精子・卵子・胚研究の現状(久慈 直昭 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室 講師提出資料)

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体外受精についての同意書 ( 保管用 ) 卵管性 男性 免疫性 原因不明不妊のため 体外受精を施行します 体外受精の具体的な治療法については マニュアルをご参照ください 当施設での体外受精の妊娠率については別刷りの表をご参照ください 1) 現時点では体外受精により出生した児とそれ以外の児との先天異常

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日本産科婦人科学会雑誌第68巻第8号

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妊よう性とは 妊よう性とは 妊娠する力 のことを意味します がん治療の影響によって妊よう性が失われたり 低下することがあります 妊よう性を残す方法として 生殖補助医療を用いた妊よう性温存方法があります 目次 はじめにがん治療と妊よう性温存治療抗がん剤治療に伴う卵巣機能低下について妊娠の可能性を残す方

晶形成することなく固化 ( ガラス化 ) します この方法は 前核期胚などの早期胚 の凍結に対して高い生存率が多数報告されています また 次に示します vitrification 法に比べて 低濃度の凍結保護剤で済むという利点があります 2) Vitrification( ガラス化保存 ) 法 細胞

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資料110-4-1 核置換(ヒト胚核移植胚)に関する規制の状況について

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リプロダクション部門について

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長崎市告示第   号

胚(受精卵)移植をお受けの方へ

配偶子凍結終了時 妊孕能温存施設より直接 妊孕能温存支援施設 ( がん治療施設 ) へ連絡がん治療担当医の先生へ妊孕能温存施設より妊孕能温存治療の終了報告 治療内容をご連絡します 次回がん治療の為の患者受診日が未定の場合は受診日を御指示下さい 原疾患治療期間中 妊孕能温存施設より患者の方々へ連絡 定

第59回日本生殖医学会学術講演会 プログラム

凍結胚の融解と胚移植の説明書 平成 27 年 8 月改定版 治療の必要性 / 適応について受精卵 ( 胚 ) の凍結は 体外受精または顕微授精において 以下のような場合に行なわれる治療です 新鮮胚移植後に 妊娠につながる可能性のある受精卵 ( いわゆる余剰胚 ) が残っていた場合 採卵数が多い 血中

特定不妊治療費助成制度 の利用の手引き ( 申請案内 ) 平成 23 年 8 月 1 日から特定不妊治療に対する助成制度を創設しました 富田林市では 不妊治療の経済的負担の軽減を図るため 大阪府及びその他の都道府県 指定都市 中核市 ( 以下 大阪府等 という ) が実施する 特定不妊治療費助成制度

胚(受精卵)移植をお受けの方へ

公募情報 平成 28 年度日本医療研究開発機構 (AMED) 成育疾患克服等総合研究事業 ( 平成 28 年度 ) 公募について 平成 27 年 12 月 1 日 信濃町地区研究者各位 信濃町キャンパス学術研究支援課 公募情報 平成 28 年度日本医療研究開発機構 (AMED) 成育疾患克服等総合研

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不妊外来を受診される方へ

( 樹立の用に供されるヒト胚に関する要件 ) 第 6 条第 1 種樹立の用に供されるヒト受精胚は 次に掲げる要件を満たすものとする 一生殖補助医療に用いる目的で作成されたヒト受精胚であって 当該目的に用いる予定がないもののうち 提供する者による当該ヒト受精胚を滅失させることについての意思が確認されて

平成14年度研究報告

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資料 4 生命倫理専門調査会における主な議論 平成 25 年 12 月 20 日 1 海外における規制の状況 内閣府は平成 24 年度 ES 細胞 ips 細胞から作成した生殖細胞によるヒト胚作成に関する法規制の状況を確認するため 米国 英国 ドイツ フランス スペイン オーストラリア及び韓国を対象

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Taro-胚凍結保存、凍結胚融解と移

これらの検査は 月経周期の中で下記のような時期に行われます ( いつでも検査できるわけではありません ) 図中のグラフは基礎体温の変動を示し 印は月経を示します 月経周期における検査の時期 高温期 低温期 月経 月経 血液検査 LH FSH E2( エストラジオール ) AMH 精液検査 排卵日 血

最近の当科における ARTの成績

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その最初の日と最後の日を記入して下さい なお 他の施設で上記人工授精を施行し妊娠した方で 自施設で超音波断層法を用いて 妊娠週日を算出した場合は (1) の方法に準じて懐胎時期を推定して下さい (3)(1) にも (2) にも当てはまらない場合 1 会員各自が適切と考えられる方法を用いて各自の裁量の

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( 図 ) 顕微受精の様子

2 注釈 1 精液検査とは? 射精した精液中の精子の数や運動性 形などを調べる検査で これらの結果を 精液所見 といい 治療方針が決められることが多い 精液検査の標準値として左図のWHOラボマニュアルに準拠している場合が多い 注釈 2 フーナーテストとは? 代表的な精子 - 子宮頸管粘液適合試験であ

融解 ( 解凍 ) 後の前核期または分割期卵を 1 日以上培養したにも関わらず分割が進まないときは その受精卵を胚移植で きないときがあります 凍結保存技術料金 月数に応じた保存料金が発生し経済的負担が増加します 方法 受精卵 ( 卵子 ) の凍結保存法 ( 超急速ガラス化保存法 ) Minimum

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2 反復着床不全への新検査法 : 検査について子宮内膜の変化と着床の準備子宮内膜は 卵巣から分泌されるステロイドホルモンの作用によって 増殖期 分泌期 月経のサイクル ( 月経周期 ) を繰り返しています 増殖期には 卵胞から分泌されるエストロゲンの作用により内膜は次第に厚くなり 分泌期には排卵後の

全な生殖補助医療を含めて, それぞれの選択肢を示す必要がある. 3 種類の HIV 感染カップルの組み合わせとそれぞれの対応 1. 男性が HIV 陽性で女性が陰性の場合 体外受精この場合, もっとも考慮しなければいけないことは女性への感染予防である. 上記のように陽性である男性がすでに治療を受けて

配偶者の扶養に入っていて所得がありません 所得を証明する書類は提出しなくてもよいですか 所得が無いことの証明が必要となりますので 提出してください 所得証明書は いつのものを提出する必要があるのですか 最近数年間は海外に居住していました 所得の証明は何を提出すればよいですか 所得を証

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第 第 3 章第 第 第 3 第 4 第 5 第 4 章第 第 第 3 第 5 章第 第 第 3 第 4 インフォームド コンセントヒト受精胚の取扱い作成の制限取扱期間胎内への移植等の禁止他の機関への移送研究終了時の廃棄研究の体制研究機関提供機関研究機関と提供機関が同一である場合における当該機関の長

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妊娠のしくみ 妊娠は以下のようなステップで成立します Step1 卵胞発育脳にある下垂体から分泌される 卵胞刺激ホルモン (FSH) が卵巣内の卵胞を発育させます Step2 射精 精子の子宮内侵入性交により精液が腟内に入ります 腟に入った精子は 子宮を通過して 卵管を登っていきます Step3 排

不妊治療について Ⅰ 一般的な不妊治療 1 排卵誘発剤などの薬物療法 2 卵管疎通障害に対する卵管通気法 卵管形成術 3 精管機能障害に対する精管形成術 Ⅱ 生殖補助医療 1. 人工授精 2. 体外での受精 精液を注入器を用いて直接子宮腔に注入し 妊娠を図る方法 夫側の精液の異常 性交障害等の場合に

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婦人科63巻6号/FUJ07‐01(報告)       M

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179:砥部町特定不妊治療費助成事業実施要綱

注射すると 1 個だけでなく複数の卵胞が大きくなり 10 日くらいで直径 18 mm前後となります この時期に 卵子の成熟と排卵を促す HCG と呼ばれるもう一つのホルモンを注射します 採卵の直前である HCG 投与後 34 時間から 36 時間ころに卵胞を穿刺し 卵子を採取します これを採卵といい

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はじめに 近年 がんに対する治療の進歩によって 多くの患者さんが がん を克服することができるようになっています しかし がん治療の内容によっては 造精機能 ( 精子をつくる機能のことです ) が低下し 妊娠しにくくなったり 妊娠できなくなることがあります また 手術の内容によっては術後に性交障害を

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「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

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ェクトチームにおいて, 議員立法による法案作成が行われ, 平成 28 年 5 月には自民党の法務部会 厚生労働合同部会において, 生殖補助医療の提供等及びこれにより出生した子の親子関係に関する民法の特例等に関する法律案 が了承されたが, いまだ法案の国会提出には至っていない 3 検討の必要性親子法制

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下関市特定不妊治療費助成事業実施要綱

検体採取 患者の検査前準備 検体採取のタイミング 記号 添加物 ( キャップ色等 ) 採取材料 採取量 測定材料 P EDTA-2Na( 薄紫 ) 血液 7 ml RNA 検体ラベル ( 単項目オーダー時 ) ホンハ ンテスト 注 外 N60 氷 MINテイリョウ. 採取容器について 0

24 号 以下 規則 という ) に基づき実施する助成事業について その必要な事項を定めることを目的とする 第 2 対象となる治療の範囲 (1) 規則第 2 条に定める医療費助成の対象となる特定不妊治療 ( 医師の判断に基づき やむを得ず治療を中止した場合を含み 卵胞が発育しない等により卵子採取以前

ターたちの治療戦略を示すものである 巻頭において不妊症を改めて考え, 最近衝撃を与えられた移植子宮による分娩 4) を含め, 生殖医療の適用範囲を考察する その上で基 Ⅰ本に立ち返り, 不妊症の診断治療にあたって留意すべき点を, インフォームド コンセ総ントを含めて整理する 1. 不妊症の定義と頻度

て それ以後は中止してください [ ショート法 ]short 法 月経 周期の1~ 3 日目 から点鼻薬 ( スプレキュア ) を開始する方法で 卵巣機能が低下 ( 卵胞発育不十分 35 歳 ~) の場合にこの方法で行うことがあります スプレー開 始の翌日か翌々日に卵巣刺激の注射 ( hmg 製剤

1. 研究の名称 概要について本研究の名称は 若年女性がん 免疫疾患における妊孕性温存を目的とした卵巣組織凍結ならびに自家移植 です 本研究は埼玉医科大学総合医療センター病院長の許可を受けて行われます この臨床研究は 悪性腫瘍や免疫疾患に対する化学療法 放射線療法によって卵巣機能が低下し その後の妊

クローン ES 細胞を利用したクローンマウスの作出方法

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神戸市特定不妊治療費助成事業のおしらせ

日本卵子学会認定生殖補助医療胚培養士各位 一般更新 胚培養士用 平成 28 年 11 月 一般社団法人日本卵子学会生殖補助医療胚培養士認定委員会委員長寺田幸弘副委員長木村直子 平成 29 年度生殖補助医療胚培養士資格認定制度資格更新審査のお知らせ 謹啓貴殿におかれましては 益々ご健勝にて胚培養士業務

住んでいる市町村から助成を受けていますが その 7 市町村独自の助成ときいています この場合も助成回数等は通算されるのでしょうか 一部の自治体で実施している独自の助成制度については 通算の対象としていません 県内市町村の助成事業については通算の対象外となります ただし 本要綱に基づく申請に係る特定不

実施前検査の結果により 治療が中止になることがあります 卵巣刺激法性周期が正常であれば 自然周期では通常 1~2 個の卵子が排卵します しかし 当院で体外受精 胚移植をお受けいただく治療周期には 複数の卵子が得られるよう薬 ( 排卵誘発剤 ) を使い卵巣刺激を行ないます 体外受精の治療をご希望される

論文の内容の要旨

受精卵等の研究利用に関する規制と実態:「産み」の哲学に向けて(4)

平成 27 年 8 月改定版こともあります [ アンタゴニスト法 ] 月経が開始してから2~3 日目 ( 前の周期に経口避妊薬を使うこともあります ) から卵巣刺激の注射 (hmg 製剤 FSH 製剤 ) を開始します 原則として連日注射し 数日間の注射の後には超音波検査やホルモン測定により 卵巣の

研究成果の概要 ( 背景 ) 従来の遺伝子工学は, 実質的に外来遺伝子の導入に限られ, 標的部位への導入は極めて困難でした ZFN, TALEN, CRISPR/Cas 1) 等のゲノム編集は, 微生物起源の人工酵素による遺伝子改変技術の総称で, 外来遺伝子の標的部位への導入のほか, 内在遺伝子の破

スライド 1

2 翌々日に卵巣刺激の注射 (hmg 製剤 FSH 製剤 ) を開始し 連日注射します 点鼻薬は採卵の 2 日前に行なう hcg 注射の直前まで継続します また 前の周期に経口避妊薬 ( ピル ) を使うこともあります [ アンタゴニスト法 ] 月経 2~3 日目までに来院いただき 卵巣の状態を超音

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精子 卵子 胚研究の現状 慶應義塾大学医学部産婦人科学教室 久慈直昭

背景 2004 年 7 月 総合科学技術会議は 生殖補助医療研究 に限定して ヒト胚の研究目的での新たな作成と利用を認めた しかし海外には ヒト個体発生が可能であるため 実験目的での新たな胚作成を認めない国も存在する 現在わが国における胚研究を規制する指針は日本産科婦人科学会会告と クローン規制法のみである ここでは今後のわが国の新しい研究の枠組みを構築するための基礎資料として 下記を考察した 1) 生殖補助医療における研究の必要性 2) わが国の精子 卵子 胚に関する研究の調査報告と海外の動向 3) 新たな受精をおこしうる精子 卵子は今後増えるか? 4) 生殖補助技術の技術水準維持に必要な 新たな受精

研究目的での胚作成に関する議論 (Warnock 委員会 1984) ( 前提 ) 1. 研究目的での胚作成禁止により医学の発展が妨げられる 2. 偶発的に利用可能となった胚だけでは不可能な研究が存在 ( 慎重意見 ) 1. 余剰胚の利用と 研究目的で作成された胚は倫理的に異なる 2. ヒト胚の倫理的位置に適合しない 3. 有効性のない研究にも多くの胚が作成されるおそれ ( 推進意見 ) 1. 移植しない と決めた胚に発生の可能性は( もともと ) ない 2. 認めないと研究範囲が抑制され ある分野では事実上研究不能 ( たとえば受精過程の研究 ) 3. 廃棄余剰胚は ( 良好な胚は移植されるので ) 研究材料として不適 4. 卵子凍結 自然周期などの技術が進むと廃棄余剰胚は減少

1. 新たな胚形成が必要な理由 ( 生殖補助医療研究 ) 1) ヒト精子 卵子の構造 受精過程が 動物と異なるため 動物での代用が難しい 2) 精子 卵子の機能は 受精して胚を形成すること であるため 最終的に受精して胚発生 することでしか正常機能と証明できない

1) 精子 卵子の構造 受精過程はヒトと動物で大きく異なる ( 構造の違いの例とその臨床的意義 ) 1. ウシ精子核タンパク プロタミンは 1 種 ヒトは 2 種 ( ヒトでは 2 種のプロタミンの構成比が不妊に関係 ) 2. マウス精子の先体は大 ヒトのそれは小 ( マウスでは先体内酵素が ICSI 後受精卵発生に悪影響 ) 3. マウス卵とヒト卵の細胞膜構築の違い ( マウスでは顕微授精が難しい ; 卵子が壊れやすい ) ( 受精過程の相違とその臨床的意義 ) 1. マウス卵子の多精子受精拒否は透明帯 ヒトでは細胞膜 ( ヒトでは囲卵腔に複数精子をいれても多精子受精は起きない ) 2. マウス受精卵の中心体は卵子由来 ヒトでは精子由来 ( マウスでは有効な乾燥精子が ヒトでは妊孕性を持たない )

ヒト精子中心体と受精 (Schatten, Dev Biol 1994 より )

受精過程における中心体と微小管 ヒト マウス (Schatten, Dev Biol 1994)

2) 精子 卵子は受精 胚発生することではじめて正常機能をもつと証明 精子 卵子研究と疾病に対する薬物の研究の違い 精子 卵子研究 治療は個体を発生することであるため 残りの ( 解明されていない ) 全ての段階が正常に作動することが必要 例 ; 顕微授精 ( 精子の侵入 のみ ; あとは児の発生で検証が必要 ) 成体への薬物投与による治療 異常となっている疾病の一段階が理解でき そこを正常化できればよい 例 ; 月経困難症への鎮痛剤投与 ; 痛みがなくなればよい避妊薬の開発

例 ; 顕微授精法の成功 ( この部分は解明されないまま )

新たな胚形成が必要な研究の例 1) 精子 卵子の受精機能の判定 ( 円形精子細胞 後期精子細胞の顕微授精 ) 2) 精子 卵子の体外での形成 ( 未熟卵の体外培養とその後の受精 ) 3) 精子 卵子の機能改善 ( 卵子の人工的活性化 ) 4) 精子 卵子の凍結保存 ( 未婚悪性腫瘍女性患者 卵子凍結保存後の顕微授精 および染色体検査 ) 5) 受精機構の研究 ( 精子 卵子の接着機構に関与する分子 ) ( 精子核膨化機構 )

2. 精子 卵子 胚に関する研究の調査 対象 ; わが国において行われたヒト精子 卵子 胚に関すると考えられる研究 ( 総数 310 件 ) 2000 年から 2004 年末まで 医学中央雑誌より抽出 1) あらたにヒト受精卵を作成するか 2) 夫婦間の精子 卵子の受精か 3) その後の個体発生が可能か 4) 研究が行われた医療機関等について検討

あつかったヒト細胞の種類 卵子 19% 受精卵 7% N=310 精子 74%

研究の種類 観察のみ 1% N=310 死滅後実験 46% 妊孕性持ったまま実験 53% ( 実験後死滅 廃棄 )

研究実施施設 病医院単独 28% その他 4% N=310 大学 研究所 68%

主たる研究科 臨床検査 3% 泌尿器科 13% 基礎研究室 5% その他 4% N=310 産婦人科 75%

あらたな受精 ( 胚作成 ) 夫婦間以外 3% ヒトー動物 9% N=310 夫婦間 17% なし 71%

ヒトと動物配偶子の受精と研究 ヒト動物交雑胚 ; ヒト生殖細胞と動物生殖細胞を受精させて作成する胚 ( 例 ; ヒト精子とハムスター卵子 : 精子染色体検査に使用 ) ( ヒトと動物の雑種個体に成長する可能性あり 着床行為はクローン規制法により規制されている ) ヒト精子 ハムスター卵 ( 青の染色体が 2 本あることがわかる )

世界の卵子研究 (2005 年以降の英文文献 ) 分子生物的解析 12 ES 細胞関連 12 染色体解析 13 卵子活性化 5 その他 15 体外受精臨床 85 体外成熟 15 卵子卵巣凍結 30

結果 1. 研究の多くは精子等を直接固定 解析するもので 受精卵を 使用したものは不妊治療そのものの工夫 または廃棄予定胚を 用いたもののみであった 2. 精子と卵子を用いて新たに受精をおこすものは 受精過程 又は新しい治療のための研究として必要なものと考えられる 非常に新しい技術の場合 移植を前提としない約束で夫婦間の受精をおこすものも見られた 4. 動物配偶子との融合 ( 受精?) を要する実験も見られた 5. 研究を施行する医療機関は研究機関を含まないものもあり 倫理委員会設置の便宜をはかるなどを考慮すべきである

3. 研究に供される卵子が増加する可能性 ( 予想される提供者 ) 精子 1. 無償ボランティア男性 2. 配偶者間人工授精, 体外受精を受ける男性 3. 精巣疾患で治療 ( 化学療法, 手術 ) を受ける男性 4. 精巣性女性化症候群の例 卵子 1. 体外受精 ( 含む顕微授精 ) を受ける女性 2. ( 卵巣嚢腫などで ) 卵巣手術を受ける女性 3. 中絶胎児 4. 卵子 卵巣凍結を希望した女性

卵子 胚および卵巣凍結の現状 1) 未成熟卵子凍結妊娠 出産例は1 例のみ緩慢凍結 急速融解で成功 ガラス化法も検討中 2) 成熟卵子凍結妊娠 出産例は約 100 例と少ないが 急速に増加緩慢凍結 急速融解からガラス化法に移行 3) 胚凍結パートナーが決まっている場合に適応胚あたりの着床率 10-20% 臨床技術として確立 4) 卵巣凍結自家正所性移植により1 例出産 多数の卵子保存に期待凍結融解法 ( 緩慢凍結 急速融解 ) はほぼ確立 ; 臨床応用可能 (?)

卵子凍結保存 従来の凍結法の問題点 1) 卵子は微細な刺激に反応して受精できなくなる 活性化による受精障害 顕微授精による受精率の改善 2) 卵子の染色体は従来の凍結法では正しく分裂しなくなる 染色体異常による発生停止 新しい凍結法 ( ガラス化法 ) による染色体分裂の正常化

卵子凍結による染色体異常発生 ( 紡錘糸の異常 ) ( 染色体 一本過剰 ) ( 正常 ) ( 染色体異常 )

凍結による卵子の活性化と顕微授精 多精子受精 多精子受精防止活性化による 病的活性化による受精障害と顕微授精による治療

卵巣凍結保存の現状 (Kim et al. Fertil Steril 2001 より改変 ) 問題点 ; 癌細胞移植癌細胞移植感染 ( 特になし ) 成功例 ; (1 例?) ( 受精 胚形成 ) ( なし ) ( なし )

卵巣凍結と未熟卵体外培養

凍結卵子 卵巣増加の可能性 卵子凍結の効率は確実に改善 卵巣凍結も確率は低いが挙児可能? ( マウスで原始卵胞を体外培養した卵子から産仔 ) 1) 卵子 卵巣凍結を求める女性は増える可能性 2) 効率改善 安全性確認のための研究を推進する必要

4. 生殖補助医療と生殖補助医療研究 生殖補助医療 子宮への胚移植を前提として夫精子と妻卵子を受精させる医療 ( 不妊症治療 ) 生殖補助医療研究 通常女性の体内に受精卵を戻さない前提で ヒト精子 卵子 胚の提供をうけて行う研究 生殖補助技術 ヒトの精子 卵子を体外で受精させ 体外培養して胎児になりうる胚を作成する科学技術 但し 生殖補助医療からも 発生しない卵子 胚や 凍結余剰胚など 研究に使用できる卵子 胚が発生する

生殖補助医療で発生する卵子 受精卵

生殖補助技術に由来する精子 卵子 受精卵 1. 不妊治療を目的 ( 生殖補助医療 ; 移植を前提 ) 1) 移植 2) 凍結保存 ( 移植 研究 ) 3) 廃棄 ( 非受精 異常受精 ) ( 研究 不妊原因の検査 トレーニング等 ) 4)( 当該夫婦間の受精障害克服のための研究 ) 2. 生殖補助医療研究目的での使用 新たな受精 ( 移植を前提としない )

精子核膨化 核タンパク置換

ヒト非受精卵の膨化と核タンパク置換 D 卵子 クロマチン (oc) oc oc pb N A 精子クロマチン (sc) sc 極体 (pb) sc o s H 1 oc sc oc pb oc sc pb 当該夫婦のための検査? 研究?

まとめ 1. 新たな胚の作成を必要とする研究は ヒトと動物の相違 発生過程のほとんどが解明されていないことから 生殖補助医療の治療効果改善のために必要である 2. 過去 5 年間わが国で行われた生殖補助医療のための研究は 精子 卵子 受精卵を単独で研究するものが多く 新たな胚を作成するものはそのほとんどが夫婦の精子 卵子を用いて治療を進めるために用いられていた 3. 凍結保存法の進歩により研究へ提供される卵子 卵巣は今後増加する可能性がある 4. 不妊治療目的で採卵された卵子の一部 ( 発生しないことが確認された卵子 胚 ) は研究の他 患者の不妊原因解明のために検査されたり 患者の同意を得て教育にも使用されている