犬が伝播するヒトの狂犬病 : 世界的データの現状 2015 年 Human rabies transmitted by dogs: current status of global data, 2015 WHO, Weekly epidemiological record No 2, 2016 著者の所属 :WHO 無視された熱帯病の制御部 ( 仮訳 ) 鹿児島大学名誉教授岡本嘉六 緒言狂犬病は 致死率が最も高く 100% に近いウイルス性疾患で ワクチンで予防可能であるが 世界の多くの国で依然として死亡をもたらしている 狂犬病によるヒトの死亡の約 95% は 感染した犬の咬傷によるウイルスの伝播を原因としている 本報告では 狂犬病は犬によって伝播されるヒトの狂犬病を取り上げている 無視された熱帯病 (NTD) に関する WHO の工程表は 公衆衛生問題としてヒト狂犬病の死亡ゼロとする狂犬病撲滅を含む NTD 目標を設定している この目標に向けて いくつかの国において近年実証されたプロジェクトは 犬が伝播する狂犬病が 犬の集団予防接種によって効果的に制御され 発生動向調査の強化 国民の注意喚起および暴露後予防処置の利用改善と結び付けることによって 最終的に撲滅できることを示している アメリカ地域は 2015 年までに狂犬病を撲滅する目標に向かって目覚ましい進歩が見られ 1983 年以来ヒトの死亡を 90% 以上減らした 2015 年 12 月 10~11 日に開催された狂犬病に関する世界会議は 持続可能な発展目標の日付に合わせて 2030 年に向けた野心的な世界的撲滅目標を設定する枠組みを決定した 狂犬病のデータの現状狂犬病に関するデータは 疾病の健康と社会経済的な負担を示し 制御プログラムの進捗状況を評価し 発生および再侵入を検出し 最終的に病気の撲滅の達成と持続的維持を示す必要がある ワクチン需要の予測などの運用要件の計画や 工程表の目標に向けての進捗状況の評価のためにも データが必要である 国レベルにおける機能的な報告の仕組みの欠如は 国の伝染病計画と報告システムから狂犬病が抜けていることにしばしば起因している 健康情報と住民登録および人口動態統計システムの欠如 とくに症状がその他の脳炎を起こす感染症と比べて非特異的で共通するので臨床治療と確定診断の利用できないことが 多くの発生国が広範な過少報告をしている可能性が高い さらに 狂犬病患者はしばしば自宅で死亡するか または治療を受けられない時に退院する - 1 -
ので 臨床データベースと死亡統計から除外されている 狂犬病などの人獣共通感染症については 国のデータが存在する場合さえ 動物衛生部門と公衆衛生部門の間のデータの調整と共有の欠如は 国際的データ収集機関への明確なデータの報告とともに データの収集と蓄積をしばしば複雑にしている 多くの国において 狂犬病は届け出義務がなく 正式な発生動向調査システムによるデータ収集を制限している 発生動向調査も 研究所にサンプルを提出する運用の難しさによって妨げられており 研究所は省庁にデータを必ずしも報告していない 様々な省庁が一貫性のない報告と数を保有し 保健省のレベルで発生場所を絞る権限がない 以前の WHO の電子データ収集システム Rabnet は 多くの加盟国による定期的データ更新の欠如が品質を損なうため 2011 年に閉鎖された 世界獣疫局 (OIE) のデータベース WAHID も 様々な動物種とヒトの死亡例を報告しているが データの不完全性と不一致の同じ問題に直面している 地域的データ収集がいくつかの地域にあるが その他のデータは地域ネットワークの会合で散発的に集められる より完全な実態を把握するために 狂犬病の負荷を推定するためのモデル化の取組みが行われ 公開されるようになった この報告書は現在利用可能な様々な情報源からヒトの狂犬病に関連するデータを要約し そのようなデータの品質の問題と限界について概説する 将来的に 狂犬病について国の検証済みデータの年次報告を WHO の世界保健展望 (Global Health Observatory) に入力する必要があると提案されている 情報の収集と情報源データは WHO の死亡データベースに表示される人口動態統計 直接接触がある各国の連絡窓口が提供する保健省のデータ 国の保健統計報告書 各国の代表者と利害関係者の会議や協議会の発表 ならびに様々なモデル化の取組みに由来する推定値を通して 様々な情報源から集められた 現在の報告書では 現状に焦点を当てるために 2010~2014 年のデータのみを検討した データは Excel の集計表ソフトで編集され コード化して 国や地域によって並べ替えられている 狂犬病によるヒトの症例と死亡の数 暴露後予防過程の管理 犬による咬傷例 ならびに 狂犬病の制御と撲滅のための国の戦略の有無 の指標のために照合された全てのデータは 各国の WHO 事務所や政府機関と共同で吟味して検証するため 全ての WHO 地方事務所に送られた この年次報告書は ヒト症例と国の狂犬病戦略の存在に焦点を当てており 犬の狂犬病と予防接種に関するデータを含むより完全な概要を提供する計画である - 2 -
狂犬病によるヒトの死亡表 1 は 狂犬病による死亡に関する様々な情報源から収集されたデータを示している 2010~2014 年の間に 少なくとも 1 つの情報源へヒトの狂犬病死亡を報告したか あるいは狂犬病による死亡数が推定された 90 ヶ国のみが示されている 6 ヶ国を除くすべての国について 報告データの少なくとも 1 つの情報源 ( 推定値ではなく ) が確認されている モデル化 ( 表 1 の C1 と C2) により推定された死亡数の一方または両方は ほとんど場合 報告されたデータよりも多く 多くの場合少なくとも一桁違いであった しかし 19 ヶ国では少なくとも 1 つの情報源が推定値の一方よりも多い死亡を報告し その内 9 ヶ国は両方の推定値よりも多い死亡を報告した 国の狂犬病戦略表 1 で考慮に入れた国の狂犬病戦略は 動物衛生部門と公衆衛生部門を含め 犬の狂犬病制御に向けて採るべき措置の枠組みを規定する国が承認した文書の存在 として定義された このような文書の存在は 戦略の実施についての状態とレベルの指標なしで記録された 考察示されたデータは 2010~2014 年の間にヒトの狂犬病死亡を報告 または狂犬病によるヒトの死亡例があると専門家によって分類され モデル化された 90 ヶ国の概要である 表 1 は データの利用可用性および国や地域の間の発生動向調査の品質の大きな多様性を反映している データと状況の信頼性は 異なる情報源が一貫性のあるデータを示し それぞれの地域に事例がある時に より明確になる 報告されたデータの少なくとも 1 つの情報源は 6 ヶ国を除く 90 ヶ国の全てで特定されている ただし 一般的に データは不完全で しばしば一致していない 個々の情報源への 2010 ~2014 年の最後の報告時期に応じて国内データが変化するので 若干のバラツキが想定される ただし ゼロまたは少数例が公式に報告されたが 病院 研究所および臨床医からの数百または数千もの症例の証拠がある時 その大きな違いは報告されたデータと実際の発生頻度との間のより深刻な食い違いを示す 狂犬病の発生動向調査の改善は 適切な制御措置を計画するための信頼性の高いデータの収集 および狂犬病ワクチンのより正確な需要予測の両方ために必要とされている WHO アメリカ大陸地域 汎アメリカ保健機構のいくつかの国は 継続的かつ高度な狂犬病撲滅プログラムを持っており 複数の情報源と連携した報告シ - 3 -
ステムからの定期的報告が行われている 信頼性の高いデータを生み出す機能的な発生動向調査システムは 撲滅目標 ( この場合狂犬病症例ゼロを意味する ) の達成を検証し 伝播の中断に向けてその状態を維持し 前へ進めるために不可欠である これに基づいて 適正価格でワクチンを一括購入する WHO/UNICEF( ヒト ) および OIE( 犬 ) を通した調達システムを通して品質の高い狂犬病ワクチンの入手を改善する動機を各国は確保している 現在 意思決定のため 貧弱なデータはモデル化による推定値に置き換えられつつある 表 1 に示したモデルは それぞれの取組み方が異なるが 想定した過少報告を考慮しているので 両方の推定値ともほとんどの国で報告された数値よりも多い ただし モデルは入手可能なデータに強く依存しており 推定値は限られた必ずしも代表的でない研究からの外挿である場合 その解釈に注意が必要である 強力な国のシステムは 狂犬病の発生動向調査と制御のための効果的な地域的および国際的な連携網の基礎を形成する それは その他の感染症データ収集および既存の国内的 国際的な発生動向調査システムに狂犬病を統合することによって促進される 発生動向調査の組織化を支援するために 手法や手引きが利用できるが ( たとえば 狂犬病発生動向調査の計画 ) しばしば 法規が存在する場合 それが実際に適用はされない 政治的意志 国民の注意喚起と支援が必要であり 信頼性の高いデータの収集と公開は指導者と地域社会を説得する不可欠な要素である 国際的レベルにおいて 調整されたデータ収集においてデータ品質を高め 世界的データを世界保健展望 (Global Health Observatory) に公開するため WHO は年次報告の仕組みを再活性化する 国内的 地域的および国際的にデータを系統的に収集するための最も有用な取り組み方と流れを特定するために WHO は地域ネットワーク 連携センター 地方当局およびその他の利害関係者と連携して活動する OIE( とくに 犬のデータのリンク ) およびその他との予備的議論が行われており 各国の報告負担を最小限に抑えながら各部門から一貫性のあるデータを取得することは 世界的状態のより完全な概要を提供することになる これは 証拠に基づく主張 戦略的計画 モニタリングと評価 および資金の配分を支える 狂犬病の制御と撲滅に向けての進捗状況は 上記の理由により発生動向調査の強化に依存している しかしながら 現在使用可能なデータの欠乏にもかかわらず 犬によって伝播される狂犬病が多くの国でヒトの死亡の重要な原因となっていることは明らかである - 4 -
表 1. 様々なデータ情報源によるヒトの狂犬病死亡 入手できる最新のデータ (2010~2014 年 ) で 2014 年のデータは太字で示す A) WHO への各国からの正式報告 A1. WHO 地域事務所の要請を通して または国の連絡窓口からのデータ様式の送付 A2. 人口動態統計 ( 死亡率データベース ) または地域的データベースを通して WHO に報 告 B) どこかに公式に掲載または報告された国のデータ B1. 国や地域の発生動向調査のデータベース 保健統計または制御戦略 B2. OIE WAHID のデータベース B3. 会議や協議会で公表された国のデータ B4. 国の専門家による国のプロフィールや口頭発表で示された国のデータ C) 疾病負荷のモデル化による推定 C1. Hampson et al., 2015 C2. WHO, 2012 主にアジア地域を抜き書き 国 A1 A2 B1 B2 B3 B4 C1 C2 東南アジア地域 バングラディッシュ 88 96 1,500-2,000 933 1,192 ブータン 1 0 <5 13 5 北朝鮮 26 8 インド 20,000 18,000-20,000 20,847 7,437 インドネシア 78 119 100-150 197 1,113 ミャンマー 126 1,000 4,552 681 ネパール 11 100-150 1,044 357 スリランカ 19 19 26 27 19 35 24 タイ 5 6 62 16 西太平洋地域 カンボジア 800 2 600-800 446 190 中国 854 1,361 2,000 6,002 2,635 ラオス 4 60 38 217 モンゴル 0 2 36 2 3 フィリピン 236 199 202 168 592 ベトナム 67 66 102 360 360 中近東地域 ( 一部のみ ) アフガニスタン 2,000 104 7 1,768 557-5 -
パキスタン 2,000 7 2,000-5,000 448 1,623 エジプト 34 52 113 25 イラン 4 4 37 18 ソマリア 1,154 679 アフリカ地域 ( 一部のみ ) コンゴ 22 230 5,579 752 エチオピア 24 2,771 4,169 モザンビーク 40 72 72 1,326 325 ニジェール 2 1,169 790 ナイジェリア 0 1,637 3,501 アメリカ地域 ( 一部のみ ) ブラジル 0 5 0 16 35 ハイチ 4 130 229 地図 1. 様々な情報源からの最新のデータに基づく犬が伝播するヒトの狂犬病 の存在場所 2010~2014 年 - 6 -