総合商社による電力事業の海外展開 国際財務部財務課 2011 年 7 月 目次 1 はじめに 2 総合商社の海外 IPP 事業への取組み 3 IPP 事業成功の鍵を握るプロジェクトファイナンス
1 はじめに 日本の原油輸入の 2 割を占める重要なパートナーである中東のアラブ首長国連邦 (UAE) 近年急激な経済成長を背景に 年平均 16 % 以上の電力需要増加が見込まれるこの国で 最近日本の総合商社が取組む大型電力案件の話題が相次いで報じられた 5 月 9 日 UAE のフジャイラ首長国にて 発電能力では世界第 2 位となる天然ガス火力発電 海水淡水化プラントの完工式がとりおこなわれた 発電出力 200 万キロワット 総事業費 28 億ドルにおよぶこのプロジェクトの事業会社の株式を 20% 所有するのは丸紅株式会社 電力はアブダビ首長国に送電され 同首長国の電力供給の 17% をまかなう主力の発電所と期待される 同首長国では電力開発に民間活力を導入する独立系発電事業者 (IPP) 方式の採用を進めており 本件は 7 番目にして最大のプロジェクト これまで丸紅は同首長国で本件を含めて 4 件の発電事業に参画している 翌週の 5 月 16 日には アブダビ首長国における発電出力 160 万キロワットの天然ガス火力発電プロジェクトに対する 民間銀行と JBIC による 4 億ドルのプロジェクトファイナンス契約の調印がなされた このプロジェクトに対しても本年 2 月に 住友商事株式会社が 20% の出資を実施している 2014 年の完工 商業運転を目指しており こちらも将来同国の電力供給の 12% をまかなう主力の発電所と期待される 住友商事としてはアブダビ首長国では 2 件目の発電事業になる 産業の多角化に伴い電力需要が大きく伸びている中東地域などでは 民活による発電事業が多く計画されており 日本の総合商社もこれまでの海外における発電所建設 保守 運営の経験を生かして ビジネス機会として取組んでいる 昨年総合商社が相次いで発表した中期経営計画においても 資源 エネルギーとともに インフラを戦略的な投資対象と位置づけて 海外電力事業に取組む姿勢がうかがえる ここでは民活型電力開発事業 (IPP 事業 ) が国際的なビジネスとして確立した過去 20 年の日本の総合商社の事業展開について紹介する
2 総合商社の海外 IPP 事業への取組み総合商社は戦後日本の産業政策の方向性を先取りながら海外でビジネスを展開してきた 工業製品の輸出や 原材料 資源エネルギーの輸入という貿易取引から始まり 経済成長 産業構造の変化に伴い活動領域を広げてきた 特に海外でのプラント 資源開発等の大型プロジェクトの形成 運営に当たっては 現地情報収集 案件発掘 企画 立案 政府との調整 パートナーの選定 コンソーシアムの組成 資金調達 バリューチェーン構築 原料 資機材の調達 建設 製品販売先の開拓など 総合商社の持つ各種機能 ネットワークを有機的に組み合わせて実績を重ねてきた 戦後総合商社の海外電力ビジネスは 日本製発電機器の輸出が中心であったが 80 年代以降は円高による日本製品の価格競争力をカバーするため 海外ネットワークを活かしたグローバルな EPC( 設計 (Engineering) 調達 (Procurement) 建設(Construction)) ビジネスへと展開した 同じ頃 欧米において電力の自由化が進み 民間事業者の電力事業参入がビジネス機会として注目され始めたが この流れを受けて 90 年代に入り 財政面での制約のもとでインフラの効率的な整備を計画する発展途上国において IPP プロジェクト市場が大きく拡大していく 総合商社は過去のグローバルな電力 資源 プラント分野でのプロジェクトオルガナイザーとしての実績とネットワークを背景に 新たな収益機会と見てこの機に IPP プロジェクトへの取組みを本格化させた 当初は 機器輸出者や EPC コントラクターとしての関与が多く 出資金額 割合は比較的小さかったが 海外の電力事業者との連携や資本参加を通じて関与を深め 地理的にも広がりを見せ 次第に投資ビジネスとしての位置づけも明確になった IPP プロジェクトの地理的な広がり掲載地図はこれまで国際協力銀行 (JBIC) が関与した総合商社の海外の IPP 実績である 90 年代は地理的に近接し歴史的にビジネスの関わりの深いアジアにおける IPP プロジェクトへの取組みが中心であったことがわかる アジアでは 90 年代後半のアジア通貨 経済危機の影響でプロジェクトの多くが延期を余儀なくされたが 一方 90 年代に電力事業法を改正したメキシコでは その後 IPP プロジェクトが多く計画 実施されたことから メキシコでの取組みも増えた 2000 年代に入り カリフォルニアにおける電力危機や米国電力事業者の経営悪化の影響を受け 市場は一時冷え込んだが アジア諸国では徐々に危機から回復し それに応じ多くの IPP プロジェクトも再開された また同時期以降 原油価格の高騰等を背景に産業多角化やインフラ整備を通じた国づくりを進めていた中東諸国でも IPP プロジェクトが多数計画 実施され 現在に至り主要な IPP 市場の一つとなっている その後の世界的な金融危機は アジアでの IPP プロジェクト計画に影響を与えたが 最近では経済が堅調な回復を見せており 計画も再び進捗し始めた 世界各地にグローバルなネットワークを持つ総合商社が IPP 市場の広がりに対応して世界各地で機動的にビジネスを展開してきた様子が見て取れる
総合商社の関与したIPP 案件一覧 (JBICによる融資 保証案件) アジア ベトナム フーミー 2-2 ガス複合火力発電所 (2002) フーミー 3 ガス複合火力発電所 (2003) タイ BLCP 石炭火力発電所 (2004) カエンコイⅡガス複合火力発電所 (2005) ラチャブリパワーガス複合火力発電所 (2005) 中国 珠海石炭火力発電所 (1996) フィリピンパグビラオ石炭火力発電所 (1993) サンロケ水力発電所 (1998) イリハンガス複合火力発電所 (2000) ミンダナオ石炭火力発電所 (2003) CBK 発電プロジェクト権益取得 (2005) ミラント社発電所買収 (2007) インドネシアパイトン石炭火力発電所 (1995) パイトンⅠ 石炭火力発電所 (2006) タンジュンジャティ B 石炭火力発電所 (2008) パイトンⅢ 石炭火力発電所増設 (2010) チレボン石炭火力発電所 (2010) 中東 アフリカ 米州 ヨルダンアンマンイーストガス複合火力発電所 (2007) トルコマルマラエレリシガス複合火力発電所 (1996) チュニジアラデスガス複合火力発電所 (1999) GCC 諸国 UAE タウィ-ラ B ガス複合火力発電所 (2005) フジャイラ F2 ガス複合火力発電所 (2007) シュワイハット S2 ガス複合火力発電所 (2009) シュワイハット S3 ガス複合火力発電所 (2011) カタール メサイッド A ガス複合火力発電所 (2007) ラスラファン C ガス複合火力発電所 (2008) バーレーンアルヒッドガス複合火力発電所 (2006) メキシコ メリダⅢガス複合火力発電所 (1998) アルタミラⅡガス複合火力発電所 (2002) トゥクスパンⅢ&Ⅳガス複合火力発電所 (2003) トゥクスパンⅤガス複合火力発電所 (2004) バジャドリッドⅢガス複合火力発電所 (2004) ガスナチュラル社発電所買収 (2010) JBIC の支援形態 : 輸出信用 : 投資金融 : 保証
投資ビジネスとしての IPP 事業 IPP ビジネスへの世界的な関心の高まりとともに 競争も増し 受注のためには事業権入札の段階から事業者として主体的に取組む必要が出てきたこと IPP 資産の拡大とともに事業者間での資産売買取引の動きが起こってきたこと 海外 IPP 事業が中長期の安定的な資産として評価されるようになったことなどを背景に IPP 専門部署や関連会社を設けたり 参加する際の出資割合も高めてコア事業として取組む動きが進んだ 日本の電力会社等と組んで IPP 事業に参加する事例や パートナーの海外電力事業者の経験 ノウハウを吸収しながら 操業者 ( オペレーター ) としての役割を果たす事例も増えている また海外の IPP 事業を投資対象として位置づける中で 新規に建設される案件 ( グリーンフィールド案件 ) への投資に加え すでに完成して操業中の IPP 事業 ( ブラウンフィールド案件 ) の資産購入により 電力資産ポートフォリオを機動的に管理 拡充している
3 IPP 事業成功の鍵を握るプロジェクトファイナンス途上国政府や電力公社が主体となって電力整備を実施する場合 外部資金調達が必要な際は 通例当該電力公社や政府が責任を持って手当てするが IPP プロジェクトでは 民間事業者が資金調達の責任を負うため 金融機関には IPP 事業のキャッシュフローに依拠して与信する リミテッドリコースベースでのプロジェクトファイナンスが求められる IPP プロジェクトにおけるプロジェクトファイナンスでは 借入人である事業者は 政府 EPC コントラクター 電力購入者 燃料供給者 操業保守者 金融機関など 多様な関係者の利害を適切に調整する必要があるが これまで世界各地でプロジェクトのオルガナイザーとして実績を持つ総合商社が果たす役割は大きい ( 図参照 ) IPP プロジェクトの当事者関係図 ( 例 ) スポンサー 株主 燃料供給者 ( 石炭 ガスなど ) 出資 各種支援 政府 燃料供給契約 EPC 契約 EPC コントラクター操業 保守契約 IPP 事業会社 買電契約 (Power Purchase Agreement;PPA) 電力供給電力購入者 ( 電力公社など ) 電力料金支払 操業保守者 プロジェクトファイナンス 金融機関 ( 民間金融機関 公的金融機関 ) 海外における IPP プロジェクトのファイナンスにおける最近の特徴として 特に途上国では発電所に関連するインフラ整備も含めた包括的な資金計画を求められることもあり 事業規模も大型化する傾向にある また IPP 事業の投資計画は 収入の前提となる電力公社等に対する買電契約が 20 年以上と長期にわたるケースが多く これに応じて長期の資金調達が求められる また IPP プロジェクトの地理的な広がりとともに ポリティカルリスクのコントロールも重要な課題となるなど 事業者や金融機関が負う責任やコントロールすべきリスクも増えてきている プロジェクトファイナンスでは 関係当事者が比較的コントロールし易いリスクをお互いに負担し コントロールしあうことを通じ 全体として最適なリスクシェアリングを図ることが重要とされる 事業会社の株主である総
合商社は 海外のネットワークと機能を活用して こうした複雑なリスクをコントロールしながら IPP 事業を成立させ 安定した事業運営に向けて取組んでいる 最後に付言させていただくと 政策金融機関として JBIC も 多くのプロジェクトファイナンス案件の経験に加え 公的なステイタスや 途上国政府との関係を活用し 事業実施国におけるリスク発現の抑止に主体的に取組み 民間金融機関のみならず 世界銀行などの公的金融機関 時にはイスラム金融機関などと協調して 日本企業が参画するプロジェクトの円滑な資金調達と 安定した操業環境の整備に取組んできた 特に近年競争が厳しくなる IPP プロジェクトの事業者選定入札にあたっては 機器の価格や信頼性 操業実績もさることながら 魅力あるファイナンスの提案も選定要素の一つとなる JBIC も案件形成の初期の段階から日本企業と相談 協力しながら 電力をはじめとする海外のインフラ事業を適切に支援できるよう取組んでいる ( 国際協力銀行国際財務部財務課課長小川和典 ) この記事は 2011 年 7 月 1 日号の社団法人日本電気協会 電気協会報 に掲載されたものです