Microsoft Word  ④ 特集 毛塚様

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第22回規制改革会議 資料3

(3) 始業 終業時刻が労働者に委ねられることの明確化裁量労働制において 使用者が具体的な指示をしない時間配分の決定に始業及び終業の時刻の決定が含まれることを明確化する (4) 専門業務型裁量労働制の対象労働者への事前通知の法定化専門業務型裁量労働制の導入に当たり 事前に 対象労働者に対して 1 専

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プロフェッショナル制度 ) 創設の4つである なかでも 高度プロフェッショナル制度は過重労働を招くとして批判も大きく 今後 国会で改正労働基準法案が審議される際には 創設の是非や制度設計をめぐって大きな議論が生じることが予想される 2. 高度プロフェッショナル制度の特徴 (1) 幅広い適用除外の範囲

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025 of 訪問介護員のための魅力ある就労環境づくり

Ⅱ.1 ワーク ライフ バランス施策の定義と類型 (1) ワーク ライフ バランス施策とは work-life balance 1 (2) ワーク ライフ バランス施策の類型

4-1 育児関連 育児休業の対象者 ( 第 5 条 第 6 条第 1 項 ) 育児休業は 男女労働者とも事業主に申し出ることにより取得することができます 対象となる労働者から育児休業の申し出があったときには 事業主は これを拒むことはできません ただし 日々雇用される労働者 は対象から除外されます

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2018年人事・労務に関するトップ・マネジメント調査結果

Microsoft Word 第二弾【公開版】改正育介法Q&A

規定例 ( 育児 介護休業制度 ) 株式会社 と 労働組合は 育児 介護休業制度に関し 次 のとおり協定する ( 対象者 ) 育児休業の対象者は 生後満 歳に達しない子を養育するすべての従業員とする 2 介護休業の対象者は 介護を必要とする家族を持つすべての従業員とする 介護の対象となる家族の範囲は

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Microsoft PowerPoint - 2の(別紙2)雇用形態に関わらない公正な待遇の確保【佐賀局版】

4 子育てしやすいようにするための制度の導入 仕事内容への配慮子育て中の社員のため以下のような配慮がありますか? 短時間勤務ができる フレックスタイムによる勤務ができる 勤務時間等 始業 終業時刻の繰上げ 繰下げによる勤務ができる 残業などの所定外労働を制限することができる 育児サービスを受けるため

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この裁量労働制を拡大することは 違法状態の合法化につながります サービス残業は違法ですが みなし労働時間を超える残業に残業代を支払わないことは合法です つまり 今は サービス残業 を労働者に強いている企業が 同じことを合法的にできるようになるのです 経営者にとっては おいしい話 ですが 労働者にとっ

( イ ) 従業員の配偶者であって育児休業の対象となる子の親であり 1 歳 6か月以降育児に当たる予定であった者が死亡 負傷 疾病等の事情により子を養育することが困難になった場合 6 育児休業をすることを希望する従業員は 原則として 育児休業を開始しようとする日の1か月前 (4 及び5に基づく1 歳

ワーク・ライフ・バランス(仕事と生活の調和)  レベル診断チェックシート

4-1 育児関連 休業期間を有給にするか 無給にするかは 就業規則等の定めに従います また 雇用保険に加入している労働者には 国から給付金が支給されます (P106 参照 ) 産前産後休業期間中及び育児休業期間中は 労働者 使用者とも申請により社会保険料が免除になります 育児休業の対象者 ( 第 5

資料1 短時間労働者への私学共済の適用拡大について

基発第 号

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中央教育審議会(第119回)配付資料

改正要綱 第 1 国家公務員の育児休業等に関する法律に関する事項 育児休業等に係る職員が養育する子の範囲の拡大 1 職員が民法の規定による特別養子縁組の成立に係る監護を現に行う者 児童福祉法の規定により里親である職員に委託されている児童であって当該職員が養子縁組によって養親となることを希望しているも

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あおもり働き方改革推進企業認証制度 Q&A 平成 29 年 12 月 14 日 Vol.1 目次 1 あおもり働き方改革推進企業認証制度全般関係 Q1 県外に本社がある場合はどのように申請できるのか P1 2 あおもり働き方改革宣言企業関係 Q2 次世代法に基づく一般事業主行動計画とはどういうものか

この冊子を手に取っている皆さんへ

申出が遅れた場合は 会社は育児 介護休業法に基づき 休業開始日の指定ができる 第 2 条 ( 介護休業 ) 1 要介護状態にある対象家族を介護する従業員 ( 日雇従業員を除く ) 及び法定要件を全て満たした有期契約従業員は 申出により 介護を必要とする家族 1 人につき のべ 93 日間までの範囲で

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参考資料No.7 参議院における附帯決議

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2019 年 3 月 経営 Q&A 回答者 Be Ambitious 社会保険労務士法人代表社員飯野正明 働き方改革のポイントと助成金の活用 ~ 働き方改革における助成金の活用 ~ Question 相談者: 製造業 A 社代表取締役 I 氏 当社における人事上の課題は 人手不足 です 最近は 予定

短時間 有期雇用労働者及び派遣労働者に対する不合理な待遇の禁止等に関する指針 について ( 同一労働同一賃金ガイドライン ) 厚生労働省雇用環境 均等局有期 短時間労働課職業安定局需給調整事業課

2019-touren1-1

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佐藤委員提出資料

制度名 No. 1 ( 働 1) フレックスタイム制度 対象者: 営業職の正社員 労働時間の清算期間: 毎月 1 日から末日までの1か月 1 日の所定労働時間は 8 時間 清算期間内の総労働時間: 1 日あたり8 時間として 清算期間中の労働日数を乗じて得られた時間数 ただし 清算期間内を平均し1

の業務について派遣先が九の 1 に抵触することとなる最初の日 六派遣先への通知 1 派遣元事業主は 労働者派遣をするときは 当該労働者派遣に係る派遣労働者が九の 1の ( 二 ) の厚生労働省令で定める者であるか否かの別についても派遣先に通知しなければならないものとすること ( 第三十五条第一項関係

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Coreea(コーレア首都圏版)

Microsoft Word - 日本の労働社会改革2015.docx

今回の改正によってこの規定が廃止され 労使協定の基準を設けることで対象者を選別することができなくなり 希望者全員を再雇用しなければならなくなりました ただし 今回の改正には 一定の期間の経過措置が設けられております つまり 平成 25 年 4 月 1 日以降であっても直ちに希望者全員を 歳まで再雇用

の手支援策の紹介事例の紹介1 ページに記載した法改正の趣旨や内容を十分に理解した上で 以下の手順で制度導入を進めましょう STEP 1 STEP 1 STEP 2 STEP 3 STEP 4 有期社員の就労実態を調べる社内の仕事を整理し 社員区分ごとに任せる仕事を考える適用する労働条件を検討し 就業


必要とする家族 1 人につき のべ 93 日間までの範囲内で 3 回を上限として介護休業をすることができる ただし 有期契約従業員にあっては 申出時点において 次のいずれにも該当する者に限り 介護休業をすることができる 一入社 1 年以上であること二介護休業開始予定日から 93 日を経過する日から

平成25年版 大阪における労働時間等の現状 ー仕事と生活の調和の実現に向けてー

1 適用範囲 対象事業場 対象となる事業場は 労働基準法のうち労働時間に係る規定 ( 労働基準法第 4 章 ) が適用される 全ての事業場です 対象労働者 対象となる労働者は 労働基準法第 41 条に定める者及びみなし労働時間制が適用される労働者 ( 事業場外労働を行う者にあっては みなし労働時間制

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労働基準法の一部を改正する法律案要綱

社内様式 2 育児 介護 休業取扱通知書 平成年月日 会社名 あなたから平成年月日に 育児 介護 休業の 申出 期間変更の申出 申出の撤回 がありました 育児 介護休業等に関する規則 ( 第 3 条 第 4 条 第 5 条 第 7 条 第 8 条及び第 9 条 ) に基づき その取扱いを下のとおり通

★HP版調整事件解説集h28[023]

日韓比較(10):非正規雇用-その4 なぜ雇用形態により人件費は異なるのか?―賃金水準や社会保険の適用率に差があるのが主な原因―

1 なぜ 同一労働同一賃金 が導入されるのか? 総務省統計局労働力調査 ( 詳細集計 ) 平成 30 年 (2018 年 )7~9 月期平均 ( 速報 ) によると 非正規労働者数は 2,118 万人 ( 前年同期比 68 万人増加 ) 正規労働者数は 3,500 万人となっています 役員を除く雇用

(2)3 年以内の有期プロジェクト型業務 ( 同項第 2 号イ ) 事業の開始 転換 拡大 縮小または廃止のために必要な業務で 一定期間内で完了することが予定されている業務への派遣については その業務が完了するまでの期間であれば 受入期間の制限はありません (3) 日数限定業務 ( 同項第 2 号ロ

働き方改革推進の基本方針 平成 29 年 9 月 22 日 一般社団法人日本建設業連合会 政府は 平成 29 年 3 月 28 日に 働き方改革実行計画 を策定した 本計画では 同一労働同一賃金など非正規雇用の処遇改善 賃金引上げと労働生産性向上 罰則付き時間外労働の上限規制の導入など長時間労働の是

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中小企業のための「育休復帰支援プラン」策定マニュアル

て 労働者派遣契約書に休業手当等の支払いに要する費用を確保するための費用負担等に関する事項を記載していないもの (1 派遣元事業所 ) ウ派遣料金額の明示派遣労働者に対して 書面の交付 ファクシミリを利用してする送信又は電子メールの送信の方法により労働者派遣に関する料金の額を明示していないもの (5

図表 1 人口と高齢化率の推移と見通し ( 億人 ) 歳以上人口 推計 高齢化率 ( 右目盛 ) ~64 歳人口 ~14 歳人口 212 年推計 217 年推計

Microsoft Word - 22育児・介護休業等規程

2. 裁量労働制の労働時間をめぐって (1) 労働政策研究 研修機構の調査結果 裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果労働者調査結果 資料シリーズ No.125 (2014 年 5 月 ) 裁量労働制等の労働時間制度に関する調査結果事業場調査結果 資料シリーズ No.124 (2014 年 5

資料2(コラム)

2 継続雇用 の状況 (1) 定年制 の採用状況 定年制を採用している と回答している企業は 95.9% である 主要事業内容別では 飲食店 宿泊業 (75.8%) で 正社員数別では 29 人以下 (86.0%) 高年齢者比率別では 71% 以上 ( 85.6%) で定年制の採用率がやや低い また

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2 常用代替防止 ⑴ 報告書における意見報告書は, 常用代替防止という考え方には問題点があるとして,1 常用代替防止は, 派遣先の常用労働者を保護する考え方であり, 派遣労働者の保護や雇用の安定と必ずしも両立しない面がある,2 制度創設時, 常用代替を防止する趣旨は正規雇用労働者の雇用を基本とする日

年金の日 をご存じですか 国民一人ひとり ねんきんネット 等を活用しながら高齢期の生活設計に思いを巡らす日として 厚生労働省が 2014 年度から 11 月 30 日 ( いいみらい ) の日としたそうです 掲載内容に関してご不明点等があれば お気軽に当事務所までお問い合わせください

目次 問 1 労使合意による適用拡大とはどのようなものか 問 2 労使合意に必要となる働いている方々の 2 分の 1 以上の同意とは具体的にどのようなものか 問 3 事業主の合意は必要か 問 4 短時間労働者が 1 名でも社会保険の加入を希望した場合 合意に向けての労使の協議は必ず行う必要があるのか

滋賀県内企業動向調査 2018 年 月期特別項目結果 2019 年 1 月 滋賀銀行のシンクタンクである しがぎん経済文化センター ( 大津市 取締役社長中川浩 ) は 滋賀県内企業動向調査 (2018 年 月期 ) のなかで 特別項目 : 働き方改革 ~ 年次有給休暇の取得

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2 就業規則について 労働条件は個別に労働者に説明しているため 就業規則は作成していない 常時雇用している労働者が 10 人未満の場合は除く 就業規則について 使用者が一方的に作成しており 労働者からの意見は聴いていない 就業規則を作っているものの 担当者が管理しており 労働者が自由に見られるように

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3. 無期労働契約への転換後の労働条件無期労働契約に転換した後の職務 勤務地 賃金 労働時間等の労働条件は 労働協約 就業規則または個々の労働契約等に別段の定めがない限り 直前の有期労働契約と同一になるとされており 無期転換に当たって職務の内容などが変更されないにもかかわらず 無期転換後の労働条件を

Microsoft Word - 様式第1号 キャリアアップ計画書 記入例

ただし 日雇従業員 期間契約従業員 ( 法に定める一定の範囲の期間契約従業員を除く ) 労使協定で除外された次のいずれかに該当する従業員についてはこの限りではない (2) 週の所定労働日数が2 日以下の従業員 (3) 申出の日から93 日以内に雇用関係が終了することが明らかな従業員 2 要介護状態に

Microsoft Word - 平拒31å¹´ï¼fl朋"报仟ㆂå�ºçŽº0401第25å‘·ã…»éł⁄åš⁄玺0401第39å‘·ã•„å½fi隢ㆮå−´å…“掇éŒfi対ç�Œã†®å–·ä½fiçı—攨镲ㆫㆤ㆗ㆦã•

Microsoft PowerPoint 【別紙】外国人技能実習生の実習実施機関に対する監督指導、送検の状況(平成29年)

2 取組実績 ( 選択した取組事項について記入すること ) (1) 労働時間等設定改善委員会の設置等労使の話し合いの機会の整備 ( 労働時間等の設定の改善に関する特別措置法第 7 条第 2 項の規定による衛生委員会のみなしを含む ) 労働時間等設定改善委員会などの設置の有無 名称 話し合いの機会の頻

調査結果 1. 働き方改革 と聞いてイメージすること 男女とも 有休取得 残業減 が 2 トップに 次いで 育児と仕事の両立 女性活躍 生産性向上 が上位に 働き方改革 と聞いてイメージすることを聞いたところ 全体では 有給休暇が取りやすくなる (37.6%) が最も多く 次いで 残業が減る (36

( 様式第 1 号 ( 共通 )) 共通事項 1 キャリアアップ管理者 情報 ( 氏名 ): 役職 ( 配置日 ): 年月日 2 キャリアアップ管理者 の業務内容 ( 事業所情報欄 ) 3 事業主名 印 4 事業所住所 ( - ) 5 電話番号 ( ) - 6 担当者 7 企業全体で常時雇用する労働

23 歳までの育児のための短時間勤務制度の制度普及率について 2012 年度実績の 58.4% に対し 2013 年度は 57.7% と普及率は 0.7 ポイント低下し 目標の 65% を達成することができなかった 事業所規模別では 30 人以上規模では8 割を超える措置率となっているものの 5~2

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育児のための両立支援制度 制度の概要 ( イメージ ) 出生 1 歳 1 歳 6か月 3 歳就学 パパ ママ育休プラス 1 歳 6 か月延長 ( 子の年齢 ) ⑴ 育児休業 Ⅰ Ⅱ 努力義務 ⑵ 短時間勤務制度 ⑶ 所定外労働の免除 努力義務 努力義務 ⑷ 子の看護休暇 ⑸ 法定時間外労働の制限 ⑹

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育児休業申出書式例


Transcription:

1 労働時間法制をめぐる議論の混乱と今後のあり方 けづか毛塚 かつとし勝利 法政大学大学院 連帯社会インスティチュート 客員教授 はじめに 安倍政権は 雇用改革 の名のもとに 労働契約法の分野では解雇の金銭解決を 労働市場法の分野では派遣労働の一時的利用から恒常的利用へ ( 間接雇用の促進 ) と乱暴ともいえる 改革 を進めている 1 が 労働保護法の中核をなす労働時間規制についてもドラスティックに変えようとしている あらためて指摘するまでもなく 日本の労働時間は他の先進経済諸国に比べて長い 2012 年の就業者一人当たりの年間労働時間 ( 年平均労働時間 ) は ドイツが1397 時間 フランスが1479 時間であるのに対して1765 時間で 300 時間以上も多い ( 平成 26 年版 厚生労働白書 116 頁 ) それでも90 年代は2000 時間を超えていたことを考えると 短くなったかにみえるが これは 基本的にはパート 有期の非正規労働者が増えた結果であり 正規雇用といわれる一般の労働者の労働時間が短くなったわけではない 実際 この20 年間 時間 外労働は景気要因による変動はあるものの減少し ていないし 2012 年の年休取得率は 47.1%( 同 117 頁 ) と相変わらず 80 年代と同じく 5 割をきっ たままである それが 過労死大国 といわれる 労働環境を作ってきた にもかかわらず 安倍政 権は 裁量労働制の拡大に加え 年収要件で労働 時間規制の適用除外を認める制度を新たに入れ 労働時間規制の根幹をも切り崩そうとしている 本稿では 今回の改正の焦点であるこの問題にど う対応すべきか 2 とともに 今後の労働時間法制 のあり方を考えることにしたい 1 労働時間規制の趣旨と年収要件での時間規制除外の問題点 (1) 労基法労働時間法制の特徴 (ⅰ) 労働時間規制の多義性と労基法労働時間法制 の目的 まず 最初に 労働法における労働時間規制の 意義を確認しておこう 労働時間は 労働者から みた場合 1 賃金という生活手段を得るための時 間 ( 賃金時間 ) であり 2 労務提供という肉体的 1. 派遣法改正案の問題点については 毛塚 派遣労働 世界と日本の動向と課題 WORK & LIFE 2014 2(2014) 2 頁以下 2. 労働時間法制をめぐる問題については 特集 労働時間規制を考える 労働法律旬報 1831+32 号 (2015) 特集 労働時間法制の規制緩和 同 1823 号 (2014) 等を参照 4 労働調査

労働時間法制の今後 精神的負荷を伴う時間 ( 負荷時間 ) であり 3 労働によって家庭生活や社会生活の享受をする機会が奪われる時間 ( 非生活時間 ) である さらに 労働市場のマクロでみれば 4 他の労働者の雇用機会を左右する時間 ( 要員量左右時間 ) でもある 3 行政的監督と罰則を前提とする保護法としての労基法の労働時間法制は このうち 2と3の時間規制 つまり 労働者の肉体的精神的負荷の軽減と生活時間の確保を目的としている 1の賃金時間の規制 つまり 賃金決定要素として労働時間の長さを考慮するかは当事者の約定に委ねられる ただし 労基法は 労働時間規制ではなく 賃金規制の一環として 出来高給にも保障給を確保することを求め ( 労基法 27 条 ) 労働者の生活確保の観点から 出来高給等の成果主義処遇の場合であれ 標準的労働時間でもある法定労働時間働いたときに労働者の生活を確保するうえで必要な額を下回らない保障給を支給することを求めている 4の意味での労働時間規制は 現在のところ保護法としての労基法の時間規制の視野にはない ただ 1980 年代以降 労働組合が雇用機会の創出と確保の手段として労働時間短縮に取り組んできたヨーロッパでは 時間外労働に対する時間調整 ( 代替休暇 ) の原則が一般化している これは 後述するように 日本でも今後の労働時間規制を考えるうえで重要な視点である (ⅱ) 労基法労働時間規制の欠陥労働時間法制は このように 保護法の枠組みのなかで 労働者の肉体的精神的負荷の軽減と生活時間の確保を目的としているが 労基法の労働 4 時間法制は ヨーロッパの労働時間規制と比較した場合 この二つの目的を実現するうえで制度的不備があることはかねてから指摘されてきた まず 法定労働時間 ( 週 40 時間 1 日 8 時間 ) は実労働時間の規制で 拘束時間の規制がないことである 労基法は 休憩時間を労働時間の途中に与えることを求めている ( 労基法 34 条 ) 肉体的精神的負荷は連続的な労働で増大するから 休憩時間は不可欠であるが ホテル業界等でみられる必要以上に長い休憩時間は 無給で労働者を職場にしばり 労働者が家庭生活や社会生活を行う時間を奪うことになる また 時間外労働の上限規制がないことである 法定労働時間を超えて労働をさせるには 時間外労働協定を過半数労働者代表と締結すること ( 労基法 36 条 ) また 割増賃金を支給すること ( 同 37 条 ) が必要であるが 逆にいえば 協定を締結し割増賃金を支払えば 延長できる1 日の労働時間の制限がない 例えば ドイツでいえば 1 日の時間外労働を含む上限の労働時間は10 時間とされている ( 独労働時間法 3 条 2 項 ) のと対照的である さらに 労働者の肉体的精神的負荷を避けるには 単に1 日 8 時間労働の原則だけでなく 連続労働を回避するため ドイツ法 ( 同 5 条 1 項 ) のように 勤務と勤務の間に連続 11 時間の休息時間を入れる規制が必要となるが 労基法にはかかる規制がないことである したがって 休憩をはさみ2 日にわたり連続して16 時間労働させても法に抵触しない (2) 90 年代以降の労働時間法制の改革労働時間法制は80 年代以降 時代の節目ごとに改正を重ねてきたが 上記の労基法労働時間規制の問題点にはとくに手が付けられることはなかった それでも80 年代の労働時間法制の改革は 3. 毛塚 賃金 労働時間の法理 日本労働法学会編 21 世紀の労働法第 5 巻 ( 有斐閣 2000)20 頁以下参照 4. 労働時間の国際比較については 労働政策研究 研修機構 諸外国のホワイトカラー労働者に係る労働時間法制に関する調査研究 (2005) 等を参照 労働調査 5

豊かな社会 の実現を目的に 週 48 時間労働から週 40 時間労働への法定労働時間の短縮や年休付与日数の拡大に力点を置いたもので 変形制の拡大やフレックスタイム制の導入等 労働時間規制の柔軟化も 基本的に時短を実現するための手段として位置づけられたものであった しかし バブル経済が崩壊し 市場経済のグローバル化が始まった90 年代以降は 労働時間法制の改革は もっぱら成果主義的処遇を導入 拡大のための方策 すなわち 賃金と労働時間との関係を切断するための裁量労働制の拡大に重点をおいた 裁量労働制とは 業務の遂行の手段及び時間配分の決定 を使用者が指示しない業務に 過半数労働者代表との協定や労使委員会の決議を前提に そこに定めた時間を労働時間とする みなし労働時間 制である 1987 年の労基法改正で導入された際には 研究開発の研究者や新聞記者 デザイナー 弁護士などの専門職のみが対象 ( 専門業務型裁量労働制 ) であったが 98 年改正により 本社機能をもつ事業所での企画 立案 調査 分析の業務に拡大された ( 企画業務型裁量労働制 ) さらに 2003 年には 本社からすべての事業所での企画等の業務に拡大され 導入要件も労使委員会の全員一致から5 分の4に緩和された それでも 裁量労働の適用を受けている労働者は 2014 年現在 専門業務型が1.0% 企画業務型労働者で0.2% にとどまり ( 平成 26 年版 就労条件総合調査 ) 必ずしも拡大していない そのことが今回の規制緩和議論の背景となっている (3) 安倍政権の労働時間法改革の特徴と問題点 (ⅰ) 改正案の概要と特徴労働政策審議会は 平成 27 年 2 月 働き過ぎ防 止のための法制度の整備に関しては 労働側が求めていた日本の労働時間法制の欠落部分の補正 つまり 時間外労働を含む1 日の最長時間規制とインターバル= 休息時間規制の導入は見送りつつ 長時間労働抑制策としては 月 60 時間超の時間外労働割増賃金率の中小企業への適用猶予の見直し ( ただし 施行は2019 年 4 月以降 ) と 時間外労働に対する監督指導の強化をうたうのみである 他方 経済界の求めに応じ フレックスタイムの清算期間を1か月から3か月に延長 裁量労働制の適用対象の拡大 ( 課題解決型提案営業の業務 等 ) と手続きの簡素化 ( 労使委員会決議の本社一括届出の容認 健康福祉確保措置の実施状況の定期的報告義務から書類保存義務への転換 ) のほか 新たに 年収要件で労働時間規制 ( 週 1 日の法定労働時間 時間外労働規制 深夜労働規制 ) を除外する制度 いわゆるホワイトカラー エグゼンプション (WE) を導入する提案をしている (ⅱ) 問題点時間外労働の上限規制と休息時間の導入を見送ったことは 基本的に働きすぎの防止のための法規制をする意思に欠けると言わざるを得ない フレックスタイムの清算期間の3か月への延長と裁量労働制の拡大も 割増賃金の抑制と長時間労働 5 の拡大をもたらすだけである 営業職は顧客の指示や要望に応じる業務であり 労働時間の配置 配分の裁量性には限界があることは明らかだからである 最大の問題は 高度プロフェッショナル制度 なるWEの導入である WEの議論は 経済のソフト化が中心になった今日 賃金は成果によって支払うべきもので 労働時間によって賃金額を決 5. 平成 25 年度の労働時間等総合実態調査によれば 専門業務型裁量労働制 ( みなし時間は平均 8 時間 32 分 ) では 最長で 12 時間を超える労働者のいる事業所が 53.4% と半数を超えている また 企画業務型裁量労働制 ( みなし労働時間は平均 8 時間 19 分 ) でも 実労働時間が最長で 12 時間を超える労働者のいる事業所が 45.2% もある 6 労働調査

労働時間法制の今後 めるのはおかしい ( 時代にそぐわない ) という認識と 割増賃金で時間外労働や深夜労働を規制するのはおかしい ( 実効的ではない ) という認識の二つに立脚している 前者に関していえば すでに指摘したように 労基法は賃金額を労働時間に応じて支払うべきことを求めているわけでもないし また 裁量労働制をとれば すでに時間外労働であれ賃金と労働時間との関係を切断できる それにもかかわらず 年収要件のみで新たな適用除外を求めるのは 裁量労働制導入の煩瑣な手続きを回避したい そして 時間外労働のみならず 深夜 休日労働の割増賃金の支払いを免れたいということであろう ( 残業代ゼロ法案 といわれるゆえんだが 年収のみで仕事の裁量性を必ずしも要件にしていないから 深夜 休日を問わず仕事を命じることができる 残業させ放題法案 でもある ) しかし 上述したように 労基法労働時間規制の目的は 実際に労務を遂行することによる肉体的精神的負荷の軽減 回避と生活時間の確保にある それは 賃金制度として成果主義賃金をとろうとなんら変わらない 割増賃金による規制がおかしい ( 実効性がない ) というのであれば それに代わる実効的な規制方法を提示すべきであろう 時間外労働のみならず 休憩 深夜 休日労働規制をも外すとすればなおさらである しかし 改正案が用意する歯止めは 14 週 4 日と年 104 日の休日 2 一定の休息時間と深夜業の回数制限 3 健康管理時間 ( 事業場内にいた時間と事業場外で労働した時間との合計 ) の1か月または3か月の上限設定のいずれかの選択で 違反に罰則があるわけではなく 長時間労働の抑制力をもつとはおよそ思われない 2 今後の労働時間法制のあり方 (1) 生活時間の確保に重点を労基法の労働時間規制の目的は 繰り返し指摘したように 労働による肉体的精神的負荷の軽減 回避と労働者の生活時間の確保にある ただ 実労働時間規制のもと 拘束時間や休息時間の確保が欠落していることを考えれば 基本的には前者に重点をおいた規制といえる 労働者の働き方が変わり ワーク ライフ バランス (WLB) の実現が大きな政策的課題となっている現在 労働時間規制は 生活時間の確保 充実に重点を置き 生活時間の確保を通して肉体的精神的負荷の軽減を図るくらいの意識の転換が必要であろう WLBの議論は 女性の両立支援策を意識してはじまったとはいえ 女性問題は男性問題であり 非正規問題は正規問題であるから 何よりも正規雇用の男性労働者が 家庭 社会生活との調和を図る働き方が求められる 朝食や夕食をそろってとる家族が減少 6 する等 家庭生活の貧困化や 近隣への無関心にともなう孤独死の増加 消防団員確保の困難等の地域社会の空洞化が指摘されるなか 生活時間を確保するためにこそ 長時間労働は削減されるべきであろう 家庭生活と社会生活の充実こそ過労死を生み出す職場環境の改善に繋がる 生活時間の確保 充実の観点からすれば 1 日の最長時間や休息時間の確保とともに 一定時間を超える時間外 休日労働は 時間調整 ( 代替休暇 ) を基本にすべきであろう 割増賃金は 時間 6. 平成 24 年版内閣府 食育白書 によると 5 歳児が父親と夕食をとる回数が ほぼ毎日が 34.6% で 週 2~3 回が 29.6% 週 1 回以下が 18.5% もいる また 平成 22 年度 児童生徒の食事状況等調査 ( 独立行政法人日本スポーツ振興センター ) によると 一人で食べる 中学校 2 年生が朝食で 33.7% 夕食で 6.0% 子どもだけで食べる が朝食で 19.7% 夕食で 4.9% もいる 労働調査 7

外 休日労働のインセンティブを労働者に与えかねない WEの議論は 割増賃金の放棄を求めるだけで 時間外 休日 深夜労働を抑止する代替策を示さないのが問題なのであって 割増賃金による抑止策の放棄自体はあり得る選択なのである 時間外 休日労働は必ず時間 ( 休暇 ) で調整する ネコババのない残業代ゼロ法案 であれば 健康の確保はもちろん生活と雇用の確保という社会連帯の観点から望ましいことなのである なお 生活時間の確保やWLBの観点からは フレックスタイム等 労働者の自律的管理の労働時間制 ( 時間主権の確立 ) が望ましいが 欧米に比べ圧倒的に普及率は低い ( 平成 26 年 就労条件総合調査 によれば 導入企業は5.3% 適用労働者で8.3%) この点 改正案は 清算期間を1 か月から3か月に延長することを提言しているが これでは割増賃金の抑制を意図したものにすぎず 時間調整による時間短縮を実現させるものとはならない 労働時間の自己調整を実現するには 労働者の仕事の裁量性を高めるとともに 時間外労働の休暇調整を使用者に義務づけることであろう (2) 保護法の枠を超えた規制へ時間外労働の時間調整 ( 代替休暇 ) を実現することは 決して容易ではない 企業が時間 ( 代替休暇 ) 調整を望まないだけでなく 労働者も一般には賃金を選好するからである 法定労働時間働 いても生計の維持が困難な労働者 ( ワーキング プア ) の増加が社会問題となっている現在ではなおさらである それゆえ 法定労働時間を働けば生計の維持に足りる賃金が確保されるのが前提である そのうえで 今日 適正な量を超える時間外労働は 健康を害するだけでなく家庭生活や社会生活という日本の社会全体を劣化させるとの認識 さらには 長時間労働は 他の労働者の雇用機会をも奪うとの社会連帯の認識を共有することである これは 労働者や労働組合が 単に労働者個人の働き方の問題ではなく 社会のあり様を考える社会連帯の問題として労働時間法制を考えることにほかならない このことは 規制手法からみた場合 今後 労基法という保護法枠を超えて労働時間法制の充実をはかることでもある 7 たとえば 育児 介護責任者に限定することなく 労働契約法のなかで労働者の短時間勤務時間の選択権を与える等 仕事と生活の調和 ( 労契法 3 条 3 項 ) を具体化すること 逆に 非正規労働者を考えれば 保護法としての最低賃金規制を超えて 賃金時間の観点から 意図的な短時間約定を排除する必要も生じよう もちろん 保護法の枠を超えて労働時間法を指向することは 保護法的規制を緩和することではない 保護法的規制の実効性を確保するためにも 保護法の視野を超えて労働時間規制の意味を再確認することが必要だということである 7. 毛塚 前掲注 3 論文 21 頁以下参照 8 労働調査