上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 190. CD4 + ヘルパー T 細胞の選択的活性化 西川博嘉 Key words:cd4 + ヘルパー T 細胞,CD4 + 制御性 T 細胞, 癌 精巣抗原,co-stimulatory molecules, 抗体療法 三重大学大学院医学系研究科寄付講座がんワクチン講座 緒言 1991 年ヒト腫瘍抗原遺伝子の存在が報告されて以来, これらの腫瘍特異抗原を用いた悪性腫瘍に対する免疫療法が注目を集めている. しかし, 現在まで CD8 + T 細胞をその認識抗原ペプチドを用いて活性化することを試みた臨床試験の成績は不十分である. その原因の一つとして, 多くの腫瘍抗原が自己抗原由来であることにより, 癌に対する免疫応答が免疫寛容になっているためと考えられている 1,2). 免疫寛容の機序の一つとして, 自己抗原を認識し, 自己に対する免疫応答を制御する CD4 + CD25 + regulatory T cells (Treg) による免疫抑制, 不十分な CD4 + helper T cells (Th) の活性化が明らかとなってきている 3,4). よって抗腫瘍免疫応答において CD4 + Th/CD4 + CD25 + Treg の認識分子を明らかにし, 腫瘍局所への浸潤 局所での増殖をコントロールし, エフェクター細胞が効率的にその機能を発揮できる環境を整えることが, 今後の癌に対する免疫療法を成功に導くうえで極めて重要である. 本研究課題において腫瘍由来自己抗原由来エピトープが, CD4 + CD25 + Treg および CD4 + Th の両者に認識されるかを検討し, 腫瘍局所での CD4 + Th の効果的な誘導の可能性を検討した. 方法ヒトにおいて, 癌 精巣抗原 MAGE-A4 を標的とし, CD4 + T 細胞認識を検討した. また腫瘍由来自己抗原が CD4 + CD25 + Treg および CD4 + Th の両者に認識されるかを, 遺伝子銃を用いてマウスに免疫し, 腫瘍増殖に与える影響により両者の誘導を検討した. 結果 1. 癌 精巣抗原 MAGE-A4 特異的 CD4 + Th の誘導 CD4 + CD25 + Treg の抑制活性を測定するには, 抗 CD3 抗体等の非特異的刺激による CD4 + CD25 + Treg の in vitro での再活性化が必須である 3,4). しかしその刺激により in vivo の CD4 + CD25 + Treg の抑制効果を直接反映させることは困難であるという問題があった. 我々は in vitro でヒト末梢血 CD4 + T 細胞より抗原特異的免疫応答を誘導するとき, CD4 + CD25 + Treg 存在下 / 非存在下で, 特異的 CD4 + Th 誘導が可能かを評価する新規 CD4 + CD25 + Treg 抑制活性のアッセイ方法を確立し, 癌 精巣抗原特異的 CD4 + Th 誘導が CD4 + CD25 + Treg により抑制されていることを報告した 5). 一方 CD4 + CD25 + Treg は in vitro で抑制機能を発揮するために再刺激が必要であることから, CD4 + CD25 + Treg が CD4 + Th と同一エピトープを認識し, CD4 + Th を誘導するために使用されたペプチドにより活性化されたと推測される. すなわち, CD4 + CD25 + Treg は CD4 + Th と同一ペプチドにより活性化されていたと考えられる. 健常人末梢血中より単核球を分離し, マグネットビーズにより CD4 + T 細胞を単離した. 単離された CD4 + T 細胞から更に CD4 + CD25 + T 細胞を FACSAria もしくはマグネットビーズにより分離し,MAGE-A4 の overlapping peptide をパルスした CD4 - 末梢血単核球を抗原提示細胞として, CD4 + Th 誘導を行った. 誘導された CD4 + Th は限界希釈法にてクローン化し ( 図 1), 1
図 1. 限界希釈法による T 細胞クローンの作製. 末梢血より CD4 + Th 誘導を行った. 誘導された CD4 + CD25 - Th は限界希釈法にてクローン化した. 認識部位を短縮ペプチドを用いて明らかにした ( 図 2). 2
図 2. MAGE-A4 特異的 CD4 + T 細胞の誘導. 末梢血単核球より CD4 + T 細胞を単離し, MAGE-A4 特異的 CD4 + T 細胞を誘導した. CD4 + CD25 + Treg を除去した時のみ特異的 T 細胞が誘導された. さらにエピトープを短縮ペプチドを用いて同定し, MHC class II テトラマーにて確認した. 現在 CD4 + CD25 + Treg が CD4 + Th と同じエピトープを認識しているかを, Treg クローンを樹立し検討している. 2. マウス腫瘍由来自己抗原特異的 CD4 + Th/Treg の誘導我々は, IgG 抗体を用いて免疫原性の高い抗原を同定する SEREX (SErological identification of antigens by REcombinant expression cloning) 法により同定された抗原は, CD4 + T 細胞によって認識される抗原レパトアーを反映し, CD4 + Th 及び CD4 + CD25 + Treg によって認識されることを示した 4,6). 今回これらの SEREX 同定抗原の一つである Dna J- like 2 4) の短縮型分子プラスミド DNA を作製し, CD4 + Th 及び CD4 + CD25 + Treg 両者が同一のエピトープを認識するかを検討した. マウスに遺伝子銃を用いて免疫し, Dna J-like 2 分子の N 及び C 末端 100 アミノ酸をコードするプラスミド DNA が, CD4 + Th を誘導し特異的 CD8 + T 細胞誘導を増強すると共に, CD4 + CD25 + Treg を誘導し腫瘍肺転移を増悪させることを示した. すなわち, Dna J-like 2 分子の N 及び C 末端 100 アミノ酸に CD4 + T 細胞認識エピトープが存在することを示した ( 図 3). 3
図 3. Dna J-like 2 免疫による Th/Treg 効果の増強. 短縮型 Dna J-like 2 分子を作製し, 遺伝子銃を用いてマウスに免疫した. CTL エピトープと共に免疫されたときは Th 効果を示し, 単独免疫の場合は Treg 効果の増強を示した. これらの結果に基づき同部位を包括するペプチドを作製し,Th,Treg 両クローンを樹立し, 同じエピトープを認識しているかを 現在検討している. 3. CD4 + Th の効果的誘導による抗腫瘍免疫応答の増強 CD4 + Th を効果的に誘導するため, Treg 抑制機能をブロックすることが報告されている抗 GITR(glucocorticoid-induced TNF-receptor) 抗体と抗 CTLA-4(cytotoxic T lymphocyte-associated antigen-4) 抗体 3,4) を併用することにより, 抗腫瘍活性の増強効果の可能性及びそのメカニズムを検討した. BALB/c マウス由来大腸癌細胞株 CT26 を用いて, 抗 CTLA-4 抗体, 抗 GITR 抗体の各々単独及び併用による in vivo 抗腫瘍活性を皮下腫瘍モデルにて検討した. 従来報告されているように, 抗 CTLA-4 抗体もしくは抗 GITR 抗体投与により抗腫瘍効果が認められたが, 単独投与では, 腫瘍接種 3 日後からの治療で完全な腫瘍拒絶が認められなかった. 抗 CTLA-4 抗体と抗 GITR 抗体との併用により完全な腫瘍拒絶が認められ, 現在詳細な免疫応答の検討を行っている ( 図 4). 4
図 4. 抗体療法による抗腫瘍免疫応答の増強. BALB/c マウスに CT26 腫瘍株を接種し,3 日後より抗体療法を開始した. 抗 CTLA-4 抗体と抗 GITR 抗体との併 用により完全な腫瘍拒絶が認められた. 考察現在進められている悪性腫瘍に対する免疫療法にとって, 腫瘍局所での Th/Treg のバランスをエフェクター細胞が効率的にその機能を発揮できる環境に整えることは欠かせない. ヒトの癌 精巣抗原特異的 CD4 + Th の認識エピトープを同定した. これに基づいて, 現在 CD4 + CD25 + Treg が同一分子を認識するかどうかの検討を行っている. また, マウスの in vivo のデータから CD4 + Th と CD4 + CD25 + Treg が同一エピトープを認識していることが示唆され, 今後両者の認識エピトープを明らかにすることは極めて重要である. マウスにて示唆されているように, CD4 + Th と CD4 + CD25 + Treg の T 細胞レセプターの親和性に違いがあり,CD4 + CD25 + Treg の方が高親和性の T 細胞レセプターを持っているとすると,CD4 + T 細胞エピトープを用いた免疫療法は,CD4 + CD25 + Treg を増殖させる可能性があり, 今後の免疫療法に与えるインパクトは極めて大きいと考えられ, さらにこの研究を発展させていく予定である. 本研究の共同研究者は, 三重大学大学院医学系研究科の平山倫子, 加藤琢磨および珠玖洋である. 文献 1) Rosenberg, S.A., Yang, J.C. & Restifo, N.P.: Cancer immunotherapy: moving beyond current vaccines. Nat. Med., 10:909-915,2004. 2) Houghton, A.N. & Guevara-Patino, J.A.: Immune recognition of self in immunity against cancer. J. Clin. Invest., 114:468-471, 2004. 3) Sakaguchi, S.: Naturally arising CD4 + regulatory T cells for immunologic self-tolerance and negative control of immune responses. Annu. Rev. Immunol., 22:531-562, 2004. 4) Nishikawa, H., Kato, T., Tawara, I., Saito, K., Ikeda, H., Kuribayashi, K., Allen, P.M., Schreiber, R.D., Sakaguchi, S., Old, L.J. & Shiku., H. : Definition of target antigens for naturally occurring CD4 + CD25 + regulatory T cells. J. Exp. Med., 201:681-686, 2005. 5) Nishikawa, H., Jager, E., Ritter, G., Old, L.J. & Gnjatic., S. : CD4 + CD25 + regulatory T cells control the induction of antigen-specific CD4 + helper T cell responses in cancer patients. Blood, 106:1008-1011, 2005. 6) Nishikawa, H., Tanida, K., Ikeda, H., Sakakura, M., Miyahara, Y., Aota, T., Mukai, K., Watanabe, M., Kuribayashi, K., Old, L.J. & Shiku, H.: Role of SEREX-defined immunogenic wild-type cellular molecules in the development of tumor-specific immunity. Proc. Natl. Acad. Sci. USA., 98 : 14571-14576, 2001. 5