第 11 章 第 1 借主の死亡 行方不明 借主死亡 相続人がいない場合の処理方法 問 借家の借主が死亡し 相続人全員が相続を放棄しました 以降 どのように 解約手続きを進めればいいですか 答 1 相続人全員が相続を放棄した場合 その相続人の相続財産は法人となります ( 民 法 951 条 ) 借主の借家権も この相続財産法人に帰属することになります 2 したがって 貸主は この相続財産法人を相手として解約手続を進めなければ ならず 利害関係人として 家庭裁判所に対し 相続財産管理人の選任申立てを 行ったうえで 解約手続を行う必要があります 3 この様に 相続人全員が相続を放棄すると 法律上は面倒な手続を採らなけれ ばならなくなるので 以下の様に 連帯保証人に転貸保証の責任以外に上記身元 引受を約束させることをおすすめします 文例 第 条 ( 連帯保証人の責任 ) 1 連帯保証人は この賃貸借契約が法定更新された場合はもちろん 連帯保 証人が契約当事者とならずにこの賃貸借契約が合意更新された場合でも 特 約で連帯保証人の責任を免除されたときを除き 賃貸人と賃借人の賃貸借契 約 ( 更新後の契約を含みます ) が終了し かつ 賃借人の債務が完済される までは賃借人と連帯して保証人の責任を負います 2 連帯保証人は 前項の金銭債務支払義務を負うほか 借主又は同居人につ いて以下の身元引受人としての義務と権限を借主からの委嘱により負うもの とします 1) 借主又は同居人が 要介護状態になったときは 病院 介護 養護施設 への入所処置 引き取り 成年後見の申立 成年後見人への就任等介護の 処置 2) 借主又は同居人が死亡した場合の遺体の引取 葬儀及び残置物の搬出 引取り 処分 後片付け 3) 借主が死亡 行方不明 ( 貸主に届出をせず所在不明のまま 60 日を経過 したとき ) の場合の 借家契約の合意解除 残置物の搬出 引取り 処分 後片付け 4) この身元引受の責任は 借家契約の期間にかかわらず 更新後も継続さ れ 借主と貴殿の借家関係が終了するまで継続します 5) 借主は 連帯保証人に上記 1) 乃至 4) の責任を果たすことを依頼し 連帯保証人の上記処理のため 借家契約の解除 借家内の家財の搬出 処 - 1 -
分 借主の手持ち現金 預金等からの上記処理に必要な一切の権限 代理権支払い権限を委任いたします なお この委任は借主の死後も有効とします 4 これにより 連帯保証人は本来は金銭支払いの義務しか負いませんが この条項を入れれば 連帯保証人は入居者の事実上の世話 身上監護 葬儀 借家契約の合意解除 明渡しの義務も負うことになります 第 2 借家人が行方不明になった場合の対処 問 行方不明になった借家人の建物明渡し方法を教えて下さい 答 1 行方不明になった借主は 法律上 不在者 となります そのため 貸主は 不在者財産管理人の選任を家庭裁判所に請求し 選任された不在者財産管理人 に対し 明渡しの手続をしなければならなくなります 2 この様に 借主が行方不明になってしまうと 法律上は面倒な手続を採らな ければならなくなります また 後になって借主が戻ってきた場合に なぜ解 約したのだと言われる可能性があるので 以下の様に 連帯保証人に立退の代 理権を事前に与えておくことをおすすめします この条項は相続人がいない場 合の対応特約と共通に使える特約です 文例 第 条 ( 連帯保証人の責任 ) 1 連帯保証人は この賃貸借契約が法定更新された場合はもちろん 連帯保 証人が契約当事者とならずにこの賃貸借契約が合意更新された場合でも 特 約で連帯保証人の責任を免除されたときを除き 賃貸人と賃借人の賃貸借契 約 ( 更新後の契約を含みます ) が終了し かつ 賃借人の債務が完済される までは賃借人と連帯して保証人の責任を負います 2 連帯保証人は 前項の金銭債務支払義務を負うほか 借主又は同居人につ いて以下の身元引受人としての義務と権限を借主からの委嘱により負ものと します 1) 借主又は同居人が 要介護状態になったときは 病院 介護 養護施設 への入所処置 引き取り 成年後見の申立 成年後見人への就任等介護の 処置 2) 借主又は同居人が死亡した場合の遺体の引取 葬儀及び残置物の搬出 引取り 処分 後片付け 3) 借主が死亡 行方不明 ( 貸主に届出をせず所在不明のまま 60 日を経過 したとき ) の場合の 借家契約の合意解除 残置物の搬出 引取り 処分 2 - -
後片付け 4) この身元引受の責任は 借家契約の期間にかかわらず 更新後も継続され 借主と貴殿の借家関係が終了するまで継続します 5) 借主は 連帯保証人に上記 1) 乃至 4) の責任を果たすことを依頼し 連帯保証人の上記処理のため 借家契約の解除 借家内の家財の搬出 処分 借主の手持ち現金 預金等からの上記処理に必要な一切の権限 代理権支払い権限を委任いたします なお この委任は借主の死後も有効とします 3 ただ 上記の特約文例には法的な意味で限界があります 1) たとえば 借主本人は行方不明でも 明渡はしない意思が状況から判断さ れるとき代理権を与えられた連帯保証人も代理権を行使して賃貸借契約の合 意解約ができないことになります しかし 借家人が夜逃げして 鍵は返し てもらえない ( 明渡しは済んでいない ) ものの 借家の中にはめぼしい家財 もなくがらくたとゴミしかないような場合には 連帯保証人が代理人として 貸主と合意解約しても後日トラブルになる可能性は少ないと思われます 2) 上記に対し 借家人が家財や身の回りの物品を全く搬出しておらず 借家 人本人だけがいなくなってしまった場合のように 明渡はしない意思が状況 から判断されるときは 代理人は本人のために代理権を行使する義務がある ので 代理権を与えられた連帯保証人も代理権を行使して賃貸借契約の合意 解約ができないことになります 4 なお 借主が行方不明になった原因として 犯罪行為をしたために収監され てしまった可能性があるのであれば 弁護士に相談することをおすすめします 弁護士であれば 弁護士会照会を利用して 法務省に在監場所を問合せをすれ ば 借主が在監している刑務所を調査することが可能です 第 3 自然死の相続人 連帯保証人に対する損害賠償 問 賃貸中のアパートの居室にて借主が自然死をし 1 ヶ月経過後発見されまし た 家具類はすべて引き取ってもらったものの 内装を交換しなければならず約 1 00 万円の費用がかかりました このような事故があったため 仲介業者からは 半年の間は貸せない その後何年間かは家賃を下げないと貸せない と言われ てしまいました 連帯保証人が親族である場合 どこまで損害の賠償を請求できま すか 答 1 借主が自然死によって貸主の建物であるアパートの内装に損害を与えたことに ついては 借主としての管理義務に違反し損害賠償の問題となります さらに 3 - -
賃貸借契約終了時には貸主に対する原状回復義務になります ( 民法 616 条 5 98 条 ) 2 純理論的にいえば 損害賠償請求ができるかどうかは借主側に建物について善 良なる管理者としての注意義務違反が認められるか ( 過失が認められるかどうか) が問題となります 3 東京地判平成 19 年 3 月 9 日では 以下のように判示して 借主に過失が認め られる場合は少ないとしています 判決内容 そもそも住居内において人が重篤な病気に罹患して死亡したり, ガス中毒など の事故で死亡したりすることは, 経験則上, ある程度の割合で発生しうることで ある そして, 失火やガス器具の整備に落度があるなどの場合には, 居住者に責 任があるといえるとしても, 本件のように, 突然に心筋梗塞が発症して死亡した り, あるいは, 自宅療養中に死に至ることなどは, そこが借家であるとしても, 人間の生活の本拠である以上, そのような死が発生しうることは, 当然に予想さ れるところである したがって, 老衰や病気等による借家での自然死について, 当然に借家人に債務不履行責任や不法行為責任を問うことはできないというべき である 4 借主の遺族や連帯保証人に対するなくなった借主の契約違反や不法行為を理由 とする損害賠償請求は 以上の判例からみても難しいと思われます これに対し 原状回復義務は もともとの契約上の義務なので損害賠償とは異なり認められる と考えられます この原状回復義務は 死亡した借主の相続人に相続されます もっとも 実務では 貸主が相続人に原状回復請求 ( 修繕費の請求 ) をすると 相続人は相続放棄をする場合が多く 相続人全員に相続放棄をされてしまうと貸 主は相続人に対する原状回復請求 ( 修繕費の請求 ) をできなくなってしまいます 5 ところが 借主の相続人の 1 人が連帯保証人になっていれば 相続人として相 続放棄をしたとしても もともと連帯保証人としての責任を負っていますので 相続人が相続放棄をしてもなお連帯保証人としての原状回復のための費用負担の 義務が残ります 6 自然死によって発生した損害をすべて積算すると数百万円にのぼることもあり ます ただ 実務では このような損害賠償を請求して裁判を起こしても裁判所 は理論的な損害の全額を認めません その理由は 以下のとおりです 1) 借家人は 経済的弱者であり保護しなければならないこと 借家人も借家人 の相続人も経済的弱者であることが多いこと 2) 連帯保証人は 対価を得て連帯保証人に就任したわけではなく 無償かつ好 意で連帯保証人になることが多いこと 3) 貸主は 事業でアパートを貸しているのであるから その収益に対応するリ 4 - -
スクとしてこのような事故による損害も負担しなければならないと考えるのが 公平であること 4) さらに 自殺とは異なり 自然死の場合 借主の過失を認定することが難し いので 契約違反や不法行為を理由とする損害賠償請求は認められにくいこと 7 上記の東京地裁判例においても 貸主は約 600 万円の損害賠償請求を法人と して借りていた借主に請求しましたが 判例は 1 円の損害賠償請求も認めませ んでした 第 4 自殺による損害の範囲 問 アパートの居室の風呂場の浴槽内で 借主が入居から2 年後に自殺しました 貸主は 風呂場の浴槽やリビング ダイニングの壁紙を交換し お祓いをした上で 賃貸募集を行いましたが1 年間は借り手が見つからず その後 相場賃料月額 8 万円の半額である月額 4 万円で5 年間借りれるのであれば 借りたいという者が現れたので その者と 期間 5 年 賃料月額 4 万円とする賃貸借契約を締結しました なお このアパートは 都心部にあり 最寄り駅から徒歩 7 分 主に単身者が居住する1LDKのアパートです 1 貸室内の修繕費用等について借主は風呂場の浴槽内で自殺しましたが 貸主は リビング ダイニングの壁紙も全て交換して お払いをしています 貸主が 借主の連帯保証人に対して 原状回復費用として 浴槽の交換費用 リビング ダイニングの壁紙の交換費用や お祓いに要した費用を請求した場合に これらの費用は認められるのでしょうか 2 逸失利益について貸主は 自殺が起きたことによって 1 年間は賃料収入が得られず さらに4 年間は賃料収入が半減していますが これらの逸失利益について 連帯保証人に対して その全額の損害賠償請求が認められるのでしょうか 3 隣室の逸失利益についてこの自殺事件後 隣室の入居者が退去した後 賃貸募集を行いましたが 隣室についても1 年間入居者が見つかりませんでした この隣室の賃料の減収についても 貸主は 連帯保証人に対して損害賠償請求が出来るのでしょうか 答 1 貸室内の修繕費用等について上記事例では 浴槽の交換費用 お祓いの費用は認められる可能性が高いといえますが リビング ダイニングの壁紙の交換費用までは 請求出来ないと考えた方がよいと思われます 5 - -
2 逸失利益について 本事例においても 賃貸できなかった 1 年間分の賃料額と 2 年間分の賃 料の 50% 程度を損害として認めてもらえる可能性があるものの さらに 2 年分の賃料の減額分については 自殺と相当因果関係のある損害としては認 められる可能性は低いものと考えます 3 隣室の逸失利益について 解説 本件でも 自殺があった貸室の隣室について 借主が見つからない期間が あったとしても 借主の相続人や連帯保証人に対して逸失利益の賠償を求め ることは認められないものと思われます 1 貸室内の修繕費用等について 1) 上記事例では 浴槽の交換費用 お祓いの費用は認められる可能性が高 いといえますが リビング ダイニングの壁紙の交換費用までは 請求出 来ないと考えた方がよいと思われます 2) 浴室内での自殺の場合に 正に現場となった浴室には強い心理的瑕疵が 生じますが 悪臭が他の居室に及ぶ等の特別な事情がない限り 自殺の現 場となっていない居室についてまで 当然に心理的瑕疵が生じるとまでは 認めてもらえないからです 3) なお 東京地裁平成 23 年 1 月 27 日判決 ( 一般 ) 不動産適正取引推 進機構 RETIO84-114) は 上記事例と同種の事案について 居 室のクロス張り替え費用 クリーニング費用を自殺と因果関係のある損害 として認めましたが その控訴審では 悪臭が存在したことの立証が不十 分であるとして 浴室内に限って補修 お祓いの費用を損害として認め クロス張り替え費用 クリーニング費用までは認めないとの見解が示され ました ( 和解により終了 ) 4) 借主は 自殺によって部屋に心理的な瑕疵を生じさせないよう注意して 建物を使用する義務 ( 善管注意義務 ) を負っています 5) 従って 借主が建物内で自殺することは 借主の故意過失によって 建 物に心理的瑕疵を生じさせる行為であり 借主は貸主に対して善管注意義 務違反 ( 債務不履行責任 ) による損害賠償義務を負うことになります 6) さらに 連帯保証人は 貸主に対して 連帯保証人として同内容の損害 賠償義務を負うことになります 2 逸失利益について 1) アパートの貸室内で借主が自殺した案件について 自殺発生後 1 年間は 新たに賃貸できず さらにその後相場家賃の半額で 2 年間程度賃貸せざる を得ないとして 1 年分の賃料収入額及び 2 年分の賃料収入の 50% 相 6 - -
当額について 借主の相続人や連帯保証人等に対して賠償を命じた裁判例 があります ( 東京地裁平成 19 年 8 月 10 日判決 東京地裁平成 26 年 8 月 5 日判決 ( 一般 ) 不動産適正取引推進機構 RETIO98-138 ) 2) これらの裁判例は 都心部の単身者向けアパートに関する例であり 比 較的短期間での人の入れ替わりが多い点や 隣人間のつきあい等は比較的 希薄な状況にあること 建物賃貸借契約の契約期間が 2 年ごとに更新する 内容であること等の事情を考慮し 心理的瑕疵が一定期間 ( 通常の賃貸期 間 2 年 ) の経過によって希薄化し また 一定期間他の入居者が居住する ことをもって 心理的瑕疵が解消されると判断しています 3) なお 逸失利益について 自殺後最初の 2 年間については 相場賃料の 50% 相当 さらに 2 年間は 月額 1 万円の限度で 自殺と相当因果関係 のある賃料減額分であると認めて算定した裁判例もあります ( 東京地裁平 成 22 年 1 月 6 日判決 RETIO84-116 ) この判例においても 結局賃料の減額による損害を合計 4 年間しか認めていません 4) さらに 裁判においては 今後発生するであろう将来の逸失利益の賠償 を求める場合は ライプニッツ係数を用いて中間利息を控除する方法で計 算されています 注 中間利息とは 例えば 今後 4 年間の賃料減額による損害賠償を認める 場合にも 半年先 1 年先 2 年先 と言うように 将来もらえるはず の賃料を事前に一括して支払うことになるので 先払いを受けることで利息 ( 中間利息と呼ばれる ) 相当分が損害賠償を受ける貸主に発生するため そ の中間利息相当分を差し引いて支払い額を決めるのが裁判実務です この中 間利息を差し引き正味支払い額を計算するための係数をライプニッツ係数と いいます 5) 競売における鑑定事例では 自殺等の心理的瑕疵のある物件について 約 30% 前後の評価減を認める例が多く 賃料の合理的な減額幅を算定す る際に 30% 程度に止める判断もあり得ます そのため 上記 1 の裁判 例がそのまま相場として定着するかどうかは なお 裁判例の集積を待つ 必要があります 3 隣室の逸失利益について 1) 自殺が起きた貸室の隣室について なかなか入居者が決まらなかった場 合に その期間の逸失利益を自殺と相当因果関係のある損害として認める ことについては 裁判例は消極的です 2) その理由は 自殺が起きた貸室そのものを賃借する場合に比べて その 隣室を賃借する場合は 社会通念上 嫌悪すべき歴史的事情とされる程度 がかなり低いものと考えられることや 単身者向けの都心部のアパートで 7 - -
あれば 人の入れ替わりが比較的多く 近所付き合いも希薄な場合も多いこと等を考慮すると 特に世間の耳目を集めるような自殺事件ではない限り 隣室を貸す際に 貸主や仲介業者において 自殺の事実があったことを説明すべき義務を負うとは言えないと判示した裁判例 ( 前掲東京地裁平成 19 年 8 月 10 日判決 ) もあります 8 - -