双胎間輸血症候群に対する治療 についての説明 1. はじめに双胎間輸血症候群 (Twin-twin transfusion syndrome:ttts) は双胎妊娠の中でも一絨毛膜双胎にのみ起こる病態です 一つの胎盤を共有している双胎 ( 一絨毛膜双胎 ) ではそれぞれの胎児の血管が胎盤の中で複数つながっています ( 吻合血管 ) この吻合血管を介して お互いの血液が両方の胎児の間を行ったり来たり流れています このバランスが崩れ血液の移動が一方向に偏ったときに TTTS が発症します 病気が進行し重症になると 血液を過剰に受け取っている方の胎児 ( 受血児 ) は全身がむくみ 心不全や胎児水腫という状態になります 尿量が極端に増えると羊水過多を引き起こしますが 陣痛が起こって流産や早産の可能性が増加します 一方 血液を送り出している胎児 ( 供血児 ) は 発育不全で小さくなり また腎不全で尿量が少なくなるために羊水過少となります 重症例は一絨毛膜双胎の約 10% に起こり 妊娠の早い時期であれば無治療では胎児の救命は困難です ( 一絨毛膜双胎基本から Update まで : メジカルビュー社より引用 )
2. 診断 どうなったら TTTS か? 以下の基準を満たすと TTTS と診断します (1) 一絨毛膜性双胎であること (2) 羊水過多と羊水過少が同時に存在すること a) 羊水過多 :( 尿が多すぎる ) b) 羊水過少 :( 尿が作られない ) 参考 ; 重症度分類 (Quintero 分類 ) 第 1 期 : 供血児の膀胱が見える ; 尿を作っている第 2 期 : 供血児の膀胱が見えない ; 尿が出なくなっている第 3 期 : 胎児血流異常を認める ; 胎児の循環に関する負担が高まっている ( 臍帯動脈の拡張期途絶 逆流 臍帯静脈の波動 静脈管血流の逆流 ) 第 4 期 : 胎児水腫 ; 心不全のために胎児に腹水やむくみがある第 5 期 : 子宮内胎児死亡 重要 ; 一絨毛膜双胎での一児の子宮内胎児死亡について TTTS などによって胎児の状態が悪化し 子宮内で一方の胎児が死亡した場合に 生存している胎児から吻合血管を介して死亡した胎児に向けて急激な血液の移行がおこる場合があります その結果生存している胎児が大量出血と同様の状態になり 死亡に至ったり 神経の後遺症が発生したりすることがあります
3. 治療の選択肢 I. 待機療法 ( 経過観察 ) この場合は 超音波検査による胎児の観察と 切迫流産 切迫早産の症状が強い場合には子宮収縮抑制剤による流早産予防の治療となります TTTS にともなう症状が改善する可能性は低いと考えられます 特に子宮内での一児死亡による生存児への影響が出る場合や 治療しても早産となり赤ちゃんの未熟性が強い場合などでは予後が悪いことがあります 実際には分娩の時期によって ( 赤ちゃんの未熟性の程度によって ) 救命率や後遺症の頻度が異なります (50% 以上の児が後遺症を持たずに生存出来るのは妊娠 26 週以降と考えられます ) II. 羊水除去療法母体の腹部より子宮内に針を通して 受血児 ( 羊水過多の児 ) より羊水を吸引除去し流産 早産を予防します この治療を行ってもほとんどの場合に羊水が再貯留するため 複数回の治療が必要となります また結果的に流産や早産を起こす可能性があります また血管吻合は残存するため 胎児の水分 ( 血液量 ) バランスの異常は改善できないと考えられます この治療をした場合は 胎児の生存率は約 50 60% であり 神経学的な後遺症は約 25% に認めます 特に子宮内での一児死亡による生存児への影響が出る場合や治療しても早産となり赤ちゃんの未熟性が強い場合などでは予後が悪いことがあります
III. 胎児鏡下レーザー凝固術胎児鏡を用いてレーザー光線で胎盤吻合血管を凝固することで血液の移動をとめるという治療法です 1990 年代より欧米で発展し 国内でも同様に治療効果が認められてきました 2013 年現在 宮城県立こども病院 国立成育医療研究センター 聖隷浜松病院 国立病院機構長良医療センター 大阪府立母子保健総合医療センター 徳山中央病院にて 共通の方法を用いて治療が行われています 治療の対象双胎間輸血症候群の診断がついても全ての方に治療を行うわけではありません 以下の条件を満たした方が治療の対象になります (1) 重症度が第 1 期以上でかつ第 4 期以下であること (2) 妊娠 26 週未満であること (3) 未破水であること (4) 子宮内の膜に異常が無いこと ( 羊膜剥離など ) (5) 切迫流産や切迫早産の症状が重症でないこと ( 子宮頚管長が 2cm 以上 ) (6) 重篤な胎児の異常が無いこと (7) 母体の重篤な合併症が無いこと (8) 母体に胎児への感染を起こしうる感染症がないこと (HIV など ) (9) 研究中の治療であることを理解されていること 治療方法 (1) 母体に麻酔を施行した後 母体のおなかに 5mm の皮膚切開を加え 受血児の羊水のスペースに管 ( トロッカー ) を挿入します トロッカーより胎児鏡を挿入し 胎盤表面の吻合血管をレーザー光線にて凝固します 全
ての吻合血管を凝固した後に羊水を除去して終了となります 双胎の場合の治療は通常この一本のトロッカーのみで可能ですが 時には複数のトロッカーを使用する必要があると考えられます (2) 硬膜外麻酔にて行います 必要に応じて静脈麻酔や全身麻酔を行うことがあります (3) 手術の時間は通常 30 分から 3 時間程度です ( 一絨毛膜双胎基本から Update まで : メジカルビュー社より引用 )
予測される治療効果治療が成功した場合は 妊娠が継続可能で胎児の予後が改善します 具体的には 少なくとも一人の生児を得る確率は約 90% です 両児とも生児を得る確率は約 70% 一人のみ生児を得る確率は約 25% です 残念ながら 手術後に流産となるなど両児とも救命できないケースも存在します 生児を得た場合の神経系への後遺症は約 5% です 注意すべき合併症および副作用稀に以下に記載したような合併症が起こることがあります (1) 羊水腔内への出血や胎盤や胎児の位置によって技術的に困難な場合 治療ができないことがあります 時に羊水が血液で濁っている場合は視界が確保されず治療が困難です (2) 胎盤の吻合血管が十分に確認できずに 結果として全ての吻合血管をレーザーで焼くことができない可能性があります ( 数 % 以下 ) また稀にそのために病気が改善しない場合や再発する場合 貧血多血症候群となる場合があります (3) 胎盤表面の血管から出血し 止血ができなかった場合は胎児死亡となることがあります (4) 胎児 ( 新生児 ) の脳障害 (5% 程度 ) や他の胎児合併症が起こる可能性があります これらは 治療の前に起こっていることもあり 治療とは関係なく本来の疾患により起こることもあります また 出生前に予知することはできません (5) 二人の胎児はすでに全身のコンディションが悪化した状態と考えられます 治療のストレスや血行の遮断による影響で 手術後早期に死亡する可能性があります
(6) 治療後 流産 早産 切迫早産 破水が起こることがあります ( 妊娠 22 週未満の場合は流産 それ以降は早産といいます ) あらかじめ子宮収縮抑制剤を投与して流産 早産を予防します また感染予防の目的に抗生物質を投与します (7) 治療に伴って胎児の間の隔膜や卵膜の損傷が起きることがあります 膜の損傷によって早産率が高くなるというデータがあります また隔膜に穴が空くとお互いの臍帯が絡み合ってしまったり ( 臍帯相互巻酪 ) 膜が胎児の身体に食い込んでけがをしたりすることがあります (8) 胎児の状態が極端に悪い場合には 治療中に胎児の心拍が徐脈になることがあります この場合に緊急帝王切開術を行うという選択肢がありますが 妊娠 26 週未満では後遺症無く救命できる可能性は低いと考えられます (9) トロッカー刺入部の子宮よりの出血がおきることがありますが 通常は圧迫によって止血します しかし 稀に止血困難な場合は開腹手術や輸血を行うことがあります ( また出血のコントロールがつかない場合は子宮摘出を行わざる得ない場合が考えられます ) (10) 治療後に母体の浮腫 肺水腫が起きたというケースがあります 原因は不明です 治療前後の水分管理に注意することでこの合併症の発生を予防するように努めます (11) 手術前後には深部静脈血栓症や肺血栓塞栓症に注意が必要です 弾性ストッキングなどを用いて予防措置に努めます IV. 妊娠中絶
当院では TTTS には胎児鏡下レーザー凝固術が最善の治療と考えています ただしどの治療を選択することもご夫婦の自由意志に任されており 決断に応 じてお手伝いいたします 治療経過の学術的使用と個人情報の保護について 治療の効果や安全性について継続的に情報を蓄積し 検討や公表をしていくことにより 治療のさらなる発展につなげることが必要と考えております したがって治療経過について学術的な目的で使用させていただくことがあります ( 学会発表や論文発表など ) ただし 患者様の個人情報については当センターに帰属し プライバシーや個人を特定できるような情報は完全に保護されます 費用について 2012 年 4 月より保険適用となっています お問い合わせ 産科石井桂介 e-mail: keisui@mch.pref.osaka.jp