第 30 回インフェクションコントロール研究会平成 25 年 9 月 14 日 感染管理とワクチン 職員のワクチン接種と ワクチン接種基準の妥当性について 川崎医大小児科 & 院内感染対策室寺田喜平
1) 抗体検査 ワクチン接種の必要性
職員や学生へのワクチン接種 1) 入院患者や外来患者への感染防止 小児 ; 免疫抑制児では重症化や死亡 成人 ; 重症化 院内感染防止 医療従事者から患者への感染は避けなければならない 2) 医療従事者 学生への感染防止 成人 ; 重症化 職業感染防止 妊婦 ; 重症化 流産や早産 先天性奇形症候群
麻疹 ; 流早産 妊婦や胎児への影響 風疹 ; 先天性風疹症候群妊娠 1 ヶ月以内 50% 以上妊娠 2 ヶ月以内 20~30% 妊娠 3 ヶ月以内 5% 以内 水痘 ; 先天性水痘症候群妊娠 20 週以内 2% 妊婦の水痘肺炎 ; 妊娠後期 新生児水痘 ; 出産前 5 日以内あるいは出産後 48 時間以内 伝染性紅斑 ; 胎児水腫 流産 死産
わが国での伝染性紅斑の影響 ( 厚生労働省研究班による調査 ) 全国の産科施設を対象にした調査 2011 年 146 例 中絶 流産 死産 3 例 35 例 14 例 わが国の成人の抗体保有率 ;20~50%
各種感染症の基本再生産数 ( 免疫を持っていない周囲の人何人へ感染させるか ) インフルエンザ (A/H1N1pdm09) は 1.4~1.6 麻疹風疹ムンプス水痘 16~21 7~9 11~14 8~10 空気感染飛沫感染飛沫感染空気感染 麻疹 ; 医療従事者は一般人に比較し 約 13 倍リスクが高い
既往歴は不正確である ワクチン未接種者で 既往歴ある人の抗体陰性率 麻疹 ;10% 風疹 ;45% 理由 ; 診断の不正確さ + 記憶の間違い 風しんは診断が困難 風しんの別名が三日ばしか ( 寺田ら 日児誌 110:767, 2006)
臨床診断はあてにならない ムンプスー反復性耳下腺炎 水痘ー手足口病 (Cox A6) 2011 年 2013 年流行の非典型例 風疹ー修飾麻疹 伝染性単核球症 ( 抗菌薬使用後 ) ワクチン予防可能疾患では迷ったら確定診断 五類の全数把握疾患は確定診断が必要
麻疹が流行すると風疹届出数が増加 風疹定点あたり患者届出数 r=0.67 ( 寺田, 総合臨牀 60:2233, 2011)
修飾麻疹 1 二次性ワクチン効果不全 (secondary vaccine failure) や 2γ グロブリン投与後に 3 残存する免疫によって軽症化された麻疹 カタル症状がない熱が低いコップリック斑がない発疹が非典型的 軽症非典型的 風疹様色素沈着がない
2) ワクチン接種に関する問題点 1) どこまで対象を拡大するか 2) 抗体測定方法ー費用と感度ー 3) 接種基準をどうする 4) ワクチン接種してもらうためには 5) 抗体価の管理をどうする
環境感染学会 院内感染対策としてのワクチンガイドライン 対象者医療従事者全員 ( 患者と接種する可能性のある実習の学生を含む ) 医療機関での麻疹対応ガイドライン ( 第 4 版 ) 対象者 職員 実習生 平成 25 年 3 月 8 日 職員とは事務職 医療職にかかわらず 当該医療機関を受診する外来および入院患者と接触する可能性のある常勤 非常勤 派遣 アルバイト等のすべての職種を含む
罹患防止のための抗体測定方法と 費用の比較 測定方法 EIA 法 HI / IAHA 法 CF 法 / NT 法 費用 2600 円 850 円 850 円 測定方法の感度は問題ないのか?
抗体測定法と感度 -EIA 法との比較 - 麻疹風疹水痘ムンプス HI 法 75% 100% 102% 69% (IAHA 法 ) (IAHA 法 ) CF 法 21% 11% 39% 8% NT 法は時間がかかり 多数の検体処理ができない ( 寺田ら 感染症学雑誌 74:670, 2000) (Terada et al. Pediatr Infect Dis J 19:104-108, 2000)
3) 接種基準の問題点
環境感染学会 院内感染対策としての ワクチンガイドライン接種基準 ( 日本環境感染学会誌 24:S4-8, 2009)
環境感染学会 院内感染対策としてのワクチンガイドライン 接種基準の要点 ( 日本環境感染学会誌 24:S4-8, 2009) 既往歴あり 1 抗体価が基準値以上の確認 2 基準値未満は接種 3 陰性は 2 回接種 既往歴なし 1 ワクチン接種歴 2 回の確認 2 接種歴 1 回では毎年抗体価確認 32 回の確認後は抗体検査不要 予防接種手帳の確認ができたのは 6 割のみ
院内感染対策としてのワクチンガイドライン 抗体価の接種基準 ( 日本環境感染学会誌 24:S4-8, 2009) 測定方法接種基準陰性 (-) (±) 麻疹 NT 法 4 倍以下 4 倍未満 PA 法 128 倍以下 16 倍未満 EIA 法 16.0 未満 2.0 未満 2.0~4.0 未満 風疹 HI 法 16 倍以下 8 倍未満 EIA 法 8.0 未満 2.0 未満 2.0~4.0 未満 水痘 IAHA 法 4 倍以下 2 倍未満 EIA 法 4.0 未満 2.0 未満 2.0~4.0 未満 皮内反応陰性陰性 抗体価で判断せざるを得ないが 麻疹と風疹ワクチンの接種基準が高い ムンプス EIA 法 4.0 未満 2.0 未満 2.0~4.0 未満
国際的な protective antibody 基準 風疹 麻疹 10 IU/ml (EIA 法で 4.0 未満 HI 法で 8 倍未満に相当 ) 200 miu/ml (EIA 法で 4.0 未満に相当 ) わが国では IU/ml で表示されていない わが国では 基準が麻疹は EIA 法カットオフ値の 4 倍 風疹は 2 倍も高い 水痘およびムンプスについては基準はない
4) 風疹ワクチン接種基準の問題
わが国の風疹ワクチン接種基準 風疹研究班 ( 厚労省 )2004 年 2013 年 HI 抗体価 16 倍以下 ( 陰性 ;8 倍未満 ) EIA-IgG 抗体価 8.0 未満 (- or +;4.0 未満 ) 環境感染学会ガイドライン 2009 年 確定された既往歴 ( 抗体価基準値以上 ) ワクチン 2 回接種を確認 1 回接種の場合 上記の基準で接種 2 回接種の確認は困難 判明したのは約 6 割 抗体価で判断せざるを得ない
国際的な風疹の基準変更の経緯 1985 年 NCCLS が EIA-IgG15 IU/ml をカットオフ値 1992 年暫定的に 10 IU/ml をカットオフ値 1995 年正式に 10 IU/ml をカットオフ値 Vast majority( 大多数 ) では防御できる WHO や主要論文でも 10 IU/ml が protective antibody( 防御抗体 ) 現行の CLSI でも踏襲 (Skendzel LP. Am J Clin Pathol 106:170-174, 1996)
風疹ワクチン接種基準は HI 16 倍以下でよいかを検証 HI 抗体価 32 倍以下のボランティア学生を対象に風疹単味ワクチン接種 1 風疹単独ワクチン接種前と接種 1 か月後および 2 年後における HI 抗体 EIA-IgG および IgM 抗体を測定 2EIA-IgG 抗体で avidity 測定 3 風疹 HI 抗体価によるワクチン接種基準を想定し ワクチン接種直後および長期においてそれら基準を満足できない率や対象者の増加率を検討 4 既往歴なしで 1 回および 2 回接種後 既往歴があって 1 回接種における 2 年後の風疹 HI 抗体価分布の違い ( 寺田ら 感染症学雑誌 in press)
参加登録者 残血清で風疹 EIA-IgM 抗体陰性を確認できた者を登録 HI 抗体価 人数 8 倍未満 50 名 8 倍 23 名 16 倍 49 名 32 倍 78 名 計 200 名 ( 寺田ら 感染症学雑誌 in press)
風疹ワクチン接種前 1 か月後と 2 年後の HI 抗体価の変動 160 140 120 ワクチン接種前 ワクチン接種後 ワクチン接種 2 年後 該当者数 ( 名 ) 100 80 60 40 20 0 8 倍未満 8 倍 16 倍 32 倍 64 倍以上 HI 抗体価 ワクチン接種後抗体増加するも 2 年後は減少 ( 寺田ら 感染症学雑誌 in press)
各 HI 抗体価における接種後の有意な抗体価の増加 有意な増加 ; 抗体価の陽転あるいは 4 倍以上の増加 HI 抗体価対象数有意な増加 8 倍未満 50 名 49 名 (98%) 8 倍 23 名 20 名 (87%) 16 倍 49 名 33 名 (67%) 32 倍 78 名 25 名 (32%) 接種前の抗体が高くなるとブースター効果がかかりにくい ( 寺田ら 感染症学雑誌 in press)
各ワクチン接種基準による接種後の 基準不満足の割合 接種基準 (HI 抗体価 ) 接種前対象者接種後 4~6 週接種後 2 年 8 倍未満 50 名 1 名 (2.0%) 2 名 (4.0%) 8 倍以下 73 名 2 名 (2.7%) 16 名 (21.9%) 16 倍以下 122 名 14 名 (11.5%) 52 名 (42.6%) 32 倍以下 200 名 56 名 (28.0%) 147 名 (73.5%) 基準は短期的には 8 倍以下 長期的には 8 倍未満が適当? ( 寺田ら 感染症学雑誌 in press)
各接種基準による対象者数の増加 HI 抗体価 8 倍未満の対象者数を基準とすると 8 倍以下 1.5 倍 16 倍以下 2.5 倍 32 倍以下 4.7 倍 ワクチン接種基準を上げると接種対象者が増加する ( 寺田ら 感染症学雑誌 in press)
抗体陰性者における B 細胞メモリー HI 抗体陰性者に風疹ワクチン接種後 IgM 抗体陰性 8/50 名 (16%) そのうち 5 名はワクチン既往あり IgG 抗体 avidity 高値 6/50 名 (12%) そのうち 4 名はワクチン既往あり IgM 抗体陰性且つavidity 高値 3/50 名 (6%) そのうち 2 名はワクチン既往あり 抗体陰性でも6~16% はB 細胞メモリーを持ち 多くはワクチン既往あり ( 寺田ら 感染症学雑誌 in press)
接種回数および既往歴による分布 接種後 2 年後 既往歴有 n=22 既往歴無で接種歴 2 回 n=111 接種歴 1 回 n=39 60% 50% 40% 接種歴 1 回 接種歴 2 回 既往歴有 30% 20% 10% 0% 8 倍未満 8 倍 16 倍 32 倍 64 倍以上 HI ワクチン2 回接種も2 年後抗体価に差はない 既往歴があると高い ( 寺田ら 感染症学雑誌 in press)
5)HB ワクチンの長期予防効果 HBs 抗体が一旦陽性になれば 陰性になっても本当に有効か?
HBs 抗原陽性から見た長期予防効果 ワクチン接種後の抗体陽性率 (HBs 抗体価 10mIU/mL) (%) 抗体陽性率 100 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 98.0% (97/99 例 ) 1 年 87.3% (55/63 例 ) 海外にて H B VAX Ⅱ 接種例 (0 1 6 ヵ月の 3 回接種 ) を対象とし 22 年間にわたり HBs 抗体価を検証した ワクチン接種後の HBs 抗原陽性例数 81.8% (45/55 例 ) 73.0% (27/37 例 ) 68.2% (15/22 例 ) 76.5% (13/17 例 ) 5 年 10 年 15 年 20 年 22 年 HBs 抗原陽性例数 0 例 0 例 0 例 0 例 0 例 0 例 接種後の期間 1 年 5 年 10 年 15 年 20 年 22 年 HBs 抗原陽性例はなかった (But DY et al. Vaccine 26 : 6587, 2008)
HBc 抗体から見た長期予防効果 解析集団 追跡人数 追跡年数 HBs 抗体 10mIU/L HBs 抗原 + HBc 抗体 + 肝炎発症 中国小児 1 74 9 38 (51%) 0 12 (9%) なし 台湾小児 2 140 5 117 (83%) 0 10 (7%) なし アラスカ小児 & 成人 3 1194 10 907 (76%) 2 ( 一過性 ) 13 (1.1%) なし ブレイクスル 感染の定義 : HBc 抗体および HBV-DNA の検出 ワクチン接種後抗体を獲得した人において 抗体価の減衰 急性 / 慢性肝炎の報告はないがブレイクスルー感染が 1~9% 将来 de-novo 肝炎の可能性 1. Lieming D, et al. Clin Infect Dis 1993; 17: 475-479. 2. Lee PI, et al. Pediatrics 1995; 126: 716-721. 3. Wainwright RB, et al. J Infect Dis 1997; 175: 674-677.
小児における HBs 抗体残存率と追加接種 に対する反応性 期間 n 抗体残存率 1 回追加接種後の抗体陽転率 ニュージーランド 1 5 年後 308 85% 99% アメリカ 2 12 年後 14 100% 100% スペイン 3 7 年後 34 85% 100% 小児に対する接種後 5~12 年において 85~100% の方で抗体が残っていることが示されている 1 回追加接種後 99~100% の抗体陽転率が確認 接種後 5~7 年なら 1 回接種で抗体が陽転する 1 Milne A et al. N. Z. Med. J. 1992,105,336-338 2 West DJ et al. Pediatr Infect Dis J. 1994;13(8):745-747 3 Gonzalez ML et al. Vaccine 1993;11(10):1033-1036
HB ワクチン接種 24 年後における 追加接種の有効性 ワクチン接種により抗体陽転 その 24 年後に陰性化した 103 名を対象に 2 回の追加接種を行い 免疫メモリーについて検証した 追加接種後の HBs 抗体の変化 初回接種 1 ヵ月後 : 例数 (%) GMC(95%CI) 5 歳時 HBs 抗体 (+) n=63 5 歳時 HBs 抗体 (-) n=40 10mIU/mL 55(87.3%)/ 556.2(390.6~795.6) a 32(80.0%)/ 526.9(350.9~791.4) a <10mIU/mL 8(12.7%)/ 5.6(3.1~7.5) 8(20.0%)/ 3.1(2~3.8) p χ 2 =0.994 p>0.05 GMC: 幾何平均濃度 a:p<0.001 ; 初回接種 1 ヵ月後の GMC Hep-B Vax( プラズマ由来ワクチン (Merck) 24 年後でも追加接種 2 回で 84.5% が抗体陽転 (Zhu CL et al. Vaccine; 29: 7835, 2011 )
まとめ 1) 職員 学生に対する抗体検査およびワクチン接種は院内感染防止と職業感染防止のため必要である 2)2 回接種の確認は困難で 接種基準には問題がある 個人的には国際的な基準でよいと考える 3) 細胞性免疫が測定できると 正確に罹患防止が判明するであろう 4)HB ワクチン接種後一旦陽転すれば 針刺し時に抗体測定し 適切に対応できればよいと思われる