千葉県の森林 林業 森林インストラクター寺嶋嘉春 1. 沿革千葉県は 関東平野の南東部に位置し 房総半島がその大部分を占める 地質年代は新しく ほとんどが第 4 紀及び第 3 紀で 北総地域の細かく台地を解析した谷津地形や中部以南の丘陵地の隆起に伴う急峻な地形が特徴的である 約 10 万年前までは 茨城県南部から千葉県の北部にかけて 古東京湾と呼ばれる浅い内湾が広がっていたが 火山噴火に伴う降灰や利根川が運ぶ土砂の堆積 陸地の隆起等により 現在の北総台地が形成された 臨海部の台地には 貝塚など縄文時代からの遺跡が多数確認され 古くから生活が営まれ古墳 城跡も多く 特に 近世以降は利根川の流路の変更や干拓 開拓による農地 牧野の拡大が進み 海と湖沼を活用した水運による活発な物資の交流が20 世紀初頭まで続いた 昭和時代の鉄道 道路等の陸上交通の発達 昭和 30 年代以降の東京湾の埋立てによる京葉臨海工業地帯の造成 近年における半島性の解消を目的とした横断道路アクアラインの開通 全国初の里山条例の制定による里山 里海の価値の再認識に至るまで 房総の産業 文化は 江戸 東京の社会経済的な影響と併せて 内湾 海浜 湖沼など海辺や水辺の自然条件との強い関わりのもとで展開している 2. 森林等の自然利用の展開 古代 房総 の地名は 安房 上総 下総の 3 国に由来するとされるが 古来 良質の麻の産地として知られたことから 総の国 とも呼ばれ 黒潮を介し 近畿地方との交流が盛んであった 近世 江戸時代には 多くの牧が開かれ軍馬を供給したほか 南房総市の嶺岡は日本の酪農発祥の地として知られる また 北総地域では 椿の海 印旛沼 手賀沼 の干拓など 農地の開拓が進められた 千葉県の森林は 農業の発達とともに 燃料や肥料の供給をはじめとする農用林や薪炭林として利用され 江戸への燃料や木材の供給地でもあったが 用材生産の林業としては 現在の山武市を中心とする地域でスギの植林によ - 1 -
る山武林業が 17 世紀頃から成立していた 山武林業は 農用林の発展形態として林業地が形成されたもので 山武地方の旧家の裏山は 背戸山 と呼ばれる 屋敷林の一部を構成する防風林でもあり水源林でもある 樹齢 200 年を超えるスギの備蓄林の景観が特徴的である 明治 大正期 県は 明治時代から広く造林を奨励するとともに 日露戦争の戦勝を記念し 県が率先して1,000ヘクタールの造林計画を実行したが これが 現在の県営林約 7,000ヘクタールの基盤となっている 昭和 平成期 昭和 28 年には 第 4 回全国植樹祭が 海岸砂地造林 をテーマに富津岬で開催されているが これを契機に 海岸砂地としては 全国有数の九十九里海岸をはじめ 富津岬 館山市の平砂浦海岸において 県による海岸砂地造林が活発に行われ 合計約 1,000ヘクタールの海岸防災林が造成され多くは 海岸県有保安林として管理されている 昭和 40 年代には 燃料革命に呼応した薪炭林等への拡大造林も盛んに行われ 特に 優良品種であるサンブスギの挿し木苗木の植林が広く行われた 昭和 50 年代には 県内に広く分布していたアカマツ クロマツが松くい虫の被害を受け 特に 内陸のマツは全滅に近い状態となった 昭和 60 年代以降 県北部のサンブスギ林を主体に 非赤枯性溝腐病の罹病が拡大し 現在 県内の大部分のサンブスギ林が被害を受けている 都市近郊における 地価の高騰 材価の長期低迷 森林所有者の高齢化 林業労働力の減少 マツ林やサンブスギ林の病害の進行などにより 千葉県の森林所有者を取り巻く林業の経営環境は極めて厳しい状況が継続している 林地の開発状況については 本県が首都近郊に位置することや地質 地形的な特質から 林地開発によるゴルフ場 住宅団地の造成 砂利採取 また 近隣都県から発生する産業廃棄物及び残土の処分場建設場所として林地の開発が盛んに行われ この20 年間で森林面積が8,100ha 減少している 小学校の教科書から 林業 の項目が消滅した 平成 5 年に千葉県が創設した 教育の森 制度は 森林所有者の善意のもとに 森林 林業教育や野外活動等のフィールドとなる森林を 教育の森 として 知事が認定し 子供たちが 身近な森に入り 木と触れ合うことで 森林 林業に対しする理解を深めてもらうことを目的とし 全国的にも先進的な制度として知られ - 2 -
ている 現在 106 箇所が指定され 年間 延べ200~500 回の活動に活用されている 平成 15 年 5 月に千葉県で開催された 第 54 回全国植樹祭の開催に合わせて 千葉県里山等の保全 整備 活用の促進に関する条例 が施行され 里山についての定義や理念 土地所有者の役割や県の責務 里山協定など里山活動を促進する施策の推進を全国で初めて条例で既定した 林業の担い手としては 平成 18 年 11 月に県内 14の森林組合が合併し 千葉県森林組合が誕生し 組合員 15000 人の森林所有者の団体であり 同時に 県内最大の林業事業体として 森林整備及び木材生産を担っているが 材価の長期低迷と都市化のもとで 森林所有者の林業離れが進行し 事業量が減少しており 厳しい経営環境の中で 森林施業計画を前提とした長期受託契約を締結し 林業の担い手の確保 作業員の世代交代や雇用条件の改善 組合経営の採算性の確保に取組んでいる また 平成 16 年度から森林の有するセラピー効果の科学的な検証に取組 み 平成 21 年 7 月に 千葉県における 健康と癒しの森 30 選 を制定し 発表している 千葉県の森林の概況 ( 平成 20 年統計資料より ) - 3 -
本県の森林面積は16 万 2,148haで林野率 ( 県土面積に占める森林の割合 ) は平均 32%( 北部は10~20% 南部は約 60%) で 農地や宅地の面積とほぼ同率であるが 全国平均と比べると林野率は半分以下で全国順位では面積で40 位 林野率で45 位に相当する また 森林の所有形態は95% が民有林 ( 国有林以外の森林 ) であり 全国平均の7 0% を上回っているが 面積別の所有では 5ha 未満の零細林家が88% と大部分を占め 50ha 以上は1% にも満たない このため 経営は農業 ( 第 2 種兼業 ) 主体の兼業林業経営であり木材生産も自給的か備蓄的な性格が大きい なお その他に本県の特徴としては 海岸線が長く 九十九里海岸から南房総及び東京湾岸の富津岬にかかる海岸部に約 1,000ha のクロマツの海岸防災保安林が造成されている また 県南部は黒潮の影響を強く受け 温暖で雨量も比較的多く ( 年降水量 2,00 0~2400mm) シイ タブ カシ類などの照葉樹林をはじめ 多様な樹種により構成される森林地帯を形成している 千葉県の林業の指標 項目森林面積人工林率 民有林率森林率林家数素材 生しいた 竹材 ( 立木地 ) 生産量 け生産量 生産量 千葉県 161 千 ha 39% 94% 32% 14,558 戸 86 千m3 1,177t 17 千束 全国順位 40 35 12 45 30 38 17 11 出展 : 平成 20 年度千葉県森林 林業統計書 3. 千葉県の風土に合った樹木とその利用千葉県の気候は 温暖湿潤な南東地域と比較的冷涼乾燥気味の北西地域に大きく区分することができ 森林を構成する樹種もこれに呼応し 北方系落葉広葉樹と南方系の常緑樹が分布することから 豊かで多様な植生が見られる また 海が近いことから 植栽樹木を含め 樹種構成にもその影響が顕著となっている (1) スギ サワラ ヒノキ鴨川市の清澄寺境内にある 清澄の大杉 ( 千年杉 ) は 国の天然記念物に指定され 全国有数の巨木として知られている 房総半島の古い社寺には 杉が植林されている例が多く 君津市の三 - 4 -
島神社 ( 樹齢 600 年以上 ) 東金市日吉神社 ( 樹齢 400 年以上 ) 山武市賀茂神社の大杉 ( 樹齢 500 年以上 ) などが現存し 県内各地では 古くからスギが植栽されている 山武林業は 我が国では稀な平地林業 或いはマツとスギの二段林施業として知られる 明治時代後期の現山武市において アララギ派の歌人として知られた蕨真一郎が 独自の審美感を持ってスギの植林を奨励したことも 特筆に値する 山武林業の中心地域のひとつである 旧源村 ( 現東金市と山武市の境 ) は 倹約に勤め 教育に励み 農林業の振興を図る模範的な村として 明治時代に日本三模範村のひとつとして国外に紹介されている サンブスギは 山武地域に多く植栽されてきたスギの品種で 通直 完満 真円 成長良く 油分が多く 心材は美しい紅色で挿し木が容易であることから 昭和 40 年代の拡大造林時代に県内各地で盛んに植栽されたが チャアナタケモドキという腐朽菌に著しく弱く この菌により幹が腐朽する病害 ( 非赤枯性溝腐病 ) により 北総地域のサンブスギ林は壊滅的な被害を受けている 現在は 実生スギの苗木が植栽されている サワラはスギと同様に古くから植栽されているが ヒノキの植栽の歴史は浅く 県内で最も古いヒノキ林は 東京大学演習林と県有林で植栽されたものとされ 100~110 年生程度である 県内では ヒノキのことをイシビ サワラのことをヒノキと称することがある (2) クヌギ コナラなどの二次林肥料や薪炭の原料として クヌギやコナラは萌芽性を有し 成長力旺盛であることから 全国と同様に県内にも広く分布している 南部の海岸地域では マテバシイが多く植栽されている 昭和 40 年代まで 佐倉炭 久留里炭などの名称で 江戸 東京へ良炭を供給していた 県内の雑木林を構成する樹種は 全県で見られるスダジイ タブノキなどのほか 北総地域では シラカシ クヌギ コナラ ヤマザクラ イヌシデ ウワミズザクラ ケヤキ ムクノキ エゴノキ コブシ ハンノキなど 中南部の丘陵部では マメザクラ ウラジロガシ アカガシ モミ ツガ ヒメコマツなどのほか ヤマモモ カゴノキ バクチノキ リンボク マルバチシャノキ オガタマノキなど北限樹種も散見され フサザクラ アサダ イヌブナなど北方系の落葉樹も見られる - 5 -
オオシマザクラ エノキ ヤブミッケイ ヒメユズリハ タブノキ イヌマキ トベラ マサキなどは 潮風にも強く 海岸近くでも生育することから 植栽木も含め 多く見られる そのほか 明治 大正期には スギ クスノキ クヌギ コナラ ケヤキ クリ コウゾ ハゼ マツ タケなどの有用樹の植栽を県が奨励した記録がある (3) タケ千葉県の気候は タケの生育に適し 特に 県中南部の夷隅郡大多喜町南部は 温暖湿潤の気候や肥沃な土壌を活かした タケノコの産地として知られている 大正期に県が奨励したこともあり モウソウチクのほかマダケ ハチクなどは県内各地に植栽され竹材 タケノコとして利用されていたが 近年 放置され 周囲の森林を駆逐して拡大し 新たな森林荒廃として問題化しており 伐採竹の利活用の方法の開発も大きな課題であり 現在 石炭ボイラーの燃料等のバイオマス利用についても検討している (4) クロマツ アカマツかつて 林地の農業的な利用が盛んであったことや北総地域の気候が比較的乾燥冷涼であること 干鰯をつくる際の火力の強い薪材や住宅の梁など用材としてのマツ材の需要があったことなどにより 松林は県内で大きな面積を占めていた そのため 昭和 50 年代の松くい虫の急激な被害拡大は 県内の森林荒廃を深刻なものとし また 森林所有者の森林経営へ大きな打撃を与えた (5) マテバシイマテバシイは 県内に自生する樹種ではないが 温暖湿潤な房総半島の南部の気候に適し 旺盛な成長力があることから 大正期に薪炭林として盛んに植栽され マテバシイの純林の面積は 全国最大 ( 約 2,0 00ヘクタールとの報告もある ) といわれる 現在は 放置され林床が裸地化するため 土壌浸食が著しく 落石や斜面の崩壊の原因となり問題化し 近年 保全や利用の面での取組みがなされている (6) シイ カシ類房総半島における極相林がシイ カシ林であることから 全県を通じて スダジイ アカガシ アラカシ 北部はシラカシ 南部はウラジロ - 6 -
ガシなどが見られ 社寺の自然林など貴重なものは保全されている (7) モミ ツガ寒冷期の遺存植物として 房総半島丘陵地の痩せ尾根に多く分布している 関東地方において 清澄山系などのように標高 200~300メートルの場所にツガが見られることは特筆に値することから このような植物分布の様子を 房総半島における垂直分布の寸詰まり現象 ( 沼田 ) と称した - 7 -