研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わ

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脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

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の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

論文の内容の要旨

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

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1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

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統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 脳内のグリア細胞が分泌する S100B タンパク質が神経活動を調節 - グリア細胞からニューロンへの分泌タンパク質を介したシグナル経路が活躍 - 記憶や学習などわたしたち高等生物に必要不可欠な高次機能は脳によ

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別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに

平成18年3月17日

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新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

統合失調症といった精神疾患では シナプス形成やシナプス機能の調節の異常が発症の原因の一つであると考えられています これまでの研究で シナプスの形を作り出す細胞骨格系のタンパク質 細胞同士をつないでシナプス形成に関与する細胞接着分子群 あるいはグルタミン酸やドーパミン 2 系分子といったシナプス伝達を


報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-

報道発表資料 2002 年 8 月 2 日 独立行政法人理化学研究所 局所刺激による細胞内シグナルの伝播メカニズムを解明 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 細胞の局所刺激で生じたシグナルが 刺激部位に留まるのか 細胞全体に伝播するのか という生物学における基本問題に対して 明確な解答を与えま

のと期待されます 本研究成果は 2011 年 4 月 5 日 ( 英国時間 ) に英国オンライン科学雑誌 Nature Communications で公開されます また 本研究成果は JST 戦略的創造研究推進事業チーム型研究 (CREST) の研究領域 アレルギー疾患 自己免疫疾患などの発症機構

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神経細胞での脂質ラフトを介した新たなシグナル伝達制御を発見

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達

九州大学学術情報リポジトリ Kyushu University Institutional Repository Neuronal major histocompatibility complex class I molecules are implicated in the generation

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Microsoft Word - 【変更済】プレスリリース要旨_飯島・関谷H29_R6.docx

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遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

平成16年6月  日

( 図 ) 自閉症患者に見られた異常な CADPS2 の局所的 BDNF 分泌への影響

「飢餓により誘導されるオートファジーに伴う“細胞内”アミロイドの増加を発見」【岡澤均 教授】

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

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背景 私たちの体はたくさんの細胞からできていますが そのそれぞれに遺伝情報が受け継がれるためには 細胞が分裂するときに染色体を正確に分配しなければいけません 染色体の分配は紡錘体という装置によって行われ この際にまず染色体が紡錘体の中央に集まって整列し その後 2 つの極の方向に引っ張られて分配され

図 1. 微小管 ( 赤線 ) は細胞分裂 伸長の方向を規定する本瀬准教授らは NIMA 関連キナーゼ 6 (NEK6) というタンパク質の機能を手がかりとして 微小管が整列するメカニズムを調べました NEK6 を欠損したシロイヌナズナ変異体では微小管が整列しないため 細胞と器官が異常な方向に伸長し

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

長期/島本1

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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発達期小脳において 脳由来神経栄養因子 (BDNF) はシナプスを積極的に弱め除去する 刈り込み因子 としてはたらく 1. 発表者 : 狩野方伸 ( 東京大学大学院医学系研究科機能生物学専攻神経生理学分野教授 ) 2. 発表のポイント : 生後発達期の小脳において 不要な神経結合 ( シナプス )

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なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領

「ゲノムインプリント消去には能動的脱メチル化が必要である」【石野史敏教授】

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

平成20年5月20日

報道発表資料 2007 年 11 月 16 日 独立行政法人理化学研究所 過剰にリン酸化したタウタンパク質が脳老化の記憶障害に関与 - モデルマウスと機能的マンガン増強 MRI 法を使って世界に先駆けて実証 - ポイント モデルマウスを使い ヒト老化に伴う学習記憶機能の低下を解明 過剰リン酸化タウタ

記者クラブ各位 平成 28 年 8 月 24 日大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所国立大学法人山梨大学国立研究開発法人日本医療研究開発機構 免疫細胞が発達期の脳回路を造る 発達期の脳内免疫状態の重要性を提唱 お世話になっております 今回 自然科学研究機構生理学研究所の鍋倉淳一教授 吉村

背景 歯はエナメル質 象牙質 セメント質の3つの硬い組織から構成されます この中でエナメル質は 生体内で最も硬い組織であり 人が食生活を営む上できわめて重要な役割を持ちます これまでエナメル質は 一旦齲蝕 ( むし歯 ) などで破壊されると 再生させることは不可能であり 人工物による修復しかできませ

学報_台紙20まで

( 平成 22 年 12 月 17 日ヒト ES 委員会説明資料 ) 幹細胞から臓器を作成する 動物性集合胚作成の必要性について 中内啓光 東京大学医科学研究所幹細胞治療研究センター JST 戦略的創造研究推進事業 ERATO 型研究研究プロジェクト名 : 中内幹細胞制御プロジェクト 1

生物時計の安定性の秘密を解明

学位論文の要約

く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

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2. PQQ を利用する酵素 AAS 脱水素酵素 クローニングした遺伝子からタンパク質の一次構造を推測したところ AAS 脱水素酵素の前半部分 (N 末端側 ) にはアミノ酸を捕捉するための構造があり 後半部分 (C 末端側 ) には PQQ 結合配列 が 7 つ連続して存在していました ( 図 3

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今後の展開現在でも 自己免疫疾患の発症機構については不明な点が多くあります 今回の発見により 今後自己免疫疾患の発症機構の理解が大きく前進すると共に 今まで見過ごされてきたイントロン残存の重要性が 生体反応の様々な局面で明らかにされることが期待されます 図 1 Jmjd6 欠損型の胸腺をヌードマウス

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報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

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4. 発表内容 : 研究の背景 イヌに お手 を新しく教える場合 お手 ができた時に餌を与えるとイヌはまた お手 をして餌をもらおうとする このように動物が行動を起こした直後に報酬 ( 餌 ) を与えると そ の行動が強化され 繰り返し行動するようになる ( 図 1 左 ) このことは 100 年以

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報道発表資料 2004 年 9 月 6 日 独立行政法人理化学研究所 記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功 - クラゲの蛍光蛋白で神経細胞のつなぎ目を色づけ - 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) マサチューセッツ工科大学 (Charles M. Vest 総長 ) は記憶形

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

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胞運命が背側に運命変換することを見いだしました ( 図 1-1) この成果は IP3-Ca 2+ シグナルが腹側のシグナルとして働くことを示すもので 研究チームの粂昭苑研究員によって米国の科学雑誌 サイエンス に発表されました (Kume et al., 1997) この結果によって 初期胚には背腹

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News Release 各報道機関担当記者殿 平成 29 年 11 月 8 日 脳の表面にシワを作るシグナルを発見 脳の高機能化の理解に手がかり 本研究成果のポイント ヒトの脳の表面に存在するシワ ( 脳回 )( 注 1, 図 1) は高度な脳機能の発達にとても重要だと考えられていますが, 医学研究で用いられているマウスの脳には脳回がないため, 脳回に関する研究は困難でした 本研究では, 解析が困難だった脳回が作られる仕組みを, 独自技術を用いて世界に先駆けて明らかにしました これまで不明であった脳回を作るために重要なシグナルが, 線維芽細胞増殖因子 (FGF) シグナル経路 ( 注 2) であることを発見しました また,FGF シグナル経路の抑制により脳回の神経細胞の数が減少することを見いだしました 成果概要金沢大学医薬保健研究域医学系の河﨑洋志教授, 松本直之助教らの研究グループは, これまで解析が困難だった脳回が作られる仕組みを, 独自技術を用いて世界に先駆けて明らかにしました ヒトの脳の表面 (= 大脳皮質 )( 注 3) に存在するシワ ( 脳回 ) は高度な脳機能の発達にとても重要だと考えられていますが, 医学研究に用いられているマウスの脳には脳回がないため, 従来, 脳回に関する研究は困難でした 本研究グループはマウスよりもさらにヒトに近い脳を持つ動物の研究が今後重要であると考え, これまでフェレット ( 注 4) を用いた研究技術開発を推進してきました その結果, フェレットを遺伝子レベルから解析する独自技術の開発に成功してきました 今回, 本研究グループは従来の研究をさらに発展させ, この独自の研究技術を使って, これまで解析が困難だった大脳皮質に脳回が作られる仕組みを世界に先駆けて明らかにしました これまで不明だった脳回を作るために重要なシグナルが FGF シグナル経路であることを発見し, また FGF シグナル経路の異常により脳回の神経細胞の数が減少することを見いだしました 従来, 脳回ができる仕組みに関する研究はほとんどなく, 本研究グループの成果は世界に先駆けた独自の研究成果です 本研究を発展させることにより, 従来のマウスを用いた研究では解明が困難だった, ヒトに至る脳の進化の研究やさまざまな脳神経疾患の原因究明, 治療法の開発に発展することが期待されます 1/7

研究の背景 ヒトは他の動物に比べて脳が発達していることが特徴であり, 脳の発達のおかげでヒトは特有の能力の獲得が可能になったと考えられています この脳の発達に大きく関わりがあると考えられているのが, 本研究で扱っている大脳皮質の表面に存在するシワ = 脳回 です 大脳皮質は脳の中でも高次脳機能に関わる特に重要な部位です ヒトなどの高等な動物の大脳皮質の表面には多くのシワ ( 隆起 ) が存在しており, 脳回と呼ばれています 脳回が存在することで, より多くの神経細胞を持つことが可能になり脳機能を発達させることができたと考えられています しかし, 研究で広く使われているマウスの脳には脳回が存在しないため, マウスを用いた脳回の研究は困難であり, 脳回に関する研究はほとんど進んでいませんでした 本研究グループは, マウスよりもさらにヒトに近い脳を持つ動物の研究が重要であると考え, これまでフェレットを用いた研究技術開発を推進してきました ヒトと同様にフェレットの脳には脳回が見られますが, これまでフェレットを用いた研究技術が整っていませんでした そこで, 本研究グループはフェレットを遺伝子レベルから解析するための独自技術を世界に先駆けて開発してきました (2012 年,2013 年 ) さらにこの技術を用いて, 脳回に異常を持つ疾患モデルのフェレットの作製に成功するなど (2015 年, 2017 年 ), 高等な動物の脳を用いた遺伝子研究で世界をリードしてきました 今回, 本研究グループは従来から培ってきた独自の研究技術を使って, 大脳皮質に脳回が作られるために重要なシグナルを明らかにしました 研究成果 本研究グループは生まれてくる際に脳回ができる仕組みを探索し,FGF というシグナル経路が脳回形成に重要であることを世界で初めて明らかにしました 具体的には以下の 4 点を見いだしました 1) 大脳皮質の中で脳回ができる場所に FGF 受容体 ( 注 5) が多く存在している 大脳皮質の中で FGF 受容体が存在する場所を, 組織切片 ( 注 6) を作製し検討した結果, 大脳皮質の中でもとりわけ後に脳回になる場所に FGF 受容体が多く存在していることを見いだしました ( 図 2) この結果から,FGF 受容体が存在することが脳回の形成につながる可能性が見えてきました 2)FGF シグナル経路を抑制すると脳回の形成が阻害される 上述の可能性を検証するために, 本研究グループが開発した技術を用いてフェレットの脳の中で FGF シグナル経路を抑制してみました その結果, 予想通り脳回の形成が阻害されました ( 図 3) この結果は,FGF シグナル経路が脳回を作るために重要なシグナル経路であることを意味しています 3)FGF シグナル経路を抑制すると神経前駆細胞 ( 注 7) が減少する FGF シグナル経路抑制により脳回の形成が阻害された大脳皮質で, 何が起きているか解析しました その結果, 大脳皮質の神経細胞を作りだす元となる神経前駆細胞が著しく減少していることが分かりました ( 図 4) 2/7

4)FGF シグナル経路を抑制すると大脳皮質の神経細胞が減少する 大脳皮質の神経細胞を作りだす元となる神経前駆細胞が著しく減少していたことから, 実際に神経細胞も減少しているか検討したところ, 大脳皮質の中でも表面側に存在する神経細胞が特に減少していることが分かりました これらの結果を総合すると,FGF シグナル経路は大脳皮質の中でも特に脳回になる部分の神経前駆細胞および神経細胞の数を増加させ, その結果として脳回という隆起構造を作っていることが明らかとなりました ( 図 4) 意義と今後の展望 今回, 本研究グループはフェレットに関する独自の研究技術を使って, 大脳皮質に脳回ができる仕組みを明らかにしました 従来, 脳回ができる仕組みについて動物を用いた研究はほとんどなく, 本研究は世界に先駆けた研究成果です また, 本研究グループはこれまでに脳回に異常を持つ疾患モデルのフェレットの作製にも成功しています (2015 年 ) 本研究を発展させることにより, 従来のマウスを用いた研究では解明が困難だったヒトに至る脳の進化の研究やさまざまな脳神経疾患の原因究明, 治療法の開発に発展することが期待されます 研究支援本成果の一部は文部科学省科学研究費補助金の支援を受けて行われました 発表論文雑誌名 :elife 論文名 :Gyrification of the cerebral cortex requires FGF signaling in the mammalian brain ( 哺乳類動物の大脳皮質の脳回形成には FGF シグナルが必要である ) 著者 :Naoyuki Matsumoto, Yohei Shinmyo, Yoshie Ichikawa and Hiroshi Kawasaki ( 松本直之, 新明洋平, 市川芳枝, 河﨑洋志 ) 掲載日時 : 日本時間 11 月 14 日火曜日午後 5 時にオンライン版に掲載 URL:https://doi.org/10.7554/eLife.29285 用語解説 ( 注 1) 脳回大脳皮質の表面に見られるシワ ( 隆起 ) の名称 大脳皮質にはシワが存在することで, 表面積が広くなっており, その結果, 大脳皮質に含まれる神経細胞の数を増やしていると考えられています マウスには脳回は存在せず, ヒト, サル, フェレットなどの高等な動物には存在することから, 脳回は脳機能の発達に重要ではないかと考えられています ( 注 2) 線維芽細胞増殖因子 (FGF) シグナル経路 FGF によって活性化される細胞内のシグナル伝達経路です 組織の発生や分化, 増殖 に重要な役割を担っていることが知られています 3/7

( 注 3) 大脳皮質大脳の表面を覆っている脳部位の名称 大脳皮質は, 他の動物に比べてヒトで特に発達しており, 高次脳機能に重要な部位と考えられています 大脳皮質のダメージは, さまざまな脳神経疾患や精神疾患につながると考えられており, 脳の中では最も注目されている部位の一つです ( 注 4) フェレットイタチに近縁の高等哺乳動物 マウスに比べて脳が発達しており, 特に脳回を持っているために今回の研究に採用しました フェレットを採用したことにより今回の研究が可能となりました フェレットの脳を用いた遺伝子研究は世界的にもまだ少なく, 本研究グループの特徴となっています ( 注 5)FGF 受容体細胞の外に存在する FGF を受け取るために細胞表面に存在する分子 FGF を受け取るアンテナのような役割をしています FGF が FGF 受容体に結合することにより,FGF シグナル経路が活性化 (= スイッチオンの状態 ) になります ( 注 6) 組織切片摘出した臓器を 10~50µm 程度の厚さに薄く切ったもの 組織切片を用いて, その臓器の構造を検討しています ( 注 7) 神経前駆細胞胎児期に脳が作られる際に, 神経細胞を生みだす源となっている細胞のこと 神経前駆細胞は分裂して数を増やし, その後, 神経細胞になっていきます 添付資料 ( 図 1) 脳の表面に数多く存在する脳回 ( 矢印 ) 左 ) ヒトの脳を横から見たイラスト 右 ) 脳の断面図のイラスト 4/7

( 図 2) 大脳皮質の中で脳回に対応する場所に多く存在する FGF 受容体左 ) 脳の組織切片 ( 脳の断面 ) をつくり, 全ての細胞の核を青色に染める色素で着色したもの * 部分が将来的に脳回 ( 大脳皮質表面の突起 ) になります 右 ) 四角の枠内の部分を拡大して,FGF 受容体の分布を示しました 脳回になる部分 (*) に対応した部分に FGF 受容体 ( 矢頭 ( 斑点部分 )) が多く見られ, 脳回ではない部分には FGF 受容体が少ないことを見いだしました ( 矢印 ) ( 図 3)FGF シグナル経路の抑制によって異常となった脳回の様子フェレットの脳を横から見た図 各図とも, 右側が前, 左側が後ろに対応します 正常では真っすぐ伸びている脳回 ( 矢頭 ) が,FGF を抑制すると途切れていることが分かります ( 矢印 ) この結果は,FGF シグナル経路が脳回の形成に重要であることを意味しています 右下の図において明るくなっている部分は,FGF シグナル経路を抑制した場所を意味しています 5/7

( 図 4) 本研究結果のまとめ大脳皮質の断面図のイラスト 大脳皮質の中で神経前駆細胞が多くある部分から, 脳回の隆起が形成されます ( 左図 ) FGF シグナル経路を抑制すると, 神経前駆細胞が減少し脳回の形成が抑制された ( 右図 ) ことから,FGF シグナル経路が脳回を作るために重要なシグナル経路であることが明らかとなりました 6/7

問い合わせ先 本研究内容に関すること 金沢大学医薬保健研究域医学系教授河﨑洋志 ( かわさきひろし ) TEL: 076-265-2363( 直通 ) FAX: 076-234-4274 E-mail: hiroshi-kawasaki@umin.ac.jp 報道に関すること 金沢大学総務部広報室広報係舘正裕樹 ( たちまさゆき ) TEL: 076-264-5024 E-mail:koho@adm.kanazawa-u.ac.jp 金沢大学医薬保健系事務部総務課医学総務係上山聡子 ( うえやまさとこ ) TEL: 076-265-2109 E-mail:t-isomu@adm.kanazawa-u.ac.jp 7/7