今世紀の排出が1000年先の未来を決める —ティッピングとは何か?

Similar documents
Mwp1a とベーリングイベントは古気候学の謎のひとつで 気候モデルに制約を与える際の大きな問題でした もうひとつの大きな問題点は 南極氷床の安定性に関するものです 南極はアクセスが困難であり また 間氷期である現在でも大陸のほとんどが氷に覆われているため 過去の記録を正確に復元することが難しい氷床

IPCC 第 1 作業部会 評価報告書の歴史

気候変化レポート2015 -関東甲信・北陸・東海地方- 第1章第4節

HPC /11/02 地球温暖化問題の現状 ~ 何がわかって何が問題か ~ 内容 NCAR (1) 濃度安定化と温暖化防止 (2) (3) 1-1

資料1:地球温暖化対策基本法案(環境大臣案の概要)

平成21年度実績報告

(c) (d) (e) 図 及び付表地域別の平均気温の変化 ( 将来気候の現在気候との差 ) 棒グラフが現在気候との差 縦棒は年々変動の標準偏差 ( 左 : 現在気候 右 : 将来気候 ) を示す : 年間 : 春 (3~5 月 ) (c): 夏 (6~8 月 ) (d): 秋 (9~1

報道発表資料

Taro-40-11[15号p86-84]気候変動

海洋_野崎.indd

DE0087−Ö“ª…v…›

() 実験 Ⅱ. 太陽の寿命を計算する 秒あたりに太陽が放出している全エネルギー量を計測データをもとに求める 太陽の放出エネルギーの起源は, 水素の原子核 4 個が核融合しヘリウムになるときのエネルギーと仮定し, 質量とエネルギーの等価性から 回の核融合で放出される全放射エネルギーを求める 3.から


WTENK5-6_26265.pdf

Microsoft Word - 01.doc

IPCC 第5次評価報告書の概要 -WG1(自然科学的根拠)-

IPCC 第 5 次報告書における排出ガスの抑制シナリオ 最新の IPCC 第 5 次報告書 (AR5) では 温室効果ガス濃度の推移の違いによる 4 つの RCP シナリオが用意されている パリ協定における将来の気温上昇を 2 以下に抑えるという目標に相当する排出量の最も低い RCP2.6 や最大

環境科学部年報(第16号)-04本文-学位論文の概要.indd

本文(横組)2/YAX334AU

河口域の栄養塩動態 国土交通省国土技術政策総合研究所沿岸海洋研究部海洋環境研究室主任研岡田知也 国土交通省国土技術政策総合研究所

Xamテスト作成用テンプレート

スライド 1

第五回まとめ 2/2 東岸域では, 北風がエクマン流を通じて湧昇をもたらす. これを沿岸湧昇と呼ぶ. 沿岸湧昇域での, 局所的な大気海洋結合変動現象であるカリフォルニアニーニョ, ニンガルーニーニョなどが発見されている. エクマン流と地衡流の関係の仮説 前回学んだエクマン流が, どう地衡流と関係する

研究成果報告書

Microsoft PowerPoint - システム創成学基礎2.ppt [互換モード]

CKTB-3103 東芝スーパー高効率菜種油入変圧器 2014 スーパー高効率菜種油入変圧器 シリーズ

ブック 1.indb

CSR報告書2005 (和文)

3-3 現地調査 ( カレイ類稚魚生息状況調査 ) 既存文献とヒアリング調査の結果 漁獲の対象となる成魚期の生息環境 移動 回遊形態 食性などの生活史に関する知見については多くの情報を得ることができた しかしながら 東京湾では卵期 浮遊期 極沿岸生活期ならびに沿岸生活期の知見が不足しており これらの

Microsoft PowerPoint - hama.ppt

Microsoft PowerPoint - Chigakub-04.pptx

(3) 技術開発項目 長周期波の解明と対策 沿岸 漁場の高度利用 ライフサイクルコストに基づく施設整備と診断技術 自然災害( 流氷 地震 津波など ) に強いみなとづくり 等 30 項目 技術開発項目として 30 項目の中から 今後 特に重点的 積極的に取り組んでいく必要のある技術開発項目として 1

Transcription:

環境省環境研究総合推進費戦略的研究開発プロジェクト S-10 公開シンポジウム 地球温暖化対策の長期目標を考える - パリ協定の 1.5 2 目標にどう向き合うか? 今世紀の排出が 1000 年先の未来を決める?! ティッピングとは何か? 鼎信次郎 ( 東京工業大学 ) 2016 年 11 月 21 日東京大学伊藤国際学術センター伊藤謝恩ホール

(http://natgeo.nikkeibp.co.jp/) 地球温暖化による様々なリスク (ANN News) 洪水 食糧 エネルギー 熱波 台風 水資源 健康 生態系 ティッピング海面上昇 (http://healthil.jp/33573) (WWF)

ティッピングポイント (TP) とは? それまで小さく変化していたある物事が 突然急激に変化する時点を意味する 例えば 坂道を丸い球が転がっているとする 転換点 ( ティッピングポイント ) 坂道の先には崖が! 崖の先端まで転がると崖下へ落下 もちろん球を坂道に戻すことはできない

ティッピングポイント (TP) とは? 地球温暖化研究では 地球の気候を構成する要素に質的かつ急速な変化が生じさせるしきい値 ( 気温など ) を指す 強制力 ( 気温など ) Meehl et al., 2007 気候システムの応答 要素 3 ティッピングポイント 要素 1 要素 2 ティッピングポイントを超えると 気候システムにしばしば元に戻すことができない大規模な変化が生じる

ティッピングエレメント (TE) とは? TE:TP を超えたときに発生しうる地球の気候システムを構成する要素 エルニーニョ現象 (ENSO) 振幅増大 グリーンランド氷床の融解 北方林の立ち枯れ アマゾン熱帯林の立ち枯れ 北大西洋熱塩循環の減速 北極海氷の消失 北極オゾンの減少 サハラの緑化西アフリカモンスーンの変化 北方林の立ち枯れ 永久凍土 ツンドラの消失 インドモンスーンの弱化 メタンハイドレートの分解 西南極氷床の不安定化 南極底層水形成の変化 Lenton et al (2008) の図 1

ティッピングエレメントの発現可能性は? 西南極氷床 パリ合意 ク リーンラント 北極海夏季海氷消失アルプス氷河消失 サンゴ礁白化 アマソ ン熱帯雨林消失 北方林消失 THC サヘル緑化 ENSO 東南極氷床 永久凍土 上図のティッピングエレメントとティッピングポイントの幅は Schellnhuber et al. (2016) より

ティッピングポイントを超える可能性があるティッピングエレメント 北極海夏季海氷の消失 アルプス氷河の消失 サンゴ礁の白化 グリーンランドと南極氷床の融解

北極海夏季海氷の消失 通常は 北極海では毎年 春から夏にかけて海氷が縮小し 9 月に最小になった後 再び冬にかけて海氷が拡大するという変化を繰り返している Yoshimori et al., 2014 春 ~ 夏夏秋秋 ~ 冬 大気 海 氷 9 月の北極海 暖 氷 太陽光の吸収 暖 寒 暖 蓄積熱を放出 暖 国立極地研究所 1980 年代 2012 年

北極海夏季海氷の消失 Holland et al., 2006 in GRL 北極海 海氷面積 ー :1990 年代 ( 観測 ) ー :1990 年代 ( 予測 ) ー :2010~2019( 予測 ) ー :2040~2049( 予測 ) 2040 年代 A1B シナリオ (+1~2 上昇 ) で夏季の海氷は カナダとグリーンランド北岸沿いにのみ残る 影響 太陽熱の吸収率上昇 海水から大気への熱輸送増加 深層循環 生態系 先住民 等

アルプス氷河の消失 既に氷河消失 Meur et al., 2007 厚さ 氷河長の変化 (m) Vaughan et al., 2013 氷の体積 (10 6 m 3 ) B1シナリオ (+2 上昇 ) で 2060 年代までにアルプス氷河はほぼ消失する予測 影響 水資源 ( 河川水量 ダム貯水 ) エネルギー 海面上昇等

National Geographic, 2016 白化 影響 生物多様性 漁業 観光資源など サンゴ礁の白化 2050 年のサンゴ礁白化割合 1.5 2.0 1 進化による熱適応 9% 39% 2 1.5 or 2.0 が維持 89% 98% 3 海洋酸性化や病原菌の拡大等が 2 に追加された場合 サンゴ礁白化リスクの割合 (%) 1 2 1 2 Schleussner et al., 2016 in ESD 94% 100% 1.5 2.0 1.5 2.0 上昇の場合どちらでもサンゴ礁の多くが白化 サンゴへのストレス ( 海面上昇 ENSO イベントや熱帯低気圧の増加 外来種の増加など ) は未考慮

グリーンランド氷床と南極氷床 氷河 : 重力によって長期間に渡り緩やかに動く氷塊氷床 : 大陸規模 (5 万 km 2 以上 ) の氷河 表面積 グリーンランド氷床 約 170 万 km 2 南極氷床 ( 接地部分 ) 約 1,230 万 km 2 氷厚の平均約 1,700m 約 2,034m 地球上の氷 ( 氷河 氷床 ) に占める割合 約 11% 約 88% 全融解した場合の海面上昇寄与 約 7.3m 約 57m IPCC, AR5, WGI, Fig. 4-01 *Allison et al. (2009), Lythe et al. (2001) を基に作成

海面上昇と各要素の寄与 2081~2100 年における海面上昇量の予測 : +0.26~0.82 [m] *1986-2005 年を基準 ~2100 年では海面上昇寄与は, 熱膨張 > ( 山岳 ) 氷河 > グリーンランド氷床 > 南極氷床 2100 年を超えた予測では, グリーンランド氷床の寄与が大きくなる可能性がある ( 左図 ). * モデル性能の関係により左図で南極氷床からの寄与は過小評価されている可能性がある.

グリーンランド氷床のティッピングポイント 表面質量収支が負に転じる ( 全球平均 ) 気温 : 表面質量収支 = 降雪 - 昇華 - 流出 昇華 流出 降雪 氷床 表面質量収支 ~ 標高フィードバック : 氷床融解 ( 昇華 流出 ) の増加 氷厚の減少 氷床の標高が下がり融解が増大

大規模な海面上昇による影響 ( 東京湾周辺 ) 熊谷春日部埼玉成田新宿千葉横浜茅ヶ崎 海面上昇量 :1m 3m 7m 10m 15m 20m

海面上昇でどこが浸水するの? グリーンランド氷床が全融解し 7m 海面上昇した場合 ( 関東 ~ 東海地方 ) 名古屋城 四日市 伊勢 名古屋 浜松 三保の松原 春日部埼玉上野新宿成田茅ヶ崎千葉沼津 伊豆大島 成田国際空港 三宅島 伊勢神宮 沖ノ鳥島 大島公園 御蔵島 国立西洋美術館 2m 上昇で水没 八丈島

海面上昇でどこが浸水するの? グリーンランド氷床が全融解し 7m 海面上昇した場合 ( 関西 ~ 九州 ) 厳島神社 原爆ドーム 広島 姫路 大阪 福岡 松山 徳島 姫路城 佐賀 桂浜 軍艦島

グリーンランド氷床と北極海夏季の海氷が 2100 年までにそれぞれのティッピングポイントを超える確率はどの位なのだろうか?

2 通りの目標気温 (1.5, 2.0 ) と追加政策なしの計 3 つのシナリオに対して, グリーンランド氷床と北極海夏季海氷が, 2100 年までにティッピングポイントを超える確率を推定 戦略 目標温度水準 ( 工業化前比 ) 実際の気候感度 目標気温 1.5 ( 政策気候感度 3.65) 1.5 1.5, 2.0, 3.65, 4.5 目標気温 2.0 ( 政策気候感度 3.65) 2.0 1.5, 2.0, 3.65, 4.5 BAU ( 追加政策なし ) 1.5, 2.0, 3.65, 4.5 * 確率の推定には, 以下の点は考慮されていない ( または考慮が不十分である ) 事に注意. 気候感度の確率分布は対数正規分布のみを仮定 ティッピングポイントの確率分布は未知であるが一様分布を仮定 ティッピングポイントの範囲は, 現存の文献から言える範囲で定めている. 昇温量には統合評価モデルDICEの気候モジュール出力を用いており気候モデルの出力は利用していない. 既存文献 ( 主にIPCC AR5) より, ティッピングポイントの範囲は以下に設定. グリーンランド氷床 : 1.0~4.0, 北極海夏季海氷 : 2.2~2.7

* 確率の推定には, 前述の点は考慮されていない ( または考慮が不十分である ) 事に注意. グリーンランド氷床 北極海夏季海氷 ティッピングポイントを超える確率 1.5 度目標 2.0 度目標 BAU 21% 35% 84% 13% 28% 90%

本プロジェクト (ICA-RUS) で研究対象としているティッピングエレメント 西南極氷床の安定性 北大西洋熱塩循環と貧酸素水域の拡大 メタンハイドレートの分解

西南極氷床の安定性 1 万年後の南極氷床の厚さの変化 (Winkelmann et al. 2015) 氷床と棚氷 海洋との関係を調べ その関係をモデルに導入 氷床の底部の融解 海洋部の氷床の退氷がより現実的に再現できた! 氷床 基底部 南極大陸 氷床 海流 将来どれだけ南極の氷が融けるか正確に分かれば どれだけ海面上昇するかもより正確に分かる! Yamane et al. 2015

北大西洋熱塩循環と貧酸素水域の拡大 温暖化により海洋中の酸素は 1000 年かけて 30% 程度減少すると簡易気候モデルが予測 海洋熱塩循環 大気海洋結合モデルの長期実験と 開発した海洋物質循環モデルを用いて 海洋中の酸素の長期変動を計算 表層 亜表層では水温変化の影響で酸素が減少 2xCO 2 4xCO 2 2000 年後の酸素の変化 (Yamamoto et al. 2015) 大西洋太平洋 酸素呼吸をする魚介類などが好む環境でなくなることで 生物生息域等に影響

数千年 ~ 数万年スケールのティッピングエレメント メタンハイドレートの分解 メタンハイドレートとは 低温かつ高圧の条件下でメタン分子が水分子に囲まれた氷状の化石燃料 次世代のエネルギーとして期待されている メタンハイドレート分布図 Wikipedia 参照 埋蔵域 シベリアなどの永久凍土地下数百 m~ 数千 m 水深 500~1000m の地下数十 ~ 数百 m

数千年 ~ 数万年スケールのティッピングエレメント メタンハイドレートの分解 CO 2 排出 ( 大気へ ) 温暖化による気温上昇海洋溶存酸素の減少海水温の上昇海洋の酸性化 CO 2 へ酸化分解溶出 Q: 酸化により海水中の溶存酸素が減少するが どのくらいか? A: 魚等が生息出来ない貧酸素域の拡大 貧酸素水塊体積 (M km 3 ) Yamamoto et al., 2014 3000~4000 年後に最大 海洋堆積物 影響 生物多様性 漁業 メタンハイドレート など メタンハイドレート 2600GtC( 現在 ) から 800GtC へ減少 その放出により貧酸素域が拡大 ( 北太平洋 1000m 深付近 ) 大気 CO 2 が 200ppm 程度上昇の可能性

本日のまとめ 地球温暖化による様々なリスクとして ティッピングポイント ティッピングエレメントをご紹介した パリ合意の気温幅でも発現する可能性があるティッピングエレメント ( 北極海夏季海氷の消失 アルプス氷河の消失 サンゴ礁の白化 グリーンランドと南極氷床の融解 ) がある 何かしら気候変動政策 ( パリ合意など ) をとらないと 発現可能性がかなり高くなるティッピングエレメントも存在する ただし かなり不確実性が高く まだまだ発展途上の研究であるため 科学的な根拠をつかむ研究が今後も必要 世界の温暖化研究へ寄与