, 平均 1.72±0.09 MP m 1/2 であった ( 図 5). 各条件それぞれの地点毎の平均値間には, 有意差は認められなかっ
296 日補綴会誌 6 巻 3 号 (2014) 図 6 Representtive opticl microscope imges of Vickers indenttions Zirconi smple (ImgeJ processing), mgnifiction 200. M: Mnul condition, F: Fst heting rte condition. ジルコニア試料の代表的なビッカース圧痕の光学顕微鏡画像 (ImgeJ 加工 ), 倍率 200. M: マニュアル条件,F: 早い昇温速度条件 た (p>0.05). また, 昇温速度 3 条件間において条件 S は条件 M, F と比べて有意に高かった (p<0.05). メタルセラミック試料の全体の平均値はジルコニア試料と比較して約 1.3 倍高かった (p<0.05). Ⅳ. 考察 1. 実験方法について実験で使用したベニアポーセレンは, 当病院において日常臨床で汎用しているものを使用した. 本研究では, セラミックの破壊強度を評価するため, 破壊靱性試験を選択した. なお, ビッカース圧子による圧痕は, 計測不可能であった焼成温度の低いメタルセラミック試料以外の試料において明瞭に観察された. 2. フレーム材の影響ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンにチッピングなどの失敗が起こりやすい原因に関しては,Tn らがジルコニアフレームにベニアポーセレンを焼成する際, ジルコニアフレームの熱拡散率が低いことにより熱移動がフレーム周辺において遅延し, ベニアポーセレン内部に残留応力が生じるためではないかと述べている 13). 本研究では, フレーム材料の違い ( ジルコニアと金属 ), フレームの厚さの違い (0.0, 0.4, 0.8 mm), さらに焼成温度 ( メーカー指示温度, +50 高温と -50 低温 ), 昇温速度 ( メーカー指示速度,+15,-15 ) を変え, フレーム材料の熱的性質 ( 密度, 比熱容量, 熱伝導率 ) が, フレームに焼付されるポーセレンの破壊靭性に与える影響を, フレーム-ベニアポーセレン境界からの距離を変えることで計測した. フレーム材が異なった場合 ( 図 3), ベニアポーセレンの破壊靱性値はフレーム材の厚みによる有意な影響はみられなかった. 焼成温度を変えた場合, 金属フレーム試料 ( 図 4 下段 ) では部位ごと, 条件ごとで有意な差はみられなかった. しかし, ジルコニアフレームを用いた場合 ( 図 4 上段 ), 昇温速度が速い場合 (H), フレーム付近 (0.5 mm) におけるベニアポーセレンの破壊靭性は有意に低いことが分かった. この理由として, ジルコニアフレームの熱容量が大きく, しかも熱伝導率が小さいため周囲の温度上昇に比べてジルコニアフレームの温度上昇が遅延し, その結果フレームに接しているポーセレンの温度上昇も遅れ, 陶材の焼成が不十分になったと考えることができる. 本研究ではフレームの厚みと焼成速度との関係を直接調べていないが, ジルコニアフレームの厚みが増せば体積, すなわち熱容量も大きくなり, その結果温度勾配が大きくなり, 陶材の焼成不良がより助長されることが予測できる. 従来, ポーセレンにチッピングが生じやすい原因として, ポーセレンの厚みなど, 構造的問題を指摘するものが多い 6,14,15). ジルコニアフレームを用いたオールセラミッククラウンの陶材破壊を防ぐために, 構造体の強度上昇のためにジルコニアフレームの厚みを増す対策や, ジルコニアフレームにサポート形状を付与することが重要という報告がある 16). さらに本論文の結果から, 歯冠修復物製作時における熱的履歴によって, それぞれの材料の熱的性質の差による熱応力の発生や材料内部の欠陥が生じる可能性があることを示唆している 17).
フレーム厚さとポーセレンの焼成条件の影響 297 3. 焼成条件の影響 Bldssrri らは, ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンのチッピングはベニアポーセレンの焼結に関与した焼成サイクルにより起こる残留引張応力により生じ, そのような残留応力はベニアポーセレンとフレームの熱膨張の不適合に起因すると述べている 18). メタルセラミック修復では, メタルフレームの金属は, 金属の膨縮がベニアポーセレンよりわずか ( 約 1 10 6 / 程度 ) に大きくなるような熱膨張率関係となっており 19), ジルコニアオールセラミック修復の熱膨張に関してもおおよそ同様に設定されている 20). 三浦らの研究によると, 本実験にて使用されたフレームの熱膨張係数は, ベニアポーセレンの熱膨張係数よりわずかに大きく, 焼成後の冷却過程でベニアポーセレン側には圧縮応力が発生し亀裂発生の少ない適切な熱膨張関係であることがわかっている 21).Cheung らは, 歯科用ベニアポーセレンのチッピングはベニアポーセレン内の気孔への応力集中により発生すると述べており, 気孔の減少に関与する要因は焼成温度, 焼成時間などであると報告した上で, 気孔の減少はより長い焼成時間, より高い焼成温度により期待されると報告している 22). これらのことから, ベニアポーセレンの破壊靱性には焼成条件が関係していることが示唆されている. 本実験の結果より, ジルコニア試料及びメタルセラミック試料において, フレーム材料の違いが焼成温度に影響しないことが確認された. 昇温速度に関しては, メタルセラミック修復用ベニアポーセレンにおいては, 昇温速度の遅い試料の方がマニュアル速度の試料及び昇温速度の速い試料よりも破壊靭性値が有意に高かった. しかし, ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンにおいては昇温速度の遅い試料で破壊靭性値が高くなるという現象は認められず, 昇温速度の速い試料がマニュアル速度の試料に比べて破壊靭性値が有意に低い値であるという結果となった. また昇温速度の速い試料にて, ジルコニアフレームから 0.5 mm の地点では,2.0 mm 地点よりも破壊靭性値は有意に低い結果となった. 図 6 はジルコニア試料の昇温速度の速い条件とマニュアル条件の光学顕微鏡画像の画像処理 (ImgeJ.10451 日本語バージョン 1.0) を行い, 試料内に含まれる気孔を示したものである. 昇温速度が速い試料はマニュアル試料と比較して気孔が多く観察された. これらの結果が起こった原因は, 前項で述べたように, フレーム材料の熱的性質に大きく起因すると思われる. 昇温速度を速くすることで温度勾配が大きくなり, 焼成後のベニアポーセレンに全 体的かつ部分的な焼成不足が生じた可能性があり, その結果破壊靱性が低下したと考えられる. 図 5 に示すように, フレーム- 陶材境界近くでは温度勾配が大きく, 陶材の焼成が不十分になり, その結果破壊靭性が低くなることが考えられる. ところで三浦らは, ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンの曲げ試験ではメタルセラミック修復用のものと比べて低いと述べており 14), 破壊靱性試験においてもジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンの方が低い値であった ( 図 3). すなわち, ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンのチッピングは, ベニアポーセレン自体の強度が元々低いことにより発生したと考えられる. メタルセラミック修復用ベニアポーセレンの強度がジルコニア修復用と比較して高い理由について,Quinn らはメタルセラミック修復用ベニアポーセレンはリューサイトで補強されているためではないかと述べている. ジルコニアフレームに築盛 焼成するベニアポーセレンの熱膨張係数は, フレームの熱膨張係数よりわずかに小さくしなくてはならない. その際, リューサイトは必要ないため添加されていないと報告している 23). 今回使用したジルコニア修復用ベニアポーセレンのリューサイト含有量は, 同メーカーの他のメタルセラミック修復用ベニアポーセレンよりも約 1/4 の含有率であったとの報告がある 24). また,Choi らは数種のジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンにおいて, リューサイトが添加されている材料の破壊靱性値が大きかったと述べている 25). このように, ジルコニアオールセラミック修復用ベニアポーセレンの破壊靱性値が低い理由の一つとしてリューサイト含有量の関与が考えられる. 本実験内における破壊靱性値は, メタルセラミック修復用ベニアポーセレンの方が高かったが, 他のメーカーではジルコニア修復用ベニアポーセレンの破壊靱性値が高かったとの報告がある 26) ため, 今後本実験で用いた陶材のリューサイト含有量の定量評価が必要と思われる. Ⅴ. 結論本研究において, ジルコニアフレームや焼成条件の変化がベニアポーセレンの破壊靱性に及ぼす影響を検討した結果, フレーム厚さ及び焼成温度による影響はみられなかったが, 昇温速度については, 速度が速い条件ではマニュアル条件と比較して破壊靱性値は有意に低下することが分かった.
298 日補綴会誌 6 巻 3 号 (2014) 謝 本研究に際し, ご協力を頂きました諸先生方に厚くお礼申し上げます. また, 本研究は JSPS 科研費 24792058 の助成を受け, 本論文の一部は第 121 回日本補綴歯科学会学術大会 (2012 年 5 月 26 日, 横浜 ) において発表した. 文 1) 山岸篤, 小野寺徹, 石川成美, 吉川良俊, 根本ふみ子, 伊藤創造ほか. 歯冠補綴物の周囲歯肉にみられる着色の原因性に関する検討第 2 報 AgS の発現時期および合金成分による影響. 補綴誌 1989;33:1194 1201. 2) Tsumit M, Kokubo Y, Ohkubo C, Skuri S, Fukushim S. Clinicl evlution of posterior llcermic FPDs (Cercon): prospective clinicl pilot study. J Prosthodont Res 2010; 54: 102 105. 3) Ppspyridkos P, Ll K. Computer-ssisted design/ computer-ssisted mnufcturing zirconi implnt fixed complete prostheses: clinicl results nd technicl complictions up to 4 yers of function. Clin Orl Implnts Res 2013; 24: 659 665. 4) Schmitter M, Mussotter K, Rmmelsberg P, Gbbert O, Ohlmnn B. Clinicl performnce of long-spn zirconi frmeworks for fixed dentl prostheses: 5-yer results. J Orl Rehbil 2012; 39: 552 557. 5) Sx C, Hämmerle CH, Siler I. 10-yer clinicl outcomes of fixed dentl prostheses with zirconi frmeworks. Int J Comput Dent 2011; 20: 183-202. 6) Donovn TE. Fctors essentil for successful llcermic restortions. J Am Dent Assoc 2008; 139 Suppl: 14S 18S. 7) Schwrz S, Schröder C, Hssel A, Bömicke W, Rmmelsberg P. Survivl nd chipping of zirconibsed nd metl-cermic implnt-supported single crowns. Clin Implnt Dent Relt Res 2012; Suppl 1: e119 125. 8) 奥田博. ファインセラミックスのおはなし. 東京 : 日本規格協会 ;1999,111. 9) 日本金属学会. 金属データブック. 東京 : 丸善出版 ; 2004,14. 10) Benetti P, Kelly JR, Bon AD. Anlysis of therml distributions in veneered zirconi nd metl restortions during firing. Dent Mter 2013; 29: 1166 1172. 11) 日本工業標準調査会. ファインセラミックスの破壊じん ( 靭 ) 性試験方法 R 1607. 東京 : 日本規格協会 ;1995. 12) Rosenstiel SF, Porter SS. Apprent frcture toughness of dentl porcelin with metl substructure. Dent Mter 1988; 4: 187 190. 13) Tn JP, Sederstrom D, Polnsky JR, McLren EA, White SN. The use of slow heting nd slow cooling regimens to strengthen porcelin fused to zirconi. J 辞 献 Prosthet Dent 2012; 107: 163 169. 14) 三浦賞子, 稲垣亮一, 木村幸平. 酸化ジルコニウムを応用した CAM システムに関する研究. 歯科審美 2005; 17:147 157. 15) 石橋実, 本永三千雄, 稲垣亮一, 渡邊一成, 笠原紳, 木村幸平. ポーセレンジャケットクラウン機能時の応力解析. 歯科審美 1999;11:354 361. 16) Mori K. Influence of the design of zirconi frmework on the frcture strength of veneering. Kokubyo Gkki Zsshi 2010; 77: 67 70. 17) 笠原紳. 合金および埋没材の高温物性値が鋳造体寸法に及ぼす影響. 歯材器 1984;3:122 139. 18) Bldssrri M, Stppert CF, Wolff MS, Thompson VP, Zhng Y. Residul stresses in porcelin-veneered zirconi prostheses. Dent Mter 2012; 28: 873 879. 19) 山本眞. ザ メタルセラミックス第 2 版. 東京 : クインテッセンス出版 ;1994,158 167. 20) 伴清治. オールセラミックスの歯科材料学. 新谷明喜, 西山典宏, 西村好美編, オールセラミックレストレーション - 基礎からわかる材料 技工 臨床 - 東京 : 医歯薬出版 ;2005,32 43. 21) 三浦賞子, 稲垣亮一, 依田正信, 木村幸平. 酸化ジルコニウムセラミックス用レヤリング陶材の熱膨張に関する研究. 日補綴会誌 2007;51:556 562. 22) Cheung KC, Drvell BW. Sintering of dentl porcelin: effect of time nd temperture on ppernce nd porosity. Dent Mter 2002; 18: 163 173. 23) Quinn JB, Quinn GD, Sundr V. Frcture Toughness of Veneering Cermics for Fused to Metl (PFM) nd Zirconi Dentl Restortive Mterils. J Res Ntl Inst Stnd Technol 2010; 115: 343 352. 24) Tng X, Nkmur T, Usmi H, Wkbyshi K, Ytni H. Effects of multiple firings on the mechnicl properties nd microstructure of veneering cermics for zirconi frmeworks. J Dent 2012; 40: 372 380. 25) Choi JE, Wddell JN, Swin MV. Pressed cermics onto zirconi. Prt 2: indenttion frcture nd influence of cooling rte on residul stresses. Dent Mter 2011; 27: 1111 1118. 26) Ansong R, Flinn B, Chung KH, Mncl L, Ishibe M, Rigrodski AJ. Frcture toughness of het-pressed nd lyered cermics. J Prosthet Dent 2013; 109: 234 240. 著者連絡先 : 三浦賞子 980-8575 仙台市青葉区星陵町 4-1 Tel: 022-717-8363 Fx: 022-717-8367 E-mil: miur@dent.tohoku.c.jp
フレーム厚さとポーセレンの焼成条件の影響 299 Frcture Toughness of Veneer Porcelin for Zirconi All-Cermic Restortions Influence of the Frme Mterils nd Porcelin Firing Schedules Momoko Kudo DDS, PhD, Shoko Miur DDS, PhD, Msfumi Kikuchi DDS, PhD c, Ryoichi Ingki CDT PhD, Shin Kshr DDS, PhD, Keiichi Sski DDS, PhD b nd Msnobu Yod DDS, PhD Division of Fixed Prosthodontics, Grdute School of Dentistry, Tohoku University b Division of Advnced Prosthetic Dentistry, Grdute School of Dentistry, Tohoku University c Division of Biomterils Science, Grdute School of Medicl nd Dentl Sciences, Kgoshim University Ann Jpn Prosthodont Soc 6: 291-299, 2014 ABSTRACT Purpose: We investigted how vrious frme mterils, porcelin firing temperture nd heting rte influenced the frcture toughness of the veneer porcelin used for zirconi ll-cermic restortions. Methods: The frcture toughness ws evluted ccording to the ISO 15732 stndrd. The veneer porcelin for the zirconi ll-cermic restortions ws fired on 0.4- nd 0.8-mm-thick zirconi frmes (ZAC) t moderte firing schedules, nd fired on ZAC(0.4) t low, moderte, nd high tempertures nd t slow, moderte, nd fst heting rtes. Veneer porcelin fired on metl frmes for porcelin-fused-to-metl (PFM) cermic restortions ws lso evluted s control. The dt were nlyzed using 2-wy ANOVA nd the Tukey- Krmer HSD test (ɑ = 0.05). Results: The effects of the ZAC nd PFM frme thicknesses nd the firing temperture on the frcture toughness of the veneer porcelin were not significntly different. The frcture toughness of the smple heted fst on the ZAC ws significntly lower thn tht of the smples heted t slow nd moderte rtes (p < 0.05). The frcture toughness of the smple heted slowly on the PFM ws significntly higher thn tht of the smples heted t moderte nd fst rtes (p < 0.05). Conclusions: The results suggest tht the effects of the ZAC frme thickness nd firing temperture on the frcture toughness of the veneer porcelin were not significntly different; however, the heting rte significntly influenced the frcture toughness. Key words frcture toughness, vickers, veneer porcelin, zirconi, ll-cermic