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62 日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 小幡祐司 / 中村美鈴 化, 死亡率の上昇が明らかにされ 8),9),ICU 退室後においては, 幻覚体験や現実的人物の誤認, 現実解釈のゆがみ, 異常体験にともなう苦痛 苦悩が生じていることが報告されている 10). また, 退院後の生活においては, 精神的および身体的活動や,QOL の低下が認められており 11), 認知機能障害や 12), 退院後の筋力低下が, 最長 1 年後まで持続していると報告されている 13). しかし, せん妄発症においては, 患者に認められる危険行動に焦点があてられ, 認知機能の変化に注意を向けない傾向が指摘されており 14), 興奮のような陽性症状を認めず, 意識水準の低下や認知機能の低下を特徴とする低活動型せん妄は, 見逃がされていることが明らかにされている 7). 欧米においては, 重症患者におけるせん妄評価として, せん妄診断補助ツールである Confusion Assessment method for the ICU(CAM-ICU) が開発され, 信頼性 妥当性が検証されている 5),15). 本邦においても,RASS による鎮静評価と, 日本語版 CAM-ICU によるせん妄評価を組み合わせることにより, 重症患者におけるせん妄評価, とりわけ, 見逃されやすいとされる低活動型せん妄の発見も可能とされている 16). しかし, 精神状態の変化や動揺, 理解不明な言動に反応してせん妄を疑っているが, 注意力欠如に関する項目については, 観察 評価を行っていないことが指摘されている 17). せん妄の看護実践における看護師の役割は, 患者に寄り添える立場として, せん妄に伴う反応の変化にいち早く気づき, 早期に適切な対応を行う必要がある. しかし, 重症患者における低活動型せん妄の早期発見ための看護実践については, 明らかにされていないと考えた. 以上の背景より, 本研究は重症患者看護という特定の領域において, 低活動型せん妄に対する知識と観察力を有する看護師が, 低活動型せん妄患者の反応をどのように察し, 早期発見へと結び付けている臨床知より導き出された実践を明らかにし, 重症患者における低活動型せん妄の早期発見のための看護実践へ示唆を得ることを目的とした. : 病態的に安静が必要であり, 治療的身体不動状態となり, セルフケア能力が著しく低下している 状態の患者. : 意識, 注意, 認知, 知覚において, それまでの機能レベルから突然低下する変化が一過性かつ急速に現れる状態のうち, 混乱と鎮静に特徴づけられ, 活動性の低下が目立つせん妄. : 患者の状態を観察する中で, 患者に認められる反応を感じ取ること. : 混乱や鎮静により活動性が低下していると早い段階で気がつくこと. : 患者の反応を察し, 低活動型せん妄であると考えつつ行動する実践. : 理論的知識を土台にしつつ経験を積み重ね, さらに書物や他者のもつ知識をその経験と融合させながら自己の内面に取り入れ, その時その場の状況に応じた適切な形として具現化していくもの. 1 本研究は, 重症患者におけるせん妄の看護実践の経験を有する看護師の臨床知から, 低活動型せん妄の早期発見のための看護実践を見出すことを目的としており, 現時点において明らかにされていない研究領域であることから質的記述的研究デザインとした. 2 1 重症患者看護という特定の領域において, 低活動型せん妄に関する知識や観察力を有し, 重症患者における低活動型せん妄の看護実践の経験のある看護師とした. 2 重症患者看護領域における低活動型せん妄に関する論文, および, 書籍を検索し, 重症患者における低活動型せん妄の看護実践について執筆されている看護師を抽出し, 低活動型せん妄患者の看護実践の経験を有していることを確認した. さらに, インタビュー会場までの移動にかかる負担を考慮し, 関東近郊の施設へ所属する看護師を抽出し, 研究参加に同意の得られた看護師を研究参加者とした. 3 本研究においては, 重症患者看護領域における低活動型せん妄患者の看護実践の経験を有さない看護師,

重症患者における低活動型せん妄の早期発見のための看護実践日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 63 および, 小児重症患児看護領域における看護実践のみを経験する看護師は除外した. 3 1) 基本情報質問用紙によるデモグラフィックデータの収集. 2) インタビューガイドを用いた半構造化面接法とし, フォーカス グループ インタビューによるデータ収集. 4 1) デモグラフィックデータの内容は, 研究参加者の看護師経験年数, 重症患者看護の経験年数, 資格認定の有無と種類, 職位とした. 2) インタビュー内容は, 重症患者における低活動型せん妄の看護実践において経験してきたこと, 低活動型せん妄を見逃してしまった経験, もしかしたら低活動型せん妄だったかもしれないと感じたことのある経験, これまでの経験を活かし, 低活動型せん妄の早期発見のための看護実践として重要と感じていること とした. 5 1 構造化自記式質問票とし, 基本情報質問用紙を作成しデータを収集した. 2 フォーカス グループ インタビューは, 共通の経験や特徴をもつ人々が, ある関心領域に関連した特定の話題やある問題についての発想や考え, 認識を引き出すとされている. また, グループダイナミクスが働くことにより, これまで気が付かなかった点や, 実践へ結びつく新たな気づきが得られるとされている 18). そこで, 重症患者看護という特定の領域において, 低活動型せん妄に関する知識や観察力を有する看護師の, 新たな発想や考えが導き出されることは有意義であると考え, フォーカス グループ インタビューとした. グループサイズは, 確実かつ効果的なデータ収集が可能となるのは 3 名程度, 発想や認識を引き出すために6 名以上が推奨されている 19). 本研究においては, 低活動型せん妄という特定の領域に関する知識や観察 力を有する看護師を対象としており, 効果的なグループダイナミクスが生じることを期待し, 最小 3 名以上とすることを原則とし,6 名前後のグループを 1~2 グループ作成することを目標とした. 3 研究者は進行役を務め, 専任の観察兼記録者を 1 名設けた. 研究者は, インタビューガイドに沿って質問を行い, 研究参加者の会話の雰囲気, 口調, 参加者全体の沈黙の状態, 発言者の意見に対する参加者の反応に注意を払い, グループダイナミクスが促進されるようインタビューの進行に努めた. 観察兼記録者は, 研究参加者の非言語的な表現と発言内容を対応させ, インタビュー中の会話の雰囲気, 研究参加者の口調, グループ全体の沈黙の状態, 特に発言者の意見に対する研究参加者の反応について, 詳細に観察し, フィールドノーツに記入した. 6 2012 年 8 月下旬 ~ 2012 年 9 月上旬 7 本研究は, 重症患者看護という特定の領域において, 低活動型せん妄に関する看護実践の経験を有する看護師の, 低活動型せん妄の早期発見のための看護実践について, グループダイナミクスによって引き出された語りを, 言葉のニュアンスを崩さないように率直に記述し, 研究者の感受性を高めながら行う分析手順が適していると考え, 記述分析 20) の手法を参考とした. 分析手順は, 研究参加者の同意のもとに, インタビュー内容を IC レコーダーへ録音し, 観察兼記録者のによるインタビュー中の客観的データと合わせた逐次観察記録を速やかに作成し, 以下の手順で分析を行った. 1 逐次観察記録を注意深く読み, データに忠実に, 意味のまとまりに沿って区切り素データを抽出した. 素データの文脈がありのままに表現されるように名前をつけコードとした. コード化においては, 研究者の個人的な経験や専門的知識をもとに, データの意味や, 重要性を感じ取る感受性を高め, 研究参加者のデータと研究者のアイデアを比較しつつ, 研究参加者の語り

64 日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 小幡祐司 / 中村美鈴 の視点が獲得できるように努めた. 2 洗い出し段階で名前がつけられたコードを, 分類 整理し, 抽象的 概念的に統合しつつ高次化を行い, コードに共通して見出される意味を表わす名前をつけた. データの意味が損なわれない段階まで高次化が図られたまとめ上げ段階のコードをカテゴリとし, カテゴリの前段階をサブカテゴリとした. さらに, 抽出されたカテゴリを概観し, 導き出された文脈を踏まえカテゴリ間の関連性を見出し, 低活動型せん妄の早期発見のための看護実践を表す構造図を作成した. 8 1 フォーカス グループ インタビューの経験のある看護学研究者の指導のもと, インタビューの進行方法について理解を深め, トレーニングを行った. また, 観察兼記録者は, 重症患者における低活動型せん妄患者の看護実践の経験を有し, 観察兼記録者の役割について研究者が説明を行い, 観察兼記録者の役割が担えるまでトレーニングを行った. 2 語られたインタビューデータの意味が損なわれずに記述されるよう, インタビューデータを読み深め, 研究者の偏見や歪みにより影響を受けないように, 分析結果とインタビューデータを常に比較するように努めた. 研究の全過程を通し, クリティカルケア看護学領域の研究者, ならびに, 急性重症患者看護専門看護師のスーパービジョンを受けて実施し, 分析過程における分析方法, ならびに, 分析内容が適切であるかについて十分に吟味し適応性 確証性の確保に努めた. 9 2012 年 4 月 ~ 2013 年 3 月 10 本研究は, 自治医科大学大学院看護学研究科看護研究倫理審査会の承認を得た. 研究参加者の所属施設長, ならびに, 看護部長へ研究協力の許可を得た. 研究参加者には, 研究目的, 研究への参加 協力への自由意思, 個人情報の保護, 途中辞退が自由であるこ と, 研究データの公表について口頭, および, 書面にて説明し同意を得た. フォーカス グループ インタビューにおいては, 研究参加者の負担にならないよう日程調整を行った. インタビュー中は, 対象となる重症患者の個人が特定されるような情報は避けて頂くよう依頼した. 得られたデータは, 個人が特定されないよう符号による対応表を作成し施錠管理を行った. 1 研究参加者は, 関東近郊の大学病院, ならびに, 総合病院, 全 8 施設に勤務し, 選定条件を満たし, 研究協力の得られた 8 名であった. グループ作成においては, 看護師経験年数, 職位, 資格認定の性質を踏まえた組み合わせとし,4 名を1グループとした 2グループを作成した. 研究参加者とグループの概要を 1に示す. 2 公的貸会議室で実施し, 平均インタビュー時間は 91 分であった. 3 各グループのインタビューデータは, 研究目的に従い 低活動型せん妄患者の反応として察していること, 早期発見へと結びつけている臨床知, 早期発見へと結びつけている看護実践 を観点とし分析を行った. 各グループ個別分析においては, 総数 1,500 の素データが抽出され,1,454 の洗い出し段階のコードが見出された. そこから高次化を経て, 総数 182 のまとめ上げ段階のコードが見出された. 全体分析においては,2つのグループのまとめ上げ段階のコードを, 分析の観点ごとに統合し, 総数 107 のまとめ上げ段階のコードが見出され,48 のサブカテゴリ,27 のカテゴリが見出された. 以下, 分析の観点毎に, カテゴリを, サブカテゴリを で示す. 1 2 重症患者と接するなかで, 異常とまでは言いきれない 呼吸の変化を感じる 場合に低活動型せん妄を発

1 D 20 16 CN 10 2 重症患者における低活動型せん妄の早期発見のための看護実践日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 65 1 A 14 14 CN 2 CNS 1 B 21 19 CN 11 CNS 3 C 21 18 CN 10 N 12 12 CN 4 L 10 6 M 11 8 O 13 11 CN 4 1 2 19 3.37 11.5 1.29 16.75 2.22 9.25 2.75 2 1

66 日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 小幡祐司 / 中村美鈴 症していたという経験から, を反応の変化として捉えていた. また, 傾眠傾向や覚醒困難といった 意識障害が遷延していると感じる 患者は, 低活動型せん妄に類似している反応であると認識し, を1つの反応として捉えていた. 一方, 眠っているように見えて眠れていないと訴える場合があり, 安定した睡眠がとれていない, あるいは, 眠れた感覚が得られていない 状況にあると捉えていた. さらに, 時間の感覚がないまま過ごしていると感じるようになり, 1 日のリズムを考えることができない 状況へ陥る場合があり, と低活動型せん妄の発症を関連付け捉えていた. また, 何か元気がない, ちょっとおとなしい感じ といった 何とも言えない様子 を捉える中で, を察していた. 治療的身体不動状態において, 痛みに関連する表情の変化や訴えから, 心身に影響を及ぼすような痛みの訴え が認められており に注意が必要と捉えていた. 一方,ICU など, 非日常的な環境におかれ, 侵襲的な治療が施されている状況にあるにもかかわらず, 普通に意思疎通を図ることができ, 日常生活においても何ら変わりなく過ごしている様子を, 非日常な環境に動じず過ごしている と感じ, を捉えていた. また, 咽頭の違和感や苦痛が強いとされる気管チューブが留置されているにもかかわらず, 気管チューブを認識することなく過ごしている 場合があり, を捉えていた. さらに, うつのような症状が認められる 中で, ボーっとしている様子や, 天井を見てぶつぶつ言っている様子, 目を合わせることができない状態が認められ, 周りの世界に対して無関心でぼんやりしているように見える と捉えていた. これらは, 周囲の環境に影響を受けることなく過ごしている様子を示しており, とともに な状態と捉えられていた. また, 重症患者との関わりにおいては, 拒否的な反応が認められず, 協力的ではあるが, つらさを感じている, 我慢しているように見える 反応や, 休ませた方が良いと感じる 反応を, と捉えていた. これらの反応を捉える中で, 重症患者は, いつもできていることができない状態に陥っており, 少し反応が鈍くなっていく, ふと気が付くと 静かになっている と察し, として反応の変化を捉えていた. また, 動こうとする様子が認められず, 放っておいて欲しいのかなと感じる時がある 中で, を察していた. 活動性が失われていく一方で, 周囲の環境の影響を受け, 落ち着きがなくなっていく様子や, 周囲の会話に対し, 患者自身への問いであると誤り返事をしてしまっている反応から, 周囲の環境につられて混乱してきていると感じる 中, と捉えていた. そして, 突然の頻脈などのバイタルサインの変化が認められる場合や, 驚くほど突然動き出すといった, 予想できない興奮した反応 が認められるようになり, が断片的に認められると捉えていた. これらの反応は, 見当識障害の影響を受け, 誤った認識でいる ために, 重症患者は, 記憶がないと気が付いた時に驚く 反応が認められる場合や, 正常と異常の意識の狭間で見えない景色を見ている 状態にあると察し, として捉えていた. 2 3 重症患者に特徴的な, 生体侵襲に関連する低酸素状態の存在は, 低活動型せん妄の発症と関連していると捉え, 酸素の需要供給のアンバランスが生じる状態はせん妄発症に注意が必要 と認識していた. また, 低酸素状態と意識障害は影響しあうと捉えつつ, 低活動型せん妄は意識障害に含まれる と認識し, 場合に, 低活動型せん妄を発症している場合があると査定していた. 緊急入院などにより緊迫した状況におかれた重症患者は, 急激な環境の変化に直面した時にストレス反応が生じている時がある と認識していた. 一方, 環境が変化しているにもかかわらず, 気になりそうなことが気になっていない時は発症を疑う と認識し, 場合に, 低活動型せん妄を発症している場合があると査定していた. また, わずかな行動の変化が見逃されている と感じ, 全ての患者に発症に伴う反応が認められているかもしれない, さらに, 緊急入院など 我慢が強いられてからの3 日間に様子の変化が認められる時がある と認識し, と, 低活動型せん妄の発

重症患者における低活動型せん妄の早期発見のための看護実践日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 67 3 3 症を査定していた. 重症患者において, 活動性の低下が認められた際, 鎮静による影響も考えられる中, 鎮静から覚醒するタイミングが適切に評価されていない 現状にあると感じ, と査定していた. また, 低活動型せん妄の症状はうつ症状と類似しおり, うつ症状と低活動型せん妄の判別に迷いが生じた時は早期に専門医の介入を検討する 必要があると認識していた. 重症患者に認められるうつ症状は, うつ病発症の危険性もあると認識し, と査定していた. また, 鎮静されている場合や, 重症な病態からの回復の段階にある場合, 過活動型せん妄を発症するという思い込みや, 患者は常に辛い状況に置かれており, 活動性の低下は経過に応じた反応であると感じてしまう状況が生じていた. そのため, 低活動型せん妄は, 経過に応じて活動性が低下していると感じる 場合があり, と査定していた. 一方, 活動性が低下していく中で, 正常と異常な見当識の狭間において, 興奮状態を呈するようになると認識していた. 正常な見当識が保たれている時もあり, 患者の反応だけでは分からない時がある. しか し, 現実とせん妄の世界を行き来する患者の心の揺れ動きに合わせる ことで患者の混乱や現状理解の程度が推察できると認識し, と査定していた. 重症患者においては, 組織全体を通して一貫したせん妄ケアのシステムを構築し,ICU 退室後訪問の活用や,ICU と病棟との連携の強化など, 患者の回復過程に応じて組織全体で取り組む 必要があると認識していた. さらに, 早期発見を行ための意識を高めていく とともに, 早期発見に向けた看護実践の課題を見出す, また, 早期発見によってもたらされた患者の良い変化をチームで共有する 必要があると認識し, と査定していた. 34 覚醒過程にある患者の注意深い観察 をもとに, 意図的な介入に向けてせん妄評価を継続する ために, 鎮静管理中の患者や意識レベルの改善が悪い患者を中心に,を実践していた. 病状の回復に合わせ, 短い関わりの中でその人らしさの違いを感じとる とともに, 患者の変化に気がつくための視点の共有 により, 退室してもつながりのあるケアの提供 を心がけ,

68 日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 小幡祐司 / 中村美鈴 4 が早期発見につながると考え実践していた. また, 低活動型せん妄の早期発見を意識した職場風土の構築が必要と考え, せん妄の知識習得が良い変化をもたらした実践を明らかにする よう心がけ, に努めていた. さらに, せん妄に関する具体的な記録を残し, 患者の反応に立ち戻り情報を共有する よう心がけ, 多職種間の連携体制を構築 する方法を模索し, を実践していた. 4 1 分析の結果, 低活動型せん妄患者の反応, 早期発見へと結びつけている臨床知, 早期発見へと結びつけている看護実践を観点とし,27 カテゴリが導き出された. さらに, 各カテゴリが導き出された文脈を踏まえ, カテゴリ間の関連性を概観し, 低活動型せん妄患者の反応の様相を横軸にとらえた構造図を図示した. 重症患者の反応を察していく中で, を捉える中, や といった身体徴候とともに, という反応を捉えていた. そして, これまでに経験した低活動型せん妄患者に認められていた反応を振り返りながら 場合や 場合に低活動型せん妄を発症している時があると反応の捉え直しを行っていた. さらに, 場合や, 場合も同様に捉え直し行われていた. これらは, 重症患者のわずかな反応の変化に焦点を当てた, であり, 発症リスクの存在の認識という看護実践が行われていた. また, を訴え, を捉えながらも, 状態や,ICU など, 非日常的な環境におかれ, 侵襲的な治療が施されている状況にあるにもかかわらず を捉えていた. さらに, とともに な反応や, から という変化を捉えていた. これらの反応は, 低活動型せん妄患者においては 場合や と捉え直しを行い, 発症しているかもしれないという査定を行っていた. そして, として, 反応や から, とせん妄の特徴的な症状を捉えることにより, 発症しているという判断に至っていた. 低活動型せん妄を指し示す患者の反応は, 時間の経過とともに移りゆく様相として捉えられていた. 移りゆく様相は, 発症リスクの存在の認識から, 発症しているかもしれないという査定に基づき, 発症しているという判断に至る過程を指し示しており, 重症患者における低活動型せん妄の早期発見のための看護実践として明らかとなった. さらに, 低活動型せん妄の早期発見においては, とともに,

重症患者における低活動型せん妄の早期発見のための看護実践日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 69 1 と考え, を実践し, しながら, という具体的な実践内容が明らかとなった. 4 専任の観察兼記録者が作成した逐語観察記録より, 1グループ目は, 各施設間の違いが認められる中で, せん妄に対する意識の高いチームを育成するために, スタッフの育成や組織風土の構築が重要になるといった発言に同意している様子が多く認められた.2グループ目は, 日々の実践の中で, 具体的な患者の反応の変化や, 反応の変化に対し, どのように判断をしているかといった発言に同意している様子が認められた. 1 重症患者における低活動型せん妄の早期発見の看護 実践として, 低活動型せん妄患者の反応として察していること, 早期発見へと結びつけている臨床知, 早期発見へと結びつけている看護実践の観点から,27 カテゴリが導き出された. カテゴリ間の関連性を概観し, 低活動型せん妄の患者における移りゆく様相とともに, 発症リスクの存在の認識から, 低活動型せん妄を発症しているかもしれないという査定に基づき, 低活動型せん妄を発症しているという判断に至る看護実践が明らかとなった. 重症患者においては, 病態に由来する侵襲や, 苦痛緩和を目的とした鎮静薬の使用, 呼吸, 循環, 代謝等, 全身の諸機能低下が影響し, 意識の変化を来しやすい特徴があると指摘されており 21), 炎症反応に由来した急性脳機能不全に伴う, 神経刺激伝達の阻害が 5), せん妄の発症要因と考えられている. すなわち, 身体的な変化を特徴とした を捉えていくことが必要と考えられた. 重症外傷患者の回復過程においては, 声に出せない思いや欲求の表出を助ける, 脅威をもたらしている痛みや息苦しさを緩和する ケアの必要性が明らかにされており 22), 重症患者

70 日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 小幡祐司 / 中村美鈴 に寄り添い, 身体的 精神的な苦痛を汲み取る関わりこそが, を捉えるために必要となり, 発症リスクの存在の認識につながるといえる. 重症患者における低活動型せん妄の特徴として 起伏のない情動 とともに, 引きこもり, 無関心, 無気力, 反応性の低下 が挙げられる 23). 人工呼吸器を装着した患者において, 経口気管チューブの留置に伴う不快な刺激が, 最も強い苦痛とされる中 24), や は, 反応性の低下を表していると考えられる. また な反応は, 低活動型せん妄の特徴を指し示した反応といえる. しかし, これらの特徴的な反応は, 重症患者ゆえの反応と捉えられ, 患者の休息を優先したいという判断に至っていると推察された. 休息を優先した場合, 患者と関わる時間は少なくなり, 看護師の積極的な介入の優先度を低下させてしまう状況も推察される. よって, 休息が必要か否かという判断とともに, な様子を, 低活動型せん妄の反応の 1つと捉える必要がある. さらに, 正常な見当識が保たれている場合と, 見当識障害とが入り乱れた状態へと陥り, 断続的に認められる活動性が低下した状態を, 低活動型せん妄に伴う反応と査定し, 低活動型せん妄を発症しているという判断に至っていた. 重症患者における低活動型せん妄の早期発見においては, 活動性が失われていく特徴とともに, 断続的に認められる活動性の変化を指し示した反応を, 移りゆく様相と捉えることが重要な要素であるといえる. 2 低活動型せん妄患者の反応において, 活動性が失われていく様相が捉えられていた. 重症患者は心身の侵襲状態からの回復過程にある. そのため, 重症患者ゆえに活気のない状態が表れていると捉える場合もあり, 早期発見を困難にする要因になりうると考えられた. 看護においては, 病気に対して患者のからだに侵襲を加えるようなことをせず, あくまでも自然な働きかけをすることが本質と述べられており 25), 活動性が失われた状態は重症患者ゆえの反応と捉え, 積極的な介入は差し控えようと捉えてしまうことは, 看護師の本 質的な捉え方といえよう. しかし, 臨床知の蓄積においては, 理論的知識を土台にしつつ経験を積み重ね, さらに書物や他者のもつ知識をその経験と融合させながら自己の内面に取り入れ, その時その場の状況に応じた適切な形として具現化していくものとされている 26), すなわち, や, な反応こそが, 低活動型せん妄の反応であるという臨床知を積み重ね, 推論へと結びつけることが, 低活動型せん妄の早期発見につながると示唆された. 3 本研究では, 看護師の経験によって蓄積された臨床知によって, 重症患者に認められる反応を, 低活動型せん妄患者の反応であると推察しながら判断していく様相が明らかとなった. これらの臨床知は低活動型せん妄の看護実践を体験した看護師に内在されているものであり, その知識を共有するためにも, 言語化は重要とされている 26). 低活動型せん妄の早期発見においては, 経験によって獲得した知識を実践に活用し, その結果, 早期発見につながったという体験を言語化し, チーム全体で共有する場を設けることが必要になると示唆された. また, 看護実践において, 看護の知識が, 理論的かつ実践的でなければならず, 看護の知識が発展するかどうかは, 理論と実践の関係を, よりはっきりさせることができるかどうかにかかっていると述べられている 25). すなわち, 知識と実践のつながりを意図した教育的関わりが重要になると示唆された. 本研究においては, インタビューデータの意味内容が損なわれない段階まで高次化を繰り返し, カテゴリ化を行った. しかし, 重症患者を対象とした看護実践において, 低活動型せん妄の早期発見が可能であるかについて, 確証性は得られていない. 今後は, 研究参加者を増やし調査を継続し, 本研究の結果から導き出された, 重症患者における低活動型せん妄の早期発見のための看護実践について, 臨床での適用を試み, その効果を, 客観的に検証することにより, 確証性を確保していくことが課題と考える.

重症患者における低活動型せん妄の早期発見のための看護実践日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 71 重症患者における低活動型せん妄の早期発見のため の看護実践に示唆を得ることを目的に調査を行い, 以 下の結論を得た. 1. 重症患者における低活動型せん妄患者の反応の特 徴としてとして 普段とのわずかな違い が認 められる中で, 時間の経過とともに失われてい く活動性 や ぼんやりしていて周りの世界に 無関心 な反応から, 現実とせん妄の狭間を行 きつ戻りつしている様子 へと移りゆく様相が 明らかとなり, わずかな反応の変化を捉えてゆ くための一助になると示唆された. 2. 低活動型せん妄患者の反応における移り行く様 相をとらえ, 発症リスクの存在を認識し, 発症 しているかもしれないという査定から, 発症し ているという判断に至る思考の過程が明らかと なった. 3. 重症患者における低活動型せん妄に認められる特 徴的な反応として, 活動性が低下していく様相 が導き出される中, 重症患者ゆえに, 経過に応 じた活気のない反応と捉えてしまうことが, 低 活動型せん妄が見逃される要因になると示唆さ れた. 4. 患者の反応が移りゆく様相は, 看護師の臨床知よ り導き出された様相であり, 活動性の低下を指 し示す反応と低活動型せん妄の発症に対する推 論が早期発見につながると示唆された. 本研究に快くご協力いただき, 貴重な情報を提供してくださいました研究参加者の皆様に, 心より感謝申し上げます. また, 本研究の全過程においてご指導賜りました自治医科大大学院看護学研究科中村美鈴教授に心より感謝申し上げます. 本研究は, 自治医科大学大学院看護学研究科クリティカルケア看護学博士前期課程の論文に一部修正を加えたものであり, 本研究の要旨は, 第 9 回日本クリティカルケア看護学会学術集会にて発表した. なお, 本研究は, 日本クリティカルケア看護学会奨学金助成を受けて研究いたしました. 謹んで感謝申し上げます. 1) 米国精神医学会編, 高橋三郎他訳.(2002).DSM-IV-TR; 精神疾患の分類と診断の手引き, 医学書院,73. 2) 日本精神神経学会編, 粟田主一監.(2000). 米国精神医 学治療ガイドラインせん妄. 医学書院,1(1),10-13. 3)Pratik Pandharipande, James Jackson band, E. Wesley Ely. (2005). Delirium:acute cognitive dysfunction in the critically ill. Current Opinion in Critical Care, 11, 360-368. 4)Timothy D Girard, Pratik P Pandharipande, E Wesley Ely. (2008). Delirium in the intensive care unit. Critical Care, 12(3), 1-9. 5)E. Wesley Ely, Sharon K. Inouye, Gordon R. Bernard, et.al. (2001). Delirium in mechanically ventilated patients validity and reliability of the confusion assessment method for the intensive care unit (CAM-ICU). Journal of American Medical Association, 286(21), 2703-2710. 6)Josh F. Peterson, Brenda T. Pun, Robert S. Dittus, et.al. (2006). Delirium and its motoric subtypes:a study of 614 critically ill patients. Journal of American Geriatrics Society, 54, 479-484. 7)Pratik Pandharipande, Bryan A. Cotton. (2007). Motoric subtypes of delirium in mechanically ventilated surgical and trauma intensive care unit patients. Intensive Care Medicine, 33, 1726-1731. 8)Margaret A. Pisani, So Yeon Joyce Kong, Stanislav V. Kasl, et.al. (2009). Days of delirium are associated with 1-year mortality in an older intensive care unit population. American journal of respiratory and critical care medicine, 180, 1092-1097. 9)William Breitbart, Christopher Gibson,Annie Tremblay. (2002). The delirium experience:delirium recall and delirium related distress in hospitalized patients with cancer, their spouses / caregivers, and their nurses. The Academy of Psychosomatic Medicine, 43, 183-194. 10) 斉藤静代, 白石裕子, 内海知子, 松村千鶴, 大浦まり子, 吉村敬子, 稲毛むつみ.(2005).ICU 体験内容の分析から ICU 看護を考える 入室経験患者のインタビューから. 看護技術,51(1),62-66. 11)Fiona J Baldwin, Denise Hinge, Joanna Dorsett, et.al. (2009). Quality of life and persisting symptoms in intensive care unit survivors:implications for care after discharge. Bio Med Central Research Notes, 2(160), 1-7. 12)Ramona O. Hopkins,James C. Jackson. (2006). Assessing neurocognitive outcomes after critical illness:are delirium and long-term cognitive impairments related. Current Opinion Critical Care, 12, 388-394. 13)Eduard E. Vasilevskis, E. Wesley Ely, Theodore Speroff, et.al. (2010). Reducing iatrogenic risks ICU-acquired delirium and weakness-crossing the quality chasm. CHEST, 138(5), 1224-1233. 14) 綿貫成明.(2007). 高齢者のせん妄の予測予防とケアその根拠と対策. 日本老年看護学会誌,11(2),26-30. 15)E. Wesley Ely, Richard Margolin, Joseph Francis, et.al. (2001). Evaluation of delirium in critically ill patients:validation of the confusion assessment method for the intensive care unit (CAM-ICU). Critical Care Medicine, 29(7), 1370-1379. 16)E. Wesley Ely, Brenda Truman, Ayumi Shintani, et.al. (2003). Monitoring sedation tatus over time in ICU patients reliability and validity of the richmond agitation-sedation scale (RASS). Journal of American Medical Association, 289(22), 2983-2991. 17)A. Morandi, P. Pandharipande, M. Trabucchi, et.al. (2008). Understanding international differences in terminology for delirium and other types of acute brain dysfunction in critically

72 日本クリティカルケア看護学会誌 Vol. 12, No. 1 小幡祐司 / 中村美鈴 ill patients, Intensive Care Medicine, 34, 1907-1915. 18) 安梅勅江.(2007). ヒューマンサービスにおけるグループインタビュー法科学的根拠に基づく質的研究法の展開. 医師薬出版株式会社. 19)Holloway I & Wheeler S. 野口美和子監訳.(2006). ナースのための質的研究入門第 2 版. 医学書院,108-119. 20) 谷津裕子.(2011).Start Up 質的看護研究. 学研メディカル秀潤社.98-145. 21) 古賀雄二, 若松弘也.(2012).ICU せん妄の評価と対策 : ABCDE バンドルと医原性リスク管理,ICU と CCU,36(3), 167-179. 22) 佐々木吉子.(2005). 重症外傷患者の回復過程におけるコントロール感の推移と看護師のケアリングに関する研究. お茶の水医学雑誌,53(1 ~ 2),23-40. 23) 茂呂悦子, 中村美鈴.(2010). 集中治療室入室中に人工呼吸器を装着した術後患者の回復を促すための看護実践の検討. 日本クリティカルケア看護学会誌,6(3), 37-45. 24) 廣瀬愛子著,(2005). ホリスティック看護の実践, 田畑邦治, 田中美恵子編, 哲学看護と人間に向かう哲学 ( 初版 3 刷 ), ヌーヴェルヒロカワ, 東京,160-162. 25) 佐藤紀子.(2007). 看護師が臨床で用いる 知 に関する文献検討. 東京女子医科大学看護学会誌,2(1), 11-17. 26)Patricia Benner, Judith Wrubel 著.(1989)/ 難波卓志訳,(1999). ベナー / ルーベル現象学的人間論と看護第 1 版, 医学書院, 東京.105-106. Abstract This study aimed to identify symptoms of patients with hypoactive delirium perceived by nurses who specialize in the care of critically ill patients with delirium, and clarify nursing practice developed based on clinical knowledge that contributes to early detection. Focus-group interviews were conducted involving nurses who conduct research on nursing practice to detect hypoactive delirium in critically ill patients, in order to investigate the kinds of symptoms they detect due to underactive delirium, and whether or not they consider that the observation is necessary, and the obtained data were analyzed using a descriptive approach. Participants were 8 nurses, divided into 2 groups of 4 subjects. As symptoms of hypoactive delirium, 15 categories, including [subtle changes], [gradual reduction in activity over time], and [atmosphere in which patients do not want us to intervene], as clinical knowledge that contributes to early detection, 10 categories, including [I sense the reduced activity of patients accepting the reality of their situation], and as nursing practice that contributes to early detection, 6 categories, including [practical involvement based on an individual s emotional swings]were extracted. From the association between the categories, pointing to the reaction of hypoactive delirium, and captures the aspects that go through the transition, clinical reasoning for the activities of the decline and the hypoactive delirium has been suggested to lead to early detection.