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< 研究の背景 > 運動に疲労はつきもので その原因や予防策は多くの研究者や競技者 そしてスポーツ愛好者の興味を引く古くて新しいテーマです 運動時の疲労は 必要な力を発揮できなくなった状態 と定義され 疲労の原因が起こる身体部位によって末梢性疲労と中枢性疲労に分けることができます 末梢性疲労の原因の一つに活動筋の貯蔵糖質で重要なエネルギー基質である筋グリコゲンの枯渇があります 一方 脳にもグリアの一種であるアストロサイトにグリコゲンが存在し ニューロンの重要なエネルギー基質となることが最近になり明らかとなってきました ( 図 1) 脳の貯蔵エネルギーであるグリコゲンが運動時の脳の活性化により減少し 中枢疲労に関与する可能性は従来から考えられてきましたが 脳グリコゲンは代謝が速いため正確な測定が困難で 運動時の代謝や中枢性疲労との関連は全く不明でした 最近 新たに高エネルギーマイクロ波を用いることで 正確な脳グリコゲン濃度を測定できることがわかりました 本研究では高エネルギーマイクロ波を導入し 運動時の脳グリコゲン代謝を解明することを目的とし 脳の貯蔵エネルギーであるグリコゲンが運動時に減少する という仮説を検証しました 図 1 脳内のグリコゲン代謝 ニューロンとアストロサイトの代謝連関脳グリコゲンは血液から取り込まれたグルコースをもとに合成される 最近では 血中乳酸をアストロサイトが取り込んでニューロンに供給し ニューロンがその乳酸を参加利用することが想定されている 一方 アストロサイトに貯蔵されているグリコゲンも解糖系により乳酸に分解され その乳酸がニューロンのエネルギー基質となることが明らかとなってきた 脳グリコゲンの分解と利用は 血液からのグルコース供給が不足した場合 ( 低血糖 虚血など ) やニューロン活動が増加した場合 ( 視覚刺激 ヒゲ刺激 断眠など ) 細胞間液中に増加した興奮生神経伝達物質であるノルアドレナリン セロトニン グルタミンなどにより亢進する 2

< 研究の主な内容 > 1. 長時間運動の脳グリコゲン減少私どもは 運動が脳の神経活動を活性化するうえ 長時間運動は低血糖を引き起こすことから 長時間運動時に脳グリコゲン減少が起こると想定しました そこで 前述の高エネルギーマイクロ波による脳グリコゲン定量法を利用し 長時間運動 ( 分速 20 m 120 分 ) 直後の脳グリコゲン濃度を測定したところ 運動に関与するとされる脳部位 ( 皮質 海馬 視床下部 小脳 延髄など ) のグリコゲンが約 50% 減少しました ( 図 2) これは 運動時の脳グリコゲン分解 利用を実証する初めての知見です このとき 末梢性疲労要因である筋 肝グリコゲンの枯渇と中枢要因の一つである厳しい低血糖が同時に起こったことから 脳グリコゲンの減少が中枢疲労に関与する可能性が示されました 図 2 長時間運動後の脳グリコゲン濃度ラットに長時間のトレッドミル走運動 ( 分速 20 m 2 時間 ) を課したところ 厳しい低血糖と筋 肝グリコゲンの枯渇が引き起こされた (a) このとき 脳グリコゲンは脳全体で減少傾向を示し 運動に関与するとされる大脳皮質 海馬 視床下部 小脳 脳幹で有意な低値が認められた (b) 3

2. 異なる持続時間からみた運動時の脳グリコゲン代謝 低血糖と脳内高セロトニンの関与 さらに 異なる持続時間から詳細に検討したところ, 筋 肝グリコゲンが運動持続時間依存的に減少した一方で 脳グリコゲンは低血糖が起こる運動終盤にのみ減少しました ( 図 3) このとき 脳グリコゲンの減少は血糖値の低下度と比例し, グリコゲン分解の指標となる脳内乳酸と反比例しました 加えて 脳グリコゲンの分解促進因子である脳内セロトニン ノルアドレナリン代謝と脳グリコゲンの間に負の相関を確認することもできました ( 図 4). これらのことから 運動時に脳グリコゲンはニューロンの活性化に伴う脳内セロトニンやノルアドレナリン代謝の亢進 並びに血糖値の低下により分解 利用され減少することが初めて明らかになりました 図 3 異なる持続時間の運動後の脳グリコゲン濃度心臓にカテーテルを留置した運動中の連続的な採血を可能としたラットに 異なる持続時間のトレッドミル走運動を課したところ 筋 肝グリコゲン濃度が持続時間依存的に減少し 運動終盤にはほぼ枯渇して低血糖と血中乳酸の増加もみられた (a) このとき 脳グリコゲンは低血糖の起こった運動終盤でのみ減少し 部位差はほとんどみられなかった (b) 4

図 4 異なる持続時間の運動後の大脳皮質におけるモノアミン濃度とグリコゲンの相関異なる持続時間のトレッドミル走運動をラットに課したところ 大脳皮質における MHPG と 5-HIAA( ノルアドレナリンとセロトニンの代謝 ) が持続時間依存的に亢進した (d f) このとき 増加した MHPG 並びに 5-HIAA とグリコゲン濃度の間に負の相関が認められた (g h) 3. 脳グリコゲン減少と他の中枢疲労因子との関連これまで 長時間運動時の中枢性疲労因子としては 筋 肝グリコゲンの枯渇に伴う低血糖 血中のトリプトファン / 分岐鎖アミノ酸 (BCAA) 比の上昇による脳内セロトニン濃度の増加 ( トリプトファン / セロトニン仮説 ) 脳温の上昇(hot brain) などが知られています さらに最近では 体温を制御する脳内モノアミン ( セロトニン ノルアドレナリン ) 濃度の増加の関与も明らかになってきました. これらは, 末梢性と中枢性の要因が連関して疲労を引き起こす機構として非常に興味深い知見です 私どもは 前述のように運動時に脳グリコゲンが分解 利用され減少し 血糖値や脳内セロトニン ノルアドレナリン代謝と相関することを明らかにしました 低血糖や脳内セロトニンとノルアドレナリンの増加は運動時の中枢性疲労の原因とされますが 一方でそれらは脳グリコゲン分解促進因子としても知られます よって 運動時の脳グリコゲンは 運動によるニューロン活動に伴う脳内セロトニンやノルアドレナリン代謝の亢進 並びに血糖値の低下により利用され減少し その減少が運動時の中枢性疲労の真の要因になる可能性があります つまり 脳グリコゲンは運動時の 5

脳にとって非常に使いやすい重要なエネルギー基質であり その枯渇が中枢疲労を招くと考えられ ます ( 図 5) 図 5 脳グリコゲン減少と他の中枢疲労因子との関連運動時 筋グリコゲンは活動筋のエネルギー基質として 肝グリコゲンは血糖維持のために分解 利用されるが それらが枯渇すると低血糖が起こり末梢性 ( 筋 ) 疲労の原因となる 低血糖は血糖を主なエネルギー源とする脳のニューロンのエネルギー不足を生じさせ 中枢疲労の原因になるとされる 一方で 脱水症状に起因する体温や脳温の上昇は直接 もしくは脳内モノアミン濃度の増加させることで間接的に中枢性疲労を引き起こすことが報告されている 低血糖 並びに脳内のモノアミン ( セロトニン, ノルアドレナリン ) は脳グリコゲンの分解促進因子としても知られ 実際 私どもは長時間運動時の脳グリコゲン減少はその時起こる低血糖, 並びに脳内セロトニン, ノルアドレナリンの代謝亢進と関係することを見出した したがって 運動時の中枢性疲労は脳グリコゲンの減少で説明できる可能性がある これについては 今後更なる検討が必要である 脳グリコゲン濃度を運動前に高めれば中枢性疲労は抑制され持久性パフォマンスが向上するかもしれない 6

< 今後の期待 > 本研究では 疲労を伴う長時間運動時に脳グリコゲンが減少すること それには運動中の低血糖と脳内セロトニン ノルアドレナリン濃度の増加が関係することが明らかになりました これらの結果は これまでの諸説ある中枢性疲労仮説を統一できる可能性を示しています 一方 ヒトでも低血糖時の脳グリコゲン減少が核磁気共鳴法 (NMR) を利用した研究により確認されています したがって 私どもが明らかにした運動時の脳グリコゲン分解 利用がヒトでも起こる可能性が十分にあります 今後研究が進めば 持久性パフォマンス向上の背景にある脳グリコゲンのトレーニング適応や 脳疲労を軽減し 元気に運動や仕事 そして受験勉強に励むための脳グリコゲンローディング法といった体育 スポーツ現場のみならず 日常生活に応用可能な新しい原理を提案できるかもしれません < 謝辞 > 本研究は 科学研究費補助金 ( 平成 21~22 年度 ) 上月スポーツ 教育財団( 平成 21~23 年度 ) 並びに文部科学省特別経費プロジェクト たくましい心を育むスポーツ科学イノベーション ( 平成 22~25 年度 ) の支援を一部受けて行われました < 本成果の発表論文 > タイトル : 著者 : 掲載誌 : Brain glycogen decreases during prolonged exercise ( 長時間運動時の脳グリコゲン減少 ) 1, 松井崇 4 征矢晋吾 1 1, 岡本正洋 4 一谷幸男 2 川中健太郎 3 征矢英昭 筑波大学大学院人間総合科学研究科 1 運動生化学 2 感性認知脳科学 3 新潟医療福祉大学 4 日本学術振興会特別研究員 (DC2) The Journal of Physiology 電子版 (2011 年 4 月 26 日 ) 1 7